心の中でマダラと再会し、明日をも知れぬ身になってしまった芙蓉。
「こんなことでしか扉間さまに私の想い出を残せないなんて・・・」
そして芙蓉の前にマダラの使者が現れ、芙蓉の秘密とマダラの意思を伝えます。
それを聞き、ついにマダラと対峙することを覚悟する芙蓉。
いっぽう、扉間もまた、覚悟決めます。
※扉間と芙蓉の性描写があります。
「何⁉五体目の尾獣が実体化しかけているだと⁉」
扉間が組んでいた腕を離し、早足で柱間に歩み寄る。
「うむ。人里離れた場所で直ぐに被害が出る恐れは低いが、近日中に回収に向かうぞ。」
木ノ葉の里には現在、四体の尾獣が封印されている。
一体はマダラを倒した時に捕獲した九尾。これはミトを人柱力にして封印している。
残り三体は封印石の中に封印してあるが、こちは人柱力よりも安定性は悪い。いわば仮封印といったところである。
しかし、それには理由があった。
木ノ葉の里が出来て一年が過ぎた頃、水の国、風の国、土の国、雷の国、それらの国にも木ノ葉の里のシステムを取り入れた忍の里が興った。
柱間と扉間はきっと近いうちにそれらの里と協定を結ばなければならない時が必ず来ると考えている。
その時に対等に協定を結ぶ為の材料として、尾獣をそれらの国に分配しようと考えているのだ。勿論、無料(タダ)ではないが。
とにかく、その時の為に木ノ葉の里に残す九尾以外は、人柱力ではなく敢えて簡易的な封印にしてあるのだ。
「扉間。俺が居ない間、里を頼むぞ。」
「言われなくてもだ。兄者も気を付けて行って来いよ。しくじるなよ。」
◆
先日まで満開だったはずの桜は風に吹かれ、哀れに空から剥がれ舞い散ってゆく。
芙蓉はそれを見上げ惜春の想いと共に、苦しくて堪らない胸に両手を当てた。
目を伏せ、藤の買物籠を肩に掛け直し、歩いてゆく。
・・・トン。
家に続く坂道を上り切った所で、誰かにぶつかってしまった。
「も、申し訳ありません!」
「おかえり。って、さっきからずっと名前を呼んでいたんだが…」
ぶつかったのは扉間の胸だった。芙蓉は焦って一歩後ずさる。
「と、扉間さま!すみません…」
「どうした。ぼーっとして。そんな状態で町から歩いて帰って来たんじゃないだろうな。」
「い、いえ・・・」
「事件の事は無理して思い出そうとしなくてもいい。それに、歩きながらはやめろ。危ない。」
俯いていた芙蓉はそっと扉間の顔を見上げた。心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「はい…気を付けます。あっ、すぐに夕食の用意をしますね。せっかく扉間さまが早く帰宅されたんですもの。ゆっくり二人でご飯を食べましょう。ね?」
芙蓉はそう言うと大股で扉間の一歩前に出て振り返ると、扉間に微笑んで見せた。
傾いた陽に照らされながら、風に靡く芙蓉の髪の毛がキラキラと光って美しい。
「・・・他に、何か悩んでいることがあるなら、言えよ。」
そう言われると芙蓉は困ったような笑顔で少し俯き、何かを考える。
「私・・・貴方を独り占めにしたいなんて我儘は言いません。ただ、多くの人から必要とされる貴方を癒せる存在になりたいんです。それには、どうしたらいいかなって・・・」
そして再び扉間を見つめ、少し悲しそうに微笑んだ。
まるで扉間に返事を催促するかのように、芙蓉の後ろから扉間へ向かって花風が吹き抜けた。
「芙蓉…お前は既に、俺を癒してくれるたった一人の存在だ。」
「・・・嬉しい・・・良かった!」
そう言ってニッコリとしたあと、芙蓉は軽い足取りで門を抜け玄関へ歩いて行く。
「扉間さま~早く~!」
玄関の前で芙蓉が手を振ってくる。
