「努力や才能なんて言葉だけじゃ説明出来ねぇ様な、お前さんの異様なまでの成績の良さと、選抜演習を辞退しようと言う考えの根本には、その姿が関わっていた訳か……」
日進の変身を目の当たりにし、予想だにしていなかった出来事に思わず愕然としてしまっていた戦治郎は、我に返ると冷静に思考を巡らせ、言葉を選びながらこの様な事を口にするのであった
「そうじゃ、成績云々は兎も角、さっきも言ったがこんな姿をしたわしが選抜演習なんかに参加しようもんなら、会場は騒然となるどころかパニックが発生し、選抜演習どころか江田校祭そのものが滅茶苦茶になってしまうじゃろう。それに考えてみぃ、相手は海外のモンなんじゃろ?その連中が演習のメンバーにわしの様な化物がおるっちゅう事を知ってしもうたら、日本は深海棲艦と繋がりを持っちょる裏切り者じゃと疑いをかけられ、最悪世界を敵に回す事になるかもしれんじゃろう……。そんな事にならんようにする為にも、わしはあの場には出る訳にはいかんのじゃ……」
そんな戦治郎の言葉を受けた深海日棲姫の姿となった日進は、何処か悔しそうに沈痛な表情を浮かべ、その骨の様な手で握り拳を作り、その身を震わせながらこの様に答えるのであった
「そこは別に気にしなくていいんじゃねぇか?その姿にさえならなけりゃ、皆お前さんが深海棲艦になれるなんて……」
日進の言葉を受けた戦治郎が、やや軽薄そうな口調でそう言ったその直後、目にも留まらぬ速さ……と言っても、戦治郎からしたら問題無く反応し回避出来そうなものではあるが、一般人からしたらとてもでは無いが避け切れない様な速さで日進が動き、戦治郎の首をその悍ましい形の腕で掴み、ギリギリと締め上げ始めるのであった
「簡単に言ってくれるのう……、この姿を表に出さない様にする為に……、わしがどれだけ苦労をしとるか……、少しでも気を抜こうもんなら、すぐさまこの姿が出てしまう都合、常に緊張状態に晒されちょるわしの苦労が……、貴様に理解出来る言うんかっ!?」
戦治郎の首を絞める手に、怒りの念と共に力を込める日進が、怒りを露わにしながら、叫ぶ様にしてそう言うと……
「生憎黄泉個体の苦労ってのは、俺が黄泉個体じゃねぇ関係上見聞きした分しか分からねぇが、少なくとも艦娘の姿になれる分、俺なんかよりよっぽど正体を隠し易い事だろうよ……」
戦治郎は日進に現在進行形で首を絞められているにも関わらず、特に動じた様子を見せる事無くそう言い放ち、それと同時に自身の頭部を覆い隠すチャドルの頭巾部分をフードを外す要領で取り払い、顔を覆い隠すフェイスベールも外し、その素顔を日進に曝け出すのであった
「な……っ!?その姿は……、お主……、深海棲艦のスパイじゃったかっ!?」
「あちょっ?!待って待ってっ!?そうじゃないでしょぅ?そこはあれっしょ?俺のこの姿見て、お前さんが俺を自分の同類とか思って動揺するとこっしょ?あ~ダメダメッ!流石にこれ以上力入れられたらおっちゃんも苦しくなっちゃうぅっ!!」
戦治郎の姿を見た日進は、一瞬動揺してみせはするものの、すぐに我に返り鬼気迫る表情でそう叫びながら更にその手に力を込め、日進が予想外の反応を見せた事で動揺する戦治郎は、流石に息苦しくなったのか、日進の腕をタップしながらこの様に叫び返すのであった
その後何とか冷静さを取り戻した日進は、戦治郎を解放すると戦治郎の正体について問い詰め、何とか首絞めから解放された戦治郎は、日進の部屋にある教本から転生個体と黄泉個体、更にはドロップ艦を発見した際の軍の対応に関する追加の記述がある物を使いながら、自分の正体と日進の深海棲艦化について説明するのであった
「……この教本を読んじょる時、妙な引っかかりを感じておったんじゃが……、まさかこれに書かれちょる黄泉個体っちゅうんにわしは該当しちょったんか……」
「お前さんがその姿になる時出てた黒い奴、あれが俺の仲間や知り合いの中にいる黄泉個体の連中が、深海棲艦の姿になる時に出る奴と一緒だったからな。それでお前さんが黄泉個体であるって気付いて、心情を吐露し易い様に言葉選びながら発言して、そっから激昂したお前さんに正体明かして、お前さんが抱えた問題を解決しようって流れ作ってた訳なんだが……。まさかリコリスんとこのスパイと間違えられて、始末されそうになるとは思わんかったわぁ……」
