翌日の朝、江田島軍学校に所属する者達は全てグラウンドに集められ、多くの者達が江田校祭の準備の為に遅くまで活動し寝不足となり、あくびをしたり寝ぼけ眼を擦ったりしている中、久方振りに全体朝礼が行われるのであった
その主な内容は昨晩鹿島から伝えられた選抜演習の参加者の発表と、今回の演習相手についての説明であった
この時、如何してイタリア海軍は自分達江田島軍学校の候補生達と演習する事にしたのかについて、三原が校長が話している最中であるにも関わらず挙手して質問したところ、校長は渋い顔をしながら三原の質問に答え、戦治郎はその内容を耳にしながら、瑞鶴達が自室に戻った後、未知の艦娘の件やイタリアの件、そしてアトランタの特別留学の件を問い詰める為に燎に連絡を入れた際、燎から聞いた話を思い出すのであった
取り敢えず未知の艦娘の件については、今はさほど重要ではない為置いておくとして、これにより戦治郎はイタリア海軍が態々日本にまで来て、江田島軍学校と演習する事になった経緯について、より深く知る事が出来たのであった
先ずイタリアがドイツとイギリスにボコボコにやられたと言う話だが、これには深い事情が存在していた
言うのも、この時イタリアが戦った相手は、アクセルの妻であるビスマルク率いるドイツの主力艦隊と、セオドールの妻であるアーク・ロイヤル率いるイギリスの主力艦隊……、欧州の双璧と呼び声の高い艦隊達だったのだ……
これを聞いて、如何してドイツとイギリスは、日本の様に軍学校の候補生の様な、訓練中の艦娘達で相手をしなかったのかと言う疑問が湧くところだが、ドイツとイギリスではある事が原因となって、そうしたくても出来なくなっていたのである
その原因と言うのが、過去に発生した事件……、一線から退いた神通の指導を受けていた陽炎と不知火と天津風が参加する事になっていた、艦娘候補生の候補生ともいえる施設の子供達と当時はまだ駆け出しだったドイツ海軍との交流戦の際、突如として出現した深海棲艦に襲撃され、多くの死傷者が出てしまったと言うあの事件が大きく関わっているのである
この事件があった関係で、この事件の被害者であるドイツと、フェロー諸島の決戦の惨事を知るイギリスでは、未熟な艦娘候補生に関しては、例え演習であったとしても海には出さず、海に出るのは軍学校を卒業して海軍に正式に入隊してから、そして何かのトラブルが発生した際にはすぐに対処出来る様にする為に、国外の艦隊と何かしらやる時は、主力艦隊で参加する様にすると言う決まりが出来てしまい、その結果イタリアとの演習には主力艦隊を出さざるを得なくなってしまい、この様な事態に陥ってしまったのだそうな……
(艦娘先進国の日本なら、艦娘ブームで増えに増えた艦娘達と経験豊富な提督達のおかげで、急な深海棲艦の襲撃にも迅速に対処出来るだろうからって事で、アクセル達が燎にこの件を提案、燎も納得してGOサイン出したんだったか……)
燎から聞いた話を思い出しながら、戦治郎が内心でこの様な事を呟いていると、急に周囲の候補生達が校舎の方へと歩き出し、それによって戦治郎は全体朝礼が終わった事を察し、戦治郎は他の候補生達と同様に校舎へと戻り、江田校祭の準備と言う名の日本舞踊とそれに合わせた舞台演出の練習を開始するのであった
それからしばらく時間が経ち、戦治郎は毅達と共に食堂で夕食を摂った後、毅達とは別れてある場所を目指して移動を開始する
戦治郎が目指す場所……、それは艦娘科の校舎群の内の1つである、水母科の校舎の教室であった
戦治郎がそうした理由は単純明確で、戦治郎にとって未知の艦娘であり、選抜演習のメンバーにも選ばれている日進が、一体どの様な艦娘であるかを実際に自分の目で確認する為である
(こういった時、いつもなら相手に不信感を抱かせない様にする為に、誰かに協力してもらっているところなんだが、今回は俺も日進も選抜演習のメンバーって共通点があるし、演習を成功させる為には指揮官として艦娘の事を知っておく必要があるって大義名分もあるから、こうして堂々と相手に会いに行ける……。う~ん、ホント気が楽でいいわ~)
