※この作品はR-18です。

罪の向こう、愛の絆   作:千野 伊織

27 / 85
今回(26)主な登場人物は、千手柱間、千手扉間、うちはカガミです。

柱間・扉間と共に懇談会へ出席した翌日。
芙蓉と扉間は満開の桜の朝を二人で迎えます。

『貴方様のお名前を、おうかがいしてもよろしいですか?…』

そしてついに、芙蓉は全ての記憶を思い出します。

記憶を取り戻した芙蓉は自らの過去をどうとらえたのか?
これから先、どう生きてゆくというのか。

芙蓉の記憶回復は幸せの終わりなのか、それとも苦悩の始まりか・・・
扉間との関係はどうなるのか・・・




(26)すべて思い出した

翌朝。

芙蓉が目を覚ますと、隣の布団で扉間が寝息も立てずに熟睡している。

何時に部屋に戻ってきたのだろうか。芙蓉も疲れて熟睡していたため、全く気が付かなかった。

芙蓉はゆっくり起き上がると、優しい眼差しで扉間の健やかな寝顔を見つめた。

普段強面の扉間だが、寝顔は優しく、そして美しい。

まるで扉間の内面が寝姿に現れているようだった。その姿を自分だけが知っていることが、嬉しい。

扉間が閉めてくれたのだろう。昨夜開いていた窓のカーテンが閉まっている。

芙蓉は昨夜気になっていた桜が見たくなり、布団から出て立ち上がり窓辺に行く。そして、ほんの少しだけカーテンを開けて覗いてみた。

昨日の夕方は懇談会の準備で忙しくていたため全く気付かなかったが、部屋の窓のすぐ側にも桜の木があった。庭園で見た桜に比べ、建物に近いせいか、この桜はほぼ満開だ。

朝陽を浴びて花びらの一つ一つが瑞々しく光り輝いている。

芙蓉は輝く無数の花を見て、あまりの美しさに溜息をついた。

 

「・・・んん。芙蓉。もう起きてたのか・・・」

扉間がカーテンから洩れる朝暘で目を覚まし、布団の中から芙蓉に声を掛ける。

「あっ!ごめんなさい!起こしてしまいましたか。」

芙蓉は急いでカーテンをしっかりと閉めた。部屋の中が再び薄暗くなり、二人の表情がはっきりと見てとれなくなる。芙蓉は急いで再び自分の布団へ戻った。

「外に、何か気になる物でもあったか?」

「はい。すぐそこに、ほぼ満開の桜の木があって、朝陽を浴びて凄く綺麗でした!」

「どれ・・・俺も見てみるか・・・」

「扉間さま、昨夜は遅かったのでしょう?まだ横になられていたほうが…」

「フッ。俺は忍だぞ。大丈夫だ。」

そう言うと扉間は起き上がり、窓辺へ歩いて行く。芙蓉もその後ろから歩み寄る。

シャ――ッ!

扉間が勢いよくカーテンを開けると、目の前にまばゆい桜の花が飛び込んできた。

「おお。本当だ。これはもう満開だな。窓、開けても良いか?」

「ええ。開けてみましょう!」

二人はワクワクしながら窓を慎重に開けた。

大きな風が二人の頬をかすめ、カーテンを翻して部屋を駆け抜けてゆく。

その風は、山の新緑の甘酸っぱい香りまで運んできた。

芙蓉はその香りに胸の奥がきゅんとして、どこか懐かしい気持になる。

再び風が向かってくる。

その風に乗って、早くも枝から離れてしまった桜の花びらが数枚飛んできて、芙蓉の胸に流れる髪の毛に着地した。

扉間はその光景を見て微笑む。芙蓉には本当に、花が似合う。

芙蓉も、その花びらを嬉しそうに見つめた。

 

ドクン・・・

 

『貴方様のお名前を、おうかがいしてもよろしいですか?私は橘芙蓉と申します。』

『俺は、うちはマダラだ。』

 

