※この作品はR-18です。

罪の向こう、愛の絆   作:千野 伊織

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今回(20)主な登場人物は、千手扉間、うちはカガミ、木ノ葉の里の商店街の人々、木ノ葉の里の中忍三人です。

冷静に見える芙蓉。
しかし内心は早く記憶を取り戻そうと焦りを感じています。
そして早く記憶を取り戻す為、以前の日常生活を再現してみることになり、扉間と二人一緒に町へ出かけます。
後日、芙蓉が一人で町へ出た時、木ノ葉の里の中忍たちが目の前に現れて・・・!

マダラとの関係を知った芙蓉。
過去と未来。
芙蓉はどう辻褄を合わせていくつもりのか・・・?


(23)過去と未来の辻褄

「六時半起床・朝食・弁当支度。八時・扉間出勤、洗濯、掃除。十時・塾の授業準備。正午・昼食。十三時半・買物へ。一五時・夕食の準備、家事。一六時・出勤準備。十七時・扉間帰宅、芙蓉出勤。一七時十五分・ミーティング、授業準備。十八時・授業開始。十九時十五分授業終了。十九時半・扉間と一緒に帰宅。二十時・夕食。二十一時半・入浴。二十三時半ごろ・就寝。・・・塾のある日のスケジュールは大体こんな感じだが・・・」

 

扉間はスケジュールを書き出した紙を机の上に広げ、芙蓉に見せた。

「はい。これでお願いします!」

「いきなりこれを一人でするのは無理だ。まずは俺と事一緒に買物と、塾へ行ってみて慣れる必要がある。このスケジュールをこなすのはそれからだ。」

 

この日休みだった扉間は、さっそく芙蓉を連れて里に出かけることにした。

家の玄関を出ると、庭先の向こう側にゆるく長い下り坂が里の中心に向かって続いているのが見えた。

芙蓉は、きっと何度となくこの坂を歩いているはずなのに、言い知れぬ不安が過ぎり、数歩歩いて立ち止まった。

「大丈夫か?やはり今日はやめておくか?」

「…いいえ。大丈夫です。少し緊張しているだけです。」

ぎこちなく微笑む芙蓉の左手を、扉間が右手でそっと握った。

「坂を下るまで、こうして行くぞ。」

「は、はい。ありがとうございます…」

少し照れた様子の扉間の横顔を見上げると、芙蓉は少しだけ緊張が和らいだ。

・・・一人じゃない。扉間様が居てくれるから大丈夫・・・

 

最近ぐっと昼間の気温も下がってきたが、この日の午後は小春日和で暖かかった。

坂の隣りにある森の中に、楓の赤い葉が日を浴びて光っている。その様子を芙蓉は目を細めて見上げていた。扉間も直ぐにその視線の先にある楓を見つけて、言う。

「来年の秋には、紅葉狩りにでも行きたいな…」

「扉間様は紅葉がお好きなのですか?」

「ああ。千手温泉へ行く途中に錦谷という場所があって…」

扉間は話の流れで『千手温泉』という名詞を口にしてしまい、芙蓉を探し回ったあの日のことを思い出し、そのまま話を続けようか戸惑って言葉に詰まる。

「…?」

「あ、いや…錦谷はその名の通り、秋になるとブナ、楓、モミジ、ウルシなどの広葉樹と、緑の針葉樹が錦の景色を作りだす、実に素晴らしい景色なんだ…」

扉間は気を取り直し、錦谷について説明をしながら頭上の楓を見送る。そして、そっと芙蓉の左手から手を離した。

芙蓉は突然離され、冷たい空気で冷めていく左手に視線を落とす。

 

「扉間様、芙蓉先生。こんにちは。」

 

