※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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17.ユリ編※4ー1

 ゲヘナ──それは広義において、地獄を意味する言葉。

 

 男やモモンガの元の世界においては、ヘブライ語でベン・ヒンノム の谷を意味し、古くは異教の神バールへの供儀のために子ども達を焼いた場所のことである。

 

 また後にはその場で汚物や動物、罪人の死体が焼かれたという。その見た目から、この谷は虐殺の谷とも呼ばれ、ユダヤ教においてはその意から死後に罰を受ける場所、地獄と定義されたという。

 

 そしてこの世界においては、ナザリック大墳墓の領域守護者デミウルゴスはその不浄や罪人が焼かれる火を連想し、王国の一部を、欲深い人間を罰する地獄へと変貌させるゲヘナを立案した。

 

 その内実は攫われたツアレの奪還に始まり、ナザリック勢による八本指への報復と制圧、王国の人的・物的資源の強奪。そして、今後において聖王国で同様の作戦を行うためのシミュレーションにある。

 

 そして、この壮大な劇とも呼べる作戦の完遂をもって、アインズ扮する冒険者モモンの英雄としての地位を確立し、人間世界における希望の象徴となることが確定する予定だ。

 

 劇の脚本、全体の指揮、進行などは全てデミウルゴスの計画のもとで行われ、リ・エスティリーゼに国家の存亡を揺るがしかねない甚大な被害をもたらす事になるだろう。

 

 

 そんな劇が着々と進められる中で、一つのサイドストーリーとも呼べるシナリオが存在した。

 

 本来であれば、主役であるアインズのシナリオがメインで進められたのであるが、この世界にはもう一人の至高の御方と呼べる存在がいたためである。

 

 ──それはナザリックにおいて、御方様と呼ばれる男。

 

 最初、デミウルゴスは苦心した。

 

 申し訳なくも、彼の存在にゲヘナにおける主役級の役柄を用意することが出来なかったからだ。

 

 その苦しみは凄まじく、至高の御方に奉仕するという彼自身のアイデンティティを侵し、胸を掻き毟り、精神をヤスリにかけるような苦痛をもたらした。

 

 このままでは、至高の御方々に失望されてしまう、と。

 

 だが、そんな苦悩するデミウルゴスの元に一つの報せが舞い込んだ。

 

 曰く、プレイアデスの一員であるユリ・アルファが御方様の新しい眷属である女性に決闘を申し込んだというのだ。

 

 デミウルゴスはそれに驚き、次いで、それまでの苦しみを忘れ、笑みを浮かべて喜んだ。

 

 ユリがナザリックの伝統に乗っ取り、至高の方々の軌跡を辿ろうとしたからである。

 

 そして、彼は気づいた。

 

『軌跡』を辿る、ということ。

 

 それを呼び水に、優れた頭脳は泉のように新たなシナリオを生みだし、未来を想像し始める。

 

 そう、頭にあるのはデミウルゴスの創造主であるウルベルトが羨ましげ(中二的なキャラクターのバックボーン)に話していた至高の御方の一人の伝説の再現。

 

 かつて人間世界に火と光を遍く広めた存在でありながら、偉大なる闇の王の魂を持っていた薪の王の逸話を。

 

 

 デミウルゴスは深読みし過ぎたのだ。

 

 

 この決闘を皮切りに彼の存在を再び遍く世界へと広めよ、という啓示であり、苦悩する自身に向けて御方より暗に示された道に他ならないと。

 

 加えて、眷属として新たに迎えた彼女に自身の『信徒』の証として修道服と指輪を贈った、という事実をシャドウデーモンより報告を受けていたこともあり、深読みは加速する原因となった。

 

 デミウルゴスは笑みを吊り上げ決意する。

 

 全く同じという訳にはいかないだろうが、必ずやこの世界で伝説を再現し、至高の御方の存在を世界に刻みこむことを。

 

 そのためには、如何なる苦労をも乗り越え、立ち塞がる困難を打ち破って見せようと。

 