突然、芙蓉の目の前に、過去の記憶が流れ始めた。

一度流れ始めた記憶の潮流は止めることは出来ない。

芙蓉の意思とは関係なく、様々な光景が頭の中と目の前に浮かんでくる。

ハァハァハァハァ・・・

動悸が激しくなり、息が上がる。

「おい!芙蓉!!どうしたんだ⁉大丈夫か⁉」

扉間が慌てて芙蓉の肩を支える。

ガッ・・・クッ・・・

芙蓉は立っていられなくなり、両手で頭を抱えてその場に座り込む。

「芙蓉!!」

「・・・マダラ・・・さま・・・」

「マダラ?・・・芙蓉!何か、思い出したのか?」

「・・・・」

芙蓉は目を見開き、焦点が合わないまま床を見つめ、ゴクリとつばを飲み込んだ。

すると、次第に上がった息が収まってゆく。

不思議と、何も感じない。

悲しくも、辛くも、そして嬉しくも無い。

きっと突然多くの事を思い出し過ぎたせいで、心が麻痺しているに違いなかった。

「芙蓉、とにかく椅子に座れ。さぁ」

扉間が芙蓉の脇を抱えて立ち上がらせようとした。

ビクッ!

芙蓉の身体が拒否反応を示す。

「だ、大丈夫です・・・自分で、立てますから・・・」

扉間は芙蓉の反応に驚き、ただ茫然と、芙蓉が自力でゆっくりと立ち上がるのを見ていた。

よろよろと藤の椅子に向かって歩きだす芙蓉の背中を見て、扉間はハッと我に返り寄って肩を支える。

「・・・・」

嫌がりはしないが、芙蓉は無言で床を見ている。

芙蓉は浅く、藤の椅子に腰かけた。

「芙蓉・・・本当に大丈夫か?」

扉間は大丈夫かとしか訊くことが出来ない。

芙蓉の反応からして、思い出したのはマダラの事だけではなく、自分が芙蓉にした非業かもしれないからだ。

「はい・・・。ごめんなさい。色々いっきに思い出したせいで、ちょっと混乱していて…本当に大丈夫です・・・」

「いま直ぐ里に、家に帰るか?」

「でも…私だけ先に帰っては…」

「懇談会は昨日で終わっている。帰りは各々自由だから問題は無い。兄者にはあとで伝えておくから心配するな。」

「・・・いいえ。少し落ち着けば大丈夫ですから。」

そう言う芙蓉の口調はとても落ち着いていて、冷静に見える。とはいえ芙蓉を家に帰し一人きりで居させるわけにもいかない。懇談会は終了しているとはいえ、扉間にはまだ挨拶回りや細々とした所用が残っている。

「そうか…無理はするなよ。具合が悪ければ直ぐに言うんだぞ。」

「はい。ありがとうございます、扉間さま。」

芙蓉はいつも通りの優しい微笑みで扉間を見上げた。

「・・・・」

しかし、扉間は素直にその微笑みを受け取ることは出来ず、眉をひそめて芙蓉の顔を見つめていた。

◆

「皆の者、ご苦労であった。お陰で懇談会は大成功だったぞ!さぁ存分に食って飲め!芙蓉、突然来させたにもかかわらず、素晴らしい対応をしてくれてありがとう!さ、お前も昨夜飲めなかった分、飲め飲め!」

「馬鹿か!朝から酒を飲む忍がどこにいる!」

「扉間は頭が堅いのう。今日はもう里に帰るだけなのだから良いではないか。しかも、お前の飛雷神で楽々ぞ!ワハハハハ」

「芙蓉、無理して飲まなくてもいいんだからな。貴様らも里に帰るまでが任務だ。酒はほどほどにしておけよ。」

 

芙蓉と扉間、そして護衛のカガミと柱間の護衛として連れてきた直属の部下三名が柱間の部屋に集められ、朝食兼、慰労会を行っていた。

「こんな事でもない限り、芙蓉と一緒に酒を飲むことなどできぬのだ。たまには良いではないか!のう?」

「は、はい・・・では少しだけ頂きます。」

柱間が芙蓉の隣りに座ると、芙蓉は急いで盃を手にし、柱間はそこへ豪快に酒を注いだ。

しかし八部目ほどの所で扉間が柱間の手を強引に止めた。柱間は口をへの字にして扉間を恨めしそうに睨む。

「懇談会の成功と、芙蓉と扉間の婚約に乾杯!!」

「「乾杯」」

カガミ以外の大人たちが一斉に盃に口を付ける。

芙蓉もそっと、盃に口を付けて飲むふりをした。純米酒の豊潤な香りが鼻をくすぐり飲みたい欲求が湧き、やはり、少しだけ酒を口に入れてみた。

 

