「人を探しています。こんな顔の男を見た事がありませんか?」
帝都にある、旅人向けの宿屋。私はとある冒険者の人物画を懐から出し見せた。その絵には一人の男が写っている。髪は短髪、歳は恐らく二〇代後半から三十代前半。
その人物は私がとある目的の為に探し続けている対象で、書いた人物画は貴族の子女として教育を受けた際の嗜みによるものだ。
「えーと、この
「そう。これまで見た事は?」
宿屋の番頭が答える。ただ、私が見せたのは一応、犯罪者の顔を描いた人相書ではないのだが……私が騎士服を着ているせいで、犯罪者を探していると思われているのだと思う。
確かに人相書きの絵と、私の人物画では雰囲気は似ているかもしれない……しかし、ただの線画ではあるけど、特徴はしっかり捉えられていると思う。正直、我ながらよく描けていると評価してもいいほどだ。
だけど、これまでもう何人からもそう言われているせいで訂正するのが面倒になった。それに犯罪者でないなら何で探しているんだという話にもなりかねなかったので、早々に訂正することは諦めていた。
「いえ、見た事ないですね……」
「そうですか……もし見かけたら騎士隊詰所に連絡を貰えますか」
「は、はい、騎士様」
少し威圧しながら念を押すと、カクカクと何度も頷く。どうやら快く了承してくれたようだ。
正直なところ、人探しはあまり上手く行っていない。この広い帝都で一人の人物を探そうというのだ、大変なのは間違いない。しかも、その対象は帝都にいると決まっている訳でもないのだから。
「し、しかし、騎士様、この男はいったい何の罪を犯したんです? いかにも人を何人もヤッてそうな悪い目つきですが……」
「む……そうでしょうか……鋭い目をしていて中々悪くないと思うのですが……」
探している人物の人相が悪いと言われて少しだけムッとした。知りもしない癖に、人殺しの顔とまで……よくそこまで言えるものだ。
「え? すいません騎士様。ちょっと聞こえなかったんですが……」
「……なんでもありません。そうですね……強いていうなら、強要、脅迫、それに……不同意猥褻、不同意性行等でしょうか」
「うっ……とんでもないクズ野郎ですね……! 見つけたら必ず報せるようにしますよ!」
別に彼は犯罪者という訳では無いのだが、私が受けた仕打ちを言葉にするとそうなってしまう。
酒を飲むように強要された他、呪いの話しで散々脅され、精神的な負荷を受けた。そして、酒で前後不覚になっている所を言いように弄ばれたのだから。
宿屋を出ると、そのまま帝都内を見回りつつ散策する。
「はぁ……なかなかどうして見つからないものね……」
溜息を吐きながら呟く。
今日は非番だ。最近は暇を見つけては人探しをしている。あれからそれなりの日が過ぎているが、未だにあの男は見つからない。帝都内にはやはりいないのだろうか? それとも冒険者を辞めてしまったのか……
そもそもが帝国に来ていないのかもしれない。網を張る為にも帝国冒険者ギルドに人探しの周知はしていたが、未だにかかっていないことを鑑みるに帝国内にいる可能性は低いのかもしれない。
「はぁ……ん?」
考え事をしていたら、いつの間にか北市場にまで足を運んでしまったらしい。
そこで、ふと、とある露天が目に入る。一見するとなんの変哲もない露天商ではあるが、勘と言うべきか……何かが気になって立ち止まる。念の為、犯罪性がないか露天商を覗いてみることにした。
その店に並んでいた商品は主に剣や盾、皮鎧などだったが……新品ではないだろう。明らかについ最近まで使用していたような汚れやヤレがある。中古の売買の可能性はあるが……中には王国軍で採用されているロングソードに似た品もある……盗品?
