※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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膨らんできたトラベルノートへ

・クレマンティーヌ焦点


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エスケープフロム…
36.クレマンティーヌ編⑧


 

 柔らかな良い香りが身を包み、安心感が猫のように身を丸ませる。そこに混じる、ふとした違和感。薄目を開け、ゆっくりと、かつ注意深く辺りを観察する。どうやら、見知らぬ大きな寝台の上にいるらしかった。

 

 深く息を吸い込む。感じるのはいつもとは少し異なる覚えのある香り。

 

 寝台の上から見える、離れた場所には見知らぬ文字やら紋様が刻まれた巨大な扉。天井には不死の象徴であるダークリング……いや、黒い太陽を思わせる日蝕と、複数の人物画。黒を基調とした一室の内装は豪奢と称する他ない。

 

 ベッドの脇のナイトテーブルには手紙が置かれていて、その手紙には次のように書かれていた。

 

『ようこそナザリック地下大墳墓へ。いい加減、皆もお前のことを知りたいと思っているようだ。遭遇する試練を乗り越え、謎を解け。お前の底意地の悪さと悪知恵を示すチャンスだぞ。──頑張れ』

 

 眉を顰め、口元をへの字に曲げた。

 

「ったく、勝手すぎだろうが……」

 

 不満気に悪態をつく。その扉の先にはいったい何が待っているのか。クレマンティーヌには悪い予感しかせず、現実逃避するために再びベッドへと潜り込んだのだった。

 

 □

 

「さっさと起きなさい」

 

 やっと来たか、とクレマンティーヌはアクビをして眼の前の人物を視界に入れた。そこにいたのは見知った顔のメイド──ユリ・アルファ。彼女の表情は呆れを隠さないもので、その視線は彼女を責めているようにも見えた。

 

「至高の御方や階層守護者の皆様方が貴女の行動を見ています。早く動き出しなさい」

「拉致って何させようって訳? さっさと元の場所に帰して欲しいんだけどぉ」

「……私もまさか貴女をナザリックに招くとは思いも寄りませんでしたが……御方様のご提案です。正直、気が進みませんが貴女にも、私にも拒否権はありません」

「……チッ」

 

 ユリに急かされると、クレマンティーヌは嫌々ベッドから降りた。その際、彼女の半裸身、黒の下着姿が露わになり、ユリの眉がピクリと不快げに動く。

 

「……何?」

 

 訝しげにしているクレマンティーヌに対して、ユリの内心はいかばかりか。コイツ、御方様の寝所で遠慮もなく……というのが妥当だろうか。

 

「……何でもありません。いいから早く服を着なさい」

「はいはい、わかりましたよーっと」

 

 しかし、結局は何事も言う事はなく、クレマンティーヌがベッドの中から引っ張ってきた服とマントを身に纏うのを確認すると、ユリは彼女を先導して歩き出した。

 

 ──そうして着いた先は玉座の間。

 

 彼女達が玉座の間を隔てる扉を開くと、目に映るのは財や権力、武力を示威せんとする存在の圧力。彼女の故国に伝わる今は亡き六大神──プレイヤーの神の如き力が現実のものであることの証左であった。

 

 そして、そこにはナザリックに所属する主だった者たちがいた。

 

 一段高くなった場所にはアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインが入った旗を背後に、玉座へと座る骸骨の姿。その左右には守護者統括アルベドにデミウルゴス。そして彼らから一段下がった位置にはいるのは他の守護者達やプレアデスの面々。

 

 しかしながら、僅かな期待を寄せていたクレマンティーヌの主である男の姿はそこには無かった。

 

 皆の視線が一斉にクレマンティーヌに集中した。

 

 ──うーわぁ……

 

 クレマンティーヌはぶるりと怖気に体を震わせた。そこにいるのは人を超越した存在たちだ。クレマンティーヌがもしも敵対行動に移れば、いくら抵抗しようと、為す術もなく命脈を絶たれることだろう。

 

 クレマンティーヌを見る視線には温度の差がある。好奇心。不快感。無関心。疑心。およその視線には無関心が多いが、それ以外には注意を払うべきだろう。

 

 不快感や疑心は分かりやすい。自分たちの拠点に過去に敵対した外部の者がいるという心情の現れに過ぎない。

 

 だが、好奇心は……新たな仲間を歓迎するものとも取れなくはないが、クレマンティーヌにはそうは思えなかった。

 

「遅くなり申し訳ありません」

「気にすることはない。では、皆揃ったな」

 

 ユリの言葉を受け、アインズは一つ頷くと口を開いた。

 

 玉座の間に静寂が戻る。そんな中、アインズはおもむろに立ち上がり、ゆっくりと座上から降りていった。

 

 ──……こっちに向かってる? 