・・・今の言葉の意味は?・・・
扉間もフッと笑顔を作って片手を上げ、玄関に向かって歩き出す。
今度は、扉間の後ろから花風が家に向かって吹き抜け、どこからか運ばれてきた桜の花びらが舞い落ちた。
菜の花の白和え、蕗の甘露煮、えんどう豆ご飯、三つ葉と卵豆腐の吸物、そして主菜には扉間の大好物である岩魚の塩焼きが揃い、食卓に並んだ。
芙蓉が扉間の猪口に冷や酒(常温の酒)をゆっくりと注ぐ。
「明日から兄者が戻るまで、火影代行をすることになった。」
「柱間さま、どこかにお出かけなさるのですか?」
「ああ、風の国の国境近くで他族と会談があってな。」
「そうですか。扉間さま、頑張ってくださいね!」
扉間は注がれた猪口の酒を一口飲み、食卓の上に置く。
「いや、むしろあいつが居ない方が楽なくらいだ。兄者なんかの参謀・補佐よりも、俺が決めて自分で命令したほうが物事早いしな。」
「フフフ。じゃあ、この機会に扉間さまが火影を代わって差し上げては?」
「ハハ。まぁそうは言っても、俺はまだ長の器じゃない。兄者のカリスマ性は天性のものだ。今の俺では到底敵わん。…いただきます。」
扉間が菜の花の白和えに手を付ける。それを見て芙蓉が言う。
「またまた御謙遜を。扉間さまだって、柱間さまとは違うカリスマ性ありますよ!例えば、こことか!」
そう言って両手の人差し指と小指を上げ、自分の両頬と顎を指さして見せる。
「刺青のことか?これは後天的なものだがな。って、オイ!違うだろ!」
芙蓉は手に口を当ててアハハハと大笑いし、扉間は苦笑いしながら猪口の酒を飲む。
「岩魚、冷めないうちに食べて下さいね。焼けばまだありますから、たくさん食べて下さい。あ!あとから骨酒も造りましょうね。」
「ああ。」
いつもと変わらない、いや、いつも以上に和やかな夕食だった。
「扉間さま…」
風呂から上がり、卓袱台で夕刊を読んでいた扉間の背中に、芙蓉がそっと寄り添ってきた。
そして、両手を扉間の腹に回して抱き着いた。
「・・・・。」
扉間は暫く固まっていたが、ようやく意味に気が付き、芙蓉を胸に抱き寄せる。
「…今日は、ここでしてくれませんか?」
「えっ、は?」
「駄目、ですか…?」
「いや!駄目じゃない。駄目じゃないが…」
恥ずかしい。
なぜか無性に恥ずかしいのである。だがそんなことは男として、言えない。
「じゃあいつもの様に上の部屋でも…」
「いや!ここでしよう。うん…」
扉間は立ち上がり、居間の照明を消し、卓袱台のある部屋の照明も消そうとした。
「消さないで…灯りを点けたままで、しましょう?」
「はっ、は?いや、でも…いいのか?」
「見て欲しいんです…私のこと、もっとしっかり…。私も、扉間さまのこと、しっかり見たい…」
「・・・・・っ。」
突然大胆になっている芙蓉に扉間は大いに戸惑う。だが、同時に胸が高鳴る。確かに明るい中で芙蓉の裸をじっくり見た事は無い。見てみたい。
扉間は黙って座布団の上に芙蓉の頭を載せ、横たわらせると、自分は上着を脱ぎ、次に芙蓉の服を脱がせ始めた。
緊張する。下着を脱がす時は、若干手が震えていたかもしれない。
・・・ヤバイ。眩しすぎる。なんで今まで一度も明るい中で見なかったんだ・・・
芙蓉の真っ白でしなやかな肢体、美しい形の乳房と桃色の乳首、見事にくびれた腰、濃くも薄くもない陰毛が艶めかしい…
暗がりで見ても美しいが、明るい光の下で見るそれは、まさに神々しかった。
これまで、こんなに美しい女を抱いていたのかと思うと、喉が詰まる感覚になり、思わず唾を飲む。
「扉間さま?…」
芙蓉が固まる扉間を見て不思議そうに名を呼ぶ。
「あ、ああ。すまん。見惚れていた…」