「へぇ……騎士様、何かお探しで?」
そう声をかけてきたのは露店主。禿頭に人を食ったかのような態度で、此方を値踏みするような胡乱な目を向けてくる。
「いえ、別に……これは盗品ではないでしょうね」
私はその露店主と視線を合わせる。あまり良い感じのしない男だ。当然否定はするだろうが、念の為に確認は必要だ。お前の行動をマークしているぞ、何かあればお前を捕まえるぞ、という圧をかけるためにも。
「おいおい……妙な因縁ふっかけるのはやめてくれよ」
「……違うと?」
「違うね。騎士様のような綺麗な姉ちゃんにジッと見つめられると照れちまう」
そう言って露店主はクッと引き笑いをした。その言葉に私の目元がピクリと反応した。私が、綺麗? 減らず口を……呪いが弱くなってから、最近は特にそう言われることも増えて来たが、未だに慣れない。馬鹿にされているような苛立ちを覚えつつも努めて平静を保つ。
よくいるチンピラ。この程度の男ならそこらにいくらでもいるし、戯言を一々真面目に受け止めていたら疲れるだけだ。しかし、この男の態度と視線には何か不審なものを感じる。
「ウチは後ろ暗いとこなんざ、一つもありゃしねぇぜ。なぁ、この顔が悪人に見えるかい、四騎士様?」
「……いけしゃあしゃあと」
どうやら目の前の禿は私のことを知っているらしい。それでいてこの態度とは……どれだけ舐められているのか。
「おいおい、そう邪険にするなよ……そうだ! 騎士様、ウチでコイツを買ってかないか? なァ、これも縁だ。安くしておくからよ」
「……結構よ。悪事が露見するようなら、牢に繋がれることになるわ。それが嫌なら、大人しくしていることです」
「へぇ」
俺は捕まるようなヘマはしねぇさ、とでも言いたげな禿は下卑た愛想笑いを浮かべながら、私を見た。
不快だ。推し量るような目つきも、人を馬鹿にしたようも薄笑いも気に食わない。……時間の無駄。監視していると圧力をかける為ではあるが、折角の非番の日。そもそも、こんな男に構っている暇はなかったのだった。さっさとこの場を離れよう。そう思って踵を返そうとするが……
「まぁ、待ちな……この親切なパッチ。四騎士様のためとあらァ、失せ物、規制品、情報……なんでも見つけてきますぜ。アンタ……本当は何か探してんだろう」
私の背にそんな言葉がかけられる。
振り返り、その露天店主を睨む。何が親切だ、もしかしたらそれは冗談のつもりか。あんな男に関わっても何も良い事は無いだろう。しかし……
「……随分と自信があるようね」
「まぁ、それなりに金はいただきますがね」
小さく溜め息を吐き、諦め心地で懐から人物画を取り出す。私の視線の先にはもう何度も見た冒険者の似顔絵が描かれている。それを一度ジッと見つめると、露店主に渡した。
「その冒険者の男を探しています。見たことは?」
「さて、ねぇ……こいつは何時の
「……半年ほど前よ」
「ははぁ、恋人かなんかですかね。逃げられちまったとか」
「……違うわ。もしそうだとしても、それはあなたに関係の無い事です」
クハ、ちげえねぇ、と禿頭の男が冷笑した。それにしてもこの禿頭は渡した人物画を見ても、人相書きに描かれた犯罪者とは判断しなかったらしい。だからどう、ということもないのですが……違和感ではある。
「他にその冒険者の特徴は?」
「年齢は恐らく二〇代後半から三○代前半。髪は短髪。身長は私よりも高くて、体格もガッシリしてる。遠目には分かりづらいけど眼に珍しい虹彩を
「……なるほどね。間近で確認する事のできる間柄と」
別にそういう間柄ではないが、ムキになって否定しても此方がからかわれたようで腹が立つ。言葉を無視した。
「……あとは、前に見た時はレザーの防具、黒塗りの弓に古いショートソードを使っていました」
「黒塗りの弓、ねぇ……」
禿の言葉を無視しつつ、説明を終えた。目の前の人物は似顔絵と私を見比べるように視線を行き来させた後、舌打ちした。
「……まぁ、いいか。その特徴のある奴なら見た事あるぜ」
「なっ、本当に?」
