親、兄妹、同族そして信仰。
全て私を満たせなかったもの。
思い返せば、私と信仰の相性は良くなかったのかもしれない。
初めは本当に些細な、私がいつからか抱くようになった疑問。
そして、それこそが全てが崩壊するに至った元凶にもなったのだろう。
そんな疑問、無視してしまえば楽だったのに。
最初は、ただ神と呼ばれたプレイヤーとはどんな存在だったのだろう、という些細な疑問だった。
気になるのは当然だと思わないだろうか。なにしろ故郷では、信仰の対象にもなっていたのだから。
この人間に生き辛い大地には、一定の周期でプレイヤーが降臨すると言われている。
プレイヤーの存在は私の故郷、法国の伝承にもあり、その子孫でもある神人の存在こそが証明している。
過去に降臨したのは、人間の生存圏を確保し、法国の祖となった六大神。これが最も有名だ。
遥か昔、人類が生存競争に負け、生存圏の縮小どころか絶滅の危機にあった時代。
この世界に降臨し、人類を救ったプレイヤーを法国は六大神と定め信仰し始めたという。
また、法国以外では火、水、土、風の四大神信仰が主流であり、光と闇を四大の上位に位置づけている法国の教義とは致命的に相容れない部分がある。
一方で、欲を持って悪を成した、世界を支配しようと魔法の力を用いて、ドラゴンと戦争を始めたとされる八欲王。
彼らもプレイヤーなのではないかと考えられている。
八欲王は六大神が降臨した以後の存在とされ、六大神が次々とこの世を去ってゆく中、最後まで残っていた闇の神スルシャーナを殺害したことは法国では有名な伝承だ。
そのことから法国では八欲王を大罪を侵した者達と呼び、毛嫌いしている。
また、プレイヤーではないものの共に降臨した従属神、狂った従属神である魔神と呼ばれる存在もいるが、それは置いておく。
いわゆる、善と悪の対比。
また、法国ではほとんどの者が信じていないが、十三英雄のリーダーや誰が言ったのか不明だが、口だけの賢者もプレイヤーだったと語る者もいる。
総じてプレイヤーは強い力を持つはずが、十三英雄のリーダーだけは、最初は力を持たず弱かったと聞くし、口だけの賢者に至っては人間ですらなく、ミノタウロスの容貌をしていたと言われている。
プレイヤーには強さ、種族にすら括りがない。
力を持たずに降臨したプレイヤーと人の型から外れた、異形のプレイヤー。
加えて、異形の存在といえば、法国における六大神の一柱、スルシャーナは死の神であり、本質的には恐怖・死・病気を司る悪神だとされ、人間の姿をしていなかったと教典にはある。
スルシャーナは何故、殺害された?
決まっている。
人の型ではないからだ。
当時、世界を支配しようとした八欲王は、人間の生存圏の拡大を願う中心地であり、無視出来ない軍事力を持っていた法国において、人の型ではない異形が大きな影響力を持っていることを警戒したのではないだろうか。
信仰の原型が法国を起源とするのか、または六大神が降臨する前から出来上がっていたのかはわからないが……
現在まで、法国以外では闇と光の神を信仰することは受け入れられておらず、異形自体が忌避されていただろうことは想像に難くない。
またそれが人々の根底にあったことが、法国以外で六大神信仰が根付かなかった原因にも思えてくる。
……とまぁ、こんなことを考えていると知られては故国で不信心だと厄介者扱いされるのも仕方ない話か。
……
プレイヤーとは、いったい何者なのだろうか。
無理矢理にでも言葉に当て嵌めるとするなら、未知の地から来訪した、絶大な力を秘めた者達だということ。
過去、モンスターに追われ、蹂躙されるしかなかった人間。そんな中、法国の礎を成し、人間の生存権を確保したという偉業を成したことは凄いと思う。
偉業は讃えよう。
おかげで私、という存在が今あることにも感謝してもいい。
……
