──意外なことに、聖騎士を名乗る彼との話合いは問題なく進んだ。
金級冒険者の男の言う通り、聖騎士が自身の信念に従っていると言うのはある意味本当の事だったのかもしれない。例えそれが、しょうもないものだとしても……
「すまなかったな……あんた女でも俺よりも強いんだな。慢心していたのは……間違っていたのは俺の方だったみたいだ」
意気消沈した様子で、戦闘前と比べれば卑屈にも思える態度で話す彼には、もはや過剰なまでの自信は見られなかった。
本人は無様にも魔獣に一撃で吹き飛ばされ、戦線離脱。恐らく彼はワーカーを救い出す為に飛び出たのだろうが、結果として、そのワーカーは全滅。
結果だけを見るのであれば、ワーカーを切り捨てられず、判断を誤って騎士隊を危険に晒し、魔獣討伐の任務を失敗に繋げたとも言える。それが彼にも分かっているのだろう。
優秀で剣の才能があり、これまで挫折という挫折を味わった事も無かった。都市長の身内と言うこともあり、身の回りにチヤホヤされながら、甘やかされて育ったのだろう。
まやかしの全能感。自分は強い。自分は正しい。自分は上澄みで、人を守り導く使命があるのだという貴族出身特有の選民意識、社会的義務を勝手に持っていたのだろう。貴族出身のお坊ちゃんによくある麻疹のようなものだ。
貴族なんて、その実、身分が高いだけの盗賊のようなものだというのに。貴族の義務など、自分のエゴを飾り立てて本質を隠す蓑。誰もそんな物守っていないというのに。
──ところが、そんな信念と呼ぶには烏滸がましい驕りは、ギガントバジリスクという魔獣によってあっさりと打ち砕かれたのだろう。
自分は全能ではない。魔獣を圧倒することなど出来ない。人を守るなんて結局は自己満足でしか無い。驕り、慢心し、判断を誤った。失敗、という現実が未熟な精神を打ちのめした。
……人間的には現実を逃避することなく、かといって他責にすることもなく、何とか受け止めようとしている。人となりはそう悪いものではないのかもしれない。
ただ……その鬱々とした表情を見ていると、此方の気まで滅入ってくる。そして、そんな彼の育ってきた環境やら聖騎士を名乗るに至った個人的な事情のことなども、正直どうでもよかった。
「女々しいことね」
だが、最悪なのは……この世で一番、自分が不幸だ、どん底にいるとでも言いたげな顔を私に向けてきたこと。そんな顔を見たら腹が立つ前に嫌悪感が勝った。気がついたら、反射的に拳が出ていた。
「グ、ガッ……! な、なにを……」
「……別にあなたがどんな思想を持とうが、私は感知いたしませんわ。でも、一度騎士を志したなら民を守る務めくらい最後まで果たしなさい」
「っ」
ウジウジと無意味に悔いている姿にどうしようもなく虫酸が走る。まるで誰かの昔の姿を見ているかのようだ。
力を過信し、貴族以外の人間を見下し、女を下に見て守っている気になったのは増長と呼ぶ他ない。だが、私としては彼の正義感やら信念やらがどれほど歪んでいようとも、心底どうでもいい。そんなものは私には全く関係のないことだから。
でも、今だけは立ち直って戦闘に参加して貰わなくては困る。ギガントバジリスクを討伐するためには彼のような人間でも必要なのだから。
「あなたの思想で言えば……あなたには義務がある。能力的にも、社会的な地位からしても。弱い立場にある者を守る義務がある。それなのに、あなたは義務から逃げるのですか?」
「な、馬鹿にするつもりか?」
殴られた頰を抑えながら、屈辱の宿る目で睨みつけてくる。それに理解が追い付いていないのだろう。どうして下に見てきた筈の女から心を抉る言葉を投げかけられているのかと、動揺しているのが分かる。
「今のあなた自身が、馬鹿にされないと本気で思っていると? 私はね、人の真価は、間違いを犯して躓いてしまった時に、どれだけ早く立ち上がって努力を始められるかで計れると思っているのよ」
「……」
そんな目をするくらいなら、初めからそんなウジウジしなければ良いものを。