驚き、次いですぐに視線を鋭くする。早く続きを話せと視線に力を込めるが、禿はへらへらと笑みを浮かべながら自らの顎を指で掻いた。
「そんな怖い顔しないでくれよ、騎士様。しかしまぁ、言ったろう? こっちも商売でね」
「…………」
「そうだなぁ……これでどうだ? タダってわけにはいかねぇからよ」
そう言って指を一つ立てた。
「……金貨一枚?」
「馬鹿か、んな訳ねぇだろうがよ。一本って言ったら交金貨十枚だ。最近は随分と客が少なくてねぇ。懐が寂しいと心まで荒んできやがる。騎士様は高給取りなんだろう?」
「……高過ぎる。あなたが本当に知っているとは限らないでしょう。それに確かとも言えない」
「おいおい、ひでぇな」
禿はへらへらと笑みを浮かべているが、目元は笑っていない。
「アンタ……その冒険者が顔の呪いを癒せるかもしれないから探してんだろ?」
「なっ……」
見透かされた? そして、一瞬だけ、そう言った禿の視線が私の指輪に留まった気がした。何を知っている……? 思わず腰に下げた剣の柄に手が伸びそうになる。しかし、ここで問題を起こすのは得策ではないと判断してなんとか踏みとどまった。
禿は私の反応が気に入ったのか、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。腹の立つ男だ。
「おいおい、驚き過ぎだろ! アンタは有名人だ。ちょっと考えりゃ分かんだろ。で、どうする」
「……いいわ。出してあげる」
「ククク……あぁ、支払いは交金貨ニ十枚で頼むぜ。たった今、値上げしたんでね」
「……」
禿の言葉に思わず睨みつけてしまうが、一度深呼吸して気を落ち着かせようとした──
「……クソ禿が。もしも嘘だったら、地の果てまででも追って殺すわ」
無理だった。苦々しいものを感じながらも懐から財布を取り出し、交易共通白金貨を二枚摘み出すとそれを受け皿の上に置いた。新しい槍と化粧品を買うつもりの資金だったのに……
「まいどあり。クヒッ……騎士様とはこれからも仲良く出来そうだ」
□
『来週のこの時間、またここの通りに来てみるんだな』
露天商の言葉を思い出す。あれから時間は過ぎ、約束の日取りになった。正直、騙されたのではないかという後悔の方が強い。私は何であんな輩に大金を払ってしまったのか……
……慣れた仕草で懐から人物画を取り出すとその特徴を確認する。どんな結果が待っているのかはわからないが、もしも嘘であったり、人違いなら地の果てまで追いかけてでも白金貨を取り戻すつもりだ。ついでに盗品を扱っていたとして、帝国内で活動出来ないように指名手配にもしてやろう。
だが……
「……まさか」
約束の場所に着くと、そこには私が探し続けていた冒険者の姿があった。周りを見渡してもあの露天商らしき人影は無い。どうやら一人でいるようだ。
何故か分からないが、一歩踏み出すのに勇気が必要だった。私の中にあるのは、あの男との再会に対する期待と不安。
あぁ、やっと見つけることが出来た! 彼は私を覚えているだろうか? でも、もしかしたら忘れているかもしれない、という感情。逸る気持ちを抑えつつ、一度深呼吸すると私はゆっくりと男に近づいていった。
「……久しいですね。私を覚えていますか?」
私は努めて冷静を装って声をかける。緊張を悟られたくはないし、何より少しでも緊張を見せれば彼に見抜かれてしまうかもしれない。それは何だか恥ずかしい。そんな内心を隠しながら男を見つめると、彼はゆっくりと此方に顔を向けた。
「……あ。アンタは確か」
私の姿を見た男は少しだけ驚いたようだが、すぐに平常心を取り戻したようだ。その様子を見て少しだけ安堵する。どうやら目の前の人物は私の事を覚えていてくれたらしい。
「ギガントバジリスク討伐以来ですね」
「……あ、あぁ、久方ぶりだな。そうか、隊長さんは帝国騎士だったな……それで態々声をかけてきたってことは、何か俺に何か用が?」
「え……いえ、まぁ……貴方と少し話がしたかったのですが……」