 例え、その道中、幾万、幾億の生命を弄ぶことになろうとも──その役目は悪魔たる自身にこそ相応しい、と笑みを深くして。

 

 

 かくして、新たなシナリオは唐突に発生し、進行し始めた。

 

 魔皇ヤルダバオトと英雄モモンの決闘や魔導王アインズ・ウール・ゴウンの伝説に並び、未来において連綿と引き継がれる、人間界における精神の柱──薪の王/闇の王の信仰、拝火教の始まりの一節である。

 

 

 □

 

 

 火の津波が街を埋め尽くす。

 

 火は肌を焼かず、物を焼かず、しかし、火にあてられた欲深き罪人をしかるべき場所へと誘う。

 

 そこかしこで悲鳴が鳴り響く、地獄とも呼べるこの場では悪魔たちが跳梁跋扈し、人を攫い、かの地にて苛烈な責め苦を与えるだろう。

 

 そんな狂気に塗れた地獄を切り開き、道標となるのは聖なる灯火。

 

 敬虔なる修道女を伴い、罪深き人間を地獄より救わんとするのは薄汚れ、ボロボロになった鉄黒のローブを身に纏った男。

 

 その外見は異国の魔術師とも過酷な旅を経た聖職者とも捉えられ、男の知識においては北人シリーズとも呼ばれる装束。

 

 彼の掌から生まれた火が悪魔を浄化し、温かな光を放つ火が負傷者の傷を癒やす。

 

 前線で闘い、悪魔に抗い続ける者達には輝かしい生命の光が戦闘を後押しした。

 

 

「フリーデ」

 

「はい……先生」

 

 そんな地獄にもかかわらず、なんら気負いのない穏やかな声音がフリーデと呼ばれた修道女から発せられ、彼女はボロボロのローブを纏う男を先生と呼んだ。

 

 それはつまり、男が尊敬すべき師であることを意味しており、修道女が彼を先生と敬うからには男は聖職者であったのだろう。

 

 男にフリーデと呼ばれた修道女は道を切り拓くように身の丈以上の鎌を縦横無尽に刈り、穢れた悪魔達を切り払ってゆく。

 

 かの者達の背後には冒険者たちや王国兵たちが付き従い、残された住人たちの退路を確保し避難させた。

 

 

 母国の首都が襲撃されるという心折る絶望。母が父が友が悪魔達に二度と会えぬ地へと攫われてしまう。恋人が伴侶が子どもが、はぐれ、行方のわからないことへの焦りと不安が心を苛む。

 

 そんな、自己の生命を賭けた極限の状況下、助けられた街の住人や冒険者、王国兵たちは、その二人の背に抗い難い光──希望を感じたのである。

 

 

 影の悪魔が彼らの精神に語り掛ける。

 

 

『膝を折り、頭を垂れよ』

 

『祈りを捧げ、火への憧憬を抱き給え』

 

『おお──いと尊き火の伝承者よ』

 

『麗しき、生命刈りの修道女よ』

 

『人よ、彼らを見よ』

 

『汝ら火への憧憬を抱き、胸に仕舞うがいい』

 

『火こそが人愛を変容させる意思』

 

『罪を償い、贖いたまへ』

 

『聖心は悪意より汝らの魂を護らん』

 

 と──

 

 

 □

 

 

 崩れた人家、荒れた石畳。この場には狂気が満ちている。人間の悲鳴なのか、甲高い悪魔の笑い声なのか、判別できない叫声がそこかしこに木霊していた。

 

 聖職者二人と冒険者、兵士の一行は街の中心部に向かっていた。その道中、街の中心部へと続く道を塞ぎ、誰かを待ち受ける影がある。

 

 青く、鋭角的な面相をした仮面を被る悪魔、魔皇ヤルダバオトの配下──ユリ扮するアルファ。

 

「……ようやく来ましたか。ヤルダバオト様の計画の障害となる者達よ」

 

 そう問いかけた先にいるのは、冒険者らを引き連れた尊き火の伝承者に生命刈りの修道女。

 

「お下がりください、尊き御方」

 

 男の前に立つ修道女が、男を制し、その指に嵌められた指輪がキラリと光を反射した。

 