その声に顔を上げると、二人の前に黒いくせ毛の頭に忍の額当てを付けた美しい顔立ちの少年が立っていた。

「カガミ…帰ってきたのか。ご苦労だったな。」

カガミは、目の前に現れた自分を見て驚いている芙蓉の顔を見て、本当に芙蓉は自分のことを忘れてしまっているのだと実感し、芙蓉から思わず目を逸らした。

「芙蓉、この者はうちはカガミ。お前の教え子の一人だ。」

「・・・こんにちは。うちはカガミ君・・・。ごめんなさい・・・私・・・」

「芙蓉…」「芙蓉先生‥」

扉間とカガミが同時に発言しようとして言葉がぶつかり、二人は発言を止めた。そして扉間のほうが言葉を続けた。

「芙蓉、カガミは事情を知っている。謝る必要は無い。」

「そうです芙蓉先生。俺のことは気にしないで下さい。…そんな顔、しないで下さい…俺はこれからも先生の為なら何でもします。何でも言って下さい!」

「・・・あ、ありがとう・・・」

カガミの真剣な顔に面食らって戸惑う芙蓉の肩に、扉間が手を置いて言う。

「いちいち申し訳なく思っていたら以前の生活をしてみるなんて無理だぞ。開き直るくらいで居ろ。」

「扉間様の仰る通りですよ!先生は堂々としていればいいんです。大丈夫です。」

芙蓉は扉間の顔を見上げた後、そう言うカガミの方を見て少しだけ微笑み頷いた。

「そうですね…周りの皆さんと、私自身をもっと信じないといけないですね…」

「ああ。お前が最初に思いだせた自分自身の強さを信じるんだ。」

 

そして三人は、一緒にうちは私塾へ向かって歩き始めた。

道中、カガミが芙蓉に私塾について説明をした。芙蓉は感心したり驚いたりしながら話を聞いていた。カガミの話す自分の教師の姿はあまりに眩しく、それは少々プレッシャーにも感じられたが、自分自身を信じると決めた芙蓉は、またいつか教師として教壇に立つことを楽しみにこれから頑張ろうと思い直した。

私塾へはあっという間に到着し、芙蓉が思ったよりも家から近かった。

玄関に続く通路には青々と葉を茂らせた針葉樹の松の木が並んでいる。まだ授業前の時間とあって塾生の姿は無い。

カガミは芙蓉を玄関まで送り届けると、里本部に任務報告があると言って去って行った。

「良い子ですね…カガミ君。きっと以前の私も、あの子にたくさん助けられていたんでしょうね。」

「ああ。里想い、先生想いの好い奴だ。忍としても優秀でもうすぐ上忍になる。お前を助けられたのもカガミの力が大きかったんだぞ…将来が楽しみだ。」

「そうなのですね…カガミ君…」

「カガミは紛れもなくお前が育てた忍の一人だ。お前はここで教鞭を取っているんだ。」

そう言って扉間は、玄関の入り口に掛けられた生徒たちの名札を見渡す。芙蓉も一緒に五十枚近くある名札を見渡した。すると芙蓉の胸の奥底が急に熱くなり、言い知れぬ力が漲る。

そして二人は顔を見合わせた後、私塾の中に入って行った。

 

扉間が塾長のうちはドドメに、芙蓉が以前の生活を過ごす為に私塾に出勤させてほしいと話すと、勿論ですと喜んで受け入れてくれた。

何なら授業もしてみたらどうだと言われたが、塾生や周りに迷惑をかけたくないと芙蓉はそれを断った。まずは記憶が無くても出来る採点や事務作業などから始めることになり、芙蓉は私塾の仕事を再開できることを嬉しく思った。

ドドメが扉間と芙蓉を玄関まで見送りに出て笑顔で手を振っている。芙蓉も何度も振り返り頭を下げながら手を振った。

・・・早く、ここでまた教師がしたい・・・

芙蓉は、自然と心に込み上げてくる希望に対して自分でも驚きつつ、その希望がこれからの道を照らしてくれているように感じたのだった。

 

 

