※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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54.フォーサイト編④

「おぉ……! 死を司る大いなる邪神よ……! 貴方様に絶対なる忠誠を誓います……!」

「私は忠誠の証に、この魂を捧げます……! 世に終末が訪れるまで共にあることを願います……!」

「私は供物を! 神の望むままに生贄を用意いたします! 全ては神を愉しませる為に!」

「儂は信仰を……! 是非貴方様のご計画に儂を加えてください……! 貴方様のお役に立てるならば、儂の持つ権力も富も如何様にでもお使いくださって構いませぬ……!」

 

 祭壇の上方に向かって平伏し、骸骨の仮面を被り全裸になった爺婆もしくは中年の男女が忠誠の言葉を吐いた。

 

 彼らは格好こそ頭がイカれているとしか思えなかったが、その実バハルス帝国においては高位の貴族であったり、帝都に拠点に置く有名な商会のご隠居であったりと名だたる面子が揃っている。

 

 そんな人間達がこぞって、邪神と呼ばれる存在へと忠誠を誓う様は異様の一言に尽きる。彼らは皆、邪神への信仰心──いや、邪神の齎す力を授かりたくてたまらないと、欲望に目を血走らせていたのだ。

 

「私はこの身と、この魂を貴方様に捧げます……! 私の全ては貴方様の物です……!」

「儂もじゃぁ……儂も捧げる! この老いた命、全てを捧げようぞぉ……!」

 

 平伏した爺婆達が欲に塗れた願望を隠すことなく、先を争うように宣誓の声を上げる。その声を受け、祭壇の上方に座した神と呼ばれた存在の横で、クレマンを名乗る修道女は口許を緩めて笑みを浮かべた。

 

 彼らが血眼になっている理由。求めているのは不老不死。それは遍く権力者が追い求めた理想の一つ。そして、その多くは手に入れる事が出来ずに滅んでゆく、叶うことの無い夢幻。

 

 詐欺師の語る不老不死など権力者は求めていない。彼らが求めているのは本物の不老不死であり、自らの権威と名声、富を永遠に保証してくれる力であった。

 

 そんな彼らが血眼になって神へと群がっている──つまり、彼らは神の御業を、本物の不老不死を目にしたということであった

 

 □

 

 神に仕えるに相応しき修道女の格好をしたクレマンが連れてきた、神の化身だという存在。その神の化身を僭称する男は古いローブを身に着けた浮浪者のような格好をしていた。

 

 だが、幼い頃から最上級の品を見続けてきた爺婆達には、そのローブがただ古いだけの代物では無い事が一目見ただけで分かった。

 

 古今東西、目の肥えた彼らが見たこともない素材で編まれたその生地は、如何に永い年を経ていようとも烏の濡羽色のように艷やかな漆黒を保っていた。見ているだけで、ため息をつきたくなる。まるで神の残した遺宝。触れてはならない。権力や金を持っていようが決して手に入れる事のできない、神宝を眺めているような心地にさせた。

 

 ──そんなローブを身に着けた存在を、修道女クレマンは神の化身と呼んだ。

 

 神の化身のフードに隠れた顔の奥は闇になっており、姿形を伺うことは出来ない。手の先まで完全に篭手で覆ったその存在は肌の一切の露出を無くし、死神という表現がピタリと当てはまる。

 

 邪神教団に所属する錚々たる面々の間にザワザワと落ち着きを失ったようなざわめきが広がった。彼らは、これまで長く教団に所属していたが、そのような存在は目にしたことなどなかったのだ。邪神教団と銘打ってはいるものの、その活動は邪神へと供物や生贄を捧げることで死後の安寧を願うというもの。

 

 所謂、死期が近いが故の一種の慰め。

 

 このまま死にたくないという思いはあれど、邪神教団では特別な力など授けてくれることなどない。刻一刻と死に向かっている中で少しでも死の恐怖を遠ざけ、死後の安寧を願うために今の内に死と闇を統べるという邪神に信仰心を見せておこうという打算でしかなかったのだ。

 

 故に、信徒達は今更、神の化身という名目の存在を連れてきて、教団は私たちをどうしたいのだという心境に陥っていた。また、信仰を捧げるという名目で資金を供出させたいのか、はたまた、教団の趣旨を変え、信仰を神の化身とやらに集めることが目的なのかとも勘繰った。

 