芙蓉の気持ちは、この冷酒以上に冷たく、ひどく冷静だった。

さっき、桜の花びらを見た瞬間、マダラとの記憶を思い出した。

そして、幼少期の記憶以外、断片的であるがほぼ全ての記憶を思い出したのだ。

それなのに、なぜこんなにも冷静に居られるのだろうか。自分でも不思議だった。

まだ過去の真実に気持ちが追いつけていないせいだろうか。

それとも、想像していた以上に真実が冷酷なものだったからだろうか。

 

「芙蓉先生…大丈夫ですか?なんだか顔色が善くありませんが…」

食事が始まり、柱間を中心に部下たちが盛り上がり始めた頃、カガミが芙蓉にお茶を運びに来て、そっと小声で話しかけた。芙蓉は冷静にゆっくり箸を動かしていたつもりなのだが、カガミから見た芙蓉は明らかに様子がおかしかった。

「え?そ、そう?大丈夫よ。昨夜の疲れが残っているだけよ。カガミ君も疲れていない?大丈夫?いっぱい食べてね。」

誤魔化すようにカガミのほうを心配する芙蓉の様子に、カガミはますます不安になる。

「俺は忍ですから大丈夫です。それに今はまだ任務中ですし。先生、扉間様に言い難い事なら俺に遠慮なく言って下さいね。」

「うん、ありがとう。心配してくれて嬉しいよ。ウフフ。」

勿論、芙蓉の隣りに座る地獄耳の扉間には二人の会話は丸聞こえであるが、敢えて聞こえないフリをしていた。

「おい!カガミ。なにお前だけ楽しそうに芙蓉とコソコソ話しておるのだ!ずるいぞ!俺も芙蓉と話したいぞっ。芙蓉~こっちに来て酒を注いでくれ~」

酒が入った柱間が、からかうように、しかし本気の嫉妬を込めて叫ぶ。

ガンッ!と扉間が柱間の頭を拳で殴る。

「イデッ!よっ、良いではないかぁ~一杯くらい。里ではこんな機会、絶対無いんだぞ⁉」

「黙れ!部下の前で恥ずかしくないのか!羽目を外し過ぎだ。芙蓉は芸子ではないんだぞ。」

柱間の部下たちは、いつもこんな感じだけどな、と心の中で呟き苦笑する。

「こうしてまた一緒に酒が飲めただけで良しとしろ…」

「うーむ…そうだのう。確かに。次に揃って飲めるのは…お前たちの結婚式か?ワハハハハ!」

・・・いま一番、口にされたくない言葉を言いやがってぇ・・・

扉間に沸々と怒りがこみ上げ、何と言い返そうか慎重に考えていると、芙蓉が先に口を開いた。

「火影様。私のことを本当に扉間さまの妻に相応しい人間だとお思いですか?・・・私の過去を、含めて・・・」

カガミと部下たちは手を止め、気まずい顔をして俯く。

扉間は驚いた、そして悲しそうにも見える表情で芙蓉を見た。

「勿論だ!いや、むしろ、扉間に芙蓉は勿体ないくらいぞ!ワハハハ。それに、過去があるから今があるのだ。人は皆、輝かしい過去ばかりではない。だが間違いなく、その過去があって今二人はこうして愛し合い、共に在る。それで良いではないか…なぁ、扉間よ?」