住宅街を抜けると、多くの人が行き交い賑わっている場所が見えてきた。

芙蓉はその人の多さに少し驚き、思わず緊張して身構えた。その様子を察した扉間が芙蓉に言う。

「あそこがお前がよく買物する商店街だ。最近は里の人口も右肩昇りで日に日に賑わいを増している。今日は特にすごい人だな…無理しなくてもいいんだぞ?」

「い、いえ…記憶もですが、いつまでもお買物を樹ちゃんにお任せするわけにもいかないですし、自分で行けるようになる為にも頑張ります。」

「無理するなよ。あと、店の奴らにはお前の顔見知りも居るだろうが動揺するな。笑顔で挨拶してさえいればいい。何を言われても気にするな。いいな?」

芙蓉は頷き、肩にかけた籠の持ち手をぐっと握りしめ、意を決して商店街に向かって扉間の後に続いて歩き始めた。

商店街の入り口に近づくとその場に居る幾人もが扉間の存在に気づき、道を開け頭を下げたり挨拶をしてくるため、自然と二人の目の前に通路が出来てゆく。

「…これではいつもの様にとはいかんな…すまない。」

「いえいえ!扉間様ってやっぱり偉い方なのですね…凄い。」

商店街に入り、人が増えていくにつれ避ける人の数も減り、すれ違う人とぶつからない様に歩かなければならなくなってきた。

それでも店の方に目を遣ると、キラキラと光る活きの良さそうな魚や、新鮮な野菜、秋の豊かな果物が目に入ってきて、芙蓉は自然とワクワクしてきた。

扉間と共にその青果店の前に辿り着くと、芙蓉は嬉しくなって満面の笑顔を扉間に向ける。扉間もその嬉しそうな顔を見て一緒に嬉しくなり微笑み返した。

「あら芙蓉ちゃんじゃない!元気になったみたいで良かったわぁ。扉間様もこんにちは。」

店の端で、恰幅の好い中年女性の店員が他の客に釣銭を手渡しながら芙蓉に話しかけてきた。芙蓉は思わず身構えたが、すぐに笑顔で大きな声で挨拶を返し、再び扉間の顔を見る。扉間は頷いた。

・・・この客の賑わい様なら、店員が芙蓉にあれこれ詮索してくる暇も無さそうだな・・・

「扉間様、今日はお肉とお魚どちらがいいでしょうか?何が食べたいですか?」

「そうだな…お前が作りやすいものでいいぞ。」

芙蓉はじゃあと言って目の前の艶々とハリのある茄子を手に取って選び始めた。

「あら、秋茄子は嫁に食わすなって言うよ~扉間様、大丈夫かい?あはははっ。」

先ほどの店員が忙しそうに歩き回りながらも、芙蓉と扉間に向かって陽気に話しかけてきた。

「っ・・・。」

扉間は嫁と言われ思わず動揺してしまい、気まずそうに顔を逸らして聞かなかったフリをする。芙蓉は店員と一緒にあははと一緒に笑っている。

「秋茄子はとっても美味しいですからね。今日は豚肉と味噌炒めにしようと思いますけど、いかがですか?」

「ああ…いいんじゃないか。任せる。」

「じゃあ後でお肉屋さんにも行かせて下さい。他の野菜はどれにしようかな…」

嫁という言葉を気にしていないのか、気にしていないフリをしているのか、芙蓉は笑らかな顔で楽しそうに野菜をかごに入れてゆく。その横顔を扉間はじっと見つめた。

 

『 もう誰とも結婚する気は無いの 』

 