でも結局のところ、それら神/プレイヤーという存在が本当に敬える人物かどうかなんて、正直、私にはわからなかった。
不遜といわれれば、そうなのだろう。
だが、八欲王という例からも疑念があった。
本当に、六大神は完全な善性を有していたと言えるのだろうか。
そもそもがこの世界に『魔法』という概念をもたらした八欲王は、完全な悪と呼べるのか疑問だ。
魔法は今の人間にとって、確かな力だ。
身体能力に劣る人間がモンスターや亜人に対抗するための数少ない有力な手段でもある。
そして、それは八欲王を毛嫌いしている法国ですらその力を与っているのだから。
それに、力ある者は自然そうあるべきと、自分勝手に振る舞い、絶大な力を周囲に撒き散らすものじゃないか。
力の持ち主の思惑がどうであったかは別として。
八欲王と呼ばれる者達もそうだったのではないだろうか、と私は思わざるをえない。
まぁ、それも全てがただの妄想に妄想を重ねた戯言に過ぎないのだが。
だからか、私にはプレイヤーという存在自体が、保持する力を除けば人間と変わらないように妄想していた。
善をなすこともあれば、欲をかくこともある人間に。
結局のところ、物事の善悪など感情的な人間の視点に他ならない。
六大神は本当に神と呼べる特性を持った存在だったのだろうか?
私達/人間と何が違う?
神性?
姿や形?
それとも超常的な力?
いや、結局のところ……そもそもが私は、私達は知らないのだ。
神と、プレイヤーと呼ばれる者達がどんな存在であったかを。
知らないからこそ、法国の民は各々、自らが望む神/プレイヤーの虚像を創り上げ奉ってきた。
自らと、その周囲に災が及ばぬように。
異形がこの世から駆逐されることを願い。
自らでは、どうしようもない事柄に対して、絶大な力を持つ存在に縋り、祈る。
……残念なことに、疑念を持ち、それを肥大させながら成長した私は、見ず知らずの遠い存在を自ら崇め、敬うほどの殊勝さを持ち合わせてはいなかった。
私の信仰は形だけの空っぽで、それに一体何の意味があったというのだ?
それら神の虚像を盲目的に崇める祖国の親、兄、民たち。
ここを見ていない、まるで辛い現実から目を背け、過去の生存圏の確保という偉業/成功体験に縋るかのように。
ある種の気付きを得た途端に、私にはそれが気味が悪いものに思えて仕方がなくなった。
膨らんでゆく疑念。
張り詰めた緊張の糸が切れたのは唐突で、珍しくも無い切っ掛けだった。
大切だった唯一の友人が死んだ。
任務でモンスター共の討伐に向かい、嬲られ、殺されて……きっと、こんな世界に生まれたことを後悔したことだろう……
苦しい現実、その果ての無駄死に、自身が生まれた意味とは何だったのかと絶望の中逝ったのかもしれない。
そう。今生きている私達を神自身が救ったことなど1度たりともなかった。
祈っても、祈っても……
私達に救いをもたらす、神はここにはいないのだと現実を突きつけられる。
神は彼女を、私達を救ってはくれない。
だから、私はやはり神など虚像に過ぎず、信仰に意味などないと確信した。
そんな、会ったこともない、むしろ虫酸が走るようになった存在を崇めるなど、もはや私には到底できることではなかった。
当然……そんな私が周囲とも反りが合うはずもない。
周囲にとって私は異物でしかなく、邪険にされるか、いつも腫れ物を扱うようだった。
いつしか親は私を見ることをやめ、兄はそんな私を軽蔑した。
周囲は理解できない私を兄を通してみるようになり、私という存在が無視されるようになっていた。
あの場所は断じて、私がいるべき所ではなかった。
誰も私の考えを理解しようとはしないし、誰も私の意見を受け入れることはない。
法国は故郷ではあるが、いい思い出などこれっぽっちもなかったのだ。
あるのは思い出したくもない、クソ以下の下劣な記憶……!
