片や言葉の圧はマシマシなれど比較的穏便に、片や派手なパフォーマンスを行いながらの爽快感溢れる流血沙汰と言う形で、空母艦娘候補生達のメイド喫茶に訪れた迷惑客の撃退劇は幕を閉じ、騒ぎの中心にいた戦治郎達は、メイド喫茶のスタッフである空母艦娘候補生達に迷惑かけたと一言詫びを入れた後、次の目的地に向かう為にメイド喫茶を後にするのであった
尚この時、スタッフ達から中々追い出し辛い迷惑客を追い出してくれた事に感謝の言葉を送られると共に、この後に演習が控えている戦治郎は兎も角として、迷惑客を無傷で叩きのめした上に、派手なパフォーマンスで他の客の苛立ちを取り除いてみせたリチャードに対して、もしかしたら新手の迷惑客が来るかもしれないと言う懸念から、様々なサービスで優遇する代わりにしばらくの間この場に留まって用心棒をやって欲しいと言う要望があったのだが……
「ごめんね、条件が条件だから喜んで引き受けてあげたいところなんだけど、僕にもどうしてもやらなくちゃいけない事があってね……」
出来る限り深海棲艦がこの江田校祭に侵入している事を関係者に迅速に伝え、早急に警戒態勢を敷いておきたいと考えるリチャードは、苦笑しながら肩をすくめてその申し出を断り、それを受けたスタッフは非常に残念そうな表情を浮かべるのであった
因みに今回の件を通して空母艦娘候補生達が抱く戦治郎の印象が大きく変わり、今までは変な恰好をした乱暴で何を考えているか分からない恐ろしい提督候補生だと思われていたのが、本当に困っている時は状況を察して何も言わずに手を差し伸べてくれる優しい人間であると思われる様になった模様
まあそんなこんなで戦治郎達は次の目的地である潜水艦艦娘候補生達の出し物の会場に向かう事になったのだが、此処で少し視点を変え、リチャードにこっぴどく痛い目を見せられた迷惑客グループのリーダーが、リチャードの言葉に従って向かった医務室の様子を覗いてみよう
出会い目的でメイド喫茶に来ていたところ、リチャードの手によって仲間をボコボコにされた挙句、店を追い出されてしまった迷惑客グループのリーダーは、リチャードが最後に放った言葉に素直に従い、出血が酷いせいで力なくグッタリとしているハゲとグラサンの2人を半ば担ぐようにして医務室へ向かっていた
その道中ではすれ違う誰もが只々悍ましいものを見る様な視線を向けるだけで、彼に手を差し伸べる様な事はしようともしなかったのであった
これには彼もこれまでやって来た事や、怪我している事を差し引いても残る自分達の外見の恐ろしさもあり、半ば仕方ないと思ってはいるものの、尋常では無い数の視線に不快さを感じて思わず舌打ちするのであった
そんなどちらかと言えば冷ややかな視線を大量に浴びながらも、ようやく辿り着いた医務室の扉を開きながら……
「すんません、ツレが大怪我したんで救急車を……」
ハゲとグラサンの容態から、医務室での治療だけではどうにもならないだろうと考えていた彼は、医務室のスタッフに救急車を呼ぶ様にと頼もうと声を上げるのだが、医務室の中には誰1人としてスタッフがおらず、その事に気付いた彼の言葉は尻すぼみになっていき、やがて彼は医務室の扉の前で呆然と立ち尽くすのであった
「このままじゃこいつらがやべぇってのに……、医務室の連中は一体何処に行ってやがんだよ……っ!!」
「なんだぁ?おめぇは俺達に飯も食わず、糞や小便も我慢して有事の為に此処に引き籠ってろって言いてぇのかぁ?」
それからしばらくして、我に返った彼がもぬけの殻となっている医務室内部に向かって呪詛とも受け取れる言葉を呟いたその直後、彼の後方から聞き慣れない乱暴で妙にネットリとした口調でこの様な言葉が返って来て、その言葉に驚いた彼が一瞬ビクリと身体を震わせた後、慌てて後ろを振り返ってみたところ、そこにはどこか怪しい雰囲気を漂わせた白衣の女性が、彼女の物と思わしきハンカチで手を拭いながら立っていたのであった
こうして出会ったリーダーと怪しい女性こと悟は、この後に僅かなやり取りを交わしてリーダーが急患を連れて来た事、悟が医療スタッフである事を互いに把握し、悟はハゲとグラサンの容態をその場でチラ見する程度で診察すると……
「そいつらを急いでこっちのベッドまで連れて来なぁ、でなけりゃハゲは脳挫傷とそれに伴って出来た血栓で脳梗塞起こしてお陀仏、グラサンの方は失血死ルートまっしぐらになっちまうぜぇ?」
