戦治郎達が出し物の準備や合同演習に向けての訓練を重ねている間にも、時間は刻一刻と過ぎていき、遂に江田校祭の開催日がやって来るのであった
この日は軍事機密に関わるような場所以外は一般公開される様になっており、来場客達は入口で危険物の持ち込みが無いかを確認する為の簡単なボディーチェックを受けると、期待と好奇心に胸を躍らせ、満面の笑顔を浮かべながら入場門を潜って軍学校内へと足を踏み入れていくのであった
「遂にこの日が来たか……、ったく……、イタリア海軍の件さえなけりゃぁ俺ももうちょっち気楽にイベントを楽しめたって言うのによぉ……」
「気持ちは分かるけど今はその事は一旦置いておいて、笑顔でこのイベントを楽しもうじゃないか」
そんな来場客とは打って変わって、仏頂面を浮かべながら戦治郎がそう呟くと、やややつれた顔のリチャードが精一杯の笑顔を浮かべながらこの様に返事をするのであった
「そうですね、リチャードの言う通り折角の機会なのですから、時が来るまでの間はこのお祭りを楽しみましょう」
そんなリチャードに続き、この様な言葉を口にするのはツヤッツヤのお肌でそこらの来場客以上の満面の笑顔を浮かべるスウであった
今回の祭に来場客として参加する事になったこの2人は、戦治郎から事前に話を聞いていた鹿島によるボディーチェックを通過し、江田校祭の会場である江田島軍学校にやって来た訳なのだが、自分が関わっている出し物が午後に固まっている事もあってそれまで十分遊ぶ時間があると言う事で、リチャード夫妻の案内役を買って出た戦治郎と、今回は戦治郎だけでなくリチャード夫妻の護衛も担当する事となった大和と合流した時から、2人の顔色はこの様な調子であった為、思わず戦治郎が2人の体調を心配して何があったか尋ねてみたところ……
「ちょっと仕事の事を考えなくて済む開放感と旅行による興奮のせいで、昨晩少々頑張り過ぎてしまってねぇ……」
リチャードは苦笑しながらこの様に返答し、スウは顔を紅潮させながら恥ずかしそうにモジモジとし始め、その様子を見た戦治郎と大和は昨晩2人がナニをしたのかを察し、それ以上その件について言及する事を止めるのであった
因みにこの場にいない悟の行方についてだが、彼は江田校祭が始まる少し前に会場入りし、自身が医療従事者である事を証明した後に得意の心理戦で校長を丸め込み、現在は医療スタッフの1人として医務室に待機している模様
本人曰く……
「祭って事で気ぃ緩んで怪我したり馬鹿な真似する奴ってのはよぉ、どうしても一定数出ちまうモンだろうがよぉ。俺ぁ祭で年甲斐無くはしゃぐよりもよぉ、そんな馬鹿共の相手してる方がよっぽど楽しめんだよなぁ」
との事である。まあ彼がこの様な考えの持ち主である事を知っていた戦治郎は、一応彼も誘ってこの様な返答をもらうと、彼の事を無理に連れ出すような真似はせず、一言エールを送ってリチャード達を迎えに行ったのであった
さて、そうしてリチャード達と合流した戦治郎達は、手始めに重巡科の出し物である一般人でも使用出来る様に改造された15.5cm三連装砲を使った射的の会場へと足を運ぶのであった
「おっ!センジローさんじゃん!ホントに来てくれたんだっ!!」
「応っ!重巡科の出し物は俺的にも興味深ぇ内容だったからなっ!」
「あら、そちらの方々は……」
「初めましてお嬢さん達、僕は戦治郎の友人でリチャードって言うんだ。で、こっちが僕の妻のスウ、以後お見知りおきを……ってね」
「妻……?失礼ですがリチャードさんの声は女性のものの様に聞こえるのですが……」
「細けぇこたぁいいんだよ熊野ぉっ!!」
そして戦治郎達が会場に辿り着くと、戦治郎がやって来た事に気付いた鈴谷と熊野の2人が駆け寄って来て、この様なやり取りを交わした後、熊鈴の2人はリチャード達向けに出し物の内容について説明を行い……
(う~ん……、俺が思ったより客入りが少ねぇな……。一応人は来てるっちゃ来てるけど、どいつも出し物には直接参加しようとはせず、遠巻きに眺めてるだけって感じだな……。その表情から出し物自体には興味はあるけど、危なそうだから手が出せねぇって感じか……)
以前鈴谷から話を聞いていた戦治郎は、2人の説明を聞き流しながら辺りの様子を窺い、重巡科の出し物の客入りが芳しくない事を察知し、思わず難しい表情を浮かべるのであった
