北上が足の後遺症の治療の為に、悟がいる横須賀鎮守府に向かったその日の夜……
「大和君、済まないが少し長門君を借りて行くぞ」
戦治郎はそう言い放ちながら突然自分達の部屋にやって来た大淀大将に、半ば強引に連れられる形で、大将と一部の艦娘の強い要望によって舞鶴鎮守府内に建てられたBARへやって来ていたのであった
「突然済まないな、酔ったバタケから度々君の事を聞かされていて、君とはサシで飲みながら話をしたいと思っていたんだ」
「バタケって元帥の事ですよね?ちょっち元帥が俺の事どう言っていたのか気になるとこですが……、まあそれは置いておいて、俺の方も大将に色々と聞きたい事があったので、特に迷惑だ~!なんて思っちゃいませんよ」
戦治郎をBARに連れて来た大将の言葉に対して、戦治郎がこの様に返答したところ、大将は「そう言ってくれると助かる」と答えた後、すぐさまバーカウンター内にいるバーテンダーとして働いている給糧艦娘に声を掛け、2人で飲み交わす酒を注文し始めるのであった
それからしばらくして2人の下に注文した酒が出て来ると、どちらともなくグラスを差し出すような形でグラスを軽く打ち鳴らして乾杯し、揃って出された酒で喉を潤した後、他愛もない雑談を始め……
「戦治郎君……、1つ君に頼みたい事がある……」
その後何度かグラスを空にした為酔いが回って来たのだろうか、不意に大淀大将が戦治郎の事を名前呼びでこの様な言葉を口にした
この時戦治郎は、自身が一番大将に質問したかった事である、海軍の現状についての話があるのだろうと思い、神妙な表情を浮かべながら大将に向かって静かに頷いて頷き返すのだが……
「私の孫である聡子を……、君にはウチの任務娘の大淀と言った方が分かり易いか?その聡子を嫁としてもらってくれんか……?」
「大将~?アナタ唐突に何言ってんですか~?」
大将の言葉を聞いた途端、戦治郎は驚くと同時に拍子抜けし、思わず現在座っている椅子から転げ落ちそうになるのだが、何とか気合いで姿勢を維持し、直後に大将に向かってそう言い放つのであった
それからすぐ、大将は自分と大淀の事について、何処か悲し気な表情を浮かべながら、とつとつと話し始めるのであった……
大将の話によると、大淀の父親は大将と同じ海軍の将校だったらしいのだが、とある大規模作戦が行われている最中、深海棲艦による本土奇襲を受けた事で亡くなってしまったらしく、そのショックで精神を病んでしまった大淀の母親は、大将達に大淀を預けた後、夫の後を追う様にして自ら命を絶ってしまったのだとか……
「この事を知った聡子は、当初は余程悲しかったのか、両親の事を思い毎日の様に泣いていたな……。それから長い月日が経ったある日、聡子は私達夫婦に艦娘になると言って来たのだよ……。その時私達は、聡子にどうして艦娘になろうと思ったのかについて尋ねたのだが、聡子は只々その当時から提督として艦娘達を率いていた私の手伝いがしたいからだと言って、その真意を自分の口から話そうとはしてくれなかったのだよ……」
「真意と言うと……」
大淀が艦娘になった経緯について、自分が知っているだけの事を戦治郎に話し終えた大将が、酒が入ったグラスを呷ってグラスの中身を空にしたタイミングで、訝しむ様な表情を浮かべ、呟く様にして戦治郎が大淀の真意とやらについて尋ねたところ……
「恐らく両親の仇討ちだろう……、この位の事は長い事親代わりをしていた私達にはすぐに分かったさ……」
新たな酒をバーテンダーから受け取りながら、大将は自身が予想する大淀の真意について、この様に語るのであった
「この界隈、ホント復讐鬼が多いな……。まあ……、その気持ちは分からんでもないがなぁ……。っつか、確か艤装の免状取得の際、そう言う事企んでる奴とかは免状貰えないんじゃなかったか……?」
「その辺りは広く知れ渡っているところだからな、そう言った輩は免状を取りに行く前に、己のそう言った感情を覆い隠す技術を身に付けて来るのだろうな……。それ以外にも、家族などを喪失する以前に、艤装の免状を取得しているケースなどもある様だ……」
「Oh……」
