飛龍達ダブルドラゴンの送迎で横須賀鎮守府に到着した北上は、彼女を出迎えてくれた悟と共に横須賀鎮守府の医務室へと向かっていたのだが……
「ねぇ……、悟さん……、ちょっと聞いていい……?」
「あぁ?何か気になるものでもあったかぁ?」
「あれ……、何……?」
北上は悟にその道中で不意に自身の視界に飛び込んで来た、それはそれは不思議な物体について思わず尋ねてしまうのであった
そんな彼女が目にした物体、それはまるでスライムの様にウニョウニョしたよく分からない物体で、それらは幾つかの群れを形成し、時々『テケリ・リ』と言う鳴き声の様な何かを発しながら、地面だけでなく建物の壁や屋根の上などを這いずり回っていたのであった……
「あぁ、ありゃ以前元帥の補佐官やってる燎って奴が、大会議の際にクトゥルフさんから貰った種から生まれたショゴスって神話生物だぁ」
「種……?神話生物って種から出来るの……?」
「恐らく種で繁殖すんのは、そうなる様に品種改良されたこのショゴス達くらいだろうなぁ。確か今年の春にわざわざ専用の畑を鎮守府の敷地内に作って、艦娘達主体で計画的に栽培を始めたんだがよぉ……」
北上の疑問に悟が答えている最中、恐らく食堂から出たのだと思われる生ごみが大量に入ったバケツを両手に持った、横須賀鎮守府に所属している駆逐艦娘数人が姿を現し、突然そのバケツの中身をそこら中を徘徊するショゴス達の前にブチ撒け、それに気付いたショゴス達は我先にと生ごみに群がり始めるのであった
「その種の成長速度がこちらの想定を遥かに超えてたみてぇでなぁ、植えてから半月もしねぇ内にガッツリ実って収穫する事になってなぁ、その収穫の様子が余程面白かったのか、駆逐軽巡連中が悪戯にその数増やす様になっちまってよぉ、今ではここの所属艦娘より数が増えちまって、こんな状況になっちまったんだわぁ」
「ふ~ん……、んでさぁ、あの子達がさっきブチ撒けた生ごみに、そのショゴスとか言うのが群がってるんだけど……」
「ありゃぁ餌やりだぁ、あいつらは食えるものなら何でも食うからなぁ。まぁ流石に工廠から出たスクラップなんかの金属類は無理みてぇだが、それ以外だったらさっき言った様に、何でも食うんだわぁ。実際、そこら中を這ってた奴等はよぉ、地面や建物なんかに付いた塵や埃、水垢やカビなんかの胞子とか食ってたんだわぁ」
北上と悟がショゴスについてこの様なやり取りを交わしていると、今度は突然食堂の方からゴキブリや鼠が数匹、何かから逃げる様に飛び出して来て、それから大して間も空けずして、それに続く様にして数匹のショゴス達が姿を現し、先程のゴキブリと鼠の追跡を開始し、最終的にショゴス達はゴキブリと鼠達に追いつき、それらを体内に取り込むと、まるで鼠達を酸で溶かす様に、ゆっくりと分解し始めるのであった
「……ショゴス達のおかげで、横須賀鎮守府はとても清潔になった感じ?」
「まあなぁ、ああやって病原菌のキャリアーになる害虫及び害獣の駆除もしてくれるし、ほっといてもおやつ感覚で鎮守府中の汚れを片っ端から食い尽くすしなぁ。あぁ、確か事務所の連中もよぉ、ごみ処理に掛かる費用が浮いたって喜んでやがったなぁ」
「神話生物って、確か転生個体以上の脅威って聞いてたんだけど~……、まさか此処では只の清掃員やってるとはね~……」
「そうでもねぇぜぇ?あいつら自分の身体を自在に変化させられるからよぉ、やろうと思えばショゴスに自分の影武者をやってもらうって事も出来れば、表面を硬質化させて盾として使う事も出来るんだぜぇ?まぁ後者の方は、やったら駆逐や軽巡の艦娘達……、後は長門の反感を買う事になるがなぁ」
「よりにもよって一番数が多そうな層や、艦娘の中で一番『力』持ってる人を敵に回す羽目になるのか……」
「長門がショゴスにここまで入れ込む事になるってのはよぉ、流石に俺や陸奥でも予想出来なかったんだよなぁ……。っとぉ、着いたぜぇ」
ショゴスの捕食シーンを目撃した後、北上と悟は再び医務室に向かって歩き出し、その最中にこの様な話をしていると、目的地である医務室に到着したのか、悟がそう言いながら目の前の扉を開き、北上を招き入れるのであった