 それを見たアルファ──ギッ、と仮面の奥から軋んだ音が漏れた。

 

「……彼の方の御寵愛を得ているからと……いい加減調子に乗るのはやめることです」

 

 苛立っていることが明白な、地の底から響くような声音。

 

 悪魔からもたらされたその言葉にザワザワとざわめく群衆。あの方って誰だ? 神官様のことか? 悪魔と知り合いなのか? などと疑問が湧き上がるも──

 

 そう言い放ったアルファは表面的には努めて冷静であるはずが、強い感情の発露とも言うべきか、悪魔は尋常でない威圧感を発していた。

 

 二人に付き従っていた冒険者達は、その丁寧な口調の悪魔から発せられる怒気、圧力に身の危険を感じ、ざわめきを即座に静まらせ慄く。

 

「寵愛……?」

 

 しかし、男からしてみれば誰かを寵愛している意識などない。たしかに、最近ではクレマンティーヌがよくベタベタしてくるが、男は彼女と寝ているなど誰も察しているとは思っていなかった。それが実際にはユリを含めて結構な人にバレているとも知らずに。

 

 そして、彼女が身に着けている指輪も、その寵愛の証とも取れる。

 

 というか、男は彼女がナザリックでは既に新たな眷属として扱われており、イコール、寵愛を受けていると取られていることすら知らなかった訳なのだが。

 

 

「あぁ、尊き御方……どうか心安らかに。悪魔の戯言に耳をかす必要などありません。暫し、目を伏せていてください。私がすぐに、悪魔を始末しますから……」

 

 しかし、修道女はフードの下で微笑みを浮かべ、寵愛の言が戯言であると切り捨て、耳を傾けるなという。

 

 男は、女同士のあれこれなど知らなくていい。女同士の争いに男は不要。彼女からしてみれば、現状のままが都合が良かったから。

 

 

 得物を一振り。

 

 フリーデと呼ばれた修道女は軽やかに歩みを進め、一定の距離で止まると悪魔と対峙した。

 

 おぉ、と歓声をあげるギャラリー。

 

 その立ち振る舞いは演出のつもりなのか、アルファは悪役を演じているとはいえ、彼女の普段とは全く異なる聖職者然とした言動が酷く癪に障った。

 

「また、ナメられて、いるのかしら? ……私にだって我慢の限度はあります。あなたには教育が必要なようですね……それもドギツイやつが……!」

 

 対するフリーデが返すのは余裕の微笑み。

 

「ふふ……さぁ、あなたも元の居場所にかえりなさい。戻るべき場所がある──それは、とても幸せなことなのですから」

 

 アルファには、その言葉が男の側に彼女の居場所はなく、さっさと身を引いてナザリックに帰れと聞こえた。

 

「こ、のっ、女狐ぇ……! 戯言を弄しているのはあなたでしょうっ! あなたこそ、自身の立場を弁えるべきです……!」

 

 その言葉に仮面の下でアルファは頬を引き攣らせ、悪役の演技もそこそこに、あっさり激高する。

 

 その様子を見た修道女は憐れみの感情を込めて囁いた。

 

「……悪魔とは、なんと悲しい存在なのでしょう……しかし、悪魔はそれでも光を求めるのですね……例え、その光に身を焼かれるとわかっているのだとしても……」

 

 そして、嗤う。

 

 その言葉の意図とは──男の寵愛を求め、もし、それを手に入れたのだとしてもお前では苦しむだけで、不相応だという嘲笑に他ならないとでもいうのか。

 

 そして、それをよりにもよって御方と慕う男の前で暴露され──

 

 それは彼女にとって、耐え難い屈辱であり、羞恥心を煽る言葉だった。

 

 

「こ、この、クソアマああぁぁ!!」

 

 

 積りに積もった屈辱の念、女の姿を目に映した途端から溢れてくる憤怒の感情は、羞恥も加わってアルファの許容量を超過し──ブチ切れた。

 

「ユ、ユリ……?」

 

 初めて見るユリの姿に男は唖然とする。

 