「あなたが本気で何かを悔いているなら足掻きなさい。幸い、最悪の間違いを犯した訳じゃないもの。それなのに腐って時間を浪費するのは無駄。それとも、あなたは今まで下に見てきた人達と同じ立場になりたいのかしら?」
「く……」
受け入れられないでしょうね。人よりも優れていると自負してきた自分が、十把一絡げに扱われるというのは。プライドが高い分、尚更に。
「……都市や村の人々の安全を守るには騎士の務め。あなたの立場は私も何となく推察しています……でも、あなたの助けが必要なのは確かなのよ。どうか、最後まで私たちに協力してはくれませんか」
「アンタ……いや……ロックブルズ隊長。……わかった。俺を使え、次こそ仕留めてみせる」
こんな安い言葉でどうとでもなるなんて、単純ね。本当に馬鹿みたい。この年まで人の後ろ暗い所を知らないというのは本当に羨ましいことだ。悪意ばかりの私とは正反対。
「そう……協力に心から感謝します」
そう内心で思いつつ、その場を後にした。
「なぁ、隊長さん。ちょっといいか」
聖騎士を激励した後のこと、背後から声がかけられた。振り返ると、そこには金級冒険者の男がいた。私に話があるようだ。またズキズキと呪いが疼き出した……私も早く天幕で休みたいのに……
「……何ですか。話があるなら手短にお願いします」
彼の話の内容はこうだ。曰く、ギガントバジリスクの攻撃を引きつける盾役がこのメンバーには不在だが、このままでは昨日の二の舞にならないかと。目の前の男には秘策があるらしく、彼が囮となって石化の視線を引きつけている間に二人の最大火力を叩き込んで欲しいと。
……何を考えているのかしら。そんな危険な役回りに自ら立候補するなんて。この男も大概、自信過剰なのではないだろうか。
「秘策というのは?」
「う〜ん……内緒にしたら駄目か?」
「もしも秘策とやらが通じる事なく、あなたが囮役を果たせなくなった時、隊が混乱に陥る可能性があります」
「そうか……あまり人には言わないでくれよ」
曰く、ギガントバジリスクは元々昼行性の魔獣で、人と同じく夜は殆ど目が見えなくなるらしいが、遥か昔に樹上で生活していた名残か特異な目を持っており、一つの目で複数箇所を見ることが出来るのだとか。なので、焦点さえ合ってしまえば複数の対象を一度に石化させることも出来るらしい。
ただし、石化の視線の射程はそれほど遠くは無いため、ある程度離れていれば視線が向いていても無効化する事は出来ると言う。なお、ギガントバジリスク本体は石化への耐性を持っていない為、巨大な鏡で反射しながら有効距離まで近づけば逆に石化させる事も出来るのだとか。ついでに言えば、鏡など小さな手鏡くらいしか私に手持ちはない。
……にわかには信じ難い情報だ。そもそも何でそんな事を知っているのか。金級程度が討伐した経験がある訳でもない癖に……
「俺は石化の有効射程を知っている。俺なら右目を引きつけておける」
「……そんな事を何故知っているのか、というのは取り敢えず置いておきましょう。もしもその言葉が本当なら戦闘が少し楽になります。……けれど、そんな危険な役に自ら立候補する理由は何でしょうか」
「……あー……俺の冒険者証が無くなったことは聞いてると思うんだが……この依頼が未達だと再発行されないんだよ。上手くいったらギルドに一言口添えして貰えると助かるんだが……」
「はぁ……いいでしょう」
無くなった、ではなくクアランベラトに盗まれただろうに。全く、呆れた見栄だ。
聞けば、再発行を取り引き条件に、このギガントバジリスク討伐の依頼を受けるように言われたらしい。誰も参加しないでは冒険者組合の面目にも関わるが、募集しても誰も参加したがらなかったのだろう。当たり前だ。誰が好き好んで危険なギガントバジリスク退治になど参加するか。
──結果、依頼に集まったのは間抜けに、足手まといばかり。そんな奴らを回すなんて、この都市の冒険者組合も随分と質が悪い。
とはいえ……
相応の仕事働きをして見せるというのであれば、冒険者証の再発行を口添えするくらいならしてもいいだろう。
「あなたが生きていたら、口添えすると約束するわ」
「助かった! ありがとう、隊長さん」
