※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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膨らんできたトラベルノート(2)

あらすじ
・フォーサイト、ナザリックを探索開始。
・その頃の帝都は……

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48.レイナース現代編③

 

「ん……」

 

 窓の外から小鳥の囀る声が聞こえた。男の腕を枕にして寝ていたレイナースが目を覚ます。締め切られたカーテンの隙間から見えた窓の外はまだ完全には明るくはなっていなかった。

 

 男は熟睡中らしくレイナースが身動ぎしても起きる気配はない。レイナースは暫く男の寝顔を見てボーっと見ていたが、意識が完全に覚醒すると、起こさぬようにそっと男の腕を避けてベッドを降りた。

 

 レイナースの裸身が露となる。均整の取れた肉体は同性が見たとしても嫉妬するほどに美しく、シミ一つ無い。加えて、騎士としての役目のせいか、訓練や実戦で鍛えられ抜かれた肉体には、ある種の女性の理想像を体現したような靭やかな筋肉がほどよく付いており、彼女の魅力を引き上げていた。

 

「う……」

 

 腹部に違和感を感じ、下腹部を見る。そこには白く乾いた跡があり、いつしか常備するのが習慣となってしまったハンカチをナイトテーブルの引き出しから取り出し拭った。以前は、呪いにより分泌される膿を拭っていたハンカチだったが、使用の用途が完全に変わったのはつい先日からのことだった。

 

 下腹部の違和感だが、ここ数日の朝は大体同じ感覚だった。少し歩き辛い感じがしたものの、特に不便はない。放っておけば朝の鍛錬までには大体慣れる為、レイナースはその違和感を無視した。

 

 男がレイナースの家で寝泊まりするようになって、ここ数日は精神的に満たされた日が続いていた。心境の変化が起こったせいか、仕事にも積極性が出始めていたし、私生活でも充実感を感じている。それは何より精神的な余裕が出てきていた結果だった。以前までの全ての事に苛立ちを募らせていたのが信じられないほどに。

 

「……私も単純なものです」

 

 その原因は明らかだった。自身の人生が好転してきたターニングポイント。顔の呪いの緩和と、それを齎した男。

 

 呪いが薄まり、半顔の痛みと膿が止まった事で常態化したストレスが減ったのもそうだが、男が家で寝泊まりするようになってから、毎夜のように男に組み伏せられ、夜の相手をしているのも理由の一つだった。

 

 男はレイナース以上の力強い腕で彼女を押さえ付け、凄まじい快楽を与えている。それが日頃のストレスを解消させると共に精神を安定させ、幸福感すら感じさせる要因となっている。しかし、一方で彼女を弱らせている面もあった。

 

 家で寝泊まりするようになってから、最初の情交で中毒のような依存心を感じ、レイナースの女としての部分が精神の充足を求めて男を欲するようになっていた。そして、欲求のままに連日連夜、男の部屋を訪れた結果……男を迎えて、僅か数日──レイナースは、どうしても男に対して甘くなってしまっていた。

 

「……ちゃんと責任取ってください」

 

 その小声は男には届いていないだろう。ベッドの脇に脱ぎ散らかされた自分の下着を拾うと足を通す。そして、そのまま用途を果たさなかった夜着も身に着けた。

 

 それから目に入ったのは脱ぎ散らかされた男の寝衣。自身の下着と服を身に着けるついでに、男の脱いだ服を拾い集めると綺麗にたたみ、男の枕元に置いておいた。自身もそうだったとはいえ、どうにも脱ぎ散らかしたままなのが気になって仕方が無かった。

 

 カーテンを開けるも、まだ、部屋に日光は差し込んでこない。ようやく明るくなりかけているといった時分であった。それでも、空が白んできた気配を見せている事から朝は近いのだろう。

 

 レイナースは机の上に置いてあった男の財布を手に取り、悪いとは思ったが勝手に開いて中を覗いた。中には銀貨が数枚と、銅貨がいくらか。昨日、開けてみた時と比べると中身が少しだけ増えていた。男があまりに金が無いと口にするので、気になって昨日の朝にも今と同じように確認していたのだ。

 

「……昨日、解体作業に行ったからでしょうか? 少しだけ増えてますね……」

 

