仲良くなり夢を語り合う友となった柱間とマダラ。
しかし、突然二人に決別の時が来ます。
原作場面を引用しながらオリジナルの展開をしております。
戦乱の中の日常でも、芙蓉と柱間・扉間の関係にも徐々に変化が現れます。
そして仏間と水蓮の関係・過去の回想も同時に描いております。
柱間は急いでいた。一秒でも早く!一mでも前に!…
「待ってろ、…ぜってー助けてやるからな!…死ぬな!」
樹齢千年を超える大木が無残に切り倒され、行く手を阻む。立っている大木の枝は天まで伸び、生い茂る葉で太陽の光は遮られている。ジメジメとした地面は苔むしていて、気を緩めればすぐに足元をすくわれてしまいそうだった。その上、倒れた大木の間には所々に大きな岩が転がっている。
板間はその岩の後ろで一人、上がった息を必死に鎮めようとしていた。
なんとか一人で切り抜けなければ、瓦間と同じ運命になる。
冷静になろうとしても、それに反して心臓の鼓動は早くなり、息も上がってくる。
「兄…者…⁈」
気づくと、五人のうちわ一族の忍に囲まれていた。
どの忍も写輪眼を開眼した大人の忍である。
「お前にも兄が居るのか。…俺の兄は、千手に殺された。」
先ほどまで感じられていた板間の場所にやっとの思いで辿り着いた。
しかし、柱間の目には信じたくない、現実の光景が飛び込んできた。
「板間ぁ―っ!!」
動かなくなった弟を抱きしめ、柱間は泣き叫んだ。
あと一分、あと一秒早かったら、板間は助かっていたかもしれない。
戦いが終わったその森は、無数の死体が横たわり、柱間の泣き声だけがこだましていた。
◆
柱間は緩やかに横たわる川の流れを見つめていた。
空は鉛色で、普段透き通っているその川の水も曇天を写して濁っているように見える。
「よう…久しぶりだな…えっと…」
「…柱間だ。」
「なんだよ。今回はいきなり落ち込んでんじゃねーか…何があった?」
「逆になんだよ…俺は元気ぞ…!」
「…うそつけ。なんだったら話してみろよ…」
「…別に、何も…」
「いいから…言えって…」
「ホント、なんでもねぇーって…!」
「いや、引っ張りすぎ…聞いてやるっつってんだから、早く言えって…」
「なんでも…ねぇんだぞ…?」
号泣した顔で柱間が少年のほうを振り向いた。
「あーもー!さっさと話せぇぇ!!」
「・・・弟が、死んだ。」
「・・・・!」
柱間は再び川のほうを向き、涙をぬぐった。
「ここへ来るのは…川を見てると心のモヤモヤも流れていくような気がするからだ…」
そう言うと、柱間はへへっと笑い、少年の方を再び振り返って言った。
「マダラだっけか…お前もそうだったりしてな…」
マダラは同じ忍の子供である柱間の背中に、いつかの自分を、見たように感じていた。
「…お前、兄弟とかいるのか?」
「俺は…五人兄弟…」
マダラは河原の石を拾って、手の中でもてあそびながら答えた。
「だった…。」
「・・・・!」
「俺たちは忍だ。いつ死ぬかも分からねぇ。ただ、お互い、死なない方法があるとすりゃぁ…敵同士、腹の中を見せ合って隠し事をせず、兄弟の杯を交わすしかねぇ」
マダラは手に持っていた石を握り直し、身構え、続けた。
「けどそりゃ無理だ…人の腹の中の奥…腑までは見ることはできねーからよ」
そう言って川に向かって水切りをして見せた。
「本当は、煮えくり返ってるかも分からねぇ…。」
マダラはそう言って水面を飛び跳ねるように進んでゆく石を、力強く見つめた。柱間もその石の軌道を見つめながらマダラに尋ねた。
「‥‥腑を‥‥見せ合うことはできねーだろうか?」
「分からねぇ…だがいつも俺はここでその方法が在るか無いかを、願掛けしてる」
マダラの投げた石は対岸にコンと音を立て、届いた。
「今回は、それがやっと在る方に決まったみてーだぜ。」
マダラと柱間は届いた石を一緒に見つめた。
「お前だけじゃねぇ…俺も…届いた。」
マダラのその言葉を聞いて、柱間は静かに立ち上がった。
戦乱のこの時代を変えようと、同じ考えをもつ馬鹿な子供が…柱間以外に居た。
柱間は驚いたというよりも、マダラは神の啓示だとしか思えなかった。
「…腑を見なくても分かるんだけどよ…お前…」
「何?」
「髪型といい、服といい、ダッセーな!」
そう言ってマダラは大笑いし、柱間は全てが同じ考えではないのだなと少し落ち込んだ。
◆
鍋がくつくつと美味しそうな音を立てている。芙蓉はその様子を見るのが大好きだった。心がほどけていくような幸せな感情になれる音…。
「芙―蓉―!今日の晩飯はなんぞ?」
柱間がひょいと芙蓉の顔の横から身を乗り出し、鍋を覗き込む。芙蓉は驚き、心臓がドキドキと音を立てるのを感じながら答えた。
「柱間さま…肉じゃがでございます。」
「もー腹が減って我慢できんぞ~。今日も良く修行したからなぁ!芙蓉は今日はどんな勉強をしたんだ?」
「もうすぐ出来ますので、少々お待ちくださいね…。えっと今日は、仏間さまから書と剣と、計算を教えて頂きました。あと椿さんからは裁縫を…。」
