記憶を取り戻し、親友の樹と喜び合う芙蓉。
しかしワダチ(マダラ)の事件については思い出せないまま、扉間と柱間によって事件について尋問されます。しかし・・・
芙蓉はカガミにも記憶が戻ったことを報告しますが・・・
「扉間様と結婚しないのは求婚されないからじゃないだろ?」
そして、この物語からは絶対居なくならないマダラが・・・
ワダチ(マダラ)についても全て思い出した芙蓉はこれからどうなってしまうのか!?
懇談会から里に帰って来た翌日。
芙蓉は朝陽を浴びながら、樹の住む家に向かって走っていた。
見上げると、里の桜も昨日の晴天でほぼ満開になっている。それを見て芙蓉の笑顔が更に大きな笑顔になる。
桜並木を抜けると、樹の家が見えた。息を切らし、歩みに変えて玄関に近づくと息を整える。
「おはようございます。橘芙蓉です。樹ちゃんいらっしゃいますか?」
洗面所で出勤前の身支度をしていた樹は、返事よりも前に体がその声に反応し、自然と玄関に向かっていた。玄関に近い台所に居る母親よりも早く、玄関に出て扉を開ける。
「芙蓉おはよ!どうしたのこんな朝早くに息切らして…大丈夫⁉何かあった⁉」
「朝早くにごめんね。樹ちゃん…私…沢山思い出したの!樹ちゃんとの想い出も!」
樹は喜びの言葉を述べる前に、芙蓉を抱き締めていた。
長い間離れ離れになっていた恋人と、ようやく再会できたかのような感動を覚える。
「樹ちゃん・・・大好き!!」
「芙蓉!!」
春風よりも早く二人の顔は近づき、口づけを交わしていた。
台所から芙蓉に挨拶をしようと顔を出した樹の母親が、それを見て急いで引っ込む。
芙蓉と樹は木ノ葉本部へ向かう道で二人、手を繋いで歩いている。
「そっか…マダラとのことも全部…。芙蓉、辛い、よね…?」
「うん…正直ね。まだマダラさまのこと、愛してる…だから記憶が戻った時は本当に辛かった。でもね、それでも扉間さまのことを愛している気持に変化は無かった。
過去に後悔や罪の意識は沢山あるけど、反省して未来に活かすしかないって思った。記憶を失くしている間に考えてきたこと、してきた生活を振り返ると、そう思うの。それにね…過去で未来の辻褄を合わせる気は、無いから。」
「芙蓉…たった一日で、ひとりで、良くそこまで考えられたね…凄いよ。」
樹は芙蓉の心の痛みを想像して辛くなり、足元に目線を落とす。マダラの事だけは出来れば思い出してほしくは無かったが、そんな都合の好い想い出し方も出来るはずがないと目をつぶる。
芙蓉は、晴れた青い空を見上げて眩しそうにしながらそれに答える。
「全然!カラ元気かもしれないし。きっとまた落ち込む時が来ると思う。その時は…樹ちゃんに甘えていい?」
「当ったり前じゃない!出来れば扉間様より先に、私に甘えてよねー!」
あははは。うふふふ。
二人が顔を見合わせて笑い合う。
芙蓉は、樹が親友で居てくれることに心から感謝した。
これまで、樹を傷つけ、裏切ったことも沢山あっただろう。
それなのに、樹は今でも芙蓉の親友で居てくれる。
自分も一生樹の親友として、樹を支えていこうと満開の桜に誓った。
「あ。芙蓉、私と扉間様の仲、疑ってたよね。誤解だって解ったでしょ?もーっ!」
「あはは…ごめん。だって、仲が良いのは事実じゃない。ね?」
二人は、里本部に着くまでずっと手を繋いで歩いて行った。
◆
本部の入口に着くと樹を先に見送り、芙蓉は時間になってから火影室へと向かった。
木ノ葉の里本部は今日も多くの忍達が行き交っており、芙蓉に見惚れる者だけではなく、冷ややかな目を向けてくる者も居た。芙蓉は、今ならその冷たい目線の意味を理解できた。
