「こう言った経緯で私と川内さんは能代さんと知り合ったんですよ」
能代の事を訝しむ神通と不知火に対して、通は彼女達が能代に抱く疑念を払うべく、ダークネスの存在や彼の所業に関する事を伏せながら能代との出会った経緯について語り、それを聞いた不知火は何とか警戒を解いてくれたのだが……
「神通~……、何かさっきよりも視線が鋭くなってない……?」
「何を言っているんですか姉さん、決してそんな事は無い筈ですが……?」
神通の方はと言うと、川内が指摘した通り通の話を聞くや否や、警戒を解くどころか益々その視線の鋭さを増し、その身体からは何処かジットリとした仄暗いオーラを放っていたのであった……
如何して神通がこの様な反応をしたのかについてだが、それは通を見つめる能代のその表情を見れば、相当鈍感な人間でない限り察しが付く事だろう……
そう、今通を見つめる能代のその双眸は潤んでおり、その視線は恋する乙女の如く熱のこもったものとなっているのである。もしこの場に極めて想像力が高い者がいようものならば、きっと能代の周囲に少女漫画によくある丸っこい何かが漂っている様子を幻視するだろう……
まあ能代の気持ちも分からないものではない、何せ能代にとって通は絶望感に苛まれる自分の前に颯爽と現れ、気持ちが落ち着くまでずっと自分の傍で励ましの言葉を掛けてくれ、更には自分を救い出すと言う約束を本当にやってのけた、正に救世主の様な存在なのである
これに拍車を掛けているのが、潜入時と制圧戦時に施していた通の変装と、彼の声色である
通は変装用の黒衣を纏う際、作戦行動時に邪魔になる乳房を無駄に動かない様に押さえつけると同時に、シルエットが男性のものに見える様ボディーラインを誤魔化す為に、胸を晒でガッチガチに固めている訳なのだが、それが原因で能代は通が精神だけでなく肉体も男性であると勘違いをしてしまっているのである……
これだけなら通の声を聞けば、通の身体が女性であると感付くところなのだが、生憎通達転生個体の野郎共の声は、どいつもこいつも揃いも揃って一般的な女声よりもキーが低く、中性的な印象を受ける声色となっているのである
これらの要因が上手い具合に絡み合った結果、能代は通を純然たる男であると勘違いし、交わした約束を実際に果たしてくれる誠実さを持つ通に対して、淡い恋心を抱いてしまったのである……
そんな能代の気持ちを理解したが為に、能代と同じく通に対して恋心を抱く神通は、この様な反応を示したのである……
そんな中、更に場の空気が悪くなる様な出来事が発生してしまう……
「そう言えば、まだ不知火さんと神通さんの事を、能代さんに紹介していませんでしたね」
ふと思い出したかの様に通がこの様な事を言い、この場の空気が悪くなっている事を察している川内と不知火がギョッとする中、神通と不知火の自己紹介が行われる事となり……
「神通と申します……。潜入捜査の際、通さんと姉さんに協力してくださった事、感謝しております……」
「川内さんの妹さんなんですね……、っとそれはそうと、こちらこそ提督の仕打ちに苦しむ私達を助けてくれた事、本当に感謝しているわ……」
不知火の自己紹介の後、神通と能代はこの様なやり取りを交わした後、どちらともなく互いに手を差し伸べ、薄らと笑顔を浮かべながら握手を交わす事になるのだが、その直後に辺りにギチギチと言う革同士を擦り合わせた様な音が鳴り響くと同時に、2人の身体から闘気や剣気にも似た、何とも名状し難いオーラが放たれ始めるのであった……
「うっわぁ……、あの2人、互いに牽制しあってるね~……」
「この場にイギリスの王女様がいない事が、不幸中の幸いと言った所ですね……」
「えっ?私そんなの知らないんだけど……?何?通さんはあの2人以外にも垂らし込んでる女性がいるの……?」
その様子を川内と不知火がハラハラしながら見守りながら、この様なやり取りを交わしたところ、不知火がヨーロッパでの大戦の後に開かれた祝勝会の事を思い出し、ついつい口を滑らせてしまうと、その当時はまだ海賊団には所属しておらず、イギリスの王女と神通が通の取り合いをしている場面を見ていなかった、その事を聞かされていなかった川内は、その表情を引き攣らせながらこの様な事を呟くのであった……
