「メイド喫茶に来てコーヒーだけって……、まあこの後駆逐艦達の屋台に行くみたいだし、仕方ないと言えば仕方ないか……」
戦治郎達からオーダーを取った瑞鶴は、何とも言えない様な複雑な表情を浮かべながらこの様な事を呟きつつ厨房の方へと戻っていき……
「そう言えば、戦治郎さんがテーブルから離れる前に紙ナプキンを渡してきたけど、これって一体何なのかしら?」
ふと思い出した様に先程戦治郎から受け取った紙ナプキンを取り出し、怪訝そうにそれを開き始め……
「……っ!?」
紙ナプキンの中に戦治郎が書いたと思われる文章を発見し、その内容に目を通した彼女は思わず真剣な表情を浮かべるのであった
そんな彼女が目にした文章とは、以下の様になっている
『リチャードさんが江田校祭の会場内で深海棲艦の気配を感知したらしいから、十分警戒してもらいたい。それともしそれっぽい奴の目撃情報があったら、会場がパニック状態に陥らない様に注意しつつ報告してくれ。返答はラテアートでよろしく』
『追記 迷惑客を叩き出すのに使うから、リチャードさんのコーヒーに付けるミルクかシュガーシロップを多めにプリーズ』
「また厄介な事が……、てかよくこの小さな紙ナプキンにこれだけの文章を書き込めたわね……。ってそれどころじゃないわ……っ!」
この文章を読み終えた瑞鶴は、この小さな紙ナプキンにやたら綺麗な字で、これだけの文章を詰め込んだ戦治郎の器用さに一瞬呆れるのだが、次の瞬間にはすぐに我に返り、紙ナプキンに書かれている内容に従い、手伝いと称してリチャードのミルクとシュガーシロップ多めのアメリカンコーヒーと、紙ナプキンに書かれていた事に対しての返事をラテアートで書いた戦治郎のカフェラテの準備に取り掛かるのであった
それからしばらくして、瑞鶴が戦治郎達の注文の品であるコーヒーをテーブルに届け、それを受け取った戦治郎が自分のカフェラテが入ったカップに視線を落とすと、そこにはデカデカと『OK』の2文字が描かれており……
「ラテアートのラの字もねぇけど、俺がそう言う風にしてくれって頼んだ手前、まあ仕方ないわな」
「取り敢えず瑞鶴に連絡出来たし、一応当初の目的は達成出来たね」
「ですね。んじゃ追加オーダーをチャッチャと消化して、イクのとこに向かうとしますかね」
それにより瑞鶴に深海棲艦の侵入の件が伝わった事を確認した2人は、この様なやり取りを交わしながらリチャードのアメリカンコーヒーに2つずつ添えられたシュガーシロップとミルクが入った小さなカップの内、戦治郎がミルクのカップを、リチャードがシュガーシロップのカップを1つずつ手に取り、残りをリチャードが自分のコーヒーの中に注いだところで、2人はコーヒーを一気に飲み干しながら、空いた手で先程手にした小さなカップを、指弾の要領で同時に弾き飛ばすのであった
そしてそれぞれのカップがお互いの後方に飛んで行ってから間もなくして、2人の後方から同時に悲鳴が上がり……
「行きますか」
「Good luck.」
それを合図に2人は空になったカップをソーサーの上に戻すと、短くこの様なやり取りを交わした後、ゆっくりと立ち上がって後方に向き直り、それぞれ先程悲鳴が上がった場所に向かって歩み出すのであった
先ずは戦治郎が向かった挙動不審の男の方へと目を向けてみよう
リチャードが放ったシュガーシロップのカップは、丁度男の近くを通りかかったメイドさんが手にしていたソフトドリンクが入ったグラスが乗っていたトレイに直撃し、トレイに乗っていたグラスはまるで吸い込まれる様に男の鞄の方へと飛んで行き、男の鞄に中身をブチ撒けてびしょ濡れにしてしまったのである
その直後には男もあまりにも突然過ぎる出来事に中々状況を飲み込む事が出来ず、トレイを撃ち落とされたメイドさん共々少しの間愕然として硬直していたのだったが、しばらくしてようやく頭が状況を理解する事が出来る様になったや否や、まるでこの世の終わりの様な悲鳴を上げたのであった
そしてそれに反応して我に返ったメイドさんが、大慌てで布巾で鞄を拭こうと手を伸ばすと……
「さ、触るなっ!!」
その様子を目にした男が急に豹変し、大声を上げながらメイドさんの手を払い除け、びしょ濡れになった自分の鞄を拾い上げようと手を伸ばすのであった