何故俺に? と訝しげにする男。そんな反応に少し戸惑ってしまう。前は向こうの方から積極的に関わろうとして来たのが印象として強かっただけに。
しかし、よく考えればその反応は正しいのかもしれない。私は帝国でも権威の強い騎士団に所属している。一般市民からしても騎士というのは近寄り難い存在には違いない。
そして、特に親交のある訳でもない騎士から声を掛けられるなんて、何か用があると思われるのも仕方無いだろう。
……いや、親交はないくせに一夜の過ちとは言え男女の関係があったりするので、何とも説明に困る関係性だ。それを意識してしまうと何と話をすれば良いのかも気不味く感じる……私とて女なのだ。
とはいえ、私の目的の為にもここで引くわけにはいかない……それに、このチャンスを逃す訳にはいかないのだ。そう内心で決意を新たにしつつ、男を観察した。
体つきは随分とガッシリしている。やはり歳は二〇代後半から三〇代前半と思われる。今は座っているが、背丈は立てば私よりも高いだろう。帝国ではワーカーと呼ばれる冒険者モドキの者達が多いが……彼らと比べても装備は軽装な方だ。革鎧の上から地味な色の外套を羽織っている。
腰回りにはポーチ、ロングソードを帯びている。前に使っていたショートソードと黒塗りの弓はないみたいだ。半年の間に変えてしまったのだろうか? それとも拠点に置いてあるとか? 武器防具共に使い込まれているようで、それなりの年季を感じさせるものだった。
私のそんな観察するような視線が気になったのか男が顔を僅かに顰める。
「……俺は本当に何も悪い事はしていない。あの時のことだって、お互い同意があってのことだと思ったが……」
「そっ、そういう事ではありませんわ!」
思い出してしまい、羞恥心を煽られる。思いの外大きな声が出た。通りを歩いていた何人かが何事かと、此方に視線を向け、すぐに興味を失ったように戻す。
これだから男は……すぐにそちらの話に繋げたがる。じゃあ、なんなんだ、とでも言いたげな顔をした男を睨みつけた。
「……失礼しました。ここでは何を売っているのですか?」
「……雑貨だよ。ポーションにスクロール、それと少しだが装飾品とか道具類も置いてある」
「冒険者から行商にでも転職したのですか?」
咳払いをして、仕切り直す。
チラリと露店の品を眺めるが、お高目な癖にデザインが古臭く地味な装飾品だ。買う人は少ないんじゃないだろうか。少しだけ私の着けている指輪とデザインが似ている気がする。一方でポーションやスクロールは他の店でも売られている一般的な物だ。
私がこういった店で何かを買うということは殆どないが、まず安くても金貨数十枚程の商品が並んでいるのを見るに、売る気がないのではとさえ思う。北市場は中古品が多く出回っているが、それでこの値段は高過ぎるでしょう……
恐らくこの男はそこらへんのことを知らないのだろう。つまり商人としては、明らかな素人だと思われる。
「別に転職したわけじゃない」
「あなたは冒険者では? 帝都とは言え、あなたくらいの技量なら依頼など幾らでも受けられるでしょうに」
「……」
私の問いに困ったように眉尻を下げた男は何も答えなかった。その反応を見て何か事情があることを悟る。
しかし……この男、装備はパッとしないものではあるが、実力はあるのだと私は知っていた。だからこそ、その冒険者が露天商人紛いのことをしているのが信じられない。
「……事情があるみたいですね。この後、時間はありますか?」
□
「……で、隊長さんは俺に何が聞きたいんだ?」
ここは、私が昔、街道警邏の任務の際、モンスターに襲われている所を助けたことのある人物が経営している食事処。
私の向かいに座るのは冒険者風の男。ここは食事も酒も美味しく、周囲に気兼ねなく食事を楽しめるようにと個室が設けられている。ちょっとした秘密話をするにはうってつけな場所だった。
当初、彼は金が無いと食事すら断っていたが、お代は私が持つと伝えると喜んで同行を了承してくれていた。もしかして、食にも困っているのだろうか……?
