※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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一旦、蒼の薔薇視点から変わる。


26.クレマンティーヌ・ユリ編※1

 ──辺り一面、どこまでも続いているかのような草原に風が走り、緑の頭を撫でてゆく。

 

 中高丈の草が揺らめき、ザワザワとした葉擦れの音を奏でた。天を仰げば、遮るものなどない空は広く、青く澄んでおり、上空を飛ぶ大きな翼を持つ鳥が弧を描いた。

 

 遠目に見える都市は照らされた太陽の光で白く反射しており、城門前には王都へと出入りする群衆が見て取れる。人々の活発な交通を思えば、つい先日、悪魔が襲撃するという大事件が起きたとは思えない様相をしていた。

 

「あぁ、まったく。今日は朝から散々だった」

 

「楽しみにしておられた観光が出来ず、災難でございましたね……たしか、それには市場の調査も兼ねていらしたと聞きましたが」

 

「あぁ、市場の調査自体はすでにセバスが済ませているのだがな。それとは別に、その土地その土地で積み重ねた文化、という点ではもっと見るべきものがあったと思う」

 

 木陰で横になり休息する冒険者風の男と、目立たない外套で身を包んだ装いで、横になる男の頭を自らの膝へと乗せたまま微笑みを向けているのはユリ・アルファ。本来、もう一人いるはずのクレマンティーヌの姿はその場にはない。

 

 風が二人をふわりと撫で、サアサアという葉擦れの音を奏でる。木漏れ日が差す。眠気を誘うような穏やかさがその場にはあった。

 

 

 男の言う『散々』とは、王都を発つ前に周辺の有名店を観光がてら見て回ったり、街の復興作業や教会で炊き出しが行われるのに合わせて市が立っていたので、それを冷やかす腹積もりであったのが、屋敷を出て早々、蒼の薔薇のチンチクリンに遭遇し、執拗に絡まれ、逃げるようにして単独で王都を出てきてしまったことにある。

 

 メッセージによりユリとクレマンティーヌに連絡したのが城門を出て暫くのこと。男が城門を出るまで蒼の薔薇の斥候による尾行を受けていたこともあり、ユリとクレマンティーヌにも尾行への警戒を促しつつ、三人それぞれで都市からの出立、合流は都市外で行われる予定となっていた。

 

 この場にクレマンティーヌがいないのは、合流地点に彼女がまだ辿り着いていないことが理由だった。

 

 

「文化、ですか」

 

 それはユリの主である男が調査しようとしていた対象。

 

「あぁ。まぁ、文化といっても様々なんだろうが」

 

 曰く、今回、調査するつもりだったのは料理やら農業分野について。他にも言語、宗教、音楽、絵画、哲学、文学、衣服、法律、と調べてみたいことは多々あった。

 

「……何故御方様は人間の文化を見るべき所があると判断なされたのですか?」

 

「うん? ……まぁ、端的に言えばそれが今後のナザリックに取り入れるに足る知識かもしれないからだ」

 

 そもそもナザリックにはこの世界で生きてゆくのに必要な常識が不足していることが多々あり、それを補うためには積極的に情報を収集していく必要がある。その情報の重要性については、以前、モモンガと話し合った時にも意見は一致していたのだ。

 

 故に今回の調査はその一環とも言えた。

 

 文化は生活をより洗練させ、豊かにする。

 

 だが、自らの文化を洗練し、新たな価値を生み出すという点でいえば、ナザリックの今(・)あ(・)る(・)物(・)を大切にしたがる下僕たちには不向きであり、明確な差異とも言えた。つまりは、ナザリックの外の世界には、ナザリックでは生まれない知識が転がっている可能性があった。

 

 男がそう説明すると──

 

「そうでしたか……申し訳ありません。やはり私達は至高の御方々の求めるものに応えきれていなかったということなのですね……」

 

 ショックを受けたように沈んだ声を出した。

 

 分かっていたことだ。ユリの主がナザリックにではなく、外の世界にこそずっと興味を向けていることに。

 

 ナザリックに帰還してくれたことは本当に嬉しかった。でも、こうして人間の文化に興味を示している姿を目にすると、もう至高の御方の興味が自分たちから外れてしまったように感じられて寂しかったのだ。

 

「どうして、そんな悲しそうな声を出す……? 恐らく考えているだろう、お前達に失望したとかではないのだが……」

 

「はい……」

 

「俺が不向きと言ったのは、単純に生活集団としての大きさが違うというのもあるだろうし、そもそもナザリックには学者や音楽家、画家、美術家といった所謂文化に造詣の深い者が少ないことも理由だからな?」

 

 結局、男はユリが何を最も気にしているのか、気づけなかった。

 

「気になる事があるなら言うんだぞ」

 

 と、言うもユリは理由を話すことはない。そんなこと伝えても主が困るだけだと分かっていたから。おまけに主に気を使わせてしまったことも、更にユリの気分を沈ませた。

 

 ユリが現在進行形で落ち込んでいる様子を気にしながらも、男はよいしょ、と頭の位置を膝近くの浅い場所に直し、頭でトントンと枕の塩梅を確かめる。ユリの膝は適度に柔くて、鼻から深く息を吸い込むといい香りがした。──そんな行為だけで、心持ち、ユリの機嫌が持ち直す。

 

 

 男は頭の中を整理するように話し始めた。

 

「人間種は社会を形成し、営みを向上させる過程で知性やら教養をより洗練させてゆくものだが、そういったものはただの知識のみならず、技術であり、娯楽であり、時には厄介な武器にもなる。そして、それが高じれば文明となり、発展は飛躍するんだろう」

