「何です?侵入者です?」
「はい……、先程近辺を哨戒していた灰色の織り手から、その様な報告がありまして……」
長門屋鎮守府建設予定地の地下に広がる空間の最深部にて、巣作りに勤しむアトラク=ナクアが、作業の邪魔をされた事を不快に思いながら作業を進める手を止め、自身の部下であり灰色の織り手達の長であるチィトカアの報告を聞き、不快さを表情に出しながらこの様に尋ね返したところ、自身の主が作業を邪魔される事をこよなく嫌がる事を知っているチィトカアは、この上なく畏縮しながらこの様に返答するのであった
「ならいつも通り、灰色の織り手達を大量に嗾けて追っ払えばいいです」
「ええ、私もそう思って、織り手達にその様に指示を出したのですが……」
チィトカアの返答を聞いたアトラク=ナクアが、不機嫌さを露わにしながらそう言うと、チィトカアは更にその身を縮こませ、口をモゴモゴさせながらこの様に返事をし、その反応を不思議に思ったアトラク=ナクアが小首を傾げていると、チィトカアは状況報告の為に言葉を紡ぎ始めるのであった……
「あの蜘蛛……、中々素早いな……、それに想像以上にスタミナもある……。まあこんな所にいるのだから、普通の蜘蛛ではないだろうと思っていたが……、まさかここまで一般的な蜘蛛とスペックがかけ離れているとは、流石に思わなかったぞ……」
地下空間の探索中、灰色の織り手を発見し2時間もの間その後を追っていた空は、タランチュラほどの大きさがあるにも関わらず、かなりの速さで走行する灰色の織り手を見て、思わずそう呟くのであった
「しかし……、あれだけ走ったにも関わらず、この地下空間はまだ先がある様d……、む……?」
そう呟きながら灰色の織り手を追っていた空が、突如目の前に現れた十字路に差し掛かった所で、大量の気配を感じ取って思わず怪訝そうな表情を浮かべると、急に自身の前を走っていた灰色の織り手がその場で停止、その場で横回転でクルリと身体を回して空の方へ顔を向ける
突然の灰色の織り手の行動に空が困惑していると、左右の通路と奥の通路、そして先程自分が走って来た通路の方から、目の前の蜘蛛と同じ見た目、同じ大きさの蜘蛛が突如として大量に姿を現し、それを目の当たりにした空が突然の出来事に驚いていると、灰色の織り手達は空に群がるつもりなのか、立ち尽くす空の方へとワラワラと集まって来るのであった……
「……来るか……、面白い……!」
我に返った空は、自身の方へ集まって来る蜘蛛達を見るなり、そう呟くと龍気を発動させ、龍気をたっぷり込めた右腕を振りかぶり……
「ふんっ!!」
掛け声と共にアッパーカットを繰り出す要領で、腕を勢いよく振り上げて【鬼走り】を放つと、目の前の蜘蛛の群れを豪快に吹き飛ばすのであった
その光景を目の当たりにした灰色の織り手達は、思わずその足を止めて空の事を警戒し始め、その中の1匹が自分達の上司であるチィトカアにこの事を報告する為に、逃げる様に奥の方へと走って行き、それに目ざとく気付いた空は……
「待てっ!!!」
逃げる灰色の織り手に向かって制止の言葉を掛けながら、その後を追う様に走り出すのであった……
「……つまりその侵入者は、灰色の織り手達を蹴散らして、こっちに向かって来ているって事です?」
「そうなりますね……」
「そうなりますじゃないですっ!!!何なんですその侵入者っ!?明らかに普通じゃないですっ!!!あの群れを見て交戦しようと考えるところもおかしいですが、それをいとも容易くぶっ飛ばすとか有り得ないですっ!!?」
チィトカアが逃げた灰色の織り手から送られて来たテレパシーによる報告を、主であるアトラク=ナクアに伝えたところ、アトラク=ナクアは半狂乱になりながらこの様な事を叫び散らすのであった……
普通に考えれば灰色の織り手達の群れを目の当たりにした侵入者は、アトラク=ナクアの思惑通りその不気味さに恐怖してこの地下空間から撤退するものなのだが、何分相手が悪すぎたのである……
件の侵入者は強硬派深海棲艦や転生個体との戦いと言う修羅場を、幾度となく潜り抜けて来た歴戦の猛者、日本海軍内では『龍神』の異名を持つ石川 空なのである……。タランチュラ程の大きさの蜘蛛の群れなど、恐怖に値しないのである……
しかもこの男、以前横須賀鎮守府で旧支配者であるクトゥルフとの組手で敗北して以来、驚くべき量のトレーニングを己に課して自身の身体を虐め抜く事で、身体に負担がかからない範疇での力の最大出力の底上げを図り、遂にはクトゥルフと真正面から体術勝負を挑み、シゲの様な神話生物由来の戦闘力のブースト無しに、互角に渡り合える程の戦闘能力を手にしているのである……
「しかし現に……」
そんな事等露知らず、チィトカアが異常な侵入者に対応する為に、主の指示を仰ごうとしたその時である……