「そんなにしたのか?すげーな。ていうか、剣までやるのか?それ必要なのか??剣なら俺が教えてやるのに。」
うふふと芙蓉は微笑んだ。その可愛らしい微笑みに柱間はドキッとした。
「家事をするにも体力が必要でしょう?剣は護身だけではなく体力作りにもなりますから。
それに体を動かすのは楽しいです。」
「言ってることは分るけど、重い物は俺が持ってやる!芙蓉は無理しちゃダメだぞ。それに…楽しいっていっても、父上の剣の稽古は芙蓉には厳しすぎやしねーか?」
「ありがとうございます。柱間さま…お優しいんですね。」
そう言って芙蓉は柱間の顔を正視してニッコリと笑った。柱間も頬を赤く染めてアハハと笑って見せた。
「最近、兄者明るくなったな。まぁ良いけど…」
二人の様子を居間から見ている扉間はホッとしながらも、芙蓉の笑顔を自分だけがまだ見られていないことに心が少し痛んだ気がした。
そこへ仏間が突然声をかけてきた。
「扉間。柱間のことで話がある。」
楽しそうに台所で話している二人を振り返りながら、気づかれないように父の後に続き別の部屋へ向かった。
◆
季節はすっかり秋を迎えていた。稲穂はこうべを垂れ、収穫の時期を待っている。赤トンボが舞い、ヒグラシの声は遠ざかってゆく。
二人の少年は今日も、忍の技を競い、拳を合わせ、夢について語り合っていた。
「でも具体的にどうやったら変えられるかだぞ。先のビジョンが見えてないと…」
柱間がマダラに問いかける。ゴクゴクと喉を鳴らして水を思いっきり飲み干したマダラがそれに答える。
「まずはこの考えを捨てねぇことと、自分に力をつけることだろが。弱い奴がいくら吠えても何も変わらねぇ!」
「そうだな…とにかく色々な術マスターして強くなれば、大人も俺たちの言葉を無視できなくなる。」
「苦手な術や弱点を克服するこったな。まぁ俺はもうその辺の大人より強えーけどよぉ。」
「‥‥本当に止まるんだ、小便。」
「だから俺の後ろに立つんじゃねぇー!小便したばっかの川に投げ込むぞゴラァ!!」
「あ、弱点みっけ。」
二人は会うたびに仲良くなっていった。そして互いに心身ともに成長していった。
「くそーぜってーお前の弱点もみつけてやる!あ、そのダセー髪型、すでに弱点じゃん。お前、女にモテないだろ?」
嫌味な笑みを浮かべるマダラに対して、柱間はフフッと不敵な笑みを浮かべて反論した。
「俺、イイナズケ、いっからさ!」
「はぁ?お前に許嫁?ぜってーブス!ブスに決まってる。」
「それがさぁ~超絶可愛いんだよなぁ…天使。もう天使だぞ!あれ!」
「信じられるか!…まぁどうでもいいけどよ。」
「似顔絵描いてやるぞ。顔は小さくて、髪の毛は長くて、目が大きくて、まつ毛が超長くて、いつもニコニコしてて~それでそれで…」
柱間はマダラの関心が逸れたことを気にせず、地面に小枝で描き始めた。マダラも最初は無視したが、つい気になって覗き込んでみる。
「ぶぶっ!やっぱ超ブスじゃねーかよ!笑わせるな。ぎゃはははは。」
柱間の絵があまりに下手すぎて、芙蓉の容姿がマダラに伝わることは無かった。
「この可愛さが伝えられないとは悔しいぞ。俺の弱点は絵心の無さかもな…」
必要以上に落ち込みうな垂れる柱間に、マダラが言い放つ。
「お前の弱点は、その落ち込み癖だ!」
秋の日暮れはつるべ落としである。すでに辺りは真っ暗になっていた。最近良く出かける柱間だけではなく、今日は扉間まで帰りが遅い。何かあったのだろうか。
板間の死は芙蓉にとって深い悲しみとなり、今も消えない。沢山会話をしたわけではないが、芙蓉と一番年が近いこともあり、親しみはあった。優しいおっとりとした笑顔を今でもずぐに思いだすことが出来る。長男と次男の緩衝材といった感じで、いつも優しく仲裁していた。その子供が戦争で亡くなる現実を目の当たりにし、芙蓉は自分がどのような世界に来たのかを知らしめられたのだった。
・・・もう誰も死んでほしくない・・・
芙蓉は二人が心配になり、玄関を出て外の門まで出てみた。門の外へ出ることは仏間から固く禁じられている。でも少しなら…そっと門を押して外を覗いてみた。門の外を見るのはこの家にやって来たあの日以来だが、すでに辺りは真っ暗で、坂道を照らす灯が僅かに揺れている様子しかしか見えない。
「そこで何をしておるのだ!」
凄い剣幕で仏間が後ろからやって来た。芙蓉は恐怖で声も出ず、微動だにできずに、ただ仏間が近づいてくるのを見つめるしかない。
「決して外へでてはならぬと言ったはずだ。何をしておる。」
芙蓉の倍はあろうかと思われるほど、仏間が大きな恐ろしい怪物に見えた。
「あ、あ、あの… お二人が、お二人のことが心配で…。申し訳…ありま…せん…。」
仏間の顔がずんっと近づいてきて、芙蓉は思わず両手で頭を押さえ、目をつぶり叫びそうになった。仏間は芙蓉の頭上から腕を門へ伸ばし、門を少し開いて外を覗いていた。芙蓉は恐る恐る両手を下ろして、仏間の顔を見上げた。だが、暗くて仏間の表情はよく分らない。