その後、戦治郎が思わずボソリと口にした疑問に対して大将がこの様に答え、その言葉を聞いた戦治郎はそう呟くと、複雑そうな表情を浮かべながらグラスを口に付け、その中身をほんの少し口に含み、喉の方へと流し込むのであった
因みに戦治郎の酒は、この飲みが始まってから大して減ってはいない。何故なら、あまり調子に乗って飲み過ぎてしまうと、翌日菊門が大変な事になってしまう事を知っているからだ……
「そんな聡子も誰かと結婚して幸せな家庭を築ければ、多少復讐心が紛れるのではないかと思い、あのバタケが見どころがあると言っていた君に、こうして頼んでいる訳なのだが……、どうだろうか……?」
「その理屈は何となく分かります、でも頼む相手間違えてません?性別は精神が男なので記録上男にしてもらってますけど、本来俺は見た通り深海棲艦の戦艦水鬼……女性に分類されてる身体の持ち主ですよ?ここは普通、身も心も男である毅とかに頼むとこじゃないんです?」
「普通に考えればそうなのだが……、彼はまだ未熟で、正直頼りないところがあるからな……。それに君ならば、聡子にどんな不幸が襲い掛かろうとも、あらゆる手段を用いてそれらを打ち払えるだろうと、この間の君と君のお祖父さんとの戦いを見て、そう確信したのだよ」
「あらやだ、俺ってばそんな風に見られてたの……?俺あの時の記憶、全然ないんだけど……?」
それからしばらくの間、戦治郎と大将はこの様なやり取りを交わすのだが……
「済みません大将、やっぱ俺は大和の事を裏切れないので、そのお願いはお断りさせてもらいます」
戦治郎がそう言って大淀との結婚の件を断ったところ、大将はそれはそれは残念そうな表情を浮かべながら、再びグラスの酒を煽り……
「そうか……、まあ断られてしまう気はしていたがな……」
ポツリと呟く様に、この様な事を口にするのであった
それからすぐに、戦治郎がこの暗い雰囲気を何とかする為に、結婚の話が出る前にやっていた雑談を再開した事で、何とか場の空気を和らげる事に成功したのだが……
「出来れば軍に在籍している間に、聡子の花嫁衣裳を見たかったな……」
思い出したかの様に大将がこの様な事を呟いた事で、場の空気はまたおかしくなりそうになったのだが……
「軍に在籍している間にって、それはどういう事ですか?」
「ああ、そう言えば言っていなかったな。私は今年の春頃を目処にして、日本帝国海軍から身を引こうとしているのだよ」
先程の大将の呟きに対して、戦治郎がこの様な反応を見せ、それに大将がこの様に返答した事で、場の空気は先程とは違う方向でおかしくなってしまうのであった
大将が言うところによると、転生個体や神話生物の介入によって、この世界の状況が目まぐるしく変化しているにも関わらず、人類と深海棲艦だけが戦争をしている状況から変化が無さ過ぎる帝国海軍に愛想を尽かせたと同時に、何時までも自分達の様な輩が、軍の上層部を取り仕切るのは軍の為にならないと、そう考えたからなのだとか……
「今の状況を打開するには、今の状況をしっかりと把握している、若い世代の力が必要不可欠ではないかと、そう思ったからこその退役なのだよ」
「……もしかして俺に大淀と結婚して欲しいって言って来たのは、そこらの事情も絡んでたリするんです……?」
大将がこの様に言って言葉を締めた後、戦治郎が今までの話を聞いて来て疑問に思った事を口にすると、大将は静かにコクリと頷いて見せるのであった……
「先程復讐心が紛れるやら、花嫁衣裳を見たかったと言ったのも本音だが、もしかしたら今でも復讐心に囚われてしまっているかもしれない聡子を、君以外の人間に任せる様な事になれば、大変な事になりかねない恐れがあるのだよ……。最悪の場合、聡子は任務娘と言う立場を利用し、作戦についての助言と称して他の提督を唆し、事情を知らない提督を自身の駒に仕立て上げ、自分の復讐を実行しようとするかもしれん……。それだけ聡子は、優秀な頭脳を持った娘なのだよ……」
「そいつは野放しには出来ねぇな……、下手したら海軍内部が大混乱しちまいそうだ……」
大将の言葉を聞いた戦治郎は、背中にそれはそれは冷たい何かを感じ、身震いしながらこの様な事を口にするのであった……