戦治郎達が呉入りした次の日の朝、ホテルのベッドで眠っていた戦治郎は、右腕に違和感を覚えながらも、寝る前にセットしておいたスマホのアラームに叩き起こされる形で目を覚ます。因みに本日は外出しているからと言う理由で、恒例の朝練は無しとなっており、戦治郎はいつもよりやや遅めに起床していたりする。とは言っても、それでも朝の5時くらいだったりするのだが……
「んぁ……?」
寝ぼけ眼の戦治郎が、そう呟きながらアラームを止めようとベッドから上半身を起こして腕を伸ばそうとするのだが、何かが自身の右腕を掴んでいる為か上手く上半身を起こす事が出来ず、その事を不思議に思った戦治郎が原因を探る為に自身の右腕に視線を向けたところ、そこにはいつの間にか戦治郎のベッドに潜り込んでいたパジャマ姿の大和の姿があり、彼女はそれはそれは幸せそうな寝顔を戦治郎に晒し、スゥスゥと言う可愛らしい寝息を立てながら戦治郎の右腕に抱き着いていたのであった……
「おっh……、ってイカン危ない危ない危ない……」
そんな大和に気が付いた戦治郎は一瞬の内に完全覚醒し、驚きの余りに思わず声を上げようとするのだが、幸せそうに眠る彼女を起こしてしまっては可愛そうだと思った瞬間、戦治郎は意地と根性で何とか声を押し殺す事に成功するのであった
その後、状況を冷静に判断出来る様になった戦治郎は、大和を起こさない様に細心の注意を払いながら、上半身をベッドに預けたままの状態で左腕だけでスマホを探り当てて引っ掴むと、スマホを操作してアラームを止めた直後にカメラを起動し、物音を立てない様に慎重にスマホを操作して、大和の寝顔をスマホ内部のフォルダとSDカードの画像フォルダに確実に保存するのであった
こうして大和の寝顔の画像を入手した戦治郎は、大和を揺り起こしてお互いに身支度を整え、ホテルの1階にあるレストランで朝食を済ませると、部屋に戻って荷物を回収した後チェックアウトの手続きを済ませ、ホテルを後にするのであった
それから戦治郎達がホテルの前でしばらく待っていると、昨日戦治郎達をホテルまで送ってくれた武蔵のウラカンがやって来て、戦治郎達は武蔵と挨拶を交わすとすぐに車に乗り込んで、今日の目的地である江田島の軍学校へ向かうのであった
そうして武蔵の車がしばらく進んだところで、戦治郎が昨日から思っていた事を武蔵に尋ねる
「なあ武蔵、このウラカン……、誰が改造したんだ?」
「えっ?改造……?」
「やはりお前には分かったか……」
「たりめぇだ、多分俺だけじゃなく、空やシゲ、護に光太郎に扶桑あたりは見ただけで分かるだろうな。つか、この車の事知ってたら誰でも気付くか」
戦治郎の問いを聞いた大和はその内容に驚きながらも困惑し、武蔵はやれやれと言った様子でこの様に答え、それに対して戦治郎はこの様な事を口にするのであった
そう、現在戦治郎達が乗っているランボルギーニのウラカンは、本来2ドア2シート、2人乗りの車のはずなのである。しかし武蔵のこのウラカンは、遠くから見てもまず分からないレベルの精巧さで胴体が延長され、後部座席が取り付けられて4人乗りに改造されているのである
戦治郎が最初にこの車を見た時の呟き、それには武蔵の車がウラカンであった事に対しての驚きと、この車にこの改造を施した人物の技量に対しての驚きと感心が含まれていたのであった
その後、武蔵はこの車にこの改造が施された経緯について話し始める
「呉鎮守府は所属する艦娘達が自由に使える車を数台貸し出しているのだが、如何せんその数が少なくてな……、かと言って車はそう易々と買える様な代物ではないからな……。特に……お前に話すならこの世界と言っておくか、この世界の日本の車はやたら高騰しているから、尚の事手を出しにくくなっているんだ……」
「ああ、確か車産業側の技術者不足なんだっけか……」