「ぬんっ!!!」
突如チィトカア達の後方から聞き覚えの無い声が聞こえると同時に、得体のしれない巨大な光弾がアトラク=ナクア達目掛けて凄まじい速度で飛来し……
「……!?」
それに気付いたアトラク=ナクアが、身体ごと其方に顔を向け、迫り来る光弾を回避する為に右に跳躍した直後……
「ヘブライッ?!」
反応が遅れたチィトカアが光弾の直撃を受け、意味不明な悲鳴を上げながらアトラク=ナクアの後方へと豪快にすっ飛んで行き、その姿は闇に紛れて見えなくなってしまうのであった……
「不意打ちの【弐式活殺破邪法】を避けるか……、となると、この巨大な蜘蛛があの蜘蛛達の親玉になる訳か……」
チィトカアが吹っ飛んで行った後、アトラク=ナクアの前方からこの様な言葉と共に足音が聞こえ、アトラク=ナクアが警戒心を高める中、遂に彼の目の前に先程の光弾……、【弐式活殺破邪法】を放った張本人である空が姿を現すのであった……
「ギシャアアアァァァーーーッ!!!」
その直後、アトラク=ナクアは空を威嚇する為に、普段とは違うそれはそれは悍ましい声で咆哮を上げる。因みにアトラク=ナクアの普段の声は阿武隈の声に近いものがあり、アトラク=ナクアはこの様な状況の場合、可能な限り緊張感に欠ける普段の声を出さない様、細心の注意を払っていたりする……
「ふむ……、地下に棲む大蜘蛛……、まさかこいつ……、旧支配者のアトラク=ナクアか……?」
そんなアトラク=ナクアを目にした空は、落ち着き払った様子で少し考える様な素振りをした後、見事目の前にいる巨大な蜘蛛の正体を当ててみせ、それを聞いたアトラク=ナクア自身を内心動揺させるのであった……
因みに空が何故アトラク=ナクアの事を知っていたのかについてだが、それは空が生前戦治郎の家に住み込んでいた時、クトゥルフ神話に関して造詣が深い翔が長門屋に就職するよりも前に、戦治郎が偶々買って来たアダルトゲームの中に同名の作品があり、タイトルの由来が気になって調べた為である
(こいつ……、何で小生の姿を見ても、動揺のどの字も無い様に落ち着いてるですっ!?どんだけ肝が据わってるですっ?!)
そんな空の様子を見たアトラク=ナクアは、内心でそう呟きながら更に動揺を加速させ、遂には混乱状態に陥ってしまう……
正直なところ空達長門屋の面々は、桂島突入前にダゴンとハイドラの本来の姿を目撃し、普段からディープ・ワンやゾアの戦闘形態などで神話生物を見慣れている為、でっかい蜘蛛であるアトラク=ナクアは、そこまで恐ろしい姿をしているとは思えなくなるほど、感覚が麻痺してしまっているのである……。これに関しては、本当に相手が悪かったとしか言えないのである……
こうしてアトラク=ナクアが混乱している中……
「……これは丁度いい機会かもしれんな……」
空はそう呟くと、懐から強化パワードスーツのプロトタイプが格納されたブレスレットを取り出し、我に返ったアトラク=ナクアが怪訝そうな表情を浮かべながらその様子を見ていると、空はそれを自身の右腕に装着し……
「アトラク=ナクア、悪いがこいつのテストに付き合ってもらうぞ……」
空はアトラク=ナクアに向かってそう言い放つと、自身の胸の前で指を噛み合わせる様にして両手を合わせ、右手の甲を下に向けながら両足を肩幅くらいに開いて構え……
「龍神……」
そう呟きながら、右手の甲を上に向けながら、ゆっくりと両腕を伸ばしていき……
「降臨……っ!」
この声と共に今まで合わせていた両手を、龍の頭部を模したブレスレットのデザインも相まってか、まるで龍が口が開く様子を彷彿させるかの様に開く。するとどうだ、その直後にブレスレットから銀色に輝く帯の様な物が複数飛び出し、空の身体に巻き付き始めるではないかっ!こうして輝く帯が空の身体を覆い尽くし、帯の輝きが消えた時、そこには空の姿はなく、まるで銀色の戦隊ヒーローの様な姿をした何かが、空が立っていた場所に立っていたのであった……
「愛の力にて……」
突然の出来事にアトラク=ナクアが呆然とする中、突如この銀色ヒーローはこの様な事を呟きながら、ゆっくりとした動作でアトラク=ナクアを右人差し指で指差し……
「我が前に立ち塞がるその全てを打ち砕くっ!!」
その後、謎の銀色ヒーローはそう言いながら右手で拳を握り、それと同時に右手の甲をアトラク=ナクアの方へ向けながら肘を曲げて拳を掲げ……
「鋼鉄の龍神っ!クロム・ドラゴンッ!!見参っ!!!」
名乗りを上げながら掲げた拳を右方向へと振るい、クロム・ドラゴンを名乗るそれはポーズを取るのであった……
そう、これが空が変身する白銀のヒーロー、クロム・ドラゴンの誕生の瞬間であると同時に、旧支配者アトラク=ナクアの地獄の日々の始まりなのであった……