 でもまさかこれが全財産な訳はないわよね、と溜息を吐く。それからレイナースは持参していたポーチから昨日の内に用意しておいた銀貨を取り出し、男の財布の中に数枚中に入れておいた。これで、日中の飲み食いに困るような事は無いだろう。もしも男が資金が増えていることに気づいたら気づいたで、それで恩に感じて貰えればいいと思いながらレイナースは財布を閉じ、元の場所へと戻した。

 

 それから壁に立て掛けて置かれていた剣にも手をかけ、剣身を確認する。使い古されたロングソード。刃こぼれこそ無いものの一般的な剣だ。ロックブルズ邸の修練用の武具とさして品質は変わりない。いや、使い古している分、あまり質は良くないだろう。

 

「前に持っていた黒弓とショートソードはどこに流されていってしまったのでしょうか……」

 

 以前、レイナースがギガントバジリスク討伐の任務で、男と共に戦った際には黒の強弓と血のような跡のある剣身をしたショートソードを使用していた。そちらは明らかな名品で矢を射ればギガントバジリスクのミスリルに匹敵する硬度の外皮を貫通し、ショートソードも容易く外皮を切り裂くほど。

 

 ……だったのだが、聞けば男はそれを資金難を理由に、質に流してしまったらしい。今ではどこにあるかも不明のようだ。レイナースはそれを聞いて愕然とした。名剣、名弓……武具の種類を問わず、優秀な武具は優れた武勇を持つ者が持つべきという考えが彼女にはあったからだ。

 

 流石にレイナースはその事を男に強く抗議した。武具もそうだが、彼女にあっさりと指輪を譲渡した事も、本来ならあまりいい事では無いと。そして、もしも金に困ったら私に言うようにとキツく言い聞かせた。

 

「はぁ……念の為、行方を探しておかないと」

 

 溜息を一つ。しかし、不思議なことだが、悩みとしては気分が悪くなるようなものでは無い。精々が馬鹿だなぁ、私がしっかりしないと、と思わせるものであった。

 

「起きてください。そろそろ私は自室に戻ります。後ほど庭で鍛錬をしますから遅れずに来てくださいね」

「……んー……」

 

 レイナースが男の耳元で囁き、衝動的に口づけを一つ落とす。それを聞いているのかいないのか、男は生返事を返したのだった。

 

 □

 

 庭で行われる朝の鍛錬。

 

 それは、レイナースが日課として行っている事の一つだ。これまでは一人で黙々と槍を振るっていたのであるが、ここ最近は同居人が鍛錬に参加する事になったため、彼女の日課は活気づいていた。

 

 本来鍛錬であれば、木槍など刃を潰した模擬槍を使用するのであろうが、彼女が持つカースドナイトの特性上、それが出来ないという問題点があった。

 

「せあああぁぁぁ!!」

 

 故に、今も裂帛の気勢で振るわれている槍は、彼女が普段モンスター討伐の任務でも使用している黒槍。

 

 彼女の扱う槍は穂先の根本から広がるような刃がついたパルチザンに似た形をした短槍であり、刺突や斬撃を繰り出すことが容易く、叩く、薙ぐといった使い方も出来る応用性の高い物。そして、彼女の職業であるカースドナイトの低位のアイテムを破壊するという特性にも耐えうる高品質な武器であった

 

 それに相対するのは穂先が潰された模擬槍を両手で緩く構えた男。槍の形状としてはごく一般的な穂先の根本に羽のような突起のついたウイングドスピアであった。

 

「はっ!!」

「おっと、危ない」

 

 ステップインと同時に繰り出されるレイナースの連突は凄まじい速度でもって男に迫る。常人には視認する事も難しい刺突を、しかし、男はなんなく半身となって躱してゆく。加えて男はそれ以上の攻勢を止めるべく、ウイングドウピアの羽でレイナースの槍を上から押え込んだ。

 

「余裕を見せられるのも今日までですっ!」

 

 それを見てレイナースが眉を顰めたが、押え込まれた槍を力を込めて無理やり跳ね上げ、即座に男に対して振り下ろす。

 

 それも槍の柄がしなり、唸りをあげるような叩き下ろしであるが、男は引くことなく左手を軸に右腕を大きく回して、槍の穂先で円を描くとともに叩き下ろしを弾く。そのまま間髪入れずに僅かに空いた空間に攻撃を繰り出した。

 

「こっちもいくぞ」

 

