※この作品はR-18です。

罪の向こう、愛の絆   作:千野 伊織

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今回(20)主な登場人物は、千手扉間、O.C:元千手家の女中・椿、うちはカガミ、うちはマダラです。

芙蓉が行方不明になったことに責任を感じて千手家を後にしていた女中の椿が、突然芙蓉の前に現れます。
喜ぶ芙蓉でしたが、椿の目的を聞いて動揺します。

その目的とは・・・?
そして、その目的を知った扉間の反応は・・・??

椿との再会から、物語は新たな事態に発展していきます。




(20)扉間の情愛、椿の怨嗟

八月下旬。暦の上では秋だが、今日は本当に秋が訪れたかのように涼しく、朝顔の花にも名残惜しさを感じてしまう。

この日、芙蓉は扉間に呼び出され、火影の顔岩の隣りにある展望所に居た。

湿度の高い空の夕焼けがとても美しい。

赤、橙、黄、桃、赤紫、紫、灰…雲と空が絶景を作っている。

眼下には夕陽に照らされ朱色に染まる里の風景が遥か遠くまで広がってがっている。

芙蓉は柵に両手をかけ、身を乗り出して夕焼けに見惚れていた。

 

「芙蓉。待たせたな。」

 

背後から扉間の声がして振り向く。扉間は両手を後ろに回して、何か持っているようである。

「いいえ。お仕事お疲れ様でした。今日は夕焼けがとっても綺麗ですね…」

そう言って芙蓉は片手を上げて掌を空にかざす。扉間は何も言わず芙蓉に歩み寄る。

「・・・お前のほうが、ずっと綺麗だ・・・誕生日、おめでとう・・・」

扉間は芙蓉の正面に立つと、後ろに隠していた桔梗の大きな花束を目の前に差し出した。

「・・・!!」

芙蓉は驚きと同時に、扉間の言葉に恥ずかしくなり、言葉がすぐに出てこない。

「あ、ありがとう…ございます…こんなに沢山の桔梗…すごく綺麗…」

芙蓉の瞳には夕陽が差し込み、キラキラと輝いている。

喜びが溢れるその瞳で、芙蓉は扉間をじっと見つめた。本当に感動しているようだった。

「・・・それを、摘んでいたら遅くなった・・・」

扉間は芙蓉の眩しい視線が恥ずかしくなり、思わず目線を逸らしてボソッと洩らした。

「え!嘘!これ、扉間さまが摘んできて下さったのですか⁉」

合理主義者でただでさえ多忙な扉間が、花屋ではなく、自らこれだけの量を摘んできたことにとても驚いた。

「嘘じゃない。俺だって手間と時間をかけることだって…ある…」

真剣な顔で芙蓉の顔を見つめてそう言う扉間を見て、芙蓉は思わず笑ってしまった。

扉間が花を摘んでいる光景を想像したら、どうしても不自然な絵で笑えてきてしまうのである。

「何がおかしいんだよ!」

「ごめんなさいっ…いえ、本当に嘘だなんて思っていませんよ…ふふふ…。扉間さま、本当にありがとうございます。そのお気持ちが、本当に、嬉しいです。」

芙蓉は笑うのを止め、姿勢を正し、桔梗の花束を抱きしめて扉間に改めて礼を言った。

 

・・・桔梗の花言葉通り、俺は、お前を永遠に愛する・・・

 

扉間は心の中でそう呟くと、芙蓉を抱きしめた。

「と、扉間さま!お花が潰れてしまいます…」

扉間は芙蓉の手からバサッと花束を取ると、それを持った手でもう一度芙蓉を抱きしめた。

芙蓉は、里の女性にはクールな面が人気の扉間に、こんなにも情熱的な面があったのかと驚いた。

誰も知らない扉間の情熱を知っていることに、芙蓉は言いようのない気持になる。

だが、その気持ちに名前をつけていいものか、今も判断をつけられないでいる。

しかし扉間が情熱的に芙蓉へ愛を表現すればするほど、芙蓉の心はその炎に焦がされ、苦く、そして甘い味が広がるのだった。

チュピチュピチュピジー・・・

コシアカツバメのつがいが囀りながら夕空を横切っていく。

夕陽に照らされ、白い腹が黄金に輝いている。そして扉間の銀髪の先端も同じく黄金に輝いている。

芙蓉は恐る恐る、その髪に手を伸ばしそっと撫でてみた。

すると扉間の目は細くなり、口角が少し上がる。

 