 

 それに合わせ、クレマンティーヌの体に震えが走る。眼の奥に輝く、昏い怨念の赤。アインズが一歩近づく度に圧力が強くなってゆく。絶対的な存在──それは正しく王の放つ威圧感とでも言えるだろうか。

 

 クレマンティーヌの脳裏に、あの日、敗北した記憶が流れる。また殺されるかもしれない。死の恐怖。ここには庇ってくれるであろう男の存在はいないのに。

 

 ──ただ、恐怖からパニックに陥るようなことにはならなかった。以前のクレマンティーヌであれば脇目も振らず即座に逃げていただろうが、そうならなかったのは彼女が変わったということなのか。

 

「……まさか貴様をナザリックに招くことになるとはな。数奇なものだ。友の願いでなければ受け入れることなど有り得なかったことだ」

 

 アインズはクレマンティーヌの前に立つと、口を開いた。

 

 アインズから向けられた見下ろす視線は冷徹で、彼女を観察をするかのようなものだった。まるで価値を測るかのように。

 

 そして、そうした視線を向けてくるのは何もアインズだけではない。この場にいる他の者たちもまた同様に向けてきている。その視線に込められている感情は様々……だが、共通して言えるのは彼らが皆、クレマンティーヌという存在を見極めようとしているということだろうか。

 

 クレマンティーヌは居心地の悪さを感じつつ、それを表に出さないように注意する。ここで動揺を見せてしまっては、それが評価に直結するというのは予想がついたからだ。

 

 彼女からすれば下に見られようと、どうでもいい。腹は立つが元よりプレイヤーやら魔神と比べてしまえば武力など雲泥の差があるのだ。虚勢を張ったとしても超越者の前では滑稽に映るだけだと知っている。しかしながら、ここで無様を晒して侮られ、立場を不利にする訳にもいかないのだ。

 

 アインズはクレマンティーヌの様子をじっと観察すると、うむ、と頷いた。

 

 その反応の意味が分からず、クレマンティーヌは眉根を寄せ怪訝な表情を一瞬見せたが、それに構わずアインズは口を開いた。

 

 威圧感が解け、フッと体が軽くなった気がした。

 

「……フン……随分と変わるものだ。ここで醜態でも晒して見せれば適当に飼い殺すつもりだったのだが」

「……」

「あの時の貴様は確かに死に怯える小物だった。その変化の理由が友にあるのならば、それは興味深くもある」

 

 この化け物とは少し因縁がある。──アインズ・ウール・ゴウン。エ・ランテルにて死の螺旋を引き起こそうとした際に敵対した存在。当時、眼の前の存在は冒険者モモンを名乗り、本来の姿を隠していた。人類最高峰の実力者、英雄を苦もなく殺す事のできる魔法使いであり、理外の力を持っていた化け物の中の化け物だった。

 

 先ほどから周囲の者たちからの視線で警戒レベルを上昇させてはいたが、何かあれば即座に逃亡へと移せるように、何としてでも生き残るという覚悟を決めていた。

 

 しかし、彼女の覚悟とは裏腹に、アインズが発した言葉は平穏なものだった。

 

「……友からの願いだ。頭も下げられてしまった手前、今更彼の顔に泥を塗る様なことは出来る筈もない。あの時の事は忘れるとしよう」

 

 アインズの言うあの時というのが、エ・ランテルでのことを指しているのは直ぐに分かった。

 

 クレマンティーヌはアインズの言った言葉の真意を計りかね、困惑の念を隠せなかった。

 

 しかし、アインズはそれ以上何かを言うこともなく、もと来た歩みを戻し、玉座へと腰を落ち着けた。

 

 死の支配者が何を考えているのかは分からなかったが、それを自らツッコんで機嫌を損ねるようなことを態々するつもりも無かった。

 

「……では、デミウルゴス。彼女に今回の趣向について説明をせよ」

「畏まりました、アインズ様」

 

 玉座側に控えていたデミウルゴスが発言する。

 

「さて、では早速今回の趣向について説明させてもらおう。……と言いたい所だが、その前に私から君に一つ確認を取らせてもらいたい」

「……確認?」

「ああ。君は御方様の提案によってここに招かれた訳だが、その意図は正確に理解しているのかね?」

 

 朗らかな笑みを浮かべつつ、高圧的な態度でクレマンティーヌへと問いかけた。

 

「なんとなくはね」

 