 信徒達のその反応にクレマンは柔らかな微笑みを浮かべる。そして、神の化身を祭壇の上方、石の玉座へと据えると滔々と語り出した。

 

 その隣──静かに石の玉座に坐したままの神の化身はジッとフードの闇の奥から信徒達の様子を見つめているようであった。

 

 これから何が始まるのかと、ある者は興味深げに、ある者はこれまでとは異なる神への拒否感を露わに、またある者は死に対する諦観の念を隠すことなく、修道女の言葉に耳を傾けた。

 

「私は死と闇を司る神へと身を捧げました。その際に私は失意の死と生への渇望の狭間で啓示を受けたのです。神の地へと招かれ、その従者として旅路を共にしました。不死の騎士。闇の世界を統べる王。尊き昏い魂の御方。幾多の呼び名があれど、誰も本当の名を知らない死の神の従者として。彼の御方は多くを語りませんでした。しかし、その旅路の果てを私へとお見せになったのです──」

 

 

 ──ごく最近、それも数日前の事だ。この邪神殿の管理していた神官は驚いた。何しろリ・エスティーゼ王国の都市、エ・ランテルにて死の螺旋の儀式に失敗し、死んだと思われていたクレマンティーヌが突然この邪神殿へと顔を見せたのだから。

 

 元々、クレマンティーヌ──もとい、クレマンはズーラーノーンの十二高弟の一人である幹部格。イチ下部組織である邪教教団の管理者でしかない神官にとっては格上の上司にあたり、何か命令されることがあれば拒否する事など出来ない存在だった。

 

 加えて言えばクレマンティーヌは残忍であると知られ、人の心など欠片も持ち合わせていない非情な殺人者であるという認識がズーラーノーン内でも広まっている為、命令の拒否イコール死という、神官にとっては絶対に深く関わりたくない幹部の一人という認識でもあった。

 

 そんな彼女が突然邪神殿に顔を出したばかりか、皆に紹介したい御方がいると宣ったのだ。

 

 そればかりか久方振りに見たクレマンティーヌは明確に以前とは変わっており、少なくともその身に宿した狂気を突然爆発させるような事はなくなっていた。その精神性は変貌と遂げ、神への信仰を呪い世に破滅を齎すべく活動していた筈の彼女が、一転して狂信者へと成り変わっていた。

 

「彼の御方は遍く世を照らす太陽の如き輝きを持ちますが、その本質こそは偉大な昏い魂にあります。世から光が消え、闇の世界が訪れた際には彼の御方が最初の闇の王となり、ヒトを導くという使命を持っているのです。深海のごとき闇の世界においては偽神は消え失せ、太陽は登らず、極寒の風が吹き荒れることでしょう。闇の世界では幾つもの概念が消え失せます。火が消え、明かりの概念が無くなる。温かさを感じることもなくなり、生と死の境界すら曖昧となる。その時、初めてヒトは偽神を信仰していた事を後悔し、自身が本来の神を忘れた原罪を背負っていることに気付くのです」

 

 良く練られてはいるが、荒唐無稽な話だと信徒の爺婆は思う。だがしかし、クレマンの真実を語っているという自信に満ちた姿を見ていると、あながち嘘とも思えない話ではないかとも思えてしまう。

 

 世には流行のごとく多様な信仰が溢れているのだ。その神ごとに信仰の形は異なり、神が信徒に求めるものも変わってくる。魔法の神や盗賊の神、虫の神だっているのだ。それぞれの神の語る言葉が全て真実であるのであれば、クレマンの話す死と闇を司る神の言葉もまた真実なのであろうと。

 

 高位貴族や商会長として長年、人や物を見てきた彼らだからこそ、その人の語る言葉が真実であるかなど見抜くのは容易いことであった。

 

 信徒である彼らの視点では、クレマンはまだ若く、聖職者として人を惹きつける魅力はまだまだ未熟と感じた。しかし、その身に満ちる信仰心と熱量は見ていて気分が良くなるものだった。だからこそ、惜しくなる。老いた先のない自身が彼女のような熱量を再び手にすることは出来ないのだと。

 

