『4枚の名画が出来た』
この風景は、芙蓉と扉間にとって一生忘れられない大切な景色になります。
ついに、うちは私塾の仕事がある日のスケジュールも一人でこなしてみた芙蓉。
唯一『火の意思』という言葉を思い出せました。
以前と同じ日常を終え、芙蓉は扉間に対しても・・・
二人の関係はどう変化するのか・・・?
※芙蓉と扉間の性描写があります。
「わー!超キレイ!!絶景かな~絶景かな~!!」
錦谷の展望台に着いて最初に声を上げたのは、樹だった。
・・・二人で来られると思い込んでいた俺が、悪い、のか?・・・
樹の横には芙蓉、二人の後ろにカガミ、その一番後ろで三人を観ながら扉間は心の中で大きな溜息をつき、凹む。
・・・いや、あの流れなら普通、二人きりで行くのが当然の流れだよな・・・
「扉間様!扉間様の言う通りの景色ですね!!」
芙蓉が満面の笑みで扉間の方を振り返って言った。
「ああ。」
扉間は芙蓉と視線を合わせず、腕を込んだままそっけなく答えた。
「扉間様・・・?」
「あー気にしない、気にしない。あのね、扉間様は芙蓉と二人で来たかったのに私とカガミが居る事が気に入らないんだよ。ほっときゃいいんだって。」
「・・・・。」
扉間は樹に今の心境を説明され、怒りが込み上げるが芙蓉の手前、何も言い返せない。
「芙蓉先生、あっち見て!カワセミがいる!」
カガミが樹の言葉を聞いて表情を曇らせた芙蓉を見て、咄嗟に芙蓉の背中に手を当てて山の方を向かせ、川を指さした。
「え?どこ?・・・」
「ほらあそこ、川の大きな石の上、魚をくわえてる。もう里では滅多に見られない鳥だよ。あの鳥も紅葉みたいだ…」
「・・・あ、みつけた。ほんと、紅葉に負けない鮮やかさね。綺麗…」
芙蓉に笑顔が戻った。
その様子を見て、樹は自分の放った言葉の無神経さに気づき、恥ずかしくなった。扉間も同じく、つい感情を表に出してしまったことを反省した。
一番大人なのは、十五歳のカガミだった。
扉間は一度俯いてふっと前を向くと、ゆっくり歩いて芙蓉とカガミの隣りに立った。そして腕を組むと、目の前に大きく広がる錦絵の絶景を目を細めて見渡した。
谷の両側の山肌は、赤・橙・黄・緑・茶で錦を作り陽を浴びて輝いている。
谷底には翡翠色の川が流れており、野鳥が囀りながら飛び交っている。そして背景の空は雲一つなく濃い青が広がっている。
扉間は両手の人差し指と親指で四角を作り、風景を切り取って、片目をつぶってその風景を眺めてみた。
「こうすると名画みたいだな。まぁ人間にはこんな絶景は描けないが…」
芙蓉とカガミもそれを見て、真似してみる。
「・・・本当ですね。自然は天才芸術家、ですね!」
芙蓉は満面の笑顔で扉間とカガミ、両方の顔を見て言った。
「・・・確かに。こうすると、さっきとは違った美しさを感じる気がするかも。」
樹も小走りで芙蓉の隣りに立ち、三人と同じ事をして急いで感想を言った。
「四枚の絵が出来ましたね。」
カガミが全員で同じ事をしている様子を見て、少し笑いながら言った。
風が吹き、辺りの木の葉が揺れサワサワと優しい音を鳴らす。
山が笑っている様にも、拍手をしている様にも聞こえる。
そして四人も、互いの顔を見ながら笑った。
「…じゃあ、お昼ごはんにしましょうか!」
「「わーい!」」
樹とカガミが声を上げて喜ぶ。芙蓉もその顔を見て一緒に嬉しくなった。
実は当初、芙蓉も扉間と二人で来ようと思っていた。