俯きそうになるのを耐え、顔を上げ気丈に歩いて行く。
「失礼いたします。柱間さ…いえ火影様、懇談会はお疲れ様でした。」
「ワハハハ!よいよい、柱間と呼んでくれ。そのほうが嬉しいぞ!まさか懇談会で芙蓉の記憶が戻るとはのう。やはり芙蓉を同伴させて良かっただろう?な?扉間!」
「懇談会に二人で出席して記憶が戻ったという根拠は無い。」
先に火影室に来ていた扉間は柱間の机に軽く腰を掛け、ぶすっとした顔をしている。
「どうだ、樹とは話せたか?喜んでおっただろう?」
そう訊く柱間の後ろで、扉間が部屋の隅から椅子を芙蓉の所へ運ぼうとした。芙蓉がそれに駆け寄りお気遣い無くと言い、扉間と二人で椅子の背を持つ。
「あ、はい!やはり親友の樹ちゃんとの想い出は絶対思い出したかったですし、樹ちゃんもとても喜んでくれました!」
そう返事すると、芙蓉は扉間に小さい声で礼を言い、柱間の正面に椅子を置いて座る。
「そうか…。だが嬉しい反面、辛い部分もあるだろう。だがいつかきっと、心の整理が付く日が必ず来るはずぞ…」
柱間は優しく微笑んでそう言った。芙蓉は、はいと小さく頷く。
「さて、昨日の今日で悪いが、里の危機管理に関することだ。いくつか訊かせてくれぬか?」
柱間が背筋を正して言った。
「ワダチの件について思い出せる事はどんな些細な事でも全て教えてくれ。頼むぞ。」
扉間も家にいる時には見せない厳しい表情でそう言った。
柱間は昨日記憶を思い出したばかりの芙蓉に尋問することは酷であると反対したが、扉間は今ならまだ記憶を芋づる式に思い出しやすい時期でり、直ぐに尋問するべきだと言い張った。
扉間は、芙蓉という木ではなく、木ノ葉の里という森で物事を見ていた。
今ここで芙蓉の記憶を蘇らせ、ワダチに関する情報を得られれば、ワダチの脅威から里を、そして芙蓉自身を守ることになる。
もちろん尋問は芙蓉にとって辛い事だろう。しかし芙蓉が苦しむ時は必ず、自分が支えると扉間は誓っていた。そして、今の自分なら必ず芙蓉を救えるという自信があった。
そうして、芙蓉が記憶を失くした原因であり、里の脅威となり続けているワダチの事件についての尋問が始まった。
「昨年の十月一日。お前が椿の家に行き、その時に起きた事は何か思い出せるか?」
柱間もいつになく真剣な表情で芙蓉に問う。
「すみません…その日の事は思い出せていません。事件の詳細を教えて戴ければ、何か思い出せるかもしれません…」
椿は芙蓉の誘拐犯の忍二人によって殺害された。
芙蓉はその現場を目の当たりにし誘拐されたとあって、それを記憶の無い芙蓉に伝えれば、再び大きなショックを与えるのは必至で、扉間も柱間もこれまで事件については固く口を閉ざしてきた。
芙蓉も二人が口を開こうとしないことに、事件は凄烈なものだろうと想像はしていた。それでも初めは、その事実を知らない事への不安が勝り何度も聞かせてほしいと頼んだが、拒まれる度に、次第に知る事への不安のほうが勝っていったのだ。
しかし、今こそ、その事実を知らなければならない時だと芙蓉は覚悟していた。
柱間はちらりと扉間の顔を見ると、二人の目が合った。
すると、扉間が立ち上がって芙蓉に一歩近づき、一息置いた後に話し始める。
「椿とお前は、事件の三週間ほど前に、椿がうちは私塾に訪問して再会した。その後お前は何度も椿の家に通っていた。事件の当日、お前は椿の家に一泊するために出掛けて行った。そしてお前が家に着いた時、家の中で椿の死体を発見した…」
ガタンッ!