いつかの芙蓉の言葉が蘇る。

記憶が無くなる直前の芙蓉は、以前と同じ気持ちのままだったのだろうか。それとも…。

思わずそんな事を考えてしまい、少し切なくなる。

「まいどあり!今日は売切れちゃったけど、今時期は良い栗が入ってくんのよ。また来て!」

いつの間にか芙蓉は会計を済ませていた。扉間は疑問の答えを求めるかのように、自分のほうへ歩み寄って来る芙蓉の顔をついじっと凝視してしまう。

「扉間様っ!買えました!」

嬉しそうに野菜の入った藤の籠を見せてきた芙蓉に、今度はまたあの夏の、嬉しそうに指輪の入った袋を自分に見せてきた芙蓉の笑顔を思い出してしまった。扉間は焦ってそれをかき消し匿(しな)んだ。

「良かったな!次は肉屋だっけか?えっと肉屋は…」

扉間の僅かな動揺に気づかない芙蓉は、明るい笑顔でそっと扉間の袖の端を掴むと、肉屋の場所を探そうと辺りを見回し始めた。扉間は、芙蓉の突然のその行動に再び動揺する。芙蓉に冷静で居ろと言ったものの、自分が一番動揺している状況になんとも情けなくなるが、それと同時に胸が高鳴り、温まってゆく。

暫く商店街を歩くと精肉屋を見つけ豚肉を買うことが出来た。店主と思われる初老の男は最初に「いらっしゃい」と会計の時に「いつも来てくれてありがとう」とだけ言ってきた。どうやら芙蓉はこの店にも良く来ていたようだが、店主が無口な男で助かったと扉間はホッとした。

 

「あっ!扉間様、私が持ちますから!これからは一人でお買物に来ないといけないですし。」

「気にするな。一緒に買い物に来た時くらい、俺が荷物を持つ。それに、これからはもっと俺も一緒に買物に来られるようにするから…」

「お気遣いありがとうございます。…でも扉間様はお忙しいのですから、買物に時間を使って戴くのは申し訳ないです。」

「…俺が、一緒に、来たいんだ…」

「え?」

「…お前と、一緒に来たいんだ。」

「…あ、ありがとうございますっ!」

芙蓉は本当に嬉しそうな声でそう言うと、大股でずんずんと扉間の前に歩いて出て振り返り、少し恥ずかしそうにまた扉間に向かってはにかんだ顔を向ける。

「フッ…。晩飯、食いすぎるなよ?」

「秋茄子ですか?ふふっ。どうでしょう?凄く美味しそうだったしなぁ。あはは。」

 

あっという間に時間が過ぎ、空は夕焼けに染まっていた。

太陽の周り以外に雲は無く、秋の水のような澄んだグラデーションが広がっている。

こうして二人美しい空の下で笑い合っていると、芙蓉が全ての記憶を失ったことも、結婚のことも、そんなことは大きな問題では無い気がしてくる。

この瞬間が、一番信じられる現実であり、そして、扉間の心の中にある紛れもない真実である。

はにかんだ笑顔を向けてくれた芙蓉にもきっと、同じ真実が在るのだと思うと、扉間の目頭は熱くなってゆくのだった。

芙蓉と扉間は肩を並べて家に続く坂道を上ってゆく。

 

◆

「昨日の今日で疲れて無いのか?無理するんじゃない。」

「なんていうか、昨日から間を開けたくないなって…出来る事はやりたいんです。それに、早く塾のある日と同じスケジュールを試したいですし!」

 

翌朝、芙蓉は出勤する前の扉間に今日は一人で買物に行ってみたいと言ってきた。

扉間は少し心配に思ったが、まずは一人で塾の無い日のスケジュールから試してみる必要もある。昨日の様子なら大丈夫だろうと思い承諾した。

「ただし、十四時までに帰って来いよ。急用が無ければ飛雷神で十四時頃お前の所へ行く。」

芙蓉は分りましたと笑顔で答え、出勤する扉間を見送った。

 

 