しかし、つい浮かれて樹に扉間が錦谷へ連れて行ってくれる事を話してしまった。すると樹は、扉間の弟子たちも連れて皆で一緒に行こうと言い出したのだ。
扉間は二人だけで来たかったのかもしれないが、樹とカガミと一緒に来られて良かった、むしろヒルゼン、ダンゾウ、ホムラ、コハルが来られなかったことを芙蓉はとても残念に思っていた。
樹とカガミが持ってきたご座を敷き、クナイで四隅を地面に固定する。そして芙蓉がその上に重箱を置いて風呂敷を解き、広げて並べる。四人がご座の上に座ると、芙蓉は取り皿と箸を扉間から順に渡していく。
「美味しそーっ!でもこれだけの品数を作るのは大変だったでしょ?詰めるのも。もうこれ、おせち料理みたいじゃん。イヤそれ以上だわ。」
「ウフフ。皆で来られるのが嬉しくてつい、張り切っちゃった。でも同じ食材を使っているものも多いから、そんなに大変じゃなかったよ。」
芙蓉は重箱の蓋で顔を半分隠し、照れ笑いをした。
「いなり寿司も美味しそうですね。…キラキラしてる。」
正座をしているカガミはいなり寿司とむすびの入った重箱に身を乗りだして言った。
「お砂糖とみりんをちょっと多めにして、甘めの味付けにしているからよ。」
「お前のいなり寿司を食うのは久しいな。楽しみだ。」
「・・・・・。」
樹は三人がいなり寿司を見ながら楽しそうに話しているのを見て、複雑な気持になる。
初めてマダラの家に行った日の事を想い出していた。
芙蓉は、あの時マダラに向けていた笑顔を、今、扉間に向けている。
本当に芙蓉はマダラへの愛情まで忘れてしまったのだと改めて実感した。
・・・マダラとのことはもう、思い出さないでくれればいいのに・・・
そう思いながら樹は、三人の会話に笑顔で頷いて見せた。
◆
錦谷に行った日から四日後。
ついに芙蓉は、私塾の仕事がある日のスケジュールを一人でこなしてみる事になった。
前日の夜、扉間と芙蓉は食卓に広げられたスケジュールの書かれた紙を覗き込んでいた。
「いいか、この通りにいかなくても気にするな。出来る事だけでいいから無理だけはするんじゃないぞ。何かあったらすぐ家に帰るんだ。分ったか?」
扉間は芙蓉の右肩に手を置き、少し険しい顔で言った。
「はい。分かりました。・・・ああ、やっぱりちょっと緊張します。」
芙蓉はそう言って自分の胸をさすって目を閉じた。
「そう考え過ぎるな。最初からうまくいく方が奇跡なんだ。気楽にな。」
「はい・・・そうですね。」
「芙蓉、ちょっと手を出してみろ。」
「…はい、こう、ですか?」
芙蓉は右手を扉間へ差し出した。
すると扉間はその手を、両手の掌で包むように握りしめ、重なった二人の手を見つめる。
「絶対、大丈夫だ・・・芙蓉なら、大丈夫。」
「扉間・・・さま・・・」
扉間はフッと微笑んで芙蓉の顔に視線を戻す。
「昔、お前はこうやって俺のことを励ましてくれていた。俺がお前にしたところで、励ましになるかは分らんが…。」
「そんな!とっても嬉しいです。元気が出てきました。ありがとうございます…扉間さま。」
芙蓉は僅かに涙ぐみ、扉間の目を見てニッコリと笑顔を見せた。
その笑顔に思わず、扉間は芙蓉を抱き締めてしまった。
「・・・・」
「扉間さま・・・ありがとう。本当に・・・」
翌日。
快晴の空に木の実を降らせる冷たい風が駆け抜ける。その風で地面の木葉が舞い、どこか懐かしさを感じる乾いた香りが鼻をくすぐる。