「しかしながら、神は一つ自らの過ちを正すことにしました。かつての名も無き不死は偽神の姦計により信仰を奪われましたが……その昏い魂は不変であり不屈。故に……彼の御方は魂に科せられた原罪を許すことで信仰を取り戻すことにしたのです。私はその御方の従者として、尖兵となることを志願し、この身も心も、魂すらも彼の御方に捧げることを誓っております。そしてそんな不出来な私を支援すべく、神が化身を遣わしてくださいました。彼の御方より賜りし権能にて、信徒の皆々様へと祝福を授けましょう。かの御身は遍く死と闇を統べる神。死を支配し、老いを否定する。神の祝福は不変を齎すことでしょう」

 

 クレマンはそう締め括ると、石で作られた玉座に座す神の化身へと視線を向ける。その神の化身もまた、信徒達から視線を外し、傍らの修道女へと顔を向けた。

 

「しかし、不信心にも世には真の神を疑う者がいるようです。そのためにも、まずは神の力の証明をいたしましょう」

 

 クレマンの言葉に合わせ、石の玉座に座していた神の化身が立ち上がった。

 

「神官。此方へ来なさい」

 

 それは有無を言わせない言葉であった。信徒達が見ている中で、しかも恐ろしい幹部格の命令を断ることなど出来ようもない。神官は内心で何をされるのかとビクビクしながら近づいていった。

 

「神よ。この者の魂を御身へと捧げます」

 

 クレマンが神の化身にそう告げると、歩み寄った神の化身が顔を青ざめさせた神官の胸へと手を差し入れた。しかし、その手は確かに神官の胸の中へと差し込まれているのに、身体に傷をつけることも、血が溢れるようなこともない。

 

「あ……あ……あ……ぁ……」

 

 あまりの恐怖で可哀想なくらいに震えていた神官の意識がとうとう暗転し、その身体から力が抜け、フラリと崩折れた。といっても神の化身が何かをしたと言う訳ではなく、ただ恐怖に耐えられずに気絶したというだけだ。

 

 それでも、目の前で神官が殺されたと思ったのだろう。信者達は動揺した。

 

「信者達よ、落ち着きなさい。この者は恐怖で気絶しただけです。全く、なんと嘆かわしい……それよりも、よく見るのです」

 

 クレマンが促した先。神の化身の手の平には青白い魂が乗っていた。

 

「これは、この者の魂です。神よ、どうか彼の者の魂に祝福をお与えください」

 

 クレマンの言葉と共に、神の化身の掌に乗っていた魂から放たれる青白い光が強くなる。その光はやがて直視できないほどの光量へと至り、信者達は目を覆った。

 

 暴力的な光が納まり信者達が目を開いた時には、魂は神の化身の掌から浮かび上がり、フヨフヨと中空を漂いながら再び神官の胸へとゆっくりと入ってゆく所であった。

 

「……この者は神の加護を得て、生命として新たな階梯に登りました。あなた達もこの者のように神への信仰を示せば祝福を賜ることでしょう」

 

 そして、クレマンが手を祈る様に組みながら続けた。

 

「そうです。彼は、神の祝福により不老不死となったのです」

『おぉおおおおおぉ──!!』

「目を覚ました時に、この者は理解するでしょう。偽神を信仰していた我が身の愚かさと、神の慈悲深さを」

 

 信徒達が湧き立った。当然だろう。目の前で神の如き超常の奇跡としか思えぬ現象を見せつけられたのだ。それも信仰を示すことで不老不死の力を授けてくれるという。

 

 正直な所、不老不死が本当に授けられるのかということには疑念は残る。しかし、もし仮にそれが本物だったとしたら……? 

 

 この場で様子見の姿勢など貫いてしまえば、次に加護が得られる機会があるかなど分からない。何故なら、様子見をするという事はその力を信じていないということだ。クレマンによって不信者として加護を与える対象から除外されても何らおかしな話では無いのだ。

 

 一方で、高位の権力者でもある信者達は機を見るに敏であった。元々、大貴族の元当主や、有名を馳せた商会の旧主などが多く会合には参加していたのだ。自身の利益を最大化する為の機会を逃し、選択肢を誤るなどという愚行を犯すはずもない。

 

 故に信者達は互いに視線で牽制しあう。どうすれば加護を──不老不死の力を授けられるのか、どうすれば信仰を示したことになるのか、神の、クレマンの求めている事とは何であるのか。この時にはまだ判断のつかないことばかりであった。

 

「う、うぅ……」

「……神官が目を覚ましたようです。さぁ、彼の言葉を聞くとしましょう」

 

 □

 