今の二人に、未来があるのか、そして永遠が在るのかは誰も知らないだろう。

それでも、二人で過ごす平穏な毎日と、里に降り注ぐ光に包まれて微笑み合えるこの瞬間があれば、それだけでいいのかもしれない。

 

 

◆

 

「芙蓉先生、お客様がいらっしゃっていますけど。椿さんとおっしゃる女性です。」

「えっ⁉・・・椿さん?」

塾の授業が終わり、教員室で答案の採点をしていた芙蓉は、事務員の言葉を聞き驚いて飛び上がった。赤色鉛筆を置いて走って玄関へ向かう。

「ちょっと!芙蓉先生!廊下は走らないで下さいよー!」

事務員の言葉も聞こえない。椿の顔を早く見なくては!・・・

 

塾生が帰り静まり返った玄関に、見覚えのある一人の女性の背中が見えた。

「椿さんっ⁉」

女性の顔を確かめる前に、その背中に向かって大声で名前を呼んだ。

「…芙蓉さん…」

芙蓉へ振り返ったその女性は、千手の家で共に過ごした女中の椿、その人だった。

しかし、その姿は三年前に別れた当時よりも痩せてやつれているように見える。

芙蓉は椿と目が合うと、駆け寄って抱き着いた。だがすぐに体を離して椿の顔を見つめる。

「…椿さん!会いたかった!!…」

「芙蓉さん、私もずっと会いたかったわ。貴方が居なくなって、どれだけ心配した事か…元気そうで本当に良かった…いきなり押しかけてごめんなさいね…。」

「いいえ!会いに来てくれて本当に嬉しいわ!今どこに居るの?」

「故郷の村に帰っていたのだけれど、暮らしていくのは厳しくてね…木ノ葉の里でまたやり直そうと思って戻ってきたの。私なんかにはもう、貴方に会う資格はて無いって思ってきたけれど、やっぱりずっと貴方に会いたくて…やっと会う決心もできたの…」

椿はまだ、あの日、芙蓉を守れなったことを自分の罪だと思っているようだった。

「…椿さんが千手家を出て行った理由は柱間さまから聞きました。でも、私が居なくなったのは、椿さんに責任は全くないの。誰のせいでも…無いの。ここでは詳しく話せないけど…」

椿の自責の念を払拭したいが、あれは扉間のせいだったとは口が裂けても言えない。

芙蓉は俯いて困った顔をしたが、気を取り直して椿の顔を見て笑顔で話しかけようとした時。

 

「全て扉間さまの謀だったのでしょう?」

 

椿が真顔で芙蓉の顔を見て言った。その声は冷静でとても冷たかった。

「・・・なぜ、それを・・・・」

芙蓉は唖然としたが、咄嗟に辺りを見回して誰も居ないことを確認する。

誰にも聞かれてはならない話である。

「と、とにかくその話はここではできないわ。また改めて会って話しましょ?」

「そうね…私も芙蓉さんとゆっくり話したいわ。」

二人は後日改めて会う約束をした。

 

・・・柱間さまから聞いたのかしら?

だから家には来ずに塾に来たのかな。椿さんは扉間さまのことをどう思っているんだろう。もう解決していることをなんとか伝えないと・・・

芙蓉は動揺した思考回路を何とか回転させながら、一人街灯に照らされ歩いて行く椿の背中を見えなくなるまで見つめていた。

 

