皆と別れて工廠へと向かった戦治郎は、工廠内に入るとすぐに入口近くにいた工作艦娘に話し掛け、簡単な自己紹介を終えて彼女に北上の所在について尋ねたところ、彼女は工廠の壁際にある艤装のメンテナンス用スペースの方を指差しながら、北上は現在そこで作業を行っていると、戦治郎に教えてくれるのであった
それを聞いた戦治郎は、応対してくれた工作艦娘にメンテナンススペースへの立ち入り許可を求め、戦治郎達の事を雲龍達から聞いていたのだろうか、彼女は研修期間中の何時でもいいから、戦治郎達が持つ技術を披露してくれるならば許可を出すと返答し、それを聞いた戦治郎はその程度ならばと彼女の申し出を了承した後、彼女に対して許可を出してくれた事に感謝の言葉を述べると、北上がいると言う艤装のメンテナンススペースへと入って行くのだった
そうしてメンテナンススペースに入った戦治郎は、大して時間もかけずに椅子に腰掛けて作業台の上に乗った艤装のメンテナンスを行う北上の姿を発見し……
「作業してるとこ悪ぃんだが、おめぇさんが北上か?」
「ん~?そうだけど……って、あんたは確か……」
戦治郎が問題の北上に話し掛けたところ、彼女は作業の手を止め、不思議そうな表情を浮かべながらそう言って、椅子に座ったまま突然自分に対して声を掛けて来た戦治郎の方へと視線を向け、戦治郎の姿を見るなり何か思い出そうとしているのか、考える様な仕草をしながらこの様な言葉を呟く様に口にし……
「俺は……」
「ああ待った、自力で思い出すから名乗るのはちょっと待ってね~……。そうだそうだ、確かあんたは昨日研修に来たって言う、噂の戦治郎さん……で合ってるよね?」
戦治郎が自己紹介をしようとすると、北上はそう言って戦治郎の自己紹介を遮り、彼女が正解である戦治郎の名前を口に知ると、戦治郎は底抜けに明るい表情を浮かべながら、その通りでございますと言わんばかりに、両手の人差し指を無言で北上の方へと向けるのであった
「ってちょっち待ち、噂のって何ぞ?」
その直後、北上が口にした『噂の』と言う単語が気になった戦治郎が、その事を北上に尋ねてみたところ……
「戦治郎さん達長門屋海賊団の話は、戦治郎さん達に助けられたって言う由良達や雲龍さんから聞いてるよ~。ああ、当然戦治郎さん達が横須賀の乱を治めた件もね~」
「ああ、なるほどな~」
北上は戦治郎の問いに対してこの様に答え、それを聞いた戦治郎は納得したのか、腕を組んで何度もウンウンと頷きながら、この様な言葉を口にするのであった
「それで、戦治郎さんがあたしのとこに来たのは、大方あたしの足の事についてなんでしょ?」
「大正解、ってよく分かったな……?」
「そりゃあ由良達の話聞いてたらね~、それに昨日工廠に見学に来た時も、戦治郎さんは工廠の設備そっちのけであたしの足ばっかり見てたでしょ?そんなに見つめられたら嫌でも勘付くってもんよ~。因みにアムステルダム泊地の提督が、由良達に対して行った仕打ちについても、その提督の末路についてもしっかり聞いてるよ~」
「お、って事は……?」
「うん、悟さんだっけ?多くのお医者さん達が匙を投げたって言う、艦娘の後遺症を不思議な力であっという間に治しちゃうって人。その辺りも聞いてるよ~」
「う~ん、由良達がこんなにお喋りさんだったなんて、流石におっちゃんも分かんなかったぞ~?」
「由良達は戦治郎さん達に助けてもらったのが余程嬉しかったみたいでね~、戦治郎さん達の事話している時、やたら興奮した様子だったよ~?」
その後、北上は戦治郎の用件を言い当ててみせ、それから戦治郎と北上はこの様なやり取りを交わすのであった
因みにこのやり取りの中で、北上はこの後遺症を負った後、神通よりも早い段階でアムステルダム泊地から勧誘を受けたが、直感で身の危険を感じ取りその話を断った事を戦治郎に告げていたりする……