「…あ、ああ…」

扉間は俯いて、小声で答える。

それを向かいの席で見ていたカガミは、頭を殴られたような衝撃を受けた。

解ってはいたものの、目の前で扉間が芙蓉のことを愛していると認める姿など、見たくなかった。

「扉間~顔が赤いぞ。ガハハハハ!うんうん。良い事だ!」

「うるさいっ!!」

そう言うと扉間は一気に盃の酒を飲み干す。そして席を立ち、部屋を出て行こうとした。

「どこに行くのだ?この状況で芙蓉を一人にするとはひどいのう。」

「手洗だ!フン!!」

・・・一番ひどいのは、お前だろ・・・

扉間がそう思いながら部屋を出て行ったあと、柱間が既婚の部下たちに結婚生活についての話を振り、笑いながら盛り上がり始めた。

一方芙蓉は、柱間が自分の問いに答えているあたりから茫然としていたが、おもむろに食膳に目を落とすと、茶碗を持ち、箸でゆっくりと白飯を口に運んだ。

だが咀嚼するたびに、苦々しい想いが胸に込み上げてくる。

柱間からの答えを聞き、麻痺していた心がようやく感覚を取り戻してきたようだ。

罪悪感。

苦々しい味と、胸を突き刺すような痛みは、紛れもなくそれだった。

芙蓉はなんとか白米と一緒にそれを飲み込んだ。

しかし、胸は更に痛み、何かつかえている感覚だ。それをなんとか飲み込もうと、またゆっくりと次の一口を口に運ぶ。

 

カガミは先ほどから感じている芙蓉の異変が気になって仕方がなかった。

しかも、皆の前で、酔った柱間の冗談に対し、あのような問いをするなんて芙蓉らしくない。

だが、食事に箸を付けて食べている様子から、体の具合が悪いわけでは無さそうだ。

昨夜、扉間と喧嘩でもしたのだろうか…。

カガミはつい、昨夜の二人の様子を想像してしまう。裸の二人が抱き合う場面が頭に浮かぶと、胸から下半身にかけて急に熱くなり脈を打つ。

・・・何を想像してんだ!俺は!・・・

しかし、本能的に芙蓉を見てしまう。

背筋を伸ばし上品に食事をしている芙蓉の姿には、カガミが想像してしまった夜の芙蓉の片鱗はどこにも無い。

・・・芙蓉先生はあれの時、どんな顔をしていて、どんな声を出すんだろう・・・

つい、邪な想像が広がってしまい、再びカガミは自分を咎め、急いで味噌汁をすすった。

こんなことを考えてしまったのも、柱間が二人の結婚の話など、こんな場所でするからだ。ただでさえ二人の結婚なんて考えたくないのに…。

カガミは柱間を恨めしく思った。

◆

扉間は昨夜、芙蓉とカガミと三人で休憩をした庭園の休憩所に座っていた。

部屋から見えた桜同様、ここの桜も随分花ひらいて満開に近い。その枝では数羽のメジロが仲良く遊んでいる。

 

・・・芙蓉はいったい、何を思い出したんだ?

マダラの名前を呟いていたが、マダラとの記憶なのか?

兄者にあんな問いをしたところを見ると、やはりそうなのか…

同時に俺がした事を思い出し、俺に嫌悪したのだとしたら…

やはり本人にきちんと聞くべきなのか?・・・

 

「扉間さま…やはり、ここにいらしたのですね。」

芙蓉が数メートル先から扉間に声を掛けた。少し微笑んでいる。

そして扉間と目が合うと、小走りで近寄ってきた。自分に駆け寄るその姿はいつ見ても愛おしく、立ち上がり、大手を広げて受け止めたくなる。しかし今の扉間に、それはできない。

「食事は終わったのか?」

「はい。火影様はまだ飲んでいらっしゃいますけど。部下の方たちはそれに付き合わされていますよ。フフッ…」

一見、いつもと何も変わりない芙蓉の様子に、扉間は思わずホッとしてしまいそうになる。

芙蓉は桜を眺めながら、ゆっくりと扉間の左隣に腰を下ろした。

 

「扉間さま、私、マダラさまとの事を全て思い出したんです。その他の記憶も、断片的ですが、かなりたくさん思い出せました・・・」

 