「心配いらぬ。あの二人は強い。特に最近、柱間の成長は目を見張るものがある…もうすぐ帰って来るであろう。さあ、家の中へ入りなさい。」
仏間は穏やかな口調でそう芙蓉を諭し、芙蓉の背中を押して先に行かせた。
「はい…。」
芙蓉は小さな声で答え、俯きながら歩き出した。芙蓉は父親がどんな存在か知らない。だがきっと今の仏間のような姿が、父親というものなのだろうと思った。
一方、仏間は芙蓉が柱間と扉間のことを心配してくれたことを嬉しく思うと同時に、言葉では芙蓉にああは言ったものの、心配な気持は拭えなかった。たとえ柱間と扉間でも、手練れのうちわ一族に囲まれたら…考え出したらきりがない。ただ信じて待つしかない。
間もなくして先に扉間が帰宅した。
扉間は帰るなり仏間の部屋へ直行する。芙蓉は、扉間は遅くなったことを詫びるのだろう、あまり叱られないといいがと心配しながら、台所で椿と無言で夕食の支度を再開する。
そして柱間も、間もなくして帰宅した。
「ただいまー。」
芙蓉は台所からおかえりなさいと声をかける。玄関に迎えに出たいのだが、扉間と仏間が先に行くかもしれないと思い我慢をする。すると柱間が台所にひょっこり顔を出した。
「ただいまっ。遅くなっちまったぞ…父上、怒ってる?」
へへっと苦笑いをして芙蓉に尋ねる。
「だ、大丈夫だと思います…」
すると仏間と扉間が二人そろって居間に入ってきた。最初に口を開いたのは扉間だった。
「兄者、遅すぎるぞ。なにをやっていたんだ。」
「遅くなるのなら出かける前に言え。そうでなければ何としても早く帰って来い。」
仏間と扉間が、何事も無かったかのように食卓に着く。柱間は拍子抜けしたが、まぁいいやと自分の部屋に着替えに向かう。芙蓉はその様子を少し不思議に思ったが、とにかく扉間も柱間も無事に帰宅して良かったと、ほっと小さな胸をなでおろした。
◆
「マダラ…俺、すっごい術を考えてきたぞ!一緒にマスターしようぞ!」
「へー…どんなだ?」
この日も二人は会っていた。
会うたびに二人は仲良くなってゆく。ただ、お互いの姓は明かせない。
「体術奥義超火遁幻術斬り大手裏剣二段落しの術!!!」
「…いや、全然イメージ出来ねーよ。」
「詳しく説明すると…」
「うるさい!今日は直角崖上りを競う!」
柱間はまたいつものように、必要以上に落ち込んでうな垂れた。
「あーもー!だからいちいち落ち込むなっつーの!やっぱそれがお前の弱点だな!」
「アハハハ~お先~~~!!」
柱間はマダラよりも先に崖を直角に走り始めた。
「あっ!てめぇ、落ち込むフリしやがったな!」
そう言うとマダラも崖を走り始めた。マダラが追いつきそうになったところで、柱間が一足先に崖の頂上に登り着く。
ぜいぜい…はあはあ…二人の息が最高潮に上がっている。
「…俺の勝ち…。」
「そりゃそだろ…先にスタートしたんだからよ!」
二人の目の前に深くて広い森が広がり、ここからはその森全てを見渡すことが出来た。森の向こうの高い山々まではっきりと見られる。
「…ここだと森が一望できるな。」
「オウ…遠くまで良く見える。」
マダラは柱間のほうを向いてニヤッと不敵な笑みを浮かべて続けた。
「目の良さならお前に負けねぇ自信がある。勝負すっか?」
「急になんぞ?やけに目にプライドもってんな。」
「そりゃそだろ!なにせ俺は写…」
そう言いかけて、マダラは言葉を飲み込み、黙り込んだ。
「どした?」
「いや・・・そーでもねーな。やっぱ。」
「何だぞ?お前にしては珍しく素直だな。」
マダラは目を伏せ、俯いて言う。
「…だったら兄弟は死んでねぇ。見守ることもできなかったくせに…何が…何が…」
瞳を開け、じっと地面を見つめている。兄弟の死を思い出している様子だった。
「もう兄弟はいねーのか?」
「いや、一人だけ弟が残ってる…」
地面に強く掴み、強い意志のこもった瞳でマダラは言葉を続ける。
「その弟だけは何があろうと俺が絶対に守る。」
柱間はマダラの真剣な横顔を見つめた。柱間もまた、マダラと全く同じ気持ちだった。
だからこそ、二人がいつも語っている夢は実現させなければならないのだ。
なんとしても。
「ここに俺たちの集落を作ろう!!そこは子供が殺し合わなくていいようにする!!」
柱間が森に響き渡るほどの大きな声でそう叫んだ。そして続ける。
「子供がちゃんと強く大きくなるための学校を作る!個人の能力に合わせて任務が選べる!依頼レベルをちゃんと振り分けられる上役を作る!子供を激しい戦地へ送らなくていい集落だ!!」
マダラがじわりと笑顔に戻って柱間に言う。
「フッ…そんな馬鹿なこと言ってんの、お前くらいだぞ…」
「お前はどうなんだよ⁈」
「ああ、その集落作ったら今度こそ弟を…一望できるここからしっかり見守ってやる!」
柱間とマダラは互いに顔を合わせ、満面の笑顔を見せ合った。
それは、屈託な子供の笑顔だった。
柱間とマダラが見渡すこの森は、のちに木ノ葉隠れの里となる場所だった。
柱間はこの時、覚悟を決めた。
先を見るために、耐え忍ぶ覚悟を。
パシャ!パシィ!