此処は他にはあまり無いサービスもあってか、メニューに書かれている金額は少し高めだが……今の所持金でも十分に足りるので追加で注文しても問題はない範囲だと思う。
それよりも今は目の前の彼の状況について詳しく知りたい。彼の実力なら恐らく直ぐに有名になれるはずだし、依頼だって指名が入るだろう。それに帝国では有能な者が上を目指すことは他国出身の人間だろうが、平民だろうが推奨されている。……なのに、露天商をしているなど何かのっぴきならない事情があると思われた。
「……本当はこの指輪の事を聞きたかったのだけど、今はいいわ。あなた、冒険者の筈でしょう? 何故、露天商なんかに?」
「……」
私の言葉に男は押し黙る。
「……言えないような事なのですか?」
「うーん……言っても冷静でいて貰えるか?」
「それはあなたの話によりますね。何か大きな揉め事に巻き込まれているとか?」
「いや……そういう訳じゃないんだが……帝国の冒険者ギルドに顔だしたら何故か犯罪者呼ばわりされて騎士を呼ばれそうになってな……本当に身に覚えはないんだが……」
「……」
その言葉を聞いて眉がピクリ、と跳ねた。
「組合に顔を出せばまた騒がれるだろうし、さっさと帝都を出てしまえば良かったんだが……せっかく帝都まで来たんだし、名所くらい見て回りたいと思ってな」
「そ、そうですか」
「……かと言って先立つものが無い。帝都には昔の顔馴染みがいるから、そいつに当面の生活資金は借りられたんだが……使ってない道具があるなら売ってしまえってさ」
顔馴染みとは、あの禿頭の露天商のことだろう。随分と自信がありそうだったが、まさか知り合いだったとは……交易白金貨二枚か……結果に文句はないが、なんだか損した気分にもなる。
しかし……話を聞いていると何だか、嫌な予感がする。そういえば、冒険者ギルドにはこの顔の男が来たら騎士団に連絡するように伝えていた筈……普通なら見かけたら連絡くらい寄越すと思うのだけど……
帝国では冒険者の地位は低い。それを統括するギルドも騎士団に仕事を奪われ大した力はない。
……それなのに、男を私に会わせる前に逃してしまったと思っているのだとしたら。もしかしたら、私から嫌味を言われないようにする為に、冒険者ギルドは今もこの男を捕まえようと探し回っているのかもしれない。
「……それは災難でした……本当に見に覚えがないのですね? もしも本当であるならギルドには何かの間違いだと私から連絡しておきますが」
「……いいのか? ありがたいが……帝国じゃ、騎士団がギルドに指図も出来るんだな。やっぱり帝国の冒険者ギルドは地位がかなり低いらしい」
私は努めて内心の感情を表に出さないようにして言った。少しだけ心苦しいが、幸いにも勘違いしてくれたみたい。彼が帝都で冒険者の仕事が出来なかったのは私のせいだ。勿論、ギルドには彼を犯罪者だと言った覚えは無いのだけど……この人はその指図を出していたのが私だと気づいているのかしら……? 気づいていないといいのだけど……
「……まぁ、問題ないでしょう。帝国冒険者ギルドには少し伝手があります……それで、話を戻しますが」
男は注文した料理が来ると目元を綻ばせた。値段相応とあって、それなりの料理が運ばれてくる。ここは爵位持ちの貴族がお忍びで訪れることもある。貴族や金持ちだって毎日毎日、勢を尽くした料理を食べている訳ではないのだから。
表情が柔らかくなったのを見ると、何だか彼がご馳走を前にした子どもみたいに思えてくる。……す、少しだけ可愛く? 見えてしまうのは何故なの……目が離せないような……もっと見ていたいような……よく分からない感情が私の中にある。
「ええと、何の話だったか?」
「……露天商をしていた事情はわかったのでもういいですわ。そろそろ本題について話しましょう。この指輪についてなのですが」
いただいても? と私に問う男に頷くと、彼がカトラリーを慣れた様子で使いだす。器用に肉を切り分けるのを見ながら私は本題に入った。
「あぁ、それか」
男は切り分けた肉をフォークで口に運び、咀嚼しながら話す。冒険者なんてそんなものだと分かってはいるが、少々行儀が悪く見えて呆れてしまう。流石に、口に物を詰めて話すのは止めてちょうだい、と言ったらスマン、と返ってきた。
