※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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13.ユリ編※1

 現実世界。

 

 ざわめく人の喧騒──各々が数人のグループを作り、思い思いに語らっている。それなりの広さの個室ではあるが、皆が一斉に話すものだからその場に満ちる騒がしさは相当なもの。ついには、会話の声さえ上手く聞き取れず、酒精の力もあってか会話の声量は自然とあがっていく。 

 

 その日、古き良き時代の居酒屋というコンセプトで内装が整えられた飲み屋が、ユグドラシル内に存在するギルド、アインズ・ウール・ゴウンのオフ会会場だった。

 

 ほつれ日焼けた畳、ぺたんこに潰れた座布団、塗装の剥がれたちゃぶ台、剥き出しの白熱電球、壁に無数に貼られた古今東西のsakeの小汚いラベル。

 

 今どき珍しいでは済まされない天然物のイグサの畳に、消耗品のアンティークの灯り、今はもう存在すらしていない古い酒のラベルなど、見る人が見れば目を剥いて感心したかもしれない。

 

 そんな一見、安っぽく見えて安心できる店内ではメンバーの各々が滅多に食べることの叶わない工場産の野菜や遺伝子組み換えされた家畜の肉にどよめき、それらを使用した料理や美味い酒に舌鼓を打っていた。

 

 

「最近いとこが結婚してね。そろそろアナタも見つけなさいって、親とか親戚がうるさいんだ」

 

 酒の酔いが回り始め、周囲の喧騒がどんどん大きくなる中、隣に座っていたやまいこが唐突に発した。

 

「──さんはどう思う?」

 

「どうって……いい出会いがあればそれからでいいんじゃないか……?」

 

 問われた男は言葉につまった。どんな答えを彼女が期待しているのかわからず、何と返したらよいのか悩み、返答に窮したからだ。

 

「そうだね……でも、その出会いがないから」

 

 そう話す彼女は言葉とは裏腹に、全く焦るような態度を示していなかった。

 

「小学校の教師だったか? 出会いありそうだけどな」

 

 男は、友人の教師が、同僚と隠れて付き合っており、ついぞゴールインするまでバレなかったと武勇伝のように話していたのを思い出した。

 

「あはは、それがないんだ。出会いも、そんな時間も全然ないしね」

 

「あ、同僚でいないのかとか考えてるのかい? ない、ない。それは正直有り得ないよ」

 

「子ども達はなかなか言うことを聞いてくれないし、保護者はアレコレ口出してくる上に、上司はヒステリック……残業、残業の毎日さ。身の置き場がないじゃないか。ストレスばかりだよ」

 

 気が付けば、そう話す彼女の頬は赤くなってきており、酔いが回っているのが見てとれた。

 

「そ、そうなのか……大変なんだな」

 

「ふふ……君が僕の癒やしになってくれても、いいんだよ?」

 

「そんな理由で誘われてもな……でも、教師、好きでやってるんだろ?」

 

「あははっ、流されてしまった。いや、まぁ……もちろん、初めはそうだったさ。でも、それなりに仕事を続けてると、好きだけではどうにもならない事ってあるだろう?」

 

「そうなのか?」

 

 歯切れが悪い。やはり、職場関係で悩んでいるのだろうか。もしかしたら、やりがいを見失いかけているのかもしれないと男は思った。

 

「ふむ……──さんは、アーコロジー所属のエンジニアだったかな?」

 

「そうだな。アーコロジー内の環境管理やメンテナンスが主だな」

 

 大気汚染の進んだ現代において、人の住むアーコロジーが生命線であるのは万人の知るところだった。

 

 そのため、アーコロジーの専属エンジニアは貴重な人材であり、人の生活環境を守る番人とも言える。

 

「へぇ……アーコロジーの環境管理の仕事ってやろうと思ってやれる仕事じゃないよね」

 

「まぁ、そうなのかもな。部外秘の技術もあるし、企業スパイとかもいるから、ある意味身内ばっかり集まった職場かもな」

 

 最先端の技術がふんだんに使われたアーコロジー施設は機密の宝庫でもある。当然、それを狙ってアーコロジーを支配する巨大複合企業のライバル企業がスパイを送り込んで来たりもする。

 

「親父も技術者だったし、俺は親父から仕事引き継いだって感じか。最近は仕事も任されるようになってきたし、やりがいはあるよ」

 

 恥ずかしながら、男には特に仕事に思い入れはない。ただ親父から引き継ぎ、その背中を追いこそうという点でこれまで頑張ってきたのだ、と話す。

 

 

「なるほどね……安定の職、将来性、か……」

 

 

「やまいこさん?」

 

 男はどこか不穏な雰囲気を醸し出すやまいこに対して、呼びかけた。

 

「あぁ、いや、ごめん」

 

 男の呼びかけに我に返ったやまいこは、何事もなかったかのように謝った。

 

「それにしても、こんなお店もよく知ってたね。よく来るのかい?」

 

「いや、流石に滅多には来ないよ。ここは知り合いにたまたま教えて貰えたんだ」

 

 オフ会の幹事も務めていた男が、そう答えた。

 

「ふーん、そうだったのかい……」

 