これに関しては、戦治郎からしたらこの出し物を通して艦娘として活動する事がどれだけ危険なものであるかを察してもらう事で、ドロップ艦として活動しようとする艦娘の抑制になるであろうと言う事でやや嬉しい反面、知人達の出し物が繁盛していない事が少し寂しいところでもあるのである
(何とかしてやりてぇところだが……)
どうしたらこの出し物が繁盛するかについて、戦治郎が内心でそう呟きながら本格的に考え込み始めたその時である
「戦治郎、ちょっといいかな?」
「うい?なんでっしゃろい?」
不意にリチャードが戦治郎に向かって話し掛けて来た為、戦治郎は思考を中断してリチャードの話を聞く事にするのであった
そうして戦治郎が自分の声に反応した事を確認したリチャードは、戦治郎の肩に腕を回し、熊鈴の2人から少し距離を取り……
「さっき何か考え込んでたみたいだけど……、それってもしかしてこの出し物の客入りに関してのものかい?」
「何で分かるんですか……?」
「だってさっきの戦治郎の表情や仕草が、ヤマグチ水産の経営方針を考える時の正蔵さんとそっくりだったからね」
「おおぅ、マジですかい……」
肩を組んだ姿勢のままリチャードが戦治郎の耳元に顔を近付け、辺りに聞こえない様にコソコソと囁く様に先程戦治郎が考え込んでいた内容を言い当てた後、驚く戦治郎にある提案をするのであった……
「……いいんです?リチャードさんにそんな事やらせちまっても……?」
「構わないさ、僕としては戦治郎にも、戦治郎の友達にも、そしてお客さん達にもこのイベントを笑顔で楽しんでもらいたいからね。だからこのくらいお安い御用さ」
リチャードの提案を聞いた戦治郎は、先程とは毛色の違う驚きの表情を見せながら、リチャードと同じ様に囁く様にこの様に尋ね、リチャードがウインクをしながらこの様に返答すると、戦治郎はリチャードの提案を受ける事にし、コソコソ話を切り上げると熊鈴の2人の下へと歩み寄り……
「俺とリチャードさんがプレイすっから砲をくれ、んでこれで貰えるだけの弾薬をプリーズ」
戦治郎はそう言うと懐から1万円札を2枚取り出し、それを熊鈴に渡して射的に使う砲を2人分、そして2万円で貰えるだけの弾薬を貰うと、リチャードの下へと戻って砲と弾薬を分け合い、プレイヤーの立ち位置を示す白線の前にリチャードと共に並び立つのであった
この時熊鈴の2人が、戦治郎達のサポートをする為に近付こうとするのだが……
「おめぇらはそこで見てろ」
戦治郎がそう言いながら2人を手で制し……
「準備はいいかい?それじゃあ……Let's party!」
戦治郎の準備が整った事を確認したリチャードが合図を出すと、2人は一斉にターゲットに向かって砲撃を開始するのであった。それも普通なら転倒防止の為に両手で砲を扱うところを、ワンハンドショットで……。しかも砲身が焼き付くのではないかと心配になるくらいの勢いで、バカスカ連射すると言うオマケ付きである……
そんな戦治郎達の様子を、戦治郎の指示に従って少し離れた位置から見ていた熊鈴は……
「どうしてあのお2人は、結構な反動が来る筈の重巡の砲を、ああも容易く扱えているんですの……?」
「センジローさんの方はまだ分かる……、布都御魂作る時にめっちゃ重いの軽々と持ち上げたりしてたから、砲の反動をその無茶苦茶な筋力でどうにかしてるんだと思う……。けどリチャードさんがあんな真似出来るのは、目の前でやられててもちょっと信じられない……」
只々愕然としながらこの様なやり取りを交わし、そんな鈴熊の様子を更に離れた位置で見守っていた大和とスウは、思わず苦笑しながら鈴熊の2人に同情の念を送るのであった……
そうしている内に、戦治郎達は1つ目の弾倉を使い切ってしまうのだが……
「戦治郎っ!そろそろいくよっ!?」
「合点承知の助っ!!」
戦治郎達はこの様なやり取りを交わしながら空になった弾倉を地面に落とす様にして砲から外すと、同時にお互いに向かって新しい弾倉を放り投げ、それを手では受け取らず、空中で砲の弾薬装填部分で受け止める様にして弾倉を再装填すると……
「You have!」
戦治郎がそう叫びながら先程まで手にしていた砲を、弾倉を再装填するなり砲撃を再開したリチャードに向かって投げ渡し……
