大和に大井を工廠に向かわせる様お願いしてから程なくして、大井は不機嫌そうな表情を隠そうともせず、腕を組みながら工廠に姿を現し……
「急に工廠に呼び出したりなんかして……、一体私にどの様な用事があるんです?」
横須賀の乱の際も、舞鶴鎮守府に戦治郎が来てからも、戦治郎とは特に深い絡みがあった訳でも無かった為、戦治郎に対してそこまで心を開いていない大井は、自身を呼び出した戦治郎の事を睨みつけながら、この様な言葉を口にするのであった
「来たな大井、実はちょっちお前さんに頼みたい事があってな」
「御託はいいです、さっさと本題に移ってもらえます?私は今、貴方が大淀を引き抜いた関係で、秘書艦業務の引継ぎをする羽目になって、とても忙しい身になってしまったのですから」
大井に声を掛けられた事で彼女の存在に気付いた戦治郎が、彼女の方へと向き直りながら、気軽に挨拶をする様な感覚で返事をしたところ、大井は相変わらず不機嫌そうな表情のまま、戦治郎に自身を呼び出した理由について尋ねるのであった
「その辺の事はホントすまん……、っと言ってる場合じゃねぇな。んで、お前さんにお願いしてぇのは、お前さんが大事に大事に保管してるって言う、北上の艤装を此処に持って来て欲しいんだわ」
「如何して貴方がそれを……?」
「工廠妖精さんから聞いたんだよ、北上の艤装は大井が工廠以外の何処かに保管してて、此処には無いってな」
「そう……、それで?貴方は北上さんの艤装を、一体どうするつもりでいるのかしら?」
「そりゃお前さん、何時でも使える様にメンテナンスしておくのさ、そのついでに改二改修も施すつもりだけどな」
「……2度と使われる事の無い艤装を……?」
「お前さんからしたら、俺がやろうとしてる事は本当に無意味で、全く無駄な事なんだろうけどな。けど北上の艤装だって、調子を整えてもらってピカピカに磨き上げてもらえたら、使われる使われない云々は抜きにしても喜ぶんじゃねぇか?」
「……はぁ……、分かったわ……、少し待っていなさい……」
大井は自分を工廠に呼び出した戦治郎とこの様なやり取りを交わし、その中で戦治郎が不撓不屈の精神で北上の艤装を整備するつもりでいる事を察すると、1つ溜息を吐くと工廠から出て行き、自身が秘密裏に保管していた北上の艤装を手にして工廠に戻って来るのであった
そうして大井から北上の艤装を受け取った戦治郎が、大井に対して感謝の言葉を述べ、早速作業に取り掛かろうとしたところで……
「これで用事は終わりかしら?だったら私は執務室の方へ戻らせてもらいます」
大井はそう言って、戦治郎に背を向けて工廠から出て行こうとするのであった
が……
「まぁまぁまぁ~、ちょ~っち待てよ大井~、これも何かの縁って事で、ちょっちおっちゃんと話しようや。舞鶴鎮守府にいる間、俺はお前さんとあんま絡めてなかったかんな。んで今日を逃しちまったら、しばらくはお前さんとこうして話す機会が来なさそうだしな」
そんな大井に向かって、戦治郎はそう言って彼女を引き留めるのであった
「しばらく話す機会が無くなる……?」
「あぁ、俺達研修組は明日軍学校に帰る予定なんだわ。んで休みの最終日は他の連中と一緒に広島の街に遊びに行って、そこで土産話語ったりカラオケ行ったりして、しっかり英気を養って新学期に臨もうってな。だから今度俺がお前さん達と会う時は、俺が提督になってからになるかもなんだわ」
「そうですか……、しかし私は特に貴方と話す様な事は……」
「そう言わずに頼むよ~……、何だったらあれだ、お前さんに北上の艤装のメンテナンスの仕方教えるからよ~……」
このやり取りの後、大井は戦治郎の頼みを断ろうとするのだが、戦治郎が何度も食い下がって来た為、結局折れて工廠に残り、相変わらず不機嫌そうな表情を顔に貼り付けながら、戦治郎の作業が終わるまでの間、彼の他愛もない話の聞き手になる事にするのであった……
それからしばらくして……
「ふぅ~……、終わった~……」