「扉間さま。いってらっしゃいませ。寒いのでお気を付けて。」
「ああ。お前こそ、くれぐれも頑張りすぎないようにな。行ってくる。」
玄関の扉が閉まると、芙蓉は深呼吸をし、胸の前で拳を作る。
「よしっ。気楽に行こうっと…」
そう呟くと、芙蓉は腕の袖を捲り上げながら風呂場へ向かって行った。
洗濯と掃除はいつもしていることなので難なく終わった。庭先に洗濯物を干して冷えた身体と指先を温めようと、居間に入って火鉢の前にうずくまる。火鉢の中の小さな火を見ていると、不思議と心が和んでくる。
消えそうで消えない、静かに燃え続ける火に、芙蓉は今の自分の意思を重ねてみる。
・・・火・・意思・・・火の、意思・・・どこかで聞いた言葉だけど・・・
『火の意思』という言葉を思い出し、芙蓉はその意味と、何時何処で知ったものかを考えるが、そこまでは思い出せない。
考え込んでも仕方ないと、後で扉間に訊いてみることにして気を取り直して立ち上がる。そして自室への階段を昇り部屋に入った。
今日は授業をするわけでは無いので準備は不要なのだが、芙蓉は私塾の指導要綱を手に取り読み始めた。今の芙蓉は、教師未経験者と同然である。もう一度教壇に立つ為には、再度学習が必要だと考えていた。
以前作った授業ノートを読みふけっていると、気づけはもう正午を回っていた。
「頭を使ったら、いつもよりお腹空いちゃたな。」
達成感と空腹がどこか心地良い。軽い足取りで階段を降り、台所で昼食の準備を始めた。食卓に着き、窓の外の青空を眺めながら食事をする。気楽に行こうとするものの、やはり気を張ってしまっているのか思ったよりも食べられなかった。
十三時半少し前、芙蓉は藤の籠を抱えて玄関を出る。風は少々強いが日差しは温かく、坂を下っているうちに身体がポカポカとしてきた。
住宅街の路地に足を踏み入れると、先日の恐ろしい出来事を思い出してしまった。
しかし、芙蓉は前を見てしっかりとした足取りで歩いてゆく。もしまた同じことが起きたら…その時は、記憶が無い事を伝えて謝り、これから里の為に尽くしていくと伝え早々にその場を立ち去ろう…そう決めていた。
この日は誰に絡まれることもなく、無事に買物を終えて帰宅することが出来た。
ほっとした気持ちで玄関の扉を開けると、玄関に扉間の靴があった。
「…扉間さま?帰っていらっしゃるのですか?」
「おかえり。買物の道中は大丈夫だったか?」
扉間が玄関に向かって歩いて来る。
「はい。無事に!扉間さまは何か御用で?」
「…ちょっと忘れ物を取りにな…無事なら良かった。仕事に戻る。」
そう言うと芙蓉の肩をポンと軽く叩き、玄関で靴を履き始めた。
「今日は美味しそうなウグイを見つけたので、これから煮付にしますね。」
「うん。それは楽しみにだな。では行ってくる。」
「いってらっしゃいませ。」
芙蓉はその場で姿を消す扉間に向かって手を振った。
おそらく忘れ物を取りに来たというのは嘘だろう。
強面で口調もキツイ扉間だが、それに反して、本当に優しい。
そのギャップになんとなくむず痒いような気持になる。
樹や弟子、部下に対しても、厳しい言葉の中には確かな優しさがあることに、記憶を無くした芙蓉もすぐに気づいていた。
そんな扉間の傍に居られることが、無性に嬉しくなった。
十六時五十五分。夕食の準備と出勤の準備を終え、扉間の帰宅を待っている。
授業をするわけではないと何度も自分に言い聞かすのだが、やはり緊張する。胸に手を当ててゆっくりと息をするが、鼓動は早いままだ。