「I have!」
リチャードは砲撃を続けつつ、そう叫びながら投げ渡された砲を受け取ると、今度は二丁拳銃の要領でターゲットに向かって砲撃を行い始めるのであった
そうしている内に地面に固定していたターゲットの固定具が、砲撃の激しさに耐え切れずに壊れてしまい、整備科の候補生達と妖精さん達が協力して完成させたやたら頑強なターゲットは、砲弾の爆風によって宙を舞いながら後方へ吹っ飛んで行くのであった
そしてその直後……
「You have!」
今度はリチャードがそう叫び、空になった弾倉を排出しながら2つの砲を戦治郎に投げ渡し……
「I have!」
リチャードがソロで砲撃を行っている間、弾倉に何か細工を施していた戦治郎が、先程までいじくっていた弾倉を自身の真上に軽く放り投げ、リチャードから投げ渡された2つの砲をそう叫びながらそれぞれの手で受け取ると、砲の弾薬装填部分を落下して来た弾倉に叩きつける様にして弾薬の再装填を行い、先程のリチャードの様に二丁拳銃の要領で砲撃を開始するのであった
しかし戦治郎の放つ砲弾は、宙を舞うターゲットから悉く外れ、ターゲットの左右や下を通る様にして、後方へと飛んで行くターゲットを追い越して行ってしまうのであった
その様子を見守っていた人々が、不思議そうな表情やどこか落胆した様な表情を浮かべ始めたその直後の事である、戦治郎が放った砲弾が何かにぶつかった訳でも無いのに突如として次々と爆発し始め、その爆風に煽られたターゲットは今度は放物線を描きながら、戦治郎達の方に向かって飛んで来るのであった
そして……
「行きますよリチャードさん!」
「OK!」
戦治郎達はこの様なやり取りを交わすなり、戦治郎は左手に、リチャードは右手に砲を持ち、互いの背中を合わせながら砲を手にした方の腕を、自分達の方へと飛んで来るターゲットに向けて伸ばし……
「「Jackpot!」」
声を揃えてそう叫び、同時に引き金を引いて砲弾を放ち、飛来するターゲットを見事に撃ち落としてみせるのであった
その直後は誰もが驚きのあまり言葉を失い、会場には静寂が訪れていたのだが、ターゲットがけたたましい音を立てながら地面に落下した刹那、至る所から盛大な拍手と歓声が湧き上がるのであった
「皆さ~ん!拍手と歓声ありがとうございま~す!!」
「もしこれで射的に興味を持って頂けたのであれば、どうぞ係の者に一声お願いしまーす!」
「あっ、因みに俺達の真似は非常に危険なのでやらないようにっ!!皆さんは係の者の指示に従って、安全に且つ快適に射的をお楽しみくださ~い!!」
戦治郎達は湧き立つギャラリーに向かって笑顔で手を振りながらそう叫んだ後、自分達の事を待ってくれていた大和達の下へと戻り……
「提督もリチャードさんもお疲れ様でした」
「貴方達の派手な曲撃ちで会場を眺めるだけだったお客さん達の興味を引き付け、その技の素晴らしさでお客さん達を興奮させ、恐怖心に対しての感覚を多少麻痺させると同時に好奇心を恐怖心を上回る程に膨らませる事で、お客さん達が自発的に射的に参加する様に仕向けた……。そしてその根底には戦治郎さんの場合はご友人の出し物に繁盛してもらいたい、リチャードの場合は私達にカッコイイところを見せたかった。更に共通でお客さん達にリアルな体験をしてもらう事で、艦娘と言う仕事やドロップ艦について改めて考えてもらう機会を作ってもらおうと言う思惑があった……、と言ったところでしょうか?」
大和は戻って来た2人に労いの言葉を掛け、スウは2人がこの様な大立ち回りをした理由に関する推論を述べるのであった
「ありがとな大和、そしてスウさん大正解、流石の観察眼ですわ」
「ドロップ艦問題は、日本だけの問題じゃなくなってきてるからね……。最近は僕達の所でもちょくちょく保護してたりするから……」
そんな2人の言葉に対して、戦治郎は笑顔でこの様に返事をし、リチャードは苦笑しながらこの様な事を口にするのであった
その後、戦治郎達は戦治郎達の方へ駆け寄ろうとはしたものの、戦治郎達の働きによって射的をやりたくなったお客さん達の津波に捕まり、その対応で身動きが取れなくなってしまった熊鈴の2人に向かって別れを告げた後、次の目的地に向かって歩き出すのであった