最早嘲笑すら浮かぶ理念を掲げ、私を束縛し、枷を強制する。
法国は秘密の多い国であり、機密が漏洩しないよう特殊な魔法が聖典のメンバーにはかけられていた。
特定のキーワードに反応し、拷問や魅了、支配などに対して機密情報に関わることを話すことで死ぬように設定されている。
例に漏れず、私も。
あぁ、イライラする。
……あげくの果てには。
苦悩の梨。
洋梨の形をした拷問器具。
口、肛門、膣、に挿し込み、ネジを回すことで先端が開き、「穴」を拡張させる。
口は、異端審問のために。神への冒涜行為を行った者へ。
肛門は、性的倒錯者、同性愛者に。
膣は、悪魔や魔物と性交したとされる女性に。
使用された場合、口なら喉の奥まで、肛門なら直腸から大腸まで、膣なら子宮頚管まで内側から裂かれることになる。
私はこれを口にされたのだ。
私の考えが異端であるとして。
顎は大きく開かれたまま固定され、叫ぶことも食べることも一切出来ない。
加えて、私が受けた苦悩の梨は熱されていた。
痛かった。
苦しかった。
悲しかった。
泣いた。
想像を絶する苦痛に、叫ぶことすら出来ずに!
ただただ、アイツらを憎悪した……!
理解できるか?
口腔を痛めつけることで、神/クソッタレに対する不敬の言葉を閉ざせという、法国の精神が!
私の体も精神も考え方さえも、私だけのものだというのに……!!
……
……法国を抜けて、心底清々している。
しかし、法国を抜け出した今でも、ふとした時に思い出されては殺意が鎌首をもたげる。
殺意が、憎悪が沸き上がる度に誰かをぶち殺してやりたくなる。
それでも……
一方で、どうしようもない孤独を感じているのも確かだった。
私は持たざる者で、理解者などいない。
親も
血を分けた兄も
死んでしまった友でさえ
私の孤独を癒せない
思い出せば女々しいことに……男の側は……私のいていい場所になり得たかもしれなかった。
この赤い宝石の首飾りを贈ってくれた。
私を受け入れて。
綺麗な、綺麗な深い赤、まるで血のような。
私の目と同じ色。
赤色の奥を覗き込もうとすると、意識まで混ざり合って染まってしまいそうになる。
自分の性格の悪さは自認している。
そして、悪行の数々を行った質の悪さも。
だが、彼は知りながらも受け入れてくれた。
孤独を癒やしてくれた。
この感情はなんなのだ?
心音が早まり、思考が乱されるのだ。
首飾りを掻き抱けば、熱を感じる気がする。
アイツが欲しい。
心の底から。
側にいてくれと叫びたい。
私をここから救い出して、助けて欲しい。
身を苛む、この孤独から。
苦しい……
これが今まで嘲笑っていた愛だとでも言うのか?
愛とはこんなにも苦しいものなのか?
怖い。
恐怖を感じる。
私が私でなくなるような。
得体のしれない感情に侵され、振り回されているのは本当に私なのか?
誰でもいい、この狂おしいほどの激情の正体を、感情の行き場を教えて欲しい。
追憶する。
男の腕の中にいた時は、それだけで酷く安心できた……
男がいれば、もはやなんでもいいと思えた……
私は孤独ではない、理解者を得た、と。
腕の中こそが私の居場所になるのだと直感していた。
孤独の世界から私を一時でも救いあげた、アイツ。
ストレスの悪循環から私を無理矢理に引き抜いた。
あの時、確かにアイツは私のことを想って救ったのだ。
だから、一夜であろうとも愛は確かにあったのだろうと信じたい……
私だって馬鹿じゃない。
あいつは女を誑し込む手管に慣れていた。
それだけで、男の好意が私だけに向いている訳ではないということがわかったから。
男なんてみんなそんなもんだって、昔、死んだ友達が言ってた気がする。
飽きられたらポイって捨てられるんだって。
話を聞いたあの時こそ、馬鹿やってるなって呆れたものだったが……
今の私にかつての友を笑う資格はないのだろう。
そもそもアイツにとって私は何なのだ?
恋人か?
