戦治郎達がミゴロさんを報酬に鈴谷の尾行を武蔵に頼んだ直後の出来事である
大和が那智から尾行の対象である鈴谷の画像データを受け取り、それをそのまま武蔵に送ったところ、武蔵から戦治郎達が想像だにしていなかった言葉が返って来たのである
『この娘……、私が贔屓にしている飲み屋でバイトしている奴じゃないか』
これには流石の戦治郎達も驚き、戦治郎はすぐさま武蔵にその詳細を尋ねる様大和に指示を出し、それを受けた大和は即座に行動を開始、物凄い速度でスマホを操作して文章を打ち込み、メールを送信するのであった
それによって新たに分かった事は、以下の通りである
①居酒屋の店長の話によると、鈴谷は4月の中旬辺りから武蔵がよく行く居酒屋のバイトを始めた様である
②鈴谷は週に2日か3日くらいのペースで来るらしく、20時~0時の4時間ほど居酒屋でバイトとして働いた後、軍学校に帰って来ている様である
③鈴谷がバイトに来ている時には、店の裏に桃色の神戸ナンバーのナンバープレートが付いたスクーターが停まっている
これら3つの情報を得た戦治郎は、その中にどうも気になる点が2つほどあった様で、話を聞くなり眉間に皺を寄せながら考え込むのであった
先ず最初に戦治郎が気になった点、それは何故鈴谷はバイトをしているのかである
これについては一応戦治郎の中では予想は付いているのだが、それが果たして本当に合っているのかどうか分からない部分があった為、戦治郎は鈴谷がバイトをしている理由については、確信が得られるまで取り敢えず保留にする事にするのであった……
次に戦治郎が気になったのは、放課後から鈴谷が居酒屋で働き出すまでの、空白の時間についてであった
戦治郎達がいる江田島の軍学校から武蔵が贔屓にしている居酒屋までは、車やバイクで移動すると最速で片道大体45分ほど掛かる為、細かい交通状況まで計算に入れれば鈴谷は大体1時間くらい時間を移動に使う事となるのだが、それでも授業が終わった後すぐに居酒屋のバイトに向かった場合、どうしても数時間ほど空白の時間が出来てしまうのである。その空白の時間の中、鈴谷は一体何をしているのだろうかと言う点、それが戦治郎が気になった2つ目の点である
因みに鈴谷のバイクについては、軍学校にいる間そのバイクを何処で保管しているのかについては兎も角、そのバイクの入手方法に関しては、ナンバープレートから熊野が関わっているのではないかと、戦治郎はそう予想するのであった
その後、戦治郎は先ずは鈴谷の空白の時間について、集中的に調べて欲しいと武蔵に頼み、この日はお開きにする事にするのであった
それから1週間が経ち、その間独自に鈴谷の調査を行っていた戦治郎達の下に武蔵からの調査結果が届くと、戦治郎達3人はその日の夜、大和の部屋に集まって調査結果に目を通し、それと自分達の調査結果を照らし合わせる事にした訳だが……
「オイオイオイ……、このままじゃアイツ死ぬわ……」
「鈴谷は一体何を考えているんだ……っ!?」
「これなら確かに……、遅刻や居眠りもしてしまいますね……」
鈴谷の調査結果を目の当たりにした戦治郎達は、思わずその内容に関しての感想を、渋い表情を浮かべながらそれぞれ口にするのであった……
この調査によって判明した事、それは鈴谷は空白の時間とされていた時間帯も、居酒屋ではない別の場所でバイトをしていたと言う事であった……
武蔵の調査によると、如何やら鈴谷は居酒屋の他にネットカフェ、ファミレス、書店、スーパー、コンビニといった具合に複数のバイトを掛け持ちし、毎日休み無く働ける状況を自ら作っていた様なのである……
「これと俺達の調査結果を照らし合わせると……、このままだと冗談抜きで鈴谷が過労死しちまうぞ……」