「いま帰った。準備は出来ているか?」
玄関で扉間の声が聞こえた。返事をして急いで立ち上がり、荷物を持って忘れ物が無いか確かめる。そして小走りで玄関に向かう。
「じゃあ行くぞ。」
「はい。お願いします!」
芙蓉は教員室を出て、教科書を胸に抱えて一人で教室へ向かう。
あくまで、授業に向かうフリだ。教室に入って状態を確認したら直ぐに教員室へ戻る。
既に授業時間は過ぎており、他の教室では授業が始まっているため廊下に塾生の姿は無い。
授業の行われている教室に差し掛かると、中から教師の講義の声が聞こえる。時より塾生の笑い声も混じる。楽しそうな様子に芙蓉は立ち止まり、壁の向こう側を見つめる。
胸がぎゅっと締め付けられ、羨ましい気持になる。記憶が無くなる前の自分も、こんな授業を行っていたのだろうか。
再び歩きだし、目的の教室の前まで来た。中には誰も居ないはずなのに、照明が付いている。消灯しておかなければと思って扉間を開く。
『芙蓉先生、おかえりなさーい!!』
「えっ・・・・」
なんと、十五人ほどの机全てに塾生が座っており、芙蓉に向かっておかえりなさいと言いながら拍手をし始めたではなか。
「芙蓉先生!おかえりなさい!へへっ。びっくりした?」
そう言って、一番後ろの席に座っていたカガミが立ち上がり、芙蓉に大きく手を振る。
「カガミ君・・・こ、これは?」
「リハビリだとしても、やっぱり本番さながらほうが良いかなってさ…余計だったかな?」
芙蓉が塾に出勤すると知り、カガミは塾生たちに声をかけ皆で教室に集まっていたのだ。
「みなさん…私の為に、集まってくれたのですか?…」
「そうだよ!だって早く先生に会いたかったもん。」「私も!」「俺も!」
塾生の数人が嬉しそうに芙蓉の言葉に答える。
「・・・あ、ありがとう。凄く、嬉しい・・・でも・・・」
芙蓉はぎこちない笑顔で礼を言ったが、そのまま俯いて悲しそうな顔に変わる。
「皆先生のことちゃんと解ってるよ。そのうえで集まってるんだ。たとえ先生が俺たちのことを忘れていても、俺たちがちゃんと、先生に教わった事、先生と一緒に過ごしてきた時間を覚えてる。今度は俺たちが先生の役に立つ番だよ。」
「カガミ君・・・・」
「カガミ、なに先生の前だからってカッコつけてんだよ~?」
ワハハハと塾生たちに笑いが起こる。
「芙蓉先生、私たちは先生のことを絶対忘れませんし、ずっと味方ですよ。先生がまた授業が出来るようになるまで協力しますから!」
「そうそう。だからそんな悲しい顔しないで下さいよ。授業のリハビリ、いつでも僕たちが手伝います。」
女子と男子が、そう言って芙蓉を励ました。そして拍手が沸き起こる。
「みなさん・・・本当にありがとう!!嬉しいです!私も、再びここで授業が出来るよう頑張りますね!」
「芙蓉先生、手に持ってるの、数学の教科書じゃん?試しに何か問題出してみてよ。」
芙蓉の一番近くに居る男子がそう言った。
「えっ・・・でも・・・できるかな・・・」
「おい!カクト、何言ってるんだ。先生、無理しないでいいよ。」
「うん。でもせっかくだから…じゃあ私の好きな問題、皆で解いてみましょうか!」
わーいと塾生たちが喜びながらノートを開き、鉛筆を持った。芙蓉はその様子を見て、緊張と共にワクワクしてきた。
皆で答えを出しあった後、二十分ほどで問題の答えの解説を終え、芙蓉は塾生たちに手を振られながら教室を出て行った。