こうして医務室に到着した北上は、悟に促されるまま診察台に腰を掛け、悟の診察を受けていると……
「「う~ん……」」
患者を寝かせる為に設置されたベッドがあるであろう医務室の奥の方から、2人分の微かな呻き声が発せられ、それが悟の診察を受ける北上の耳を打つのであった……
「今のは……?」
「あぁ、ありゃぁ俺と一緒に横須賀に残った、戦治郎のペットの太郎丸と弥七の声だわなぁ」
先程の呻き声が気になった北上が、不思議そうな表情を浮かべながら悟にこの様に問うと、診察を終えるなり早速翠緑を発動させ、北上の後遺症の治療に取り掛かった悟は、平然とした様子でそう言い放つのであった
「戦治郎さんの……?いや、今はそこはいいや。それより何かかなり苦しそうだけど……?」
「そう言う仕様らしいぜぇ?」
北上の問いに対して悟はそう答えるや否や、翠緑の使用を止めて医務室に設置された机の方へと向かうと、その引き出しの中から黒く淀んだ液体が入った小さな小瓶と、資料らしき数枚の紙を取り出し、北上に渡すとそれを読む様に促すのであった
さて、北上に渡された資料と小瓶の正体だが、それは転生個体の能力を強制覚醒させる効果がある、後に覚醒材と言う俗称が付く事となるゾア出汁が入った小瓶と、空、光太郎、望の3人が協力してまとめた護と輝のバイタルデータ、そしてゾア汁の取扱説明書なのである
「……えっと……、つまり奥の2人は……」
「まだ能力覚醒してなかったあいつらはぁ、この瓶の中身を薄めたモンを飲んで、そいつに書かれている通りにぶっ倒れたって訳よぉ。一応俺の方でも調べたんだがよぉ、その資料と同じで2人に特に異常は無かったんだよなぁ」
「そうなんだ……、っと、これ返すね~」
資料に目を通し終えた北上が、悟に向かってそう言うと……
「おぅ、ならこっちまで持って来やがれぇ」
北上が資料を見てる最中に移動したのか、机の傍にある椅子に腰掛けた悟は、北上に向かってそう言い放つのであった
「……えっ?もしかして……、もう治療は終わった……?」
「その質問の答えはよぉ、おめぇが資料をこっちに持って来たら答えてやらぁ」
悟の様子から何かを察した北上が疑問を口にすると、悟は御託はいいからと言った様子で、北上に自分の所まで来る様に促すのであった
それからしばらくの間、北上と悟が黙り込んだ事で医務室内には太郎丸と弥七の呻き声だけが鳴り響き、意を決した北上が診療台から立ち上がり、悟の方へと恐る恐ると言った様子で歩み寄ったその時……
(あれ……?うっそ……っ?!マジで……っ!?)
今まで思う様に動いてくれなかった足が、思った通りに動いてくれる事に驚いた北上は、思わず内心で驚愕の声を上げるのであった
そう、とても信じ難い話ではあるが、たったあれだけの時間で、この伊藤 悟と言う男は、長い事北上を……、いや、彼女だけでなく、彼女が後遺症を負う切っ掛けとなった大井までもを苦しめ続けて来た足の後遺症を、彼女達の呪縛を見事断ち切ってみせたのである……っ!!
その後も北上はゆっくりと悟の方へと、しっかりとした足取りで歩み寄り……
「問題無く歩ける様だなぁ、っとぉ、こいつを使いなぁ。これ以上大切な資料をグシャグシャにされちゃぁ敵わんからなぁ」
北上が自分の目の前まで来ると、悟はそう言いながら北上から資料と小瓶を受け取ると、今度は彼女に真っ白なハンカチを手渡すのであった
この時の北上は、悟の方へ歩み寄っている最中に、今まで自分達を苦しめ続けて来た後遺症が完治した事実を、実際に歩く事で実感した事で、歓喜の余り静かに涙を流し始めたのである。悟が渡したハンカチは、それを拭う為に手渡されたものなのである
「ありがとう……、本当にありがとう……っ!」
手渡されたハンカチで、止めどなく流れ出る涙を拭い始めた北上は、悟に向かって嗚咽混じりに感謝の言葉を述べる。それに対して悟は……
「礼を言われる様な事をした覚えはねぇんだよなぁ……、俺は俺の矜持の為に行動しただけなんだよなぁ」
只々ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら、この様な言葉を口にするのであった