調子のいいことだ。
……はたして、この金級冒険者の男が話す石化の有効射程は本当のことなのか、それとも嘘のでっち上げなのか……まぁ、私にはどちらでもいいことだ。ただ壁役さえこなしてくれるのであれば。
もしも石化の視線対策が嘘で、自らを売り込んできた癖に背を向けて逃げ出すようなら……その時は、探し出して八つ裂きにしてやりましょう。
□
口が軽くなった金級冒険者から知らされた魔獣の情報は他にもあった。
曰く、本来、ギガントバジリスクは視力が非常に高く、不意打ちを狙って出来るような魔獣では無いのだとか。嘘か真か数十メートル離れた小さな虫であっても見ることが出来るらしい。
今回に限っては腹がいっぱいだったのか眠りが深かった事と、岩場の影で視界が遮られていたから不意が打てたと言っていた。
そして、奴の呼気には体液と同じく微量ではあるが毒が含まれており、対策なしで接近したままでいると徐々に体が蝕まれ、動きが悪くなってくるのだという。
思えば、一昨日の殿では徐々に体が重くなってゆくのを感じた。アレはそのせいだったのかと、情報を知った今では背筋が寒くなる心地だ。……彼処で撤退出来ていなければ、力尽きていたこともあり得る。そこだけは金級冒険者に感謝しても良かったかもしれない。
そして──
「隊長。もう少しで、ギガントバジリスクの出没領域に入ります」
「ええ。慎重に進むわよ」
全体に目配せをすると騎士達や金級冒険者、聖騎士らが静かに頷く。私は眼前に広がる荒れ地に目を向けた。もたらされた情報をもとに作戦をたて、再び討伐へと赴いた。ここはもう、魔獣の縄張りのようで、所々にギガントバジリスクが残したであろう、巨大な爪で付けられたような傷跡がそこかしこに残っている。
「見つかったな」
金級冒険者の声で前を向くと、まだ遠くだが確かに、ギガントバジリスクの姿があった。既に向こうは此方に気づいているのか、その巨体をゆっくりと持ち上げた所だった。
──そして、怒りのこもった目で、巨大な爪で地面を抉りながら猛然と、八本の太い脚で土煙を巻き上げながら駆けてくる。
魔獣は此方を見ていたが、石化は進行していない。どうやら冒険者が言っていた石化の有効射程まではまだ距離があるらしい。
見える範囲では……呆れるほどの再生力のせいか、一度目の討伐で与えた首の傷は塞がりかけており、即死級の毒を含む血は止まっていた。矢で射抜かれた右目は流石に閉じたままであり、片眼で此方を凝視している。猛然と駆けてくる様子から、私が撤退の際に与えた脚への攻撃は痛手にもなっていなかったのもしれない。
「総員、各自突撃に備えなさい!」
ドドドッと地響きを立てながら迫る巨体に、騎士達は萎縮して足をすくませ、動きの固くなっている者が多数いた。
それでも、私の言葉で、ある者は自身の身体能力を向上させる武技を、ある者は攻撃系の武技を使用する為に溜めをつくった。そして私も能力向上、貫通の武技を身に籠める。
──そして、向こうから先に襲撃を受けるのは想定内のことだったし、今回についてはその為の対策も用意して来ていた。
「総員、反転して防御態勢! っ、投げて!」
「そらっ、とっておきだぞ……!」
私の指示を聞いた皆が危険なこととは知りながら、魔獣に背を向けて姿勢を低く、それに加えて目と耳も塞いだ。また、合図とともに、金級冒険者が腰のバッグから取り出した円筒状の何かを魔獣目掛けて投げるのを確認すると、私も急ぎ防御態勢を取る。
──瞬間、目を閉じていても感じる強烈な光。辺り一面が眩い閃光に包まれ、凄まじい爆発音が体を突き抜ける。耳を塞いで、防いでも酷い耳鳴りがするほどだ。
「うへ……現実のフラッシュバンって驚くだけって聞くけど、やっぱり、ゲーム産アイテムが現実になるってヤバいな……」
目を開くと、金級冒険者の口が動いており、何事かを呟いていたようだが、耳が少し可笑しくなっているのか聞き取れなかった。
この、魔獣が突撃してきた場合の対策も金級冒険者の発案だった。何でも閃光手榴弾というアイテムで、強烈な光と爆音で相手を短時間だが怯ませることが出来るのだとか。昨日、体験の為に一つ試した際にはその場にいた全員が目を回すことになったので、その有効性は身をもって知っている。