「二人とも届いたな。」
「その石、水切りするには良い石だ…次に会うまでお前に預けとく!」
二人は互いに水切りした石を受け取り、そう言って別れた。
・・・今日は早く家に着ける・・・
柱間はムスッとした扉間と、笑顔の芙蓉の顔を思い出しながら心の中で呟いた。ふと家の方向を見ると、目の前に扉間が居た。
「どうした!扉間。」
「兄者…話がある。」
柱間は嫌な予感がよぎったが、黙って扉間のあとに着いて仏間の待つ部屋に向かった。
「お前が会っている少年がいるな…」
「…なんでそれを…」
柱間は仏間の言葉に驚きを隠せない。なぜ分ったんだ?焦る柱間に扉間が言う。
「父上の命で兄者をずっと尾けてた…感知なら俺のほうが上だ。最近やたらと出かけるから何かあると思って…」
「あの少年をわしが調べた。うちは一族の者だ。」
柱間はマダラがうちは一族だと、うすうす気が付いていた。だがそれを父に知られたことで、体に冷たいものが走った。
「我ら一族の大人の手練れ達もやられている。生まれながらに忍びの才能をもつ少年のようだ。」
・・・やっぱそうだったのか・・・
「大して驚かないところを見ると…お前たちすでにお互いの一族の名を知っているんじゃないだろうな?」
「…いや、知らなかった。おそらくあいつも…」
仏間は声を荒げずに、しかし、怒りを込めて柱間に言う。
「…これがどういうことか解っているな。千手の者たちにはまだ言っていない…スパイ呼ばわりされたくなければ、次にあの少年に会った後、奴を尾行しろ。」
柱間はどこかで想像していたことが、現実になってゆくのを感じた。だがこれ以上は…
「うちは一族の情報を持って帰れ。これは任務だ。気づかれた時は…殺せ。」
柱間は父の口から語られた現実が、自分の中の現実になるのが怖い。震えた声で父に問う。
「ほ…本当に、うちは一族なのか?」
「そうだ…お前が千手だとバレていれば…こちらの情報を盗むために気を許したフリをする。信用するな。」
「い、いや…あいつはそんな…」
柱間の動揺した様子を見て仏間は苛立ちを抑えきれず、大きな声で柱間の言葉を遮る。
「腹では何を考えておるのか分ったものではない!!もし騙されれば、千手の皆を危機に陥れることになる。」
柱間は口ごもったまま、その言葉を飲み込み、落ち着いたフリをして父の瞳を見つめた。
「念のためわしと扉間も付く…分かったな!」
夜風が冷たい。いつの間にか秋も深まっていた。鈴虫が命を燃やし懸命に鳴いている。
思えば、マダラと会うようになって、あっという間に時間が過ぎていたように感じる。
楽しい時間は、なぜにこんなにも早く過ぎ去ってしまうものだろうか。その時間がずっと続くと、いや、続けていかなければならないと思っていたのに…。
柱間はマダラから受け取った水切りの石を見つめた。
・・・あいつも今頃・・・
「柱間さま、どうされたのですか?風邪を引いてしまいますよ。」
柱間は急いで石を服の中に隠し、振り返る。
「芙蓉…お前こそ温かくしろよ。」
いつもと違う柱間の様子に、芙蓉は不安そうに見つめた。
「何か…あったのですか?」
「いや!別に!なんでもないぞ。もう部屋に戻るところだったんだ。」
「そうですか…。あの…元気、出して下さいね?」
「お、俺は元気ぞ!アハハハ…。」
芙蓉は少し困ったように微笑んで、ゆっくり柱間に近づき、柱間の右手をそっと握った。
「絶対、大丈夫です。柱間さまなら。」
柱間は驚いた。芙蓉にもマダラとのことは全く話してはいない。まして忍の任務や戦のことは決して芙蓉に伝わらないよう家族の中で決まりがある。それなのに、芙蓉は全部てを知っていて、それを知ったうえで自分を励ましてくれているのかと、一瞬錯覚した。
「・・・・。」
「あっ、申し訳ありません。勝手にお手を握ってしまって…あの、昔、母が私にこうしてくれた記憶があって。芙蓉なら、絶対大丈夫だよって…たぶん。ごめんなさい…もうあんまり覚えていないですけど…」
黙り込む柱間の様子に、芙蓉はいけない事をしてしまったと思い焦って手を放した。
「いや!すっげー嬉しかったぞ!すっげー元気でた!ありがとな!」
柱間もその芙蓉の様子を見て焦ってそう言った。二人は少し気まずくなって俯いた。
「芙蓉も勉強はそこそこにして、早く寝るんだぞ。じゃあまた明日!」
柱間は大股で歩いて自分の部屋に向かった。その後ろ姿を見送りながら、芙蓉は柱間の為に祈った。柱間に何があったかは分からない。でも、きっと柱間なら大丈夫だと。
◆
川はこの日もいつものように、ゆるやかに流れ、心地よい川のせせらぎが聞こえる。
マダラのほうから対岸に居る柱間に話しかける。
「さっそくだがよ…まずは挨拶がわりに水切りからいくか。」
「おう…」
二人はおもむろに、交換していた水切りの石を懐から取り出し同時に水切りをした。
バッシャ!二人の石が同時に川面に着き、飛び跳ねる。
パシィ!全く同時に二人は互いが投げた石を受け取った。
「「!」」
二人は石を見て、ハッとする。
「柱間ぁ…悪ぃ…今日はダメだ…急に用事思い出してよ。」
・・・マダラの側にも俺の正体が知られているのか!・・・
「そ、そうか…では俺も今日は帰るとするぞ…」
“ニゲロ”
“罠アリ去レ”
二人が互いに受け取った石には、偶然にも同じことが書かれていた。
ジャッ!