扉間は片手で口を押え、思わず顔を逸らす。顔が熱い。
芙蓉はゆっくり起き上がり、扉間の裸の胸に頬を寄せた。そして指先で扉間の見事な腹筋をなぞってみる。
「扉間さまも、とっても素敵ですよ…」
おのずと二人の唇が重なる。
そして扉間は芙蓉を後ろから抱きかかえると、髪の毛を優しくかき上げ、首筋を舌でなぞった。
「あんっ」
そして、扉間の指が芙蓉の両方の乳首に触れた。
「はぁあんっ・・・」
芙蓉は痺れる快感で閉じていた目を開けると、その指先と自分の乳首を見た。
扉間の大きな手が芙蓉の乳房を包み、長い指先が乳首を弄んでいる。
芙蓉の乳首は野苺の様に赤く膨らみ、どんどん敏感になってゆく。いつも自分の乳首は、扉間の手によってこんな風になっているのかと思うと下腹部がますます熱くなる。
「あんっ・・・ああ・・・はぁはぁはぁ・・・」
芙蓉の甘い声を聞くと扉間は、右手を乳房から離し、芙蓉の顎を掴んで引き寄せ後ろから口づけをした。そして一層激しく乳首を弄ぶ。
「んっんっ・・・!」
塞がれた芙蓉の口から洩れる声が大きくなると、今度は芙蓉の股間に手を遣り、優しく撫でる。芙蓉はもどかしそうに、その腕を掴み、僅かに爪を立てた。しかし扉間はその芙蓉の腕を離し、もう片方の腕と一緒に身体の後ろに回させると、自分の男根を掴ませ、しごかせる。
扉間に両腕を拘束され、身をよじらせている芙蓉の姿を後ろから見下ろすと、扉間はこれまでになく興奮し、拙い芙蓉の指の動きで男根は固くなる。
そして芙蓉を再び仰向けに横たえると、扉間は左手で芙蓉の両手首を掴み芙蓉の頭上で床に押し付けた。
両手を拘束された芙蓉の乳房は呼吸と同時に大きく上下している。そして芙蓉の白い肌とは対照的に、乳首と唇は赤々として鮮やかである。
「扉間さま・・・」
少しだけ怯えたように自分の名を呼ぶ芙蓉の口を唇で塞ぎ、強引にむさぼる。空いている右手で芙蓉の股間を触ると、強く唇を吸うたびにどんどん濡れてゆくのが分かった。
今度は芙蓉の両手を自分の両手で床に押し付け、そして前からいっきに芙蓉の膣に挿入した。
「ああああっ・・・!!」
芙蓉は身体を反らし、快感に顔を歪めた。
扉間が芙蓉の子宮を激しく突き上げると芙蓉の乳房も同時に揺れ、芙蓉は更に身悶える。
喘ぎ声を響かせるその顔は淫らで、とてつもなくいやらしい。
これまで暗がりで見てきていたその顔とは、まったく別の顔に見えた。
・・・ああ、芙蓉の全てを支配してやりたい・・・
「なぁ。なんで今日はここでしたいって思ったんだ?」
行為が終わり、扉間の脇に頭を載せて一緒に寝転んでいる芙蓉に問う。
「『木ノ葉婦人画報』に書いてあったんです。夜の営みで男性を飽きさせない為にはスパイスが必要だって。その一つに、いつもと違う所ですると良いと書いてありました。」
「雑誌情報かよっ!って、あの雑誌そんなこと書いてあんのか?まったく…けしからんな。」
「でも役に立ったでしょう?駄目ですよ、廃刊にしちゃ。ウフフフ」
「・・・・・。」
恥ずかしがって口籠る扉間の横顔を笑顔で見ながらも、芙蓉は心の中で溜息をついた。
明日をも分らぬ身となり、二人で身体を重ねるのは今夜が最後かもしれない。
今の芙蓉には、こんな事でしか扉間との想い出を作ることが出来なかった。それが悲しい。そして思考は思わず絶望へと向かってしいそうになる。
・・・マダラさまの奴隷なるくらいなら、今、扉間さまの胸の中で死んだ方がいい。
でもそれじゃまたマダラさまが里を襲い、柱間さまと扉間さまと闘うことになる。
私一人でなんとかできないの?何か良い方法は・・・
扉間が少し上半身を起こし、自分の上着を拾い上げて芙蓉に掛けた。
「どうした?そんな険しい顔をして…」