 

「文明に、厄介な武器…………もしや御方様方は、それらが私達を害するに足る力になるとお考えなのですか?」

 

 ──ユリが男の言葉の含みを察したのか、腰を屈めて顔を覗き込みんだ。腰を屈めなければ、大きな胸が邪魔で主の様子がよく見えなかったのだ。首をとってしまえば、そんな事は全く関係なくなるのだが……流石に人間種の生活領域でそのようなことはしなかった。

 

 ユリとしては全く意図のない行為であったが、もう少し深く腰を屈めていれば、パフパフになっていたのだが……男はラッキースケベを逃した分、内心で残念に思った。

 

「オシイ……」

 

「おしい? 何か認識に間違いでも……」

 

「あ、いや…………今は何の問題もない。だが、いずれ俺達にも届きうる……そんな力が生み出される可能性はあると俺達は考えている」

 

「な、まさか、人間が至高の御方を害するような力を……? もしそうならば危険です……! 人間は愚かで、自制というものを知りません。もしも、愚かな人間が大きな力を手にしてしまえば使わずにはいられないはずです!」

 

 無論、それは、あくまで可能性の話ではある。

 

 男の脳裏に残っているのは、終わった世界の有り様。文明を発達させ、技術を高めた先に待っていたのは破滅した世界。

 

「…………そうだな。ユリの危惧する通りだ」

 

 前世の記憶のある男には受け入れがたい記憶──だったのだが、ユリの感情に合わせてか胸が上下左右に弾み、男の頭の上、至近距離で大きく揺れ踊るのを見た。割とシリアスな男の記憶を容易く吹き飛ばした。

 

「やはり、御方様は既に同じ懸念をっ。で、では、すぐにでも対策をしなければ──」

 

「ンンッ……まぁ、落ち着け。いずれ、そうなるかもしれない、というだけの可能性の話だ。それに、仮に今、俺達が文明の発展を無計画に圧倒的な力で抑制したとしても、反発し、世界の覇者になれると勘違いする愚か者はこれから先必ず出てくる」

 

 何時もと異なり、いささか過剰ではないかと思うくらいに逸るユリを諌め、男は待ったをかけた。

 

「ですが……」

 

 

「──あぁ、そういえば、モモンガがデミウルゴスに世界征服について零していたらしいじゃないか」

 

「っ! はい。デミウルゴス様からの言葉を受け、私達下僕はこの世界──ナザリック地下大墳墓を飾る宝石箱を至高の御方に献上するための準備を進めています」

 

 突然の話題の転換に面食らいながらも、その内容にユリの表情が驚愕に染まる。

 

 男がモモンガとこの世界で再開し、話し合った際にはモモンガはそんな事一言も言っていなかった。だが、男が守護者達や他の下僕達と交流を図る一環でナザリック九階層にあるバーで親睦を図っている際に、同席したデミウルゴスが必ずや御方々に世界を! と、意気込んでいたのだ。

 

「……ここだけの話、俺達は国を興すことになるんじゃないかと思っている」

 

「!!」

 

「ナザリックの戦力は周辺でも抜きん出ているし、ナザリックの皆は蔑んでいる人間種の下につくことを絶対に良しとしない。まして人間形態をとれる奴らなんかは別として、ナザリックには多くの異形種がいる。干渉を受けず、独自の戦力を維持するにはそうするしかないからな」

 

「そ、それは道理を辿れば確かだと思います」

 

 異形種は強力なスキルを持ってはいるが、個体数は少ない。そして、姿形が異なり、人間の視点ではモンスターに近いこともあって迫害を受けやすい。そんな彼らが人間種に容易に受け入れられるものだろうか。いや、それはあり得ないと男は言う。

 

 突然の話題の転換があったと思えば、その衝撃の内容にユリはドギマギしたままだ。

 

「……ナザリックは俺達にとっても思い出深い場所だし、お前達は友人たちの忘れ形見も同然。その為にモモンガが必要だと判断すれば、俺も何処かで手を貸すことになる」

 

 

「──つ、つまりは、私達ナザリックの同胞達の居場所を作り、その際は御方様方が統(・)治(・)者(・)として国に君臨。加えて生まれてくるだろう新しい技術を独占しつつ、力を内外に示して世界の文明の発展の方向性を誘導するということでしょうかっ?」

 

「……ん? まぁ…………そうなるか」

 

「す、素晴らしいと思います、御方様!」

 

 興奮気味に、一気呵成に言い切るユリ。その表情が明るいせいか、死体でありながら上気しているようにも見えた。

 

 ユリの圧力に同意してしまった。困難な展望ではあるが、そこは類稀な頭脳を持つデミウルゴスやアルベドに丸投げする気も満々で、後は良きに計らえ〜のスタンスで行こうと男は考えていたからだ。

 

 故に、統治者として君臨しようなどとは、これっぽっちも考えて居なかったのだが……

 

「御方様もアインズ様も、既にそこまでお考えに……あぁ……至高の御方が治める国とは、どんな素晴らしい国になるのでしょうか…………ぁ……しかし、あの……宜しかったのですか……? そのような大事なことを私のような一介の侍女などに話されてしまって……」

 

「護衛を兼務する侍女が一介の、な訳ないと思うが……」

 

「し、しかし、そういったナザリックの運営に関わるような話は領域守護者の皆様方の間で共有すべきで……」

 

「デミウルゴスとアルベドなら既に予期してそうだが……まぁ、ナザリックがどうなるかは、これからモモンガが周辺諸国とどう付き合っていくかにもよる。まだ未定の話だ」

 

