※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

40 / 59
40.レイナース過去編①ー3

 ──地方都市の夜。

 

 闇夜が辺りを包み込み、されど、文明の利器たる魔道具の灯りが歓楽街一帯を明るく照らしている。

 

 昼とは異なる活気。人々の喧騒。男達が欲望のままに金と時間をつぎ込む遊技場。煌びやかな灯りを放つ娼館の入口で手招きする娼婦たち。安酒から高級酒まで幅広く扱う酒場などが立ち並び、歓楽街は怪しげな色香を放っていた。

 

「隊長、こちらです」

「ご苦労なことね……安心なさい。一杯だけ貰ったら帰ります」

 

 そんな歓楽街の中心。表向きには合法的な全ての娯楽が詰め込まれた歓楽街の中では、大きくもなく小さくもない……しかし料理と酒が美味いと評判だというだけの大衆酒場に私たちは吸い込まれるように入っていった。

 

 酒場は仕事終わりの役人やら商人、一日の仕事を終えて一杯引っかけようとする冒険者やらの者達で溢れかえっていた。

 

 酔っ払いたちの喧騒が耳につく。酒場に入ると、中の者たちからの視線が一斉に私たちに突き刺さった。なぜならば……

 

「し、しかし、隊長。その……慰労会に軍衣とは……」

「何か?」

 

 私が騎士の鎧を脱ぎさっても、帝国騎士団の軍衣を纏っていたからだろう。部下の騎士たちは比較的ラフな普段着で宿を出て来たようで、私の軍衣姿は明らかに場違い感がしている。だが、これはわざとでもある。任務外であろうと公的な立場を崩すつもりはないという意思のアピールだ。

 

「い、いえ、何でもありません……」

「私は普段着なんて持ち歩いていませんので」

「そうでありますか……」

 

 これは本当の事だ。任務がある際には隊長としてその地の首長と会うことがあるため、軍衣を持ち歩いている。突然、地方の首長に呼ばれることも有るので必携だ。反対に、任務中では特に私服を着用することもない為、持ち歩くことはない。不要な物は単純に荷物にもなる。

 

 ……しかし、別に私に気を使う必要などないのだが。話すことがなくて気まずい思いをするなら最初から誘わなければいいものを。騎士団という職場の上司と部下の関係。それ以上でもそれ以下でもない。特段、仲良くする必要などありもしないと私は心底思っている。

 

 空いていた酒場の席は六人掛け。私が空いている端の席に座ると、何を頼むか尋ねられた。エールは好きでは無いので、ワインを頼んだ。あまり酒に強くない為、普段はさほど飲むことはないが、一杯くらいは大丈夫だろう。

 

「待たせたな。さっきはどうも、隊長さん」

「あなた……何故ここに?」

「あっ、私が呼んだのです。彼も魔獣討伐の功労者でありますから。報告が遅くなり申し訳ありません」

「そう……まぁ、報告のことは別にいいわ。任務中の事でなければ」

 

 何故か金級冒険者の男が現れ、若い騎士の一人がその理由を答えた。曰く、魔獣討伐では戦闘に大きく貢献したことから、彼の名誉を称えるため。ついでに弓を上手く扱うコツや国外のことも聞いてみたいとか。

 

 その男は私の隣に座るようだ。

 

「それでは、私が音頭を取りましょう。隊長から何かありますか?」

「特にはありませんので、副長に任せます」

「わかりました。では……任務達成を祝って、乾杯!」

「……乾杯」

『かんぱーい!』

 

 騎士達はエールの注がれた木製のジョッキをぶつけ合うと、一気に飲み干していく。

 

「ぷはー! この一杯の為に生きてるな! 今回も死ななかった!」

「お前、また始まったよ」

「いいぞ! 人はいつ死ぬかわからんからな。今日は私が持つ。どんどんいけ!」

「さっすが副長!」

 

 老いも若いも、酒を飲むと騎士は途端にオヤジくさくなり、それから二杯三杯と煽るように呑んでゆく。

 

 目上とは面倒なものだ。部下の飲食まで世話しないといけないなんて……とはいえ、この隊は副長がいるので楽な方だ。後で幾らか渡しておこう。

 

「しかし、副長。ギガントバジリスク討伐なんて大金星、他の隊の奴らの驚く顔が目に浮かびますよ」

「あぁ。ただ結局は隊長と冒険者の彼に頼りきりになってしまったからな……あまり大手を振って帝都に凱旋できることでも無い」

「そんなぁ!! 俺、それでアンナちゃん口説こうと思ってたのにっ」

 

 馬鹿。それにお前、毒食らって具合悪そうにしてただけだろ! と、突っ込まれゲラゲラと騎士達が笑った。

 