リーダーに2人を急いでベッドの所まで連れて来る様に指示を出し、それを聞いたリーダーはチラ見程度の診察でそこまで2人の容態を正しく把握する悟に驚きつつも、悟が言い放った言葉の内容に青褪めながら急いで悟の指示に従って、戦治郎の手によって砕かれてしまった小指の痛みに耐えながら、ハゲとグラサンの2人をベッドの所まで連れて行くのであった
そうしてリーダーが2人をベッドに寝かせたところで、悟はリーダーに医務室とベッドルームを仕切っているカーテンの外に出て、自分が治療している最中は決して中を覗かない様にと厳命、リーダーの方は悟が放つ圧に気圧され、素直に悟の指示通りにカーテンの外へ出るのであった
その直後、やや遠くからパトカーのサイレンが鳴り響き、リーダーは反射的にビクリと肩を震わせ……
(パトカーか……、確かあの人の連れらしい人が盗撮がどうのって騒いでたっけか……。もし俺があの時あの人に噛み付きでもしていたら、俺もあいつらみたいに気絶させられて、傷害か暴行で盗撮犯と揃ってしょっ引かれるところだったな……)
内心で安堵の息を吐きながらこの様な事を呟くのだが、直後にある疑問が頭の中を過り、それについて考え込み始めるのであった
それは自分が如何してパトカーのサイレンの音に、これほどまでに怯えていたのかについてだった
これまでの彼だったら、一般人に対して恐喝や暴行を行ったところを通報され、警察官が駆け付けて来たとしてもこの様な反応は見せなかったのだが、リチャードに〆られてからはどうも弱気になっているからなのか、パトカーのサイレンの音に過敏に反応してしまっていたのである
この疑問について、彼がしばらくの間考えていると……
「おめぇが連れて来たハゲとグラサンの兄ちゃんの治療、終わったぜぇ。次はおめぇの番だなぁ」
今しがた2人の治療すると言っていた悟が、カーテンを勢いよく開きこの様な事を言いながらベッドルームから出て来て、それに驚いたリーダーが思わずそちらの方へと顔を向けると、そこには先程までのズタボロだった姿が信じられないくらい綺麗な姿となった2人が、静かに寝息を立てていたのであった
「あんた一体何したんだよ……?」
「てめぇが気にする必要のねぇ事だなぁ、それよりさっさとこっちに来て椅子に座りやがれぇ」
ほんの僅かな間に連れの2人を完璧に治療してみせた悟に対して、リーダーが心底怪訝そうな表情を浮かべながらこの様に尋ねると、悟は彼の疑問をバッサリと切り捨てて彼に診察用の椅子に座る様に促すのであった
そうして彼が促されるままに椅子に座り、悟の指示でしばらく目を閉じていると、瞼越しに緑色の光を感知すると共に小指の痛みが引いていくのを感じ取り、思わず目を開いて先程まで痛みを訴えていた自身の小指に視線を向けると、そこにはスッカリ腫れが引いて元通りになった自身の小指だけが目に映るのであった
最早何が起こったのか分からず、心底不思議そうな表情を浮かべながらリーダーが自身の小指を眺めていると……
「さぁてぇ、てめぇの外傷の治療はこれで完了したなぁ。じゃあ次は心の傷の治療といきますかねぇ」
「……は?」
突然悟がこの様な事を言い放ち、言葉の意味がサッパリ理解出来なかったリーダーは、その言葉を聞いた途端、思わず間抜けな声を上げてしまうのであった
「心の傷って何だよ?俺はそんなのに心当たりは……」
「無ぇとは言わせねぇぜぇ?此処に来るまでの道中でのおめぇの表情によぉ、さっき無意識の内にパトカーのサイレンに怯えていた事について考え込んでいた事もよぉ、俺からしたらおめぇが無自覚で出していた心の傷の警報みてぇなモンなんだからよぉ」
悟の言葉に対してリーダーは心当たりが無いと反論しようとするのだが、悟はそれを遮ってこの様な事を言い、悟が此処に向かっていた自分の事を気付かれずに観察していた事や、自分が考え事をしていた事に気が付いていた事に若干戦慄しつつ、彼は悟が放つ威圧感に圧倒され押し黙ってしまうのであった
それからしばらくして、リーダーが何とか冷静さを取り戻したところで、悟が彼に対して質問を、彼に考える時間を与える様にゆっくりと1つずつし始めるのであった
最初の質問は『どうしてこの様な怪我をしたのか?』と言うもので、それに対してはリーダーは特に言葉を詰まらせる事無く、正直にメイド喫茶での一件について話すのであった
