私を買ってください、プロデューサーさん。 作:霧子のエビの天ぷら
原作:アイドルマスター
タグ:R-18 NovelM@ster 天海春香 NovelM@ster短編 ヤンデレ THE IDOLM@STER
天海春香は普通の女子だ。容姿や体型も、性格も、趣味も。勿論、知識も。
──プロデューサーさん、私を一晩、買ってください。
そんな彼女が、俺と二人しかいない夜の車の中で、そう言ってきた。自分の耳を疑ったが、彼女の表情は真剣そのものだった。
──大丈夫です。何をすることなのか、これをいうことがどういうことなのか、
その表情にいつもの明るさはなかった。目も表情もすべてが死に、生気が失われたようにさえ感じた。
彼女の悲痛な表情と声を見せられた俺は、すぐに断ることが出来なかった。わかった、とだけ返して、俺は自分の車を走らせる。時刻は22時。寒い冬の、雨が打ち付ける夜だった。
◆◇◆◇◆
家について、彼女を部屋にあげると彼女はベッドにそっと座った。エアコンをつけて部屋の温度をあげ、ホットココアをいれて春香に渡した。ありがとうございます、と言ったが、その声にも覇気はなかった。
お前が思っていることはしなくていい、金ならいくらでも貸す、返せなんて言わない。そう何度も言った。
しかし彼女は、いいえ、やらせてください。これが、私の、仕事ですから。と言って聞こうとしなかった。
調べたことや授業で多少なりとも知識をつけていたのだろうが、やはりというべきか、あいつはほとんど何も知らなかった。そそり立つ俺自身を見ると顔を紅く染め、少し視線を外した。
互いに刺激し、高め合う。主導権はこちらにあったが、どちらも動きがぎこちないように思えた。陶器のような白い肌に舌を這わせるたびに、春香の口から声が漏れる。彼女の体は年相応の成長を見せていて、瑞々しい肌触りが心地よい。双丘はもっちりと吸い付くようで、確かな弾力を感じさせた。
そうして時間が過ぎ、いつしか彼女が、きて、くださいと言った。
その声に導かれるままに、俺は彼女の中に侵入し、薄ら汚れた欲求を吐き出した。
行為のあと、俺は春香が請求した金額に僅かに色をつけて渡した。
◆◇◆◇◆
天海春香。16歳。765プロ所属の現役アイドルであり、俺が担当するアイドル。
性格は底なしに明るい。容姿はやや痩せていること以外は至って普通。ドジなところと頭のリボンがチャームポイント。
ここまでは至って普通のアイドル像だ。しかし、彼女は家庭環境にやや問題を抱えていた。
家庭内暴力を受けている訳では無い。端的にいうと、彼女の家はそれほど裕福ではない。それどころか、平均的な親子三人世帯の収入に比べて、収入がかなり低いのだ。
一家は春香がアイドル稼業で稼いでくる金額を合わせて、なんとかやっていけているという自転車操業であった。
春香は、そんな環境であるにもかかわらず誰にも相談することや文句を言うことは無かった。同僚に高槻やよいという、一家の中での収入が一人頭では自分より低い状況の友達がいる手前言い出せなかった、というより心配をかけさせたくなかったという側面が大きいだろう。
アイドル業界において天海春香は極めて普通の少女だった。あまりにも普通すぎて、元気が取り柄、としか評価されなかった。元気以外、何も取り柄がなかった。元気だけで、元気しかなくて、中身は空っぽだと。
俺も、あまり仕事が出来る人間ではなかった。
お前は優しすぎる、なぜチャレンジしようとしないんだ、と同期に言われたことがあった。
担当アイドルの体力は大丈夫か、これは彼女たちが仕事として楽しめるものなのだろうか、この仕事が次に繋げることは、彼女自身のアピールができるだろうか。そう考え続け、いつしか俺は、挑戦することを恐れてしまっていた。
中身が空っぽ同士、ただの傷の舐め合いだとはわかっていたけど。
◆◇◆◇◆
行為のあと、春香は決まって、俺の家で寝泊まりするようになった。
──プロデューサーの背中、暖かい。
ベッドの中で横になっていた春香は、裸のままで俺の背中に抱きつきながらそう言った。
──プロデューサーさんは、いつも私のことを一番に考えてくれて、自分のことより私のことを大事にしてくれた。
そういう彼女の表情は、とても安らいでいるように見えた。
──離れたく、ないな……。
その声に答える前に、俺の意識は闇に落ちた。
◆◇◆◇◆
あれから何度も何度も体を重ねた。体を重ね、その度に濁った欲望を吐き出した。そして何度も、もうやめようと言った。だけど春香の、どうしてもお金が必要なんです、という悲痛な声を聞くと、どうしても断れなかった。
何度も何度も体を重ねるたびに、だんだんと溺れていく自分がいた。天海春香という女性に溺れていく自分が。彼女が俺に与えてくれる快楽は、俺の頭の中を徐々に満たし、痺れさせていく。
すべてが、歪んでいった。
最初に彼女を買ってからずっと、彼女に請求された額よりちょっと多い額を支払い続けてきた。幸いにして貯金はあったから金払いに困ることは無かったが、今までに彼女に渡した金額は結構な額になっているはずだ。そんなに貯めて何に使うんだと聞いたが、彼女からはただ笑顔が帰ってくるだけだった。
◆◇◆◇◆
その日も、そのまた次の日も、春香と援助交際をした日もしなかった日も、二人とも事務所にはいつものように出勤した。春香とは互いに業務連絡程度の会話だけで終わらせていた。いつも通りに、何事もないように振舞った。
そんな日が続き、そろそろ季節が変わろうかという頃。
唐突に、なんの前触れもなく、終わりの時はやってきた。
──すいやせん、ちょっと、いいですかい?