 ギガントバジリスク──確かに特別なモンスターであり、非常に危険な魔獣だ。こいつを単独で討伐出来ればアダマンタイト級になれるとも言われている。これを隊でとは言え討伐したとなれば、箔が付くというもの。

 

「前から思ってたが、隊長さんはあんまり騎士達の輪には入らないんだな」

「……女が上司ですから。彼らからしたら、どう相対したらいいか分からないのでしょう。それに、ああいうノリは苦手ですわ」

「そういうもんか」

「そういうものです」

 

 騎士達は誰それが何を狩ったなど他の隊の手柄話で一喜一憂したり、将来的な展望を話し合って盛り上がっていた。その時、店員が肉を持って来たのでそれを流すと、騎士達は我先に食べ始めた。

 

 私はそれを横目にワインを少しずつ呑みながら、別で頼んだつまみのチーズを齧る。

 

「冒険者殿は出身はどちらだ?」

 

 騎士隊でも副長の役を負っている男性騎士が冒険者の男に尋ねた。この冒険者の男の言葉に特異な訛りは感じられない。帝都で使われるような流暢な標準語、かといって帝国の出身という訳でもなさそうなので副長も不思議に思っていたのかもしれない。

 

「物心ついた頃から転々としてるからな。どこの出身なんて答えは出ないな」

「そうか……では、帝国に来る前はどこに?」

「竜王国の方だ」

「それは……あちらはビーストマンの被害が酷いと聞く。竜王国がもしも破られれば帝国も他人事ではないでしょうからな……」

 

 帝国と竜王国は国交があり、比較的友好な関係にある。しかし、ビーストマンの侵攻が国境を突破すれば何が起こるかわからないし、今も竜王国はビーストマンの侵略に難儀していると聞く。竜王国の今後次第では帝国とて決して他人事ではいられない。

 

 そこから騎士同士の真面目な話が進んでゆき──騎士の一人が思い出したかのように金級冒険者の男の弓の腕について質問を投げかけた。

 

「しかし、素晴らしい弓の腕でありました。どういった訓練をすればあれだけの精度を出せるのか……非常に気になります」

「……なに、しっかり訓練すればあのくらい出来るようになるよ」

「目玉を一発でしたからな……どれだけ修練を積めばあの領域に辿り着けるのか……」

 

 弓の腕前を褒められ、男は少し居心地悪そうにする。普通は気をよくするものだろうに。それを誤魔化すようにジョッキの中身を喉に流し込むと男が答えた。

 

「何事も訓練あるのみだな」

「機会があれば、是非教えていただきたいものです。騎士団の教官でもアレは難しいのでは?」

「それは確かに!」

「あれ程の腕前が俺にもあれば出世出来るんだがなぁ」

「そんな無い物ねだりじゃ厳しいっすよ!」

「おいこら、先輩になんて口の聞き方しやがる!」

 

『わははは!!』

 

 訓練すれば出来るようになると男は言うが、現実、男の放つ矢はどれも素晴らしいものだった。激しく動き回る魔獣の目玉という的を、自身も動きながら、それも寸分違わずに一矢で射貫くのだ。そんなものは一朝一夜で身につくものではないだろう。……それこそ金級冒険者である事が、不自然なくらいだった。

 

 幾ばくか訓練内容やコツについての質問があったが、それから話は徐々に魔獣討伐の反省へと移り変わってゆく。

 

「しかし、今回の魔獣討伐は俺達も健闘した方だとは思いますが、隊長達がいなかったら全く歯が立ちませんでしたね……」

「連携は上手いこといっていたと思う。ただ一人一人の攻撃が効かないというのは如何ともし難いな……」

「うーむ……ミスリルに匹敵する硬度というのも本当の話でした。あれは普通の剣ではどうあっても太刀打ちが難しいです」

「そうっすね。隊長みたいに人外の膂力でもあればまた違うんでしょうけど……」

「……」

「……」

「……」

「……ん?」

「隊長っ、申し訳ありませんでした! こいつには後で腹を切らせますので何卒お許しください!」

「あっ、えっ、すすすすす、すいませんでした〜! ついっ」

 

 若い騎士は自身がギガントバジリスクの攻撃を受けてしまい討伐隊の足を引っ張ってしまったことを反省していた。また、副隊長の騎士は複数の冒険者と連携して戦えたことを評価しながらも、自身を含め力量が追いついていないことを苦く思っていたようだ。

 

 結局は馬鹿騒ぎに行き着いてしまっていたが、彼らも悩んでいるということなのだろう。

 