 ヤマイコと呼ばれた女性が店内を見渡す。

 

 今どき珍しい飲み屋だった。

 

 普段、合成食品ばかり口にしている彼女が工場産の野菜を食べたのは久しぶりで、本物の肉などいつ食べたか記憶にないくらいだった。

 

 如何にも小汚い内装を装ってはいるが、細部まで執拗とも言える拘りがある。そして、出している料理の質は高く、どこかアンバランス。

 

 それだけでここが店主の趣味で開かれている店だということが想像でき、概して、そうした店は客を選ぶものではないのかと彼女は想像した。

 

「ねぇ……また今度、僕と君と二人でご飯でも──」

 

 やまいこのどうかな、という言葉は遮られた。

 

「もう、二人だけで何話してんですかー!! 俺も混ぜてくださいよ!」

 

 岩のように角張った顔のブループラネットが顔を赤くして乱入してきたからだ。

 

「──そういや、こないだ俺見つけちゃったんですよ! なんと……かなり昔にあった自然科学雑誌! 紙媒体ですよ、紙媒体! 珍しいですよね、もはや存在してないと思ってたんですが。んで、気になって、ちょっと調べてみたんですけど、オンラインだと結構バックナンバー見れたんですね。知ってます? 俺が最近気になってるのは昔の人が書いた星座の記事なんですが──」

 

 突然話に入り込んで来たかと思えば、マシンガンのように言葉を繰り出す。男は苦笑した。

 

「……ふむ」

 

 反対に、邪魔された形のやまいこは男達の会話に加わることが出来ず、微妙な表情をしていたという。

 

 

 □

 

 

 いつからでしょうか、胸の内に燻る火のような葛藤があると気付いたのは。

 

 恐らくは、最後に創造主であるやまいこ様にお会いし、別れを伝えられた時なのかもしれません。

 

 燻る火。

 

 それは多分、至高の41人の一人であらせられる彼の御方への思慕、そして心残り。

 

 やまいこ様が最後にナザリックへと来られたあの日、ボクに別れを告げた時も御方様を想っていたのかもしれません。

 

 それが、やまいこ様の創造物である私に燻る火として引き継がれた。

 

 ですが、この感情は決して許されるものではなく、同時に永遠に叶うべくもない望みであるとも気付いていました。

 

 創造された身でありながら、創造主の想い人であった御方様をお慕いするなど……

 

 ずっと、そう思っておりました。

 

 現に僕は御方様の御姿を見られて、仕えられたらそれで満足だったはずなのです。

 

 ですが──御方様がナザリックに帰還する頻度も少なくなり……この世界に転移してから初めてご帰還なされた際、久方ぶりに拝見したその御姿は、僕にこれまでとは比べ物にならない、途方もない衝動をもたらしました。

 

 それはまるで一面の灰色の世界に、鮮やかな色を持つ存在が現れたかのように、僕は御方様に惹きつけられてやまなかったのです。

 

 

 □

 

 

「第一、第二、第三階層守護者シャルティア・ブラッドフォールン。御身の前に」

 

「第五階層守護者、コキュートス。御身の前に」

 

「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に」

 

「お、同じく、第六層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。御身の前に」

 

「第七階層守護者、デミウルゴス。御身の前に」

 

「守護者統括、アルべド。御身の前に」

 

「第四階層ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、プレアデス、以下各層下僕たち、御身の前に平伏し奉る。……ご命令を、至高なる御方よ。我らの忠義全てを御身に捧げます」

 

 

『至高の御方に絶対の忠誠を』

 

 

 階層守護者の方々の口上の後、玉座の間へと集められた我らプレアデスや下僕たちが唱和しました。

 

 

 その日、僕達は玉座の間へと集められました。

 

 

 通常であれば、こういった場に僕達プレアデスが参列することは基本的に多くありません。

 

 戦闘をこなせるとは言っても本質はメイドであり、至高の御方の側に仕え、非常時には盾になることこそが僕達の本来の役割だからです。

 

 まして、今回のように一般メイドや各層の主立ったモンスター達まで集められるとなると、かつてないことでした。

 

 

 

 ナザリックの支配者であるモモンガ様が玉座から立ち上がると御身体から闇が立ち昇り、周囲へと言葉では表現しがたい重圧がかかります。

 

「ご苦労。皆、よく集まってくれた……皆をこの場に呼んだのは他でもない、重要な報せがあるからだ。今日はナザリックにとって……そして、私にとっても喜ばしい日となる」

 

「私はその喜びを皆と分かち合いたい」

 

 本日のアインズ様は本当にご機嫌がよろしいようで、言葉の端々からも歓喜が伝わってきます。

 

「思えばナザリック地下大墳墓が未知の世界に転移してから早くも一月。これまで、私たちは目を凝らし、耳を澄ませ、手を伸ばしてこの未知の世界を探ってきた。その道中、慣れない環境で苦労かけることもあっただろう」

 

「故に、お前たちの献身には心からの礼を言おう」

 

 そう仰るとアインズ様は僕たちに目礼なされました。下僕に礼を言うなど通常では有り得ないのですが、アインズ様は私たちのことを慮って下さる得難い主です。

 

「お前たち下僕の献身は確かにナザリックの為になっている。いくら私が差配しようとも守護者や下僕たちなくしては、このナザリック地下大墳墓が成り立つことはないのだ」

 

「そして今日──お前たちの献身はようやく一つ報われる」

 

 自己犠牲、などとは思ったことはありません。ボクたちにとっては至高の御方に仕える以上の喜びはないのですから。

 

 ただ、アインズ様が仰る言葉から察するに、何か重大な成果があったということはわかりました。

 

「ナザリックを想うお前達の意思が彼を再びここに導いたのだと誇れ」

 

 彼……? 