「えっ、いえ。次は、どんなスパイスを用意しようかなぁって。ウフフフ…」
「もう、必要ない!・・・」
そう言って扉間は顔を背けるが、明らかに顔はにやけていた。
◆
芙蓉がマダラが生きていることを思い出し、自らの精神の中でマダラと再会してから既に三日が過ぎ、四日目の朝を迎えていた。
『後日、迎えを遣る』
あの時の様に、マダラに雇われた忍が現れるのだろうか…。
いずれにせよ、自分が姿を消せばまた事件になり、里に、扉間に、そしてかつて擁護してくれたうちは一族に迷惑をかけることになる。
そう考えると、自分がマダラの真実を火影である柱間に伝えて絶命することが、最良の策なのではないかと何度も考えてしまう。
しかし、マダラのことだ。
芙蓉が死ぬだけで事が収まるとは到底思えない。
そうなるとやはりマダラの奴隷となり、傍でマダラを里から遠ざけるほうが良いような気もする。
芙蓉はあまりのストレスで食事も殆ど喉を通らず、吐き気がして、腹を下していた。
ただ、不思議と眠る事だけは出来ていた。それはまるで夢の中でマダラに監視されているようであり、朝目覚めた時には息が上がりぐっしょりと寝汗をかいていた。
・・・今日も何事もありませんように。あれは、ただの夢でありますように・・・
芙蓉は雀の囀りを聞きながら、布団の中でもう一度目をつぶってそう祈った。
「どうですか?火影様のお仕事のほうは。」
芙蓉は朝食を食卓の上に並べながら、朝刊に目を通す扉間に向かって尋ねた。
「どうってことはない。むしろいつもより楽なくらいだ。ただ、里の細々とした行事や会合にも顔を出さねばならんのは少々面倒だがな。」
扉間は新聞を閉じ、箸を持っていただきますと言い、味噌汁をすする。
「そうですか…柱間さまはいつ頃帰って来られるのですか?」
「色々揉めているようで、まだ時間がかかるようだ。」
三日前、尾獣捕獲のために風の国との国境付近へ向かった柱間から、昨日連絡がきた。
偶然にも砂隠れの里も同じ尾獣を発見したようで、あちらも捕獲のために動いていたという。
砂隠れ側より先に捕獲するか、それとも協力して捕獲するか、この先を見据えあちらに譲るのか見極めている状況だった。
その為、柱間の帰還はまだ先になりそうだった。
「大変ですね・・・うまくいくと良いですね!」
芙蓉も箸を持つ。しかし食欲がわかないため、何から手を付けようか一瞬迷う。しかし扉間に異変を察しられてはならないと、急いで芙蓉も味噌汁をすすった。
「あ、ごめんなさい。今日はちょっとお出汁が足りなかったですね。」
「いや、気にならない。大丈夫だ。」
そう言って扉間は芙蓉に口角を上げて見せる。その表情に、思わず胸が詰まり、芙蓉は俯いてしまった。
「落ち込むなよ。これも美味いぞ?弘法にも筆の誤り。たまにはそういう事もあるだろ。」
・・・これが最後の料理だったら・・・
「…今晩のお味噌汁は、気を付けますね。」
芙蓉はなんとか涙が込み上げるのを抑え込み、大きな笑顔を作って言った。
「すまん。今日の夜は会食があるから夕食は要らない。」
「そうですか…分りました。」
「たまには樹と外に飯を食いに行ったらどうだ?今日は確か午後から休みのはずだぞ。後で伝えておいてやろうか?」
「あ、ありがとうございます!樹ちゃんの予定、空いているといいなぁ。」
樹と二人で楽しく食事をする風景を思い浮かべると心が躍るが、自分がその予定を行えるのか不安になる。
再び心が曇りそうになるが、芙蓉は強制的にその思考回路を遮断した。
◆
四月中旬。幾分日が長くなり、十八時でもまだ辺りはほの明るい。
繁華街は多くの人で賑わい店先の灯りが眩しく光っている。
