榛名のいじめ問題と空のパンツ調査から時は流れ、梅雨入りが近付いて来ている事を知らせる雨の匂いが辺りに漂い始める5月下旬のとある休日、戦治郎はいつも勉強の際使用する食卓の上に真っ新な白い大きめの紙を広げ、それに製図用のシャープペンで何かを描いていたのであった
「提督、お茶が入りましたよ。この辺りで少し休憩されてはどうでしょうか?」
戦治郎が真剣な表情を浮かべながら、神経を研ぎ澄ませて何かを描いていると、不意に大和の声が戦治郎の背後から聞こえ、それに気付いた戦治郎がそちらに視線を向けたところ、そこには緑茶が注がれた戦治郎の湯呑みと大和の湯呑みが乗ったお盆を手にし、部屋に備え付けられたキッチンから戦治郎の方へと歩み寄って来る大和の姿が映り、それを目にした戦治郎はシャープペンを紙面に走らせるのを止め……
「サンキュー大和、大和の言う通りここらで一旦休憩入れるとすっかね」
大和に向かってこの様に言うと、食卓の上に手にしていたシャープペンを置き、長時間この作業をしていたのか、戦治郎は身体を解す様に腕を上に上げて伸びをするのであった
「それで……、完成しそうなのですか?その、ロードトレイン砲とやらの設計図は……?」
「応、7割方出来上がったぜ。後は細かいところを描き込んで、作る際に消費する資源を計算してその数値を書き込むくらいだ」
そんな戦治郎に湯呑みを渡し、その隣に腰掛け様としながら大和がロードトレイン砲とやらの設計図の進捗を尋ねたところ、戦治郎は湯呑みを受け取ると、大和が座るスペースを確保する様に、自身が座っている位置をズラしながらこの様に返答するのであった
さて、先程から大和が口にしている『ロードトレイン砲』とは、一体何なのであろうか?それは強硬派深海棲艦達が、何かの拍子に江田島に攻撃を仕掛けて来た際、それを迎撃する為に出撃した大和達を、陸上から支援する事を目的として作られる予定の兵器なのである
何故戦治郎がこの様な兵器を作ろうとしているのかと言えば、それは先週の休みに戦治郎が大和と江田島の散策を行った際、海岸でトーチカを作っている栄達の姿を見た事が事の発端となっている
その数日前、栄達は工兵科との合同実習で、海岸に江田島に襲撃して来た深海棲艦を迎撃する為のトーチカを作る事となっていたのだが、運悪く栄達の班の工兵科の候補生達が体調不良を起こし、その日に合同実習に参加出来なかったのである
そんな訳で栄達はとばっちりを受け、休日を返上してトーチカ作りをしていたのであった
そんな彼等を見つけた戦治郎は、すぐさま彼等の下へ駆け寄って事情を聞くのだが、今回ばかりは工兵科との合同実習であるが故、流石に助けてやる訳にはいかないと言う事で、栄達に詫びを入れてその場を後にしたのだが、直後に戦治郎は栄達の話から、ロードトレイン砲の構想を思いついたのである
先ず戦治郎が思ったのは、彼等が作るトーチカで、本当に深海棲艦にダメージを与えられるかどうかであった。彼等が作っているトーチカは、戦治郎が見た限り特殊な装備を積んでいる訳でも無い、只のトーチカだったのである
一応、このトーチカはあくまで島民の避難と、教官達の出撃準備が完了するまでの時間稼ぎの為のものであり、深海棲艦に対してダメージを与える為のものではないのだが、戦治郎はどうせ作るのなら、深海棲艦に有効打を与えられるものが良いだろうと思い至ったのである
さて、その為にはどうしたらいいか、これに関してはすぐにアイディアが浮かんだ。大五郎が装備しているグスタフドーラを参考にすれば、深海棲艦にもダメージを与えられる砲が作れるのではないだろうか?と、戦治郎はそう考えたのである
そしてそこから列車繋がりと言う事で、戦治郎は遊園地にあるロードトレインに、グスタフドーラを参考にして作った砲を搭載したら、線路不要で江田島の何処にでも移動可能な頑強な迎撃兵器が作れるのではないかと言う考えに至ったのである