それは違うだろう……
むしろ、都合の良い情婦の方が近いかもしれない。
そして、厄介なことに、私にとってヤツの存在は麻薬にも似た依存性の高い代物だったようで……
まるで薬物中毒者。
知ってしまえば、もう無くては生きていけないということなのかもしれない。
思い出すのは、私の澱み、腐り、濁った精神を洗い流す青白く輝くオーラの奔流。
男の私を見る、黒い炎の輪が宿った瞳。
それだけで、心臓が早鐘を打つ。
自然と頬が緩み、心の内に満ちてゆく、甘く、心地良い痺れを伴う感情の波。
まるで、乾いた土壌で生きる植物が必死に水を求め、根を巡らせているかのように。
乾きつつある心が潤いを求めて喘いでいるのか。
欲望には逆らえない……わたしもただの女だったということなんだろう。
アイツの関心が……
アイツの、愛と呼ばれる曖昧なモノが欲しくてたまらないんだ。
そんな得体のしれない自身の感情が怖くて男から一旦、距離を置いてみたはいいが……
恐怖は私を苛み続けている。
いつか捨てられ絶望してしまうなら、自ら捨ててしまおうという決意は……
グルグルと渦巻く、狂おしいほどの欲求の前では継続するわけがないことを今更になって悟った。
□
たまにアイツはどこかへ、いなくなってしまう。
最近も町の外に出ているのか、町中で見かけることもなくなった。
どこかへ、色々と旅をしていると噂で聞いた。
それも当然か。
アイツは冒険者に就いているのだから。
私は冒険者なんて、モンスターを狩猟することを生業にしなきゃならない野蛮な職だと思っている。
当然、好き好んで冒険者になるような奴なんて大抵が禄な連中じゃない。
暴力が大好きな社会不適合者、自分の力を試したい身の程知らず、生を奪うスリルに取り憑かれた人格破綻者、そんなのばかりだ。
中には仕方なくしてる奴や物好きな奴もいないではないが……
冒険者とは、決して強大なモンスターを退治し、人を救うような英雄と同一視したり、憧れや夢などを抱いて就いてはならない職。
その大半に待つのは当然の死であり、運が良ければ、どう足掻いても自分は英雄になど成れないという非常な現実を知るだけだ。
静かに生きたいのなら、真っ当に町で働いてればいいし、そこであぶれた者が行き着く先が冒険者だと言ってもいい。
だから冒険者という職業は、社会に一定の割合で存在するクズであったり、犯罪者予備軍を犯罪者へと落とさないための最終ラインとしても機能している。
当然、冒険者の内実を知ればクズが多いし、私の嫌いな人種の上位に入っているのだが……
アイツはそのどっちとも違う気がする。
破綻者でも、冒険者という職業に英雄の幻影を重ね馬鹿な夢を見ている訳でもない。
何よりも、自由な気がするのだ。
身を縛るしがらみなどなく、町から町へと鳥のように渡ってゆく。
もし例えるならば、古の伝承で謳われるような未知の領域への探索者。
ただ、見知らぬ未知のみを求めて。
これでは美化しすぎか。
それはそれで、夢見がちとも取れるのかもしれないが、アイツの腕なら危機など有ってないような物だと思える。
アイツが求めていたのは冒険者になることで得られる、冒険者証であり、比較的容易に手に入れられる表の身分の証だったのかもしれない。
町と町の移動で役立つ場面も多いし、有用なのは間違いない。
その分、モンスターの駆逐という義務が課さられることにはなるが。
アイツはただ旅に有用という理由から冒険者を選択したのだろうというのは想像に固くなかった。
そしてその想像は恐らく、全くの見当外れという訳でもないだろう。
……