早朝よりも風は弱まり、今は心地良いそよ風に変わっていた。

その風が、目を細め真っ直ぐ正面の桜を見ている芙蓉の髪の毛を優しく揺らしていく。

「そうか。ついにか・・・・・・」

扉間はそう言って芙蓉の静かで美しい横顔を見つめるが、それ以上訊くことが出来ない。

「私は、とんでもない女ですね・・・。マダラさまを一生愛すると夫婦の契りまで交わしておきながら、裏切って、貴方を愛してしまうなんて・・・」

「裏切った?裏切ったのはマダラのほうだろ。それに、お前は奴に術をかけられていて正常な思考は出来なかったんだ。お前は何も悪くない。」

「私の心が真実だとおっしゃいましたよね…なら、私がマダラさまを愛していたのは、紛れもない真実です。」

「芙蓉・・・」 

「私、マダラさまが亡くなって、もう誰かを愛することなんて出来ないし、そんな資格も無いと思っていました。それなのに、貴方の優しさに甘えて、心の穴を埋めようとして、気づけばそれを愛情にすり替えてた・・・」

「俺のことは…愛しては、いないということか?」

「それは違います!記憶を失くす前から、私は扉間さまのことを愛していました。でも、それを認めることさえ罪深い気がして…でも今ははっきりと愛していると言えます…

でも、マダラさまのことも今でも…それが、そんな自分勝手で不誠実な自分自身が許せないのです!これじゃあ昔、扉間さまに嫌われた頃の私と一緒じゃないですか!」

そう言うと芙蓉は両手で顔を覆って、息を詰まらせながら泣き始めた。

扉間はその芙蓉の両肩を掴み、自分のほうを向かせ、言う。

「芙蓉、それでいいじゃないか…俺はお前の過去を含めてお前を愛している。マダラ以上に愛されなくても構わない。お前が俺の罪を許し、俺を少しでも愛してくれるならそれでもう、俺にとってこれ以上の幸せなんて、無い。」

扉間は芙蓉をきつく抱きしめた。

「頼む…自分を責めないでくれ。俺の傍にいる自分を認めてやってくれないか…」

芙蓉は必死に声を殺しながら、扉間の胸に顔を埋めて泣いている。

扉間はそれ以上は何も言わず、黙って芙蓉の背中を優しく撫でていた。

先ほどまで桜の枝で戯れていたメジロたちは、いつの間にか飛び去っていた。

 

空に浮かぶ小さな雲が形を変えた頃、芙蓉が泣き止んで顔を上げた。

「少しは落ち着いたか?」

「・・・はい。ごめんなさい・・・」

「なぜ謝る。服の事か?着替えればいいだけのことだ。」

扉間は袖から手拭いを取り出し、芙蓉の泣き濡れた顔を優しく拭き始めた。

「扉間さま・・・」

「こんなひどい顔を見たら兄者が血相を変えて心配する。お前は今すぐ家に帰れ。」

そう言うと間もなく、扉間は飛雷神の術で家に飛んだ。そして家の居間に着地する。

「…でも本当に私だけ帰って来ても大丈夫ですか?荷物は?」

「問題無い心配するな。俺もなるべく早く帰って来る。あまり考え過ぎるなよ。」

そう言うと再び扉間は戻って行った。

 

扉間は宿泊している客室に戻ると、芙蓉の涙で濡れた平服の上着を脱ぎ、昨日着ていた礼服に着替えようとしていた。

ドンドンドン!ガチャ、ガチャ、ガチャ!