河原の石が同時に鳴った。二人は背を向けた瞬間に弾みをつけ飛び、走り出した。
「このスピード、逃げる気か!柱間め…教えたな!行くぞ扉間!!」
「はい!」
木の影から柱間とマダラの様子を監視していた仏間と扉間が、マダラを逃がすまいと川に飛び出す。
バシャ!!
川面に足を着けたのは仏間と扉間だけではなかった。
「考えることは同じようですね…千手仏間!」
「それと、扉間だったか。」
柱間とマダラが立ち止まり振り返ると、そこには川の上で対峙する互いの父と弟、四人の姿があった。
「…のようだのう、うちはタジマ!」
「それから、イズナだな。」
偶然にも、うちは側も同じ考えだったようだ。仏間と扉間が対峙しているのは、マダラの父親・タジマと弟のイズナだった。
まったく同じ状況…
仏間はタジマに、扉間はイズナに飛びかかった。
扉間もイズナも、自分の背と変わらない大きさの刀を振りかざす。
千手仏間とうちはタジマはほぼ同じ力だということが、互いに幾たびの戦いで解っていた。
忍は何があろうと戦場で心を乱さない訓練をされる。一瞬の心の乱れが好きを生じ、生死を分ける。
「「やめろ―っ!」」
柱間とマダラが同時に叫んだのと同時に、扉間とイズナの刀が交わる。
ギシィィン!
二人は互いに押されないように力を込める。刀がギリギリと音を立てて震えている。
大人ふたりは解っている。
もし目の前で我が子が殺されれば、ほんの僅かだが己の心に乱れが生じるであろうことを。つまり…どちらかが先手をとることで勝負が決まる。
バッ!
扉間とイズナがいったん刀を離し構えを整え、再び川の上で対峙した。
・・・ガツッ!!・・・バシャッ!!
扉間の頭上にはタジマが放った短刀が、イズナの頭上には仏間の放ったクナイが飛んできたのを、柱間とマダラが水切りの石を投げて防いだ。その短刀とクナイは川に落ち沈んでゆく。二つの水切りの石も一緒に川の中に姿を消した。
「「⁉」」
扉間とイズナ、そして大人ふたりにも何が起こったのか分からない。
バシャァン!!
柱間とマダラが互いの弟の前に飛び出し、対峙した。
「弟を…傷つけようとする奴は誰だろうと許さねぇ!」
マダラが叫ぶ。柱間とマダラ…マダラのほうが強く柱間を睨みつける。
そして、全て諦めたように視線を落として、言った。
「俺たちの言ってた…バカみてーな絵空事には…しょせん…届かねーのかもな。」
扉間とイズナを襲った二つの武器と、それを防いだ二つの水切り石は、ついに川底に沈んでしまった。
「…マダラ…お前…⁉」
「少しの間だったが楽しかったぜ…柱間。」
川のせせらぎの音が沈黙を作る。
「三対三か。…どうだ、いけるかマダラ。」
「いや、柱間は俺より強い。このままやればこっちがやられる。」
「え⁈兄さんより…強い子供が?」
「…そうか…それほどとはな…。」
マダラは柱間たち三人にすっと背を向ける。
「じゃあな…引くぞ。」
柱間は胸から喉に熱いものがこみ上げ、喉がつかえそうになりながら、すがるようにマダラに向かって言う。
「マダラ、お前…!ホントは諦めちゃいねーよな…⁈お前はやっと俺と同じ…」
その言葉を遮ってマダラが言う。
「お前は千手…できれば違って欲しかった。俺の兄弟は千手に殺された…」
その言葉を聞いて、柱間の頭に死んだ瓦間と板間の顔が浮かぶ。
「…だからさ、お互い、腑なんて見せる必要もねーだろ。」
柱間はマダラに近づこうと一歩前に出ようとする。それを制するようにマダラが続けた。
「…次からは戦場で会うことになるだろうぜ。千手柱間…。俺は…うちはマダラだ!」
そう言って振り返ったマダラの瞳は、先ほどとは違っていた。
「見て!父様!兄さんの目!」
マダラの瞳を見て、嬉しそうにイズナがタジマに向かって言った。
「フフッ…千手の情報は手に入らなかったが…代わりに良いものをこちらは手に入れられたようだ…。」
仏間も、マダラの瞳を見てマダラが今、写輪眼を開眼したことに驚いた。
そして柱間はその時、写輪眼の開眼が何を意味するのか…分かったような気がした。
川は静かに流れ続ける。さっきまで聞こえなかった鳥のさえずりが聞こえる。
そこにはもう、千手の者も、うちはの者の姿も無かった。
それは最初から何もなかったように、何も変わらない美しい風景であった。
◆
芙蓉は愛おしそうに、自分の背と同じくらいある、新緑が芽吹いた木に水をやっている。
「だいぶ大きくなったよなーその木!」
「はい。今年は咲くといいのですが…」
しゃがんだまま柱間を見上げて、嬉しそうに言った。
「その木、芙蓉と同じ名前だよな。父上もああ見えて、やるよなー。」
「わ、私がこの木と同じ名前と言ったほうが正しい気もしますけど…仏間さまにせっかく頂いたものですから、大切に育てます。」
芙蓉は優しく葉を撫でた。
この木は昨年、芙蓉の誕生日に仏間が庭に植えてくれたものだった。