 目を覚ました神官は祭壇の上の玉座に座る神の姿を見て平伏した。

 

 その姿を目にしてから心の内から陶酔感が溢れてくるのだ。只ならぬ神秘性を目の当たりにして脳髄に稲妻が走る。神の前では服従するのが当たり前だと言う認識があった。

 

「おぉ……偉大なる神よ。貴方様より祝福を賜り、私はこの身の愚かさを痛感してしまいました」

 

 神官が嬉しそうに、しかし本当に悔しそうに複雑な感情を曝け出す。

 

「私は私を許せません。私の心には偽神への信仰が根付いていた。なんと愚かな……。私は自らの不徳を濯ぐため、この身を持って貴方様の慈悲に報いたいのです……! おぉ……神よ、どうかご照覧ください……!」

 

 神官は感極まったように言葉を紡いだ。そして懐から取り出したナイフを躊躇いなく自らの心臓へ、ザブリ、と突き立てた。

 

 傷口から血が滲み、しかし、神官は何事もないように何度も胸へとナイフを突き立てる。意識を失う事も無く、悲鳴をあげる事も無く、ただ肉を裂く音と衣擦れの音が場を支配した。

 

 これまで幾度となく邪神へと生贄を捧げる際に見てきた光景。だが、これ迄とは明らかに異なるもの。

 

 そもそも神官は、これまで邪神に自らの命を捧げようとした事は一度も無かったのだ。口では慰めるような耳障りの良い事を言っていたが、本性は信者達を操る事で悦に浸っていた存在だ。

 

 しかし、信者達から見てもその神官の様子は普段とは異なり、常軌を逸していた。

 

 流石にその場の異様さに戸惑った信者が修道女を伺う。神の化身の側で様子を伺っていたクレマンは、何ら焦る様子を見せることなく、その光景を前にして穏やかな笑みを浮かべていた。まさしく、それが当然の行為であると確信しているように。

 

「こ、これは……」

「不死、なのか……? 本当に……?」

「神よ……!」

「あ、ああ……! 神よ! この場に導かれたことを、選ばれたことに感謝いたします!」

 

 信者達は確信した。それはまさに神の御業。その奇跡に彼らは心を奪われたのだ。

 

 クレマンが神官の自傷行為を制止した。そして、神の化身から渡された人間性の闇──人の本質、人らしさの象徴、黒くぼんやりした人形のような形をした精を神官の手に握らせた。

 

 すると、人間性の闇は神官に溶け込むように消えていった。と、同時にナイフでズタズタになった胸の傷を綺麗に癒やしてゆくのだった。

 

「神よ、この愚かな私に許しをお与えになさるのですか……」

 

 神官が感極まったかのように声を震わせた。その様子を鋭く観察していたクレマンが修道女の表情に戻して信者達を見渡すと、彼らの目の奥には権力者の持つ強い光、飽くなき欲求が宿っていた。

 

「この者の魂に祝福を。これこそ、死と闇を支配する御身の祝福。その身が傷つこうとも、魂は不滅なのです。……ですが、安心なさい。もしも生に飽き、安寧を望むのならば再び神へと魂を捧げることです。闇は全てを優しく包み込みます。神は安らかな眠りを授けてくださることでしょう」

 

 クレマンの演説は、信徒達の欲望を激しく揺さぶった。神に魂を捧げれば不老不死となる。それは定命の存在である人間にとって、非常に魅力的な報酬であった。しかも、生に飽きれば安らかに逝けるというのだから、死の神を信仰しない理由など無かった。

 

 そこでとうとう人目も憚らずに加護を強請る信者すら現れ始めた。それを皮切りに、次々に信者達の口から信仰を捧げるという言葉が溢れ出る。

 

「お、おぉ……偉大なる神よ! 私の全てを持って貴方様の信仰に報います……! 私にもどうかその御加護を分け与えくださいぃ!!」

「神よ、私の全てを捧げます……! ああ、死に怯えずに済むとは、なんと心安いことか……! どうか私に今しばらく生きる時間をお与えください……! 全身全霊をかけて貴方様に忠誠を誓います……!」

 

 場に狂気が満ち始め、先を争うをように忠誠を誓うという言葉を張り上げた。

 

「……よいでしょう。最も信仰心を捧げた者から、神より加護が授けられます。……しかし、神は少々呆れておいでのようです。口をつけば薄っぺらく、欲に満ちた言葉ばかり。神の化身が降臨なされているのですよ? それなりの立場だった者達が饗応を忘れるとは……」