◆

夕食を終え、洗い物も終えて、食卓の隣りの絨毯の上で、芙蓉は扉間と卓袱台を囲んで座っていた。外では鈴虫が鳴いており、いつもと変わらない穏やかな夜だった。

だが、芙蓉の心は穏やかではなかった。

先ほど椿に会って言われたことが気になって仕方がない。

それに、まだ扉間に今日椿が会いに来たことを言えずに居るのだ。

言うタイミングはいくらでもあったはずだが、椿が扉間の謀の事を知っているため、言っていいものか芙蓉は分からないでいた。

しかしこのまま黙っておくわけにもいかない。

「・・・芙蓉。何かあったのか?いつもと様子が違うが。」

「えっ!」

卓袱台に本を立てて読書していた扉間が唐突に尋ねてきた。刺繍をしていた芙蓉は驚いて手が止まる。針で指を刺さなかったのが幸いだった。

「あ、はい・・・実は・・・」

ここで嘘をついても鋭い扉間には直ぐバレるだろう。芙蓉は思い切って伝える事にした。

「今日、椿さんが・・・塾に訪ねてこられたんです。」

「椿が・・・元気だったか?」

「少しやつれた感じでした。故郷の村で苦労していたみたいで。…その、今もまだ私に対して自責の念を持っているみたいで…それに対してどう説明したらいいか分らなくて…」

扉間は芙蓉の言いたいこと、なぜ今まで椿のことを黙っていたのか直ぐに理解した。

「正直に言えばいい。俺のせいだと。」

「そんな!・・・」

「俺はいくら恨まれても構わない。少なくとも俺を恨めば、次第に自分自身を責める気持ちは薄まっていくだろう。お前が言えないのなら、俺から言う。」

「だ、大丈夫です…きちんとこれまでの経緯と、今の私たちのことを話せばきっと椿さんも理解してくれるはずです。私、ちゃんと冷静に話しますから…」

しかし芙蓉は、既に椿が扉間の謀を知っていることだけは言えなかった。

椿がそれを知った経緯を知らないからだ。扉間を必要以上に傷つけたくない。

「…だが、椿が俺と話したいと言ったら、俺はいつでも会って話すと伝えてくれ。」

「…解りました。」

二人の間には重苦しい沈黙が訪れる。

憎しみも怒りも、悲しみも苦悩も、今はもう昇華したように思っていた。

しかし、それらの感情は二人だけが共有したものでは無く、紛れもなく幾人もが共有した感情であり、未だに消えることなく横たわっているのである。

二人はただ、黙ってその現実を見つめるしかなかった。

 

◆

 

里の外れの住宅街。長屋や二階建ての集合住宅が隙間なく立ち並んでいる。

それらを貫く大通りでは、子供たちが走り回ったり、女性たちが井戸端会議をしたりしている。忍の姿は少ない。どうやら一般人中心の住宅街らしい。

芙蓉は地図を頼りにその大通りを歩いていた。

しばらく行くと、大きな一本の柳の木が見えた。その隣には、地図にある椿の住んで居るという土塀の長屋が建っていた。

その三号室の扉を叩く。まもなく扉が開き、笑顔の椿が顔を出した。

「芙蓉さん。こんなに遠い所までわざわざ来てくれてありがとう。さあ早く中へどうぞ。芙蓉さんの好きな蝶屋の和菓子も用意してあるのよ。」

椿はとても嬉しそうに、芙蓉の背中を押して家の中へ導いた。

 

家の中は狭く、入ってすぐに台所と四畳半の畳の部屋が在った。雨戸の向こう側は庭になっているらしい。芙蓉はその畳の部屋に通され、座布団に座った。

「狭くてごめんなさいね。でも中年女一人ならこれで充分なのよ。大家さんが良くしてくれてね…ここの住人も良い人ばかりで助かっているわ。」

台所でお茶と菓子の用意をしながら、椿が背中で芙蓉に弾んだ声で話しかける。

「それは良かったわ。お仕事は何かしているの?」

「ええ。この先に豪商のお屋敷があって、そこで家政婦をやっているわ。そこの人たちも本当に良い人たちで仕事も楽しいの。」

芙蓉は椿の明るい様子と充実した生活ぶりに安堵した。

 

・・・もしかしたら、扉間さまのことも別に恨んだりはしていないのかも・・・・

 

「椿さん。これ、うちはの奥様方が作ったというお味噌です。最近人気でよく売れているんですって。」

芙蓉は手土産に持参した味噌を椿に手渡す。

「あらあら、お味噌は重かったでしょう?どうもありがとう。でも…芙蓉さんあなた、うちは一族と随分仲がいいのね。塾で教師までしていて…」

「え、ええ…うちは領地で保護して戴いた時、随分お世話になったから…それで今でも。」

芙蓉の言葉を聞くと、椿の口角が下がり、冷たい表情になる。

仏間に逆らって伯母の家まで行った時ですら、椿はこんな顔はしなかった。それどころか、優しく慰めてくれたものだった。芙蓉は腕にぞわぞわと鳥肌が立つのを感じる。

 

「でも貴方が生きているからといって、扉間さまが貴方にした罪が消えるわけではないわ。」

 

「ね、ねぇ…なぜ扉間さまの謀だったことを…椿さんが知っているの?誰に…聞いたの?」

 

扉間の謀は、柱間とマダラしか知らないはずである。

 

「仕事先で会ったマダラの元部下だった男性よ。私が千手家の女中で貴方の教育係だったことを話したら、貴方がいま扉間さまと一緒に住んで居る事をとても心配している彼が、その理由として扉間さまが貴方にしたことを私に教えてくれたのよ。私にどうにかしてやれないかって…」