頭上には、昨日と同じ穏やかな秋空が広がっている。

そして眼下には、平和な里の風景が広がっている。

坂の上で、芙蓉は大きく両腕を広げて深呼吸をした。風が、芙蓉の後ろで束ねた長い髪を揺らしながら通り過ぎてゆく。

芙蓉は首筋に入り込んだ冷たい風の破片で少し震え、ショールをしっかりと巻き直して歩き出した。その足取りは軽く、気が付けば歩みは小走りになっていた。

そうして、あっという間に坂を下り住宅街を抜け、昨日来た商店街の入り口に立っていた。

今日も行き交う人の数は多い。大声で客を呼び込む店員の声、笑い合う人たち、俯いて歩く人、無表情で座り込む人、母親の背中で泣きじゃくる赤ん坊…人々の様々な表情のコントラストで芙蓉の心が震える。

・・・みんな生きてる。私も、いま生きてるんだわ・・・

なぜそんな気持になるのか自分でも分らない。

しかし、なぜかその当たり前の風景がとても愛おしく、嬉しく感じるのだ。

無性に誰かに会いたくなる。

 

・・・でも、誰に会いたいんだっけ…扉間様?樹ちゃん?カガミ君?火影様?・・・

 

目の前に浮かぶ全員に会いたい。だが、もっと会いたい人が居る気がするが、思い当たらない。もどかしくなり、芙蓉は気付けば眉間を寄せて俯いていた。

・・・だめ!こんなことで俯いてちゃ!皆に同じくらい凄く会いたいの!・・・

芙蓉は頭を横に振り、再び前を向いて商店街の中へ歩いて行った。

昨日と同じ青果店で栗を買い、隣の鮮魚店で岩魚を買って、近くにあった雑貨屋で日用品も買うことが出来た。

芙蓉は荷物の重さに大満足し、商店街を後にしようと歩いていた。

 

「よくもまぁ堂々と里を歩けたもんだな。」

「里に仇名した罪人のくせにな。」

「誘拐されたまま消えればよかったのに。」

 

住宅街の路地に入ると突然、忍らしき男二人と女一人が芙蓉の目の前に現れ、矢継ぎ早に言葉を浴びせてきた。

芙蓉は驚きと恐怖で声も出せず、動けない。

彼らが何のことを言っているのか全く分からないが、自分に向けられている非難だということは理解できる。しかし、返す言葉も無く、どうすることも出来ず、藤の籠を抱き締め俯むいた。

「俺たち中忍はな、今でもお前の誘拐犯を探して奔走してんだよ。解ってんのか?」

「マダラの次は、正体も分らない外道を誘惑したんでしょ?いやらしい…」

「扉間様と居るからっていい気になんな!お前なんか居ない方が里の為なんだよ!」

更なる攻撃に、過去に自分はいったいどんな事をしたのだろうかと、身に覚えの無い事にも関わらず、芙蓉は罪悪感で胸がどんどん苦しくなってゆく。

「おい。黙ってないで何とか言えよ!」

ドスッ!ドスッ!ドスッ!

一人の男が俯く芙蓉に近づこうと足を前に踏み出した瞬間、クナイが三人の忍の足の甲をかすめ、勢いよく地面に突き刺さった。

三人は後ずさり咄嗟に身構えると、芙蓉の隣りにカガミが現れた。

その目には、真っ赤な写輪眼が浮かんでいる。

「うちはカガミ…!」「カガミ君⁉」

「お前たちに何の権利があって芙蓉さんにこんな事をしている?…答えろ!」

三人の忍は構えを解いて立ち上がり、目を逸らした。

「…フンッ。上忍になったからって偉そうにしやがって…ガキのくせに。」

男の一人が口を開く。

「扉間様に贔屓されてる同士、仲が良いのね。」

女もカガミを挑発するように言った。

「俺の任務は芙蓉さんをお守りし、そして誘拐犯を捕まえる事だ。火影命令の任務を邪魔するなら、たとえ里の忍だとしても排除する。それを解っていて俺に挑んでいるのか?」

カガミは芙蓉の前に出て庇うようにして言った。そして写輪眼の巴がゆっくりと回り始めた。それを見た三人に緊張が走り、ゴクリと唾を飲み下した。

「今後も同じことを続けるというなら、今ここで俺に勝ってからにしろ。…来い。」

カガミはそう言って、印を結ぼうと指を組んだ。

「解った…。俺たちが悪かったよ…おい、お前たち行くぞ。」「「…ああ。」」

男の一人がそう言うと、三人はその場から姿を消した。

 