「でも木って凄いですよね…この木は何年生きられるか分りませんが、なかには千年も生きる木もあるそうです。あと、接ぎ木ってご存知ですか?切った枝を植えたらそこから根が出て新しい木として生きるんです。木の生命力って凄い…」
「へー。分身の術みたいだ…確かに、それってすごい生命力だよな。あと、“木々は寒い冬を耐えて、また芽吹く。そして花を咲かせる”なんて歌もあるよな?」
柱間も芙蓉の隣りにしゃがんで、その木を眺める。
「ふふ。それは花木や広葉樹だけですけどね。常緑樹や針葉樹は一年中緑ですわ。」
「わ、分かってるぞ。お前、なんか最近扉間に似てきてないか…」
「ごめんなさい。でも厳しい自然のなか、寒さ・暑さ・嵐にも耐えて立ち続けているのですから、どの木も凄いです。花を咲かせなくても、実が生らなくても…」
二人は顔を合わせて笑い合う。
以前よりも二人の目線の高さの差が少ない。
芙蓉はこの一年で背がずいぶん伸びた。もうすぐ十歳になる。
そして二人は一緒に立ち上がった。
柱間はその瞬間、ふと閃いた。
「木…水…土…生命力……。木遁!…うん…やってみるか。」
「何をです?」
「ああ、新しい術を思いついてな!」
芙蓉はそうですかと静かに微笑んで目線を逸らした。
「芙蓉ありがとな!…あのさ…昔やってくれたあれ、またやってくれないか?」
柱間は照れくさそうに、右手を芙蓉の前に差し出した。芙蓉は少し驚いた顔をしたあと、にこっと笑顔になり、そっと両手で柱間の右手を包んだ。
「…絶対、大丈夫。柱間さまなら。」
芙蓉をまっすぐに柱間の目を見て言った。柱間は芙蓉の瞳に吸い込まれそうになるのを感じ、改めて芙蓉の顔の全体を見る。そして、握られた手を見つめた。
・・・夢のために耐え忍ぶ・・・
あの日、マダラと話した日の決心は、いまでも揺らいでなどいなかった。
「ゴホン!」
縁側で咳払いをした扉間に気づき、二人は焦って手を離した。
「あ、いや、えーっと。扉間!俺、新しい術を思いついたぞ!あっちで話聞いてくれよ。」
「は?…この状況でどーやって新しい術なんて思いつくんだよ…ったく。」
柱間はアハハと苦笑いしながら、先に自分の部屋へと行ってしまった。そして芙蓉もじょうろを拾い上げ、その場を離れようとした。その背中に向かって扉間が言う。
「おい。ガキのくせに色目使ってんじゃねーぞ。お前、許嫁の前に女中だってこと忘れるな。」
芙蓉は少し悲しそうな笑顔で振り返り、困ったような笑顔で再びじょうろを地面に置いた。
「はい。解っております。それに、何もやましいことなどしておりません。」
笑顔で、でも気丈にそうハッキリと答える芙蓉を見て、扉間はイラっとした。
「じゃあ何してたんだよ。」
芙蓉は扉間に近づき、縁側の下から手を伸ばし、扉間の右手をとった。
「な、何すんだよ!」
芙蓉は気にせず扉間の右手を両手でぎゅっと握りしめ、その手を見つめる。なぜか扉間はその手を振り払うことができず、ただ立ち尽くしてその光景を見ていた。
「…絶対、大丈夫。」
芙蓉は扉間の顔ではなく、扉間の右手を見つめながらそう言った。
「な、何なんだよそれ。意味がわからん。」
芙蓉は手を握ったまま、扉間の顔を見上げて微笑む。
「おまじないです。私が戦いに行くお二人にできることは、こんなことくらいしか無いですから…」
「く、くだらない。なにがまじないだ。忍にまじないなんて…冗談にもなってない。」
「ごめんなさい。でも…人の想いって、何より強いと思うから…」
扉間は何も言えず、沈黙が生じる。
・・・人の想い?俺のことも、想ってくれているっていうのか?・・・
そして扉間は黙って芙蓉の手を振り払い、行ってしまった。
一人残された芙蓉は、少し寂しそうに芙蓉の木を見つめていた。
◆
「ずいぶん大きくなりましたわね。芙蓉の木。花を咲かせてくれるのが楽しみですわ。…仏間さまも女心をちゃんと解っていらっしゃるのですね。うふふ。」
庭の見える部屋で椿が仏間の着替えを手伝いながら、冗談っぽく仏間に言った。
「たまたま見つけただけだっ…芙蓉が我が家に来たことの単なる記録だ。」
椿がうふふと再び笑って着物を畳む。仏間は芙蓉の木を見つめて、昔のことを思い出した。
「私にも木登り、教えてくれない?」
木登りの修行中の仏間に、見知らぬ一人の少女が話しかけてきた。真っ黒な長い髪を後ろでまとめており、肌は真っ白。長いまつ毛の大きな瞳とこぶりの口で満面の笑顔を作っている。
木登りといっても、仏間の行っているのは、足の裏にチャクラを集中させて木を垂直にかけ登る、チャクラのコントロールの修行である。
「‥大人の女のひとに教えてもらえばいいだろ。」
「だって私の一族、忍じゃないもん。」
仏間は面倒なことになりそうだと思い、一気に木の上に登った。
「わあ~!すごい!楽しそう!」
「あのなー。別に楽しくてやってんじゃないんだけど!…いいな一般人は呑気で…」