 その、悪魔の怒声に群衆は悲鳴をあげた。そして少しでも察しの良い者は理解した。なるほど、あの悪魔はこれまでもなんの目的かはわからないが、神官様の身を狙っていて、修道女が幾度となく退けてきたのだろうと。

 

 その悪魔の怒り様は凄まじかった。怒気が赤いオーラとして立ち昇り、ジリジリと肌を焼く感覚すらある。恐怖や危険に多少なりとも耐性のあるはずの高位の冒険者であっても今すぐに逃げたい欲求に駆られるほどに。

 

「ふふ……尊き御方、あの悪魔の相手は私に任せて先へ。どうか人を……あなた様のお力でお救いください」

 

 フリーデの顔色はフードに隠され伺う事ができない。

 

 ただ、声だけは慈愛に満ちていて──しかし、正体を知っているアルファからしてみれば毒を撒き散らしているようにしか思えず、悍けがした。

 

 今もフードの下で口元を大きく吊り上げて邪な笑みを浮かべている様がアルファにはありありと想像でき……

 

 彼女はその余裕っぷりも、御方から信頼を得られていることも羨ましくて、憎らしくて仕方がなかったのである。

 

 

 ──かくして、二人は激突する。

 

 

 理解の追いつかない掛け合いを始めたかと思えば、いきなりユリ扮するアルファがブチ切れ、戦闘を始めてしまった二人に引き、いつの間にか蚊帳の外に置かれてしまった男を残して。

 

 

 □

 

 

 周囲には、ついてきたはずの冒険者や王国兵の姿はない。

 

 修道女姿のフリーデもといクレマンティーヌが男を街の中心部に向かうように促し、心なしかアルファも道を開けるように位置取りしたためだ。

 

 そんな言葉を受け、男はどこか不安げに、後ろ髪を引かれるように立ち去った。当然、住民の救出を目的にしている冒険者らも男に付き従っていった。

 

 残っていた方が決闘の邪魔であるし、不都合もあったので、彼女達にとっては幸なことであった。

 

 対峙したまま相手の様子を伺う二人。

 

 アルファはフリーデの挑発に激高してはいたが、いざ戦闘に入ればすぐ様、本来の冷静さを取り戻していた。

 

「……ふふ。まさか私が修道女の格好することになるなんてねー」

 

 周囲に人がいなくなったからか、フリーデはそれまでの修道女然とした慈愛を思わせる口調をやめ、どこか余裕を伺わせる間延びした話し方をした。

 

「でも、なかなか似合ってるでしょー?」

 

 ドレスの裾を摘み、くるり、と一回転。

 

「……あなたの修道女姿には寒気しか感じません」

 

「あーらら。随分と、嫌われちゃったねぇ」

 

 残念そうな表情は全く見せずに、ニヤニヤと笑みを浮かべる──そして、あの人は見惚れてくれたんだけどなぁ、とわざとらしく呟いた。

 

「……っ」

 

「うぷぷ……私さぁ、最近すっごい体の調子いいんだよねぇ。体もすっごく軽くてねー、これも愛の力ってやつだと思わない?」

 

 フリーデがフッと姿を消す。一足跳びに間合いを詰め、薙ぎ──大鎌の刃が銀色の軌跡を描く。

 

 アルファは余裕を持って斬撃を回避し、仮面の下で鋭く睨みつけた。

 

「だからさぁ、全っ然、負ける気がしないんだよねぇ?」

 

「……自信過剰では?」

 

 アルファは知っていた。彼女は決して侮れる相手ではないと。人間であった頃ならいず知らず、現在は御方の眷属であり、御方と同じく不死人のクラスを取得している事は想像に容易い。

 

 彼女が調子を上げているのは、恐らくそれが原因だろうと当たりをつけていた。だから、御方の愛だとは断じて認める訳もなく、かといって御方から与えられた力であることを伝えるのも癪だったのだ。

 

 しかし、彼女が侮れる存在ではないとは言っても、付け入る隙はあった。

 