 

「フフ……もったいぶるのは止めておこうか」

 

「さぁ、喝采をもって歓喜せよ! 私の莫逆之友であり、アインズ・ウール・ゴウンが至高の41人の一人。不死の騎士がナザリック地下大墳墓へと帰還したぞ!!」

 

 ──ッ! 

 

 

 爆発的な歓声が玉座の間に満ち、中には呆然とその場にへたり込む者やただ涙を流す者もいる。

 

 僕もその一人。その唐突で、衝撃的な内容に身体に電流が流れ、頭が真っ白になったことを覚えています。

 

 そして、心の底から沸々と湧いてくる期待感と震えも。

 

 

「開門せよ!!」

 

 

 玉座の間を隔てる重厚な門が音をたてて開き、そこから現れたのは、銀色に鈍く輝く騎士甲冑に美しい青のサーコートを身に纏った至高の御方。

 

 彼の御方は玉座へと続く道をゆっくり歩み、居並ぶ私達の側を抜け──とうとうアインズ様の側へと辿り着きました。

 

 

「……」

 

 目が離せなかった。

 

 アインズ様の隣に立つ、かの御方の甲冑が赤熱しだし、輝かしいほどの業火を身に纏います。

 

 美しかった騎士甲冑は火に焼け、炭化したかのように黒く、怨念を現すかのような禍々しいものへと変貌。青のサーコートは焦げ付き、元の美麗な姿はもはや見る影もありません。

 

 業火が治まった後も黒く変貌した甲冑は未だ熱を孕み、いたる所で赤熱している。そして、その頭上。ヘルムの頂部が太陽を象るように波打ち王冠と成した。

 

 ──怨念を背負っているかのような姿は禍々しくも、どこか物哀しい。しかし、それこそが、かの御方の本来の、異業種としての姿。

 

 その身に封じ込められた膨大な熱が波となり僕達の肌、目を焼き──

 

 近づく者、その身に触れる者全てを燃やしてしまいかねない、その魂の震えるような畏敬に、自然と涙が溢れました。

 

 強烈な熱。ジクジクと痛む目を見開き、その御姿を網膜に焼き付けた。

 

 あの御姿こそ、僕が何度も夢想し、もう一度拝見いたしたいと願った至高の御方でした。

 

 

「皆、まずは集まってくれて感謝する」

 

 そのとても懐かしく感じる穏やかな声に。

 

「そして、しばらくナザリックを不在にしていたことを謝ろう。皆に心配をかけた」

 

 

「そ、そんな! 僕達は御方様がナザリックへとご帰還していただけただけで……!」

 

 

 気がつけば叫び、周囲が僕らしくない行動を取ったことに驚いていることにも気付かず、涙溢れさせ、僕の心に宿った種火が一気に燃え上がりそうになって。

 

「っ? ……う、うぅ……」

 

 ぎゅうぎゅう、と──

 

 動かないはずの心臓が苦しく、抗い難い、正体の分からない情念が膨れあがってゆくのを感じてしまいました。

 

 

 ……

 

 

 御方様が帰還なされてから数日後のあの日……

 

 僕達プレアデスはアルベド様に呼び出されました。

 

 

『あなたたち、元とはいえ何処の馬の骨ともしれない人間に御方様を寝取られて悔しくはないの?』

 

 悔しくないわけがありません。でも、それは御方様の自由であり、仕方のないことでもあります。

 

『こともあろうに、あの女は御方様のこ、恋人を自称しているらしいわ』

 

 ナザリックの仲間どころか、見ず知らずの存在が御方様の側に侍っているのも、その女が恋人を自称している不敬も耐え難い屈辱で……

 

 僕は湧き出す醜い嫉妬の感情を抑え込むことで精一杯でした。

 

『このままでは、御方様はいずれあの女と再び旅立たれてしまうことでしょう……』

 

 それは、決してあり得ないとは言えない絶望の未来。

 

 焦る気持ちばかりが、グルグルと頭を巡ります。

 

『御方様がいなくなっては、アインズ様も悲しまれるわ……それに私とアインズ様が結婚する時の保証人がいなくなってしまっては……』

 

 回避しなけなければならない、絶望の未来に懊悩している僕に──

 

『あなたたちに命令します。なんとしても……御方様をナザリックに引き留めなさい。そう、方法は問いません。その体を使ってでも……』

 

 その言葉はストン、と僕の心に嵌りました。

 

『ナザリックを、御方様の戻らなければならない居場所にするのです』

 

 それをあの時の僕は……愚かなことに天啓にも勝る言葉だと感じたのです。

 