 一人一人が出来ることをする。それがチームとして何より大事だ。それぞれ得意不得意があるのだから、自身の役目を果たしつつ助け合えば、結果は後でついてくる筈。隊の目標を達成するのは個人の力ではなく、集団の力なのだから。

 

「いえ。あなたは首です」

「聞いたか、残念だがお前は騎士首だ、首っ! アンナちゃんにはお前が無職になったって伝えておくからな!」

「心配すんな! アンナちゃんはお前の代わりに俺が口説いておいてやるからよ!」

「ちょっ……勘弁してくださいよ、隊長ぉ! ……冗談っすよね? 冗談っすよね?!」

 

 馬鹿騒ぎもたまには悪くないのかもしれないと思うのは、私もギガントバジリスク討伐の功に舞い上がっているのかもしれなかった。

 

 □

 

 場はこれから最盛を迎えようとしており、私のワインも残り少なくなってきたところだ。

 

「……なぁ、これの事は聞いたら不味いか?」

 

 男が自分の顔を指差し、私の目を見て言う。男が言いたいのは私の顔の半分にある呪いのことだろう。……まさか、面と向かって尋ねられるとは思いもしなかった。というより、通常の神経をしていれば女の顔に傷があっても見て見ぬ振りをするものだと思うのだが……

 

 ……これは、私にとって他人から容易く触れられたくないものではある。しかし、かと言ってこの崩れた半顔ばかりを見て、腫れ物を扱うような態度をされるのも腹が立つもの。

 

 呪いの掛かった顔を見た者の反応は大体が同じだ。眉を顰めて憐れみ視線を逸らすか、汚物をみるような嫌悪感丸出しの反応をする。……どちらにしても不快な反応だ。

 

 ……女なら、幾ら気にしないふりをしていようと、そう簡単に割り切れる訳がない。この顔を醜いと内心で嫌っている者が殆どのように、私自身もこの呪われた顔が大嫌いだから。

 

 鏡を見るたびに絶望するのだ……呪われた箇所は酷く爛れており、何度拭き取っても汚れた膿みを排出する。腐敗に似た嫌な匂いもするし、今は薬で抑えられているがジクジクという慢性的な痛みを発している。体調が悪いと薬すら効かず、一日中不快な痛みに苛まれる事もある。

 

 只でさえ、症状が辛いのに、そんな反応を一々返されては、私の感情まで振り回されて身が持たない。だから、目立たぬように顔半分を髪で覆い隠しているのに。

 

 それを何ということも無く尋ねて来たこの男が、何を考えているのか分からず、不快に思うよりも先に呆れが勝った。

 

 場が一瞬静まり返り、部下である騎士の内の誰かが怒りの籠もった声をあげた。

 

「冒険者殿っ、それは隊長に対し失礼ではありませんか……! 信じ難いことに貴殿はご存知無いようですが、隊長は栄ある帝国四騎士の……ひぃっ」

 

 ギッ、と睨みつけて余計なことを言わせないようにする。周囲に話を盗み聞きしている輩がいるかもしれないだろうが。騒ぎになったらどうするつもりだ、この阿呆は……

 

「チッ……ハァ……いいわ。何が聞きたいのですか?」

 

 ……失礼、か。騎士団では、騎士としての顔と女としての素顔は別物であり、騎士達もそれを弁えて接してくる者ばかりだった。騎士達がこの顔を触れてはいけないものとして捉えている事がよくわかる。それはつまり、汚い物は見ないようにしていると言うことだ。でなければ、この顔の呪いについて触れることが失礼な事、という認識になる訳が無いのだから。

 

「えっと、なんかスマン……それは呪いか?」

「えぇ……あなたはこれが見ただけで呪いだとわかるのですね」

 

 私が顔の半分を覆う髪を持ち上げると、彼以外の騎士達が顔を強張らせた。嫌悪……いや、忌避だろうか? 目を背けるように視線を逸らす者もいる。やはり気分のいいものではない。しかし……彼は違った。

 

 その男は顔を歪ませることすらなく、隣の席に座る私に身体を向けると、爛れた皮膚にそっと指で触れてきた。

 

「っ! な、なにを……」

「あ、すまない。勝手に触れてしまって……」

「え、えぇ……」

 

 肌に自分以外が触れた感触がし、驚きのあまり反応が遅れた。

 

 ……初めてだった。この醜い呪いを一切恐れることなく触れようとしてくる人は。男はそのまま私の顔の呪いを真っ直ぐに見ながら、こう言ってきたのだ。

 

「恨みの籠もった強い呪いだ……多分、死に際の呪いっぽいな。戦闘してて思ったが、隊長さんはもしかしたらカースドナイトなんじゃないか」

「死に際の呪い……カースドナイト……?」

「……知らないのか?」

 