 左足を前にしたスタンスでレイナースの顔目掛けて放った一突き。ギリギリでレイナースが反応して一歩下がり、間合いから外れたという所で男は左手を鞘のようにして滑らせ槍を引く。一瞬の後、更に一歩前に踏み込んだ。

 

 高速の点を狙った連続突き。肩、脛、首、手首、頭部──狙いはバラバラであったが、レイナースは的確に槍を合わせ、捌いてゆく。

 

「くっ……!」

 

 しかし、徐々に刺突を捌くのが追いつかなくなり、防ぐのに間に合わなかった突きがレイナースの身体まで届くようになる。間一髪で首を傾げることで躱すことが出来たが、彼女の右頬の皮一枚が模擬槍との摩擦で切り裂かれた。

 

 次いで、脇腹を狙った刺突が掠める。レイナースの表情が焦りに歪む。後ろに下がろうとも男はその分だけ追従し、レイナースに緊張を強いた。

 

「いい加減、離れなさいっ……!」

 

 レイナースが男の刺突を大きく避け、身体ごと回転させて渾身の力を込めて槍を打ち払うと、男は弾かれた槍をクルクルと回転させて引き下がった。

 

「今度はこちらの番です!」

 

 突きからの槍を縦横無尽に操った複雑な動きだった。槍を回し、穂先で切る動作をしたかと思えば、身体ごと回転させた薙ぎ払いを混じえる、そして素早い刺突と、繰り出される高速の連撃。

 

「はっ! せいっ!」

 

 男はそれを捌き、時に躱す。連撃の流れを乱すべく、レイナースの槍を受ける際に強く弾き、時に柔らかくいなした。しかしレイナースはそれに逆らうことなく、むしろその力を利用して跳躍する。空中で一回転し、男の背後に着地した彼女は振り向きざまに放たれた男の薙ぎ払いを屈みこんで躱した。

 

「おお、身軽だな」

 

 頻繁に入れ替わる攻守。そのまま自身の持ちうる最速で男の懐に潜りこみ、彼の腹部目掛けて槍を突き上げる。男は僅かに瞠目したものの、半身となってその鋭い刺突を避け、レイナースには男がたたらを踏んで後退したように見えた。

 

「はあぁぁぁぁ──!!」

 

 息もつかせぬ、猛攻だった。男が反撃の態勢を整える前にレイナースが突き上げた槍を引き戻し、男に肉薄する。体勢を崩した男の胴体に向けて追従したレイナースの黒槍による刺突が迫る。

 

「取ったっ!!」

 

 勝ちを確信し、レイナースが喜色に富んだ声を上げた。

 

 しかし──男はレイナースの槍が自身の体に届く直前。男は一歩、ステップを横に踏み変える。黒槍が男の脇をすり抜け、突き出された黒槍を支えている腕の間に石突を捻じ込み、操作を困難にさせた。

 

「っ?!」

 

 そして、そのまま流れるような動作で、利き足と槍を持つ利き手をスイッチ。逆に懐に侵入すると足払いして転倒させ……倒れ込んだレイナースの首に、ウイングドスピアの切っ先を押し当てた。

 

「油断しただろ。今日も俺の勝ちだな」

 

 レイナースは勝ったと思った瞬間には態勢を崩され、そればかりか態勢を崩したことを理解した時には槍の穂先を突きつけられていた。これで何連敗だろうかと空を見上げて思う。帝国四騎士としてのプライドはズタズタだった。

 

「くっ……また負けてしまいました」

 

 悔しさに顔を歪めながらも、素直に模擬戦での負けを認めたレイナース。プライドは傷ついていたが、そこまで気分は悪く無かった。肩で息をする彼女は男の足下に大の字で倒れ込み、恨めしそうな目で男を見上げている。

 

 男はそんなレイナースを見下ろしながら、困った様子で頭を掻き、彼女を立たせる為に手を差し出した。

 

「……ありがとうございます」

 

 その手を取り立ち上がったレイナースは、それから自分の背やお尻についた汚れを払った。

 

「それにしても、強いですね。一応、私も帝国では上位の強さだと思っているのですが……しかも、あなたまだ本気を出していないでしょう? もう私のプライドはズタズタです」

「いや……まぁ……」

 

 男が息を乱すことも、汗もかいていないことにも気づいたのだろう。レイナースとて一廉の武人である。男がまだまだ底を見せていないことくらい分かっていた。

 