 

 □

 

 

 モモンガとのナザリックの将来的な指針について纏めるための会議を終えた後のこと。

 

 男が自室へと戻るために回廊を歩いていると、ぬいぐるみなのかペンギンを抱え──いや、よく見ればエクレールだった。ワンピースの水着を着用したシズが御方と呼ばれる男に声をかけた。

 

「御方様、ご寵愛を願う」

 

「はあ?」

 

 同時に、バニーガールの衣装のナーベラルが羞恥で顔を紅くさせながらも、寵愛を乞い願う。

 

「お、お、お、御方様っ、どうかあんな女などにではなく私にご寵愛を……」

 

「……」

 

 

 

「おい、何してる……とにかく、服を着替えて冷静になれ!」

 

 混乱した男は早足にシズとナーベラルから逃げ出し──

 

 曲がり角から唐突に現れたソリュシャンと衝突した。

 

「キャッ」

 

「す、すまない」

 

 ソリュシャンは座り込み、辺りには銀の盆と水差しに湛えられた水が散乱していた。

 

「いえ、私が悪いのです。御方様、大変失礼いたしました」

 

「あぁ……申し訳ございません。大切なお召し物が水でお濡れに……着替えをご用意致しますので、一先ずこちらへ……」

 

 ソリュシャンが近くの部屋へと誘導しようとする。

 

 男はソリュシャンの無機質な目から、何となく嫌な予感がした。

 

「い、いや結構っ。先を急ぐからな」

 

「御方様──」

 

 置き去りの形となったソリュシャンの口元は大きく弧を描くように歪んでいた。

 

 

 様子の可笑しいプレアデス達から逃げるように自室へと駆け込んだ。

 

 ようやく辿り着いた自室には何故かユリがおり、男は警戒する。

 

「おかえりなさいませ。アルベド様より御方様がナザリックにご滞在中のお世話を仰せつかっております。失礼かとは思いましたがプライベートルームにてお待ちさせていただきました」

 

「あ、ああ。そうなのか……だが、俺に世話などいらんからな……」

 

「申し訳ありませんが、そうはいきません。至高の御方にお仕えする。それがボ──失礼しました。私達の、存在意義ですから」

 

 ユリが微笑み、その言葉にユリは大丈夫そうだと、男は一安心した。

 

 備え付けのソファにドカリと沈むようにもたれる。革張りのソファは柔らかく、少し冷やりとしていた。

 

 

 溜息を一つ。

 

「いったいアイツらはどうしたというんだ……」

 

 男はストレスのせいで気疲れしたせいか、目頭を抑えた。

 

 寵愛だのなんだの、プレアデスの三人は頭がどうにかなってしまったのだろうか。

 

「ユリは何か知ってるか?」

 

「あ、いえ……」

 

 ここに至るまでの経緯を話し、何か事情を知らないかと尋ねてみる。

 

 しかし、返ってきたのは短い否定。男から見えるのはお茶の準備をするユリの後ろ姿だけだった。

 

 

 再びの溜息。

 

 

 

 ──静寂。

 

 

 ルームに備え付けられている振り子時計の規則正しい音だけが木霊していた。

 

「……はぁ……なんだかユリを見てると、やまいこさんを思い出す。二人は似てるな」

 

 男はユリの淹れた紅茶で一服して落ち着いたのか、ユリの姿を見つめて言った。

 

「やまいこ様、にですか?」

 

「あぁ」

 

 ユリの胸の内に急速に広がってゆく幸福感。創造主に似ていると言われたことは、何にも勝る褒め言葉だった。

 

 ただ、可笑しかったのは……

 

「やまいこ様は、半魔巨人でしたが……」

 

 男は苦笑した。

 

 そういえばそうだったな、と。また、醜いとされている半魔巨人に似てると言われて喜ぶ女性がいる訳ないと気づいた。

 

「そうじゃない。やまいこさんにはもう一つ人としての姿があってな……」

 

 思い出すのは、やまいこの姿。

 

 教師然としていて、厳しくも優しい女性だった。密かに抱いていたのだろう、婚期を気にしているような印象は少しアレだったが……

 

「容姿こそ違ってはいるが……ユリの話し方、立ち振る舞いはやまいこさんによく似ている。普段はボクを一人称に使う所もな」

 

 男が笑い、ユリは恥ずかしくなった。普段は気をつけているが、ボク、という一人称がふとした時に出てしまうから。

 

 やまいこが僕という一人称を使うことは、よく知っていたが、やまいこも普段は私を使うようにしていた。

 

「ユリは知っているかわからないが、やまいこさんはナザリックにいない時は教師をしていたんだ」

 

「そういえば、ぶくぶく茶釜様や餡ころもっちもち様方とそんな話をしていたのを聞いた覚えがあります」

 

 懐かしき茶会の光景。ユリは創造主であるやまいこ達が、よく第六階層で会話を楽しんでいたことを思い出した。

 

「思えば、やまいこさんはお前に理想を込めたのかもしれないな」

 

「理想、でございますか?」

 

「そうだ」

 

 

 いつの間にか止まっていた手を動かす。

 