それからしばらくして、戦治郎が北上に本題である足の治療の話を持ち掛けると……
「いいよ、その悟さんの治療……、受けてみるよ」
北上は戦治郎が想像していたよりも遥かにすんなりと、足の治療を受ける事を戦治郎に伝えるのであった
「えらいまたすんなりと……、何かこう……、不安とか葛藤とか無かったのか?」
「さっきも言ったけど、由良達から悟さんの腕前についてや、治療を受けた娘達のその後の様子なんかも聞いてるからね。それに何よりもさ、横須賀の乱の時に戦治郎さん達が頑張ってくれたおかげで、あたしは今ここにいるし、大井っちも無事でいれる訳じゃん?言わば戦治郎さん達はあたし達にとっても命の恩人なんだから、そんな人の提案を無碍に出来る訳ないじゃん。それに……」
すんなりと自分の提案を呑んだ北上に対して、戦治郎がこの様に尋ねてみたところ、北上は戦治郎の提案をあっさり呑んだ理由をスラスラと述べ始めるのだが、その中で頭の中に何かが過ったのか、途中で思わず言葉を詰まらせてしまうのであった
そんな北上の様子を見て、戦治郎が怪訝そうな表情を浮かべていると、北上は意を決した様な表情を浮かべながら、先程の続きを口にするのであった
「それにさ、あたしが足を負傷してから、ずっと大井っちが何処か余所余所しいんだよね~……。まあ、その理由は何となく察しがつくんだけどさ……」
「おめぇが怪我した事に対して、大井は責任感じてんだろうな……。北上さんが怪我をしたのは、全部自分が原因だーって感じで……。んで、自分が北上の傍にいたら、北上が怪我した時の事思い出して、表には出さないものの内心では苦しむんじゃないかって事で、大井は北上から距離を置こうとしてるのかもな……」
「ん~?もしかしてさ~、あたし達の事事前に調べてたリ?」
「すまんな、やろうと思った事は可能な限り成功させたい性分でな、この件も成功率を上げる為に、ちょっちおめぇらの事調べさせてもらったわ……」
「うわぁ……、乙女の秘密を探るとか……、さいて~……」
北上の言葉を聞いた戦治郎が思わず自分の見解を口にしたところ、その内容で北上が戦治郎が自分達の事を探っていた事に気付き、それに対して戦治郎が詫びを入れたところ、北上は戦治郎に軽蔑の視線とこの様な言葉を送るのであった……
尚、北上のこの態度は彼女なりの冗談であり、彼女の冗談を真に受けた戦治郎は、全身全霊を込めた謝罪の意を見せる為に、すかさず彼女の目の前でスターダスト土下座を展開するのであった……
その後、北上は戦治郎を落ち着かせ、何とか誤解を解く事に成功すると
「取り敢えず、治療の話は受ける事にするよ~。もし大井っちをこのままにしてたら、大井っちが後悔の念に押し潰されちゃって、艦娘としてやっていけなくなっちゃうかもしれないからね」
「大井とのわだかまりを無くす為にも、その原因となっている足の後遺症を治さなきゃだなっ!」
「そゆこと、って事で治療の件、よろしくね~」
北上は改めて治療を受ける旨を戦治郎に伝え、それを聞いた戦治郎の返答に対して、ニカッと笑った後この様に言葉を返しながら、戦治郎が差し出して来る悟の勤め先の病院の住所が記されたメモを受け取るのであった
因みに北上が後遺症を負った後、何故工作艦と一緒になって工廠で働いていたのかと言うと……
「あたしの実家って市販されている艤装の修理とかやっててね、あたしは小さい頃からお小遣い稼ぎの為に家の手伝いやってたんだ~。その関係で艤装の修理が出来るから、後遺症を負った後は工作艦として鎮守府を支えていく事にして、大井っちに後遺症の事は気にするな~ってアピールしてたんだけど~……、これが却って大井っちを苦しめてたみたいだね~……」
北上はそう言って、苦笑いを浮かべるのであった……