それはともかく……街から街へ移動する必要のあるアイツには拠点だっていくつかあるはずだ。
単純な男の考えることなど皆同じだ。街ごとに女がいるなんてことは容易に想像がつく。
たまたま、このエ・ランテルでは私だったというだけで。
……ムカつく
……いつか、アイツはエ・ランテルを永遠に去り、私の前からいなくなるのだろうか。
一度は愛を囁いたはずの私をここに置き去りにして。
嫌だ、そんなの許さない
そのためには……
『奪えばいい』
『支配すればいい』
そうだ。
それがいい。
元々、私は、それしかやり方を知らないじゃないか。
そうやって、これまで生きてきたのだから。
□
夕陽。赤く染まった人気のない、街路。
3度目の待ち伏せ。
ワンパターン過ぎて、我ながら呆れてしまう……
目の前には、オーソドックスなロングソードを片手に構える男の姿。
何度か繰り返しつつも、未だ成功していない男へのリベンジ。
「さぁ、どっからでもいいぞ」
剣を持ち、緩やかに手首を返す。切っ先が銀色の弧を描いた。
互いに剣の間合いの外での攻防。得物を合わせた先にある読み合い。
男の持つロングソードの剣先は地面に向けられ、即応出来るような体勢には見えない。
はずなのだが、男の間合いは想像以上に広く、その気になれば一足飛びに私の首を断つことすら可能だと直感する。
だから私は迂闊には動けないでいる。
しかし、男は自分から動くつもりはないらしく、こちらの挙動を伺うのみ。
男が本気ではないのは明白で、人類最高峰の強度を持ったはずの私を手玉に取ろうという様は、酷く屈辱的だった。
遊びを持てるほどに余裕があるというのか。
その余裕を驚愕に染めてやりたいと思った。
狙うは油断を誘い、隙をついての一撃。
いつまでも相手の出方を待っていても埒があかない。多少、強引にでもと状況を動かす方法を模索する。
そして、今までそうしてきたように、自身にとって最善の方法である一撃離脱を選択した。
柔らかい肢体としなやかな筋肉を最大限に活かした速攻。
身を獲物に飛び掛かる前の猫のように屈め、四肢に意気を込め、タイミングを計り、一撃の力を溜める。
「シッ……!」
しかし……威を高めたはずの一撃はスティレットの刃先は、男には半身ズラされただけで躱されてしまう。
狙いが甘かった。害する、必ず殺すという意思が伴っていないからだ。
未だ、心のどこかで男に武器を向けることを躊躇っている自分がいるせいで。
得意なはずの高速戦闘。自身の速度についてこられるなど、それこそ英雄並の実力を持っていなければならない。
男の側を風のように駆け抜ける。合わせて、置き土産とばかりに回し蹴りを放ち、斧の一振りの様な軌道を描くも、男が回避行動を取るまでもなく、空振った。
「おいおい、どこ狙ってんだ?」
「……っ」
ギリギリ、と歯を噛み締める。
男を私の支配下に置く、自由を奪うと決意したはずの意思に反して、思考は鈍く、体の動きも精彩を欠く。
心技体が噛み合うことなく、全てがバラバラだった。
焦り。
以前では、あり得なかった。
自身がこんなことに思い悩むことも、自身の体が上手く操れていないことも。
殺す覚悟で立ち向かわなければ一撃を当てることすら困難な相手に、殺す覚悟を持てないでいる現実。
今では、避けられることがわかっていても、傷つけてしまった場合のことに躊躇いを感じている。
何より、それが原因で男の関心を永遠に失うかもしれないということ、拒絶されることに耐え難い恐れを感じてしまっている。
「なんだ……調子悪いんじゃねーの」
目の前のアンタは、何故ニヤニヤ笑っていられるんだ?