芙蓉はマダラが部下に扉間の謀を話していたのか…てっきりマダラしか知らないものだと思っていたので驚きを隠せない。

「椿さん…心配してくれてありがとう…でも、私はもう扉間さまのことは恨んでいないの。」

芙蓉は動揺して心拍数が上がった胸をなんとか宥めながら、冷静な口調で言った。

「芙蓉さんは相変わらずお人好しね…。そこを、扉間さまに利用されているって、どうして分らないの?」

「…いいえ。利用しているのは私のほうよ。椿さん、私の話を聞いてくれますか?」

そう言って芙蓉は、マダラとの出会いから、うちは領地での生活、木ノ葉の里での柱間・扉間・樹との生活、柱間を裏切りマダラと里を出て結婚したこと、そしてマダラの死、裁判の事、無罪になる条件で扉間と共に暮らすことになった事、それでも里に対して罪を償うつもりでいること、そして現在の状況を丁寧に説明した。

椿は黙って頷きながら、しっかりと芙蓉の話を最後まで聞いてくれた。

 

「…芙蓉さん。本当に大変だったのね…。それなのに私は…貴方に何もしてあげられなかった。本当にごめんなさい。」

そう言うと、椿の目からは涙がポロポロと落ちた。芙蓉が急いでその涙をハンカチで拭う。

「謝らないで。紆余曲折あったけれど、私はその中でも、ちゃんと自分の意思で道を選んで歩いて来たわ。だから、後悔は無いの…」

「だから扉間さまと一緒に暮らしていられるの?」

「・・・ええ。」

「だから…抱かれるのさえ、償いだと、厭わない?」

「えっ⁉」

「男と女、しかも貴方のことを執念とも言えるほど強い愛情をもっている扉間さまと、一緒に居て何も無い方がおかしいでしょう?一緒に居るということはそう言うことよね。」

「・・・・・・・」

芙蓉は何も言えず、顔を真っ赤にして俯き、目を泳がせている。

「そんなことで兄の柱間さまに償っているつもりならお止めなさい。そんなもの、償いでも何でもないわ。ただ自分を犠牲にしているだけよ。」

「そうかもしれない・・・けど私自身、扉間さまと一緒に居ると・・・心の穴が埋まってゆく気がするの・・・だから、私も扉間さまのことを・・・利用しているのよ。」

震えた声で、自分の心の声だけにしておきたかった言葉で、芙蓉が仕方なく答える。

「そんなの、心の穴がますます大きくなるだけじゃない。違うかしら?」

「違うわ!・・・私・・・私、たぶん、扉間さまのことが好きなの。マダラさまのことは一生忘れる事は出来ないし、マダラさま以上に誰かを愛することなんて出来ない!でも、たぶん、この気持ちは嘘じゃないの!・・・伝えることなんて出来ないけど・・・」

「違う。償っている自己満足と一瞬の快楽に、そう錯覚しているだけに過ぎないわ。」

芙蓉は椿の顔を見つめたまま、何も言えない。

言い返したい言葉は沢山あるはずなのに、どう言葉にしていいのか分からない。

それは、椿が言っていることは、まさに確信をついているからだった。

・・・でも・・・

芙蓉が言葉にしようとした瞬間、椿が芙蓉を抱きしめた。

「私は貴方を責めたいんじゃないの。扉間が許せないのよ。そして、貴方を救いたいの。」

「・・・・」

「扉間のしたことを公にしましょう。そうすれば、貴方は自由になれる。」

その椿の言葉に、芙蓉は椿の腕を急いで外し、体を離した。

「やめて!もういいの!椿さんの気持ちは嬉しい。でも、私は自分のこと不幸だなんて思ってない。ううん。幸せよ。だからお願い…もう扉間さまを責めないで。それに、扉間さまはこの里にとって無くてはならない人なの!どうか、そっとしておいて…お願いよ。」

椿はフゥと溜息をついて目を閉じた。そしてまた芙蓉の方を見つめる。

「…私は貴方を自分の娘だと思ってる。心から愛しているわ。だから扉間のことは許せない。でも貴方がそこまで言うなら、解った。でも逃げたくなったらいつでも私の所へ来て。今なら私は…貴方を救える。」

「椿さん…ありがとう。私のことを考えて扉間さまに対して怒ってくれて凄く嬉しかった。でも私の思うようにさせて。お願い…」

「解ったわ…貴方を信じる。・・・・ねぇ、また家に遊びに来てくれる?」

「ええ、もちろん。喜んで!」

ようやく椿と芙蓉は、互いの手を握って微笑みあった。

言葉は無くても伝わることは多くあるが、やはり言葉に出して伝えあうことは大切である。そして、本気で自分のことを叱ってくれる存在の有難さを知る。

芙蓉はいま、椿と母と娘になれた気がして心が温かくなった。

 

 

◆

 

ガッシャ――ンッ!!!