 

 クレマンからの静かな叱責に、その場にいた信者達が身を恥じるように一斉に視線を下げた。突然、その内の高位の貴族と思われる、仮面で顔を隠した老爺が叫んだ。

 

「そうだ、饗応を! 私は生贄を持参しております! 神に、若き魂の贄を!」

「それは良い事ですね!」

 

 クレマンは花が綻んだかのように可憐な笑みを浮かべた。その機嫌の良さを見た老爺が安堵したように息を吐く。

 

「贄を運ぶのだ!」

 

 高位の貴族──老爺が指示すると後方に用意されてあった小さな子どもが入るくらいの大きさの革袋が、全裸に骸骨の仮面という格好の信者達の手を伝って運ばれてくる。そのバケツリレーの様に運ばれてくる様は、何かの儀式の一貫なのであろうか。

 

 果たして、神の化身の御下まで運ばれてきた革袋は2つ存在した。中身を確認するようなことはしなかったが、その中身は十中八九、幼子であろう。それも、つい先日クレマンもといクレマンティーヌに所在を調査させていたフルト家の子女と思われた。

 

 革袋の前に、各3人ずつ。合計6人の信者が立ち、その手に持った剣の鞘を投げ捨て構えた。

 

「……」

 

 神の化身が傍らのクレマンを見た。しかし、クレマンは口許を僅かに歪めて、これから贄が血を流そうとする様を見るのに夢中で、神の化身からの視線には気づかなかった。化身はどこか焦っているように生贄とクレマンの間で視線を行き来させた。

 

 そして、とうとう剣が振り上げられたという所で──

 

『待て』

 

 振り上げられた剣がその場で止まった。これまで一切、声を発することのなかった神の化身が一言だけ『待て』と声を発したのだ。

 

「……どうやら神は幼子の贄がお好みではないようです。残念です」

 

 神に贄を捧げることを止められ、クレマンには中身の贄が好みではないようだと言われ、オロオロと狼狽える六人と贄を用意した老爺。

 

「で、では、この者はどうされますか?」

「……贄に適さないのであれば、捨ておきなさい。後で私の方で使い道を考えておきましょう」

「ま、誠に失礼致しましたっ……!」

 

 クレマンの言葉に神の化身はフードの闇の奥でホッ、と溜息を洩らした。

 

「……安心なさい。贄には適しませんでしたが、神へと若い魂を捧げようとしたという事実に変わりはありません。この場で唯一、贄を用意し差し出した貴方に神より加護が与えられるようです」

「わ、はっ、あっ、ありがとうございます──!!」

 

 □

 

 クレマンティーヌが隠れ家としている帝都墓地の地下に存在するカタコンベ。その一室に、クレマンティーヌと神の化身、もとい不死の男。そして、フォーサイトに所属していたアルシェの幼い妹であるウレイリカとクーデリカが眠った姿でソファに転がされていた。

 

「それで……邪神殿から連れてきた、この子どもどうするつもり?」

「どうしような……」

「ハァ? 考えてなかったの?」

 

 男はクレマンティーヌに問われ、ううむ、と唸る。そして、妙案が無いかと彼女の方を見た。

 

「いやいや、私は子どもの面倒みるなんて無理だよ? どうしたらいいかわからないし、多分、どっかでキレるって」

「子育てか……確かに、お前じゃ危なっかしくてちょっとな……」

「……は?」

「……すまん」

 

 クレマンティーヌに凄まれた男が即座に謝る。クレマンティーヌの視線は非常に雄弁だった。訂正するなら今の内だけど、と無言で言われている気がして直感が警鐘を鳴らしたためだ。

 

 男は考える。他に頼れるとしたらユリ、もしくはレイナースくらいだ。ユリについては何の心配もなく自信をもってお願いすることが出来るのだが、彼女は多忙だ。ただでさえ忙しくしている中で、手のかかる幼い子どもの世話を頼むことなど出来ない。

 

 レイナースに関しては、帝国騎士のエリート様だ。言えば助けてはくれるだろうが、誘拐された筈の双子を連れて行けば、どのような事情があるのか全て話さなければならなくなるだろう。それに部屋を間借りしている身だ。あまり迷惑をかけるのも忍びない。

 