その道中、戦治郎はこの様な事を考えながら、昼休憩中に大和に頼んで持って来てもらった日進の成績表を格納ボックスから取り出し、ゆっくりとそれに目を通し始める
(……しっかしこの日進って艦娘、エグいくらい成績良いな……。砲撃、雷撃、艦載機運用、甲標的の扱いに回避運動……、どの内容も他の水母の追随を許さねぇってレベルの、頭3つ4つくらい飛び出した成績叩き出してやがらぁ……。確かにこれなら、選抜メンバーに選ばれるのも納得だわ……)
日進の成績表を見た戦治郎が、何処か感心した様に内心でこの様に呟きながら歩いていると、辺りに水母の艦娘の気配を多く感じる様になり、それに気付いた戦治郎は急いで日進の成績表を格納ボックスに仕舞い込み、代わりに今度は建物の見取り図が描かれた紙を取り出し、近くの建物の入口に下げられた看板を見て水母科の校舎に辿り着いた事を確認すると、先程取り出した見取り図を片手に、校舎の中へと入って行くのであった
(え~っとぉ~、成績表と一緒にもらったこの見取り図によると~、日進の教室はこの辺のはず~)
水母艦娘の候補生達から好奇の視線を浴びながら、戦治郎は見取り図と周囲を交互に見ながら歩みを進め、日進がいると思われる教室の近くに辿り着くと、近くにいた艦娘候補生達に話し掛け、日進が教室にいるかどうか確認を取るのであった
しかし……
「日進さんですか……?彼女なら今日はもう寮の方に戻りましたよ?」
「確か今朝の全体朝礼の後から、何か苦々しい表情してたよね?今日は何処か調子が悪かったのかな?」
「私、寮に戻ってる日進さんが何か呟いてるの聞いたんだよね、何か辞退がどうとか言ってた様な気がするんだけど……」
彼女達の話によると、如何やら日進は既に寮の方へと戻っていて、教室の方にはいない様なのであった。しかも日進が何やら不穏な事を口にしていた事も、彼女達のおかげで知る事が出来るのだった
(これ、話の流れからすると、間違いなく選抜演習への参加を辞退するって事だよな……?これはちょっち見過ごせねぇなぁ……、こんだけ成績が良い奴に抜けられると、かなり厳しい状況になっちまいそうだからなぁ……)
話を聞いた戦治郎は内心でそう呟いた後、彼女達から日進の部屋の場所を教えてもらい、礼を述べてからその身を翻して校舎の出入口に向かい、校舎から出ると真っ直ぐ水母科の艦娘寮へと向かうのであった
「日進さ~ん、いらっしゃいますか~?」
そうして水母科の寮の中にある日進の部屋に辿り着いた戦治郎は、扉を4回ノックしながら部屋の中にいるであろう日進に向かって呼び掛けるのだが、反応は全く返って来なかったのであった……
それからもう1度、戦治郎は扉をノックしながら彼女に呼び掛けるのだが、先程と同じく返事も何も返って来なかった為、もしかしたら日進は何処かに出掛けたのか?と言う疑念を抱き、彼女の留守を確認する為に扉に耳を当て、部屋の中の様子を探る事にするのであった
すると……
「微かに呼吸音有り……、それにこの扉の振動は日進の心臓の鼓動だろうな……、相当な緊張状態にあるせいか、かなり脈拍が速くなってんなぁ……」
転生個体であるが為、驚異的なまでに強化されたその感覚で、常人にはほぼ間違いなく感知する事が出来ないであろう日進の呼吸音や、床から伝搬しているであろう心臓の鼓動を扉越しに感知した戦治郎は、部屋の中に日進がいる事を確信すると、扉に鍵が掛かっている事を確認し、辺りを見回して人がいない事を確認した後、格納ボックスからピッキングツールを取り出し、驚くべき速度で扉の鍵を開錠するべくピックングを開始するのであった
その最中、部屋の中からはゴソゴソと言う、何かが動く音が聞こえて来るのだが、戦治郎はそれを無視してピッキングを続行し……
