那智が運転する車に揺られながら、戦治郎は鈴谷が搬送されたと言う広島市内の病院に向かい、受付で見舞いの手続きを済ませた後すぐさま受付で聞いた鈴谷の病室に足を運ぶと、そこには俯いて沈痛な面持ちを浮かべながら椅子に座り、病室のベッドの上で眠る鈴谷の姿を見守る熊野の姿があった
「鈴谷の容態はどうだ?」
「那智教官……、薬が効いてようやく落ち着いたのか、つい先程眠って……、って貴方は……っ!?」
「よっ、さっきぶり」
那智が熊野に鈴谷の容態を尋ねると、熊野は那智の声に反応して顔を上げ、那智の方へと顔を向けるのだが、那智の隣に戦治郎がいる事に気付くと思わず驚きの声を上げ、それを聞いた戦治郎は軽薄な口調でこの様な言葉を口にするのであった
その後、何故戦治郎が此処にいるのかについて疑問に思う熊野に対して、那智が鈴谷の素行不良行動の原因を探る為に戦治郎に協力してもらっている事、そして鈴谷がバイトをしている理由が、軍学校の学費を払う為だと言う事まで判明している事を正直に話し、それに続く様にして戦治郎が今日の合同実習の際、その調査の一環として熊野に接触した事を告げたところ、熊野は再び暗い表情を浮かべながら俯いてしまうのであった……
それからしばらくして、熊野はつい先程思い出したかの様に、那智の質問に対してポツポツと呟く様にして答える……
鈴谷を診た医者によると、如何やら鈴谷は病院に搬送されたのが早かったおかげで、何とか一命は取り留めこそしたものの、症状が悪化した状態でこの病気が再発する恐れがある為、艦娘として深海棲艦と戦う事が出来ない身体になってしまったのだとか……
「鈴谷がこの様な状態になってしまったのは、鈴谷の行動に気付いていながらすぐに行動を起こさなかった私に責任がある……、本当に済まなかった……」
「顔を上げてくださいませ那智教官……、この件はわたくしにも非がありますわ……。そう……、鈴谷がこうなるだろうと分かっていながら、彼女の事情を知っているが故に止める事が出来なかったわたくしにも……」
それからすぐに那智が熊野に向かって頭を深く下げて謝罪の言葉を口にするのだが、熊野は俯いたまま、その身体を震わせながらこの様に返事をするのだが、その声は後半辺りからは今にも泣き出してしまいそうな程震えていたのであった……
「あ~……、話の流れぶった切る様で悪ぃんだが……、その口振りからすると熊野は鈴谷の事情を知ってるんだよな?良かったら鈴谷の事情って奴を教えてくれねぇか?俺もこの件に首突っ込んでる訳だし、自分が関わった事はキッチリ片付けておきてぇ性質なんだわ。そして何より……、この病気で人が死ぬところって奴を、俺はもう見たくねぇんだわ……。だから頼む、鈴谷の事をどうか俺達に教えてくれねぇか?もし正直に話してくれれば、俺が全力で鈴谷の事助けてやっから……」
その最中、戦治郎が熊野に向かってこの様な事を、真剣な表情を浮かべながら口にして頭を下げ、戦治郎の言葉に驚いた熊野が、本当に鈴谷を助けられるのか?と、本当に鈴谷を艦娘として戦える身体に戻せるのか?と尋ねたところ、戦治郎はアテがあると力強く返答し、それを聞いた熊野は喜びのあまりか、将又緊張の糸が切れてしまったのか、思わず声を上げながら泣き出してしまうのであった……
それからしばらく時間が経過し、熊野は何とか落ち着きを取り戻すと、戦治郎達に鈴谷の事情について話し始めるのであった
熊野の話によると、如何やら鈴谷は艦娘になる事を決意した熊野を心配し、独り立ちの予行練習として近場の軍学校ではなく、江田島軍学校を受験する事にした熊野について行き、両親に無断で軍学校の入試に参加したのだとか……
さて、何故鈴谷は軍学校受験の事を両親に黙っていたのかと言えば、鈴谷の両親は周囲の目を大いに気にする矮小な人間だったらしく、その関係で地元では海軍との癒着が噂されている熊野財閥の総帥の1人娘である熊野と、自分達の娘が絡んでいる事が大変気に食わなかった事と、娘が熊野に対して粗相をした結果自分達まで熊野財閥から制裁を受ける羽目になる事を恐れた為、鈴谷の両親は何度も鈴谷に熊野と絡むのを止める様忠告し、その度に鈴谷は両親に猛反発し、鈴谷と両親との間にはマリアナ海溝の様に深い溝が生まれ、家族仲は日を追うごとに悪くなっていったのだとか……。故に鈴谷は両親に対して強い不信感を抱いており、軍学校受験の事も黙っていたのである……
それからしばらくしたところで横須賀の乱が発生し、日本国民が日本帝国軍に不信感を抱き始めると鈴谷の両親もそれに便乗し、今まで以上に熊野との付き合いを断つ様にと鈴谷に命令する様になり、これにより鈴谷家の家族仲は修復不可能なレベルに達してしまう事となってしまったのだそうな……