帝国ではあまり聞いたことのないアイテムで、帝国騎士団にそれなりに長くいる私でも知らなかった代物だ。しかし、その有用性は確かで、皇帝や筆頭宮廷魔術師殿に話せばもしかしたら興味を持つかもしれなかった。
──正面を向くと、ギガントバジリスクは突進中に強烈な光に怯んで、足を縺れさせたのか地に臥して藻掻いていた。どうやらギガントバジリスクのような強力な魔獣に対しても閃光手榴弾の光と音は有効のようだ。幾ら視覚に優れた魔獣とはいえ、あのような強烈な光では視力が回復するには暫く時間がかかるだろう。加えて、あの大音量を間近で喰らったのだ。元々耳は良くないと聞いてはいるが、聴覚も低下している筈。
「総員、今が好気だ!」
私は身振りを混じえて騎士達に指示を出した。彼らは一斉に剣を構え駆けてゆく。私もそれに遅れないよう、後に続いた。
「一斉にやれっ!」
魔獣に迫ってゆく。魔獣が目を回している。大きな一撃を与えられる機会は早々無い。他の者達もそれが分かっているのか、周囲とタイミングを合わせようとしていた。
「おおぉぉぉッ、聖撃ッ……!!」
「斬撃ッ」
「空斬っ!」
「斬刃ッ!!」
「一息・連突……!!」
雄叫びをあげながら万全の態勢で渾身の力を込めた剣を、槍を振るう。ギガントバジリスクの体表に幾つもの斬撃がみまわれ、分厚く硬い表皮を傷つけ、所々から紫の血が飛び散る。
──硬い。屈強な帝国騎士達が武技で強化し、剣を振るも思ったほどの効果は無いかもしれない。だが、それでも騎士達は攻撃の手を休める事は無い。
今、出来るだけ多くのダメージを与えておけば、戦闘はそれだけ早く終わるのかもしれないのだから。魔獣相手に手加減など、出来る訳がない。
「ギシャァァァァッ!!」
怒り狂ったギガントバジリスクが絶叫し、小蝿を振り払うように長い尾を振り回す。一時的とはいえ目を回しているせいか、動きは鈍く尾の薙ぎ払いの狙いも定まっていない。
だが、たったそれだけで、幾人かの立ち位置が悪かった騎士達は大きく吹き飛ばされて地を転がり、そのまま暫く立てなくなる。巨体から繰り出される尾の薙ぎ払いの一撃は、人などが直撃してしまえば、人の耐久性などひとたまりもない破壊力を持っていた。
「くっ……無理して攻めるな! 距離を取って、態勢を整えろ!」
被害が大きくなることを恐れ、距離を取るように指示を出す──が、帝国騎士と言えども即座に柔軟な対応が出来る者ばかりでは無い。退くタイミングを逃し、手痛い反撃を受けた者、まともに攻撃を貰うことはなかったものの、近づき過ぎて毒の息を吸ってしまったのか咳き込むものもいた。
「そろそろ俺の出番だな」
と、冒険者の男が黒塗りの弓を胸の前で横に構え、3本の矢を番えて引き絞ると、一斉に射った。その全てがギガントバジリスクの目が機能している側──左半身の体表に深々と突き刺さる。
矢は3本とも魔獣に命中してはいるが、巨体に対する傷が小さすぎる。人であれば重大な損傷になるものでも、ギガントバジリスクには少々大きな棘が刺さったようなものだろう。
「シャァァァァ……!」
それでも、チクチクという攻撃が非常に目障りであることには違いない。
ギガントバジリスクは血走った目で視界に入った冒険者の男に向かって迫り、吻端から伸びた赤く鋭い角で突上げようとした。彼はそれを俊敏な動きで難なく回避、それから怒りを煽るようにもう一度矢を射ると、その矢も当然のように分厚い表皮を貫通して深々と突き刺さる。
魔獣は苛立つように大きく咆吼し、男を凝視するように睨みつけていた。そして、視界に入り続ける男を執拗に追う。
男も、そのまま魔獣の気を引き、一定の距離を保ちつつ此方の態勢を整える時間を稼ぐつもりらしい。
「っ、隊長!」
「今のうちだ! 総員、下がって再攻勢に備えろ! 万全に近い状態でかかれ!」
今のギガントバジリスクからの反撃で毒を含んだ血飛沫が少なからず飛散してしまった。肌に直接付かなければ問題無いが、毒の症状が既に出始めている者は危険だ。騎士団から支給されているポーションをすぐに使用した方がいいだろう。
