「いや~……、まさか桂島の提督が消されるなんてな~……」
桂島の提督が何者かによって殺害された翌日の朝、恒例の朝練中に戦治郎はそう呟きながら、手にした普通より長めの竹刀を片手で振るう
「俺の部下の調べによると、殺害された3人は全員首筋にボールペンの様な物を突き立てられて殺害された後、護送車の爆発で吹き飛ばされた様だ」
それに対して戦治郎の相手をする剣持は、上手い具合に戦治郎が振るう竹刀を捌いて見せ、それによって出来た隙を突いて戦治郎の懐に潜り込もうとする
「あんな焼け焦げてバラバラになった遺体から、よくそこまで分かった……なっ!」
「ふ……っ!俺の自慢の部下達は、お前の仲間達と同じレベルで優秀だからな」
そんな剣持に向かって、戦治郎はこの様に返答しながら蹴りを放ち、戦治郎の蹴りに反応する事に成功した剣持は、すぐさま戦治郎の懐に潜り込もうとするのを止め、後方に大きく跳躍して戦治郎の蹴りを見事回避するなり、戦治郎の問いに対してこの様に答えるのであった
さて、何故戦治郎達の朝練に剣持が参加しているのかと言えば、元帥陸軍大将になった事で大本営勤めとなり、書類仕事が増えてしまった事で福岡にいた頃の様に好きなタイミングで鍛錬を行えなくなって、ストレスが溜まりがちになっていた剣持を、戦治郎が誘って連れて来たからである
これにより、剣持は日頃のストレスを朝練で発散出来る様になり、戦治郎は自分の実力に匹敵する相手が出来た事で、効率よく鍛錬を積める様になったのであった
「おおぅ……、そいつぁスゲェな……」
「お互い、良い仲間を持てたものだな……」
「全くだ……」
その後、戦治郎達はニヤリと笑いながらこの様なやり取りを交わし、再び互いの剣を交える為に双方共に剣気を高めるのだが、それは次の瞬間に近くで発生した爆発音染みた轟音によって、霧散されてしまうのであった……
「……俺らの方はここらしときます?」
「そうだな……」
先程の轟音のせいで集中力が切れてしまった戦治郎が、剣持に対してばつの悪そうな顔をしながら提案すると、戦治郎と同じく集中力が途切れてしまった剣持はその提案を受け、2人同時に轟音の発生源へと視線を向ける。そんな2人の視線の先には……
「おおおぉぉぉーーーっ!!!」
気合い全開の雄叫びと共に、渾身の光速正拳突きを打ち出す空と……
「ぬんっ!!!」
それを見事片手で受け止めて見せる、混沌のモンク僧クトゥルフの姿があった……
何故剣持だけでなくクトゥルフまでもが朝練に参加しているのか……、それは今日この日、翔が提供する朝食を食べに来たクトゥルフが偶々朝練中の戦治郎達の姿を発見し、長門屋拳闘会の練習風景を見てモンク僧としての血が騒ぎ、ついつい自身も朝練に参加し、その流れで同じ体術使いとしてクトゥルフの実力を確かめたいと申し出た空と組手をする事となったのである
いや、そもそも何故クトゥルフが朝食の為に横須賀鎮守府に来ているのか……、それは穏健派大連合が結成される前、雑談会の時にクトゥルフが定期的に翔の食事を食べに来てもいいなら協力すると言う条件を出し、それを聞いた戦治郎と燎と長門の3人が、その際横須賀鎮守府の艦娘達に、神話生物関連の事を尋ねられた場合、詳細と対処法まで教えてくれるなら構わないと返答した結果、クトゥルフは機会があればクティーラと共にしょっちゅう横須賀鎮守府に姿を現し、翔が提供する食事を堪能しながら、横須賀鎮守府の艦娘達に神話生物の対処法を伝授したり、使用回数に制限がある簡素なお守りの様な物を配っていたのであった
そんな訳で、現在空とクトゥルフが組手をしている訳なのだが……
「空ーっ!ファイトーッ!!」
「空さーんっ!余り無茶はしないで下さいねーっ!!」
「お父様頑張れーっ!!!」
こんな感じでこの世紀の戦いをその目に焼き付けようと、朝練参加者だけでは留まらず、多くの者達がギャラリーとしてこの場に集まり、それぞれに声援を送っていたのであった