「芙蓉―っ!お待たせ~!」
樹が手を振りながら、こちらに向かって走って来る。
この瞬間をこの日、芙蓉はどれほど待ちわびていただろうか。
「ううん。全然待ってないよ。急に誘ってごめんね。来てくれてありがとう!」
「何言ってんの!芙蓉と二人で外食なんて久しぶりだし、超嬉しいよ!こっちこそありがと!」
二人は手を繋ぐと、扉間が予約を入れてくれた店に向かって歩き始めた。
「でもさぁ、扉間のやつ予約まで入れるなんて、本当に芙蓉のことが心配なんだね。」
「え?そうかな?そうかもしれないけど、気を遣ってくれただけだと思うよ?お勘定も全部後で払ってくれるみたいだし。」
「マジで⁉よっしゃー!いっぱい食べて飲むぞぉ。ねっ?芙蓉!」
「もう、樹ちゃんったら…フフフッ。」
店は、入り口からはそれとはすぐに判らない、隠れ家的な料亭だった。
二人は想定外の店に少々緊張しながら、女将に案内され個室に通された。
「お料理は扉間さまから季節の懐石をご予約頂いております。お飲み物は、そちらのほうからお好きなものをお選びくださいね。」
女将はそう言うと静かに襖を閉めて出て行った。
「な、なんかちょっと緊張するね。いくらなんでも良いお店過ぎでしょーよ…これ。任務服で行くなって言ってたのはこういう事だったのか。」
樹が正座したまま部屋を見渡す。床の間には、いかにも高級そうな陶器や掛け軸、豪華な生け花が飾ってある。
「そうだね…なんだか申し訳ない気がするね…」
二人が思わず無言になって居ると、さっそく料理が運ばれてきた。最初は緊張していたものの、二人は目にも美しい料理の味に自然と笑顔になっていく。
「…美味しい!」
コゴミとウドの黄身和えを口にして、芙蓉が顔をほころばせる。
樹と二人でおしゃべりをし、日頃と違う場所と料理に、自然と食が進んだ。
「芙蓉の料理も綺麗で美味しいけど、たまにはこういう場所で食べるのもいいよね!・・・あっ、そうそうあのさ、明後日私休みなんだけど二人で遊びに出かけない?芙蓉も私塾休みでしょ?」
「えっ…うん。行きたいけど、でも、まだ予定が判らないし…」
「もう扉間からの許可は貰ってるよ!芙蓉を誘うのにいちいちあいつの許可を得ないといけないってのは癪だけどっ。」
もちろん芙蓉も樹と一緒に遊びに行きたい。
しかし、居間の芙蓉に自分の明後日のことなど、分らない。
「千手領地の女学校跡に行ってみない?あそこ、今は資料館になってるみたいだよ。」
「う、うん…いいよ。行こう!女学校かぁ。懐かしいね…」
芙蓉は断る理由を説明できるはずも無く、樹のガッカリした顔を見たくない気持ちでつい、約束をしてしまった。
そんな芙蓉の気持ちに気付くはずもない樹は、嬉しそうに当日の予定をつらつらと話し続けている。芙蓉は樹の本当に嬉しそうな顔を見ながら、心が痛んだ。
帰りは樹が家まで送ってくれた。笑顔で手を振りその場から風のように立ち去った樹に向かって、芙蓉は力なく手を振り続けた。
そしてようやく、いつもよりも重く感じられる玄関の扉を開けた。
「おかえり。」
扉間が先に帰宅しており、玄関の前に立っていた。
「扉間さま、お早かったのですね。って、すみません!私が遅いんですよね。もう十時前だし!申し訳ありません…」
「気にするな。樹と二人でゆっくりできたのなら良かった。こっちは思ったよりも早く終わったからな。」
芙蓉は家に入り、二階の自室で着替えてから居間に下りてきて、扉間の前に座る。
「あんなに素敵なお店を用意して戴いて本当にありがとうございました。お料理も凄く美味しかったし、二人でゆっくり話ができました。」
「それは、良かった。」
