日進と出会ったその翌日、朝練後のシャワーを終えて身なりを整えていた戦治郎の下へ、何処か神妙な表情を浮かべた大和が歩み寄って来て、とても信じ難い言葉を口にするのであった
今日の午後、選抜演習の相手となるイタリア海軍の総司令が、選抜演習に指揮官として参加する戦治郎に挨拶する為に、イタリアから遠路遥々江田島軍学校にやって来ると……
これには流石の戦治郎も大いに驚き、大和から話を聞いてからしばらくの間、口をポカンと開けたまま、チャドルを着るその手を止めて棒立ちしていたのであった……
まぁ、昨晩話題に出したばかりの非常に気になる人物が、あちらの方から態々やって来ると聞けば、誰だってこの様な反応をしてしまうものだろう……
その後、我に返った戦治郎は少々困惑しながらそれを了承、着替えを終えて教室に向かうとすぐにその事を毅達に伝え、午前中に出し物の練習を行った後、急いで昼食を摂り終えると、戦治郎の護衛役である大和と共に面会会場となる校長室へと向かうのだった
そして校長室に入った戦治郎達は、イタリア海軍の総司令の案内役として迎えに出た香取と鹿島を待っている間、校長から相手に粗相の無い様な振る舞いを心掛ける様何度も入念に注意されるのだが、悲しいかなそれは儚い泡沫の夢と消える事となってしまうのであった……
これは如何言う事かと言うと、結論から言えば戦治郎がイタリア海軍の総司令を殴ってしまったのである。それも人間からしたら凄まじく硬い、戦艦水鬼の転生個体の額で……
面会の予定時間から少し時間が経過したところで、校長室の外から複数の足音と若い男の話し声が聞こえ、それによって待ち人が来た事を察知した戦治郎達は、座っていたソファーから立ち上がると身なりを正し、真剣な面持ちのまま直立不動で扉の方を注視していたのだが……
「……あ"ぁ"?」
校長室に入って来た男の様子を見るなり、戦治郎は眉間に皺を寄せながら、明らかに怒気の籠った低い声で思わず呟いてしまうのであった
恐らくイタリア海軍の総司令と思われるこの男、見たところ歳はシゲ達20代ズよりも若々しく見え、身長も外国人の男性らしく180cmくらいはあり、流石はイタリアの伊達男と言ったところか、その顔立ちは非常に整っており、見てくれに関しては生前の司と張り合えるレベルのイケメンと言ってもいいのだが、如何せん現在彼の手が、非常によろしくない場所にあったのである……
具体的に言うと、彼の秘書艦と思わしきリットリオと、彼らを先導して来た香取の尻の上、このイタリア海軍の若き総司令は、非常に慣れた手つきで彼女達の尻を撫で回していたのである……
(カトリーヌの奴、無茶苦茶困った顔してやがんなぁ……。顔ももう、恥ずかしいからか耳まで真っ赤にしてまぁ……。その様子を後ろから見てる鹿島も、こめかみピックピクさせちゃって……。まぁ、姉貴がこんな事されてりゃ、そりゃ怒るわなぁ……)
相手が相手であるが為に抵抗する事も出来ず、時々ピクリと身体を震わせながらイタリア海軍の総司令のセクハラに耐える香取と、その様子を後ろから見守る事しか出来ない鹿島の姿を見て、戦治郎は内心で怒りのボルテージを徐々に上げつつ、この様な事を呟くのであった
因みにこの時、戦治郎は大和と校長の反応もチラ見している訳なのだが、校長の方は目の前の出来事が信じられない様で、口をポカンと開けながら唖然とし、大和の方は昔を思い出してしまったのか、嫌悪感丸出しの冷ややかな視線をイタリア海軍総司令に向けていたのであった……
「いや~、遅れちゃってすみませんね~。道すがら可愛い仔猫ちゃん達を沢山見かけて、ついつい声を掛けてたらこんな時間になっちゃいましたよ~」
その直後、校長室を支配していた沈黙を破る様に、イタリア海軍総司令が悪びれた様子も無く、ヘラヘラとした態度でこの様な事を口にしながら、戦治郎の前に歩み寄って来るのであった
「それでえ~っとぉ?君が今回の演習で日本側の指揮を執る長門君?あぁ、年齢は僕より上だからさん付けの方がいいかな?」
「……好きな様に呼んでくれて構いませんよ」
「あっそう?じゃあ長門君で。っとそう言えばまだ名乗ってなかったね、僕は
このやり取りの後、イタリア海軍総司令であるロッソは、ウェーブがかった赤毛の前髪をかき上げた後、戦治郎に握手を求める様に右手を差し出そうとするのだが……
(この軌道……、この野郎……、冗談抜きで節操ねぇなぁおいぃっ!!!)