「おーい。扉間ぁ~芙蓉ぉ~!何してるんだぁ~?兄者をひとり放っておいて!」

扉間は大きな溜息をつくと服を着るのを中断し、上半身裸のまま扉を開けた。

「お、おおっ…やっぱり取り込み中であったか…」

柱間はニヤニヤしながらそそくさと部屋に入ると、居間の向こう側の寝室を必死に覗こうとする。

「殺すぞ!着替えていただけだ。芙蓉は体調が悪いから先に帰らせた。」

「そ、そうなのか…残念。い、いや、それは心配だのう!」

「お前、心配してないだろ…ハァ。慣れない場だったからな。疲れ過ぎているようだ。」

「心配ぞ!その…流石に調子に乗り過ぎたかと思うてな…お前たちの結婚を焦らせるようなことを言って、二人が険悪になっておらぬかと…」

「言いそびれた俺も悪いのだが…今朝、芙蓉の記憶が一部、戻ったんだ。」

「何⁉なぜそれを早く言わんのだ!」

「…何の記憶を思い出したのか、俺からはどうしても訊けなかったからだ…。さっき、芙蓉の口からマダラとの記憶が全て戻ったと聞いた。」

「…道理であんな質問をしてきたのか…おい、芙蓉を一人にして大丈夫なのか⁉」

「ああ。今は落ち着いている。だが早く用事を済ませ帰りたい。」

「分かった!芙蓉は辛いだろうが、この調子で全ての記憶を取り戻せると良いのだがな…」

二人は一瞬考え込んだ後、それぞれ里に帰る準備を始めた。

 

◆

気付けば時計の針は正午をさしている。

太陽は南中に昇り、窓から伸びる光の長さは縮んでいた。

 

芙蓉は居間の食卓の椅子に座り、思い出した記憶を一つ一つ、なぞっていた。

それはまるでそれは、床に散らばった本を拾い上げてはページを捲って、中身を確認しながら一冊一冊本棚に収納していく作業に似ていた。

 

・・・散らばった、本・・・

 

マダラが死んだ日。

あの日、芙蓉はマダラと暮らす家で本棚の整理をしていた。そこへ扉間が突然現れ、驚いた芙蓉は本を床に落としてばら撒いてしまった。

・・・あの時、私が扉間さまに里に連れ戻されていなければ、今もマダラさまの妻として、一緒に居られたのかしら・・・

そして、湿った土の匂いがする穴で木製の台の上に横たえられたマダラの顔と体の冷たさを思い出す。

すると体が震え、涙が止めどなく溢れてきてしまった。

・・・あの時、一生マダラさまだけを愛していくと誓ったのに。それなのに、私は…よりにもよってマダラさまが恨む扉間さまのことを・・・

 

芙蓉はマダラとの記憶を全て思い出していたと思っている。

 

しかし、自分が記憶を失くした原因。

つまり生きていたマダラがワダチと名を語り、雇った忍に椿を殺させ、芙蓉を連れ戻しに来た事件のことは思い出せてはいなかった。

 

芙蓉はマダラとの記憶をなぞるうち、当然のことながら、マダラへの罪悪感がどんどんと膨れ上がっていった。

しかし、だからといって、扉間への愛情を否定することも出来なかった。

芙蓉は、いつの間にか扉間のことを心から愛してしまっていたのだ。

 

『…過去があって今二人はこうして愛し合い、共に在る。それで良いではないか…』

『俺はお前の過去を含めてお前を愛している』

 

芙蓉は柱間と扉間の言葉を思い出す。

それは自分自身を慰める為なのか、それとも言い訳をするつもりなのか。

いやその両方かもしれない。

しかし芙蓉は、その言葉に、せめて現在(いま)の自分だけは許したいという気持ちが大きくなっていく。

自分が過去に囚われ苦悩すれば、支えてくれている人たちは悲しむ。

マダラの事は辛い。だが、反省は出来ても、もう今更過去は変えられない。

その両方もまた、自分に対する言い訳である。

それでも芙蓉は、いま、そしてこれからどうしたいのかを心に問いかける。

 

・・・扉間さまと、そして大切な人たちとずっと一緒に木ノ葉の里で生きてゆきたい。

それは我儘かもしれない…。だけど、私を必要としてくれる人が居る限り、もうその人たちのことまで、裏切りたくはないもの・・・

 