 男の意図は何となくだが見えている。要は所属している組織への挨拶を兼ねたインターンの様なものだ。自身の所属する組織がどのように構成され、どのような行動原理を持つかを理解させる。自身の能力を示しつつ、組織の中での立場を見極めさせようとしている。

 

「……ほう? では、ここから何事もなく無事に帰れるなどとは……考えてはいないのだろうね? もしも甘い気持ちがあるようなら君は成すすべなく死ぬ。我々は御方様よりナザリック流で歓迎するように言われているからね」

 

 デミウルゴスが眼鏡をずらし、その宝石の瞳が顕になると圧力が高まった。それはクレマンティーヌの身体を強ばらせる程度には強烈なもの。しかしながら、真剣味すら感じさせる視線に邪な悪意は含まれていないような気がした。

 

「……は、下役は辛いね。わざわざご苦労なこった」

 

 反骨心。天の邪鬼な性質の発露とも言うべきかクレマンティーヌの口調が元来のものに戻る。その変化にデミウルゴスの眼が愉しげに細まった。

 

「クククッ……では、存分に自身の価値を示してゆくといい。……さて、何故君がここナザリックへと招かれたかと言えば、たった一つの理由がある」

「……」

「そう、君の実力。そして心の底からの願望を、狂おしいほどの渇望を私たちに見せて欲しい」

 

 その言葉に、クレマンティーヌの眉がピクリと動く。自身の渇望については、その一端について既にユリには明かしてある。彼女が、何が知りたい、と口を開こうとし──

 

「あぁ、言葉は結構。それは渇望を成すに足る実力があるかどうかを確かめてからの話だとも」

 

 と、遮られ、開きかけた口を閉じた。

 

 デミウルゴスは無言のまま玉座に座るアインズを見やり、それから視線を戻すと言葉を続けた。

 

「力なき理想など戯れ言だからね。君にはまず力と意志を示して貰おう」

 

 

 □

 

 赤い服を着た悪魔──デミウルゴスから説明された趣向とはこのナザリック地下大墳墓、第9層玉座の間より地上を目指して貰うということだった。

 

 道中には致死に至るトラップや攻略を阻むギミック、そして強力なモンスターや力量を見定めるための番人が配置されている。

 

 本来のナザリック地下大墳墓にある玉座の間にて──ある程度の欺瞞情報で整えられたナザリックから脱出しようと奮闘しているクレマンティーヌの様子をアインズとデミウルゴスがモニタリングしていた。

 

「以上でよろしかったでしょうか、アインズ様」

「うむ。……奴は彼の眷属とはいえ、ナザリックに忠誠を誓っている訳では無い。このマーレを中心として皆が作った新たなナザリック地下大墳墓の構造を欺瞞情報として仕込んでおくには丁度よい存在だ」

「は、ご慧眼、感服するばかりです。そして、彼女の渇望をも計画に組み込んでしまおうという、アインズ様の深謀遠慮にはこのデミウルゴス感嘆の念を禁じ得ません」

「世辞は良い。大した事ではないのだからな。……さて、ではそろそろか?」

「は、その様です」

 

 モニターを覗けば、ナザリック大地下墳墓、その岩漿領域──クレマンティーヌがナーベラル・ガンマを模したドッペルゲンガーを下した所であった。

 

 そして、一言。

 

「……しかし、少々難易度調整する必要があるかもしれんな。難渋とまでは言わないが、もう少し攻略には苦労してもらいたいものだ。早々に突破されてはナザリックが与し易いとも取られかねん」

「はい。それは私も懸念すべき点と考えておりました。トラップやギミックはまだしも、モンスターと番人は徐々に強化してゆくことに致しましょう」

 

 

 □

 

 

 クレマンティーヌが迫り来るモンスターを打ち倒していく。それはさながら疾風の如し。刃が煌く度にスケルトンの骨が舞い、トロールやリザードマンの血飛沫が上がる。

 

 道中に待ち受けているのはナザリック基準、攻撃能力の比較的低いモンスターであったが、それでもレベル的には10〜20後半のモンスターたち。この世界の存在からしたら強力な存在であることには他ならない。

 

 それを耐久の低いクレマンティーヌは、受けることはせず、それらの攻撃を危なげ無く避け、カウンターで薙ぎ払ってゆく。

 

 そんな存在を容易く撃破し、ダンジョンのように入り組んだナザリックを駆け抜けていく様は、まさに疾風走破の二つ名に相応しく、彼女の実力の一端を示していた。

 

 ──また、好調な攻略は彼女の力量もあるのであろうが、道中にこれを使えと、これみよがしに様々な武器が配置されているのも順調な攻略を手伝っていた。

 