「……で、その指輪がどうかしたのか? 何か問題でも?」
「今の所、問題がある訳じゃないわ。あなたは、わかっていたのでしょう? この指輪が私の呪いを弱めることが出来るって」
彼は私の顔の呪いがもっと酷かった頃の事を知っている。そして、何を考えているのかは知らないけれど、この指輪は目の前の人物から預けられた物。正確には、正式に貰った訳ではないが、もう返すことは出来そうにない。この指輪が私の顔の呪い──肌を爛れさせ、汚らしい膿を分泌させる陰湿な呪いを打ち消してくれているのだから。
「ああ。そうだな」
「……この指輪、どうして置いていったのですか?」
「必要だったろう?」
男があっけらかんと言った。まさか、善意だけで置いていったと……? そんなの……ありえないでしょう?
「貴重なマジックアイテムをそんなに簡単に手放すなんて信じられません」
「なら、返してくれるのか?」
「……申し訳無いですが、それは出来ません」
私が声質を強張らせて言うと、冗談だ、と男が笑った。
「本気で指輪を返せだなんて言ってないさ」
「……なら、どうして。貴重なものには違いないでしょう」
「別に俺にどうしても必要って訳じゃなかっただけだ」
確かに、私のように呪いに苦しんでいなければこの指輪の効果は有用では無いだろうけど……
「それに……女にとって顔ってのは大切なもんだろ。隊長さんを見て、絶望してても心折れないのが凄いと思ったんだ。普通の女だったら絶望して命を断っても不思議じゃない」
……。何故だろう、私が頑張って歯を食いしばってきたのは間違いでは無かったと思えた。見てる人は見てる、という事なのか……少しだけ嬉しくなった。
「そんなのを見たんだ。そしたら、応援したくもなるだろう? 指輪の一つや二つ手元から離れたってどうってことないさ」
「……酔狂なのね。本当は、施しは受けない主義だけど、今はありがたく借りておきます」
「そうしてくれ」
そう言って、男はまた一つ、肉を口へと運んだ。
それにしても……この男の余裕は何なのだろうか? まるで指輪に頓着していない。マジックアイテムはそれだけで高価なのに。この指輪一つ売り払うだけで暫く遊んで暮らせるでしょうに。
「それと……できれば指輪の出処についても知りたいのですが」
「悪いが……それはちょっと言えないかな」
私の言葉に男は少し悩んだ様子を見せてから返答した。その答えに私は内心、落胆した。
やはり簡単には教えてくれないようだ。まぁ、当然と言えば当然か。有用な情報とはそれだけの価値があるのだから。反面、指輪を寄越したのだから出処くらい教えてくれてもいいじゃないかとも思う。
「……教えてくれたら、対価を支払う用意があると言ってもですか?」
「そういう問題でもないからなぁ」
「むぅ……」
何なのでしょうか。指輪をアッサリと渡した癖に、情報の提供は断る。単純な金で動く気がないということは何となくわかる。でも、行動原理がわからないのはモヤモヤする。
私がどうやって口を割らせようかと思案している内に沈黙が続き会話が途切れる……目の前の人物は会話が途切れた事も気にした様子はなく、料理を口に運ぶことに夢中になっている。
そんな私にとっては少し心地悪い間が続くと……男は手を休める、少し前のことを思い出すようなしみじみとした表情をして言った。
「──しかし、少し見ない内に隊長さんも随分変わったな。いや、それだけ余裕が出て来たってことか……大切な顔を少し取り戻せたお陰ってな」
「……私に、余裕、とはどういう意味でしょうか?」
「ん? あー……前までの何が何でも呪いを解くって張り詰めた感じが薄れたっていうか……当たりも柔らかくなったみたいだし……前とは別人みたいだな、と」
「……」
「いやいや、そんな怖い顔しなくても。むしろ人当たりが良くなったのはいい変化だと思うが。何事にも余裕は持つべきだ。呪い解くのだって、まだ諦めた訳ではないんだろう?」
お前はヌルくなった。言外に解呪への執着心が薄れたと、そう言われた気がして、ショックを受けた。
あなたは、私の絶望や苦しみ、覚悟を理解してくれていたのだと思っていた。 それは私の勘違いだったということ?