 御方の命で彼女は主要武器を変更していたからだ。以前は刺突剣を両手に持ち、一撃離脱や武器に蓄積させた魔法で奇襲することを得意とする戦法を好んで取っていたと聞いたが、愛用していた武器は故あって行方知らずなのだという。

 

 故に、今の彼女が持つ得物は御方に貸与された物。

 

 つまり、不慣れな得物でこの決闘に挑んでいるということだ。

 

 アルファ自身は、彼女が言い訳出来ないように万全の状態で決闘を行いたい気持ちもあったが、御方の命であれば仕方がない。むしろ、この有利な状況を最大限に利用するべきという思考に落ち着いた。

 

 

 ただし、一方のフリーデも重量武器に変更を余儀なくされはしたが、鎌はあまり使った経験こそなかったものの有効な使い方なら分かっていた。

 

 彼女がまだ法国にいた頃、神人の一人が鎌を得物としていたのだ。

 

 過去には無謀にも彼女に挑み、ボロクソに嬲られた経験もある。元漆黒聖典のメンバーとして、彼女がモンスターや鍛錬時に無双しているのも見たことがある。だから、彼女が鎌の内側についた刃の活かし方、刃の滑らせ方を身を持って知っていたのは皮肉とも言える。

 

 あのバケモノと同じ得物を使っていることに関して釈然としない念が無い訳ではなかったが……

 

 今となってはあんなバケモノ、今の彼女にはどうでもいい対象になっていた。

 

 

「得物に慣れていないのでしょうが、手加減はしません……!!」 

 

 アルファが姿勢を低く、地を舐めるようにして迫り、溜を作った拳撃を放つ。

 

「はぁっ……!」

 

 あまりの踏み込みの速度に一瞬姿を見失ったフリーデがギリギリで柄を縦に構えて拳撃を防ぐと、金属同士がぶつかる激しい音が響き──フリーデはその衝撃で吹き飛ぶ。

 

「この、馬鹿力っ……! あなた、実はオークの血でも入ってるんじゃないの?」

 

 ユリ扮する悪魔のメイド、アルファの武装は棘のつきだした手甲。

 

 軽装で、手数が多く、彼女のストライカーとしての技能を十全に活かせる装備となっていた。

 

「残念ですが、その期待には沿えません。私の創造主様の種族はネフィリムですし、私自身の種族はデュラハンですのでっ!」

 

 アルファが追撃するために間合いから離れたフリーデを追う。

 

「……チッ」

 

 フリーデが地を撫でるように鎌を一振りすると──冷気が発生し、薄い靄が彼女の姿を隠す。

 

 アルファが弾丸のように靄に突き進むも、煙と消えたかのように彼女の姿はそこにはなかった。

 

「どこにっ……」

 

 フリーデの手にあるのは彼に貰った(貸与された)メインの大鎌に、サブには未だ実態を隠したままの魔法刃を生成する小鎌の柄。

 

 二つは対であり、その特性は冷気を纏う魔法武器であることだった。

 

 価値で言えば、いったい白金貨何枚になるかも想像がつかないほど貴重な品。法国に伝わる力を秘めた武具とも全く遜色ない。そんな代物を惜しげも無くポンと渡されては、使いこなしてみせなければ女が廃る、と彼女の意気は高い。

 

 彼女自身、元々刺突剣をメイン武器にしていた反面、刀剣の類であっても特段不得手というわけではなかった。

 

 刺突剣は彼女自身の柔軟性やスピードが活かせるというのもあったが、じっくりと相手を嬲り殺しにする時や、致命の一撃で勝敗を一瞬で決める時に使い分ける事ができたことから好んでいた得物でもあったのだ。

 

 そんな軽量剣からやたら重い大鎌に変更を余儀なくされた彼女としては一苦労であったが、奇襲や一撃離脱、トリッキーな動きで相手を翻弄する戦い方を好む彼女にとって、鎌という癖の強い武器は存外面白い得物であることも確かだった。

 

「!」

 

 背後から気配を感じ、アルファは咄嗟に身を転がせた。先程まで首があった位置では、大きな刃が風切り音をたて、ギロチンのように通過していった。

 