「……」

「……なに? どうしたの?」

 

 他人事のように此方を見てくるクレマンティーヌに、男はただ静かに首を振った。

 

「うう……おねえさま……どこ……」

「おねえさま……あいたいよ……」

 

 幼い子どもは悪夢を見ているようだった。

 

 寝言であろうが、ウレイリカとクーデリカの二人が姉の名前を呼んだ。双子の目元には光るものが見える。どうするのか早く決めてしまわなければならない。この二人が目を覚ましてしまえば、事は更にややこしいことになる。

 

 かといって、今更この幼い双子を亡き者にする選択を取ることなど男には出来なかった。ではどうするか。何処かの孤児院に預けるか、あるいは誰かに預けるか。家に戻すという選択肢はあり得ないだろう。

 

 孤児院に預けたなら、最低限の生活は出来るだろう。場合によっては孤児を引き取ろうとする奇特な者も現れるかもしれない。ユリの孤児院が開設されていれば手っ取り早かったのだが、と男は思った。

 

「クレマンティーヌ。遺体を4つ用意できるか」

「邪教教団に言えば用意してくれると思うけど」

 

 それから溜息を一つ。個人的に取りたくない最善案は最初から頭にある。

 

「……意地の張り合いは俺の負けだ」

 

 □

 

 ウレイリカとクーデリカ。アルシェの二人の幼い妹。二人は姉が仕事に出た日から、窓の外を眺めてずっと姉が帰ってくるのを待っていた。

 

 だが、何日たっても、何日たっても帰ってくることは無い。

 

 二人は知っていた。姉はお金のない父と母の代わりに、危ない仕事をしてお金を稼いでいるということを。二人にとって姉は、父などよりも頼りになり、母などよりも身近で安心する存在だった。姉がお金を稼いでくれることで、自分たちはご飯を食べることが出来ているのだと、幼いながら聡明な二人にはわかっていた。

 

 だから、姉が帰ってきたらウレイリカとクーデリカ、そしてアルシェの三人が手を繋いでいる絵をプレゼントして、感謝の気持ちを伝えようと思っていた。しかし、その願いが叶うことはなかった。

 

 ある日、二人が目を覚ますと、そこは冷たい石壁の部屋だったのだから。

 

「ここ、どこ……?」

「ウレイリカ……こわい……」

「クーデリカ、大丈夫だよ! きっとおねえさまがたすけてくれるから!」

「うん……!」

 

 その日から二人の生活は一変した。姉が買ってくれたお気に入りの服は脱がされ、粗末な物へと交換された。そして、冷たい石の部屋に何日も閉じ込められることになった。

 

 二人のいる場所には冷たい石の部屋が幾つもあり、そこには沢山の人が入れられているらしい。ウレイリカとクーデリカがいた部屋の中には、他に耳の長い綺麗な女の人がいて、その女の人が言うには此処は奴隷商の店らしかった。

 

 女の人は二人に優しくしてくれた。ご飯をくれた。でも、そのご飯は裕福な食事をしていた二人にとっては臭くて美味しくなくて、どうしても食べる気にならなかった。どうしたらいいのか分からなくなって泣いていたら、女の人は慰めてくれた。

 

 でも、ある朝起きたら女の人は部屋からいなくなっていた。女の人は売られていったらしい。

 

「おねえさま、あいたいよ……」

「アルシェおねえさま……あいにきてくれないの?」

 

 二人の幼い姉妹は、姉が自分たちを助けに来てくれると、まだ信じていた。

 

「アルシェ、おねぇさまぁ……ぐす……」

「……っうぇ」

 

 二人は寂しくて、怖くて泣き続けた。その声が部屋に木霊する。隣の部屋から怒鳴り声がして肩をビクつかせた。その時、カチャリと小さな音が聴こえた。

 

「……え?」

「鍵、あいたよ」

 

 ウレイリカの疑問の声に応えるようにクーデリカが言った。二人は揃って目を見開く。

 

「あいて……?」

「そ、そうだよ! おねえさまがむかえにきてくれた!」

「おねえさま……!?」

 

 双子はガバッと起き上がった。そしてお互いに身を寄せ合うと、ウレイリカが嬉し涙をこぼす。それにつられて、クーデリカの目からも涙が溢れ出した。二人はそのまま泣きじゃくりながら、姉が姿を見せてくれるのを待った。

 