「そ、そうなのですか……」

 

「……まぁ、それでも知識の収集は必要だ。しかし、上流階級と相対するとなれば少々面倒だな……話を聞く限り、貴族連中は市井の民を家畜か雑草か何かとしか思ってないみたいだからな……どこの世界でも変わらないってことか……」

 

 人間種の上流階級では特定分野の教養を身に着けることは必須。それに加えて、周囲より優位に立つために文化人を後援したり、投資してより洗練させることも盛んだった。故に、文化的には豊かとは言えるのだが……

 

 それにしたって、王国では貴族の評判が悪すぎた。傲慢で、欲深く、愚か。出来れば付き合いたい人材ではない。

 

「あー……元々は何の話だったか」

 

「元々はナザリックに取り込める文化とは、という話でした」

 

「あぁ、そうだった。それには、他にも理由があってな──」

 

 男曰く、一見、ナザリックにはナザリックならではの独自の文化があるように思えるが、それらは元々はアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーが既にあるモノをナザリックに持ち込んだだけであって、ナザリック内で発生、展開したものではない。

 

 ナザリックでの生活に則したものでもなく、試行錯誤や積み重ねがないものだと言う。現に、ギルドメンバーが持ち込んだ娯楽文化は数多くあれど、転移直後は生活上のルールや習慣といったものが欠如しており、少なくない混乱が起きていたようだ。

 

 しかし、それは確かに大変ではあったが、今では落ち着いている。何がいけないのだろう、とユリは内心で思った。

 

「現状、ナザリック地下大墳墓の運営は上手くいっておりますし、ナザリックが素晴らしいことには変わりないと思いますが……」

 

 男は苦笑した。

 

「悪いという訳ではないが──ユリ、お前達はこう思うことだろう。俺達が持ち込んだものを大事にしたいと。それが最上のものであると心から信じている」

 

「そ、それは当然のことですし、事実、最上のものと誰もが認識しておりますが……?」

 

「……そのせいか、お前達には俺達ギルドメンバーが齎したモノに縛られ過ぎて、変化を拒む傾向がある。確かに俺達が持ち込んだモノはこの世界と比べても高度に洗練されているだろうが……俺達が持ち込んだモノばかりをいつまでも大事にしているようでは、進歩がないともとれるぞ」

 

「……御方様は意地悪です。私たちにとって至高の御方々が齎した知識は当然遵守されるものとお分かりでしょう。それを蔑ろにすることなど、私たちには到底出来ません」

 

 その理由について理解はしたようだが、ユリは眉根を寄せ、子どもが拗ねるかのようにムッとして顔を背けた。頭では理解しているが、感情が受けつけない。許される範囲内の、ささやかな反抗とばかりに。

 

 男がそんなユリの頬に掌を当てると、彼女は驚いたのかビクリと肩を震わせ、パチクリと目を瞬かせた。

 

「別に捨てろと言っている訳でもない。変えたくないものは伝統として残せばいいし、逆に伝統となったものには歴史という重みが加わる。……あぁ、それにナザリックに外の知識を取り入れると言っても、それをそのままにという訳でもない」

 

「?」

 

「例えば、ユリの得意な料理。……ナザリックの資源は有限。現状、ナザリック内で消費する食料は外部に頼らざるをえない。その地で生産される食材を限られた条件下で最大限に味わい、利用するためにはどう処理したらよいか、それは現地の者に聞くのが一番早いとは思わないか? 何しろその知識は俺達よりも長い時をかけて見出したものだ。ナザリックの調理技術は高いが、別に参考にして悪いということはないだろう?」

 

「そう、ですね……そういうことならば……皆にも受け入れやすいかもしれません。私ならコックのクラスを取得していますし、模倣も容易いと思われます」

 

 それは確かに、とユリがやや悔しそうに言い、続けて男が所感を述べる。

 

「あぁ。良いものは形を変えて取り入れ、新たに生まれた技術は本当に有用なものか見守る程度でいい。ナザリックでの生活を豊かにし、発展させるために人間社会を利用してやると考えればいいさ」

 

「はい」

 

「──それにな、少ししか見ることが出来なかったが、市には見慣れない野菜やらが多くあって単純に面白かったぞ。それを使った料理も市井のものとしては相応に洗練されていた。この国の貴族はどうしようもなく腐敗しているが、やはり土地としては豊かなのだろうな」

 

 

「……あ、あの。もし、また調査の機会がある際には、宜しければ私も同行してもよろしいでしょうか……? 実食は出来ませんが、市に興味が湧いてきました」

 

「おっ、そうか! なら今度一緒に見に行こう」

 

「──はい、よろしくお願いいたします」

 

 ユリが発したのは、緊張を含む声音。それは男の調査という名目の食べ歩きに参加したいという内容だった。それに男は特に思案することもなく了承した。

 

 ユリが笑みを零す。

 

 調査を兼ねてではあるが、あっさりとデートの約束を取り付けることができ、ユリは嬉しそうに男が見えない所で小さくガッツポーズした。新たな調理技術を身につけ彼女の主へと振る舞う事ができれば自身の成長も見せられ、かつ男に『おいしい』と喜んで貰えれば満足感も達成感も得られる。

 

 ──そして、それはいずれ訪れるだろう『正妃戦争』の前準備にもなる。今から出来ることをしておいて損はない、という未来を見据えた思考を隠して。

 

 それは自身を顧みずに、真摯に主へと忠誠を捧げていたユリとしては珍しい変化。

 