興奮と緊張がまだ収まらない。塾生たちには今の自分の教え方がどう映ったか心配だったが、やはり充実した時間だった。塾生たちの真剣な眼差しに、今でも心が震えている。
「芙蓉先生。授業のリハビリはどうでしたか?」
教員室に入ると、ドドメが芙蓉に向かって笑顔で言った。
「塾長・・・もしかして、ご存知だったのですか?」
「ああ。カガミ君と何人かが私の所に来てね、是非集まらせてくれと申し出てくれたんだよ。君に伝えようか迷ったんだが、サプライズにさせて貰ったよ。大丈夫だった?」
「は、はい!とても驚きましたけど、もの凄く感動しました!早くまた授業が出来るように頑張ります!」
「芙蓉先生なら大丈夫だよ。それに君は一人じゃない。焦らず、自分と周りを信じてごらんなさい。」
「ありがとうございます。ドドメ塾長・・・」
芙蓉は、それまで堪えていた涙が一気に溢れ泣き出し、ドドメは焦って慰めた。
◆
「そうか・・・。それは良かったな。」
扉間は芙蓉から私塾での話を聞き、静かに頷きながら、深い喜びを込めて言った。
「はい・・・もう、嬉しすぎて、胸ががいっぱいです。」
芙蓉も、食卓の上に夕食のおかずを並べながら感慨深げに目を細める。
「塾生たちのお前を慕う気持ちには、本当に驚かされるな。」
「早く以前に戻らないとっていうプレッシャーも感じますけど、皆が『ずっと味方だよ』って言ってくれて、本当に嬉しくて。これからも塾に行くのが楽しみになりました!」
「うん。お前には仲間が沢山居る。焦らなくていい。お前のペースで歩いてゆくのを皆が見守っている。」
二人は目を合わせて微笑み合うと、互いに笑み笑みしながら箸を持ち夕食を始めた。
二十一時半少し前。
芙蓉はこの日のスケジュールを全て終え、風呂に入っていた。
気が緩んだせいか、それまで感じなかった疲れを一気に感じる。しかし、心地よい気だるさだ。今日の大きな喜びを思い出すと再び胸が熱くなり、そっと目を閉じた。
もう一度目を開けると、柔らかい白い湯気が優しく揺らいでいる。
「・・・・・」
芙蓉は再び扉間のことを考えた。
「良いお湯でした。ありがとうございます。」
「そんな毎日礼を言わんでもいい。他人の家じゃあるまいし。」
扉間は卓袱台の方で寝転がり、芙蓉に背を向けて本を読んでいた。今夜は冷えるようだが、部屋の中は火鉢の熱と、扉間の忍術のお陰で暖かい。
「あの・・・」
「ん?」
「・・・・・」
「なんだ?どうかしたか?」
「えっと・・・」
「・・・言いづらいことか?」
扉間が身体をお越し、胡坐をかいて芙蓉を見上げる。芙蓉は俯き、床に目線を泳がしている。
「もう・・・この後は、寝るだけ、ですか・・・?」
「ああ。そうだが。なんだ?」
「・・・えっと・・・そう言えば!『火の意思』ってなんですか?」
「それ・・・思い出したのか?」
「はい!昼間火鉢を眺めていたら、何となく頭の中に浮かんできて…」
「そうか!!火の意思というのは・・・まぁこっち座れ。話してやる。」
扉間は嬉しそうに、木ノ葉が暮れの里の忍が受け継ぐべき意思である『火の意思』ついて芙蓉に語って聞かせた。芙蓉も目を輝かせながら、うんうんと一生懸命聞いていた。
「私は、その火の意思を受け継ぐ子供たちに学問を教えていたんですね…嬉しい。」
「子供らだけではない。お前だって立派に火の意思を受け継ぐ者だ!」