因みに件の王女は現在如何しているかと言うと、イギリス王室の王族が民を奮い立たせるべく、先陣を切ってこの世界の混乱に立ち向かうと言う建前の下、欧州にNINJAブームを巻き起こす切っ掛けとなった通と再会すべく、様々な講師やトレーナーを招き入れ、艦娘になるべく修練を積んでいるのだとか……
そんな彼女は欧州でのアビス・コンダクターとの決戦の後、戦治郎の提案で行われる事となる各国の軍学校の交流を深める事を目的とした長期交換留学に参加し、戦治郎の薦めで提督となるべく軍学校に通っていたシゲと、対転生個体を想定した授業を行う為に講師として招かれた通と日本で再会する事となるのだが、今の通達はこの出来事が起こる事を知る術を……持っている、上位クラスの外なる神であるダークネスが、人間の理屈を超越してこの事実を既に把握しているのだが、現状表立って行動したり発言する事を許されていない事と、通がダークネスの口から未来を聞き出そうとしない事、そしてそんな事をしようものならば、間違いなくヨグ=ソトースから制裁を受ける事を知っていた為、通達はこの事実をダークネスから教えられる事はなかったのであった……
「さて、お互いの事を知り合ったばかりなのですが、そろそろ剛さん達と合流する時間になりそうなので、私達はこの辺りでお暇させてもらいますね」
イギリスの王女の事はさて置き、一触即発の空気の中、腕時計で時間を確認した通が空気を読んでか、或いは空気が読めていないのか、この様な事を言いながら能代に背を向け、基地を後にしようと基地の出入口の方へと歩み出すのであった
そんな通に追従する様に、神通達も能代に背を向けて歩き出したその時である
「通さん……っ!」
何処か寂しげな表情を浮かべる能代が通の背中に向かってそう叫ぶと、その声に反応したのか通は振り返る事無くその歩みを止め、神通達も通に倣って歩みを止めて、能代の方へと視線を向けるのであった
「また……、会えますよね……?」
何とも切なそうな声で、能代は通にこの様に尋ね……
「えぇ、いつか必ず……」
それに対して通は基地の出入口の方を見据えたまま、この様に返事を返すのであった
「それでは……、さよならとは言いません……。また会いましょうっ!!」
そうして通の返事を聞いた能代は、1度だけ嬉しそうにパッと笑顔を零した後、通達に向かって別れの言葉を掛け、それを受けた通は相変わらず振り返らずに、右手を挙げると言う形で返事をしながら、再び基地の出入口の方へと歩き出すのであった
その後通達は基地から離れた場所にある浜辺で剛達と合流し、大五郎のハコの中に格納していた神通達の艤装を受け取ると、当初の目的通りに帰投がてら近海の強硬派深海棲艦の駆除を行おうとするのだが……
「……変ですね」
「確かに……。これだけ探してるのに、強硬派深海棲艦と全く遭遇しないなんて……」
「これって一体どう言う事なのかしら……?アタシ達が土佐湾に陣を張っている時も、強硬派深海棲艦を全く見かけていないのよね~……」
「瀬戸内海付近には多くの帝国海軍の拠点が存在していますから、偵察に来ている強硬派深海棲艦がいてもおかしくはない筈なのですが……。その影も形も無いと言うのは、明らかにおかしいですね……」
道中で強硬派深海棲艦に遭遇しなかった事に違和感を覚えた通と川内がこの様な事を口にすると、制圧戦中ずっと土佐湾にいた剛が考え込む様に右手を顎に添え、左手を右肘に添えながらこの様な事を言い、元横須賀鎮守府所属で拠点などの位置情報に詳しい神通が、訝しみながらこの様な言葉を口にするのであった……
その後結局強硬派深海棲艦と遭遇しなかった剛達は、無事に長門屋鎮守府(張りぼて)に辿り着くのだが、この事が妙に胸に引っかかるのか、その日の夜に戦治郎にこの事を伝えた後も、何処か難しそうな表情を浮かべていたのだとか……