「芙蓉先生!大丈夫?」

カガミが芙蓉の方を振り返ると、芙蓉はその場にしゃがみこんでいた。

「芙蓉・・・先生・・・」

カガミもしゃがみ、芙蓉の両腕を掴みむと心配そうに芙蓉の顔をのぞき込んだ。

芙蓉の身体は小刻みに震えており、目には涙が浮かび今にもこぼれ落ちそうだった。

「芙蓉先生。怖かったね…もう大丈夫だから…俺が居るから…」

そう言って、カガミは芙蓉を抱き寄せた。そのまま芙蓉はカガミに身体を委ねると、藤の籠が地面に落ち、栗が転がっていく。そして芙蓉は声を出して泣き始めた。

「私…私は、いったい何をしたの?罪人って…マダラって誰?…私、私っ…」

「芙蓉先生、落ち着いて。先生は罪人じゃない。あいつらが言っていることはただの中傷だ。マダラっていうのは俺と同じうちは一族の男で昨年亡くなってる…とにかく落ち着こう。大丈夫だから。ね…」

カガミは芙蓉の背中を優しくさすった。芙蓉はカガミの言葉と優しい手によって少し落ち着きを取り戻し、暫くすると泣き止んだ。

芙蓉が完全に泣き止んだのを確認すると、カガミはそっと芙蓉から身体を離し、藤の籠を拾い上げ、周囲に転がった栗を拾って息を吹きかけ服の裾で埃を拭った。

芙蓉はそっと顔を上げその様子を見ると、自分もゆっくりと栗を拾い始めた。

「・・・カガミ君、ありがとう・・・ごめんね・・・」

「謝らないでよ。さっきは任務だって言ったけどさ、俺はずっと前から芙蓉先生のことを一生守るって決めてるんだ。その為なら何だってするぜ。やっと上忍になったしな。へへっ。」

カガミは少し幼さが残る笑顔を芙蓉に向ける。その笑顔で芙蓉の心は少しだけ軽くなるように感じた。

 

「芙蓉!!」

扉間が芙蓉とカガミの目の前に静かに現れた。

時刻は十四時を回ってしまったようだ。

地面にしゃがんでいる二人を見て、扉間はすぐさま芙蓉に駆け寄り、立ち上がろうとする芙蓉の腕を掴み、ゆっくりと引き起こした。

「大丈夫か?怪我は無いか!カガミ、何があった。」

「里の中忍三人が芙蓉先生に詰め寄り誹謗中傷していました。」

「そうか・・・」

「あの、私に怪我はありません…カガミ君がすぐに助けてくれたので…」

芙蓉の目は真っ赤で、顔じゅう涙で濡れている。芙蓉にどんな事が起きたのか、直ぐに察しがついた。

「大丈夫じゃないだろ…悪かったな。もっと早く来てやれなくて。」

そう言って扉間は芙蓉の頬に残る涙のあとを親指で優しく拭った。その際も真っ直ぐ扉間の顔を見つめていた芙蓉の目からは、再び涙が溢れ、拭われたばかりの頬を伝う。そしてなお真っ直ぐ、何か言いたげに扉間を見つめている。しかし扉間は何も答えることなく目を閉じる。

「…とにかく家に帰ろう。カガミ、貴様も来い。話を聞かせろ。」

「はい。」

カガミは二人に歩み寄り、真っ直ぐ扉間の顔を見上げている芙蓉の横顔を見た。

さっき自分が止めたはずの涙が、再び芙蓉の目から溢れている。

それを見るとカガミの心がちくりと痛み、反射的に芙蓉から目を背けた。そして扉間の腕に指を付けた。

三人の姿はその場から消えた。

 