しかし……
「おいおい兄ちゃん、メイドさんの誠意を無駄にするのは良くねぇと思うぜぇ?」
男の手が後数cmで鞄に届こうとしたところで、不意にこの様な言葉と共に男の腕が掴まれ、男が自身の腕を掴むその手の持ち主の方へと視線を向けると、そこにはいつの間にか男のすぐ傍まで接近していた戦治郎の姿があったのであった
こうして戦治郎に捕捉されてしまった男は、戦治郎の言葉を無視して彼の腕を払い除け、再び鞄を掴もうと手を伸ばすのだが……
「この鞄、そんな大事なモンが入ってんのか?」
直後に戦治郎はこの言葉と共に今度は男の手を払い除け、更に空いた手で濡れた鞄を引っ掴み、先程男の手を払い除けた方の手を素早く中途半端に開いた鞄の中に突っ込むのであった
そして……
「……こいつぁ中々いいモン使ってんなぁ……、これならメイドさん達のスカートの中もバッチリ撮れるこったろうて……。数あるカメラの中からこいつを選んで犯行に及ぶってこたぁ、さてはおめぇ……、素人じゃねぇな……?」
鞄から引き抜かれた戦治郎の手には、コンパクトながらもしっかりとした動画が撮影出来るコンパクトカメラが握られており、それを見た直後に男の顔がみるみる青褪めていき、それから一拍して今度は事態を把握したメイドさんが悲鳴を上げるのであった
そう、この男は日頃から盗撮行為を行い、それで得た動画や動画から切り出した静止画を売って荒稼ぎしている盗撮の常習犯だったのである。この日この場所にやって来たのも、街中では中々遭遇する事が出来ない艦娘候補生と言う、その筋では高値が付き易いレアな獲物を狙い、ガッツリ稼いでやろうと考えたからである
もしこれが他の軍学校で行われていれば、この男は目論見通りに懐をベリーホットに温めていた事であろう。しかし残念ながらその目論みは、江田島軍学校を狩場に選んだ時点で既に潰えていたと言っても過言ではないだろう……
それはそうとして、こうして犯行がバレてしまった男は、鞄とカメラを諦めて逃亡を図ろうとするのだが……
「逃がすわきゃねぇだろうがばっきゃろう……っ!!」
男が自身の方へ背中を見せたその直後、戦治郎は手にしていた鞄を床に叩きつけ、フリーになった腕で男の首を鷲掴みし、片手で器用にカメラを操作して中身の確認を行いながら、ドスの利いた声でこの様な言葉を口にするのであった
「ちょっと何事っ!?」
それから間もなくして、事態に気付いた瑞鶴が慌てた様子で戦治郎の下へと駆け寄り、何があったのか尋ねて来て……
「盗撮よ盗撮、メイドさん達のパンツがこの男に狙われてたんよ。ってこりゃ瑞鶴の奴か?思った以上に派手な奴を……」
「その動画を早く消せえええぇぇぇーーーっ!!!」
引き続きカメラの中のデータを確認していた戦治郎が、瑞鶴に状況を簡単に説明している最中に瑞鶴と思わしき人物のパンツが映ったデータを発見し、思わずこの様な事を口走ったところ、顔を真っ赤にした瑞鶴が間髪入れずに叫びながら戦治郎の頬にビンタをお見舞いするのであった
尚、このカメラの中のデータに関してだが、この盗撮犯が盗撮を行ったと言う事を証明する為の物的証拠として、カメラごと警察に出さねばいけない関係上、被害者がいくら恥ずかしがっていてもデータを消す事は出来ないと戦治郎が説明したところ、瑞鶴達は何とも言えない様な複雑な表情を浮かべていた模様
そんな事をしていると……
「そっちは終わったかい?」
如何やらリチャードの方も片付いたらしく、相変わらず男の首をギリギリと締め上げる戦治郎に向かって、彼はいつもの調子で話し掛けながら歩み寄って来るのであった
尚、そんな彼の後方には……
「な、何なんだあいつは……?」
「強ぇ……」
「痛ぇ……、痛ぇよぉ……」
顔面蒼白になって蹲りガタガタと震えている男や、頭から血を流しながら倒れ伏せる男、身体にコーヒーカップの破片がいくつも刺さった状態で痛みに呻く男の姿が存在していた……
「ちょっとリチャードさぁん?ヴァイオレンスなのはナシって話じゃなかったぁ?」
「うん、だから僕は一切手を出してないよ。あの怪我は全部彼らの自業自得さ」
背後の男達の存在に気付いた戦治郎が、リチャードに向かって怪訝そうな表情を浮かべながらそう尋ねると、リチャードは涼しい顔でそう言い切ってみせるのであった