「……ぁ、少し髪に癖が……御髪に手を入れさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 

 男が首肯した。

 

「失礼いたします」

 

 吹き抜ける風が再び木の葉をざわめかせ、乱れた髪を手櫛で直す。心地よい感触と穏やかな空気に眠気を誘われたのか、男が欠伸をした。

 

 

 □

 

 

 ──ユリは、自らの膝の上で目を閉じた主を見守るとともに回想する。

 

 つい先日、男とともにユリがナザリックに帰還した際、守護者統括であるアルベドと話す機会があったのだ。

 

『ユリ……任務、ご苦労様でした。貴女は今後、御方様付きの側付きとなりナザリック外の行動が増えることになるでしょう。申し付けた任務は今後も継続。放浪癖のある御方様が万が一にもナザリックを出奔する事態にならぬよう、しっかり繋ぎ止めなさい』

 

『はっ』

 

 ここ、執務室の主であるアインズは不在。現在はナザリックの外で活動しているため、留守を預かるアルベドが任務の報告を受けたいた。

 

 といっても、その任務自体はアインズには共有されていない。アルベドが秘密裏にプレアデスにオーダーしたものであった。

 

『……それとね、貴女の報告書には少し説明の足りない箇所があったのだけど……』

 

『っ、も、申し訳ありません。訂正して再度提出させていただきますので、それまで暫しお時間をいただきたく』

 

『……いいえ、それには及ばないわ。報告書自体に不備はない。ただ、ちょっと……個人的に気になったところがわからなかったものだから……今、口頭で説明して貰えたら、それでいいわ』

 

『は、はぁ、そうですか……それで、気になったところとは……?』

 

 ユリは報告書を過不足なく仕上げていたはずなのだが、アルベドの視点からは不足している点があると見受けられたらしい。ユリは驚きながらも、その不足が何であるのかを問うた。

 

『ユリ、貴女がどのようにして御方様に食べられるに至ったか──いえ、違うわね。食べるに至ったかについてよ』

 

『……………………えっ?』

 

 理解しがたい指摘に思考が停止、投げ掛けられた言葉を何度も頭の中で反復したが、ユリはついぞ理解する事が出来なかった。

 

『貴女は……いったいどのようにして至高の41人の一人を落としたというの? 報告書にはそこらへんの諸々の記述がまるっと抜けているじゃない! 一番重要なところが! さぁ、報告を!』

 

『は、えっ、と……そ、それは……ボクの口からは、とても……』

 

『口に出来ないような事までしたというの!? 口に出来ないような行為って一体何!? いいえ、逆にそこまでしなくては、至高の御方を惹き付けることは出来ないということなのかしら!?』

 

『え、えぇ? そ、それは何とも……』

 

『クッ……ユリに勝者の余裕が見えるわ。私だって、アインズ様に全てをお捧げする覚悟は既に決まっているのに……アインズ様が望むなら、いいえ、望まなくたって✕✕✕な事や、✕✕✕な事だってするのに!』

 

『……』

 

 鼻息荒く、突然、卑猥な単語を含むセリフを叫ぶ上司に、ユリは頬を引き攣らせた。この上司は確かに優秀なのだが、ことアインズが絡むと一気にポンコツになってしまう。

 

 とはいえ、それでも仕事への影響はないため、周囲は若干呆れつつもスルーするのが常となっていたのだが──

 

 アルベドの様子がスン……と一瞬で変わり、つい先程までポンコツ化していたとは思えないほど、冷徹に未来を見据える目をしていた。その目の奥に宿るのは野望だろうか。

 

『──ねぇ、ユリ』

 

『……はい』

 

『私と協力協定を結ばない?』

 

『えぇと……』

 

 そこで何を思ったのか笑みを浮かべたアルベドがユリに提案をした。しかし、ユリはその唐突すぎる提案の意図がわからず、気のない返事を返してしまう。

 

 ──それはアルベドの優秀な頭脳が導きだした、いずれ起こるだろう『正妃戦争』を勝ち抜くため、愛を勝ち取るための策。

 

 婚活とは暗闘に他ならず、自身の成長性と如何に自身が妃として相応しいかを今からアピールしていかなければならないという認識をアルベドは持っていたのだが、そんな彼女にはユリが危機感を欠いているよう見えた。

 

 そして、アルベド自身も足りないものを自覚しており、欲していた。

 

『──ユリ、貴女には危機感が足りないわ。確かに御方の寵愛を得られたのは素晴らしい事……でも、それが永劫に続くとは限らない。御方の周囲には邪魔者がいることを忘れていないかしら』

 

『それは……』

 

『貴女が望むなら、彼女を排除するための計画を考えてあげてもいいわ』

 

『た、確かに彼女は気に食わない存在ですが、排除するつもりだなんて、もう私は……それに彼女は御方様の眷属で……』

 

『何を悩むことがあるの? いつかきっと彼女は貴女を出し抜いて排除しようとするわよ。その前に排除しなくてはユリ、貴女が不幸になるのよ?』

 

『ですが……』

 

 アルベドはため息を一つ吐いた。

 

『……セバスやペストーニャもだけど、貴女達は本当に甘いわ。最悪の未来が見えていないのかしら。……そうね、一度、貴女の想う幸福な未来を想像してみなさい。結婚式なんかが丁度いいかしら』

 

 アルベドはユリに未来を想像することを促す。

 

 

『ナザリックで執り行われる厳かな結婚式。偉大な御方へと愛を捧げ、誓いと接吻を交わす。それを見守り、祝福する参列者。──思い浮かべなさい』

 