 ボクがやまいこ様の理想、という言葉を胸の内で反芻する。

 

「そ、そんな……私など……」

 

 カップを用意する振りをして、褒められたせいで顔が赤くなっているのを見えないように隠した。

 

「やまいこさんの人としての姿はユリほど背も高くはないし、あー……女らしさも少々足りなかったからな……脳筋だったし……」

 

 懐かしくなって笑みを浮かべた。

 

「あ、いや、断っておくが、やまいこさんを悪く言っているわけではないからな?」

 

「ふふ……承知しております。近しいが故の親愛表現と取らせていただきますが、女性におっしゃるのはお勧めいたしませんよ」

 

「……すまん」

 

 ユリが困ったように、口元を隠して笑った。

 

 

 ユリの知らない創造主の話は大変に興味深く、そしてユリ自身も男と話すことが楽しかった。

 

 

「それでも、何故だかお前たちが本当の姉妹のように見えた」

 

「姿勢の良さだったり、その後ろ姿も……それだけユリにやまいこさんの面影が見えるって話だ」

 

 嬉しかった。

 

 男が創造主のことを考えていてくれることが。創造主との共通点を探して、ユリを見てくれたことが。

 

「そう、なのですか……ありがとうございます」

 

「あいつは何かあるとすぐに物理的に解決しようとするからギルドメンバーに脳筋先生なんて言われてたが、人としての見た目は颯爽とした、芯の強い美人だったからな」

 

「……うん、やっぱりお前たちは似てるよ」

 

 男はそう締め括り、一口、紅茶を含む。

 

 

 

 ふと、ユリは過去の在りし日に思いを馳せる。

 

『やまちゃん、その後アレはどんな感じよ?』

 

『あー、どうだろう。駄目かもしれないね。好きなタイプとかそれとなく聞いてみたけど、クールで眼鏡が似合う女性だってさ。まるで僕と正反対じゃないか!』

 

『それってまんまユリじゃん』

 

『そうなんだよね。何か悔しいな……くっそー、ユリに寝取られた!』

 

『笑』

 

『でも、クールで眼鏡が似合う女なんて実際、現実にいると思うかい? いたとしても、どうせ私生活では干物とか、喪女とかじゃないか』

 

『あははっ、負け惜しみ乙』

 

 それは、かつての創造主たちのお茶会での会話。

 

 

「……」

 

 色々と理解出来ない単語はあったが、御方と呼ばれる男の好みがユリに近いことは何となく理解していた。

 

 思い出せば、カッ、と血の通わない顔が熱くなったように感じる。動かないはずの心臓がドン! ドン! とドラムのように鳴っているように錯覚する。

 

「あの、ありがとうございます……」

 

「あ? うん? あぁ……」

 

 何に対してのありがとう、なのだろうかと男は逡巡した。

 

 ユリにやまいこの話を聞かせたことか。

 

 それとも、ユリがやまいこに似ていると伝えたことか。

 

 はたまた、ユリがやまいこの理想の姿なのかもしれないと聞かせたことなのか。

 

 男はきっとその全てに対してなのだろう、と感謝の言葉を消化したのだった。

 

 

 

 時間がゆったりと流れるような静寂。ユリが淹れてくれた二杯目の紅茶の良い香りが鼻孔をくすぐる。

 

「……あ、の……御方様はまた旅立たれるのでしょうか?」

 

「さてな。だが、色んな物を見てみたいとは思う」

 

 そう話す男はリラックスした様子で、紅茶の香りを楽しみながら一口含んでゆっくりと嚥下した。

 

「お願いいたします。どうか私達をお見捨てにならないでください」

 

「は? いや。見捨てるなど……」

 

 硬質な声音で放たれた、不穏な言葉にユリを見やる。

 

 いつの間にか、ユリは自室の扉の前に移動していた。男から見えたのは、ユリの後ろ姿。

 

「愚かな行為をどうかお許しください。ですが……ぼ、ぼくはっ……あなた様がナザリックに居てくださるのであれば何でも致します。つ、罪も受け入れてみせます」

 

 カチャリ、と部屋の鍵がかかった音がした。

 

「おい……どうした」

 

 ユリの手が震えている。現実感がなく足下がフワフワするような感覚だった。

 

 夜会巻きを解いた。盛られていた髪は解けて下ろされ、ふわりと緩やかなウェーブのかかったロングとなる。

 

 

 ユリが感じていたのは罪悪感か。創造主の想い人と同じ方を慕うことへの躊躇いか。

 

 慕っていただけならば、問題なかった。秘めてさえいれば良かったから。

 

 しかし、これから成そうとしているのは創造主への裏切りにも感じていた。

 

 決して捨ててはならないものを投げ捨てるかのような……精神が削がれ、堕ちてゆくような恐怖を押し殺し──

 

 メイド服をはだけた。

 

 

 中から現れたのは紫のラインの入った白のベビードール。豊満なバストがこれでもかと存在感を主張していた。

 

「お、おい! ユリ!」

 

 男の前で跪き、見上げた。

 

「あ、あの……恥ずかしかったのですが、ソリュシャンから色々と教えて貰いました……」

 

 ──これは命令。仕方のないことなんだ。やらなければ引き留められない。やまいこ様だってこの感情をボクに引き継がせたんだ。だから、ボクはやまいこ様を裏切ってなどいない。

 

 ユリ自身でも理解しきれない困惑を含む、儚げな笑みを浮かべた。

 

「お疲れのようですので、お体を労ってさしあげたく思います」

 

 断ってからズボンに手をかけ、脱がせようと──

 

 

 

 ユリ・アルファ!!! 