扉間はそう言うと書類を書く手を止め、両肘を食卓につくと手をこまねいて何かを考えている。
そして意を決したかのように言う。
「…ところで、明日は早く仕事が終えられそうなのだが、十六時に顔岩展望所まで来てくれないか?私塾の授業には間に合うようにする。」
「あ、は、はい・・・。展望所に、何かあるのですか?」
「見せたいものがある。行くまで秘密だ。」
「そう、なんですね・・・。分りました。」
「あ!一人で、来いよ。」
「はい・・・。」
明日も知れぬ身・・・明日をも知れぬ命。
どうしてこういう時に限って次から次へと「約束」が現れるのだろうか。
いや違う。
こういう時だからこそ約束の数を多く感じ、小さな約束ですら重く感じるのだ。
多くの者が盲目的に明日は必ず来るものだと思っているし、それを誰も疑わない。
数日先、数カ月先の約束も平気でする。しかし、明日がどうなるかなど誰にとっても平等に、どうなるか分らない事もまた、事実である。
そういう意味では、今の芙蓉が特別なわけでは無いのかもしれない。
しかし芙蓉は不確かな明日に怯えていた。
・・・お願い。何も起きないで。ただの夢で終わって!・・・
芙蓉は、もう、ただ祈ることしか出来なかった。
◆
日付が変わる少し前、芙蓉は布団に入った。
「ねぇ・・・」
芙蓉がまどろみ始めた時だった。誰かの声が聞こえた気がして意識が戻る。
耳を澄ますが、何も聞こえない。気のせいだったようだ。再び目を閉じた。
「ねぇ・・・僕の声、聞こえてるよね?」
「・・・⁉」
「シッ!・・・静かにして。声出しちゃダメだよ。僕はいま君の首に巻き付いてる。名前はゼツ。よろしくね。」
声を出すなと言われて黙っているのか、それとも恐怖のあまり声が出ないのか。
芙蓉の身体は固まり鼓動が速くなる。
「怖がらないで。何もしないから・・・君に、お願いがあるんだ。」
「・・・?」
「君がマダラにかけてるアレ、解いて欲しいんだよ。」
「・・・??」
「傾国の術、だよ。」
「・・・??」
「マダラと初めて性交渉した時、マダラを縛る術をかけたでしょ?」
『・・・な、何のことを言っているの?傾国の術?そんなの知らない!それにこのゼツって何者なの⁉気持ち悪い!』
芙蓉が心の中で叫んだ。
「なんだ、君、傾国の術を知らなでマダラにかけたの?ああそっか、母親が早くに死んで教えて貰ってないんだね。…じゃあ僕が教えてあげる。君たち橘一族の女だけが使える術で、性交渉で男を洗脳できるんだ。しかも処女の洗脳パワーは半端ない。君にとってマダラは初めての男だったでしょ?」
『そ、そうだけど・・・洗脳なんてしてない!』
「一生マダラと二人で暮らせるようにって、マダラの目を見て強く想わなかった?」
「・・・・!!」
「それそれ。だからマダラは今でも君のこと、躍起になって取り戻そうとしてるんだよ。以前君がマダラを拒んだ時、君が命を賭したせいで無意識に引き下がちゃったみたいだけど、今回ばかりは無理そうだ。・・・でも、それじゃ困るんだよ。」
『困る・・・?』
「うん。僕はマダラの意識から生まれた存在なんだ。つまりマダラの心の一部ってわけ。だからマダラの本心を知ってる。…マダラは、君から解放されたがってる。」
「・・・・・・」
「マダラが、“先の夢”に盲目に突き進んでいるのは、君が原因でもあるんだよ?君と幸せな世界で暮らすという夢を実現する為、もう手段なんて関係無くなってる。完全に暴走しちゃってるよ。君にも、マダラを止める責任があるんじゃないのかな?」
『そんな・・・マダラさま!・・・その術を解くにはどうすればいいの?』
「簡単だよ。性的な接触をしながら、マダラの目をしっかり見て『お前を開放する』って強く想えばいいだけ。簡単でしょ?」