 部屋の扉がガチャリと開かれた。果たして、現れたのは待ち侘びた姉の姿ではなく、見知らぬ男の人だった。

 

「……おねえさま、じゃない」

「ちがう……」

 

 部屋の扉の鍵を空けたのが姉ではないと判断して、ウレイリカとクーデリカは怯え、警戒感を強めた。

 

「……安心しろ。お前らの姉の、アルシェさんに頼まれて来たんだ」

 

 その言葉に双子は困惑し、互いに顔を見合わせる。目の前の男の人は姉と知り合いだと言う。

 

 二人は、知らない筈の姉の名前を知っていると言う事は、この男の人は姉と知り合いなのは間違いないとあっさりと信じた。そして、二人は一縷の望みをかけて男に問いかけた。

 

「おねえさまに……?」

「あえるの?」

 

 男はその問いに対して静かに頷いた。

 

「ああ、そうだ。今から会いに行こう。あまり泣いているとおじさんが泣かせたと思われる。喉が渇いてはいないか。甘い飲み物をあげるから泣き止んでくれ」

 

 ウレイリカとクーデリカは嬉し気に顔を綻ばせた。久しぶりの甘いものだったからだ。よく姉が買ってきてくれたお菓子を一緒に食べていた事を思い出した。

 

「ほら、しっかり残さず飲むんだぞ」

 

 男はアルシェの幼い妹であるウレイリカとクーデリカ、二人を招き寄せると木のカップに入った甘い飲み物を勧めた。二人が警戒しながらカップの中を覗く。その中身は黄色で、少しだけ舐めてみたら今まで飲んだことがない味がしたが、確かに甘かった。

 

「……美味しい」

「……ありがとう」

 

 二人は警戒を解いたのか、恐らくは果汁を絞ったものだろう、甘くて少しトロみのある液体を飲んでゆく。そして、一息に飲み干すと、すぐに眠気に襲われたかのようにぐったりと身体を弛緩させた。

 

「あれ、ねむい……おねえさま……はやくあいたいよ……」

「ねむいね……クーデリカ……うん……あいたい……」

 

 そのまま二人は手を繋ぐと、安らかな寝息をたてて寝入った。その寝顔は安心しきったように穏やかだった。

 

「……こんな幼子を売るなんて、本当に貴族ってヤツはクズばかりだ。いや、俺も同族か……お前達を買い求めたのも貴族らしい……幼子を買う客なんてロクな奴じゃねぇ……せめて優しい買い主だといいんだが……助けられなくて、ごめんな」

 

 男は沈痛な面持ちで目を閉じたのだった。

 

 □

 

「……なに、これ……話せる……?」

「皆……!」

「イミーナ……! アルシェ……! ロバー……!」

「まさか私自身がゴーストになろうとは、思いもしませんでしたね……」

「久しいな。魂に損傷がないようで何より。早速だが、お前達に仕事を頼みたい」

「旦那……?! これはいったいどういう事なんだ……? ……というより、俺たちはアンタに殺された筈なんだが……」

「その話は重要か? 俺がお前達に霊体の状態で話が出来るだけの力を与えたというだけだ」

「……ねぇ、こんな弱そうなの態々配下にするつもり?」

 

 微睡む意識の中、双子の耳に聞こえてくる声があった。その声は威厳のある男の人のものと、威圧的で怖い女の人のもの。それから待ち焦がれた大好きな姉のものに、姉の側に立って擁護する3人の男女の声だった。

 

「配下……? 俺たちに何をさせるつもりなんだ」

「……ただ俺の言うとおりに働けばいい。対価は用意しよう」

「あなたの事は信用できない……! 私たちはあなたに殺されたのに配下になんてなる訳ない……!」

「今更、殺した相手の部下になれって? 冗談じゃないぜ、旦那」

「そうよ? それはちょっと都合が良すぎるわよ」

「私たちは覚えています。貴方に殺される前の恐怖を。いったい何が目的なのですか」

「チッ、黙れよ、お前ら。さっきから黙って聞いていれば……折角、神の如き強者が生き返らせて、力もやるから配下になれって言ってんだよ。無様に蹂躪された雑魚の分際が、ピーチクパーチク囀ってないで、黙って忠誠を誓うのが弱者の立場だろうが。頭の出来も悪いみたいだねー? あぁ、肉体がないんだっけ。カワイソー」

 