扉間は芙蓉の肩に手を乗せ、嬉しそうに微笑んで見せた。
その言葉を聞き、そして扉間の優しい笑顔を見て、芙蓉は堪らなく嬉しくなる。
芙蓉はそっと、左肩に乗せられている扉間の手を握った。
「扉間さま・・・今日は本当にありがとうございました。何も思い出すことは出来ませんでしたけど、私、この先に希望がもてました。」
「何を言っている。火の意思を思い出せたじゃないか。凄いぞ!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
芙蓉は、こうして二人で笑っていると不思議と全てが大丈夫だと思えてくる。
「疲れただろう。明日は俺も休みだし、八時くらいまでゆっくり寝てていいぞ。」
「はい。ではお言葉に甘えて朝はゆっくりさせてもらいますね。」
そう言うと俯いて、先ほど扉間に言おうと思っていた言葉を飲み込んだ。
「どうした?」
「いいえ。やっぱり、少し疲れているみたいです。あはは。」
二人は揃って二階へ上がり、それぞれの部屋に入って行った。
居間の空気はすっかり冷えており、眠っているかのように静かである。
芙蓉は眠った空気を起こさないよう、ゆっくり静かに歩く。そして卓袱台のある部屋の方へ行き、縁側の扉を数センチだけ開け、そっと外を見る。
外は景色が見えるほど明るくなってはいるが、全てが青い世界に染められており、太陽は顔を見せていない。鳥の声もまだ聞こえず、静まり返っている。
それを確認すると扉を大きく開け、縁側に出て群青色の空を見上げた。
芙蓉は疲れていたものの、昂っていた気持ちが収まらず未明に目が覚めてしまった。
疲労のせいなのか、それともやはり記憶が戻らない焦りなのか、まるで胸に靄(もや)がかかったように重い。朝陽を浴びれば、その靄が晴れるのではないかと考えて降りてきたのだ。
芙蓉はその場にしゃがみこむ。
トントントントン・・・
階段を下りてくる扉間の足音が聞こえ、こちらに向かってくる。芙蓉は扉間を起こしてしまったかと焦って立ち上がる。
「・・・どうした?まだ夜も明けぬ時間に。」
「ごめんなさい!起こしてしまいましたか?」
「お前が部屋を出て行く気配を感じたが、いつまでも戻って来ないから・・・」
扉間はワダチの事件以来、常に神経を研ぎ澄ましている。些細な事でも見落とさないように。
「ごめんなさい。気が張っていたせいか、早く目が覚めてしまって…朝陽を見たらすっきりするかなぁって…」
「何を言っているんだ。日の出まではまだ一時間はあるぞ。風邪引くぞ。」
扉間はそう言うと芙蓉の手を握った。
「こんなに冷たくなって…馬鹿だな。日の出ならお前の部屋からでも見えるだろう。」
「そ、そうなんですね…」
芙蓉がその事まで忘れて一人で縁側に佇んでいたことは、扉間に、いま芙蓉が不安で居ることを気付かせた。
気丈に振舞っているものの、やはり芙蓉は不安に怯えているに違いない。
それを気付けなかった自分が情けなくなり、思わず芙蓉を胸に抱き寄せた。
「・・・あったかい。」
「不安だよな・・・。すまない。解ってやれていなくて。」
芙蓉は、扉間の胸からそっと顔を離し、扉間の顔を見上げる。
「でも、扉間さまにこうして貰うと、とっても安心できます。」
そう言って少し寂しそうな顔で微笑んで見せた。その笑顔に扉間は胸が締め付けられ、気づけば芙蓉の唇に自分の唇を重ねていた。しかし、不安を抱いている今の芙蓉に口づけをすることに、どこか罪悪感を感じてすぐに唇を離し、顔を背けた。