「それはすまんかった……、じゃが聞いてくれんか?流石のわしも、まさかわしと同じ様に深海棲艦の身でありながら、軍学校に入って来る奴がおるなんて想像出来んかったんじゃ……」
「それは俺も一緒だな、まさか黄泉個体が軍学校に入って来てるなんて、これっぽっちも考えてなかったからな……」
このやり取りの後、心底申し訳なさそうな表情を浮かべる日進に対して、戦治郎は自分が日進の変身を目の当たりにした際、愕然としてしまった理由について話し始めるのであった
戦治郎が愕然としてしまった理由……、それは主にこの2つについてである
①日進が黄泉個体である事は分かったが、一体誰が日進を黄泉個体にする事で完全な深海棲艦化を阻止して助け出したのか
②そんな日進はどうやって帝国海軍の目を掻い潜り、軍学校に入学する事が出来たのか
前者に関しては、オベロニウムの恩恵を受けている戦治郎達なら兎も角、それ以外の者達には、轟沈し艤装のコアの暴走によって深海棲艦化した艦娘の艤装を、特定のポイントをピンポイントで破壊して黄泉個体化させて助け出すと言うのは、極めて至難の業なのである
そして後者に関しては、先程戦治郎が日進に話した事……、ドロップ艦を発見した際の軍の対応に関する事が大きく関わっている
ドロップ艦と言うものには、艦娘によって保護された後、基本的にはそのドロップ艦を発見した艦娘が所属する拠点に所属する事になり、そこで訓練を受けて正式に軍属の艦娘として認められると言うシステムが存在している
その事を考えると、今この瞬間日進がこうして軍学校にいると言う事は、日進はドロップ艦として海に飛び出した時に黄泉個体化し、日本だけでなく海外にも拠点を有し、現状世界一の艦娘保有数を誇る日本帝国海軍の目を掻い潜って日本に戻って来て、入試を受けて軍学校に入学したと考えられるのである
日進を黄泉個体化させて助け出した者が存在する事実と、日進がこの分厚く広大な視野を持つ日本帝国海軍の目を潜り抜けられた事、この2つの出来事が戦治郎にはとても信じられなかった為、戦治郎は日進が変身した際、思わず愕然としてしまったのである
この事を日進に話し、日進が黄泉個体化した時の状況について、戦治郎が尋ねてみたところ……
「その時の事は朧気にしか覚えとらんのじゃが……、場所は何処じゃったか忘れてしもうたんじゃが、深海棲艦に襲われて沈められてしもうたわしが、海ん中でまるでわしがわしでなくなる様な感覚に苛まれ、意識が無くなる事に恐怖しちょるその時、真っ白い虚無僧の様な奴が、いつも間にか海上に立っちょったわしの前に立ちはだかってのう。そいで気が付いた時にはわしは北海道の稚内の漁港近くに打ち上げられちょってな、ほいで親切な漁師さん達がくれた路銀を使って、わしは広島に帰って来たんじゃ」
「真っ白な虚無僧……、多分そいつがお前さんの事を助けてくれた奴なんだろうな……。んで稚内の漁港辺りまで、帝国海軍の目を盗んでお前さんを運んだのもそいつの仕業なんだろう……。うん、そんな奴見た事も聞いた事もねぇな……」
日進は考え込む様な仕草を見せながらこの様に答え、それを聞いた戦治郎もまた、真っ白な虚無僧についての情報を過去に聞いていたかどうかを確認する為に、考え込む様な仕草を取るのであった
その後……
「しっかし……、この転生個体と言い、黄泉個体と言い、帝国海軍は何処から情報を手に入れたんじゃ?源中将が去年くらいに情報公開しちょったと思うんじゃが……、その情報は一体何処から来たものなんじゃ?」
「あ、それ?それは俺達が旅の道中で、長門や当時ショートランド泊地の提督やってた燎と会った時に教えた奴。これ以外にも穏健派連合の存在を教えたのも俺らだし、まだ世界的に公表されてない、
「お主が言っちょる事の大半が理解出来んが、取り敢えずお主がとんでもない奴っちゅう事は理解出来たわ……」
分からない事を何時までも考えていても仕方ないと割り切った2人は、お互いの理解を深める為に雑談を開始し、その中であったこのやり取りの後、日進はその表情を引き攣らせ、戦治郎の顔に残る大きな火傷痕を注視し、戦治郎達の言う旅がどれ程過酷なものであったのかを内心で想像しながら、この様な言葉を口にするのであった