この話(https://novel.syosetu.org/121580/1.html)と同じ時系列で考えてもらってもいいです。
部屋は、それほど広くもない。
六畳ほどの洋室に、二枚のレースのカーテンが力なく波打っている。
もうすぐ九月だというのに、夏の残滓はなかなかしぶとい。
まとわりつくような生温さはまるで――
彼が抱いている苛立ちのようだ。
染み渡る微かな雑踏の擦れ合いを除けば、そこは静寂。
部屋に足を踏み入れた彼女は部屋を一望し、小さくため息をついた。
シャワーから上がって戻ってきた今も、彼はベッドに横たわり、ふてくされたまま。
Tシャツとトランクス――という下着も同然の姿で。
寝返り一つ打った形跡さえ見られない。
退室前と、何ら変わらない。
時間は何も解決してくれなかったようだ。
誤魔化すように、彼女は机の上に手を伸ばす。
付かず離れず並んだ空のグラスではなく、大きな麦茶ポットの方へ。
一杯分を満たしたところで残りは僅か。
「中途半端だから、注ぎきっちゃうね」
これに、彼からの返事はない。が、それを待たずに彼女は少し重いガラス容器をもう一つのグラスへと傾ける。
少しだけ濁りを含む透き通った褐色が、氷の隙間を埋めていく――が、浸しきるには至らない。
冷たく突き出した一角を見つめながら、彼女は言葉を探す。
溶けかけて鋭さこそ失いながらも頑なな――彼の心を温める言葉を。
彼女は空になったポットを流しへと片付けようかとも思ったが……やめた。
さらに間を延ばしたところで、それは意味を成さない。
こうなれば――実力行使か。
彼女は、男のコの背中に向けて意地悪っぽく微笑む。
姉としての経験が、そうさせたのかもしれない。
かつて、ふたりは同い年だった。
しかし、一時の別れを経て――彼女の方が三つほど多くの年を過ごしている。
その空白を越えて変わらぬ姿で現れた彼が、小さくなった……とは思わない。
だが、懐かしい思い出に相見えた、という感慨深さはある。
自分より年下となってしまった彼は、ちょっと可愛らしい――
その心の余裕が、彼を怒らせてしまったのだが。
髪は、水浴びのために上げたまま。
水気を拭き取ったバスタオルは、椅子の背もたれへと無造作に引っ掛ける。
下着は部屋に置かせてもらっているが、あえて換えを穿き直すことはない。
麦茶の片割れを、彼女は改めて手に取った。
それを一息に飲み干し――何気ない口調で問いかける。
「何を見ているの?」
それに対する、彼の返事はそっけない。
「外」
「あ、そう」
案の定の子供じみた答え。
とはいえ、端から言葉によるやり取りは期待していない。
フローリングの床に、彼女はペタペタと足音を立ててベッドへと近づく。
それに気づいていながら、彼は相変わらず微動だにしない。
ならば――と、彼女は、窓の方を向いて横になっている左腕の上から堂々と乗り上げた。
それでも、彼は何も言わない。暑苦しく――はないのだろう。何故なら、その肌は冷たい水で汗を流してきたばかりだから。彼女の
沽券を気にするのなら、彼はその重みを払い除けてしまうべきだろう。
しかし、この
結果、ふたり積み重なって、共に晩夏の街並みを眺めている。
彼女にとって、当時は憧れの象徴だった。
が、例の事故を機に移り住んできたことで、既に馴染み深い光景となっている。
当時は無作為――と感じていた灰色のビル群も、群像ともなれば、何となく心に引っかかるものはある。
その記憶は、三年前のもの。
これには逆に、自分が昔に逆戻りしたかのように錯覚してしまう。
が、そんな郷愁感もそこそこに――現実の生々しさを、その肌に感じさせられた。
薄い生地では、雄の本能は隠しきれない。
こっそりと角度を手直しするようなみっともないこともできず、彼女の内腿まで届いてしまったようだ。
とはいえ、今になって腰を引くこともできない。
ゆえに、そのまま。
声に出すこともなく、彼女に欲望をぶつけたまま。
だからもう、彼女も何も言わない。
余計な言葉を紡ぐことはない。
ただ――
街へと向けられた男のコの視線を妨げるだけ。
突如恋人の顔に割り込まれ、彼は天井へと目を逸らす。
が、それで逃げられる先はどこにもない。
彼女は瞳を閉ざし、
柔らかく、
柔らかく、彼を慰める。
それは唇だけに留まらない。
腕で、そして、胸で。
優しく女性の素肌に包まれて、彼は戸惑う。
しかし、抵抗の意思もない。
指一本動かすことなく、柔らかな心地よさに包まっている。
彼女の左の腿に今も触れているのは、彼の偽れない気持ち。