 どうやってかはわからないが、男はこの呪いが魔獣の死の間際に放たれた呪いだと分かったようだ。

 

 そして、この男が言うには、私はカースドナイトという職業を持っているらしい。曰く、カースドナイトとは上位職業の一つで、呪いによって汚れてしまった神官騎士のことなのだそうだ。

 

 職業という概念がある事は知っている。過去の経験や訓練によって最適化される内在的な特性だと言われており、その職業特性に合った訓練を積むことや、肉体が極限状態を迎えることで、その特性がより深化してゆくと。

 

 加えて、個々人で持つ職業は異なっているらしいとも聞く。例えば、戦士なら武器に関した職業、魔法詠唱者なら素性や所属、魔法の属性に関する職業、騎士なら守る事に特化した職業や先の聖騎士と呼ばれる職業を持っていると言われている。

 

 ただ……

 

「職業という概念がある事は知っているわ。けど、目に見え無いことだから、それを知ってだから何という話ですね」

 

 ……とはいえ、どんな職業を持っているかなど実際に目に見える訳ではないし、職業なるものがある、と俗説的に言われている程度だ。そういう話はフールーダ老あたりが詳しいだろう。

 

「そ、そうなのか? 自分が何の職業か知る事が出来れば強くなる方法も調べやすいと思うんだが……」

「どうやって調べるというの?」

「……そういう事を調べた本を探すとか?」

「何で私が聞かれているのかしら」

 

 男が悩むような素振りを見せる。何だかよくわからない人だ。彼のいた場所は職業を調べるのが普通だったのかしら。

 

 ……知ってだから何、とは言ったが少し興味が出て来た。確かに自身の特性を知る事が出来れば、訓練も効率化出来るかもしれない。

 

「……それで、カースドナイトの特徴はどういうものなのですか?」

「あ、あぁ……確か──」

 

 男の言うカースドナイトの特徴としては、力が他の騎士職よりも強くなりやすいメリットがある他、低位のアイテムを持っただけで破壊してしまうデメリットがあるのだという。

 

 他にも闇の波動を放ったり、呪いによって強力な治癒魔法でなければ癒えない傷を与えたり、即死の呪いをかけたりすることのできる強力なスキルを習得出来るという。……そんなスキル、私は使えた試しがないが。

 

「物を壊してしまうことは確かによくありますね……」

 

 つい先日はお気に入りのカップが壊れてしまったし、騎士団に入りたての頃は槍をよく壊していた。それなりの品を使うようになってからは、壊れる事も少なくなっていったけど……

 

「なら決まりだな。呪いは大変そうだが、いいジョブだ。鍛えるほどに、どんどん強くなる。にしても、20レベル前後でカースドナイト取得か……ほんとに此方の仕様はよくわからないな……」

 

 呪いが私にカースドナイトとかいう力を与えている下地になっているのだと肯定的に言われ、微妙な気分になり眉を顰める。

 

 強くなれるのは騎士として喜ばしいことだが、金級程度の、いち冒険者に何故そんな事がわかるのだか……

 

 それに、私自身、呪われたことを良かったなどと肯定的に捉えられる訳がないのだが……そう言い放った男は私を侮っている様子もなく、本気で言っているようにしか見えない為、どう反応を返したらいいのか分からなかった。

 

「……あなたの言っている事はよく分からないけど、呪いを受けて良かったとは到底思えませんわ。この見てくれが分からないのかしら」

「う、そ、そうだな……すまなかった、女性に対してデリカシーに欠けていた……」

「……まぁ、別にいいです。もっと酷い言葉で慣れていますから」

 

 というより、男にとっては呪いを受けた事による女の苦労とかは始めから頭に無かったのかもしれない。

 

 元々長居するつもりは無かったが、彼が私の呪いの話題に触れたことで場が静かになってしまった。職業の話は少し面白かったが、そろそろ潮どきだろう。私はもうこの場に居ない方がいい。そう思ってカップに僅かに残ったワインを全て飲み干す。

 

「私は先に戻ります。明日の集合には遅れないようにしなさい」

 

 部下たちに注意を促し、席を立つ。コートを手に酒場を後にしようとした。

 

「ま、待ってくれ! 気分を害したのなら謝る」

「……別にどうでもいいですわ。今回の依頼ご苦労様でした。依頼料は少しはずんでおきましたので、後で受け取ってください」

 

 背後からかけられる声。男は自分の配慮が欠けていた事を謝った。しかし、と私は振り返り首を振る。元々、こういう場はあまり好きでは無い。最初から一杯だけのつもりだったのだと。

 