「えっ⁉死体⁉椿さん・・・」
芙蓉は思わず椅子から立ち上がり、声を震わせる。扉間はその芙蓉の肩に手を置く。
「落ち着け芙蓉。椿はお前を誘拐した男の忍二人によって殺されたのだ。辛いのは解るが最後まで話を聞いてくれ。…椿の死体を発見したお前をその二人が誘拐し、千手温泉街へ連れて行き、ワダチと名乗る男に引き渡した。誘拐された直後、お前は気絶させられていたようだがな。これまでの話はカガミが写輪眼の能力で見て分っている事だ。問題はその後だ。ワダチがどんな人物か、何を話したか、ワダチがお前に何をしたか、思い出してほしい。」
扉間が話し終わると、柱間が握りしめた手を額に当て小さく溜息をついて俯く。
しかし扉間は表情を変えることなく、悶絶する芙蓉の顔を真っすぐ見ている。
暫くすると芙蓉はふらふらと椅子に戻り、力なく腰を沈めた。
両手で頭を抱え、固く目を閉じて必死に思い出そうと試みる。
しかし、椿の笑顔しか思い出せない。椿と再会した日すら思い出せない。
そのうち深く暗い記憶の海の底で溺れそうになり、必死で息をする。
「・・・・・・思い、出せま、せん・・・・・」
息苦しさに耐えきれず海面に浮上した芙蓉は、体を震わせながら言葉を洩らす。その様子を見て柱間が席を立って芙蓉に駆け寄り、芙蓉の両肩を抱いた。
「芙蓉、無理せんでいいぞ!よく頑張ったな…何か思い出したらまた教えてくれ。扉間、今日はこれくらいにしようぞ。これ以上は芙蓉に負担が大きすぎる。」
「まだだ。…芙蓉。ワダチは忍だ。しかも千手一族とうちは一族両方のチャクラを持っていて、両方の一族の血を引く者の可能性もある。年は兄者と同じくらいだ。背は…」
「扉間!やめろ!」
「…柱間さま、大丈夫です。聞かせて下さい。私、きちんと事件の事を思い出して、解決したいんです…これ以上、里に迷惑を掛けたくないんです。」
「いいんだ!焦らなくて。昨日の今日だ。ゆっくり思い出せばいい…里のことも心配は要らぬ。それに、芙蓉が責任を感じる必要のない事ぞ!」
「確かに誘拐されたこと、椿殺害事件に関して芙蓉の責任は無い。だが、ワダチが里の脅威になっていることは現在進行中の事実だ。それを解決するカギは芙蓉、お前が持っている。早く思い出せるよう努力してくれ。」
「はい。もちろんです。」
柱間は頭を掻いて、ハァーッっと大袈裟に溜息を吐く。
身内だからと言って私情を挟まない扉間には感心するが、もう少し芙蓉の立場になって考えるべきではないかと柱間は思った。
◆
快晴の空、満開の桜の下、芙蓉はうちは一族の子供たちに囲まれ、皆で笑顔になってはしゃいでいる。
カガミは少し離れた石の上に座り、目を細めてその様子を見つめている。
昨日。
「芙蓉先生!話って何?」
私塾が終わった後、カガミは芙蓉に教室に残るよう言われ、今、向かい合っている。
玄関から聞こえる塾生の声数も次第に少なくなってゆく。
好い話なのか悪い話か分からないのに、芙蓉が自分と二人きりで話があると言ってきたことにカガミは内心舞い上がっており、それを必死に隠そうとしていた。
「カガミ君…あのね…私、記憶を思い出したの。思い出せていない事も多いんだけど‥」
「ほ、本当かよっ⁉良かったな!!先生!!本当に良かった・・・」
・・・てことは、俺との想い出も・・・
カガミはこれまでどこか胸の奥につかえていたものが、すぅっと消えていくのを感じる。