 何かを争っているようだったが、遠くで話しているように聞こえて、ウレイリカとクーデリカにはその内容までは分からなかった。

 

「なっ、なんだ、あんた……無関係のあんたがそんなに怒らなくたってもいいじゃないか……それに俺たちは殺された側なんだが……」

「わ、私たちが、生き返られる……?」

「いいえ、アルシェ……あなたなら分かっているでしょう。この場には身体はもうないのですよ。死者復活の魔法には条件が合いません」

「そうよ、アルシェ。この人は入ったら殺されると分かっていながら、遺跡の調査を引き止めなかった。話を信じたら駄目」

「で、でも、それは私が皆に依頼をどうしても受けたいと言ったから……」

「……それでも殺す必要なんて無かったでしょ」

「あーウッザ……ねぇ、もうやめない? こんな甘ちゃん、復活させるだけ無駄。声がかけられた機会の価値も分からない奴らなんて、救う必要もないよ」

 

 大好きな姉の声に反応して、頑張って目を開こうとしたがまだ幼い時分では、自身の身体のコントロールすら出来なかった。それでも微睡み続ける意識を繋ぎ止める為に必死に抗った。

 

「……待って。私は出来るなら生き返りたい」

「アルシェ!?」

「ウレイリカとクーデリカが心配……ちゃんと生活出来てるか早く確認しに帰りたい……」

「……まぁ、アルシェがそう言うなら仕方ねーか。旦那、あの時の事は飲み込む。俺らの力が必要だってんなら、貸してもいい。だから俺たちを生き返らせて欲しい」

「全く……ヘッケランまで」

「どうせ死んだ身です。リーダーとアルシェさんがそう言うなら私達はついていきますよ。ね、イミーナさん?」

「はいはい……仕方ないから私もついていくわよ」

「そうか、話は纏まったな。ならばお前達は今日から人をやめる事になる。これは契約だ。もしも破ればその魂は俺に砕かれ、完全に消滅する。二度と復活は望めない」

「今だって人じゃねぇさ。だけどな旦那、悪いが俺達は気にいらねぇ仕事は手伝わねぇ。例えまた殺されるようなことになったとしてもだ」

「……まぁ、いいだろう。契約成立だ。では、始めるとしよう──」

 

 話の内容は相変わらず分からない。でも契約が、だとか仕事をして貰うだとかの声はかろうじて聞こえていた。今すぐ声の聞こえた方へ駆け寄って、姉に抱き締めて欲しかった。しかし、微睡む意識は覚醒を許さない。幼い双子の意識は再び闇の底へと沈んでいった。

 

 □

 

「おねえ、さま……あい、たいよ……」

「おねえさま……はやくあいたい……」

 

 夢を見ていた。ウレイリカとクーデリカの大好きな姉が、優しく抱き締めて頭を撫でてくれた夢。

 

「「う、うぅ……」」

 

 でも、二人ともそれが願望でしかなく夢なのだと分かっていた。どこか諦めていたのだ。いくら待ち侘びても姉は帰って来ない。迎えにはもう来てくれないのだと。それでは、心が疲れていくばかりだから。

 

 諦めて、悲しくなって、二人はポロポロと涙を流しながら、ゆっくりとその瞼を開いていく。その目に最初に映ったのは、大好きな姉が自分たちの頭を撫でている姿。心待ちにしていた温かな手の感触。

 

「二人共、起きた?」

「お、ねえさま……?」

「おねえさま……あいたかった……!」

 

 姉が優しく微笑んでいるのを見て、これは夢の続きなのかと思った。でも、その感触は本物だった。

 

 二人は今度こそ本当に姉に会えたのだと確信した。服装はいつもとは変わっていたが、危険な仕事をする為に綺麗な長い髪を短く切ったその姿、優しい眼差しは変わらない。少し硬い手の平で双子の頬に触れた。

 

「怖かったよね、迎えに来るのが遅くなってごめんね」

「「おねえさま……おねえさまぁ……!」」

 

 二人は姉の胸に飛び込み、泣きじゃくりながら甘えるように頭を押し付けた。

 

「もう大丈夫。私が側にいるからね」

「うぇ……ふ、ふえええん……」

「お、おねえしゃま……ぅ、うわぁああああん!」

 

 泣きじゃくる双子の頭をアルシェは優しく撫でる。その目には涙が浮かんでいた。

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