 そして再び席を離れようとしたその時、男が私にある提案をした。

 

「……この後、何か予定はあるか? よかったら二人で話さないか? 俺に奢らせてくれ」

「何故そうなるのかしら」

 

 言っていることが可笑しくて苦笑してしまう。

 

 一方で、その言葉のやり取りを聞いてポカン、と口を開けたまま馬鹿面を晒した部下たち。……どうせ、醜女で、しかもそこらの男よりも地位が高く、力も強い私を誘うなんて信じられないとでも思っているのだろう。それを思うと少し胸が空くような気持ちになった。私だって誘いを掛けられることはあるのだ。……大体が、私自身では無く地位を目当てにしたものだが。

 

「駄目か?」

「……まぁ、いいでしょう。あまり長く居るつもりはありませんが」

 

 憐れみとか侮蔑の表情、負の感情など腐るほど向けられてきた。だからわかる。この男にはそういったモノがないことが。……それにこういう不快ではない誘いをかけられるのは久しぶりだったから。だから気まぐれに了承してみた。

 

 そしたら、それを耳にした部下たちは、ギョッと、もっと信じられないと愕然とした顔をしてみせた。滑稽ね。

 

「あぁ。それで構わない」

「ここは騒がしいので場所を変えたいですね」

「あ、わ、私たちはもう少し此処で飲んでから帰りますので……」

「そう、あなた達も今日はご苦労様」

 

 酒場に明らかにホッとしている様子の部下たちを残し、少し歓楽街を歩く。

 

 歓楽街の通りはまだまだ賑やかだ。これから入る店を探そうとしているのか人通りが多く、店からは客を引こうとする女達の媚びるような誘い文句が聞こえてくる。

 

 そんな中を私と彼は歩く。

 

 不思議な話だ。会って間もない異性からの誘いに私が乗るなんて。

 

 私は彼のことを殆ど何も知らない。知っているのは各地を転々とし拠点を定めないタイプの冒険者であること。優れた弓術を持ち、職業などの特殊な知識、魔獣に関して広い知見を有していることくらい。

 

 今の所その振る舞いに私を騙そうとか不審な点は特には無いように見える。

 

 ……しかし、気掛かりなのは何故私なんかを誘ったのかということ。

 

 ……冒険者に限らず男は女であれば美醜、老若にかかわらず食い物にする生き物。もしかしたら、この男もそうした下心を抱いているのかもしれない。だとしたら、とんだクズ野郎だ。私が醜女だから口説きやすいとでも思ったのかしら? 

 

「此処だ。さ、どうぞ」

 

 辿り着いたのは通りの片隅にポツリと佇む、小さいながらも静かな雰囲気の店だった。男がドアを引き、私を向こう側へと促すので、若干警戒しながら進んだ。

 

 店内は暖色の照明で柔らかく照らされており、落ち着いた雰囲気が漂う。また、珍しい音楽を奏でる魔道具が置かれており、ゆったりとした心地良い空間を演出しているようだ。

 

 カウンターテーブルの向こう側には店主と思われる初老の男性がグラスを拭く手を止め、柔らかな笑顔を浮かべて私達を迎えている。他に客らしき姿はない。

 

 私たちが席に着くと、男は以前にもこうした店に来たことがあるらしく、慣れた様子で注文していく。

 

 私もワインと酒肴をいくつか頼み、酒杯が揃うと乾杯した。それから向かい側に座った男が話を切り出した。

 

「女にとって顔の傷の話題は微妙だったな。本当に申し訳なかった」

「それについては、もういいですわ。で、わざわざ二人になったのはどういう意図なのですか? 下心目当てだというのなら他を当たって欲しいのですが」

 

 彼が個人的に謝りたかったのは理解できた。しかし、それは酒場で二人きりになる理由にはならないだろう。私が男を牽制すると、男は不思議そうな顔をして、やがて慌てた様子で口を開いた。

 

「いやいやっ……そう、誤解しないでくれ。俺はただ隊長さんと話してみたいと思っただけだ」

「それは本心ですか」

「もちろん、本心だ」

 

 と、男は真面目そうな顔をしていたが、ジッと観察するように睨むと、真面目そうに作った顔を崩し苦笑いした。

 

「……まぁ、隊長さんみたいな美人とお近づきになりたいって思うのは、少しは……いや、かなり? あるが……だ、だが、それは男なら何もおかしな話じゃないと思うぞ……」

 

 ──美人、ですって? 男の言葉に私は硬直する。

 

 この男は本気で言っているのか。ただその目は至って真面目だ。こいつは本気で私を口説こうとしているのかと、胸がムズムズし、妙な想像をしてしまうが……否、そんなはずはない。こんな醜い顔。単なる戯言に過ぎないと自分を戒める。