 そしてその本気を引き出せていないのは、自身の実力が不足しているからであるということも。

 

「弓術に槍術……その様子だと剣術も使えるのでしょうね。いったいどうなっているのですか……実は何処かの国の将官だったとかではありませんよね?」

「ないない、俺は冒険者一本だよ」

 

 そんなレイナースの疑うような声に男は否定の言葉を口にした。

 

「……そうですか。出来れば隠し事はなしにして欲しいのですが」

「はは、それはどうなんだ。誰にでも秘密くらいあるだろうに」

 

 疑いながらも言葉を飲み込んだレイナースだったが、男が秘密を持っていることを公言すると、ムッとした表情を見せた。

 

「私にはありません。……なら、私が勝ったら秘密を一つ教えてください」

「なんだそりゃ」

「さぁ、もう一本です」

 

 と言って、レイナースは再び槍を構えた──ところで、彼女が鍛錬の邪魔になると、後で一つ結びにしていた髪が解け、ファサリと広がった。

 

「……む……髪留めが壊れました」

「今日はもう終わりか?」

「……取って来てから再戦もできますが……そうですね、もういい時間です。残念ですが、今日の鍛錬はここまでにしましょうか」

 

 日は既に登っており、屋敷内からは朝食の香りが漂ってきていた。

 

「そうか。お疲れさま」

「そちらこそ、お疲れ様でした。明日こそ一本とってみせます。約束は覚えていてください」

「怖いなぁ」

 

 鍛錬の終了を告げると、レイナースはいつも綺麗に保たれている髪を手櫛でスッと梳いた。腰まである金髪がサラリと揺れる。

 

「……そういえば、昨日話した通り私は今日非番なのですが。あなたは何か用事はありますか?」

「一応、後で組合で依頼を確認しに行くつもりだけど、多分、受けられる仕事は無いだろうなぁ……」

「そう、ですか……なら、その……あなたに暇があるなら、私が帝都を案内することも、出来ますが?」

 

 レイナースは男が帝都初心者で、金欠だったこともあり未だに帝都内の名所を回ることが出来ていないと聞いていた。だから、非番で仕事も休み、良い機会だし二人で出かけられないかとレイナースは昨日から考えていたのだった。

 

「デートか。それもいいな。是非お願いしたい」

「デッ?! ……ま、全く、何を言うかと思えば」

「嫌だったか? ……まぁ飼われてる身分だしな。ならデートでは無い、観光案内ということで頼む」

「……」

 

 スン、と感情を消したレイナースに男は困惑した。

 

 彼女から向けられている好意には何となく気付いているが、男にはそれがどういう種類のものなのか分からなかった。毎夜抱かれに来る癖に肉体関係は呪いを緩和させた礼だとか、私に飼われる対価だとか言うし……これまで何度か抱いたが、特に異性として好きだと言われたこともない。

 

 だから、もしかしたら、彼女から感じる好意はペットもしくは手下とか手駒を大事にしようとするもの近いのかもしれないと男は踏んでいた。それに、自身の呪いを解く手がかりを逃さない為にとは言え、人を飼うことまで考えてた女だ。そりゃあ、対等でない存在──手下やら手駒だと思っている奴にデートとか言われたら怒るよな、とも。

 

 男が考え込む中、レイナースは若干不機嫌そうに口を開いた。

 

「……まぁ、いいです。単に同じ家から出かけるだけで、深い意味などありませんから」

 

 その言葉を聞いて、男はやはりと思い込む。

 

 レイナースとしては男の言葉に対する意趣返しのつもりであったが、その根底にあるのはある種の甘えである事に彼女自身気付いてはいない。これくらいの嫌味は受け入れろという甘えだ。ただ男はその言葉を額面通りに受け取ったようだ。

 

「悪かったよ、勘違いして。そんなに嫌がるとは思わなかったんだ」

「………………ハァ」

 

 バツが悪そうに謝る男。レイナースが、その察しの悪さに溜息をつきながら言うも、終ぞ男が認識を改めることは無かったのだった。

 

 

 ──そして二人。互いに用事を済ませた後、連れ立って家を出て帝都の大通りへ出る。この時には既に日はかなり高い位置にまで登っており、通りには歩いている人が大勢いた。通り沿いにある店も商いの最中であり、活発に人が出入りしているようだった。