「……はいはい、これ使えってことねー」

 

 クレマンティーヌも馬鹿ではない。態々分かりやすく武器を置いていった者の意図くらい理解出来たが、変な所でお節介だとも思う。それならこんな所に連れて来るなよ、と内心で愚痴ったのだった。

 

 

 ──地上へと向かう道中にはボスともよべる番人が何体かいたが、それも案外拍子抜けするほど。特に一度死闘した筈のユリがあっさりとクレマンティーヌに背後を取られ、死んでいったのには逆に動揺してしまったほどだった。

 

 故に、クレマンティーヌはそれに明確な違和感を感じた。まるで、姿形だけを真似た別の存在を相手にしているかのように。

 

 恐らくはユリは本人では無かったのだろうと当たりを付けていたが、多少なりとも彼女の気質を知っている身としては何故本人が出て来ないのかと疑問を覚えていた。が、どうせ、上役の指示なのだろう、私が気にしても仕方が無いと考えるのを止め先を急いだ。

 

 道中に張り巡らされたトラップは難なく回避し、時にはモンスターを排除するために利用もする。垂直な壁を駆け上がり、道中足場がなければ天井や壁にモーニングスターを打ち込み、身を振り子のように揺らして飛び越えてゆく。

 

 

 ──そうして、どれ程探索に時を費やしたか……少なくとも一昼夜などでは決してない。

 

 迷路のように入り組んだ墳墓の探索に疲れれば、なけなしの温情なのか転移魔法の込められたポータルを利用して始めのベッド部屋に戻る。

 

 そこで休息をとり、避けられなかった傷を癒やし、体力が回復すれば再び探索に打ち込む。それを何度も繰り返した。

 

 

 

 モンスターは徐々に難度を増してゆき、上層部に上ってゆくほどに探索は徐々に困難になっていったが……やがて、クレマンティーヌは地上部にほど近いエリアへと辿り着いた。

 

 そこは数多の髑髏が転がっているカタコンベとも呼べる空間だった。通路は広く、所々に玄室のような小部屋が見られる。埋葬品なのか首飾りや腕輪といった宝飾品が無造作に置かれていたのが印象的だった。

 

「……こんなの引っ掛かる奴いんの?」

 

 クレマンティーヌはそれに特段興味を示すことは無かったものの、欲深い者であれば墓荒らしに腐心する者もいることだろう。無論のこと、それらはトラップであり、手を付けた瞬間に数多のアンデットが誘き寄せられる仕組みになっていることくらい想像がついた。

 

 もう何度目か。エリアを区切っているであろう巨大な門を抜ける。

 

 そこで立ち止まり、薄暗く見通せない通路の奥に視線を投げた。クレマンティーヌの研ぎ澄まされた感覚が訴えていた。──この先に強い敵がいると。

 

 空気まで死を連想させるかのような静寂の中、クレマンティーヌが先へと進むと──果たしてそこには昏いオーラを纏ったスケリトルドラゴンが2体待ち受けていた。

 

 嘗てズーラーノーンの同輩であったカジットが操ったスケリトルドラゴンと比べても、明らかに大きく、感じられる圧力も異なっていた。

 

「あ〜、これって意趣返し?」

 

 スティレット以外の武器があって本当に良かった、とクレマンティーヌは身の丈以上もある鉄槌を構えた。

 

「しかも強化済みなんてさ……ホントここの連中って意地が悪いね」

 

 何処かで見ているだろう者達に向けて呟いた。

 

 彼女の言葉に応えるかのようにスケリトルドラゴンの音の無い咆哮が魔力の波となって響き渡るのだった。

 

 □

 

 黒や紫を基調としたゴシック調。クレマンティーヌが目覚めた際にいた部屋の造りに何処と無く似てはいたが、此方はより権力を象徴するような重厚感がより強く感じられた。

 

 一室に置かれた豪奢な寝台の上で。骸骨が描かれた枕を抱き締めた女が、部屋にノックもなく侵入してきた存在に対して皮肉った。

 

「皆が作り上げたナザリックをここまで突破してくるとは……恐怖公並の素早さと生命力ね」

 

 クレマンティーヌにはその恐怖公という者のことは良く分からなかったが、あまり良い意味ではない事が想像出来た。

 

「少しだけ見直したわ。あなたなら恐怖公とだって仲良くなれるでしょう」

 

 フワリ、とベッドから降り立つ。

 

 クレマンティーヌの視線の先のにいるのは、純白のドレスに腰辺りから生えた黒い翼、頭部に捻れた太い角を持つ淫魔──アルベド。

 