又、武蔵と行動を共にしていた際、戦治郎が詳細について尋ねていなかった為、この時はまだ原因が分からず仕舞いとなっている呉鎮守府が今も尚本調子でない事も、戦治郎がロードトレイン砲を作ろうと思い至る切っ掛けとなっていたりする
事実、今の呉鎮守府の復旧は、今の世界情勢がよく分かっていない戦争反対派から成る呉鎮守府復旧反対派と、今の世界情勢をよく理解している者達と呉鎮守府を観光資源としている者達から成る呉鎮守府復旧賛成派が激しく衝突しているらしく、当の呉鎮守府はその仲裁に入っている関係で復旧は滞ってしまっているらしく、戦治郎達が入試の為に呉にやって来た際、武蔵がその事でボヤいていたりするのであった……
一応、瀬戸内海付近には柱島泊地の他にも多くの泊地や基地が存在している事は、横須賀の乱の際実際に彼女達と戦った戦治郎は把握しているのだが、それらの拠点群の戦力だけでは、何らかの原因で暴走した神話生物達や、ラリ子やNの様な強力な転生個体には碌に太刀打ち出来ないであろうと言う不安が、武蔵の呟きによって戦治郎の心の中に浮かび上がって来てしまったのである……
そう言った考えが集合し融合した結果、戦治郎はそれらの問題の解決策として、ロードトレイン砲を作る事を決定したのである
そこからの戦治郎の行動は早く、この事を大和に伝えるとすぐに部屋に戻ってロードトレイン砲の設計図を描き始め、空いた時間や雨のせいで自主トレが出来ない日を使ってコツコツとその設計図を描き進め、今に至っているのである
尚、その際大和は、折角のデートが台無しになってしまった事に不満を覚え、その切っ掛けとなった栄達に軽い憎悪を覚えそうになったのだが、生き生きとした様子でロードトレイン砲の事を語り、真剣な表情で作業に打ち込む戦治郎の姿を見た事で、その感情は見事に霧散するのであった
それからしばらくの間、戦治郎は大和にロードトレイン砲製作に関する話を……、具体的には資源をどうやって工面するかについてや、それ専用の格納庫も作る関係上、人員が整備科だけでは足りない為、建築などが得意そうな工兵科からも人を引っ張ってこようなどと話していると、不意に部屋の扉がノックされるのであった
それに反応し大和が返事をしたところ、外の方からは那智の声が返って来て、那智が戦治郎に少々相談があるから入れて欲しいと言うと、戦治郎は大和に向かって頷いて見せ、それを見た大和は那智を部屋に招き入れるのであった
「お楽しみの途中で済まないな、本当はもう少し早く相談したい事だったのだが、教官としての仕事や榛名の件が重なってしまったせいで、遅くなってしまった……」
「気にすんな、んで、俺に相談したい事って何ぞや?」
少々申し訳無さそうに話す那智に向かって、戦治郎が何事かと尋ねてみたところ、如何やら那智が受け持つ艦娘候補生の中に著しく素行が悪い者がいるらしく、那智はその生徒がどうしたら更生してくれるのだろうか?と、戦治郎に相談しに来たのだとか……
この時戦治郎は、何故それを自分に相談しに来たのか?と、那智に向かって尋ねてみたところ……
「あの曲者揃いの長門屋の面々を上手くまとめ上げているお前なら、何か良い方法を知っているのではないかと思ってな、だからこうして相談しに来た訳だ」
那智は至極真面目にこの様に返答し、それを聞いた戦治郎は何も言い返す事が出来ず、那智の相談に乗る事にするのであった
その後、戦治郎がその問題の候補生が誰なのか、那智に向かって尋ねてみると……
「最上型重巡の3番艦、鈴谷の艦娘候補生だ」
戦治郎に質問された那智は、鈴谷の態度を思い出してしまった事が原因なのだろうか、眉間に皺を寄せながらこの様に返答し、それを聞いた戦治郎は……
「わぁぉ、何かその光景がいとも容易く想像出来ちゃうぞぉ~?」
苦笑を浮かべながら、この様な事を口にするのであった……
こうして戦治郎は、自らが設計するロードトレイン砲の製作と並行して、那智の悩みの種となっている鈴谷の素行を正す為に、行動を開始する事となるのであった