「戦治郎さん、大井っちの呼び出しと引き留めありがとうね~」
「応、今後の事を考えたら、おめぇと大井の件を放ったままにする訳にはいかねぇからな」
工廠に入って来た北上は、戦治郎達の所まで歩み寄ると、戦治郎の方へと顔を向けながら感謝の言葉を口にし、それを聞いた戦治郎は、お安い御用とばかりに大井を捕まえている手とは反対の手を上げながら、この様に返事をするのであった
そう、北上が戦治郎に電話でお願いした事とは、大井を人が来る事が少ないであろう工廠に呼び出し、自分が舞鶴鎮守府に戻るまでの間、大井を工廠に引き留めておいて欲しいと言うものだったのである
何故北上がこの様なお願いを戦治郎にしたのかと言えば、北上が自分の後遺症のせいで自身を追い詰め、北上に気を遣って彼女を避けていた大井と向き合い、2人で腹を割ってじっくり話し合う事で大井との間にあるしがらみやわだかまりを解消し、以前と同じ様な関係に戻りたいと言う事を伝える為、そして後遺症が治った事を理由に、北上が前線に復帰しようと考えている事を伝え、北上の前線復帰を反対して来るであろう大井を説得する為である
当然の事ながら、北上と大井の件を気に掛けていた戦治郎は、この北上のお願いを快諾、そして北上の大井を少々びっくりさせたいと言う要望に合わせ、北上の帰還と後遺症が完治した事を伏せた上で、どの様な理由で大井を工廠に呼び出すか、どうやって大井を工廠に引き留めるかについて打ち合わせを行い、今に至っているのである。そう、戦治郎がやたら執拗に大井を引き留めていたのには、こう言った理由があったのである
「北上さんっ!その脚はどうしたんですかっ!?!」
「おっ大井っちが帰って来たね~、それで脚の事なんだけどさ~、ほら、由良とかがよく話してた人の事覚えてる?かなり古い後遺症でも、あっと言う間に治しちゃうって人の事」
「え?あっはい……、確かそんな事を言っていた様な……」
北上と戦治郎のやり取りからしばらくして、我に返った大井が驚愕の表情を隠そうともせず、叫ぶ様にして北上に詰め寄りながら脚の事を尋ねたところ、北上はあっけらかんとした様子でこの様な事を言い、それを聞いた大井は何かを誤魔化す様に、北上の顔に向けていた視線を泳がせながら、この様に返事をするのであった。如何やら大井は北上の事ばかりに意識がいっていたせいで、周りの声をあまり聞いていなかった為、由良達が話す悟の事をあまり知らなかった様である……
「その人、実は戦治郎さんの友達なんだよね~。んで、由良達の話でその人の事を知っていたアタシは、戦治郎さん経由でアポを取って、この休みを利用してその人がいるって言う横須賀鎮守府に行って、後遺症を治してもらったのさ~」
大井が挙動不審になった直後、北上が間髪入れずに後遺症が完治した理由について話したところ、大井は尋常では無い速度で戦治郎の方へと顔を向け、大井に注目された戦治郎は、無言で爽やかな笑みを浮かべながら、大井に向かってサムズアップをする
「嘘……、そんな事って……」
「ウチの悟を馬鹿にすんじゃねぇぞ~?あいつは下半身不随確定レベルの怪我をした佐世保の加賀を、能力を使ってあっと言う間に現場復帰出来るレベルまで回復させたり、現代医療では治療不可能な難病に罹った鈴谷……、瑞鶴の同期の艦娘候補生な?そいつの病気を同じく能力で瞬殺したりと、普通だったら奇跡って言って差し支えねぇ事起こしまくる奴なんだぞ~?」
「アタシの治療も、数秒くらいで終わらせてたね~。いや~、あの人ホント凄いね~。まあちょっとお口が悪いみたいだけどさ~」
北上の話を聞き、信じられないとばかりに身体を震わせ、か細い声でこの様な事を呟く大井に向かって、戦治郎は何処か誇らしげにこの様な事を言い、それに続く様にして北上がこの様な事を口にするのであった