「す、すまない・・・」
しかし、芙蓉はその横顔をじっと見つめている。扉間はその視線に気が付き、戸惑いながらも芙蓉の方を見た。
潤んだ暗い琥珀色の瞳が、自分を真っすぐ見つめている。
扉間はその瞳から目を離すことが出来ない。
すると芙蓉はそっと瞼を閉じた。それとは反対に唇は僅かに開いている。
扉間にはその行動と表情の意味が直ぐに分った。
しかし、戸惑ってしまい何もできない。
そのうちに芙蓉は目を開け、再び扉間の胸の中に顔を埋め、ぎゅっと抱きついた。
「寒い・・・。」
「あ、ああ。部屋に戻ろう。」
浮かび上がる感覚と共に周りの景色が変わる。二人は芙蓉の部屋の中央に居た。
扉間が芙蓉の背中を押して寝台に座らせ、ショールを脱がし、布団をめくる。
「ほら。早く布団の中へ入れ。」
すると芙蓉は扉間の左手腕を掴み、俯いた。
「…一緒に布団に…温めて…ください。」
扉間は、先ほど芙蓉が口づけをせがんできたことに応えられなかったことを思い出し、無言で芙蓉の頭を撫でた。
「ほら、そっち寄れ。俺はこっちに入るから。」
二人は一緒に布団の中に入った。
そして扉間は芙蓉を優しく抱き寄せ、片手で芙蓉の手を握って温める。
シーツも二人の足も冷たいが、高鳴る鼓動で徐々に体温が上がってゆくように感じた。
芙蓉は温められる手の指先を見つめながら、まだ冷たい足先を扉間の足先に絡めてみた。扉間の足先はもう既に温かい。
「お前、だいぶ冷えてるな。」
「・・・記憶を無くす前の私も、凍えていたんだと思います。でも扉間さまの隣りで、ずっと温めて貰っていたんですわ。きっと・・・」
「芙蓉・・・」
「お願い。もっと温めて・・・・・・」
今にも涙がこぼれそうな瞳で懇願する芙蓉を見て、扉間にはもう、迷う暇すら無かった。
扉間は芙蓉の頭を抱き、唇を息つく間すら無いほどにむさぼる。
身体を起こして仰向けの芙蓉の上に覆いかぶさった。
そして首筋を舌でなぞり、吸い付く。
「あんっ・・・扉間さま・・・」
扉間は芙蓉の寝間着のボタンを外してゆく。目の前に真っ白な胸が現れる。
それを見て、自分も寝間着を脱ぐ。そして芙蓉のズボンを脱がせると、乳房に吸い付き、左手で反対の乳首を弄ぶ。
「はぁあんっ」
芙蓉は背中を反らし身悶える。
扉間は乳首を舐めながら、浮きそうな芙蓉の腰を愛撫すると、芙蓉は更に大きな声を出し、ぐっと身悶え、扉間の肩に爪を立てた。
扉間は顔を上げ芙蓉の顔を見ると、芙蓉と目が合う。
肩で息をする芙蓉の瞳は虚ろで、もっとしてとねだっている様に見える。
・・・お前が俺を求めてくれるなら、俺は全てを捧げよう・・・
扉間は芙蓉に口づけをする。
先ほどとは違い、今度はいたわる様に優しく唇をなぞり、舌を入れて芙蓉の舌に絡ませる。痺れるような快感が芙蓉の下腹部を熱くさせる。
扉間の右手が芙蓉の股間に伸び、優しく撫でる。既にとろりと蕩けており、温かな蜜が扉間の指に絡みつき、クチュクチュと音を立て始める。
それを確かめると扉間は唇を離し、身体を起こして、芙蓉の下着を丁寧に脱がした。
そして芙蓉の両膝を持ち、ゆっくりと左右に開く。芙蓉は恥ずかしそうに、握った手を口に当てて顔を背ける。
扉間の目の前には、濃い桃色に輝く芙蓉の秘部が口を開いて待っている。
