長門屋鎮守府(張りぼて)の方で様々な動きがあった中、江田校祭の準備を進める戦治郎達はどうしているかと言うと……
「チミ達ぃ……、もうちょっちしっかり仕事してもらえませんかねぇ……?」
「本当にごめんなさい……」
「いや……、俺も勉も自分の役割はキッチリ果たそうって気はあるんだがな……?」
提督科の教室にて、戦治郎達は提督科の出し物である日本舞踊の練習を行っていたのだが、如何やらちょっとした問題が発生したらしく、戦治郎はそれに対して渋い顔をしながらこの様に苦言を呈し、その原因となっている舞台照明担当の毅と音響担当の勉は、そんな戦治郎を前にして只々申し訳なさそうに縮こまっていたのであった
さて、件の問題が一体如何言ったものであるかについてだが、それは至極単純なもので、戦治郎が演技を始めてしばらくすると、毅も勉も戦治郎の演技や立ち振る舞いに完全に目と心を奪われ、作業の手が止まってしまったり、テンポがズレてしまうと言うものである
もう少し踏み込んでいくと、照明担当の毅は戦治郎の動きに合わせて照明で照らす位置を動かさなくてはいけないのだが、戦治郎の演技に思わず見惚れてしまい、照明を動かすタイミングが1テンポズレたり、酷い時には完全に手が止まってしまい戦治郎がいないところを照らしていたりしていたのであった……
更に音響の方はと言うと、舞台に立つまでの戦治郎の、普段からは到底想像出来ない様な凛とした立ち振る舞いに思わず見入ってしまい、曲を流し始めるタイミングを見誤ってしまったり、戦治郎の演技が終わって曲を切る状況になったとしても、戦治郎の演技の余韻に浸りきってしまって曲を切り忘れ、曲がリピート再生されてしまうと言った調子なのである……
これでは観客にちゃんとした演技を見せられない……、最悪の場合提督科の出し物は、日本舞踊風コントだと思われてしまうかもしれない……。そう思った戦治郎は、思わず戦治郎の演技に見惚れる毅達に注意を促したのである
確かに戦治郎の指摘は尤もな事なのだが、毅達の気持ちも分からないでもない……。何せ戦治郎の演技の完成度が、毅達の想像を遥かに超越したものであり、例え同じものを何度見ても、何時間見せられたとしても、飽きる事無くずっと見続けられる様な、そんなレベルにまで仕上がっているのである
故にこれまで何度も近くで戦治郎の演技を見てきた毅達が、それに見惚れてしまうのは仕方ないと言えば仕方ない……、いや、だからと言って全てが許される訳では無いが……
とまあ、この様な調子で戦治郎達が舞台の為の練習に取り組んでいたところで、不意に教室の扉が開かれ、その音に気が付いた3人が揃って扉の方へと視線を向けると……
「提督、司さん達にお願いしていた物が届きましたよ」
「ほんっと、アンタの人脈ってどうなってるのよ……?」
そこには目測で大体90cm×40cm×20cmくらいの大きさの、桐で出来ていると思わしき木箱の様な物を抱えた大和と、A2サイズの紙の束がスッポリ収まりそうな大きさの段ボールを抱えた紅葉の姿があり、2人はこの様な言葉を口にしながら戦治郎達の方へと歩み寄って来るのであった
「おっほ!流石司っ!仕事が早ぇなおいっ!!」
そうして自身の目の前までやって来た大和から件の桐の箱を受け取った戦治郎は、この様な言葉を口にしながら、どことなく嬉しそうな表情を浮かべながら木箱の蓋を開け、その中身を確認するのであった
「何だそりゃ?」
「これか?これは俺が本番で着る予定の着物よっ!え~っと……、今の姿に合わせた女性用の薄紫の単衣で、江田校祭の開催が9月中旬って事で柄は桔梗……、帯はベージュ系で帯揚げと帯締めもそれにしっかり合わせてあって、扇子の方もちゃんとある……っと……。う~ん……、パーフェクトッ!こう言うのはやっぱ司に頼むと間違いねぇなっ!」
木箱の中身がどうしても気になった毅が、不思議そうな表情を浮かべながら戦治郎にこの様に尋ねると、戦治郎は箱の中に依頼していた物が全て入っているかを確認しながらこの様に返答し、確認作業を終えると満足そうな表情を浮かべるのであった
「ねぇ、この箱の中身も衣装に関係するものなの?」
その直後、木箱の中に更に木箱がある事に気が付いた勉が、思わず戦治郎にこの様に尋ねると……
「そうそう、これも衣装の1つだな」
戦治郎は勉に向かってこの様に返事をしながら件の木箱を手に取り、蓋を開けてその中身を勉に見せるのであった
その木箱の中に入っていたのは、顔の上半分を覆う様な構造をした、妙に耳の長い白い狐を模した仮面であった
それを見た勉と紅葉は、如何して仮面が必要なのか?と戦治郎に問い、それに対して戦治郎は……
「流石に着物にこのフェイスベールは合わねぇと思うし、だからって黒衣の頭巾被って
自身の顔を覆っているフェイスベールを指差し、苦笑しながらこの様に返答するのであった
それに対して紅葉が如何してそこまで頑なに顔を見せない様にするのか、素顔のままで演技する事は出来ないのかと問い詰めて来るのだが……