 ナザリック地下大墳墓、守護者統括が侵入者を排除せんと自身の得物であるバルディッシュを振るわんとした。

 

 

 □

 

 

「ふむ……」

 

 アインズの視線の先に映るは、遠隔視の鏡ミラー・オブ・リモート・ビューイング──そして、鏡面越しのクレマンティーヌとアルベドの戦いであった。しかし、それも終わりを迎えようとしており、今まさに両者が最後の矛を交わそうとしている所だった。

 

「アインズ様」

 

()()()()()()()()ではない、()()のアルベドの言葉に合わせ、その場にいた者たちが跪き頭を下げる。アインズがそれに手を上げ答えると頭を上げるように指示を出した。

 

「楽にせよ。……正体がドッペルゲンガーとは言え、お前たちの姿をしている者たちが負けてゆくのは気分がいいものでは無いな」

 

 鏡の向こうでは、クレマンティーヌが大上段から振り下ろされたバルディッシュを交わし、スティレットを淫魔の胸へと突き入れ、魔法を発動させた所だった。

 

 アインズからすればこの程度ことは最初から予想がつくものではあった。そして、当初の作戦からするとこの程度の試練を突破してもらわなくては自分たちの目的も、友人の面目も立たなくなるというもの。

 

 だが……それはそうとして、アインズとすれば配下たちと同じ姿をした者達がむざむざ負けてゆくのもあまり面白い光景ではなかった。

 

 その言葉を聞いたアルベドを始めとしたナーベラル、エントマ、コキュートス、シャルティアあたりがやっぱり殺して来ましょうか? とでも言いたげな雰囲気を醸し出す。

 

 対して、ユリは周囲の反応に困ったように眉尻を下げ、実際に戦闘に参加し、敗北、敗走したハムスケとデスナイトは申し訳無さそうに身を縮こまらせていた。

 

「まぁ、良い。お前たちが気にすることはない。これでデミウルゴスの計画が広がりを見せるというのならば多少の許容もしよう」

 

 鏡面の向こうでアルベドだった存在が絶叫をあげ塵と消えてゆく……そして──その場に残ったのは満身創痍のクレマンティーヌだった。

 

 □

 

 階段を駆け上がる。遠くに見える先には光が漏れていた。墳墓の出口だ。

 

「あー、久しぶりに太陽を見た気がするよ。気持ちいいねー」

 

 そうしてクレマンティーヌが出てきたのは、大きな霊廟。霊廟の入口には長い階段があり、振り返れば神殿とも見紛う荘厳な建造物だった。

 

 辺りを見回す。地下墳墓の外は古代神殿遺跡の様相を成していた。墳墓とはいうが、ラ・エンテルの墓地のように墓が乱立している訳では無く、大小の霊廟がいくつか存在しているようだった。

 

「──で、試験は合格?」

「ほう、驚かないか。これまで倒した筈の領域守護者達が再び目の前に現れたというのに」

 

 墳墓からの脱出を果たし、これから何処に向かおうか思案していると、背後に気配を感じた。そこには道中で倒した筈の者たちが勢揃いし、クレマンティーヌを見ていた。

 

「……別に。そんな気はしてたからねー」

 

 クレマンティーヌは皮肉げに顔を歪める。彼女自身、疑念はあった。強大な力を持つ魔神とも見紛う者達を倒してゆくのは、自身が比類なき強さを手にしたのではと勘違いしそうにもなった。

 

 しかしながら、以前相対したユリとの戦闘と比べて明らかに弱い。手加減されているのであろうという直感はあった。

 

 そして、疑念は目の前の者達を見て確信へと変わった。手加減どころか、私が戦っていたのはその影や似姿に過ぎないものだったのには腹立たしくもある。それはそれで本気を出す相手でもないと侮られているように感じられて苛立つが、意図して設定された乗り越えられる試練としては適度なレベルではあったのだろう。

 

 故に、いずれ必ず意趣返ししてやると決めて、その悔しさを飲み込んだ。

 

「で? もう私は行っていいわけ?」

「まぁ、待て。試練によってお前の力は示された。少々、釈然としない部分もあるが……これでお前もナザリックの一員に数えられるようになった訳だ。彼、という存在の仲介によってな」

 

 死の支配者がクレマンティーヌを一応は認めた。しかし、彼女としては今回のナザリックに来た経緯は成り行きであるし、心情的にも別にナザリックに認めて貰おうが、そうでなかろうが知ったことではないとうのが本音だ。

 

「……何が言いたいのかなー」

「そろそろお前の目的を聞いておこうと思ってな。私は、純粋にナザリックに所属している訳では無いお前が、我々のために働くとは思ってはいない」

 