 

 唐突な提案。若干の訝しさを感じつつも、ユリはその言に従う。

 

 ユリの脳裏に浮かぶ挙式の光景。純白のドレスを身に纏い、御方の側に寄り添う、幸せそうな自身の姿を。

 

 正礼装を身に纏った御方がユリの姿を見て、綺麗だと言った。ユリの頬が緩んだまま、締まらなくなった。

 

 妄想の中の、御方の顔が段々とユリに近づいて、優しく唇を──

 

『はい、次』

 

『あっ……』

 

 ユリの表情が緩んだのを目敏く見抜いたアルベドが、無情にも断ち切った。

 

『今度は初夜にしようかしら? 結婚式、その日の晩、それはもうめくるめく夢のような快楽の園が待っているのよ』

 

『お互いに裸になって✕✕✕や✕✕✕、はたまた✕✕✕なこと、✕✕✕なことまでして互いの愛を確かめるの。私もしたいわ……いえ、いずれしてみせるけど』

 

 困惑しながらも……その言葉で思い浮かんだのは、つい先日のあの日のこと。

 

 ベッドに押し倒されて、強引に、でも優しく、激しく犯された。初めてを奪って貰った。

 

 想像の中の彼女は主の上で快楽を求めて浅ましく踊り狂っており……蹲りたくなるような恥ずかしい記憶を頭を振るって無理矢理に掻き消す。

 

『…………あの? これにはいったいなんの意味が……』

 

 未だに脳裏に残る羞恥を隠すように眉根を寄せて、アルベドに尋ねた。

 

『女なら一度は妄想するシチュエーションだと思うけど?』

 

『仮に幸福な場面を思い浮かべるのであれば、その……結婚式だけで充分だと思うのですが……』

 

『あら、とんでもない! 儀式だけで婚姻が結ばれる訳ではないのだから。いわば、これは結婚式の延長よ! 初夜に男女が一体となり、性行が成されて初めて婚姻が成立するのよ!』

 

『そ、そうなのですか? 知りませんでした……教えて頂いてありがとうございます。危うく恥を晒すところでした』

 

 いいのよ、とアルベドが微笑んだ。

 

『そこから始まる新婚生活というのはとても甘くて──、……いえ、甘いばかりではないわね』

 

『至高の御方々が住まわれていた世界には、新婚の伝統的な問い掛けがあるとか。確か、お風呂にする? ご飯にする? それとも私? ……だったかしら。その問い掛けで私を選ばれないと、その後の新婚生活には暗雲が立ち込めるらしくて……なんて恐ろしい……あぁ……私達には準備しておかなければならないことが多過ぎるのよ』

 

 想像の中の自分。主であり、夫である御方の帰りを出迎え、問い掛けた。その答えは──

 

『……』

 

 

 

『想像はできたかしら。それが貴女の愛しいあの御方の一番近くにいられる幸せな唯一の道。貴女は考えないのかしら? 愛する御方に不測のもしもの事態があった時、身近にいる私が盾となり剣となり、その身を守護したいと。私の持つ全てをあの御方に捧げたいと……』

 

 そこには愛を語る女がいた。愛が深く、大きすぎて、精神を壊しかねない化け物がいた。アルベドが左手の薬指に嵌められた指輪を愛おしげに撫で、言った。

 

『……その想いはわかります。私が御方様のために出来ることは何なのか、御方様の願いを叶えるためにはどのようにしたらよいのかを。御方様の歩みの前に立ち塞がる障害は全て、ボクが排除して差し上げたいと常々思っています』

 

 しかし、ユリもそんなアルベドを目にしても恐れることは無かった。そんなユリに真正面から目を合わせられて、アルベドは微笑む。

 

『そうね、それも愛ね。……だけど、想像してもみなさい。貴女が障害の排除に現を抜かしている内に、何処ぞの売女が御方様を誘惑して、御方様の愛が奪われでもしたら……私ならもしも……もしも……アインズ様との幸せな空間が壊されでもしたら──殺意しか沸かない』

 

 その怒気に空気が悲鳴をあげた。重圧がユリの体にものしかかる。

 

『いいえ、殺意という言葉では済まされない』

 

『何度でも繰り返し甚振り、挽き肉になるまでぶち殺して……』

 

『自身がした行動がどれだけ罪深いものなのか思い知らせるわ』

 

『っ……』

 

 アルベドがギリギリと歯を喰い縛り、地獄から響くような呪詛を吐き──ふ、と空気が軽くなった。

 

 その絶望的な未来にユリは絶句した。今しがた想像した幸福な未来が自分ではない誰かのものになる? 想像しただけで目の前が暗くなるように錯覚する。アルベドの怒気によるプレッシャーなど比較にもならない苦痛だった。

 

 目の前の守護者統括の狂おしいほどの感情が、ユリには嫌というほど理解出来てしまった。

 

『だから、私はアインズ様の正妃になることを目指すのよ。あの御方の一番である事は必ず確定させておかなければならない。それに、もしも一時の気の迷いがあったとしても、最後に帰ってくるのは結局は一番の所なのだから、ね』

 

『……』

 

『ユリ、貴女も心配でしょう? あの御方もモテるもの』

 

『……それは』

 

 そう言うとアルベドは感情が抜けたようにうっそりと笑い、ユリに機械的にも思える同情と哀れみの込められた金色の瞳を向けたのだった。

 

 

 だからこそ、そんな未来を回避するために、現状を正確に見抜いていたアルベドは協力協定を提案し、ユリにはその提案を呑むしかなかった。

 