私がこんなに苦しんでいるのも、アンタのせいだというのに……
「うっさい……! さっさとくらえっ」
私の人生は上手く行かないことの連続であっても、弱肉強食、ある意味単純だったのだ。
男に知り合ってから、私の周りは複雑になってしまった。
こんな風に思い悩むようになるなんて、少し前までの私自身には想像もつかなかったことだろう。
八つ当たりだとはわかっている。それでも、この男が全て悪い。
「……っ!」
様々な不安を圧し殺し、我武者羅に立ち向かってゆく。
が……男の構えた得物により連撃は容易く弾かれ、武器が交差し衝撃が起こるたびに火花が飛び散る。
人気のない街路へと何度も、何度も金属同士が打ち合わさる音が鳴り響く。
男の横一閃。
一際、鋭い音が響くと共に両手の得物が弾きとばされ、仕方なく、仕切り直しの為にと一旦距離を置く。
「はぁ……はぁ……」
消耗が激しい。
いくら打ち合っても、刃が届くビジョンが浮かばない。
男は変わらず、こちらを観察するように視線を向けてはいるが、自分から動こうとしない。
唇を噛み締める。
私の技術が通用しないことへの焦り、まるで相手にされていないことへの苛立ち。
手元にあるのは、残るスティレットが一本と、念の為にと用意していた携帯用のメイス。
装備が心許ない。
腰からモーニングスターのように鉄球が鎖で繋がれたメイスを取り外し、まるで子どもの癇癪のように攻め掛かる。
一見、やぶれかぶれだが、一計を案じる腹は決まった。
もう、これで駄目ならもうどうしようもない。
戦闘スタイルは、これ迄の物とはガラッと変わってしまう。
高速戦闘を前提としたヒットアンドアウェイから、持ち味であるスピードを捨てたパワープレイ。
現にこちらを伺う男の視線も訝しげなものへと変化している。
当然だ。
元々、それほど得意な得物ではないし、ただ拷問用に携帯している副装なのだから。
柄のグリップを握り締め、手首のスナップを利かせて、グルグルとハンマーを回してゆく。
ハンマーが一周するごとに、ブォンブォンと、鈍い風切り音が聞こえてくる。
ハンマーを回したまま接近戦へと移行する。
回転を、タイミングを見計らっての一撃。
スピードは最早見る影もないが、ハンマーの遠心力が合わさったこともあり、その一撃の威力は段違いに上昇している。
「お、らっ……!」
腕をコンパクトに振り、男の側腕を強打するように一撃を見舞う。
男も重そうな一撃に一応の警戒を見せるも、難なく回避行動を取られる。回転によりタイミングを計りやすいのもあるし、何よりも情けないくらいに遅かった。
「何考えてるか知らんが、そんなの当たらんだろ……お前向きじゃねぇな」
言われなくとも、そんなの百も承知だ。
だけど、連撃は止められない。
止めれば大きな隙を作ってしまうし、警戒すら持たれないだろう。
そのままモーニングスターを自由自在に振りまわせる腕力があれば、また違うのだが。
「手がなくなったのなら、もういいんじゃねーの?」
若干、男が面倒臭げな表情で言う。
「くそっ……くそっ! 馬鹿にしてやがんのか!!」
後のことなど何も考えていないような大振りの繰り返し。当然、当たるわけもない。
「このっ、クレマンティーヌ様がっ!」
とうとう破れかぶれになったか、と男は呆れを滲ませていた。
「てめぇ、みたいな変態野郎にっ!」
やれやれ、と男が動き出す。何が気に入らないのかわからないが、癇癪を起こした子どもを宥めるように。
「やられっぱなしなんて……」
タイミングを見計らった、やや大きめに力だけは精一杯込めたスイングを放った。
「ありえねぇんだよ!!」
ブンブンと振り回され、描かれる軌道を男は避け、軽快な動作で近づいて来ると大振りで隙だらけとなっていた腕を掴み上げた。
(ばーかっ……!)
笑みが浮かびそうになる。
賭けだった──ー狙っていたのは男が無警戒に間合いに入ってくるシチュエーション。今の私では懐に潜り込むことも出来ない。ならば、向こうからこさせるまで、と。
掴まれた反対の腕で素早く、残り一本となったスティレットを抜き放ち、武器に蓄積された魔法を開放する。
「マジックアキュムレート! <人間種魅了>」
男はやや驚いているようではあった。
その顔に内心いい気味だとスッとし、勝利を確信したことにより気分がどんどん高揚してゆく。
はやる気持ち。
さぁ、男を言いなりにしたらどうしようかと考え始めた。
言い放たれた魔法の発動条件となるキーワードにより、スティレットから妖しいピンク色の光が放たれた。
……
妖しげな光が治まると、残されたのは二人。
至近距離で魅了したのだ、効いてないはずがない。ましてや、このクレマンティーヌ様に魅了されない男などいるわけがない。
やった。
やってやった!