 殺す気か、などと甘いことは言わない。決闘を申し込んだ身、最悪殺されることも覚悟の上。だが、アルファは憎い相手が本気で殺しにかかって来ていることがわかり反面安堵していた。今回ばかりは、彼女もなぁなぁで済ます気は微塵もなかったから。

 

 アルファは追撃を警戒して素早く後退。フリーデは失敗した奇襲に対する反撃を警戒し、撹乱するために軽やかにステップを踏んだ。

 

 両者は間合いを取り、仕切り直しとなる。

 

「やはり、それは魔法武器……」

 

「さぁねー?」

 

 小さく肩を竦めてみせた。

 

「大鎌を相手にするのは初めてです……ですが、少しわかってきました」

 

 

 実際、長物である大鎌はリーチこそあるように見えるが、実際には刃が内向きについているためか、間合いは槍や斧槍ほどのものではないようにアルファには感じられた。

 

 ただし、長物の弱点である懐に潜り込まれた場合の対抗手段が少ない点では、そのデメリットはメリットにもなる。

 

 刃が内側を向いている特性上、懐に潜り込まれた際に背後から奇襲しやすくなるからだ。

 

 一方で、長物の特性上、振りかぶりが大きくなりがちで、どうしても攻撃のタイミングが測られやすいという弱点や連撃が困難という難点があった。

 

 その点、手甲は身軽であるためパリィしやすく、かつ懐に潜り込んでの連打に長けている特徴があげられるが……

 

 いざ大鎌の懐に潜り込んだ時にアルファは手痛い反撃を受ける可能性もまた高かった。

 

 しかし、懐に潜り込まれている状態はクレマンティーヌにとってもリスクが高いことには変わりはないのも事実。

 

 つまるところ、単純に武器の相性だけでは勝負がつくわけではなく、互いの駆け引き、戦闘勘に委ねられていた。

 

 

 □

 

 

 風切り音をたてて迫る斬撃をアルファは身を低くして躱し、隙を突いて力を溜めた一撃を見舞うも、フリーデはそれを予期していたかのように避ける。

 

 神速とも見紛う踏み込みからの正拳突きを、フリーデはバックステップで回避する。背中で構えた大鎌を身体の捻りとともに振り上げ、その勢いのまま横に薙ぐ二連撃を繰り出すも、アルファもまたその斬撃の軌道を見切ってみせた。

 

 

 互いに攻めと守りを入れ替えながら、応酬を繰り返し──ジリジリと、戦闘は互いの出方を伺う小康状態を迎えている。

 

 

 フリーデがアルファの突撃を警戒し、アルファはフリーデの奇手を警戒していた。

 

 

「……いい機会です。この際言っておきますが……御方様にとって、あなたの存在は相応しくないのではありませんか?」

 

「あ゛ぁー?」

 

 アルファが挑発のためか、常々思っていた本心を打ち明けた。それが気に食わない言葉であったのか、フリーデは不機嫌な声をあげる。

 

「御方様はナザリック大墳墓の偉大なる支配者のお一人にして、私達、下僕を創り給うた至高の創造主様」

 

「この世で最も尊い方々のお側に仕えるには、それ相応の格と品性が必要なのです」

 

「それを、あなたは……御方に迷惑をかけていることを省みず、御意思を無視して、愚かにもその幸運に陶酔しているように見えます」

 

 思い出すのは、こうして決闘するに至った出来事。御方にやたら馴れ馴れしくする女の姿であり、御方のご慈悲に縋り付く性根の腐った売女への危機感。

 

「至高の……彼の御方の腕の中はさぞ心地良いのでしょう。ええ……浮かれる気持ちもわからなくはありません」

 

 歯を食いしばる──羨ましい。悔しい。気に食わない。もしも、そこに私がいられたら、とアルファは負の感情がよろしくないものと知りながらも抑えられなかった。

 

「御方様はお優しい……ですがっ! だからこそそのお慈悲に縋ることなんてあってはならない……!」

 