扉間はそこに顔を埋め、舌で愛撫を始めた。既に膨張した突起部分が扉間の舌に弾かれるたびに硬くなる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・あっあっあっ・・・もう・・・だめっ・・・」
愛撫を止め、今度は蜜が溢れている膣に中指と薬指を入れ、出し入れする。
「やぁぁんっ。あっあっあっ・・・あんっ・・・だめっ!だめぇ!」
芙蓉の言葉を無視して出し入れを続け、空いている手で芙蓉の乳房を鷲掴みにする。
「・・・止めるか?」
「・・・ちがっ・・・」
「俺はお前が望む事ならなんでもしてやる。だがきちんと言葉で言わんと分からんぞ。」
「・・・・指じゃ嫌・・・扉間さまのが欲しい・・・」
「どれだ?触ってみろ」
芙蓉は恐る恐る手を伸ばす。そして、先ほどから自分の身体に何度も当たっていた硬い扉間の男根を撫でた。しかし芙蓉は、余りの恥ずかしさに扉間の顔を見ることが出来ない。
「・・・これです・・・」
「よく言えたな・・・良い子だ。」
そう言うと扉間は芙蓉に口づけをし、そして、芙蓉の腰を持ち、挿入する。
膣の入り口は狭かったが、蕩ける蜜に誘われ、直ぐに奥まで達した。
「あああ―――っ!!・・・」
奥まで貫かれると、余りの快感と僅かな痛みで、芙蓉の喘ぎ声が途絶える。
口を開け、舌を浮かせながら、いやらしい目つきで扉間を見つめる。
その表情を見て、扉間は思わず腰を早く動かしてしまう。
「あんっあんっあんっ!!・・・ああっ!!・・・」
芙蓉はシーツを掴み握りしめ、頂点に向かってゆっくりと上り詰めていくことに集中する。
扉間は芙蓉のいやらしく乱れる顔を見ながら、激しく芙蓉を追いつめる。
一瞬、芙蓉の目にカーテンの隙間から青白い光が見えたとたん、芙蓉は絶頂に達した。
芙蓉が脱力するのと反対に、扉間は体勢を変え、更に激しく芙蓉の子宮を突き上げる。
「・・・あぁぁん!だめっ・・・そんなにっ・・・」
激しく突いてくる扉間の男根が、更に固く、大きくなるのを感じ、芙蓉も再び快感に痺れる。
膣がぎゅっと狭まり、扉間の男根を締め上げる。
「芙蓉・・・愛している」
「扉間さま・・・私も・・・愛しています」
扉間の快感も絶頂に達し、芙蓉の中に射精した。
扉間が射精した感触で芙蓉も静かな絶頂を迎え、身体がびくびくと痙攣する。
・・・ハァハァハァハァ・・・
二人はきつく抱き締め合い、布団に沈む。
身体はすっかり熱くなり、軽く汗ばんでいた。
窓の外は明るくなっていたが、まだ太陽は昇っていない。
「扉間さま…やっぱり、私たち、ずっと前からこうして身体を重ねていたんですね…」
そう言って微笑む芙蓉の目から、一筋の涙が流れた。
扉間は少し寂しそうに微笑むと人差し指で優しくその涙を拭った。そして芙蓉に口づけをしてから起き上がり、今度は芙蓉をうつ伏せにさせ、白く絹のような背中を愛撫する。
芙蓉の裸の背中は服を着ている時よりもずっと細く、か弱く見える。しかし腰のくびれは見事で美しく、丸い尻もふっくらと柔らかい。
その体のラインをなぞりながら、扉間は、傷つき壊れてしまいそうにな芙蓉をいたわり、これからもずっと守り続けることを心に誓った。
芙蓉の腰を掴み、膝をつかせ尻を持ち上げ、後ろから挿入する。
いたわる気持ちに反して、これまで堪えてきた欲望が溢れ出し、腰の動きが速まる。
「ああぁんっ・・・あっあっあっ・・・」
芙蓉の栗色の髪の毛が、背中をサラサラと滑り落ちてゆく。
いつのまにか太陽が山入端に顔を出し、淡い朝陽がカーテンの隙間から差し込んでいた。