『本当に、それだけでいいの?性的な接触って、具体的には?』
「出来れば性交渉。それが出来ないならせめて口づけして。」
『・・・⁉・・・やっぱり突然現れて姿も見えないあなたの言うことなんて信用できないわ!私を騙して何かを企んでいるのかもしれないじゃない!』
「うーん。そんな事ないけど、まぁ確かにね。僕は一応伝えるべき事は伝えたから、あとは君の判断に任せるよ。せいぜい君以外の、誰かが殺されないよう気を付けてね。じゃあ。」
「ちょっと待って!!」
芙蓉は声を出して叫んでしまった。
しかし、もうゼツからの返事は無かった。
そして間もなく、扉間が部屋に飛び込んできた。
「どうした⁉」
「・・・す、すみません。また、夢を見てしまって・・・でも大丈夫です!大丈夫ですから!」
扉間の顔を見ず、両手を前に出して必死に誤魔化そうとしている芙蓉に、扉間は静かに歩み寄り、寝台に腰かける。
「無理をするなと言っているだろ…辛い時は辛いと言え。」
「・・・・・。」
言えるものなら全て言ってしまいたい。
しかし言えない事が更に、増えてしまった。
自分自身のおぞましい秘密まで知ってしまったのだ。
芙蓉は必死に淀んだ心の中に、扉間へ返す言葉を探した。
「今夜は一緒に寝よう。ほら、そっちに寄れ。」
芙蓉は言われるがまま布団の端に寄り、扉間と並んで寝台に横になる。扉間は芙蓉の手をそっと握った。
「何かあったら起こせ。いいな?」
「・・・はい。分りました・・・」
芙蓉はかすれた小さな声で答えるが、まだ扉間の顔を直視できない。見てしまえば、後ろめたさと自己嫌悪、そして不安と恐怖で泣き叫んでしまいそうだった。
そっと目を閉じる。
扉間の温もりで自然と心が解けてゆく。そしてまた、まどろみが訪れる。
この四日間、四六時中辛いのにもかかわらず、不思議と夜は眠れていた。
眠り。それはいまの芙蓉にとって何よりの救いだった。
芙蓉の苦悩とは関係無く、陽は昇り、時は過ぎてゆく。
いつもの事を、いつもの様に、何事も無かった様にこなさなければならない。
窓から朝暘が差し込み、囀り飛び去る数羽の鳥の影がその光を横切って行った。
「じゃあ。十六時に顔岩展望所でな。気を付けて来いよ。」
「はい。何を見せて貰えるのか楽しみにしてますね。いってらっしゃいませ。」
玄関でいつものように、芙蓉は扉間を笑顔で見送った。
「ハァ――――・・・・」
扉間の姿が消えると、芙蓉は糸が切れたかのように大きな溜息を吐いてうずくまる。
ここからが、芙蓉の現実の始まりだった。
『君にも、マダラを止める責任があるんじゃないのかな』
堰き止めておいたはずの、昨夜の出来事が流れ出す。
心拍数が早くなり、吐き気がしてくる。
しかし、弱音を吐いている場合でも、泣いている場合でも無い。
幻であってほしいと願っていた事は、やはり、残念ながら紛れもない現実のようだ。
いつかは分らない。
だが、マダラと対峙しなければならない時は必ず来る。
・・・ゼツが言っていた事が本当かどうか分からない。
でもこれで夢ではなかった事がはっきりした。
ならば、私が必ずマダラさまを止めてみせる・・・
ゆっくりと立ち上がり、目の前を強く見据える。
芙蓉はこの時、覚悟を決めた。
◆
桜はすっかり葉桜となり、山々の新緑は色濃さを増し、その中に混じる紫色の山ツツジとのコントラストが鮮やかで美しい。
芙蓉はこの日、何度時計の針を見つめたか分らなかった。
緊張と焦りを抑えながらなんとか家事と買物、そして塾の授業の準備を終え、今、顔岩展望所に向かう階段を一歩一歩、踏みしめて上っている。
しかし、扉間の顔をこの眼で見るまでは気を抜くことは出来ない。