 頭を振って醜い感情を否定──青く静かに燃えるような怒りを灯した。ナザリックの下僕として、御方に近づく不逞の輩は可能な限り排除することこそが正義。アルファはそう固く信じていた。

 

「ボクが御方様の平穏を御守するッ!!」

 

 アルファは、拳を構え弾丸のように飛び出す。人外の脚力による衝撃で、石畳が割れ、パラパラと粉塵が舞った。

 

 

「はっ……今更何を言うかと思えば……」

 

 普通の人間であれば一撃で頭が吹き飛ぶような力が込められた拳撃の嵐をスルスルと避け、軽やかなステップで逃げる。

 

 時折、牽制のために横薙ぎに大鎌を刈った。

 

 その顔に浮かぶのは嘲笑。

 

「コレがナザリックとかいう墓場の下僕? ままごとかよ」

 

「意思を無視してるのはお前ら。従僕如きが、主を縛り付けるとか何様?」

 

「な、ん、ですって……!?」

 

 フリーデにはその関係が子どものゴッコ遊びのように見えて、呆れが湧いてきた。

 

 一方、アルファはナザリックのことをよく知らない外部の存在が、至高の御方と下僕との絆、主従関係をままごとと評したことに苛立った。

 

 まして、御方の意思を無視しているのは自分達ナザリック勢だと宣う。

 

「……つーかあんた、要は私が羨ましいから、そこを退けって言いたいんでしょー? 回りくどい言い方してさぁ……いちいちムカつくんだよ!」

 

 彼女が気に入らなかったことは他にもある。このごに及んで、自身の感情に蓋をし、ナザリックという建前を押し出す。しかも、それが絶対正義と信じているからこそ、疑うこともしない。

 

 いつもいつも、ナザリックナザリックナザリック! ……それは何の呪文だ。

 

 しかも、平穏を守る? 何言ってんだコイツは、と。コイツはあの人を見て何も感じないのか? こんな奴ばかりだから、周囲から理解されることもなく孤独感が深くなる、というのが彼女の思考だった。

 

 

 フリーデ自身、ナザリックがどのような場所であるのかよく知らなかったが、アルファ達が話すようなこの世界で最も尊い場所とは思えなかった。

 

 なぜなら、男があの骸骨に戻ってきて欲しいと言われた時、驚き、安堵しつつも少しだけ寂しげにしていたように見えたから。

 

 それはきっと、自由のない立場になるのがわかっていたからではないか。

 

 だからナザリックとかいう墓場に戻ってしまったら、あの人にはもう自由がなくなってしまうのではないかと彼女は危機感を強くした。

 

 彼女の知る彼は──本当は柵などなく自由に、知らない土地を、異郷を歩き回っているのが1番似合っているのだ、という想いが彼女にはあるから。

 

 ──だからこそ、腹が立った。男の、神の自由を奪おうとすることに。

 

 

 再びフリーデが地を撫でるように鎌を一振りして、冷気により発生した薄い靄の中に身を隠す。

 

 

「また、それですか!」

 

 フリーデを見失うアルファ。いつでも反応出来るようにと構えを取り、全神経をフリーデの奇襲に備えさせる。

 

 ザリっ、と何かを踏む音だけが離れた場所から微かに聞こえた。

 

 アルファの視覚の外側。背後、空中からアルファに向けて音も無く忍び寄り、大鎌を下から掬うように刈り上げた。

 

「ぐっ……」

 

 アルファは辛くも直前で、不自然な風を感じ取り、身を転がす。

 

 どうやら、フリーデは身を隠した後、壁を蹴って空中から奇襲してきたようだった。

 

 フリーデにとって、アルファの態勢が整いきっていない今が好機。地面に軽々と着地すると続けざまに身体ごと回転させ一閃、二閃。首や胴を刈るように、銀の軌跡が描かれ、続けざま、柔軟な体から繰り出された蹴撃により、アルファは弾き飛ばされた。

 

「ヒッ……ィヒヒヒヒヒヒ──」

 