そんな中、遂に軍学校入試の合格発表が行われ、鈴谷は現地で自分と熊野が合格している事を知ると、共に江田島軍学校に来ていた熊野と喜びを分かち合うかの様にはしゃぎ、兵庫県に戻って熊野と別れた後は急いで自宅に戻り、黙々と軍学校に向かう準備を進めるのだが、そこを両親に目撃されてしまい、鈴谷は事情を知った母親に大泣きされ、父親に何度か殴られた後勘当宣言されると、荷物諸共家から叩き出されてしまったのだとか……
こうして家を叩き出された鈴谷は、両親から長い時間離れていたいと言う思いから普通自動二輪の免許を取得した際、お祝いとして熊野から送られたスズキのアドレス125に跨って熊野の家に向かうと、熊野に事情を話して熊野の引っ越しに便乗しバイクごと広島県に向かったのだそうな……。因みに軍学校の近くには、熊野財閥の倉庫があるらしく、鈴谷のバイクはそこに保管される事となったのだとか……
尚、移動中に熊野が軍学校の学費の件を鈴谷に尋ね、アテが無いと答えた鈴谷に対して熊野が鈴谷の代わりに学費を負担すると提案したところ、鈴谷は流石にそこまでしてもらう訳にはいかないと、学費は自分で何とか工面すると言って、熊野の提案を断ったのだそうな……
「話を纏めると、鈴谷は両親から勘当された関係で帰る場所が無い上に、現状唯一の居場所となる軍学校の学費を払う為の仕送りもしてもらえない状況であるにも関わらず、熊野の援助を断ってこんな無茶な事したって訳か……」
「鈴谷がご両親と険悪な関係になってしまったのは、他でもないわたくしが原因なのですから……、学費の件はわたくしがもっと強く出て、無理矢理にでも承諾させてしまえば良かったのですが……」
「恐らく鈴谷は、熊野にその事を引き摺らせない様にする為に、こんな行動に出てしまったのだろうな……」
「その結果、最悪の事態になっちまった訳だがな……」
熊野の話を聞き終えた戦治郎達は、この様なやり取りを交わした後しばらくの間沈黙し、病室の中には壁に掛けられた時計が時を刻む音だけが鳴り響く……
それからしばらくしたところで、不意に戦治郎が席を外すと言い残して鈴谷の病室を後にし、病院の外にある喫煙所に辿り着いた戦治郎は、病院に向かう途中に寄ったコンビニで購入した煙草を懐から取り出し、口に銜えて息を吸いながら煙草の先端に火を点け、今一度深呼吸する様に大きく息を吸って煙を肺の中に流し込んだ後、思考を巡らせながら息を吐き、肺の中に充満した煙を全て吐き出すのであった……
(取り敢えず鈴谷が無茶した理由が分かった……、その件の解決法も丁度いいのがある……。問題は鈴谷の治療の件だな……)
戦治郎は煙草を吸いながら内心でこの様な事を呟いて、鈴谷の治療方法について案を出しては消してを繰り返し……
「こんな時、あいつがいたらな……」
中々良い案が思い浮かなくなったところで、思わず戦治郎がガシガシと自身の後頭部を掻きながらそう呟いたその時……
「あいつってぇのはよぉ……、こんな顔してやがんのかぁ?」
突然隣から聞き覚えがある声が聞こえ、それに驚いた戦治郎が思わずビクリと身体を震わせた後、急いで声が聞こえた方へ顔を向けると、そこにはつい先程自身がいて欲しいと強く願っていた人物の顔があったのであった
「悟っ!?何でおめぇ広島にいんだよっ?!」
「そりゃこっちのセリフなんだよなぁ……、戦治郎よぉ、何でおめぇが病院なんかにいやがんだぁ?まさかおめぇ……、まぁた痔にでもなったのかぁ?」
驚く戦治郎に対して、研修の為に2週間の間この病院に出張する事となった悟は、訝しみながらこの様に尋ねるのであった……
その後、戦治郎から事情を聞いた悟は……
「おぉおぉ……、これまたエレェ事に巻き込まれてやがんなぁ……、いいぜぇ……、勤め先では中々こいつをまともに使ってやれてなかったからなぁ……、いい機会だぁ、久しぶりにこいつの全力って奴を振るってやんよぉ……っ!」
それはそれは不敵で不気味な笑みを浮かべながら、自身の右手に淡い緑色の光を纏わせながら、戦治郎に向かってこう言い放つのであった……
その日の深夜、戦治郎の依頼を受けた悟は鈴谷の病室に忍び込み、横須賀鎮守府で生活する中、勤め先の病院から戻るなり、残業と称して横須賀の艦娘達を時々治療していた事で、怪我だけでなく病気にも対応出来る様に進化していたものの、本人が言った様に怪しまれる事を防ぐ為に、勤め先の病院では使用を控えていた翠緑の力をフルに使用して、鈴谷の身体を蝕む病魔の因子を完全に撲滅してみせ、後日回診に来た鈴谷の担当医を錯乱させてしまうのであった……