尚、その中にアメリカの兵器開発研究所の所長であるサラの姿もあるのだが、彼女は明石達の下で艦娘の艤装に関して様々な知識や技術を教えてもらう為に、あの会合の後日本に残ったのである。その関係で彼女と翔鶴は、工廠にある明石の部屋の隣に作られた空の部屋に機会があれば押し掛け、甲斐甲斐しく空の世話をしているのだとか……
因みにサラが何故空に対してこの様なアプローチをしているのかと言うと、如何やらミッドウェーでの戦いの際、自分達が敵と間違えて空を攻撃してしまったにも関わらず、その事をおくびにも出さずに自分達を助ける為に死力を尽くして戦う空のその姿や、その姿勢に心を奪われてしまったのだとか……
こうして興が削がれた戦治郎達は、どうせだからと空達の戦いを観戦する事にし、戦治郎は親友である空にエールを送るも、旧支配者の中でも実力者であるクトゥルフには流石に敵わなかったのか、結局空はクトゥルフに敗北してしまうのであった……
その後、クトゥルフは倒れた空に向かって手を差し伸べながら……
「私を相手によくぞここまで戦った、お前のその実力は確かなものだ、恐らくその実力があれば並の旧支配者なら相手取る事が出来るだろう、この私がそれを保証しよう。もし次に戦う機会があるのなら、是非とも全力でぶつかり合いたいところだな。尤も、その為にはお前にかかっているその呪縛を、何らかの方法で如何にかしなければいかんだろうがな……」
この様な言葉を掛け、それを聞いた空は
「呪縛……、そうだな……、俺がこの呪縛を乗り越える事が出来た時、再戦を申し込む事にしよう」
この様に返答しながら、クトゥルフの手を取り立ち上がるのであった。そんな1人と1柱に向かって、ギャラリー達は盛大な拍手を送るのであった
こうして戦治郎達のその日の朝練は終わり、戦治郎達はシャワー室で汗を流すと食堂に向かい、翔達が準備した朝食で活力を補給すると、各自に割り振られた仕事に着手し、クトゥルフは横須賀の乱以来艦娘に興味津々なクティーラを翔に預け、中々機会を設ける事が出来なくて実行出来なかった東京観光の為に、横須賀鎮守府を後にするのだった
「ふぅ……、これが日本の首都東京……、ルルイエもこのくらい発展させたいものだな……」
クトゥルフが横須賀鎮守府を発ってから時は過ぎ、東京の観光名所と名物料理を心行くまで堪能したクトゥルフが、この様な事を呟きながら偶々立ち寄った商店街を散策していると……
「……ん?」
とある居酒屋の前に差し掛かった直後、居酒屋の方から異様な気配を察知し、クトゥルフは思わずその足を止めてしまうのであった
「この居酒屋の中に……、誰かいるのか……?」
クトゥルフはそう呟きながらその居酒屋から漂う気配を訝しみ、この気配を発する存在の正体を確認する為に、警戒心を高めながら居酒屋の暖簾をくぐるのであった……
一見、居酒屋の中はごく普通の個人営業の居酒屋で、スーツ姿の若者達が座席でビールを飲みながら雑談を興じていたり、くたびれた様子の中年男性が店の一番奥のカウンターで1人静かに食事を摂っていたりする、本当に何の変哲もない居酒屋の風景が広がっていたのだが、旧支配者であるクトゥルフの目を誤魔化す事は出来ず、クトゥルフはこの異様な気配の発生源である店の一番奥のカウンター席に座る中年男性の方へ真っ直ぐ進み、その隣の席に腰を下ろすのであった
そして中年男性が心底嫌そうな表情を浮かべながら、自身の隣の席に座ったクトゥルフに鋭い視線を送ったところ……
「お前は何者だ……?この気配から察するに、旧支配者の様だが……?」
クトゥルフは中年男性の視線を無視してこの様な言葉を発し、それを聞いた中年男性は驚きの余り思わず目を見開いた後……
「名前を尋ねる時は、先ず自分からってのが礼儀なんじゃないか?」
クトゥルフの事を警戒しながら、この様に返答するのであった