 

 人々が行き交う大通りを進みながら、帝都の様々な名所を男はレイナースから紹介されていた。

 

 まず最初に向かったのは大広場。帝都市街地の真ん中に造られた円形の大広場で、その中心には噴水があり、そこを中心に東西南北に大きな道が延びている。

 

 それぞれに帝城、魔法省などの各省庁、騎士団本部、魔法学院、北市場や闘技場に繋がっている。省庁に関しては国の重要施設とあって観光の対象にはならないのだが、魔法学院や闘技場は一般でも見学は可能らしい。他にも観劇が出来る劇場や奴隷市場、美術館などもあったが……そちらはまた後日、時間がある時に案内することになった。

 

「はい、どうぞ。私もこれまで食べたことはありませんでしたが、有名みたいですよ」

 

 レイナースは次の場所に向かう前に露店でパイのような食べ物を購入してきた。どうやら帝国では一般的な軽食らしく、広場の噴水に腰掛けて、二人並んで食べる。

 

 男には言わなかったが、露天で買い食いをするのは、レイナースが呪いが解けたらやってみたいことの一つだったようだ。

 

 紙に包まれたサクサクのパイを口に運ぶ。男が初めて食べたパイは、遠い記憶にあるアップルパイの味に似ており、懐かしさを感じた。交易により北部のカルサナス都市国家連合から流れてきた果物は甘く煮詰められ、何かの乳から作られたカスタードは濃厚で上品な味わいだった。

 

 味わいながら食べる彼の様子をレイナースはジッと内心、愛おしげに思いつつ眺めていた。そして、あっという間に食べ終わると、レイナースは男に自分の分を差し出す。

 

「美味しいですか? 良かったら私の分も食べていいですよ」

「食べないのか?」

「はい。私はそこまでお腹も減っていませんので」

 

 大袈裟なまでに喜びを露にした男。レイナースは男が大口をあけてパイを食べる姿をただ見ていた。それだけで穏やかで幸せな気持ちになれた。

 

「美味しそうに食べるものですね。見てるだけでお腹が膨れそうです」

「いや実際に美味しいからな。かなり昔に、故郷で食べた味に似ている」

 

 男は過去を思い出したのか、パイを口にしながら、どことなく淋しげな表情を見せた。そんな珍しい表情をした男を見て共感したのか、レイナースも少しだけ胸が痛むような気持ちになった。

 

「あなたの故郷は何処なのですか?」

「生まれ育ったのは遥か遠い所にある国だよ。帰るつもりはないが、もしそう思ったとしても、今はもう帰れない場所だな。それに酷い場所だった。此処に来る前に親もソラに旅立っちまったし、家ももう残ってないだろうな」

 

 帰れない場所……とレイナースが呟いた。それから、なら私と同じですね、と。レイナースの故郷は存在しているが、そこには既に生家はなく、故郷に戻ったとしてもレイナースを受け入れてくれる人などいないからだ。

 

「そうか。なら俺たちは似た者同士なのかもな」

 

 男がそう言うと、レイナースは不意に男に腕を絡ませた。そこにどのような感情が含まれていたのか男にはよく分からなかったが、郷愁に駆られ人恋しい気分にでもなったのかなと勝手に思っていた。

 

 当のレイナースは腕を絡ませ思う。郷愁の念に駆られ、ここではない遠くを見るような表情をした男は、そのままどこかへ消えてしまいそうだった。咄嗟に繋ぎとめておかなくてはと思うくらいには。故郷には帰れないのかもしれないが、此処には、あなたの側には私がいると存在を示したかった。

 

 ──それから、レイナースは男の肩に頭を預け、男を少し驚かせた。彼女の視線の先には若い男女のカップルも当然いて、今の彼女と同じように親しげに腕を組んだりしながら歩いている。

 

 レイナースは思う。今の私達は周囲からどのように映っているのだろうかと。 今日は普段着ることのない、お洒落をした格好をして来ている。周りから見ても気合が入っているとわかる筈だ。男もこれがデートだと思い直してくれているといいのだけど、と。

 

 だが……

 

「──食べた食べた。ごちそうさま。それで、今日はこれから何処へ連れていってくれるんだ?」

 

 男がそうレイナースに問い、彼女はその空気の読めなさに呆れたような笑みを浮かべたのだった。

 