ボロきれのような、お世辞にも綺麗とは言えない服を着た男が声をかけてきた。夜だったこともあり、その表情は伺いしれなかった。
──ああ、失礼。申し遅れやした。あっし、こういうもんです。
差し出された名刺には彼のものであろう名前が書かれていた。週刊456所属の記者、亜久徳又一と。
──おたく、765のプロデューサーでしょ? 実は、こんなタレコミが入ってきやしてね。
そう言って彼は、写真を一枚取り出した。夜で暗かったにも関わらず、その写真は鮮明に目に写った。
◆◇◆◇◆
「退社する、と」
「はい。……突然ですみません、社長」
数日間、考え抜いた末の結論だった。
──765プロ所属の現役アイドル、天海春香が担当プロデューサーと淫行をしているっていうね。
思い起こされるのは数日前に尋ねてきた記者。
まだ噂程度で記事にはされていないようだったが、それでも、春香のアイドル人生に泥を塗るわけにはいかない。今ならまだ間に合う。今ならまだ、俺の首だけで済む。そう考えてのことだった。
「いや、構わんさ……」
社長の反応はあっさりとしていた。どこか諦めのような、まるでこうなることを知っていたかのように感じた。もしかしたら、社長の耳には既に、噂として入っていたのかもしれない。
「……今までお世話になりました」
「……一応、君の席は今月いっぱいは確保しておく。気が変わったら、いつでも言ってくれたまえ」
「……」
無言のまま、俺は事務所を出た。
これでいい。こうすればきっと、彼女は守られる。
そう信じて。
◆◇◆◇◆
次の日曜日、春香がちょうどオフだったこともあり、俺は彼女を人気のない会議室に呼び出した。事務所の中には、今は誰もいない。社長も、音無小鳥さんも。みんな、どこかに出かけている。
──どうしたんですか、プロデューサーさん。
──俺、事務所をやめることになったよ。
──………………え………………
彼女は大きく目を見開いたかと思うと、俯いた。微かに、すすり泣くような声が聞こえた。肩が震えているのが良くわかる。
俺は、彼女を抱きしめたい衝動を抑え、笑いかける。その時、うまく笑えていたかは、よくわからないけれど。
──これ、受け取ってくれ。
俺はカバンの中に入れていた大きめの封筒を春香に手渡した。
──俺の貯金、全部だ。何があったのかは聞かない。だから、これでトップアイドルになってくれ。
──じゃあな、お前と居た日は、楽しかったよ。夢のようだった。ありがとう、春香。
ゆっくりと後ろに下がる。顔を上げてくれない彼女を尻目に、後ろを向いてドアノブに手をかけた。
──待ってください、プロデューサーさん。
その時、春香が呼び止めた。
後ろを振り向くと、彼女は、大粒の涙を流しながら、満面の笑みを浮かべていた。
表情はここ数カ月で一番笑っているにも関わらず、目には正気が全く感じられなかった。
その表情に呆気に取られていると、彼女は机の上に置いていたピンクのカバンに手を入れ。
──大量の一万円札を、宙にバラまいた。
春香は笑ったまま言葉を紡ぐ。
──プロデューサーさん。行くあて、ないんでしょう? 知ってますよ、両親はもう亡くなって、一人だって。
ばらまかれた一万円札が床に、机に、肩に落ちる。
そして彼女は、カバンの中身をひっくり返した。ドサドサと音を立てて落ちてくるのは、大量の札束。
今までの援助交際で俺が春香に払ってきた額と、彼女がアイドル稼業で稼いだ貯金と、お小遣い。
そこに、封筒の中身も取り出して無造作に置く。ジャラジャラとした小銭と、札束と、バラのお札が十数枚。
ありったけの金を、机の上に置いた。
──プロデューサーさん。このお金で、あなたを買います。あなたを、買わせてください。
天海春香は普通の女子だ。体型も、趣味も、性格も。勿論、知識も。
そして彼女は貧しいが故に、金の重みを知っていた。金の価値を知っていた。金で何が出来るかを、金が何をもたらすかを知っていた。
それが、人間一人の人生を買うことぐらい、簡単に出来てしまうということも。
──一緒に、どこかへ行きましょう? 二人で、どこか遠くへ。
無意識のうちに、俺は春香を強く抱きしめていた。自分の目から溢れる涙を拭うことをせずに。
そうだ、どこか遠くへ行こう。日本じゃない、外国がいい。誰も自分たちを知らない、どこか、遠くへ。
舞い散る札の中に紛れた、亜久徳又一と書かれた名刺には、見ないふりをして。