やっぱり、他人なんて信じられない……
「諦めてなんかないわ……だから指輪の出処が知りたいの。もしも、この指輪がもう一つあれば、呪いを弱体させる仕組みも、あなたが言っていた呪いを逸らす仕組みもわかるかもしれない。それで呪いを解く手がかりが得られれば……もしかしたら、私の顔にかけられた呪いを完全に解けるかもしれない……!」
そう、この指輪は希望なのだ。停滞していた解呪の手がかりが掴めるかもしれないという唯一の希望。もう一つあれば、外すことの出来ないこの指輪の代わりに、主席宮廷魔術師殿に心ゆくまで調べて貰う事ができる。それが手に入るならリスクを背負うのも厭わないという気持ちに変わりはない。
だが……
「いや、だがそれは……──あぁ……残念だが、その指輪を研究しても根本的な解呪は難しいと思う。前に言わなかったか? 解呪はそう簡単に行えるものじゃない。その指輪に解呪の手がかりを追い求めるのは時間の無駄だ」
それで出処を聞いてきたのかと理解した男は、しかし、何かを納得した風で、あっさりと解呪は不可能と断言した。思考に空白が生まれた。
「……、……どういうこと」
「その指輪にはそもそも呪いを解く力なんてないってことだ。……まず、解呪と呪いへの耐性──抵抗することは別の話だ。呪いが弱くなった訳じゃない。隊長さんの場合、呪いに抵抗する力が上がった。もしくは、指輪に呪いを肩代わりさせて分散させている。言ってる意味分かるか?」
男が同情の視線を私に向けてくる。その態度に腹が立って、激情のままに手をテーブルを叩きつけた。意外と大きな音が出てしまったが、それを省みる余裕は私にはない。
「な、なんだ、落ち着け」
「良いから答えなさい……! 指輪の出処は?」
思わず語気が強くなって、男は溜め息を一つ吐いた。その瞳からは僅かな失望の色が見て取れた。それだけで私は裏切られたような気分になり、更に表情が険しくなるのを感じた。
「……遺跡の出土品だよ」
「どこの」
「さぁな。だが、相当古いものだろうな」
そんなこと指輪を見れば分かる。
「ふざけないでちょうだい!」
そう言うも男は反応せず、気にした様子もないようだ。それがまた私の神経を逆撫でする。私は立ち上がり男を見下ろす形になる。そして、テーブルを挟んでそのまま男の胸倉を掴み上げた。
「私にはもう、これくらいしか可能性はないの。あなたは私がヌルくなったって思ってるかもしれないけど、私の覚悟は変わっていないわ。解呪の為ならどんな手でも使ってみせる。あなたを犯罪者に仕立てることだって可能なのよ」
男は驚いたように瞬きし、全然話が通じねぇと呟いて力無く空笑いした。
「まぁ、そんなに怒るなよ……な? 冷静に……ちゃんと隊長さんが知りたい事は話すから……」
もう! なんなのよ、この男は! 意味がわからない! 解呪と抵抗の違い? 知らないわよ! 腹が立つ! 何で分かってくれないの!