人間種魅了は相手をとても親しい友人だと思わせる魔法。
『友人』という点では不満だが、これで男はほとんど私の言いなりだし、私のお願いだって何だって聞いてくれる。
抱けと言えば抱くし、隠し事だってなしだ!
魅了効果が途切れないように定期的に、魔法をかければ何も問題ない。
そのうち魔法の永続的な効果を持たせる装備を着けさせてもいいかもしれない。
「……」
男は何も反応せず、ボーッとしているように見えた。
ふと、手間をかけさせられた腹いせに試しに命令をしてみたくなった。
「……ぉ、ぉぃ、キスしろ」
初めての命令。出てきたのは我ながら欲望丸出しの言葉だった。
そうだ。
男女の『友人』同士ならキスだって可笑しくないはず!
た、多分……
てか、そもそも私の魅力に抗える訳がねぇじゃん!
そうだ。
そうに違いないって……!
沈黙。
「……ふはっ」
「……は?」
男が吹き出し、私の口からは間の抜けた吐息。
「な、な」
「確かに魔法はっ!」
何で?
どうして?
何が起きているのかと、一瞬、頭の中が真っ白になった。そして、魔法が効いていなかったことを察して顔が熱くなってゆく。
「さっきのは魅了魔法か? どうりで……」
男は一人何かに納得するかのような表情。そして続けた。
「わりぃな、俺にはそういう類の魔法とかスキルは効かねぇのさ」
「お疲れさん」
唐突に感じた、腹への重い一撃。
羞恥心と屈辱、そして微かな安堵感がない混ぜになったような感情。
「にしても、キスしろと来たか」
ゆっくりと意識が落ちてゆく。
色ボケか? という馬鹿にするような言葉が聞こえた。
意識が落ちる直前に見た男の口元には笑みが浮かべられ、段々と顔が近づくような熱が感じられた。
□
目が覚めれば男が定宿としている部屋。
いい加減覚えた。
何も置かれていない、質素な内装も、外から聞こえてくる女が男を呼び込む喧騒も。
「おう。目、覚ましたのか」
「……」
聞こえてくる男の声。まだ頭がボーッとする。何やら腹は減ってないか、喉は乾いてないかなど尋ねる声が聞こえてきたが、テキトーに返した。
「そういや……お前、あげたアクセサリーはどうした。持ってねーのか」
段々と覚醒してきた頭。
「……」
ムクムクと沸き立つ、ちょっとした反発心と悪戯心。
「……あぁ、あれ?」
何しろ、この私が気絶するほどの威力の拳を受けたのだ。
「ふ、ふ……なぁに? つけてて欲しかったの〜?」
腹を殴られたこと、恥をかかされたことへの意趣返し。
いざ口にしてしまえば、期待せざるを得ない自分がいる。
「私にアクセサリーつけさせて、自分の物だって証明したかったのかな〜?」
ニヤニヤと緩む口角。
本心ではアイツに肯定して欲しかった。
「……」
沈黙。
「……あ? お、おう。そうな」
しかし、私が欲しかった反応はなく、ただただ当惑しているようで……
ムカついた。
その反応が、私がただの勘違い女を意味しているように思えて、酷く裏切られたように感じた。
「……でも、残〜念。もう、売っちゃったから」
「は?」
傷つけ。
「金貨10枚にもなったし……」
「古くさいネックレスだったから、すっごく意外だったよ〜」
クソみたいな悪意の言葉を投げつける。
反対に、努めて笑みを作った。
我ながら優れた容姿で、誰が見ても綺麗だと思うように。
「……」
だからか、その後に出た言葉は心にもないもので、アイツを裏切るものだった。
私の心を裏切った、アイツへのちょっとした復讐のつもりで。
眉を顰めるアイツを見て、少しだけ溜飲が下がった。
「贈り物、嬉しかったよ。ありがとね〜」
「もっと私に貢いでくれてもいいんだよ〜?」
多分、私はアイツよりも精神的に優位な立場に立ちたかったのだと思う。
アイツの思考に私という存在を捩じ込めることを期待して。