「あぁ~……、それなんだけどよぉ~……、俺舞鶴鎮守府で戦治郎の素顔見たんだけど、こいつの顔にはとても人様にお見せ出来ねぇ様な、エッグい傷痕が付いてんだわ……」
「そうそうっ!だから素顔で舞台に立とうものなら、観客皆が俺の顔の傷痕にビビッて、舞を見るどころじゃなくなっちまうんだわ。ってな訳で俺が舞台に立つ為には、如何してもこの仮面が必要になって来るんだわ」
ここで戦治郎の正体を知る毅が事実100%のフォローを入れ、それに便乗する様にして戦治郎がこの様に返事をすると、取り敢えず紅葉と勉の2人は納得してくれるのであった
因みに仮面の耳が妙に長い理由だが、それは戦治郎の額から生えた角を隠す為となっており、毅は仮面を見た直後、耳が長い理由を察したのだそうな……
こうして衣装の確認を終えた戦治郎は、今度は紅葉が持って来た段ボールに手を伸ばし、その封を切って中身の確認を開始する
この段ボールの中に入っていたのは、提督科の出し物を宣伝する為に、紅葉の提案で準備したポスターの束であった
剛達による基地襲撃事件の後、紅葉は戦治郎が一体何者であるかについて、恋愛感情抜きで深く興味を持つ様になり、それを探る事を目的に江田校祭に参加する事にしたのである
だが紅葉が参加表明をした時点で、各自の役割は既に決まってしまっていた為、紅葉は完全に手持ち無沙汰と言う状態になっていたのであった
これは正直あまりよろしくない……、もしかしたら大本営から監査員が送られてきて、その者達に紅葉が何もしていない事がバレて元帥に報告されてしまえば、紅葉の立場が危うくなってしまうかもしれない……。そう考えた面々が話し合いを行った結果、紅葉は戦治郎達が演技の練習に集中出来る様にする為の、学校側との連絡役と出し物の宣伝を担当する事となったのである
こうして紅葉の役職が決まり、早速宣伝用のポスターを作ってもらう事になった訳だが、ここで1つ問題が発生してしまったのである
そう……、この宮島 紅葉……、所謂『画伯』だった様で、最初に彼女が仕上げたポスターは正気度をモリモリと削ってしまいそうな、それはそれは名状し難い恐ろしい代物となっていたのである……
この問題を解決するべく、戦治郎は思考を徹底的に巡らせ、ある事を思い出すとすぐさま長門屋鎮守府(張りぼて)に連絡を入れ、ある者にポスター製作を依頼したのである
そうして製作を依頼していたポスターは、見たものを強烈に引き付けるデザインでありながら、日本舞踊らしさを全面的に出した配色で纏められており、戦治郎の目から見ても極めて完成度が高い物に仕上がっていたのであった
「このポスターを作った人、本当に凄いね……。これなら沢山のお客さんが僕達の舞台を見に来てくれそう……」
「私にはとても真似出来そうにないわね……、ってこの隅っこのコレはポスターを作った人のサインかしら……?え~っと……『井出 亜矢』……?」
「全く聞いた事無ぇ名前だな……、これほどの代物を仕上げられる人ってんなら、どっかで名前とか出てるはずなんだろうが……」
提督候補生の3人が、各々にポスターを手にして感想を口にしている中……
「噂通りの出来ですね……」
この『井出 亜矢』の正体を知る大和は、同じく件の作者の正体を知る戦治郎に、他の3人に聞こえない様に囁く様にして話し掛け……
「ゾアから話聞いた時は半信半疑だったが、マジでこっち方面にも強ぇんだな……、イダー=ヤアーさんは……」
ポスターの出来の良さに驚きながら、戦治郎はこの様に返事をするのであった
そう、このポスターを作ったのはゾアとクティーラ改めサミュの実母であり、クトゥルフの妻である旧支配者イダー=ヤアーなのである。この『井出 亜矢』と言う名前は、ポスターの製作者を尋ねられた際に答える為に彼女に準備してもらっておいた、彼女のペンネームなのである
尚、後に彼女はこのペンネームを使ってもっぱら電子書籍で作品を出す大人気漫画家となり、戦治郎達と共にコミケに参加する事になったりするのだが、それはまだ先の話である
因みに戦治郎がイダー=ヤアーの画力の高さを知った経緯だが、戦治郎達が横須賀鎮守府に滞在している時に行われていた、翔主催の神話生物対策に関する講義の中で、イダー=ヤアーが描いた育児日記漫画である『真・ポナペ経典』の一部のコピーが資料として使用され、この講義を受講する誰もが資料に描かれた漫画についての質問をまるで機関砲の様にゾアに叩きつけた結果、これによって恥ずかしさがMAXとなったゾアがヤケクソになり、イダー=ヤアーは漫画だけでなくイラストや絵画も得意であると、自分の母親自慢を開始したからだったりする
こうして着物やポスターを受け取った戦治郎は、毅と勉を一旦教室から追い出して早速届いた着物を試着した後、着物を着た状態での動作に問題が無いかを確認する為にそのまま演技を開始、着物を着終えたところで呼び戻した毅達だけでなく、紅葉や大和までもをその美しい舞で魅了するのであった