「身体に異常のある者は解毒ポーションを飲んでおきなさい! もう一度、行きますよ!」
後退し、一息入れた全員が再び自身に武技を使用した。そこで、逃げ回る冒険者の男から視線が送られてくる。それに頷き、態勢が整ったことを伝える。
「突撃用意! 隊列を乱すな!」
「「「はっ!!」」」
私の号令に、騎士が剣を構える。その最中、私は冒険者の男の戦闘に目を向けた。
彼は此方を一瞥すると、ギガントバジリスクに向かって駆け出した。自ら危険に飛び込んできた愚か者に対し、それ目掛けて魔獣が鋭い牙で噛み砕こうとしている。首を捻り、横にした状態で勢いよく突き出し、その顎──鋭利な刃の付いた万力で挟むように閉じた。
──が、男はその噛み付きを、低く身を滑らせるようにして回避。そのまま、目の潰れた右半身側の死角に入ると魔獣の体表を蹴って宙を舞った。無防備にも見える空中で弓が引き絞られ、魔獣が男を見失っている隙に新たに番えられた
ギガントバジリスクがその痛みに耐えかねてかバランスを崩し、どう、と地面へと倒れ込むと土煙が上がった。
……囮役を自ら引き受けるだけあって、男はかなり戦い慣れているらしい。というか、何故、奴の弓矢だけあんなに簡単そうに魔獣を傷つけることが出来るのか……諸々の疑問はあったが、今はそんな事を考えている暇はない。今、集中すべきは魔獣を殺すことだ。
「奴を狩り取れ! 突撃!!」
騎士達が雄叫びをあげて駆ける。ギガントバジリスクにもそれが聞こえているようで、騎士達に向けて首が動いていた。だが、魔獣も相当に体力を消耗しているのか、矢の当たりどころが良かったのか、容易には立つことが叶わないようだ。魔獣の体勢は既に崩れて伏したまま。今ならば押し切れるかもしれない……!
──騎士達が何度も切りつけて出来た小傷。小傷となった場所の範囲は少しずつ広がってゆく。そして、何度も剣を打ち付けられた箇所は表皮も脆く、刃が通りやすくなっていた。
騎士の一人が飛び上がり剣を振り上げる。刃がきらめき、太陽の光を反射する。剣を振り下ろし、切り裂きながらさらに踏み込み追撃する。紫色の鮮血が飛び散り辺りを濡らす。魔獣が悲鳴を上げた。
だが、それでもまだ魔獣の体力は尽きない。巨大な体躯を持つギガントバジリスクの生命力は人間の比ではないくらいに強大だった。騎士らはそれを理解しており、魔獣の体を剣で切りつけることを止めなかった。
──と、そこで聖騎士が動いた。
彼は剣を大上段に構え、そして……
「っ!」
振り上げた剣を、二撃目を考えることなく全力で振り落とす。その一撃は風を切り、閃光のようにも見えた。そんな斬撃がギガントバジリスクの頭部に吸い込まれてゆく。
ギガントバジリスクの表皮を裂き、頭蓋骨に刃が噛み……残念ながら、そのミスリルともオリハルコンとも見紛う硬度の頭蓋に剣は弾かれた。だが、その威力は魔獣の頭が衝撃で下がるほど。一瞬の間の後、血管を傷つけたのか激しい出血が始まる。
「──グギャアァァァァ!!!!」
残響を残すほどの咆哮。魔獣の比較的近くにいた騎士は間近で咆哮を耳にしたため、たたらを踏んで反射的に耳を押さえた。
直接頭部を攻撃され、凄まじい衝撃を受けた筈だったが、それでも致命傷には至っていないようで、ギガントバジリスクは絶叫しながら暴れ出す。その巨体を激しく動かしながら、鋭い爪で、長く太い尾を振り回して、周囲の騎士らを引き離しにかかる。それから天を仰ぎ、胸部を膨らませるような不可解な動きを見せ──
「っ、逃げろ!! ブレス!!」
金級冒険者の警告が聞こえたのとほぼ同時──ギガントバジリスクが足元に向けて毒の息吹を吐き出す。その毒霧が逃げ遅れた騎士達を呑み込むのを見た。
「くっ……」
間一髪……警告のお陰で私は難を逃れることが出来た。だが、他の騎士達は……目の前には、モウモウと黄色の毒霧が漂っている。風属性の魔法が使える者がいれば毒霧を吹き飛ばせるのだが、此処にはいない。