 そして、お互いの幸せな『結婚』を手に入れるため、定期的に情報交換をしてゆくことになった。

 

 ──ユリは守護者統括の優れた頭脳から生まれる知恵を頼りに、起こり得る戦争に備えるため。

 

 ──アルベドはユリの持つ実体験から学んだ経験則と、彼女が手に入れた情報を自身の糧にするため。

 

 

 正直なところ、ユリ自身はアルベドと話をするまでは、自らが正妃になろうとは全く考えもしていなかった。

 

 心の何処かでそういった立場を求めていたのは否定できない。しかし、顕在意識下においては、自分には下僕の立場を越える分不相応な望みとすら考え、思考から排除していたほど。

 

 だが、守護者統括と話す内に自身以外の誰かが御方と慕う男性の最も近い場所に侍ることがどうしても嫌なのだと再確認して、認めてしまった。そして出来る事ならば御方の視線と寵愛を独り占めにしたい。ボクだけを見ていて欲しい、と。

 

 誰か他の女と仲睦まじくしている様子を端から見せられるだけで醜い嫉妬心がジクジクと、ユリの心に滲んでゆくことを自覚してしまった。

 

 しかし、独り占めしたいという感情の反面。生真面目なユリは主を縛ることなど出来ないし、してはならないとも思っていた。この醜い嫉妬心を抱えてゆくしかないのだとも諦めていたから。

 

 ──でも、もしも……もしも、分不相応なこの身が正妃という立場を得られたのなら……? 

 

 主に最も近い場所だけは誰にも渡さない、あの御方の一番はボクだ──そんなプライドを持つことができる。心に余裕を持つための手段にもなる。

 

 それはとても魅力的だった。

 

 ただ……

 

『ですが、下僕如きが主の伴侶の立場を望んで本当によいのでしょうか……? ボクでは分不相応では……』

 

『貴女、正気?』

 

 ユリには下僕如きが主の伴侶になるなど不敬では、という不安もまたあった。それをアルベドに尋ねれば鼻で笑われて、ユリは本当にお利口すぎるわね、とまで呆れられるように言われ驚いた。

 

 曰く、アルベドの中では、そんな事は本当に些事でしか無かったらしい。

 

『それを不安に思うなら努力しなさい。相応しいと思えるまで自身を磨きなさい』

 

 そして、善性は美徳だし、人の信用を得るのに役立つが、戦争の役には立たない。まして、いずれ伴侶として至高の御方を支えることを望むのであれば、優れた知性と悪意を跳ね除ける強かさを得なければならない、と。

 

 遠慮や謙遜、譲り合いでは勝てるものも勝てなくなってしまう。ユリが身につけるべきものこそ、傲慢さと狡猾さなのだとアルベドは言った。

 

『これから貴女が立ち向かわなければならないのは、蹴落とし合いが日常の、そんな世界。貴女が善性をよしとするほど、御方様が苦労すると知りなさい』

 

 とはいえ──現状、レースは始まってもいない段階。みなし候補の一人であるクレマンティーヌなどは正妃として論外の評価だが、男の内面を理解しているという点では口惜しいがユリは後塵を拝していると言っていいだろう。

 

 彼女は何故かナザリックの下僕たちでも知らないような主の過去の冒険を、伝説を知っているよう口振りをすることがある。しかもそれは伝え聞くような曖昧としたものではなく、自身で実際に見てきたかのような、ともすれば彼女自身も主の側について冒険してきたかのような、はっきりとした確信を持ったもの。

 

 男の異名である薪の王が忌むべき名であることや、本来は闇の王と呼ばれるべきなどと宣うには、伝え聞くだけの情報では至れないし、『知った』というだけでは、あの日ユリに打ち明けた覚悟など持つ事など出来ないだろう。

 

 ──そして、もしもそんな彼女が御方に相応しい振る舞いや実力を身に着けてしまったのなら……それはユリにとって恐ろしい敵になるとしか言いようが無かった。

 

 とはいえ、ユリが彼女の様子を伺う限りでは、彼女も御方に強く執着し、側に侍る女人を選別し始めているようだが、意外なことに正妻と言った立場には不思議なほど関心がないように見えた。

 

 彼女は彼女で、男を常世の『神』と広しめるための同士を探しているということなのだろうか。

 

 ……また、ユリ自身あまり考えたくなかったのだが、今後女の影が増える可能性もあった。

 

 なにしろ、ナザリックの面々の認識では彼の御方は女を惹きつけ、虜にする魔性──ユリが寵愛を受けたと噂が広まったせいもあるだろうが、現に何時の間にやら、ナザリック配下の一般メイドの中には男に熱っぽい眼差しを向ける者が何人も出始めた。

 

『そうだ。いい物があるわ。最古図書館にあった書物なんだけどね。それを呼んで少し意識を高めるのもいいでしょう』

 

 そう言ってユリは笑顔のアルベドから、と(・)あ(・)る(・)書物を渡されたのだった。

 

 

 

 アルベドに指摘され、ユリは現状の危うさを漸く認識した。そして、正妃を目指すからにはそうした女性への牽制や統制の役割も求められることになる。

 

 だからか、ときたまユリは獲物を狙うような鋭い目つきを主へと向けるようになった。

 

 自身の成長性や主の側に立つ覚悟を示し、正妃として相応しい作法や思考、実力の下地を有していると、アピールするためにはどうしたら良いのかを考えながら──

 

 

「──チッ……ちょっと目を離したらすぐこれだ。何、堂々といちゃついてんだ」

 