それからしばらくして、大井が何とか落ち着きを取り戻したところで、北上は戦治郎に目配せをし、それを見た戦治郎は物音を立てずに工廠から出て行き、戦治郎が工廠から出て行った事を確認した北上は、いつもののんびりとした様な表情を消し去り、真剣な表情をしながら大井の方へと向き直る。そして……
「で、こっからが本題なんだけど、アタシさ……、後遺症も治った事だし、現場に復帰しようと思うんだ」
北上がそう言うや否や、大井は愕然としながら北上の方へと顔を向け、そんな大井の顔を見た北上は、その表情から大井が今思っている事を読み取る……。今、大井が浮かべる表情には、驚きの感情が大部分含まれているのだが、残りの一部には北上を今度こそ失ってしまうのではないか?と言う可能性に対する恐怖と、折角助かった命を無駄にするつもりなのか?と言う若干の呆れ、そして本当に僅かではあるが、再び北上と共に戦場に出られる事に対する喜びが含まれていたのであった
「……何馬鹿な事を言い出すんだ~って思ってるんだろうけどさ、アタシからしたら、今の大井っちの方がアタシより馬鹿げた事してると思うんだよね」
「……それはどう言う事ですか……?」
大井の表情から彼女の気持ちを読み取った上で、北上は大井に向かってこの様に言い放ち、それを聞いた大井は僅かに眉を顰めた後、北上に向かってこの様に尋ねる……
「大井っちはアタシに艤装を見られない様、修理やメンテは妖精さんにお願いしてるんだろうけどさ、実は前もって妖精さんにお願いして、大井っちの艤装の修理やメンテはアタシの方に回してもらう様にしてたのさ。そんで1度出撃した後の大井っちの艤装だけど、滅茶苦茶ボロボロになってるよね?アタシも前は出撃してたから分かるんだけど、大井っちほどの技量がありながら、普通の出撃で艤装があそこまでボロボロになる事って、普通有り得ない事なんだよね」
「……っ!」
「恐らくさけどさ、大井っちはアタシに後遺症を負わせて、アタシが出撃出来なった事に責任を感じて、アタシがいなくなった穴を埋める為に、そして自分の中に存在するモヤモヤした気持ちをブチ撒ける為に、艤装がボロボロになる様な無茶な戦い方をしてるんじゃない?アタシはそれが馬鹿げてるって思うんだ」
「……」
北上の返答を聞いた大井は、その内容に思わず動揺し押し黙ってしまい、そんな大井の様子を見た北上は……
「アタシはさ、そんな大井っちを止める為に戦場に戻ろうと思ってるのさ。アタシはもう大丈夫だから、大井っちはそんなに気負わなくっていいよ~って事をアピールする為にもね。大体さ~、大井っちがそんな無茶して、アタシが喜ぶと思うの?アタシからしたら、それで大井っちが沈んじゃったりしたら、今度はアタシが今の大井っち以上に傷付いちゃうと思うんだけどな~……」
大井に向かってこの様な事を言い、それを聞いた大井は遂に自分の中の感情を止める事が出来なくなり、大粒の涙を流しながら北上に飛びつき、縋る様にして北上に向かって謝罪の言葉を、心が落ち着くまでの間、何度も何度も口にし続け、そんな大井を抱き止めた北上は、大井が落ち着くまでの間、彼女の頭を優しく撫で続けるのであった……
その後、改めて北上と大井は北上の現場復帰について話し合い、結論が出ると大淀大将の下へと向かい、横須賀のダブルドラゴンと並ぶ名コンビ、ハイパーズを再結成する事を宣言したのだとか……
「よっし、これであの2人は大丈夫そうだな……」
工廠の入口の扉に腕を組みながら背を預け、2人のやり取りを静かに聞いていた戦治郎は、そう呟いて扉から背を離し、ゆっくりとした足取りで工廠から離れていき……
「さって今度は……、
この後軍学校の仲間達用のお土産を買いに行く予定だった戦治郎は、頭をバリバリと掻きながら、この様な事を口にするのであった