◆

 

月明りの差し込む窓辺に立つ。

寒露を迎えた窓の外に見える里の風景は、まるで薄雪が積もっているかのように青白く光っている。

 

芙蓉は扉間から、芙蓉がマダラと出逢い、そして別れるまでの経緯を聞いた。

マダラと出逢うきっかけを作ったのは、扉間の謀だったことも…。

 

「私は大丈夫」そう言ったものの、やはり衝撃的な過去は芙蓉にはかなり堪えた。

気を紛らわすために頑張って作った夕食もほとんど喉を通らず、胸が苦しく、重たい。

・・・辛い・・・

過去の事実に思考が付いて行けず、ただその一言に尽きる。

『これはあくまで俺から見た事実を説明しているだけだ。お前の真実を知っているのは、お前だけだ。だからあまり考え過ぎないようにな。それと…俺と一緒に居たくないのなら、俺は出て行く。遠慮なく言ってくれ。』

…先ほどの扉間の言葉を思い出す。その言葉で、扉間は心から自分のことを愛してくれているのだと、解った。

かつて、その愛情は歪んだものだったのかもしれないが、その過去を打ち明けることはとても勇気の要ることであり、辛かっただろう。そう思うと芙蓉まで辛くなる。

そして一番の問題は、マダラとの関係である。

いったいその男のどこに惚れ、自分はそこまでの行動を取ったのだろうか。想像もつかない。だからこそ、里を襲ったマダラという男と結婚した自分に強い罪悪感と悔しさを感じる。

なぜそんなことをしてしまったのだろう、と…

ただ、自分がこの里を守ることを選んだことは間違っていなかったと確信できた。

だがそれは、今こうして好意を抱ける扉間と暮らし、カガミや樹に守られているという生活に、心地良さを感じているからに過ぎないのかもしれない。

それでも記憶を失くす前の自分はこの生活の中でさえ、マダラのことを想い、嘆き苦しんでいたのかもしれない…。そう思うとやり切れない。自分が憎くて堪らなくなる。

 

・・・もう、何も思い出せなくても良いのかもしれない・・・

芙蓉は静かに目を閉じ、大きな溜息をついた後、またゆっくりと目を開いた。

・・・私は教師としてまた教壇に立つ。これからはそれだけを考えよう・・・

 

確かに、過去は、かけがえのない生きた証である。

しかし、過去を探して生きるよりも、木ノ葉の里の未来を育て生きてゆくことこそ、これから自分がすべき償いだと思った。

 

それは都合の好い、自分本位の考え方だろう。

しかし、いま芙蓉が自分自身を救ってやれるのは、この考え方しかない。

 

芙蓉は机の上の灯りを付けた。

小さな灯りは、先ほどまで部屋を明るく照らしていた月明りを無かったことにしてゆく。

そして、本棚の中に在った、少し色褪せた算数の本をおもむろに手に取って開き、ページを捲った。

「・・・?」

いつの物だろうか。

まるでついさっき拾って来たかのように色鮮やかな赤色のモミジが一枚、挟まっていた。

そっと、それを手に取ってみる。

「もしかして、扉間様から貰ったものかな・・・」

昨日、扉間が紅葉を見に行きたいと言っていたことを思い出し、紅葉が好きな扉間が自分にくれたものかもしれないと考える。

だがそんな都合の好い事も無いかと考え直し、再びそのページにモミジを挟んで本を静かに閉じた。

「錦谷の紅葉、まだ見られないかな…観に、行ってみたいなぁ…」

火影を支えながら里の為に身を粉にして働いている扉間。

扉間はどんな里の未来を描いているのだろうか。

芙蓉は里の未来を担う扉間と一緒に、扉間の好きな絶景を見てみたいと思った。

 