アイツを振り回して、追われる私、という妄想は甘美だったから。
お前のモノは私のモノ、とでもいうかのような傲慢な態度。
本当は大事にしまっている。
くだらなさ過ぎるプライドから出た嘘。
「おい……勘違い女。もう、お前に何かくれてやることなんてねぇ」
酷く無感動で平坦な声だった。
「売った、だと? オメーが狂気に呑まれないようにってやった物を、売った?」
踏み躙った、善意を。
「別にオメーが貰いもんを売ったとかは、オメー自身が決めることだが……こっちからしたら面白くはねぇ」
眉を顰めた後、酷く冷めた反応をした。
そうして、男の口から出てきた言葉は甘美な妄想を否定するものだった。
「え……? な、何? ちょっとした冗談だって……」
どこか拗ねたような口調で返すも。
もはや男は興味なし、とばかりに表情は凍ったままで、女の言い訳に対して無視を続けた。
あ、ヤバと勘が告げる。
やりすぎた
焦り
やだやだ
無視しないでよ
こっちを見て
「ね、ね、怒っちゃった? コレ、売ってなんかないって」
慌ててまくし立て、豊満な胸の内に隠していた赤い石のネックレスを曝け出す。
明るく冗談だと弁解する私を見るアイツの目は、よくわからない物を見るようなものだった。
疑念を抱いているような。
「お前が何をしたいのか、俺には意味がわからない」
関わるのを面倒くさがるような、訝しげな視線。
そんな顔しないで
「……もういい。何の用だったのか知らんが、目が覚めたなら帰れ」
「え……?」
空白。
頭が真っ白になりかける。
「い、いやいやいや、ここに連れ込んだのアンタじゃん! 何、一人で決めて勝手なことっ……!」
テメー、抱くつもりで、ここに連れ込んだんじゃねぇのかよ! という言葉は出なかった。
それは私が期待していたことだったから。
冷めた空気に、男のため息が溶けてゆく。
「あぁ、それとな……エ・ランテルを離れることにした。伝えたかったのは、それだけだ」
ピクリと肩が揺れる。
「ど、どうして……?」
返事はない。
問い掛けは聞こえていなかった、のだろうか。
だが、私に再び聞く勇気はなかった。
ただ襲い来るグルグルと渦巻く不安と悲しみに耐え……
気分が悪くなった……
……
悶々として、気付けばベッドに横になっていた。
隣に男の姿はない。どこかへ出ていったらしい。
無理もない。
私だって意地でもはってなきゃ、こんな気不味い場所さっさと出ていってる。
……そのまま二度と私の前に現れない気がして、私を連れて行けと縋りつければ一番良かったのかもしれない。
だけど、そんな言葉を出す勇気は朝まで悩んでもついぞ出て来ることはなかった。
もし、拒絶されたら、が怖かったから。
どうしても素直になれない。
自己嫌悪……また一つ何かを失ったことを悟り、私は、私の性格を呪った。
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私は信仰することをやめた。
神などどこにもいない。
大切だった友さえ、救われず。
この世界は悪意に満ちているのだと知った。
私の半生は常に何かを犠牲とし、奪われてばかりの連続だった。
奪われる側の人間ではいたくない……
だから、私は奪う側の人間になったんだ。
時に他人の命や財産、思惑でさえも自分のために利用した。
油断させて、裏切り、大勢を殺し、色んなモノを奪ってきた。
だけど……私はまた奪われる側の人間になろうとしている。
……私を置いて、男はここからいなくなる。
どこかで期待していた、一緒に行かないかという言葉はなかった。
アンタは私の苦しみを理解(わか)ってくれていたのではないのか?
グルグルとあの時の言葉が何度もリフレインする。
吐きそう……
あんな言葉……聞きたくなかったな。
いや、わたしがわるいのか……
11/13加筆