「…私が記憶を失くしてから沢山支えてくれている事、本当に感謝しています。カガミ君はその前からずっと、私のことを支えてくれていたんだよね。それを思い出したら、直接ちゃんとお礼を言いたかったの…カガミ君、ありがとう。」
カガミは、それがまるで芙蓉からの愛の告白のように錯覚してしまう。
思わず顔が赤くなるのを感じ、顔を逸らしてしまった。
「でも、私が誘拐された事件の事だけは、なぜか思い出せないの…カガミ君も助けてくれたのに…ごめんなさい。里の為にも、早くワダチという人について思い出さなきゃいけないのに、どうしてもダメで…」
そう言って芙蓉は悲しそうに微笑みながら、斜め下に目線を落とす。
「芙蓉先生が落ち込む必要なんて無いよ!俺は先生を助けられただけで嬉しいんだ。それに、俺はワダチについて調査を任されているけど、事件後の状況からも、今のところ大きな危険は無いし先生が無理して思い出さなくても大丈夫なんだぜ?だから落込まないでよ…ね?」
そう言ってカガミは芙蓉の肩に手を乗せ、俯く芙蓉の顔を少しだけ覗き込む。
しかし実際は、芙蓉がワダチについて思い出せば、ワダチ問題の解決の糸口はみえるだろう。
だが、芙蓉の記憶喪失がワダチの仕業によるものだとしても、ワダチが芙蓉に自分の情報を安易に晒していたとは思えない。
そう考えると、芙蓉が辛い想いをしてまで凄惨で辛い事件を思い出す必要は、必ずしも必須では無い気もする。カガミは、扉間は今頃どう考えているだろうかと思いを巡らす。
気付けば、芙蓉が恐る恐る顔を上げ、カガミのことを不安そうに見つめていた。
「でも・・・私のせいで・・・里は・・・椿さんは・・・」
「先生のせいじゃない!!自分を責めないで。先生が何も思い出せなくたって全く問題ないよ!里は俺が、いや俺たちが必ず守る。だから安心して…」
真剣な眼差しで芙蓉を諭すカガミの目を見て、芙蓉の目からついに一筋、涙がこぼれた。
その瞬間、思わずカガミは芙蓉を抱き締めていた。
芙蓉もそのまま、いつの間にかすっかり自分のの背を追い越したカガミの胸に身を委ねて泣いている。
・・・扉間さまは何をやってんだ!芙蓉先生をこんなに悲しませておいて・・・
カガミは扉間に怒りを覚える。
その時カガミは芙蓉が柱間と扉間から尋問を受けていたことは知らなかったが、記憶を取り戻した芙蓉に対して扉間がどういう対応をしたかは容易に想像がついた。
芙蓉が焦って体を離す。
「ご、ごめんね…教え子のカガミ君に甘えちゃって、私ったら本当にダメな先生だね。」
「…芙蓉先生。俺との約束、覚えてる?」
「約束?…」
「俺が十八になって、その時写輪眼を開眼して上忍になっていたら、俺のこと男として見てくれるっていう約束…」
芙蓉は半信半疑という顔をして目を泳がす。だがすぐに、あの夕暮れの場面を思い出し、何度か瞬きをしたあと、俯いた。
「うん…覚えてるよ。」
カガミは芙蓉の両腕を掴み、見据えた。
「俺、やっと来月で十六だけど、写輪眼開眼してるし上忍だ。約束の歳には早いけど、俺のこと、一人の男として見てくれないかな?」
そこには、初めて出会った時のあどけない顔の少年ではなく、見た事のない美しい少年が居た。
その迫真の表情から、芙蓉は目を逸らすことができない。
「扉間様にはまだ及ばないけど、必ず追い越して見せる。俺は絶対に芙蓉先生を悲しませない。絶対に幸せにする。」
…でも、と言いかけた瞬間、カガミの顔が見えなくなり目の前がぼやける。