 

「冗談も続けば不快ですわ」

「……ほんとに信じられて無いんだな……あんたが美人だと言うのは変わりのない事実だろうに」

「もう一度言いますが……あなたにはこの呪われた顔が見えていないのですか?」

 

 美人という言葉がどこから出てくるのか理解に苦しむ。帝国の中には私の四騎士としての地位を目当てに、近づいて来る者もいる。そうした人間は大抵、上から目線で我慢して相手してやるという態度が透けて見える。私は、この呪われた顔の私を、本当の私として見られることが我慢ならないし、与し易いと思われて近づかれるのも気に食わないのだ。

 

 だから、私は彼がこれ以上馬鹿げたことを言うのならば、宿に戻ると伝えた。

 

「それがどうした、って心底言いたいが……参った。取り敢えず、その呪いを忌み嫌ってるって事は分かったよ」

 

 何を当たり前の事を……これまでこの呪いに私がどれだけ苦しめられたと思っているのか。

 

「解呪は試したのか?」

「……高位の信仰系マジックキャスターに解呪を頼んでみたりはしました。けど駄目でしたわね。あのペテン師。失敗した理由をあぁだ、こうだと言い訳していましたわ」

「まぁ、死に際の呪いだからなぁ」

「私も解呪が自分で出来ないものかと、信仰系魔法を学んでみましたが、どうにも私には魔法の才はないようでした。何故魔法の発動に信仰が必要なのか理解出来ません」

「信仰系魔法に必要な信仰ってのは俺もよく分からないよ。でも、人を頼らずに自分でってのは凄いと思う」

 

 死に際の呪い──以前、筆頭宮廷魔術師であるフールーダ老も言っていたが、死に際に放たれる呪いは強力になるものが多く、酷く陰湿な性質をしていると聞いていた。そして、解呪も難しい。男もその事を知っているのだろう。

 

「う〜ん、そうだな……一説にはミラクルとかウィッシュの魔法で解呪が出来ると聞いたこともあるが……」

「は? その魔法があればこの呪いが解けるのですか!?」

「……あー、すまん。ミラクルは第九位階、ウィッシュは超位──いや、第十位……って言われる伝説上の魔法らしい」

「……………………ハァ」

 

 ぬか喜びさせられ、意図せず深いため息が出た。

 

「……そんなの信憑性の薄い噂と同じで、解呪出来ないのと一緒ですわね」

 

 落胆する私に、男が一瞬でも期待させたことをすまなそうに謝る。

 

 私は魔法にそこまで詳しい訳では無いが、そんな高位の魔法がもしも存在するのなら当然解呪など容易いのだろう……そして、そんな伝説上の魔法に縋らなければ、どうにもならない現実に嫌気がさす。

 

「死に際の呪いは解呪が面倒だからなぁ……」

「……?」

「あと考えられるのは、一度死んでみるとか、殺した魔獣を生き返らせるとか、その呪い手の血族に贖罪して赦しを乞うとか、対処療法としては誰かに肩代わりさせるとかもあるが……」

「ちょ、ちょっと待って」

 

 今、この男なんて言った? どれも私がこれまで調べて来た中には無い方法だ。一度死ぬ? 死んだ魔獣を生き返らせる? そんな解呪の方法があるというの? しかも、魔獣の子に贖罪する? そんな解呪の方法も聞いた事がない……

 

 呪いを肩代わりさせるというのもあまり聞いたことがない方法だ。

 

「……今の話、詳しく聞かせて貰えますか」

「少し興味が湧いてきたみたいだな」

 

 すると男はニヤッとして、話すのは構わないが交換条件があると言った。何が目的かと、その言葉に私は警戒する。そして男は私のグラスを指差して言った。

 

「酒を空にして、次のを頼むことだ」

 

 □

 

 男曰く、呪い手が生前に残す、死に際の呪いは、呪い手の死後も強い効力を持ち続ける。

 

 それは呪い手が自らを滅ぼすほど強い恨みやネガティブな思念を抱いて死んでゆくからだと。その死後に残された強い思念こそが、呪われた者に治ることのない病をもたらすのだと言う。

 

 そうした強い思念は単独では変化することが無いからこそ、永く残る。故に殺した魔獣を復活させることで思念に変化を起こしたり、親を奪われた恨みを持つ、子に当たる存在に代替として贖罪を行うことで呪いを晴らすことを試みるのだと。

 

「ただ、呪いを受けてから時間がたってる場合は復活は難しいかもしれないな……子への贖罪も、子が深い知性を持っていない只の獣の場合、正直、無駄足になりかねない」

 