祈る気持ちで最後の一段を上りきると、そこには既に扉間が居た。
思わず、胸に込み上げるもので涙が出そうになる。
扉間と目が合うかどうかの瞬間に駆け出した。
ガシッ。
「どうした。無理に走ってくることはないのに。」
芙蓉は扉間の腕の中にしっかりと納まり、扉間を抱き締めた。
「・・・良かった。」
「?」
芙蓉は思わず心を口にしていた。焦って扉間から身体を離す。
「い、いえ。間に合って良かったって…あ、でもお待たせしてすみません。」
「いや。俺のほうが早く来ていただけだから…別に。」
芙蓉はいま自分がどんな顔をしているか不安になり急いで扉間から離れ、里の風景に歩み寄り、見渡しながら言う。
「ここに来るのは、確か、私の誕生日以来・・・かな。」
「覚えているのか?」
「ええ。ちゃんと!扉間さまが摘んできてくれた桔梗をくれたことも…ウフフ。」
「そ、そうか・・・」
扉間が芙蓉の隣りに来て、里の風景では無く、芙蓉を見つめている。
「芙蓉。」
「はい?」
芙蓉は返事して扉間と向かい合う。これから何を見せてもらえるのだろうか。
すると、扉間は芙蓉の左手をそっと取り、芙蓉の顔を真っすぐ見つめながらゆっくり跪いた。
芙蓉は何が起きているのか分らず唖然としている。
扉間はポケットから何かを取り出した。
そしてそれを芙蓉の左薬指にはめようとしている。
芙蓉の指の付け根に届くと、キラリと光った。
「芙蓉。俺と、結婚してくれ。」
「・・・・・」
・・・嘘。なぜ、今なの・・・
ずっと沈黙したままの芙蓉に、扉間が耐えきれず俯く。
「・・・駄目ならそう、言ってくれ。」
「ち、違います!嬉しいです!凄く、凄く、嬉しい・・・」
慌てて芙蓉はしゃがみ、跪いている扉間の顔を覗き込む。
「扉間さま・・・ありがとう。」
扉間は顔を上げ、芙蓉の顔を見る。返事は…?
「結婚、喜んでお受けします。」
「うん・・・。」
扉間の目が潤んでいく。扉間は焦って目をつぶり大きく息を吸うと、芙蓉の両手を持って一緒に立ち上がらせる。
「それが気に入らないなら言ってくれ。新しいのを用意する。」
芙蓉は改めて、指にはめられたそれを見る。
それは、あの夏、扉間が買ってくれた白金の野バラの指輪だった。
「・・・いいえ。これがいいです。また、これを私に贈ってくれて、凄く嬉しい。これから一生大切にしますね!扉間さま・・・。」
そう言って自分に向かって微笑む芙蓉の顔は、言葉に反してどこか悲しげにも見える。
扉間はその表情が気になり少しだけ心がチクリと痛んだ。
ところがその瞬間、芙蓉の顔が近づき、二人の唇が触れあった。しかし芙蓉はつま先で精一杯背伸びをしていたため、唇はすぐに離れてしまった。
それでも芙蓉は満面の笑顔で扉間を見上げている。
その笑顔に一切の愁いは無かった。
扉間は芙蓉を抱き締めた。
きつく、しかしとても優しく、大切なものを壊れないよう、しっかり守るように。
「芙蓉。ありがとう。」
「こちらこそ・・・ありがとう。」
暫く黙って抱き合ったあと、二人はゆっくり身体を離すと、再び並んで里の風景を見渡した。
芙蓉は扉間に話しかけようと扉間の横顔を見上げた時、扉間越しに、後ろに在る柱間の顔岩が目に入ってきた。
「・・・扉間さま。いま、私たち、三人で一緒に里を見てる・・・」
その言葉に扉間は芙蓉の顔を見て、そして右後ろの柱間の顔岩に目を遣る。
「・・・そうだな。三人で同じ方向を、同じ景色を見てるな。」
芙蓉は扉間が自分に見せたかったものは、指輪だけではなく、この景色だったのだと思った。
そして三人は再び、ほんのり黄色い光に包まれ今日も平和で穏やかな木ノ葉の里を、見つめた。