ロッソの手の動きを見て、その手が何を狙っているのか見切った戦治郎は、内心でこの様な言葉を呟きながら、その手が目的を達成しない様、ロッソの手首を掴み取ろうと素早く手を動かすのであった
戦治郎の見立てでは、ロッソが狙っているのは戦治郎のその立派な胸部装甲……っ!そう……、この男、あろうことか戦治郎にまでセクハラをかまそうとしているのである……っ!!
そして……
(よし、取った……っ!ってぇっ?!)
戦治郎がロッソの右手を掴み、彼が香取達に対して行った行ったセクハラの分まで含めて、文句を言ってやろうと思って彼の顔を見た直後、戦治郎は彼が浮かべる表情に思わず驚き、それと同時に自身の背筋に走る悪寒に気付くのであった……
このロッソと言う男……、戦治郎に腕を掴まれたその直後に、口元だけニヤリと笑ったのである……っ!そしてその直後……
「「きゃあああぁぁぁーーーっ!!?」」
「提督っ?!」
火薬が弾けた様な乾いた音と、それから少し遅れて耳を打つキン!と言う金属音が辺りに鳴り響き、校長室の中に硝煙の匂いが漂い始める。それから間もなく、状況を理解した香取と鹿島が揃って悲鳴を上げ、大和は悲鳴染みた声で戦治郎に呼び掛けるのであった
戦治郎がロッソが不気味な笑みを浮かべている事に気付いた直後、ロッソは何と左手で腰のホルスターから自動拳銃、その大きさから.50AE版のデザートイーグルと思われるそれを素早く引き抜くと、何の躊躇いも無しに戦治郎の眉間目掛けて引き金を引いたのである
このあまりにも唐突過ぎる出来事によって、香取姉妹と校長はパニックを起こして校長室を飛び出し、大和は急いでロッソに眉間を撃たれた衝撃で、立ったまま仰け反る戦治郎の下に駆け寄ろうとするのだが……
(……っ!?)
大和は何かに気付いたのか、驚いた表情を浮かべてその場に留まり……
「……っ、やっぱこいつじゃダメだったか……。折角この為に大枚叩いて買ったっつぅのによぉ……」
大和同様、何かに気付いたロッソは、大きな溜息を吐きながら、先程までとは打って変わって口汚くこの様に呟き……
「だっしゃあああぁぁぁーーーっ!!!」
ロッソに撃たれて仰け反っていた戦治郎は、両手で素早くロッソの肩を、ギリギリと骨が軋む音が聞こえるくらいに力強く掴むと、鬼気迫る表情を浮かべながら、地面の上に吐き捨てられ、誰にも気付かれずに踏まれて潰れたガムの様に押し広げられたデザートイーグルの弾がへばりついたその額を、ありったけの憤怒の感情を込めながら、魂の咆哮と共にロッソの頭に叩きつけるのであった
これが後にアビス・コンダクターとの決戦、第二次欧州海戦において大いに活躍し、【欧州の守護神】のアクセル、【欧州の獅子王】のセオドールと共に【欧州の三英雄】と並び称される事となる、【赤き砲神】ロッソ=ファウストと戦治郎のファーストコンタクトなのであった