 つまりは、復活魔法である第5位階、死者復活/レイズデッドには復活させる遺体が必要であり、骨すら残っているか怪しい現在では蘇生は絶望的。現実的ではない。

 

「確定ではないが、一度死んで生き返った際に呪いが解ける事もある」

 

 一方で、呪いを受けた者が死に、蘇生された時に呪いが解ける事もあるのだと言う。これは呪いが対象を苦しめる事を目的としているからで、死を切っ掛けに対象がいなくなり呪いの効果が解かれるからなのだとか。しかし、これは必ずしもそうなるという訳では無く、かけられた呪いの強さにもよるという。

 

 また子への贖罪自体も、子からすればどこまでいっても親を奪った憎い存在でしか無い。赦しを求め、感情を慰撫することは可能であるが、親の怨念や無念といったネガティブな思念を本当に晴らす事が出来るかは子のやる気次第でしか無い。

 

 例え子が怨恨を捨てることを納得できたとしても、結局のところ、親の残した呪いが子の願いを受け入れなければ解呪されることも無いのだ。絶対に解呪されるという確証はないに等しい。

 

 ──故に、人間はそもそもが呪いに対して無力であるということを認め、簡単には解呪が見込めない呪いへの対処として『逸らす』、という方法を考えついたのだと男はいう。

 

「逸らす、とは?」

「簡単な話だ。呪いを騙すんだよ」

 

 初めて聞く言葉に、私はその意味を尋ねた。

 

 すると男は、呪いは人の思念から生まれるため、それを馬鹿正直に受け止めずに別のものに向けさせるのだと言う。例えば、怒りの矛先を他人や代替のモノに向けさせ、害意や悪感情を自身から逸らすように。

 

 ──例えば。

 

 とある異国では、形代という身代わりの人形や生贄を用意し、これに罪や穢れを移して祓い、死後の世界があると信じられた海や川に流すという呪法がある。これは呪いを騙して、呪われた者が死んだと誤認させる方法だと言う。

 

 また、とある国においては権力者が呪いを逸らす先に人を用意する事もある。その存在を本人と誤認させ、呪いを肩代わりさせる代わりに、本来の呪いを受ける筈だった者が死ぬまでの間、肩代わりした者の生活の保証をするのだという。

 

 またあるいは……遠国には呪いを逸らすために、自身に近しく愛や信頼といった感情を抱いている人間を生贄とする呪法があるとも。それは生贄となる人そのものを必要最低限のサイズに加工し、生かさず、殺さずの道具の状態へと変え、一方的に呪いを押しつけ身代わりとする外法。

 

 その外法を編み出した者、外法を求める者達は自身に無垢な愛や疑いなき信頼を抱かせる為に、自らの手で身代わりとなる子を育てるのだと言う。

 

「っ、外道の所業ですね……」

 

 その、あまりに悍ましい手法に思わず口元を抑える。最後に挙げられた手法は、如何なる手段を用いても解呪を望むと公言して来た私をして、躊躇われるものだった。

 

 人を、それも生きた人間をアイテムにする? 呪いを押しつける為に罪も無い子どもを育てる? なんて残酷な……そんな事が出来るのは人ではない。それが出来るのは獣や狂人の類だ。私はそんな非道な行いを許容できるほど堕ちたつもりは……

 

 ──でも……でも、もし、この呪いがその外法で逸らせるのだとしたら……

 

 ……いいや、私は違う! 私は外道になどならない! それでは後で絶対に後悔する事になる! と勢いよく頭を振った。男は、内心で懊悩するそんな私を見透かすようにして言う。

 

「いつの時代、どこの国でも呪いってのは厄介物らしい」

 

 人も魔獣も、生きてる存在は皆、誰かを呪う生き物だと。妬み、恨み、憎しみ。そういった強い感情から呪いは生まれる。特に、権力者は恨まれやすく死後にも残るような強力な悪感情に晒される事が多かった。

 

 だからこそ、権力者はどんな犠牲を払ってでも、どんなに悍ましい外法であろうとも呪いから逃れられるのならば、と対抗手段を求めるのだと。

 

 男は言う──解呪とは、いや、呪いを逸らすということとは、それ程の非道を要するくらいには困難な道程なのだと。神官や聖職者連中が簡単に言う、魔法で解呪とはそれ程容易いものでは無いのだと、男は言った。

 

「だから……もし、あんたが本当にその呪いをどうにかしたいと思うなら、相応の覚悟は必要になるかもな」

「覚、悟……」

 

 私は男の言葉を反芻する。それは、呪いの解除が生半可な意思では足りないという、それも、人を犠牲にするという非道な行為に手を染める覚悟が必要になるのだと、言葉を消化した。