 そこへ──どこか不機嫌そうな声音で二人の空間に割り込もうとする者がいた。見ればそこには、いつの間にやら近くに来ていたのか、黒い外套で体を覆い、フードを深く被っている、如何にもな怪しい人物、クレマンティーヌがいた。

 

「べ、別に、いちゃついてなど……」

 

「……あー? はいはい、初々しくてよろしいことですねー。見てるコッチが小っ恥ずかしくなるっつーの」

 

「遅かったな」

 

「ハァ……やっと追いついたっての。もう、急に王都出るとかやめてよね。日陰者にはそれ用の出入り方法ってモンがあんだからさぁ。しかも、やっとこさ追いついたらコレだ。流石にムカつくぞ」

 

 男が身を起こしてクレマンティーヌに視線を向ける。男から言葉が発せられると、彼女は手をヒラヒラと振って返した。膝から心地よい重みと温かさがなくなり、ユリは少しだけ寂しそうにした。

 

「……お前もする?」

 

「バッカじゃねーの!」

 

 ギッ! とクレマンティーヌが男を睨みつけた。どうやら最後の待ち人も合流を果たしたようだ。

 

 

 □

 

 

 先行して王都を発っていた男の元にユリとクレマンティーヌの二人が合流した。王都からの追手がないかを確かめつつ、三人は一路エ・ランテルを目指して移動を始める。

 

 移動は徒歩のため、時間は相応にかかるし、三人に疲労はないとはいえ労力はかかる。無論のこと、徒歩以外にもっと早い移動手段などいくらでもあったのだが──

 

 三人組の一人であるユリも転移門等によりさっさと移動してしまった方が良いのでは、と純粋に疑問に思い、隣で歩く主へと尋ねる。

 

「転移門か飛行のマジックアイテムで移動してしまった方が早いのではないでしょうか? これでは、御方様のお時間を無駄に浪費することになってしまいますが……」

 

「……表向きには、この三人組は魔法詠唱者ではないことになっているからな。それに俺は一般の金級冒険者だ。仕方ない」

 

「仕方ない、ですか……確かに魔法詠唱者では無いはずの三人組が魔法を行使するのは可笑しなこと。低級の冒険者に擬態する上では避けて通れない道理ではあると思いますが……」

 

「……擬態では普段からの行動にも常に気を配らなければならない」

 

「それは確かに……おみそれ致しました。仮想とはいえ敵地への潜入中、いかなる隙も見せるべきではないという姿勢……未熟な身、学ばさせていただきます」

 

「あ、あぁ……」

 

 だが、それを仕える主である男に尋ねれば魔法詠唱者でもない金級の冒険者が魔法を行使するのは不自然でしかないと言う。

 

 そして、ふと思いついたかのように付け加えられたのは、周囲を探知していたとしても万全とはいかず、何処かで転移や飛行を目撃される万が一の可能性。仮に何者かに監視を受けていた場合、移動しているはずなのに既に目的地で活動していたという時間的な齟齬を不審に思われる可能性があると言われ、ユリは、なるほど、流石は御方様、と疑う事なく納得した。

 

「さっきから聞いてたら、それっぽいこと言ってるけど……ねぇ?」

 

 ──と、何だかんだと移動を急がない理由を説明していたが、男にとって、ユリに説明したそれらは結局ただの建前。気づいているだろうクレマンティーヌから向けられている生温い視線には目を合わせない。

 

 本当のところ、移動が徒歩になったのは男がただ単に歩くのが好きだったり、豊かな自然や風景を眺めながら過ごす時間を好んでいたことが移動方法が理由だったりする。ユリは知らなかったが。

 

 そして、もう一つ。

 

 移動が徒歩である事の理由は納得できたものの、ユリ自身、烏滸がましいとは思ったが、主がそもそも何を目的として冒険者などしているのか、掴めずにいた。

 

 この世界における冒険者など、ただのモンスター専門の掃除屋に過ぎないというのに──

 

 彼女の主はなかなか自身の行動の理由を話してくれない。それは成長し、自らその答えに辿り着いて見せよ、という意思にユリには捉えていたのだが、上司の一人である統括守護者のアルベドや、ナザリックで一二を争う知恵者であるデミウルゴスであるならばいざしらず、ユリはそういった柔軟性が必要な知恵働きには向いていないことも自覚していたから。

 

 無論、論理的に考えること自体はむしろ得意だ。これ迄の主の行動を繋ぎ合わせ、何処へ向かおうとしているのかを予測する事が出来れば良かったのだが……その主の行動は一貫性が無いようにも思え、予測がつけられなかった。

 

 時に低級の冒険者に扮し、時に正体不明の聖職者に成り切る。

 

 冒険者に扮したのはより市井に近い情報を得るためとも思えたが、そんな情報わ(・)ざ(・)わ(・)ざ(・)至高の41人の一人が収集する訳もない。はたまた、ナザリックの主であるアインズのように人間が縋るべき英雄の偶像を作った訳でもなく。まさか至高の御方ともあろう方が、何の理由もなく冒険者に扮している訳がない……と、ユリは主の本当の目的がわからなかった。

 

 一方で、聖職者に扮してはゲヘナに参戦し、冒険者モモンと同じく多くの人間に希望を持たせた。しかし、結局その正体を広く知らしめることも無く、現状では旅の神官がた(・)ま(・)た(・)ま(・)王都に足を運んでいたという噂に落ち着いているようだ。御方が身を隠してまでゲヘナに参戦した意図は何だったのだろうか。

 