眉間に皺を寄せた戦治郎がそう言うと、那智と大和も苦々しい表情を浮かべながら、戦治郎の言葉を肯定する様に頷くのであった
さて、ここで戦治郎達の調査結果について触れていこう
戦治郎達は武蔵に調査を依頼した後、授業の時以外の鈴谷の軍学校内での行動をそれぞれ調べていた訳なのだが、鈴谷の事を調べれば調べる程、戦治郎達の表情は暗くなっていくのであった……
先ず食事についてだが、ほぼ毎日の様に鈴谷は食堂で一番安いメニューであるかけうどんを注文し、熊野と共にテーブル席に座ると、心配そうな表情を浮かべる熊野に向かって、目の下に隈が浮かぶ顔に笑顔を浮かべながら、かけうどんを啜っていたのであった……
これを目の当たりにした戦治郎は、思わず鈴谷に財布の中の諭吉さんを叩きつけ……
「これで好きなモン食いなっ!!!」
と言いたくなる衝動を抑えるのに、必死になっていたのだとか……
そんな鈴谷の目の下の隈、これはバイトを終えて軍学校に戻った後、自室で課題や次の日の授業の予習復習を行う為に夜更かししている事が原因で付いたものであり、そのせいで鈴谷の平均睡眠時間は良くて3時間、酷い時は1時間程度となっている事が、戦治郎達の調査と武蔵の調査を照らし合わせた結果、判明したのであった……
「鈴谷の奴……、何故こんな無茶な事をやっているんだ……っ!?バイトの掛け持ちなど……、そんなに金に困っているとでも言うのか……っ?!」
調査結果に目を通し終えた那智が、声を荒げながらそう言った直後、那智の言葉に引っかかりを覚えた戦治郎は、自身の顎に手を当てながら考え込み始める……
(今の那智の発言……、な~んか引っかかるんだよな~……、軍学校に在籍している間、金を使う機会っつったら、酒保での買い物と食堂で飯買うくらいしか……)
こんな調子で戦治郎が軍学校内での金の使い道について考えていると、不意に頭の中にある光景が浮かび上がり、それが何なのかが分かった途端、戦治郎は思わず目を見開き……
「そうか……っ!そう言う事か……っ!!」
そう呟いて、怪訝そうな表情を浮かべる那智と大和に注目される。その直後、戦治郎は自身のスマホを取り出し、それを操作して何かを調べた後その内容をメモに取り、スマホの計算機アプリを起動してスマホとメモを食卓の上に置くと……
「大和っ!軍学校の学費って幾らか分かるかっ!?」
大和に向かって叫ぶ様にしてこの様に尋ね、突然の出来事に驚く大和の返答を聞くなり、何かブツブツと呟きながらスマホを操作しながらメモにペンを走らせ……
「ビンゴッ!!!」
スマホを操作する手とペンを止めた戦治郎は、メモの内容を何度も見直した後、この様に叫ぶのであった
「戦治郎、一体何を計算していたんだ?」
戦治郎の行動に疑問を覚えた那智が、戦治郎に向かってこの様に尋ねたところ……
「ああ済まん、鈴谷のバイト代の合計を計算してたんだわ。諸々の控除額差っ引いた、手取り金額だけでな。んで鈴谷がバイトしてる理由なんだが、恐らくこれだわ」
戦治郎はそう言いながら、那智達に先程自分が書いていたメモを見せるのであった
そこには先程戦治郎が言っていた鈴谷の月々のバイト代の手取りの合計金額と、毎月支払う事となっている軍学校の学費の金額が書かれており、その数値はほんの僅かに鈴谷のバイト代が高いと言う結果が出ていたのであった
因みに先程戦治郎の頭の中に浮かんだ光景とは、この江田島軍学校の経理の担当者がいる事務室に、自身の1年分の学費を一括で納めている時の光景なのであった
そう、鈴谷がバイトをしている理由……、それは戦治郎が武蔵の調査結果を目にした時に1度予想していた通り、家族仲が悪いが故に仕送りが一切貰えない鈴谷が、軍学校に学費を払う為だったのである……