それを聞いた悟が次に行った質問は、『何故メイド喫茶で迷惑行為を行ったのか?』と言うもので、それに対してもリーダーは言い淀む事も無く、どうせ自分達に注意して来る様な輩はいないだろうと、その時は調子に乗っていた事を話すのであった
それに続く悟の質問は、『何を根拠にそう思っていた?』と言うもので、これに対しては普段から自分達に注意したり警告を出したりしてくる人間がいなかったからと答えるのであった
そこから『どうして注意して来る人間がいないのか?』と質問が続き、リーダーが周りの人間達は自分達の事を恐れている、或いは見限っているのかもしれないと答えると、今度は『何故周囲の人間はお前達を恐れている?』と言う質問が返され、それに対しては自分達の外見と普段から暴力を振るっていたり恐喝、脅迫行為を行っているからと返答するのであった
ここまでの質問と返答の応酬の中で、このやり取りに一体何の意味があるのかとリーダーが疑問に思い始めたところで、遂に精神科医が本業である悟が動きを見せる
「ここまで話を聞いていてよぉ、おめぇは普段から一般人に対してクソみてぇな行為を繰り返してたみてぇだがよぉ、それは一体何でなんだぁ?」
悟がこの質問をリーダーに投げかけた直後、今まで動揺する様な素振りを見せていなかったリーダーが初めて肩をビクリと震わせ、落ち着きがない様に目を泳がせ始め、その様子を見た悟は、彼に対して深呼吸をして心を落ち着かせ、ゆっくりとでいいから考えを纏めてこの質問に答える様にと声を掛けるのであった
それからしばらくして、何とかリーダーは落ち着きを取り戻し、これまでの様子から打って変わって暗い表情を浮かべながら、時々言葉を詰まらせながら、俯き視線を床の方へ向けながら自身が非行に走った経緯について話し始めるのであった
結論から言えば、彼は艦娘ブームの暗黒面の被害者……、軍学校の入試試験で幾度となく挫折を味わい、遂にはドロップアウトしてしまった人間だったのである
彼の事を少し掘り下げると、元々の彼は真面目で優等生と呼ばれる類の人間だったらしく、海軍に入ろうとした動機も深海棲艦の脅威から国民を守る為の盾になりたいと言う、至極真っ当なものであった
そんな彼は当然提督となるべく必死になって勉強し、自身の肉体もしっかりと鍛え上げ、万全の態勢で試験に挑んだのだが、彼は運悪く……、本当に運が悪く、戦治郎が受験した際にも行われたボードゲームの試験の中の麻雀において、1つも勝ち星を上げる事も出来ないまま時間切れで脱落してしまったのである……
それで1度落ちてしまった時は偶々運が悪かった、自分を鍛え直すチャンスを貰ったたと、落ちてしまった事をポジティブに受け取る事が出来たのだが、それが何度も何度も……、しかも決まって配牌やツモなど運の要素が絡んで来る麻雀で落ち続けていると、徐々にネガティブな思考をする様になっていき、やがて彼は自暴自棄になり海軍に入る事を諦めてしまったのだとか……
それからしばらくして、出会った切っ掛けなど細かい事は覚えてはいないが、彼はハゲとグラサンと出会い、行動を共にする事が多くなったのだそうな
そしてそうしている内に彼の考え方は彼ら寄りのものに変化していき、事が上手くいけば2人が彼の事を絶賛、それを受けた彼は感覚が麻痺してきたのか2人の称賛に快感を覚える様になり、彼は海軍に入隊して国民を守る為に鍛え上げて来たその筋力や格闘技などの技を、彼が本来守るはずであった者達から金品を巻き上げる為に利用する様になったのだそうな……
「やぁっぱりあったじゃねぇかよぉ……、心の傷がよぉ……」
ここまで彼の独白を静かに聞いていた悟が、不意に不気味な笑みを浮かべながらこの様な事を口にし、悟の言葉でいつの間にか忘れていた自身のトラウマや挫折の経験を思い出したリーダーが、ハッとしながら顔を上げて悟の方へ視線を向けると、悟はこの様に言葉を続けた
「おめぇの心の傷は、自身の勝負運の無さによって味わった挫折が原因で出来たみてぇだなぁ。んで、その傷が原因で悩み苦しんでいたところをあのクソ共に付け込まれていい様に利用された結果、罪の意識が薄れに薄れ、自分をべた褒めするあいつらに依存、無意識の内にそれらを手放したくないと思う様になって、非行から抜け出せなくなっていたってかんじだなぁ」
悟のこの言葉を聞いたリーダーが、目を見開いて愕然としている中、悟は更に言葉を続ける