 故に悩ましい。主の求めている未来がわからない。そう悩む内、いつの間にやら、ある種の不満にも聞こえるような言葉を口に出してしまっていたらしい。

 

「……そもそも何故御方様程ともあられる方が低級の冒険者などに擬態を……? せめて御方様には金級などではなく、最低でもアインズ様と同じくアダマンタイト級の階級証が相応しいと思うのですが。至高の御方が低級など……正直、現状に納得ができません」

 

「それでは……少し都合が悪いからな」

 

「……プククッ。神は面倒事が大嫌いだものねー?」

 

「オイ」

 

 男はその質問に答える事はなかった──が、クレマンティーヌが男にだけ聞こえるように小声で囃し立てる。

 

 現にその揶揄は的中しており、アダマンタイト級冒険者になって責任を背負うのも、行動の自由を失うのも御免だなどとは自身に尊敬の念を向けているユリの手前、言える筈も無かったから。それを言ってしまえば、ナザリックに帰還し、私達、下僕たちの主として再びナザリックに君臨されたことは喜ばしいが、反対に下僕たちのせいで自由を失ったのではないか、という話にもなってしまいかねない。

 

 現在、男のナザリック地下大墳墓の外での身分はただの金級冒険者。

 

 高くもなく、低くもない。一人前の冒険者ではあるが、取り立てて優秀という訳でもないという評価が与えられている。男からしたら厄介な仕事を受ける義務もなく、下っ端のように扱き使われる立場でもない比較的楽な立ち位置──とは言い様で、居ても居なくてもさして困らない一般冒険者という認識を受けている……無論、こんな事ユリには言える訳もなかった。

 

「……? 了解いたしました……見苦しい不満を零してしまい申し訳ありません。……しかし、まさか御方様が街で尾行を受けることになるとは思いもよりませんでした。今回は何事もなかったようですが、今後、そこの彼女が監視や尾行を受ければ少々厄介なことになりそうですね」

 

「……」

 

 そんなチクリと責めるような口調。場の雰囲気が不利になりかけていることを察したのか、スゥーっ……と聞き耳を立てていたクレマンティーヌが離れていった。

 

 犯罪者であり、法国からの脱走者であるクレマンティーヌは法国からの監視・尾行を受ける可能性が高い。主である男はその事も当然警戒しているのだろうとユリは勝手に解釈しており、厄介事を齎す彼女のことを苦々しく思っていた。まぁ、彼女がクレマンティーヌを警戒しているのは、それだけが理由ではなかったのだが。

 

「そう、だな……だが、奴に関してはそこまで気にすることもないだろうさ。ある意味慣れているだろうし、追跡・盗聴・盗視を阻害する基本的なアイテムは渡してある」

 

「むぅ……そうですか」

 

 男のクレマンティーヌを庇うかのような言に、内心から溢れる不満を隠さずユリが返した。

 

「それに今回、尾行を受けたのは俺だけだからな。……蒼の薔薇とはほとほと相性が良くないようだ」

 

「……ゲヘナの時の正体がバレたと見るべきでしょうか?」

 

「いや……顔は見られていない筈だ。ゲヘナ時の装備には認識阻害の効果も付けてあった。あの時の魔法詠唱者が俺に結びつくことはないだろう」

 

 ユリが御方からメッセージによる連絡を受けた時には、最悪、尾行している者を暗殺しなければならないかと覚悟もしていたが。

 

「それでは一体何が目的で……?」

 

「恐らくだが、あのチンチクリンが原因だ。アレが俺を警戒しているのを目にして気になったんだろう。……あのチンチクリンはアイテムで上手く気配を隠しているようだが、アンデッドのようだったからな。俺の正体がアンデッドかもしれないと感づいたのかもしれん」

 

 ユリにとっては主を煩わせるような存在は非常に目障りだ。不死人の特性である人間形態をとっているとはいえ、本性はアンデット。人間の街にアンデッドが出入りしていることが発覚ともなれば、今後の活動に悪影響が出かねない。

 

「──消しますか?」

 

「……気にすることはない。向こうだって確証はないだろうさ。放っておけ」

 

「ハッ」

 

「──それよりもだ、ユリ。ナザリックの外にいる時くらいはもっと砕けた口調でいいんじゃないか? 今の俺はただの金級冒険者なんだが」

 

「へっ? ぁ、ぅ……本気なのですか……? しかし、ボクは一介の下僕でしかなく──」

 

「たかが金級冒険者風情に従僕がついて回るのはどう考えても不自然だ。出来なければ……どうなるだろうな?」

 

 つまりは、旅の伴としては不合格。役目からは外されることになるかもしれない、とユリは息を詰まらせる。男としてはそこまで考えていた訳ではなく、ただからかっただけなのだが。

 

「うっ……了解いた──っ、んんっ…………わかっ、た、努力するよ。それが、我が君──あなたの望みであるなら、ね」

 

 そう言うと、ユリはいくらか逡巡した後、覚悟を決めたかのように男に向けて、イタズラっぽくウインクして見せた。

 

 いつか御方の隣に立つためには、こんな所で躓いてはいられないのだ。

 

「おぉ……ちょっとした冗談だったんだが」

 

「なっ……! 酷いです、御方様!」

 

「……いやいや、口調が変わると新鮮な気分だ。そういえば、やまいこさんも同じような話し方をしていたな」

 

 ユリのウインクを受け取った男は笑みを浮かべる。

 

 男の感想にユリは気恥ずかしいやら、嬉しいやらで……今後、どのような変装であれば側にいられるのか思考を巡らせるのであった。

 

 

 

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