 □

 

 レイナースの案内の元、二人は大通りを歩きつつ様々な店を見て回った。

 

 魔法学院や闘技場は大広場から暫く歩かなければならないが、通りを真っ直ぐ進んでいけばいいだけの単純な道順だ。その途中、二人は露店の立ち並ぶ通りを抜けることとなったが、レイナースは何か気になるものがあるらしく所々で立ち止まっていた。

 

「少しだけ見てもいいですか」

 

 と言いつつ、心なしかウキウキしながら露店を巡ってゆき、結果から言えば()()という言葉には収まらない時間を消費した。

 

 レイナースは帝都に来た時から顔の呪いのせいで人が多く集まる場所を避けており、帝都内の警邏を除けば一人でこういった露店にくることもなかったらしい。どうやら此処も呪いが解けたら来てみたい場所の一つであったようだ。

 

 そんな彼女を見ていて男は思う。やはり女性というものは買い物が好きなんだなと。男が買う物といえば食料品か必要な道具ばかりで、部屋に飾るようなものを買う事は無かった。

 

 今も、レイナースに連れられて雑貨を見ていたが、男自身が惹かれるような物は特に無い。それに対して、レイナースは特に必要な物でもないのに、楽しそうに品物を物色しながら見て回っている。男にはよく分からない思考だった。

 

「これは……可愛い?」

 

 レイナースが手に取ったのは、親指大の小さな人形。男から見たソレは動物をデフォルメした置物のように見えた。どうやら動物は動物でもいくつかの種類があるらしい。

 

「欲しいのか?」

「いえ、その……別に……」

 

 そう言いつつ、レイナースは悩むような素振りで手の中の人形を置こうとはしなかった。

 

「なら案内の礼に俺が買うよ」

 

 そう男が言うと、レイナースは驚いたような表情を浮かべた。それから、少し困ったような顔をして、男の好意を受け入れた。男が自身の財布から銀貨を取り出し、店に支払う。レイナースが朝に仕込んだ銀貨は、早速レイナースの買い物の為に使われるのだった。

 

「……ありがとうございます。まさか金欠の人から贈り物を貰うとは思いませんでした。今日はもう、あなたはお金を払わなくてもいいですから」

「いや、少しなら出せるから……」

「今日行く食事は少々お高めです。財布が空になりますが、本当に大丈夫ですか?」

「……すいません。よろしくお願いします」

「最初からそう言えばいいのです」

 

 男の見栄にレイナースは呆れ、馬鹿な人と笑った。そうして色々な店を冷やかしながら歩き、数刻程経ってそろそろ食事でも取りながら休憩を挟もうかと思っていた二人は、帝都でも美味な料理を提供すると評判の店に入ってゆくのであった。

 

 

 店内は広くもなく、狭くもない。しかし、席の埋まり具合は満席と言った所。男としてはもっと人が少ない方が良かったのだが、食事代を出すレイナースがこのお店がいいと希望した為、特に反対することはしなかった。

 

「いらっしゃいませ」

 

 店員が出迎える。店はカウンターでは無くテーブル席になっており、二人はテーブル席で対面に座った。それから男はメニューを見てみるが、料理名を見てもよく分からない……そこでレイナースが代わりに店員に二人分の注文をしてくれた。

 

「前菜にアゼルリシア産ペリュトン精肝のソテー、イチジクのキャラメリゼとポルト酒ソース、メインはスナップグラスプのテルミドール、パルメザンチーズのグラタン仕立て、あとは……」

 

 かしこまりました、と言って店員が下がる。周囲の様子から堅苦しい場所ではないようだが、どうにも場違いな感じがして仕方がない。キョロキョロと興味深げに周囲を見渡す男の様子を見てレイナースが笑った。

 

「ふふ……何も、そんなに警戒しなくても大丈夫です」

「……そうは言っても、やっぱり馴染がないからな」

「あなたは異国の生まれですもの。そう感じるのも仕方ないと思いますが。それより帝国の空気に早く慣れてしまう方がいいと思います」

 

 男としては、こんな西洋風というか異世界情緒溢れる小洒落た店で食事をした経験など無い。せいぜいが、向こうの世界で少しお高めの食事をした経験があったり、酒場で少しいい肉を使った料理を酒と共に嗜む程度だった。しかしレイナースは堂々とした様子で店員とも会話をしている。やはり元とはいえ貴族生まれでは、教養も異なるのだろうかと男は思った。