 

 

 

「……っ」

 

 威圧的に怒鳴られ、我に返った。

 

「もっ、申し訳ありませんっ……ボクは……」

 

 ユリの顔色は白を通り過ごし、青くさえ見える。先程まであった覚悟は跡形も無く吹き飛んでいた。

 

 男に拒絶されたことを理解したからだ。

 

「創造主様から引き継いだ感情を免罪符に……御方様のお気持ちを考えず……」

 

「ボクの……ボクの……」

 

「も……申し訳、ありません……」

 

 しでかしてしまった失態に絶望し、津波のように押し寄せる後悔でハラハラと涙を流した。

 

 

「ユリ……俺はそんなことを望んではいないんだ。お前たちナザリックの下僕は、俺たちの子も同然。子にそんなことをさせる親がマトモか?」

 

 男には何故こうなったのか訳がわからなかった。

 

 ただ、先程の言葉からナザリックへと自身を繋ぎ止めるために、女を使おうとしたのは理解できたが。

 

 だが、果たしてユリはそんなことを思いつくような性格なのだろうか? それに創造主から引き継いだ感情とは? 

 

 男は困惑していた。

 

「で、ですが……」

 

「ん?」

 

「……」

 

「やまいこ様は戻って来ることはありませんでした……御方様までいなくなってしまったら、ボクは……」

 

 正気でいられる自信がありません、とは言えなかった。

 

「……」

 

 それがユリを縛る怖れなのだろうか。

 

「ボク達が子、というのならば何故……やまいこ様はボクに別れを告げたのでしょうか……親が子を捨てるなんて──」

 

「捨てたんじゃない」

 

 男は強く否定した。

 

「アイツらにもナザリックを出なければならない……理由があったんだ」

 

「理由……」

 

 頭を急速に働かせ、それらしい言い訳を考えた。

 

 ユグドラシルはただのゲームだったから、ログインしなくなっただけ、とか口が裂けても言えなかった。

 

 目の前には心に傷を負った女性。断じて、そんなしょうもない理由を話せる訳がない。

 

 

「そうだ。アイツらは今でも闘っている。敵なんて単純なモノじゃない。アイツら自身と」

 

「? よくわかりません……」

 

 意味深な言葉で煙に巻こうとしたが駄目らしい。どうしたら……と焦りが募る。

 

 ふと、子どもだった頃の自分を男は思い出した。そういえば、俺も両親とは今生の別れをしていたのだった、と。

 

「……だろうな。あー、俺の話なんだがなぁ……俺の両親はな、新たな未来を想像し、創造するために二度と会えない遥かな地へと旅立ったんだ」

 

 ユリは目を瞬かせた。

 

 初めて聞く話だ。

 

 至高の御方々は、ナザリックを創造し、ユリ達を生み出した。つまりは彼らにとって神の如き存在である。

 

 その創造主の親とはつまり……古い偉大な神とも言えるのではないか。

 

 まして、未来を創造するなど、それは世界を一から生み出すかのような言であり……

 

「わかるか? 俺も親とは離別してるんだ」

 

 ユリの表情が変わり、男はユリの表情を確かめると続けた。

 

「両親が旅立ったのは、それは他者のためでもあったが、彼らのためでもあった」

 

「彼らが抱いていた、未来を創るというデカすぎる挑戦、胸に秘めた火を消して、本当に生を謳歌できたと思うか?」

 

 男はユリに問うた。

 

 胸に秘めた火を、野望をお前は無視出来るか、と。

 

「無論、今の俺はそうは思わないし、火を燻らせた両親なんて見たくないって思いもある」

 

 ただ、まるで昔は違ったとでもいうかのような言。

 

「昔、両親が旅立った時、何で俺はそこに行けないんだって喚いて、嘆いたが……」

 

「当然だな、俺には火がなかった。そもそもが両親についていく資格がなかったんだ」

 

 そこは胸の火を命を賭けて燃やす者だけが努力の果てに辿り着ける場所だから。

 

「……わかるか? アイツらも、胸に火を灯してナザリックを旅立ったんだ」

 

 彼らそれぞれの野望を自分の力で叶えるために。

 

「だから、許してやってくれってのは勝手がすぎるのかもしれないが……」

 

「……」

 

 ユリは何も言えなかった。

 

 彼女もやまいこに着いて、野望を叶える手助けがしたかった、との思いはあった。

 

 しかし、男の話からユリにはその資格がないことにも気付いていた。

 

 実際に、ユリはその野望を叶えるための火を持ってはいないのだから。

 

 

「なぁ、ユリ……生きる、ってことは……人生はな、出会いと縁と別れでできてる。出会ってから別れるまでの間に、嬉しいことや悲しいことがあって、それを無事に越えていくことが生きるってことなんじゃないか」