 

マダラは、瞳に写輪眼が転写され茫然と壁に立つ中年女性の足元に向かって、思いっきり盃を投げつけた。

 

「芙蓉・・・・お前・・・・やっぱり扉間のことを・・・何故だ⁉絶対に許さんぞ!」

 

マダラの瞳には万華鏡写輪眼が浮かび、怒りの炎で燃え上がっていた。

 

◆

 

 

芙蓉の目の前に、初秋の青い空が遥か遠くまで広がっている。また、秋が廻って来た。

果てしない青に、終わらない悲しみを重ねる。芙蓉は胸が締め付けられた。

 

芙蓉は昨日の椿との会話と、その会話を伝えた扉間の言葉、その両方を何度も思い出しては自分自身に切々と説明を重ね続けている。

あの後、椿が扉間の謀を知っていてそれを公にしようとしていたことを扉間に伝えた。

扉間は覚悟していたようで、表情も変えずにその話を聞いていた。そして、椿がそうしたいのなら、自分の罪が公にされても構わないと言った。

そんな扉間を見て、失権するどころか罪に問われる覚悟で償おうとしていることに、芙蓉はますます苦しい気持になった。

公にする事は芙蓉が望んでいることでは無いと椿に伝え、きちんと理解してもらったことも扉間に伝えた。しかし扉間は喜ぶわけでもなく、戸惑うわけでもなかった。

ただ真っ直ぐ芙蓉と向かい合って、言った。

 

「俺はお前が俺を許しているからといって、俺の罪が消えたとは思っていない。

火影の右腕だからといって免責されようとも思っていない。

罪に問われれば、その罰を受ける覚悟をしている。」

 

マダラのことは今でも悲しい。しかし・・・

いま、一人の男に必要とされ、守られている平穏な生活がある。

心から信頼できる親友が居て、母親と呼べる人とも再会できた。

そして自分の夢だった大好きな教師の仕事をし、多くの子供たちに生きる力を貰いながら微力でも木ノ葉の里に役立っている現実がある。

 

・・・私は確かに、いま幸せだ・・・

 

芙蓉はそっと目を閉じて考える。

 

・・・勇気が欲しい。現実(いま)だけを信じられる勇気が・・・

 

もう自分には何も失うものは無いと思っていたはずなのに、気づけば失いたくないものが、一日、一日と、増えていたことに気が付いた。

 

芙蓉は石垣から降り、秋桜の咲く坂を上っていく。

今年の春。ここには確か、桃の花とレンギョウが咲いていた。

あのマダラが死んだ初冬の日から季節は巡り、景色が変わると伴に、季節はいつしか芙蓉の心の色をも塗り替え変化させていた。

 

◆

 

「矢車菊ね。でもこれは初夏の花のはずだけど、九月に咲く種類もあるのかしら?」

「へへっ!違うよ。俺の医療忍術で乾燥花の矢車菊を蘇らせたのさ。先生この花好きだろ?」

「うん。大好き!ありがとう…カガミ君。」

芙蓉は目を細め、弓矢の羽のような花びらをそっと指で揺らす。

その花びらの海のような深い青は、マダラと見たあの海の色、そのものだった。

青い矢車菊を顔に近づけ愁いを含んだ微笑みで見つめる芙蓉の横顔は、まるで絵画の様な美しい光景で、カガミは思わず見惚れていた。

「・・・先生?先生?・・・大丈夫?」

「あっ、うん!…医療忍術ってこんな事にも使えるなんて、なんだかロマンチックね!」

戦場でいかに迅速に、最小限のチャクラで効率よく自分と味方の回復をし戦闘を続けるか。医療忍術はそれが一番の目的なのだが、芙蓉にかかると忍術までも甘美なものに変わってしまうようだ。

カガミは芙蓉らしい発想の言葉に胸が温まる。

 

・・・やっぱり俺、芙蓉先生のことが大好きだ・・・

 