 骸骨の眼の奥の宿る赤い光がクレマンティーヌを貫く。それは本能か、過去の死の経験によるものか、彼女は無意識に一歩、気圧されたように下がった。しかし、死の支配者の絶対的な力に気圧されつつも視線を反らすことは無い。

 

「しかし、お前は我が友の眷属であり、その彼はナザリックでは替えなどきかない重要な存在だ。お前が彼の為に働くというのであれば巡り巡ってナザリックの為にもなる。お前の理想次第ではナザリックからのバックアップも可能になるという話だ」

 

「……」

 

 眉を顰めた。自身の理想、目的、手段。それを成すのには全てが足りていないのは自覚している。そして、今のままでは理想を叶えることなど出来ないことも。

 

 しかし、裏切り、裏切られ。利用し、利用され。過去の経験から基本的に他者を信じることの無いクレマンティーヌは目的を話す事にも躊躇いを覚えた。本当に信じられるのか。いつの間にか自由を奪われ、此方が利用されるだけになるのではないか。もしも、話して邪魔立てされるような事があれば、と。

 

「──アインズ様、不躾ながら発言をお許し下さい」

 

 押し黙るクレマンティーヌ。痺れを切らしたようにアインズが話を打ち切ろうとした際、助け舟を出すようにユリが声をあげた。

 

「……うむ」

「互いに信頼関係を築けていないのは火を見るに明らかかと。どうやら彼女にも想いはあれど、全て説明するには逡巡がある様子。まずは私の知る範囲で彼女の意図を説明させていただきたく」

「──ほう、まぁいいだろう。話してみよ」

 

 ユリは語る。曰く、クレマンティーヌの目的には御方の過去が関わっているようだと。

 

 ユグドラシルの無数の枝葉にある内、とある一つの世界での出来事。火の消えかけた、その世界の成り立ちや歴史。いずれ訪れるであろう闇の時代と、火の時代を延命させるためのシステム。そして至高の御方の諱である『薪の王』の由縁と真実。

 

 ──つまるところ、薪の王の本質は世を照らす薪として『火継ぎ』を行い、火の時代を延命させる役割にあり、その実、決して王などと呼ばれる存在では無かった。むしろ、贄としての側面が強く求められていたということ。

 

 民もなく、玉座もない。そんな名ばかりの存在の何が王だと言うのか。薪の王という諱は呪いであり、蔑称に他ならず、至高たる御方の意思を貶めている名に他ならないのだと。

 

 ただ、それでも。彼の御方は『火継ぎ』を拒否する事が出来たのにもかかわらず、世を照らす薪となることを自らの意思で選びとった。

 

 その慈悲深い想い。その身を犠牲にし世を照らした偉業──しかし、ただ安穏と暮らす世の人々はいつしか。ただの名も無き不死、名も無き薪として御方を忘れ去るに至ったのだと。

 

 報われぬ。無念だ。

 

 彼女の抱く感情とは、火継ぎの仕組みを作った神を僭称する巨人への怨み、御方の慈悲と偉業を忘れた愚民への失望と怒り。

 

 クレマンティーヌの理想──やはり、御方は火の時代を延命させる『薪の王』ではなく、火の消えた時代を導く新たな『闇の王』になるべきだったのだと。

 

 

 守護者たちは愕然とした。なんたる悲愴な過去。そして、彼の御方がナザリックを去り、長く帰還することが無かった事、今も自由を求め放浪を繰り返すような言動をしている事を思い出す。ならば……それが本当の事ならば、御方は深く傷ついているのではないか、と思い至った。

 

 

「……ふーん、なぁんだ。何にも知らないんだね」

 

 嘲り。主だ、創造主だ、何だと。神の如く崇めている割には何も知らないのだなという痛烈な皮肉が女の口から漏れ出た。

 

 ──場に満ちる激情。明確に圧力と化してゆく憤怒、屈辱、やり場の無い悲嘆。

 

 故に、彼女は眷属として至高の御方を縛る諱を消し去り、本来の彼に相応しい地位を献上しようと計画しているのだと、ユリはアインズやその場の守護者たち、妹たちに説明した。

 

 それを聞いていたアインズは──

 

(それって、不死人のクラス取得のためのシナリオじゃないか? 何で、クレマンティーヌが、この世界の人間がそれを知っているんだ?)