「おめぇがパトカーのサイレンに過剰に反応していた原因は、メイド喫茶の一件で今まで自分の心の拠り所になっていたクソ共がボコられた事とよぉ、自分達が〆られた事で心の奥底に押し込まれていた罪の意識が掘り起こされちまったからってところかぁ?んでそうして知らず知らずの内に精神が不安定になっているところにパトカーのサイレン……、その音で罪の意識が刺激されちまったんだろうよぉ」
「今までの話でそんだけ俺の事が分かるのかよ……。怪我の治療といいこれといい、アンタマジで一体何者だよ……?」
今まで悟の話をポカンとした表情で聞いていた彼が、絞り出すような声で悟にこの様な質問を投げかけると
「強いて言やぁ、精神科出身の軍医候補生ってところかぁ?」
悟は驚く彼の顔を見てニタニタと笑いながら、この様に返事をするのであった
その後、彼が悟に社会復帰も難しそうなチンピラに成り下がってしまった自分はどうしたらいいのか?と問うと……
「先ずはあのクソ共と縁を切るところがスタート地点だなぁ、さっきも言ったがあいつらは恐らくおめぇの事を都合の良い駒……、金蔓だとか警察に捕まった時用の人柱ぐらいにしか思っちゃいねぇはずだぁ。そんなのといつまでもつるんでる理由も義理もねぇだろぉ?」
悟は相変わらずニタニタ笑いながら腕を組んでこの様に答え、彼が悟の言葉を肯定する様に頷いて見せた事を確認すると、突然戦闘中によく見せる狂気じみた笑顔を浮かべながら、彼に向かってこの様な事を言い放つのであった
「その次のステップだがよぉ、ここにおめぇにとって耳寄りの情報があるんだよなぁ」
その言葉を聞いた直後、彼は一瞬驚いた後、悟の次の言葉を決して聞き逃すまいとばかりに真剣な表情を浮かべ、静かに悟の言葉を待つのであった。そして悟の次の言葉を聞いた瞬間、彼は今までで一番の驚愕の表情を浮かべる事になるのであった
そんな悟が彼に伝えたのは、恐らく再来年辺りから軍学校に新設される事になる学科、特警科についてであった
今海軍に存在する長門屋の特警隊を除く特警隊は、横須賀の乱の後に急ごしらえしたものに過ぎず、所属する隊員の数も少なければ経験も浅い、仕舞いには指揮系統も上手く機能していないと、不安要素が盛り沢山な状態となっているのである
これを何とかするべく開設される事になったのが、上記の特警科なのである
「何で再来年開設なのかって言やぁ、来年1年間を使って特警隊そのものの態勢を整えたり、試験に使う問題を作るつもりらしいんだわぁ。んでどうしてこれをおめぇに教えるのかについてだがよぉ、その学科では特警隊の指揮官を育てる事が目的みてぇでなぁ、提督になるべく自分磨きをしてたおめぇにうってつけな訳なんだわぁ」
「……なぁ」
「おめぇが不安に思ってる点についてなら安心しなぁ、俺のダチが此処の提督科にいるんだがよぉ、そいつが試験の麻雀で受験者だけでなく監視役の教官まで医務室送りにするほど暴れに暴れた結果よぉ、海軍内では運の要素が絡む様な試験は今後しねぇって事が決定したんだわぁ」
「そいつは一体何したんだよ……?」
「半荘戦東1局目、親で4倍役満か5倍役満かを叩き出したみてぇだぜぇ?」
「それ、最悪死人が出ないか……?」
悟の話を聞いて彼が不安そうになったところで、すかさず悟は彼の不安要素となっている運が絡む試験が廃止された事を伝え、それを聞いた彼は思わずホッと胸を撫で下ろしたかと思えば、そうなった切っ掛けについて疑問を覚え、ついつい悟にその経緯を尋ねたところ、戦治郎が行った残虐行為の件を教えられ、思わず顔面蒼白になりながらこの様な事を呟くのであった
さて、こうして特警科の事を聞いた彼は、再来年に必ずその試験を受験して合格する事を悟に約束し、それを受けた悟はまだ非公開情報となっているこの件について自分から聞いた事を口外しない様にと釘を刺しつつ、彼に対して激励の言葉を送るのであった
そして……
「そういやまだアンタの名前聞いて無かったわ……」
「俺は伊藤 悟、ナリはこんなだがれっきとした野郎なんだぜぇ?」
「そんなん信じられねぇよ……」
「
「何だそりゃ……?まぁそれはそれとして、今日アンタと話が出来て良かったよ。おかげで真っ暗だった俺の人生に、ようやく光が射した気がするんだ」
「俺は俺がやりてぇ事をやっただけだぁ、礼なんか言われる筋合いはねぇよぉ」
このやり取りの後、迷惑客グループのリーダーだった男……、
これが遠い未来、特警隊の総大将として提督となったシゲと名を連ねる事となる男の再起の瞬間なのであった