武蔵の話の途中で、戦治郎が武蔵に向かってこの様な事を尋ねたところ、武蔵は前を向いて運転しながらも、戦治郎の言葉を肯定する様に頷くのだった
先程戦治郎が言った通り、この世界の車産業の技術者の人口は、ある事が原因となって非常に少なくなっているのである
その原因と言うのが、艤装産業による技術者のヘッドハンティングである
現在艤装産業は、その多くが艦娘ブームのおかげで急成長を遂げており、それが原因で需要と供給のバランスが崩れ、需要過多と言った状況に陥っているのである
この状況を打破すべく、艤装メーカーは大量に艤装の生産ラインを作り、身体が小さい妖精さん達だけでは作業効率が悪くなる事に対しての対策として、各産業から腕利きの技術者をヘッドハンティングして、生産力を高める事にしたのである
その結果、車やバイク、船舶や航空機産業の技術者が激減、以前話した通り艦娘ブームのせいで多くの者が提督になろうとする為、中々これらの産業への就職希望者が現れず、艤装産業以外の機械系の産業は非常に苦しい状況に陥っているのである
そして作れる数が減ってしまえば、自ずとそれらの産業は利益を出す為に製品の値段を高騰させ、消費者は益々それらの製品に手を出しづらくなり、それらの製品はあまり売れなくなってしまうのであった……
この事態を重く見た政府は、先ずは船舶や航空機と比べれば容易に入手出来る車両に関する制限を緩和、その中でも特にエンジン出力や排気量、改造車両に関する規制を緩和して、作る側と乗る側の両方に自由度を与え、車両に対して関心を持たせる事にするのであった
因みにこう言った理由がある為、ランエボで横須賀に戻って来た扶桑は1度も警察に追われる事は無く、見た目がSF感満載のシゲのリュウセイも問題無く公道を走れるのである
「とまあ、そんな中で私は自分の車を持っている、そうなると……分かるよな?」
「車を貸してくれ、若しくは目的地まで乗せて行ってくれ、ってとこか……。ウラカンのタクシーとか贅沢にも程があんだろ……」
「貸して欲しいと言われた場合は保険の都合で断っているが、乗せてくれと言うのは断り辛くてな……」
「んで、2シーターだと乗れる人数が限られるからって事で?」
「ああ、呉鎮守府の工廠長をやってる艦娘がな……、『皆の為にも、協力して欲しいかもっ!』とか言ってな……」
「その工廠長、何津洲なんだろうな……?」
「口調だけで分かるのか……」
武蔵のウラカンが江田島の軍学校に向かって突っ走る中、戦治郎と武蔵はこの様なやり取りを交わし、フェラーリのオーナーであるにも関わらず、車業界の話にやや疎い大和はそんな2人を羨まし気に眺めていたのであった
因みに件の呉の工廠長だが、本来は戦治郎が試験に合格し軍学校に入学する事になった際、その年の整備兵の講師として江田島に来る予定だったのだが、彼女が過去に発生した深海棲艦による観艦式強襲事件の爪痕が未だに残る呉鎮守府の再建を優先した為、今回の講師の話は見送る事となったのだそうな
こうしている間にも武蔵のウラカンは目的地に近付いていき、遂には目的地である江田島の軍学校へと到着するのであった
武蔵が江田島の軍学校の校門前に車を停めると、やや緊張した面持ちの戦治郎とそんな彼を心配そうに見つめる大和、そして戦治郎を激励する為に武蔵が降りて来て……
「そいじゃ、ちょっち行って来る!」
「提督……、ご武運を……っ!」
「きっとお前なら出来るはずだ、提督の座……、勝ち取って来いっ!!」
3人はこの様なやり取りを交わし、直後に戦治郎は大和達に背を向けて、試験会場へ向けてゆっくりと歩き始めるのであった
尚この時、多くの受験者達がこの3人の一連の行動を目撃しており、無事に軍学校に入学する事が出来た戦治郎は、同期の者達から『ネームドの大和型を2人も侍らせて受験しに来たやべー奴』と言った調子で畏怖されるのであった……