こうして芙蓉は、なんとかマダラへの罪悪感に心が圧し潰されるのを逃れた。

洗面所へ行き、泣き濡れた顔を洗う。鏡を見ると、家に帰って来る前から繰り返し泣いているせいで目は真っ赤に腫れ、顔も浮腫んでいる。

「酷い顔…こんな顔、扉間さまに見られたくないな…へへっ。…よし!頑張って晩御飯のお買物に行ってこないと。」

そう思って洗面所を出ようとした時、玄関から扉間の帰宅を知らせる声がした。

芙蓉は急いで玄関に向かう。

「おかえりなさいませ。扉間さま!」

芙蓉の元気な声と明るい表情に、扉間は自然と嬉しくなるが、すぐに心配な気持が込み上げる。芙蓉は顔を泣き腫らしている。無理をして明るく振舞っているのは間違いない。

「遅くなって悪かったな…芙蓉。」

「いいえ。扉間さまこそお疲れ様でした。柱間さまやカガミ君たちは大丈夫でしたか?」

小上がりに腰かけて靴を脱ぐ扉間の背中に、芙蓉が優しく言う。

「ああ。問題ない。芙蓉…なにもそんなに明るく振舞わなくてもいいんだぞ。俺の前では無理はするな。」

扉間は小上がりに上がり芙蓉の顔を見ると、眉をひそめてそう言った。

芙蓉は一瞬唖然とした表情をした後、少し目を伏せ、悲しい瞳とは反対に口元はニッコリと笑顔になる。

「…この先、きっと何度も気持ちは揺れるのだと思います。落込んだり、前向きになったり…でも、とりあえず今は前向きなんです!」

そう言って満面の笑みで扉間を見上げ、言葉を続ける。

「そんな私のこと…許して下さい。」

満面の笑顔のまま、瞳が潤み、言葉の最後のほうは震えていた。

扉間は芙蓉を抱き寄せ、ああ、と答える。

一人で居た一時間余り、芙蓉が何を考え、どう前向きになれたのか…

知りたいが、今はそっとしておこうと思った。

「扉間さま、お昼ご飯は?お腹空いていませんか?昨日の食事会も、今朝の朝食もあまり召し上がられてなかったみたいですけど…」

扉間は昨夜からの緊張感で、食欲など忘れていたことを思い出す。

芙蓉からそう言われると、家に帰って来た安堵感もあり、急に空腹を感じる。

「そうだなぁ…確かに腹減ったかも。」

「今何も食材が無いからお蕎麦くらいしか作れないですけど、いいですか?」

「ああ。助かる。」

 

扉間は自室へ戻り着替えを始めた。ふと、衣装棚の鏡に映る自分の姿が目に入る。

・・・相手は自分を映す鏡とはよく言ったものだ・・・

扉間は、現在の幸福の甘味と、過去の後悔の苦味を感じ、そっと目を逸らす。

芙蓉と暮らし始めてもう一年以上が経つ。

その間、大きな事件で芙蓉は記憶を失ってしまったが、その前後を通して変わらないものがある。

 

それは、芙蓉の笑顔だ。

そして、扉間自身の笑顔。

 

昔、千手家で共に暮らした頃、扉間は芙蓉と向き合おうとはしなかった。

自分の素直な気持ちを伝えることも、芙蓉に優しくすることも出来なかった。

結果として当然、芙蓉と扉間の間にだけ見えない壁が出来ていた。扉間は、その壁を芙蓉が破ってくれることをどこかで期待していたが、その期待を裏切られたと勝手に勘違いをし、芙蓉を消そうとした。

しかし、二人で暮らし始めてから扉間は、芙蓉と必死に向き合おうとしてきた。

自分の気持ちも伝えた。そして、今まで笑ったことが無いくらい、二人で沢山笑い合った。

お互いの笑顔に癒され、こだまするように、また笑顔になることができた。

出逢った時、最初から芙蓉と向き合い、素直に気持ちを伝えられていたら、芙蓉はマダラと出逢うことも愛し合うことも、そして今こうして互いに苦しむことも無く、二人は自然と愛し合う仲になれていたのかもしれない…

そう思うと、自分の罪深さに胸が苦しくなり、眩暈がする。

扉間は顔を鏡から逸らしたたまま、衣装棚の扉をバタンと閉め、目を伏せ床を見つめる。

「扉間さまーっ。お蕎麦が茹で上がりましたよーっ」

一階から芙蓉の明るい声がした。

扉間は左右に頭を振る。

「ああ。今行く。」

扉間は部屋を出て、何事も無かったフリをして階段を下りていく。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。