カガミの唇が自分の唇に触れていた。
強く吸い付いたまま、動かない。
「…だめっ!…カガミ君…」
芙蓉がカガミを突き放した。
カガミは動揺もせず、先ほどの迫真の表情を崩していない。
しかし芙蓉はその顔を直視することができず、急いでカガミに背を向けた。
「…気持ちは嬉しいわ。でも、カガミ君は私の教え子よ。男性として見ることなんてできない…ごめんなさい。」
「先生。扉間様と結婚しないのは求婚されないからじゃないだろ?マダラに未練があるからだろ。扉間様はマダラの弟を殺した。マダラはその事をずっと恨んでた。そんな男と夫婦同然でこれからも一緒に暮らすのか?それとも流されて結婚するの?それでいいのかよ?先生が結婚ってもんをしたくないなら、してくれなくていい。なら扉間様じゃなく、俺の傍に居てよ!うちはの皆だってそのほうが喜ぶ!!」
カガミは声は荒げないものの、力を込めてそう芙蓉に言葉を投げかける。
芙蓉はゆっくりと振り返り、涙のあとが残る悲しい顔でカガミを見た。
「・・・・・。」
芙蓉は何も言わずにカガミの隣りをすり抜け、小走りで教室を出て行った。
カガミは固く目をつぶって頭を垂れ、自分を落ち着かせるために小さな溜息を吐いた。
僅かに体が震えていた。
カガミが昨日の出来事を思い出していると、ふいに芙蓉と目が合った。
芙蓉はニコッといつもと変わらない笑顔をカガミに返してくれた。
昨日あの後、うちは領地の学校の生徒だった友に、芙蓉の記憶が戻ったことを知らせた。
そこで、芙蓉が町に買物に出掛ける際に皆で押しかけ驚かせようという話になり、今に至る。
芙蓉は、喜ぶ元生徒と塾生たちに囲まれ、本当に嬉しそうである。
うちは領地の学校での風景が、そのままこの場に蘇っているようだ。
すると、芙蓉と子供たちがカガミの前にやってきた。
「カガミ君、皆に知らせてくれて本当にありがとうね。」
芙蓉が石の上に座っているカガミの顔の高さに腰を屈め、礼を言った。
「流石カガミ!昔から先生が好きだったもんなぁ?」「先生のこと好きなのは男子全員でしょ?ていうか私たち女子も芙蓉先生のこと大好きだしっ!」「そうよ、そうよ!」「あ~また昔みたいに先生と勉強してぇなぁ。」「ほんと、懐かし~!」
そう言って子供たちがまた楽しそうに笑い合う。
しかし、他の子供が何言う「好き」とカガミが芙蓉を好きな気持には、既に大きな違いがある。
その事実に、カガミがフッと笑って少し俯く。
「ねぇねぇ芙蓉先生。こんど塾の教室で、うちはの元生徒も集めて先生の記憶復活お祝いパーティーを開くから、楽しみにしててね!」
「本当に?嬉しい!!楽しみにしてますね!」
カガミの愁いに気づく者など一人も居らず、皆で盛り上がっている。
しかし、芙蓉だけはその愁いに気が付いていた。
「カガミ君。パーティー、楽しみにしていますね。」
芙蓉はカガミを気遣ったつもりなのだろうか。それとも、カガミも生徒の一人と念を押したつもりなのだろうか。
カガミはぎこちない笑顔でハイと答えた。
◆
花冷えの夜空には新月に近い月が浮かび、深い闇に星が輝いている。
芙蓉は食卓に扉間と向かい合って座り、昼間、家は一族の子供たちが来てくれた事を楽しそうに話して聞かせている。
「そうか。それは良かったな。」
「はい…実は私、記憶が戻るのが怖かったんです。このまま記憶が戻らなければいいのにって、思っていました。でもやっぱり思い出せて良かったです!大切な想い出は、無くしたくないから…」