 

 アインズは内心で激しく混乱した。ユリの話す事情はユグドラシルにおける不死人クラス取得に必要なクエストと完全に一致していたのだから。

 

「……一つ聞こう。何故、それをお前が知っている? 彼が話したのか?」

 

 しかも、NPCであった配下たちすら詳しくは知らなかった筈のマイナーなシナリオだ。

 

 アインズからすればただ定められたシナリオに関わる設定の一つであり、そこに友人が貶められたという認識などなかった。だが、それがよろしくなかったのだろう。アインズが真実である、という前提で話を進めると周囲に動揺が走った。

 

「……」

 

 しかし、彼女は答えず俯いたまま。表情を伺う事もできない。彼女が話す事もなかったため、ユリが補足するように説明した。

 

「……彼女は経験したらしいのです。真実はわかりませんが……あの死の最中に霊魂のような存在となり、向こう側で至高の御方の旅に同行したとか……」

「……な、何?」

 

 より詳しくユリから聞いてみればエ・ランテルでの騒動の際、アインズに絞め殺された後の話のようだった。

 

「……眷属になった際に記憶が引き継がれた? 追体験したとでも言うのか……? それとも、まさか、本当にあちら側に渡ったと……? そんなことが、ありえるのか……?」

 

 アインズからすれば訳の分からない事ばかりだ。アインズ自身、ゲームのアバターに乗り移った状態で異世界転移しているという身の上だ。いくら信じ難がろうが、クレマンティーヌの体験を完全に否定する事は出来ない。

 

 

「──死の最中に見た夢物語」

 

 ポツリ、とこれまで黙っていたクレマンティーヌが呟いた。

 

「ただの夢と断じるのは簡単だけど」

 

 抑揚もなく淡々と。

 

「……でも、何度考えてもアレは神の啓示としか思えなかった。あの物語は傷。可哀想に……私の心を救ってくれたあの人が……あの御方が心の奥底では私に助けを求めていた。自分の過去を、心にある見えない傷を見せるほどに苦しんでいた。早く、早く癒やしてさしあげなきゃいけない……」

 

 昏い笑みだ。存在として完全に上位にいる、神とも見紛う存在が、私という小っぽけな存在なんかに助けを求めている。それを思うと猛烈に自尊心が満たされ、使命感が、私が何とかしなければ、と身体を突き動かし──病的な笑みが堪えきれない。

 

 そうだ。求められた私は役に立たなければならない。存在意義を示すために。役に立って神に愛されるために。ずっと欲しかった愛を与えられ続けるために、と。

 

 その明らかに様子のおかしい彼女を見て、アインズが引いた。

 

「──そして、あの御方はいつか気づく。苦しいのは裏切られたせい。誰かの為の犠牲になったせい。今は放浪することで傷を慰めているけど……あの御方の、偉大な昏い魂が何時までもそんな現実に甘んじている筈が無い」

 

「いずれ、あの御方は闇の世界を導く王となって本当の姿を取り戻す」

 

 赤にも見える紫の瞳の奥。その意思に反応して、ダークリングが昏く輝いた。

 

 

 どうにもアインズの目の前にいる女は、理由こそ分からないが、ゲーム時代の友人の姿を見て心に傷を負っていると思い込んでいる精神異常者らしかった。

 

(あの人も色々苦労してるんだなぁ……)

 

 とは、アインズの内心の声。

 

 アインズ自身、彼女が見た夢を啓示などとは思ってはいない。ただ自身や友人が転移して来たことも鑑みるに、この世界にはそういった異常があるのだろうと。

 

 ただ、死の最中に夢を見るに至った原因を説明することが出来ない以上、確かにそれを『啓示』と呼ぶことは出来る。人は訳の分からない事が本能的に怖いのだ。故に畏れ、そこに何か大事な何かがあるのではないかと頑なに信じ込む。もしかしたら彼女もそうなのかもしれないとアインズは思った。

 

「……アインズ様。御方様の話は真実なのでしょうか」

 

 デミウルゴスが目を見開き、宝石の瞳を顕に尋ねる。

 

「ヌオッ」

 

 アインズが背後を見ると、デミウルゴスからは赤いオーラが立ち昇っていた。明らかにキレていた。そして、それは他の守護者たちやプレアデスの面々も同じだった。

 

「ン、ンンッ……彼がそうした経験をしているのは事実だ」

 

 咳払いを一つ。

 

 悲嘆に周囲がざわめいた。ゲームのシナリオ設定だけど……というのはアインズの内心の声。しかしながら、それ以上の説明はなく、真実として話を聞いていた面々の心にはモヤモヤとした感情が残ったまま。

 

「それで話を戻すが……お前は彼に相応しい地位として王位を献上しようと動いていると?」

 

「……偉大な昏い魂には民と玉座が必要。私は、今はただ神の偉業を広めつつ……もう少し手駒を増やしたいだけ」

 