 

「お待たせしました」

 

 と、そこに注文した料理がやってきた。男はフォークを手に取りながら、目の前の料理を見て思わず感嘆の息を漏らす。

 

「これは、凄いな」

「ふふ……そうですね。帝都でもこのお店の料理は評判のようですから。それに帝国の食文化は侮れませんよ。帝国民の食事を楽しもうという気持ちは人一倍あります」

 

 レイナースが自信あり気に言う通り、確かに料理の質は高いようだ。しかし、男としてはそれよりも目の前の料理に使われている食材に驚いた。流石に帝国の首都ともあって市場に様々な食材が流通しているのか、彩も鮮やかだった。

 

 それから男はナイフとフォークを上手く使いこなしながら食事を始めた。

 

「……美味しいですか?」

 

 そんな男の反応を見てレイナースが聞いた。男は口に物を入れながら頷くことで、それを肯定する。そんな男の様子にレイナースは、本当に子供みたいな人ですね、と嬉しそうな、呆れるような顔をした。

 

 それからも二人は食事を続けながら会話を続ける。内容は取り留めのない事ばかりであり、今日の鍛錬の話だとか、好きな料理の話、男の仕事の愚痴などの、そんな他愛もない話ばかり。しかし、レイナースにとってはそんな何気ない会話が新鮮で、何より楽しく思えた。

 

 レイナースにとって男は既に無くてはならない存在になりかけていた。警戒心の強い彼女自身が認め、彼女の過去を、呪われた彼女自身を受け入れ、嫌な顔もせずに話を聞いてくれる存在は貴重という言葉だけでは済まされない。

 

 ただ単に吐き出したいだけの愚痴も、男は特別とがめることなく、ただ話を聞いて受け入れてくれる。それだけで、レイナースの心が、胸が温かくなるような思いがした。だからこうして口を動かしながら思うのだ。ずっと、こんな時間が続けばいいのにと……しかし、楽しい時間ほど早く時は過ぎていくもの。

 

 食事もデザートまでしっかり味わい、支払いのタイミングで男は言った。

 

「やはり少しくらい俺も出そうと思うんだが……」

「あなた、自分の財布にいくら入っているのか確認しましたか?」

「うっ……」

「今のあなたに支払いなど、そもそも期待していませんから。何も気にすることなどありません」

「……はい」

 

 男がレイナースの口撃に呻き声を上げた。

 

「……でも、もし本当にそう思ってくれるのなら、大成してから誘ってください。それまで私も待っていますから」

 

 レイナースの声音には、からかうような感情は込められていなかった。だが、そこにはまるでヒモを飼うパトロンが持つような、生ぬるい期待感があった。

 

「ありがとう。いつか期待に沿えるように努力しよう」

 

 そんな彼女の言葉を聞いて男は微かに笑みの形を作った。

 

 男が微笑むとレイナースもまたそれに答えるかのように笑みを浮かべた。そんな他愛もない、だけれど特別な時間は二人にとって心地よいものであった。

 

 □

 

 時間が足りずに魔法学院には入れなかったが、闘技場で剣闘士の試合を見ることが出来た。二人は帰り道、今日見た試合の検討をしながら歩いていた。あの戦士はこうすればもっと強くなれる。あの剣闘士は体調が悪そうだった、闘技場での健康管理はどうなっているのだろう、などと。

 

 二人並んで帰路に着く。話をはずませた二人の距離は近く、ほとんど恋人のように腕まで組んでいる。

 

 

 ──そんな二人を遠くから見ている影があった。

 

「……な、なぁ、アレ……」

「あ、あれは……? 四騎士のロックブルズ殿、だよな……?」

「いや……でも、まさか……あの、重爆殿だぞ……?」

「あの表情を変えることのないロックブルズ殿が、幸せそうに男と腕を組んで歩いているとは……」

「隣の男は誰だ……? 騎士団では見たことない顔だが……」

「わからん……だが、重爆殿に男がいたとは初耳だ」

 

 そこには、都市内の警邏の任についているのか、銀色の鎧を身に纏った三人の騎士が、仲睦まじい様子で歩いている二人に視線を向けて立っていたのだった。

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