「失礼、私はクトゥルフ、海底都市ルルイエを統治する旧支配者の大司祭のクトゥルフだ」
「クトゥルフだとっ!?何故お前が此処にいるっ?!」
それに答える様にしてクトゥルフが自己紹介をしたところ、中年男性は先程以上に大きく目を見開き、先程よりも大きな声でクトゥルフにそう尋ねるのであった
そんな中年男性の問いを無視し、クトゥルフが改めて中年男性に名を尋ねたところ、中年男性は観念したのか自己紹介を始めるのであった
「俺はイゴーロナク、この世界の悪を司るモンだ……」
「ああ、お前だったのか……、オトゥームから日本に住んでいるとは聞いていたが、まさかこの様な所で遭遇するとはな……」
イゴーロナクの自己紹介を聞いたクトゥルフは、呟く様にしてこの様な言葉を口にした後、自分が東京観光の為に来た事を話した上で、彼が何故此処にいるのかについて質問してみる。するとイゴーロナクは、やや不快そうな表情を浮かべながらポツリポツリと、自分が此処にいる理由を話し始めるのであった
如何やらイゴーロナクは自身の腹を満たす為に取り敢えず横須賀に住みついて、自身の信者を利用して先ずは横須賀の犯罪者達にグラーキの黙示録を無理矢理読ませ、彼等の下に顕現出来る様になると彼等を唆して罪を重ねさせ、頃合いを見て彼等を捕食しようとしていたそうなのだ……
そしてそれと並行して、イゴーロナクは日本の主要都市や港湾部にある都市にも信者を送り込み、家畜を増やす様な感覚で犯罪者を増やし、日本を自分の糧となる犯罪者の牧場に仕立て上げようとしている事が判明したのである……
だが、その計画は初期段階で盛大にすっ転んでしまう……
「怪傑ズインとか言う奴が現れたせいで、俺の餌になるはずの犯罪者が激減するだけでなく、貴重な信者達まで豚箱行きになっちまったんだ……。一応昨日中々罪深ぇ奴の魂にありつく事が出来たんだが、魂じゃあんま腹が膨れなくてな……。何とか空腹を紛らわす為に、こうして人間に紛れて飯食ってるんだが、どうも人間の料理は味気なくてな……。そんな訳で、これからどうするか考えてたんだわ……」
「そうか……」
イゴーロナクが横須賀にいる理由を聞いたクトゥルフは、イゴーロナクの話に興味が無い様な振る舞いをしながらも、内心で頭を抱えてしまうのであった……
流石のクトゥルフも、まさかこんな所に翔達を悩ませる犯罪者増加の原因がいるとは夢にも思っていなかったのである。この時クトゥルフは、この場でイゴーロナクを如何にかした方がいいのではないかと考え、その方法を頭の中で模索するのだが……
「うっし!アンタに愚痴ったおかげで決心付いたわっ!俺はこの横須賀を離れて、別の都市で活動を続ける事にするわっ!俺の愚痴を聞いてくれてありがとうなっ!!」
そうしている間にイゴーロナクは食事を終え、クトゥルフに向かって決意表明すると同時に礼を言うと、料理の代金を支払うと意気揚々と言った様子で店を出るのであった
「しまった……っ!!」
クトゥルフは自分の迂闊さを呪いながらそう呟き、イゴローナクの後を追って店を出て辺りを見回すのだが、イゴローナクの姿は何処にも見当たらなかったのであった……
こうして日本の犯罪者増加の原因の1つであるイゴローナクを取り逃したクトゥルフは、この事を戦治郎達に報告するとクティーラと共に帰途に就き、ルルイエの自室にしばらく引き籠り激しく自己嫌悪に陥るのだが、そんなクトゥルフを心配したクティーラが翔に頼んで作ってもらった弁当と、間宮直伝のクティーラ特製アイスクリームを口にした事で、クトゥルフは何とか立ち直ってみせるのであった
その時クトゥルフは、この落とし前は自分で付ける事を固く決意し、これが後に長崎県、佐賀県、福岡県を舞台にして勃発する、秘密結社『喰らう手』と怪傑ズインを中心としたヒーロー達の熾烈な戦いに、終止符を打つ切っ掛けとなるのであった……