 

 もう一息だ、と男は畳み掛けるような調子で話した。

 

「お前たちはなまじ頭がいいくせに、生きた経験がない」

 

 だから、胸に秘める火も起こらず、本当の意味で自分自身を大事に出来ていない。

 

「このナザリックという閉じた世界じゃ、平穏と兄弟のような仲間たちは得られるが、もっと嬉しいこと、すごく悲しいこと、たくさんの出会いだって味わえないだろう?」

 

「それに、ユリがあいつらとの別れを悲しむばかりでは、惜しいと俺は思う」

 

 それはとてももったいないことだと男は言う。

 

「俺とお前がこうして話しているのも縁」

 

「……なぁ、外の世界を見てみないか?」

 

「俺が連れてってやる」

 

 その時の男の不敵な笑みは、ユリの胸に憧憬の念を抱かせ、切なげに締めつける。

 

 御方と慕う男に連れられて、ナザリックの外を見られる日が来ることの想像は、ユリにとって、とても心が踊る未来だった。

 

 

 □

 

 

 そして──御方様が王都へと向かうのに際し、身の安全を守る同行者が必要になり、光栄なことにボクが選ばれた。

 

 勿論、御方様の護衛として、メイドとして主が不自由のないように王都まで同道するという重要な使命であることも理解していました。

 

 それでも最初、僕は御方様と共にナザリックの外の世界を見て回ることが出来る。そして男女が二人きりになれば……と羞恥と焦り、期待に胸を膨らませていたのです。

 

 なのに……

 

 どうして現実とはこうも上手く行かないものなのでしょうか。

 

「ねー、疲れたーおんぶして?」

 

「あ、あなたっ! 御方様に何と無礼な!」

 

「ねっ、いいでしょ? 私達の仲じゃん」

 

 こ、この女ぁ! 無視するな! なんなのですか彼女は! 

 

「頼むから自分で歩け……」

 

「ほ、ほら見なさい! 御方様はあなたの下品な言動に飽き飽きしているのです! さっさと離れなさい!」

 

 御方様がうんざりしたように彼女に言いました。僕が再度注意を促すと、金髪、赤目の彼女は無言でこちらを見やり……

 

「はっ」

 

 鼻で笑いました。

 

 こ、この女郎……! 

 

 今すぐに叫びだし、殴りかかりたい欲求に駆られましたが、今、御方様の前でそのようなことが出来るはずもありません。

 

 ただでさえノウキンじゃないかと思われている節があるのです……

 

 

 

 最初にこのクレマンティーヌという女性を御方様に紹介された時から、彼女は気に食わない存在でした。

 

 不躾な見定めるような視線。

 

 すぐに何かを感じ取ったのか余裕の態度を見せた。

 

 挙げ句の果てには、嘲笑を浮かべた笑みをボクに向け、鼻で笑う始末……! 

 

 

 気がつけば殴りかかっていました。

 

 

 幸か不幸か、その時は御方様が取りなしてくれたので、大事に発展することもなく、ボクも何とか落ち着く事ができたのですが……

 

 それ以来、彼女とは仲良くなど出来るはずがないとの思いがあります。

 

 それに……あの時は僕が攻めきれなかった。

 

 どうやら彼女は一筋縄ではいかない存在ではあるようです。

 

 持っている素質、武力も悔しいですがそれなりと認めるしかありません。

 

 御方様もこの女性の成長に期待しているような雰囲気があるのも感じています。

 

 

 ──ですが! 

 

 

 僕が何度、注意し、言動を改めるように言っても聞く耳すら持たない。ボクは一応、彼女の先輩にあたるのですが。

 

 やはり、彼女は本当に気に食わない……! 

 

 

「ね、え〜」

 

「はぁ……」

 

 

 ま た!! 

 

 

 御方様もこの女のせいで、お疲れのご様子。

 

 到底、許せません……

 

 だいたい、こんな下品な女性が御方様の側に侍っていることから間違っているのでは? 

 

 御方様は慈悲深く、寛容です。

 

 この女性が何度、無礼な態度を取り、高慢な口調で話し掛けても正すこともありません。

 

 御方様も諦めている可能性もありますが……

 

 僕がこの女性を教育し、必ずや態度を改めさせなければならないのです……! 

 

 

 □

 

 

 道中、言葉の応酬を繰り返し、何度かモンスターの襲撃を受けつつも、王都に辿り着くことが出来ました。

 

 ようやく辿り着いた王都の街には人が溢れていました。

 

 ナザリックの荘厳さとは比べるべくもありませんが、大きく立派な外門であることには間違いありません。そこを抜けると、物売りの呼び声に沢山の人で活気に溢れています。

 

 ここはいわゆる下町、と呼ばれる場所なのでしょうか。

 

「すごい人……」

 

 人間の街の活気に圧倒されていると御方様に問われました。

 

「ユリ、人間が何故、あんなにも忙しなく動くか知ってるか?」

 

「はい? あ、いえ……」

 

 それは……守るべき家族がいるから……? とかでしょうか。求められている答えがわかりません。

 