「カガミ君。このお花、先生の大切な人にもあげてもいいかな?」

「大切な…人?だ、誰?」

カガミは温まった心の隅が急に冷たくなるのを感じる。

「うん。先生のお母さん。みたいな人…最近ね、ようやく再会できたの!」

「そ、そーなんだ!良かったな先生!!もちろんいいぜ!何ならもっと沢山作ってこようか?アハハハ…」

カガミは自分の疑いを誤魔化すように笑いながら言った。

「ありがとう。これだけあれば二人で分けるには充分よ。嬉しいわ。」

満面の笑顔がカガミに向けられる。

芙蓉の笑顔。それは何よりカガミが望んでいるものだ。

カガミの心は再び温まり、熱を上げる。

・・・先生をもっと笑顔にしたい。その為に俺、絶対早く上忍になる!・・・

それから暫く、二人は矢車菊を見ながら笑顔で話し続けた。

 

 

芙蓉は、わら半紙で包み赤い紐で飾り付けした矢車菊の花束を持った反対側の手で、椿の家の扉を叩いた。

「芙蓉さん!来てくれたの?嬉しいわ。さあ、中に入って!最近朝晩は急に涼しくなったわね。寒く無かった?」

「ええ、大丈夫よ。椿さんこれ、私の教え子が医療忍術で再生させた矢車菊なの。綺麗でしょう?お裾分けだけど、どうぞ。」

「まぁ!綺麗!秋に矢車菊を見るのもなんだか乙ね。ありがとう!」

二人は四畳半の畳の上で卓袱台を囲んで談笑し始めた。

芙蓉はカガミの話、うちは私塾での話を、そして椿は働き先の商人の屋敷での話など、女二人でも充分に話は盛り上がり途切れない。

まるで昔に戻ったかのように、そして本当の母娘のように。

「・・・そろそろ帰らないと。また来ますね。」

「あら…もっとゆっくり話したいわ。良かったら今度、泊りに来てくれないかしら?」

「お泊り…うん、私も泊りに来たいけれど、扉間さまに聞いてみないと…」

「確かにそうね。でも、いくら自分が見張られている立場だとはいえ、きちんと自分の希望や言いたい事は伝えなくては駄目ですよ。卑屈になるのは絶対に駄目。」

「う、うん・・・解ってる。対等、よね?」

「そう、対等よ!忘れないでね。」

扉間と対等で在ること。

それは椿が芙蓉と扉間の関係を認めてから、芙蓉へ何度も言っていることである。

椿にとってそれが扉間のことを認める条件のようでもあった。

 

 

まだ時刻は十七時だが、太陽は山の派に隠れ、もう随分と薄暗くなっていた。

芙蓉は早足で家路を急ぐ。

 

「芙蓉。迎えに来たぞ」

すると目の前に、扉間が飛雷神の術で現れた。

芙蓉の左手のマーキングは勿論、消されてなどいない。

「扉間さま!わざわざありがとうございます。」

二人は穏やかな笑顔を向け合う。そして扉間が芙蓉に歩み寄り、肩を抱いて空を見上げる。

「日が暮れるのが早くなったなぁ…」

芙蓉も一緒に空を見上げる。

「あ、流れ星!」

「お!本当だ。俺も見えたぞ。」

「何か、お願いしました?私はそんな暇なかったです…」

「俊敏性なら俺の右に出る者はいない。出来ないわけないだろ。」

「そうなんですね!凄い!で、なんてお願いしたんですか?」

「もちろん、木ノ葉の里が永遠に続きますように。だ。それと・・・」

「え!二つもお願い出来たんですか!」

「当たり前だ。それと・・・それと、芙蓉とずっと一緒に居られますように。だ・・・」

照れてそっぽを向いた扉間の顔を、芙蓉が笑顔で覗き込む。

「どちらも必ず叶います!」

その言葉に扉間が素早く芙蓉の方を向き、目を見開く。

芙蓉は笑顔でその瞳を真っすぐに見つめる。

「そうか・・・そうだな!」

そう言って扉間は芙蓉を抱きしめた。

 

芙蓉と一緒に居られるようになってからというもの、扉間の心の表面は潤っていた。

乾きかける間もなく、芙蓉の存在に、芙蓉の笑顔に、裸の芙蓉を抱くたびに、その水は心の奥まで沁みて、潤っていった。

だが、心の一番奥底にある砂漠はいつも潤うことを戸惑っていた。恐れていた。

 

しかし今、その一番底に、雫が落ちた。

落ち始めた雫はもう、二度と止めることは出来ない。

 

また一つ、流れ星が二人の頭上を音も無く通り過ぎ、消えていった。

 

 

 

 

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