「え?なに~?最後聞こえない。…でもさ、ちょっとは楽しいんじゃないの~?それ。」
仏間は少女を見下ろし、心の中で確かにそうかも…と思った。
「お願い!木登りだけでいいの!教えてー。」
仏間はハァとため息をついて少女に訊いた。
「普通に登ればいいじゃないか。なんでチャクラで木登りしたいんだよ?」
「だってー、楽しそうだし!それに普通に登ってもそんなに上までは登れないでしょう?一番高い所から、遠くを見てみたいのー。」
仏間は無言で木から飛び降り、少女の隣りに着地した。
「わあ!すごい、すごい!」
そう言ってはしゃぐ少女を仏間は無言で抱きかかえ、一気に木登りした。
「キャ―ッ!」
少女が叫び終わる前に、仏間は木の頂上の先端まで登り着いた。
「ほら、これが頂上からの景色。分った?もういい?」
そこには豊かな森が広がり、遠くに家と畑が見えた。さっき通ってきた川には青空が映り込み、青くキラキラと光っている。空は目線の高さに大きく広がり、白い雲が浮かぶ。
「…綺麗…。あなた、いつもこんな景色を見てるの?…いいなぁ。ね!私にも教えて!」
仏間は少女がその高さに怯えて木登りを諦めるか、景色に満足して諦めるだろうと思っていたが、楽しそうにはしゃいで、嬉しそうに仏間の顔を見る少女に驚き呆れた。
「あのさ、そもそもお前、チャクラ使えるの?チャクラ発動できないなら絶対無理だけど。」
「え?…そっかぁ…。残念。」
仏間はやっと諦めたかとほっとして、木の下へ降りようとした。
「じゃあさ!チャクラ使わなくていい忍術教えてくれない?」
仏間は少女の想定外の言葉に木から落ちそうになった。どこまで諦めないんだ…そもそも“チャクラを使わなくていい”忍術なんて、無い。そう言いたかったが無駄だと思った。
「…体術か、剣術なら、できるかも。それなら…」
「じゃあそれ!それ教えて!」
体術か剣術なら一般人でも教えてくれる人間はいるだろうから、少女が他を当たってくれるだろうと思い発言したものの逆効果だった。とりあえず、地面に降りることにした。
「なんでそんなに忍の術が使いたいの?別に楽しくなんてないよ?」
「…知りたいの、忍について。嫌いになるにも、知らないで嫌いになるのは、私、イヤなの。」
悪びれる様子もなく、そう言って少女はニッコリ笑った。
「なにそれ意味分かんねー。とにかく、他当たってよ。俺、忙しいから。」
仏間はムッとしてそう言い放ち、その場から姿を消した。
次の日、仏間は昨日と同じ場所へ修行に来ていた。またあの少女が居たら面倒だとも思ったが、見知らぬ非礼な女のせいで、せっかく気に入っている修行場を変えるのは癪だった。
・・・忍が嫌いなんて、よく平気で本人に向かって言えるよな。ああいう無神経な奴、大嫌いだ・・・
修行に熱中し、いつの間にか少女のことも忘れていた。夕日が沈みかける川を眺めながら家路を歩いていると、昨日の少女が河川敷で木の棒を振っていた。あ、結局自己流でやるんだ。そう思って少し少女を見ていると、どうやら本を見て剣術を練習しているようだ。すると仏間が知っている型を練習し始めた。
・・・そこは違う。もっとこう、腰を入れて、左手は・・・
気が付けば練習する少女を見つめながら、心の中で間違いを指摘していた。そんな自分に気が付き、頭をブンブンと横に振って、仏間は走って家に帰った。
次の日も、少女は同じ場所に居た。
やっと間違いに気づいたようで、昨日よりも型が良くなっている。だが自分と同じくらいの十二~三歳の少女だ。その年頃の女なんて、すぐに飽きて辞めてしまうに決まっている。そう思って仏間は、ざわつく胸の中を無視してその場を後にした。
ある日、仏間はいつもの森の修行場で手裏剣の修行をしていた。
木から木へと飛び移りながら、標的に手裏剣を当てる。すでに標的の中央にはいくつもの手裏剣が突き刺さっている。だが仏間は納得がいかない。もう一度…そう思って手裏剣を投げようとした瞬間、木の間から鹿の親子が現れた。思わず手元が狂い、手裏剣は的から外れて森の奥に消えた。
・・・鹿に驚いて手元が狂うなんて…最悪だ。こんなことじゃダメすぎる・・・
そう思ったと同時に、森の奥からキャーという悲鳴が聞こえた。
まさか、さっきの手裏剣が人に当たったのか⁈仏間は急いで声のする方向へ向かった。
「…いててて。あーもービックリしたぁ…」
そこには、あの少女が地べたに座り込んで腰をさすっている。少女の前に在る大木には、仏間が投げた手裏剣が突き刺さっている。
「だ、大丈夫か⁉怪我は⁈」
仏間が慌てて少女に近づき、少女の顔を覗き込む。
「あ…うん。大丈夫…急に何か飛んできたからビックリしちゃって、転んじゃったの。」
「ごめん…俺の投げた手裏剣なんだ。当たらなくて良かった…」
ん?待てよ。なんでこんな森の奥に、一般人の少女が一人で居るんだ?手裏剣の修行をするからと、いつもより森の奥に入っているんだぞ…?