「は~い、お邪魔しま~す」
「な、何じゃわりゃぁっ!?」
部屋の鍵をこじ開ける事に成功した戦治郎は、やや暢気そうな口調でそう言いながら日進の部屋の中に侵入し、その様子を目にした部屋の主、日進型水上機母艦の1番艦である日進は、部屋の壁に貼り付いた様な姿勢のまま驚愕し、無理矢理部屋の中に押し入って来た戦治郎に向かってこの様な言葉を投げかけるのであった
「どうも初めまして日進さ~ん、ワテクシこの度選抜演習で指揮官をやる事になりました、提督候補生の長門 戦治郎と申しま~す」
「お主が例の提督科の問題児か……、噂には聞いちょったが、まさか此処までとはのう……。っとそれはそれとして、その名乗りからして、お主が此処に来た理由は、わしが選抜演習への参加を辞退しようとしちょるんを止めに来たと言ったところか?」
そんな日進の様子など気にも留めず、戦治郎は日進に向かって自己紹介を行い、それを受けた日進は驚きと呆れが混ざり合った様な表情を浮かべながら呟いた後、すぐさまその表情を引き締め、戦治郎に向かって鋭い視線を向けながら、この様に尋ねるのであった
「元々は演習の前に顔合わせを済ませておいて、練習や本番の時はお互いスムーズに動ける様にしておきたかったって理由で来たんだがな。んで、その話に関してはさっきお前さんに会いに水母科の校舎に行った時に、他の候補生達から初めて聞かされたって感じだな。まあ尤も、おまえさんほどの優秀な艦娘候補生に抜けられるのは、こっちとしても痛手も痛手なんで、辞退を撤回する様説得させてもらうがな」
それに対して戦治郎は、未知の艦娘について知っておきたいと言う本音を隠しながら、もっともらしい言葉を並べ立てて返事をし、それを受けた日進は……
「そうじゃったか……、じゃが例えどんな事をされようとも、わしの意思は絶対に変わらん、変える訳にはいかんのじゃ……。じゃから部屋の鍵をこじ開けて無理矢理入って来た事は黙っちょいちゃるけぇ、お主はわしの事はスッパリ諦めて、提督科の方へはよ帰りぃ」
その視線を鋭さを増しながら、そこらの艦娘候補生には到底出せない様な威圧感を発しながら、戦治郎に向かってこの様に言い放つのであった
「生憎、お前さんが俺を納得させられる様な理由が言えねぇ限り、俺は退くつもりは毛の断面の短径の半分ほどもねぇんだよなぁ……」
そんな日進の様子から、これは何かあると感じ取った戦治郎は、横柄な態度を取りながら、戦治郎に敵意を向ける日進を挑発する様に、この様に言い返すのであった
「お主が納得する様な理由か……、ええじゃろう……、だったら教えちゃる……。わしが選抜演習への参加を拒む理由をのう……っ!」
戦治郎の言葉を受けた日進が、やや苛立たし気にそう言ったその直後、突然日進の周囲に黒い煙の様な物が出現し、彼女を完全に覆い尽くしてしまうのであった
その光景を目の当たりにした戦治郎は……
「これって……、どう見ても『アレ』だよな……?」
この現象に見覚えがある戦治郎は、驚愕の表情を浮かべながらこの様に呟き、その直後に日進を覆い尽くしていた黒い煙が弾け飛ぶ様に霧散し、その中からは神職の様な恰好をし、その衣装の袖からは骨の様な腕がその姿を覗かせ、後光を連想させる様な金属製の輪の様な装飾が施された艤装を背負い、煙と共に消失したと思わしき下半身の代わりとして、艤装から伸びた太い2本の腕で身体を支えていると言う、戦治郎にとって未知の深海棲艦、深海日棲姫が姿を現すのであった……
「これで納得したじゃろう……?わしは見ての通り醜悪な化物なんじゃ……、こないな化物に、今後の国交に大きく関わる様な大舞台に立つ資格など、あるはずがないじゃろう……っ!」
この光景を目にして愕然とする戦治郎に向かって、先程まで日進の姿をしていた深海日棲姫は、沈痛な表情を浮かべながら、何処か悲愴感を感じさせるような声色で、この様な言葉を吐き捨てる様に言い放つのであった……