「過去など無くとも生きてはゆけるが、やはり兄者が言うように過去があるから今があるのは事実だしな。せっかく思い出せたんだ。その想い出と子供たちを大切にしてやれよ。」
「はい!」
芙蓉は尋問直後に酷く落ち込んでいたが、うちはの子供たちのお陰で思いのほか元気を取り戻していることに扉間は安堵した。
しかし、芙蓉のことである。ワダチの件で内心は苦しんでいるに違いない。
扉間は嬉しそうに話しを続ける芙蓉を見ながら、自分も出来るだけ芙蓉を慰めようと思った。
そして話に区切りがつくと芙蓉は立ち上がり、台所で明日の朝食の下準備を始めた。
暫くすると、扉間も台所にやってきて芙蓉の背後に立って言う。
「頑張りすぎるなよ…」
扉間はそう言って芙蓉の両肩に手を置く。芙蓉の手がピタリと止まる。
「は、はい・・・ありがとうございます。もうこれで終わりですから。」
扉間がゆっくりと芙蓉の身体を自分の方に向かせる。腰に手を回し、口づけをしようとした。
「ご、ごめんなさい。今日はちょっと…あの、まだ塾の仕事があって…」
芙蓉は急いで扉間に背を向け、再び小口切りの小松菜を皿に載せていく。
「そうか。あまり根を詰めてやるなよ。」
はいと背中で返事をする芙蓉に、扉間は少し不安になる。
扉間は何事も無かったかのように食卓に戻り、自分も書類を広げて仕事を始めた。頬杖を突きながら、手を洗っている芙蓉の背中をちらりと見る。
…扉間が尋問で問い詰めたことに怒っているのだろうか。
それとも、蘇った記憶によって芙蓉の心が揺れているからなのだろうか。
訊きたかったが、扉間にはどうしてもそれが出来なかった。
芙蓉は眠れずに机で本を読んでいるが、心はそこに無い。
昨日カガミから言われた言葉が頭から離れないのだ。
『扉間様はマダラの弟を殺した。マダラはその事をずっと恨んでた』
そして、マダラの言葉を思い出す。
『俺はな、弟たちを千手の忍に殺された。最後の一人の弟は、扉間によってな』
芙蓉の視線は既に本の上には無かった。
ぼんやりと目の前の壁を見ている。そして、静かに俯き、目を閉じる。
・・・扉間さまのことが許せないんじゃない。ただ過去を思い出した以上、ううん、マダラさまへの愛を想い出してしまった以上、やっぱり考えずにはいられない・・・
芙蓉は本を閉じ、寝台に腰かけ布団を被って横になる。
・・・でも、それも過去の感情を今の感情の様に錯覚しているだけよ…
マダラさまを思い出すと辛い。でも扉間さまだって、これまでずっと、千手一族や私たちを守るために戦ってくれていた。だから、私は扉間さまに命を助けられたも同然だわ。・・・
そう結論づけると、不意に、さっき扉間を拒んでしまったことを後ろめたく感じた。
芙蓉はそれ以上何も考えまいと、固く目をつむった。
温かい・・・
懐かしい温もりだった。
目を開けると、そこにはマダラの顔があった。
「状況が飲み込めないようだな。俺は死んでいない。お前もな。ここは檜枝岐神社だ。」
・・・マダラさま!やっぱり死んでなんていなかったのね!・・・
「お前が愛しているのは、誰だ?」
・・・え?・・・・
「ならば俺の前に、跪け。」
・・・愛の前に跪くのか、契約の前に跪くのか、それとも・・・
これは夢じゃない! 私の記憶だわ。
思い出した。ワダチは、マダラさまだったんだ!!
『ヘッ。どうせ裏切るなら、涙ぐらい見せろよ・・・』
マダラさまは今も・・・生きている!