「って、なんでお前、こんな所に居るんだよ⁉危ないだろ!」
「え⁈なにそれ!逆ギレ?あんたが悪いんじゃない!」
少女はそう怒ったが、すぐに俯いて、仏間に謝ってきた。
「…ごめん。河川敷で剣の練習してたら、あなたが橋を渡って行くのが見えたの。それで、今日はどんな修行してるのか見たくて着いて来ちゃった…邪魔してごめんなさい。」
ふと少女の隣りを見ると、剣の練習で使っていた木の棒が転がっている。
「…俺も悪い。ごめん。でも忍の修行は危険なんだ。着いて来ないでくれ。…その代わり…剣術、教えてやってもいいけど…」
少女の顔がぱっと明るくなって仏間を見上げた。
「本当に?嬉しい!ありがとう!!」
本当に嬉しそうな少女の笑顔に、仏間は少しドキドキした。顔が赤くなっていないか心配になって、そっぽを向く。
「私、水蓮っていうの。あなたは?」
「…仏間。千手仏間。」
「仏間ね!よろしく!」
それから毎日、仏間の修行の後、水蓮に剣術を教えることになった。真剣は危ないため、家にあった木刀を水蓮に譲ったところ、水蓮はとても喜んだ。
「おぬし、なかなか筋が良いのぉ。」
「…誰に向かって何を言ってるんだ。教えて貰ってるの、そっちだろ!」
「アハハ。一度言ってみたかったの、これ。」
「もうホント、お前って意味分かんねー…」
そう言って呆れるふりをしたが、仏間は水蓮のそんなちょっと変わった面白い性格が好きだと思った。それとは対照的に、真剣な眼差しで向かい合う時の水蓮の顔は、怖いくらいに美しい。なぜこんな少女が忍術や剣術を会得したいのか、そしてなぜ忍が嫌いなのか。
「隙アリ!」
水蓮が仏間の脇腹を狙って木刀を振り降ろそうとした。
仏間は我に返り、素早くそれを防ぐ。
ガン!…ヒュンヒュン…ゴロンゴロンゴロン…
水蓮の木刀はその勢いで手から離れ、空中で回転し、地面に落ちた。
木刀を手放した水蓮の掌には、豆が出来ていて血がうっすらと滲んでいるのが見えた。
「あー惜しかったなぁ。もう少しだったのにぃー!」
嬉しそうに地団太を踏む水蓮を見て、仏間が訊いた。
「なぁ。なんで忍のことが嫌いなんだ?」
ポツ、ポツ…ポツポツ…ザー…
仏間は着替え終わり、膝を組んで思い出に浸りながら芙蓉の木を見つめていると、いつの間にか雨が降っていた。
「あら、さっき芙蓉さんが水をあげたのに…まぁでも全ての草木には恵みの雨ですわね。」
椿がお茶を持って来て、仏間に話しかけた。
仏間は水蓮と登ったあの木は、まだあの場所に立っているのだろうかと想った。
翌日。夜のうちにすっかり雨は上がり、朝には土も乾き青空が広がっていた。
「きゃっ!」
庭から芙蓉の悲鳴が聞こえて柱間は走って向かった。
「立て。早く刀を持つのだ。」
「父上!いくら何でもやりすぎだろ!」
柱間は芙蓉に走り寄って急いで抱き起した。
「大丈夫か?怪我してないか?」
すると仏間が木刀で柱間の背中を叩いた。
「痛ってぇー!!なにすんだよ⁉」
「稽古中だ。余計なことをするな。」
「柱間さま…ありがとうございます。…痛っ。でも、手出しは無用です。」
そう言って、芙蓉は少し歪んだ笑顔を見せて刀を拾った。
縁側の隅に座って稽古を見ていた扉間が柱間に声をかける。
「兄者、本人がそう言っているんだから、やらせとけばいいだろ…」
「お前!居たのかよ!やらせとけって…お前まで何言ってんだ!父上、芙蓉は怪我してんじゃねーか!忍でもないのに、なんでここまでする必要があるんだよ!」
仏間が大きなため息を吐く。そして扉間が小声で柱間に言う。
「俺だって、やめろって言ったんだ…でも芙蓉が…」
そう言うと、ふてくされたように頬杖をついて扉間はそっぽを向く。
「柱間。忍の妻になる女は、守られているだけではだめだ。それに何より、強い精神力が必要なのだ。解ったらどけ。」
「私…負けたくないです。頑張ります…」
「うむ。それで良い。さあ芙蓉、かかってこい!」
木刀を構え仏間を見据える芙蓉の目には、年端もいかない少女とは思えない力強さが漲っている。柱間は一心不乱に仏間へ向かっていく芙蓉の姿に、もう何も言うことができず、ただ立ち尽くすしかなかった。
・・・俺は芙蓉にそんなもの、望んでなんてない。俺が芙蓉を守る!・・・
不必要に思える厳しい稽古に反感を感じつつも、芙蓉がここまで頑張っているのは自分のためなのかと考えると少々嬉しくもあり、柱間は芙蓉の将来が楽しみになった。
そして、そんな芙蓉と共に生きられる今という時間を愛おしく思った。
一日一日、芙蓉の成長と共に、木刀がぶつかる音が大きくなってゆく。
机の隣りに並ぶ本の数も、その種類も、日々増えてゆく。
その本に挟まれる栞が、その時、その時の出来事と記憶を記録していく。
庭の芙蓉の背丈も伸び、年々花数を増やし、美しく咲いては消えてゆく。
一方、絶え間なく続く戦の炎は、消えることは無い。
記憶の花びらと戦の火の粉が、止めどなくひらひらと舞い散る。
それらは、止めることのできない時の流れに静かに押し流されてゆく。