「ギュオッ!! ギュオッ!! ギュオッ!!」
毒霧の中で、短く繰り返される魔獣の咆哮が勝鬨のように聞こえてくる。次第に風で毒霧が流れると、幾人かの騎士がその場で崩れ落ちてしまっており、ピクリとも動いていない。聖騎士も戦闘不能になってしまっていた。
「おい! 早く回収して治療しないと死ぬぞ!」
「くっ……分かっている! あなた達は負傷者を回収して! 私はギガントバジリスクの気を引いて時間を稼ぐ! あなたは私を補助して!」
金級冒険者の声に焦りの色が見える。彼の判断は間違っていないだろう。焦る心を無理矢理に鎮め、指示を飛ばした。
「……了解した。いくぞ!」
私と金級冒険者は走り出す。騎士らは戦闘には貢献出来ないと、救助に回されたことで一瞬悔しそうな顔を浮かべるが、すぐに倒れている仲間の安全を確保すべく動き出す。
私と金級冒険者、二人がかりならば気をそらすくらいは出来るだろう。その間、二人でギガントバジリスクと戦う事になってしまうわけだが……私はこんな所で命を捨てる気など毛頭ない。
──早い……! 金級冒険者が私を追い抜いて、横を駆け抜けてゆく。弓を持ちながらも、途中、腰からショートソードを抜き放ち、右手に逆手で構えていた。きっとあれが彼の獲物なのだろう。一見しただけだが、血の汚れのような模様がある古そうな刀身だった。
そして、逃げ遅れ、倒れ伏した騎士達を一足に飛び越えて、ギガントバジリスに迫りながら弓を引き絞るのが見えた。
「……」
瞬く間に放たれた矢は吸い込まれるようにして右目へと飛んでいき、突き刺さる。
「な、なにをっ?! そんなことしたら……!」
魔獣が悲鳴をあげ、視力を完全に失ったことでパニックになったのか我武者羅に暴れ出した。残った右目を狙わないことは事前の話し合いで決めていたこと。完全に視界を奪ってしまっては滅茶苦茶に暴れ始めることが分かっていたし、行動のパターンが全く読めなくなってしまう。
……あの男は明らかに狙っていた。クソ……これで石化の視線の心配をしなくとも良くなったが、出鱈目に暴れるので動きの予想も出来なくなった。
「隙は俺が作る! さっさと倒してしまえ!」
「簡単に言わないで……! あとで覚えていなさい……!」
さっさと倒せるものなら既にそうしている。彼の動きに舌打ちしつつも、私は地を蹴り、駆けた。集中──精神が研ぎ澄まされていく感覚がする。周囲の音が掻き消え、時間の流れがゆっくりとなる。頭の中にあるのは、ただ魔獣を殺す、ということ。
──そして、私は槍を構える。
ギガントバジリスクは激しく暴れ、此方に前足を叩きつけてくる。それを横っ飛びに回避した。
「心臓を狙え! 前脚の付け根、喉の下側にある!」
男が魔獣の尾を踏み台にゴツゴツとした背を駆け上る。その背から、ショートソードを肩口に突き刺し此方に叫んだ。魔獣の肩口には分厚い表皮を貫通して剣が深々と刺さっており、そこからダクダクと紫の血が溢れ出ていた。
刺した瞬間、視覚を失ったギガントバジリスクは肩口に男がいると分かったのだろう。地を踏みしめ身を起こし、首を捻り背に回すと何度も鋭い牙で噛み砕こうとしていた。
「やれ!」
「ハアァァッ……!! 穿、撃ッ……!!」
男が叫び、私は──限界突破、能力向上、貫通、穿撃の武技を発動。渾身の力を込めた槍を突き出す。穂先がギガントバジリスクの柔らかな喉下にズブリ、と突き刺さってゆき──槍からは生々しい肉を穿つ感触が伝わってくる。
そして──グギュルルルルという喉を鳴らすような魔獣の悲鳴が響き渡る中、私は槍に体重をかけながらさらに深く押し込むと、全力で捻りを加え引き抜いた。血が傷穴から溢れ出し、それを避けるように後ろに跳ぶ。
武技使用の反動。限界を超えて肉体を強化したことでダメージが返ってくる。腕が、脚が重い……膝を地に付き、魔獣を見た。
魔獣は──フラフラと天を仰ぐように身を起こしていたが……ついには力尽きたように大地へと身を倒したのだった。
□
──その後の事だ。
私達は負傷者を出しながらも一時的な拠点としていた近隣の村へと戻り、毒を受けた者達の治療を行った。幸いなことに、部下の騎士達は負傷者こそいるが、死んだ者はいなかった。