それを思い出した瞬間、強い頭痛が襲う。夢の中のはずなのに現に頭が痛い。
しかそもその痛みは、覚えのある痛みだった。
突然目の前が真っ白になり、眩しさで目を閉じた。
「せっかく楽にしてやったのに。本当に馬鹿。いや、天然だなお前は・・・」
その声に、芙蓉はゆっくりと目を開ける。
真っ白な世界で、マダラと二人、向かい合って立っていた。
「・・・・。」
「ここは檜枝岐神社。な、わけないな。ここはお前の心の中だ。」
「マダラさま・・・なぜ、ここに?」
「それは、俺が折角消してやった記憶を今、お前が思い出しやがったからだろーが。まさかとは思ったが、本当に自力で記憶を取り戻すとはな…。万が一でもお前が、俺が生きているという記憶を取り戻した時こうして俺がお前の精神に現れるよう、術を仕込んでおいたのさ。しかしまぁ…お前の精神世界には忍術が及ばないようだ。どんな能力なのか、これからじっくり調べさせてもらうぞ。」
「・・・?・・・」
「今度こそ、問答無用に連れてくからな。」
「・・・えっ⁉ それは・・・それは出来」
「後日、迎えを遣る。」
「マダラさま!!」
芙蓉がそう叫んだ瞬間、黒い球体が飛んできて、棒状に変化したと思ったとたん、芙蓉の首に巻きついた。
巻き付いた感覚はあったのだが、痛くも苦しくもない。
芙蓉は反射的に首を掻きむしり、それを外そうとした。しかし確かに巻き付いたはずのその黒い物体の感触は指では分らない。
「それは俺からのプレゼントだ。俺が生きていると誰かに伝えようとした瞬間、その黒いのがお前の息の根を止める。変な真似すんなよ。」
「私は・・・私はもう、木ノ葉の里の為に生きると決めたのです!」
「そうか。だがもうそんなことはどうでも良い事だ。これからお前は俺の奴隷だ。お前の意思など関係無い…フッ。せいぜい俺に尽くしてもらうからな。」
「・・・・・っ。」
「恨むなら自分自身を恨むことだ。ハハハハ・・・・」
「…待って!!」
芙蓉はそう叫んで目を覚ました。息は上がり、汗をかいている。
飛び起きるという表現があるが、今まさにそういう状態にもかかわらず、身体は全く動かない。
・・・どうしよう。あれは夢じゃない。どうしよう・・・・
ガチャッ!
「どうした芙蓉⁉」
芙蓉の叫び声を聞いて扉間が部屋に飛び込んできた。
「・・・・・」
扉間の顔を見て芙蓉の脈が更に速くなる。言葉を発するのが怖い。
「大丈夫か?…無理して話さなくてもいい。まずは落ち着くんだ。」
扉間は跪いて芙蓉の右手を握り、もう片方の手で頭を優しく撫でる。
芙蓉はその感覚と温もりに、ここは夢の中ではなく現実なのだと自分に言い聞かせる。
すると次第に心拍数が収まってゆく。
芙蓉はゆっくりと起き上がろうとした。扉間はその身体を支える。上半身を起こした芙蓉は、無言で扉間の首に腕を回して抱き着いた。扉間も芙蓉の背中に腕を回し、背中をさする。
「扉間・・・さま・・・」
「なんだ?」
芙蓉は扉間の返事にほっとして涙が溢れてきた。
「・・・私が、死ぬ夢を、見ました・・・」
「そうか。それは恐ろしいな。もう大丈夫だ。安心しろ。」
扉間は今になり、芙蓉に尋問を強要してしまったことを強く反省した。
芙蓉は追い詰められた気持になり、そんな夢を見てしまったに違いない。
「悪かった。俺が無理に尋問をして、お前を追い詰めてしまった。」
「・・・・」
尋問は確かに辛かったが、扉間を責める気持ちなど微塵もなかった。
しかし、その尋問でマダラが生きているという記憶を思い出したのだとしたら・・・
そう思ってしまい、芙蓉は扉間の言葉に返事が出来なかった。
それから暫く扉間は芙蓉の傍で静かに寄り添っていたが、芙蓉が落ち着いたのを確認すると、芙蓉を布団の中に戻し、部屋を出て行った。
芙蓉は目を閉じ、扉間の出て行く足音を聞いていた。
そしてその足音が扉間の部屋の中に消えるのを確認すると、急いで布団から出て机の灯りを付け、手鏡で首を確認する。
さっき、巻き付いた(はずであろう)黒い物体はそこには無かった。
・・・もしかして、あれは、ただの夢だったの?
でも確かにあれはマダラさまだったし、私の心の中だって言ってた…
頭痛も、首に巻きつく感覚も確かに現実と同じ感覚だった。
記憶を取り戻してしまった私を、今も生きているマダラさまが口封じで再び連れ去ろうとしているのなら合点がいくし・・・
芙蓉の背中に冷たいものが走る。しかし、今はどうすることも出来ない。
ふらふらと寝台に戻り、布団の中に入る。僅かに残っている布団の温もりが、否応なしに先ほどの出来事を思い出させる。
寝られるはずもない。
そう思っていたが、芙蓉はいつの間にか、何かに導かれるように眠りに落ちていた。