「早く話してください」
「…………俺が知ってる限りじゃ、その指輪はカリムって国で作られた代物で、調べた限り呪死への耐性を強化する効果があるらしいが……」
それについては知っている。フールーダ老の魔法で指輪の効果を調べることは既に行っていた。
それと、それ実は石化の魔眼対策にもなるんだぜ、と男は話した。曰く、石化は呪死の一つなのだとか。……石化の魔眼、ということは以前に共闘したギガントバジリスク討伐の際に密かに一人だけ対策を取っていたということか。何とも抜け目の無いことだ。
「……ただ、実際にはその指輪が呪いを肩代わりして分散してくれてるってのが言い方としては正しいみたいだ。だから、他の呪いにも効くんだろう。隊長さんが知りたがってる、それを拾った場所だが……遥か遠くの、今はもう滅びた国の遺跡だ。間違っても気軽に行けるような場所じゃない」
急に知っていることを話し出したのは、私の本気が伝わったということだといいのだが……しかし、そうか……やはりこの指輪は遠い異国のものか。
「……」
「……それとな、本当かどうかは知らないが、そういう出自がよく分からなくて効果の高いマジックアイテムを六大神やら八欲王の遺物だと言う奴もいる。まさに神の御業ってな。……だから、あまり人に見せびらかすのも、2つ目も期待するのも止めた方がいい。それくらいしか言えん」
六大神、八欲王の遺物……男は遥か遠くの異国と言っていたから恐らくは八欲王の方。八欲王とは五百年前に現れた神の力を奪ったと言われている者たちのことで、絶大な力でもって世界を支配しようとしたと伝わっている。
そんな大昔の遺物だと? だとしたら同じものをもう一つ探すのは絶望的だ……逆に言えば、六大神の遺物の中に似たものがあるかもしれないということだが……そういった物は、法国の連中が厳重に管理しており、外に出てくることはまずない。
以前に、男からは確実な解呪には神が使ったと言われる第九位階、第十位階の魔法が必要なのかもしれないと聞いていた。もしこの指輪が八欲王の遺産だとするなら、それもまた神の、伝説の領域にあると言うことになる……
「……そう、胸ぐら掴んで悪かったわね」
「やっぱり変わったよ隊長さん……前のままなら表面上の付き合いだけで、他人に自分の本心なんて見せなかっただろ」
「フン……口は災いの元という言葉を知らないのですか?」
怒りの感情も本心の一つだとでも言いたいのだろうか。冷静になれ。いつもの私のように。感情を落ち着けないと……
男の説明に完全に納得した訳ではない。彼も何処の遺跡で拾ったのだとか、何で謂れや効果を知っているのかとか、全てを話している訳ではない。ただ、これ以上この男をこの場で問い詰めても情報を出すつもりはないのだろう。機嫌を損ねてしまえば僅かな可能性すら潰えてしまう。今は時間が必要だ。
……でも、どうにかして聞き出したい。彼は冒険者だ。もしかしたら、私の知らない内に帝国から出ていく事があるかもしれない。そうなれば、また彼を探さなくてはならない羽目になり、イチから手探りでまた解呪の方法を探すことになってしまう。
「……あなた、何処に宿を取っているのですか?」
「何故、そんなことを聞く?」
「資金が足りていないと言っていたでしょう。ちょうど私の家には空き部屋が幾つかあります。ウチで寝泊まりしなさい」
「……どういうつもりだ?」
「指輪のお礼だとでも思ってくれて構いません。善行はしておくものですね?」
そうね。それがいい。名案だわ。家に置いて監視しつつ少しずつ情報を引き出しましょう。
「だけど、冒険者ギルドにも仲介を頼むのに、それでは隊長さんを頼り過ぎだろ。それに……その……隊長さん、あんた未婚だろう? そんな家に行くのは……」
「……来なければ、あなたは犯罪者のままです。あなたとしても、それは嫌ではありませんか?」
理解不能といった顔の男。あなたは有望な情報源だもの。みすみす逃がす訳がないじゃない。
──あぁ、今日はツイてる。久しぶりに気分がいいわ。