解毒ポーションは既に飲んでいたが、毒がなかなか抜けないのか体調を悪そうにしている者はいた……まぁ、その内、治ることだろう。
「お疲れさん。トドメは良い一撃だった」
「……どうも。取り決めを無視して目を射抜いたことは忘れてないわよ」
金級冒険者の男が近づいてきて言った。結果が良ければいい、みたいな顔をしているけど、命令無視は規律違反に当たる。……まぁ、外様の冒険者にはそんなもの関係ないが。
「ハハハ……隊長さんも、あの時はアレが一番だって分かって言ってるだろ?」
「……フン、まぁ、いいでしょう。……何かしら。何やら周囲が騒がしいようだけど」
負傷者の治療の為に立ち寄っただけで、問題ないようならもう出発するつもりだ。
「あぁ、何でも今日はお祭りらしいぞ。危険な魔獣が討伐された祝いだとかで。毒をくらった騎士達が元気になってたな」
「ハァ……なんて面倒な……」
拠点としていた村は近隣に出没していた危険な魔獣が討伐されたとあってお祭り騒ぎ。不安に思っていた日々が過ぎ去ったのだから、まぁ当然だろう。
「断りましょう」
「え?」
「なにか?」
「いや……お礼の気持ちを込めての宴だと思うんだが……」
「必要ありませんわ。祭りを急にするなど、村の暮らしも楽ではないでしょう」
村人たちは私たちに感謝を伝え、歓待しようとしていたようだが、私達はまだしなければならない事があるからと、その場を辞することを村長に伝えた。
「あの、隊長……調子の悪いものもおりますし、村で体を休めていきませんか?」
「……報告を終えるまでが任務だと、分かっているかしら?」
「しょ、承知いたしました……」
村の娘たちが騎士達に色目をつかっていたからだろう……馬鹿な部下たちは名残惜しそうな顔をしていた。
すぐにでも帝都に戻りたい気持ちはあった。
とはいえ、この隊の現状では長距離移動は難しいし、依頼を出した冒険者組合や都市長への報告もある。都市で一日休んでから帝都に戻ることにすると伝えると、隊の空気は少し緩んだ。
「なぁ、冒険者の兄さん、ちょっと話があるんだが……」
「なんだ、騎士さん」
部下たちと冒険者の男がコソコソと話をしていた。どうせ、娼館にでも行く算段なのだろう。精進落しやら禊のつもりか。全く、男というものは度し難いものだ……
都市に到着し、まずは冒険者組合に出向く。
依頼を放り出して逃げ出した者がいた事を伝えると、組合長は情けないほどに身を小さくしていた。……忘れそうになっていたが、ついでに、件の間抜けとの約束である冒険者証の再発行についても釘を刺しておいた。
「ありがとう、隊長さん」
「これで義理は果たしたわ」
冒険者の彼はさっそく新しい冒険者証を貰ってホッとしていたようだ。彼とはここで別れることになる。使い勝手の良さそうな男だったから、覚えておいてもいいかもしれない。
都市長への報告についてだが、直接話をする事はなかった。どうにも私に会いたくないらしい。
……確かに、貶めようとした相手がまさか本当にギガントバジリスクを討伐して帰ってくるなどとは思ってもいなかったのだろう。
都市長と話はしなかったが、身内だと言う聖騎士とは最後に話をした。曰く、都市長が迷惑をかけてすまなかったな、と。俺と同じく、思い込みの激しい人だけど、悪い人ではないんだ、俺から注意しておくと。
……私にとってはどうでもいい事だ。それと、彼はいずれ帝都騎士団に移動したいらしい。その時はよろしくお願いするとも言っていた。勝手に頑張ったらいい。
これで、この都市ですることは終わり。
──と思っていたのだが、ギガントバジリスクを討伐するという大金星をあげたのだ。部下たちは祝杯をあげるために、どうしても打ち上げをしたいらしかった。
そんなものに私を誘う必要などないのだが、一番の功労者がいなければ意味が無いらしい。どうにもしつこく……最初の一杯だけでも、ということで参加させられる事になった。
……全く、どいつもこいつも勝手なものだ。私は誰とも馴れ合うつもりなどないというのに。