 御方様は人間が忙しなく動く様を眺め、僕に教えてくださいました。

 

「人間は、生まれてきた瞬間から死に向かって歩いていくんだ。そう思うと、今この瞬間が惜しくなってくるのさ」

 

「あれも欲しい、これも欲しいって色んな物を集めながらな」

 

 それは何とも意味深げな話でした。

 

「な、人間は欲深いだろう?」

 

「はい、人間の欲望には底がないのではないかと……」

 

 あまりの欲深さに身を破滅させるのは、いつも人間。そのくせ、力も弱く、すぐに死ぬ。

 

 だからナザリックの仲間たちは人間を嘲笑し、下等生物と呼んで憚りません。

 

「そうだな。だが、人間にとっては欲望こそが生きる原動力になる」

 

 そう、なのでしょうか? 

 

 御方様のおっしゃることです。本当にそうなのでしょう。

 

 続けられた言葉は、アンデッドである僕にはなかなか理解の及ばない内容でした。

 

「生き物が死ぬときは、欲望がなくなった時」

 

「腹が空かなくなる」

 

「喉が渇かなくなる」

 

「言葉が話せなくなる」

 

「目が見えなくなる」

 

「耳が聞こえなくなる」

 

「触られた感覚がなくなる」

 

「そうして初めて自身の死に向き合う」

 

「これまで自分はどんな人生を送ってきたのかってな」

 

「そうして自分が手に入れてきた物を数えて、してきた善行、悪行、心残りを心の秤にかけるのさ」

 

 御方様は人間のことをよく御知りになっているご様子。

 

 きっと、ナザリックの誰よりも。

 

 あの気に食わない女性ですら御方様の言葉に静かに耳を傾けています。

 

 普段からそうしていなさい。まったく……

 

「人間は死が避けられない物だって、よくわかってる。それはアンデッドだって変わらない。最期に本当の死を迎えようとする時、自身の生に向き合わなきゃならない」

 

 なんとも御方様のお言葉は考え深い。普段からそのような事をお考えになっているとは……

 

「たまに死者が蘇生を拒否することがあるらしいが、俺はそうやって心の秤に色んな物をかけた上で自身の生に満足出来たのか、そうでないのかを計って決めてんだと思っている」

 

「満足出来たのか、そうでないのか……」

 

 僕は正直な所、御方様のお言葉に感心するばかりで、その内容に理解が及んでいたとは言えませんでした。

 

「満足してんのに生き返っちまったら、それでは蛇足だろう? せっかく生に満足して逝けたのに、最後の最後でケチがついちまう」

 

 確かに御方様のおっしゃる通りです、と尊敬の念を抱いていると……それまで静かに話を聞いていた彼女が突然、口を開きました。

 

「ふーん……? なるほどねー。でも、それって結局は自分をよく見つめて、後悔しないように生きなさいねってだけの話なんでしょ? 法国のジジイ共じゃないんだからさー」

 

 あはは、と彼女は嗤う。

 

「つーか、そんなこと言ってても、蘇生できるのだって一定以上の強い奴だけじゃん。強い奴ってズルいよねー。弱っちい雑魚じゃ蘇生して自分を見つめ直すことだって出来やしないし。あっ、雑魚は雑魚なりに生きて後悔すんなよって言いたかったのかなー?」

 

「あなた……!」

 

 その無礼過ぎる言いざまに一瞬の内に頭に血が登ったのを感じました。

 

「まぁ、それもあるかもな」

 

「えぇっ!?」

 

 御方様も流石にお怒りになるでしょう、との期待はまさかの同意で吹き飛びました。

 

「だけど、俺はこうも思う。蘇生ってのは残酷だなってな。強者の方が欲深くて何度蘇生を繰り返しても後悔ばかりかもしれんし、選択を強いられているのも事実。もしかしたら、弱者の方が一発でいい人生だったって満足できる奴は多いのかもしれん」

 

「何かに強く執着してる奴ほどそれまでの人生に満足出来るかは難しい。だが、健全かつ平穏な生活を送っているのなら心安らかではある。果たして、どちらが良いんだろうな」

 

「……」

 

 御方様の言葉に彼女はどこか悲しそうな顔をしていました。

 

 何故、あなたはここでそんな顔をする? 

 

 何に対して哀れんでいる? 

 

 御方様の、何を理解している? 

 

 ……わからない、僕には

 

「私は……生きていたい。少なくとも目的を果たすまでは。それに……あんたは私を生き返らせてくれたけど、私に後悔なんて少しもない」

 

 彼女の御方様を見る、その目には『意思』があった。

 

 

「そうか……まぁ、別に俺はお前らにあぁしろ、こうしろと言うつもりはない。不死の俺が到底言えたことじゃないが、ただ俺は蘇生の魔法があまり好きになれないってだけだ。生きる、ということに真摯に向き合えなくなる気がしてな」

 

「俺が言いたかったのは、もしもお前たちが死の間際に後悔したくないなら、今からでも満足いく生を自身で造り上げるべきなんだってこった。説教臭くなっちまったな……はい、この話終わり!」

 

 御方様と彼女は……

 

 

 

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