 三閃目──フリーデは手札を一つ切る。大鎌を勢い良く逆袈裟に振り上げると、フリーデからアルファにかけて強い冷気の風が吹く。風の吹き抜けた地面には霜柱が無数に立ち、魔法で作られた氷が軽い音をあげて爆ぜてゆく。

 

 咄嗟に射線上から退き、アルファのすぐ側で氷が破裂する。冷気を纏った風が吹き荒れ、細かい破片が百合の衣装と肌を傷つけた。

 

「んふっ……やっぱり、甚振るのって気持ちいいー」

 

 フリーデは恍惚の笑み。目の保護を優先したのか、腕で顔を庇っているアルファを見たフリーデはすぐ様追撃しようと、身を屈め──風を纏って突撃した。

 

「……っ!」

 

 左腰に据えた得物。居合のように勢い良く放たれた斬撃がアルファを両断せんと迫る。

 

 アルファは再び、身を低く屈めて斬撃を避け、怯むことなくカウンターとばかりにインファイトへと持ち込もうとした。

 

 大鎌は既に目一杯振り切られている──好機、と拳激を浴びせるために懐に入り込みかけた時点で気付く。

 

 あまりにも容易く入り込めてしまっている。そして、相対する修道女が何ら防御の構えや、回避の兆しも見せないことに。

 

 そこらの雑魚が相手であれば、そんなこと違和感にも感じなかっただろう。だがしかし、彼女は態度こそ決して褒められたものではないが、御方が期待する戦闘巧者と知っていたから。

 

 それが意味するのは、つまり──罠。

 

「バァーカ」

 

「ごめんねぇ、死んじゃうかもだけど……ちょっとくらいなら遊んでもいいよねぇ……?」

 

 吊り上がる嗜虐的で邪な笑み。

 

 振り切られた大鎌を右手で支え、半身となった態勢そのままに腰に据えられた副装へと左手を伸ばし、掴み取る。

 

 ──現れるのは輝く蒼い魔法の刃。

 

 それは大鎌と比べてかなり小型ではあるが取り回しが容易く、かつ普段はただの柄のみで魔法の刃は現出していないため不意打ちにも適していた。

 

 彼女もそのことを理解して、不意を打つために温存していたのだろう。

 

 拳激を見舞わんと迫るアルファに、小鎌を手に待ち構えるフリーデ。

 

 ただの刃ならばアルファとて多少の被弾を覚悟で突破することも可能。しかし、小鎌も御方より貸与されているはずの強力な武具であり、半端な覚悟では大きな痛手を負いかねなかった。

 

 ──果たしてアルファは後退することを選択した。

 

 急制動からのバックステップ。一瞬で止まり、次の瞬間には動き出すことのできるアルファもまた尋常ではない戦闘者。しかし、すかさず後退し、小鎌の間合いから外れようとするも……

 

 ──背に当たる硬く、鋭い感触。

 

 アルファはゾッとした。

 

 そして、後退したはずなのに再び、修道女に接近、引き寄せられているという危機的状況を迎える。

 

「気になってたんだよねー。本当に首繋がってないのかさぁ」

 

 ──そう。フリーデはアルファの背後に大鎌の刃を置いて囲い、逃れられないようにしていた。そして後退したアルファに刃を引っ掛けて引き寄せると、態勢を崩した彼女の背後に素早く回り込み、鋏のように双つの刃で首を挟んで──一息に刎ねた。

 

 首のない胴体が崩れ落ち、切れ味鋭い鎌で抵抗無く刎ねられた首が転がる。

 

「あーあ……しっかし、ホント可愛そー。自分の感情すら自由に出来ないなんて……報われないし、不憫だよねぇ」

 

 そう、憐れみ吐き捨てた。

 

 しかし、その吐いた言葉に何か思う事があったのか舌打ち。彼女は苦々しい顔をする。

 

「…………オラ。さっさとやり返して来いよ、バケモノ」

 

 そう言い放ちつつも、既に彼女の視線は悪魔に向いてはいなかった。

 

 もし、アルファが何の反応も返さなければ、後の処理は悪魔の仲間に任せ、すぐにでも男の後を追うために、その場を立ち去ることを考えていたから。

 

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