今度は彼女の方から――自らの意思で、そこを握り込んだ。
軽く一撫で、二撫でしてやると、それは本人の意思に背いて嬉しそうにじゃれてしまう。
仔犬のような無邪気さではあるが、その内に抑え込まれた欲望は獣に等しい。
それを彼女は、解き放つ。
小さな窓――生地と生地に通された僅かな隙間をくぐり抜けて。
その指先に当たるのは、大事なところを覆い包む毛の茂み。
彼が大人として生長している証。
だから、対等に接しなくてはならなかった。
それを詫びる意味でも――彼女は、指で手繰り寄せる。
柄物の覆い隠しを指で広げて掻き分けていけば、そこは自然に飛び出してくる。
その形は、女にとっては歪で異様。だが、それも幾度かの入れ替わりを経て、馴染んでしまった。
もうひとつの、自分のものとして。
ゆえに、恐れることなく。
そして、その弱みへと。
「……ッ」
彼の激しい吐息が、彼女の唇を撫でていく。
親指で細く入り組んだところを押し込む度に、それは漏れ出してくるようだ。
肌と肌を重ね、恋人が自らの手による快楽を押し殺している様を見せつけられては――彼女の中にも邪な本能が芽生えてくる。
男の骨盤の上に乗り上げていた彼女の
だが、それを抑える必要がないことを、彼女は知っている。
彼女が欲すれば欲するほどに、彼もまた、それを満たさんとその
相手の性と、自分の性を向き合わせるために。
ゆえに、悠長に添い寝などしていられない。
すぐさま彼の背に力強く右腕を回し、恋人を導くように、彼女は男の肢体を引き寄せる。
彼もまた、その誘惑に抗わない。
もつれ合いながら女の腿の間に膝を突き、
柔らかな胸の上へと乗り上げる。
間近で視線が交差した時、彼女は当然のように目を閉じた。
こんなところで、見つめ合う必要はない。
欲しいのは、深い温もりなのだから。
先ほどと同じように唇と唇を触れ合わすが――今度は、それだけでは収まらない。
さらに深く交わることができるのならば、つい舌先を差し出してしまう。
「……ん、ふ、うふぅ」
男の腰を這い回る彼女の腕は、まるでその肉のすべてを欲するように。
彼もまた、もう迷わない。
柔らかな二房を両手に収め、その蕾を指先でついばむ。
「ふ、ん……ん……」
唇の隙間から彼女の熱も溢れてくる。
言葉にならないものを求めて。
ゆえに、腰を浮かして、彼は探る。
手を添える必要などないほどに、彼の道筋ははっきりしていた。
だから、彼女の縁に一度触れれば、ヌルリと滑り込んでいく。
彼の
「ん、あっ、あ、あはぁ……❤」
嬉しそうに笑顔を蕩けさせる彼女を見ていると、彼はすべてがどうでもよくなってくる。
いまはただ、彼女だけを見つめていたい。
そして、優しい包容をもっと強く味わいたい。
男の顔は、寸刻前まで憤りを滲ませていたものとは思えない。
女の
そんな彼を、彼女は受け止めていた。
さらに、求めていた。
その両腕で彼を抱きしめ、
その舌で彼の理性を刈り取ってゆく。
軽く、自分の周期を思い出しながら。
これは、仲直りのための交わり――
自分に落ち度があることを考えると、そのまま
多分、大丈夫な日だとは思うけれど――それでも彼女には男の欲望に身を委ねるしかない。
彼の勢いが増していることはよくわかる。
自分の
このまま、その向こう側まで達してしまったら――この上ない幸福を味わうことができるのだろう。
欲しているが、今はまだ、欲してはならない。
もはや、彼を言い訳にして、自らの快楽をも満たしたくなってしまう。
――だが。
彼の腰は刹那の間にズルリと引かれ、胸の膨らみまで届く勢いで、彼の性が爆ぜた。
お腹の膨らみでその果てを受け止めて――ようやくすべてが元に戻った、と彼女は心を撫で下ろす。
そして、再度口づけ。特に意味のない、日常的な好意を表すための。
胸の方まで突き抜けたものに気遣って、彼女は腕に力は込めることはない。だが、彼の方から安らぎを求めて下りてきた。その一筋に限らず、彼の身体はすっかり汗にまみれている。どちらにせよ着替える必要があるのなら、もっと彼女を感じていたい。
が、そのためには、この薄い一枚すら煩わしくなってくる。
ゆえに、この続きは。
「一緒に、シャワー浴びよ?」
「……うん」
すっかりしおらしくなった男の子は素直に従い、身を起こす。
続いて、彼女も。恋人の手に引かれながら。
こうしてふたりは、ざらついた熱気を残して部屋を出て行った。
彼が飲み残した氷の欠片は、ふわふわと今も水面を漂っている。
戻ってきた頃にはもう、溶け残っているものはないだろう。