 

「私は……」

 

 新たに届いたワインを一気に呷る。さして強くもない酒のせいで、酔いが一気に回ってきたのか思考がふわふわした。それでも、カウンターの向こうでグラスを磨いていた老店主に強めの酒を持ってくるように言う。

 

 男の話を仮に全て信用するのであれば、それこそ第九位階、第十位階の魔法が必要になると言うのもわかる話だ。現実問題、自力での解呪は困難を極め、かといって呪いから逃れるには非道に手を染めることになる可能性は高い。

 

 非道に手を染めずに、呪いから逃れるなど、それこそ神に縋るしかないように思える。神官連中の言う神の奇跡を信じ、本当に存在するかも分からない第九位階、第十位階の魔法を探せとでも言うのか。

 

「……」

 

 ……私は本当に呪いを解く事が出来るのだろうか。これまでの情報収集すらままならない現状からすれば、進展と言えるのかもしれないが……この真実を知った後では解呪など夢物語のように思えてくる。

 

 私とて男の言う事が一から十まで全て正しいとは思ってなどいない。……それでも、嘘とは見抜くことの出来なかった男の言葉に打ちのめされ、気分が落ち込んでくる。

 

「現実を教えてくれて、ありがとう」

 

 そうして出て来たのは皮肉の言葉だった。男と話をして分かったのは、呪いを解くためにこれからも私は苦労して、心を擦り減らしていかなければならないということ。

 

 もう、逃げ出したくなってくる。私はいつまで苦しみ続けなくてはいけないの……辛い……早く……早く、楽になりたいのに……

 

「でも……あなた、随分と呪いのことに詳しいのですね……まるで、ずっと調べてきたみたいに……表に現れてないだけで、実はあなたも呪いに苦しんでいるのかしら……だとしたら……お仲間ですわね……」

「……」

 

 その時、男がどんな表情をしているのかは、見ていなかったから分からない。酔いのせいで思考が纏まらない……

 

「……変な事を言ったわ。どうか忘れてちょうだい」

 

 回ってきた酒の酩酊に任せて、ついこぼしてしまった失言を無かったことにする。

 

「……俺だけ黙っているのは狡いよな」

 

 そう言って男が右手を私に差し出してくる。見間違いでなければ、その差し出された右手の、魔道具のランプの淡い光に照らされた箇所から徐々にミイラのように黒く変色し萎びていったように見えた。

 

 ……どうにも酔いが酷い。やはり、私は酒と相性が良くないらしい……酔うと頭が馬鹿になるのだろうか……

 

「見えなくする事は出来るが、消える事は無い。これは血肉だけでなく魂に刻まれた呪いという奴なんだろう。俺は人では無い、化け物だ」

 

 その変化には驚くものの、酔いのせいで身体やら感情の反応が鈍くなっているのかもしれない。見間違いかと、目を眇めるようにして、男の事をよく観察した。

 

 唾の長い帽子で隠された男の顔は亡者のように変貌していた。悪夢にでも出てきそうな、私を覗く赤く爛々と輝く目に、化け物、という口から出かけた言葉を呑み込む。

 

「っ、そう……あなたも醜いのね」

 

 次いで出た、()()という私が何度もかけられた言葉。その言葉を口にして少しだけ後悔した。それは今まで私が受けてきた仕打ちを、私と同じように傷ついてきただろう同類に押し付ける悍ましい行為だと思ったから。

 

 それでも──心に沸いてくるのは憐憫、同情、そして私だってその姿よりはマシという自尊心が満たされる、愉悦を伴う負の感情。心の奥底に溜まってゆくドロドロとした黒い感情に卑屈な笑みが堪えきれなかった。

 

 だけど……何故だろうか、泣きたくなってくる……

 

 穢らわしいだとかの忌避感は無かった。彼が同情を望んでいるとも思わなかった。それでも、差し出された嗄れた亡者のような手に自然に私の手を重ねた。泣きたくなったのは多分、私が彼に共感していたからだろう。

 

 すると、その手は再び正体を隠すように徐々に元の人の肌へと戻っていった。……それだけは羨ましく思える。自由に呪いを隠せるなんて。

 

 あなたも大変ね、などという言葉は飲み込む。それから、私は何事も無かったかのように言った。

 

「──あら、あなたのグラスも空よ。あなたが私を誘ったのだもの、気分が晴れるまで付き合って欲しいわ」

「勿論。よろこんで」

 

 ボトルで渡されたのは酒精の強い酒。封を切り、グラスへと注いだ。最悪だった気分はいつの間にか少しだけマシになっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。