 

芙蓉が階段を降りると、居間に灯りが付いている。

居間の扉の前に立つと、下部のガラス窓から食卓の椅子に座る扉間の足が見えた。少し迷いながら静かに扉を開けると、机に向かっていた扉間が顔を上げる。

「…芙蓉。まだ寝ていなかったのか…寝られなくても横になったほうが良い。」

扉間は仕事の書類を食卓の上に広げていた。それだけでは無く、扉間の腕の前には書類の山が出来ている。

「月がとても綺麗なので、ついぼーっと見てしまっていました。扉間様こそ…まだ、お仕事ですか?大変ですね…お茶でも淹れましょうか。」

「あ、ああ…じゃあ、頼む。あ!火傷には気をつけろよ。」

いつもは自室で仕事をするのだが、この日は芙蓉のことが心配で、扉間は芙蓉がいつ起きて来ても良いように居間で仕事をしていた。

扉間は、台所でお茶の準備を始める芙蓉の背中に目を遣りながら、書類をかき集めて片づける。

芙蓉は火傷しないように、布巾で鉄の茶釜の蓋を慎重に開けている。扉間はホッとした様子でそれを見届けると、立ち上がり書類を食卓の端に寄せた。

間もなく炒った黒豆の良い香りが漂ってきた。その香りは、芙蓉が傍に居る安心感を確かなものにさせるかのようだ。

「夜遅いですし、覚醒作用の無い黒豆茶にしてみました。」

「ありがとう。良い香りだな…」

「ええ…ほっとする香りです。」

二人は暫く、黙ってお茶をすすった。

少し下を向き、目を伏せた二人の姿は、まるで何かを誓い合っているかのように見える。

 

「あの、扉間様…錦谷はまだ、紅葉しているでしょうか?」

「うん…今日は日が変わって十月二十七日か。丁度見頃の時期だろうな。」

「あの・・・もし、良かったら・・・連れて行ってくれませんか?あっ、勿論、お忙しいと思いますし、遠いかもしれないし、無理だっ」

「行こう。俺もお前と一緒に行きたい。だいぶ仕事をこなしたからな…明後日なら休める。」

「…本当ですか?…ありがとうございます!」

「だが、なぜ突然錦谷に行ってみたくなったんだ?」

芙蓉は湯呑を食卓に置き、中に残っているお茶に目を落としながら答える。

「昨日、扉間様のお話を聞いて、私も扉間様が好きな景色を一緒に観てみたいなって…」

そう言い終わると、芙蓉は少し申し訳なさそうな顔で扉間の顔をうかがった。

『 私も扉間さまの好きな景色を一緒に… 』

扉間は感動のあまり、その言葉の意味がよく理解出来ないでいる。動転している。

だがしかし、芙蓉は先ほど自分が話した二人の過去を、どう考えたというのか。

「扉間様…?あの、ごめんなさい。お気に障りましたか…」

「ち、違う!!だって、お前・・・俺は、お前を・・・」

扉間は食卓に肘をついたその掌を額に当て、俯いて目を泳がせた。

「私は、過去で未来の辻褄を合わせる気はありません。私はいま、貴方と一緒に居られて幸せです。それだけでは駄目でしょうか?」

「芙蓉・・・」

芙蓉は立ち上がり、扉間の握り締められたほうの手を、そっと両手で握った。

「扉間さまと同じ景色が…同じ未来が、見てみたいんです。」

扉間は顔を上げ、目を見開いて芙蓉の顔を見上げた。

芙蓉の顔は、光溢れるような優しい笑顔だった。怖いくらいに、美しい。

そして柱間は自分の拳の上に重ねられた芙蓉の白い手の甲に恐る恐る手を載せ、言う。

「ありがとう・・・」

「私のほうこそ、ありがとうございます。」

扉間は芙蓉の言葉にぎこちない笑顔で頷いた。

 

 

 

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