如何やらメンテナンスと改修作業が終わったらしく、戦治郎は額の汗を作業服の袖口で拭いながらこの様な事を呟くのであった
「ようやく終わりましたか……、では私はこの辺りで……」
それを聞いた大井が、そう言いながら作業台の上にある北上の艤装を手に取り、工廠を出ようとすると……
「応、長い事付き合わせちまって悪かったな。っとぉ大井よぉ、最後に1つ聞きてぇ事があるんだが……」
戦治郎はそう言って、再び大井を呼び止めるのであった
「まだ何か話したい事があるんですか……?最初に言ったと思いますけど、私は今忙しい身なのですから、話すのなら手短にお願いします」
「分かった、じゃあ聞くが……、如何してお前さんは休みに入るなりすぐ実家に帰ったり、北上がいる時間の工廠に近寄らなかったりと、北上の事避ける様な事してんのに、艤装をそんなに大事そうにしてんだ?」
「それは……っ!」
「さっき散々こっちの話聞いてもらってたんだ、だから今度はこっちがお前さんの話を聞いてやんよ。まぁお前さんは俺の事信用してねぇだろうが、明日にはいなくなる様な奴になら、周りにぶつけにくい言葉もぶつけ易いってモンだろ」
「そう……、そうね……。ならば遠慮無く……っ!!」
このやり取りの中で大井が動揺したところで、すかさず戦治郎は大井に向かってこの様な事を言い、それを聞いた大井は怒りと悲しみが混ざり合った様な表情を浮かべながら、声を荒げ吐き捨てる様にして戦治郎の問いに答え始めるのであった……
その内容は以前工廠で戦治郎や北上が予想していた通り、自分のミスで北上に後遺症を負わせてしまった事に対しての後ろめたさや、そんな下らないミスを犯した自分に対しての怒り、そして北上の言葉を聞く度に、足を引きずって歩くその姿を目にする度に、胸を締め付けられる様な感覚に陥る事や、北上に嫌われてしまう事への恐れと言ったものであった……
「北上さんの艤装を私が預かっていたのは、北上さんが艤装を見る度にあの時の恐怖を思い出す様な事が起きない様にする為……、そして私自身が北上さんの艤装を見て、2度とあの様な事を起こさせまいと、気持ちを引き締める為だったのです……」
「成程な……、そう言う理由があったんだな……。さぞ辛かっただろうな……」
ある程度吐き出したかった事を吐き出し終えた大井は、最後は蚊が鳴く様な弱々しい声で、呟く様にしてこの様な事を言い、それを聞いた戦治郎は内心ではその内容がある程度予想出来ていた為、激しく動揺する様な事は無く、その様な素振りも見せずに、大井を慰める様に彼女の肩に手を置きながら、この様な言葉を口にするのであった
そんな中、不意に戦治郎の耳に、工廠に向かって歩いて来る誰かの足音が入り……
(おっ、ようやく来たか……)
それを聞いた戦治郎が内心でこの様な事を呟くと同時に、工廠の扉が突然開かれ……
「いや~……、お父さんを説得するのが大変だったよ~……。まぁ最後は私の希望を聞き入れて、泣きながら送り出してくれたんだけどね~」
工廠の入口からは、先程戦治郎と電話をしていた人物……、そして戦治郎と大井の話の中に出て来た北上の声が聞こえ、それを聞いた大井がすぐさま入口の方へと顔を向け、声の主が北上である事を確認するや否や、工廠から飛び出そうとするのだが……
「まぁ待てや大井、こっからがいいとこなんだぜ?だから最後までちょっち付き合ってくれや」
それを戦治郎が大井の腕を掴む事で阻止し、大井は戦治郎と北上から逃れようと必死になって拘束を解こうと暴れ始めるのだが……
「大井っち~、そんなに暴れないでよ~」
「え……っ!?嘘……っ?!北上さん……っ!??」
そう言いながら歩み寄って来る北上の姿を見るなり、大井は驚きの声を上げて暴れるのを止め、愕然としながら北上の姿を注目するのであった……。そう、まるで脚の後遺症が綺麗さっぱり無くなったかの様に、脚を引きずる様な事はせず、しっかりと2本の脚で地面を踏みしめて歩く北上の姿を見て……