 

 □

 

「お前たちの意見を聞こう」

 

 帝国方面へと立ち去ったクレマンティーヌの背を見つつ、アインズが問いかける。

 

 聞き出した彼女の目的とは、アインズの友人である男の名を神として広めること。その当面の方策とは古巣であるズーラーノーンに接触し乗っ取りを画策、帝国貴族の援助を得ること。ひいては教会を設立する事を目標としているという。

 

「タイギヲナスニハ、マダマダヨワイ。シカシ、アルジヘノチュウギニハケイイヲハライタク。オンカタノイブノタメ、ワレモチカラヲカシタク」

 

 青白い鎧のような外殻を纏うコキュートスが肯定的に言った。

 

「至高の御方がその御心に傷を負っておられたとは……気付かなかった、この身が恥ずかしいでありんす。彼女に関しては眷属を名乗る割には明らかに力不足。御方の身を守りたいと願うならもっと強くなる必要がありんす。至高の御方を神と広めるのは良い事でござりんすが、そもそも信者という弱い手駒を手に入れた所で本当に御方の力になるかは疑問でござりんしょう」

 

 眷属としての意気を認めつつ、眷属としての力の無さを指摘。信仰の影響力に懐疑的なシャルティア。

 

「仮に教会を設立したとして、ナザリックの、魔導国の下部組織とするには脆弱に過ぎます。信仰の基盤も薄く、布教には時間がかかり、現時点でナザリックの役に立つとは思えません。計画自体、リスクを換算した上で再考すべきと私なら判断します。それに全てを話さず、本来の目的を隠している点で信用するのは早計かと」

 

 彼女自身に関してはさほど関心がないのか言及なし。計画についても穴を指摘し、否定的なアルベド。ただ、彼女を力を持たない取るに足らない存在として見つつも、計画を明かさない姿勢を小賢しく思っているのかもしれない。

 

「……うむ。デミウルゴス」

 

「主の力となりたい、主の為にという想い、痛い程に共感出来ます。そして、その復讐を願う気持ちも。アルベドの言うとおり、計画の全てを話していない所を鑑みるに彼女の野心はなかなかに大きいようです。まだまだ計画に穴はあるようですが、主の覇道に殉ずるという覚悟と熱意は一先ず評価すべきかと」

 

 アルベドがデミウルゴスの言葉を聞いて面白く無さそうに鼻を鳴らした。

 

 計画の全てを明かしていない。それはつまり、ナザリックの力を安易にあてにしていないということでもある。デミウルゴスはむしろその姿勢をこそ評価しているようだった。

 

(しかし、デミウルゴスやアルベドが言うように何か他にも計画があったのか? 話を聞いてても全く気が付かなかったんだけど……今更、それが何かなんて聞けないよなぁ)

 

 まぁ仕方ない、それはともかくとして、アインズは考えた。どうやらクレマンティーヌが当面目指している所は教会を設立することにあるらしい。それも帝国貴族の助力を得てという形でだ。

 

 しかしながら、ナザリックからのバックアップがあると言った手前、帝国の元で教会を設立するのは後々よろしくないことにもなりそうだと思った。

 

 つまりは、設立される教会に対するナザリックの影響力という点。

 

 彼女が危険人物であることは友人の眷属となった今でも変わりはないし、アインズ自身、彼女の事を信用している訳ではない。本来、首輪をつけて統制しなければならないのは彼女の主である友人ではあったが、アインズとしても何をするのか分からない存在をそのまま野放しにするような事はしたくなかった。

 

 アインズは考えた。それならいっその事、最初から影響力持ってた方が良くね? と。それはつまり……

 

「デミウルゴス。バハルス帝国において仮称不死教会の設立をバックアップしつつ、シャドウデーモンを送りクレマンティーヌの行動を監視させよ」

「ハ、承知いたしました」

 

 

 □

 

 

 ──鼻歌交じりに女が歩く。帝国へと続く道。心踊らせ、夢を見ている。

 

 それは幸福な、自己満足の未来。何がしたいかなんて、ずっと前から決まっていた。

 

 彼女を侮った者たちへの意趣返し。

 

 彼女を否定し、受け入れなかった現実の破壊。

 

 常識の崩壊。

 

 彼女を受け入れる新たな世界の構築。

 

 でも、そんなのは今となってはついでだ。全ては、ただ、あの人と私だけが幸せになれるならそれでいい。

 

 ──あぁ、楽しみ。

 

 今はただ、早くあの人に会って、頑張ったな、と褒めて貰いたかった。

 

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