※この作品はR-18です。

罪の向こう、愛の絆   作:千野 伊織

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今回(3)主な登場人物は、柱間、扉間、仏間、そしてオリジナルキャラクター:芙蓉の友だち・千手樹(いつき)です。

芙蓉は15歳になり女学校へ通い始めました。
女学校で樹と出逢い、芙蓉にとって初めての友になります。
しかし樹は芙蓉を違った目で見ていて・・・
成長した芙蓉に対し、柱間と扉間も次第に恋心をもつようになります。
ある日、芙蓉と樹は仏間に黙って芙蓉の伯母に会いに行くことになって・・・
芙蓉はこれまで大人や周りの言いなりに生きてきた人生と向き合います。


(3)これからどう生きるかを考えるということ~芙蓉の場合

見上げれば桜がちらほらと咲き始めており、遠くの畑からは菜の花の甘酸っぱい香りが漂ってくる。

家の門から外へ出るのは、どれくらいぶりだろうか。

芙蓉は思いっきり深呼吸をして、地面を一歩一歩しっかりと踏みしめながらゆっくりと歩く。空も家の庭から見るものとは比べ物にならないほど、広い。

外の世界はこんなにも広く美しいものだっただろうか。

「ふふ。キョロキョロする癖は、変わっていないのね。」

芙蓉の隣で椿が笑った。

「だって、本当に久しぶりだもの…」

「そうね…私も本当に仏間さまがこんなに長く、あなたを外に出さないなんて思わなかったわ。でももう、こんな歳になったのね…」

椿が目を細めて、自分よりも背が高くなっている芙蓉を眺める。

 

芙蓉は十五歳になり、女学校へ行くことになった。

その学校は三年間の課程で、良家や豪商の娘のための高等教育と花嫁修業、そしてくノ一のスパイ任務ための教育を行っている。千手一族の加護もあり、この学校に在籍することで女子の価値が高まることから、遠方からわざわざこの学校で学ぶためにやって来る女子もいるほどだった。

 

「おー!袴がよく似合ってるな!芙蓉!」

正面から大声で手を振りながら、柱間がやってきた。その声に数人の通行人が振り返る。

恥ずかしくなった芙蓉は、さっと椿の後ろに隠れた。

「ちょっと、柱間さま…声が大きすぎます!」

椿が柱間に文句を言った。てへへと苦笑して、柱間は芙蓉に歩み寄る。

芙蓉は萌黄色の合せ襟の上着に、濃紺の袴、僅かにふくらはぎが見える足には編み上げの革靴を履き、手には学校鞄を持っている。幼少の頃よりも少しばかり黒さを増した髪は腰まで長く伸び毛先はくせ毛で緩く巻いており、サイドアップにして飾り紐を付けている。

「こんなことで恥ずかしがってたら、友達なんてできんぞ!」

「柱間さま、そういう問題ではありません。芙蓉さんが目立ってしまっては困るのです。お解りでしょ?」

「うーむ。確かに分らんでもないが、芙蓉が町を歩く時点で目立つのは避けられんだろう。これだけ美しいのだから、すぐに評判になるだろうし。大丈夫!任務の時以外は俺が送り迎えするのだし、心配はいらぬぞ!」

柱間は大きくアハハと笑い飛ばした。椿は呆れたような顔をし、芙蓉も困った顔で俯いた。

「そうだ、学校まで背負って送ってやろうか!」

「ありがとうございます。でも、今日は歩いて行きたいので…」

「兄者、うるさいし、うざい。」

後ろから、腕を組んで扉間が歩いてきた。

「おお!扉間ではないか!う、うざいとはなんぞ…まぁじゃあ、四人で歩いて行こうぞ!」

「・・・」

椿は、これでは目立つために歩いているようなものでは無いかと、ツッコみながら仕方なく歩き始めた。

 

柱間は『木遁の術』を発明し、次の千手族の長として誰もが期待する、強い忍となっていた。扉間も柱間に並ぶ実力者になっており、その二人が並んで歩けば只でさえ目立ってしまう。

 

「学校かー。俺たちは行ってないからどんな場所かよく分らんが、同じ目標をもった同士が同じ場所で共に学ぶとは、素晴らしいな!」

「忍にも専用の学校を作る案、あれなかなか通らないな。年寄たちは相変わらず馬鹿だ。」

柱間と扉間が二人並んで前を歩き、後ろを椿と芙蓉が並んで歩いている。

「誰が馬鹿だと?」

今度は正面から仏間が現れた。これではまるでRPGである。

扉間がゲッっという顔をして横を向く。

「父上!もしかして、父上も芙蓉の入学式に参加するのか?」

扉間が嘘だろ?という顔をする。

「保護者だからな。」

仏間は表情も変えず普通に答えた。

「…至極まっとうな理由だな。」

「では五人で歩いて行こうぞ!」

椿はうな垂れた。あまり目立つなと言った本人まで登場して、五人で歩いて登校するなんて…芙蓉の今後の学校生活に支障が出ないか心配になる。芙蓉はそんなことは想像もできないのか、五人揃って歩けることをとても喜んでいる。椿はその様子を見て、これからの未来のために何が大切なのか考えると、これでいいのかも、と苦笑した。

 

◆

「ねぇ芙蓉さん、これ図書室に戻しておいて下さる?」

三人の生徒が、ドンっと辞書や本の山を芙蓉の机の上に載せる。

「ええ、いいですよ。」

そう言って芙蓉は微笑み、立ち上がってその本の山の一つを持ち上げようとした。

その時、一人の生徒がやってきてその本の山を上から抑えた。

「ねぇ!なんでアンタ達の借りた本を、芙蓉ちゃんが返さなきゃならないわけ?昨日も、その前も返させてたでしょ。自分で返してきな!」

「あら、樹さん。芙蓉さんが引き受けてくれてるんだから、いいじゃない。ねぇ?」

他の二人の生徒が頷く。樹がそれを無視して芙蓉に向かって言う。

「芙蓉ちゃんも芙蓉ちゃんだよ!嫌なことはちゃんと断らなきゃ、ダメ!」

芙蓉はポカンとして樹を見つめた。

・・・もしかして、助けてくれてる?・・・

「いいわ。今日は私と芙蓉ちゃんがこの本を返してあげる。ついでに、アンタ達が毎日こんなに沢山本を借りまくって次の日には返すを繰り返し、熱心に勉強してること、図書委員長と先生にちゃんと伝えておくから。」

それを聞いて三人の生徒は顔を見合わせた。

「…わ、分ったわよ!自分で返すからいいわ。行きましょ!」

三人組は急いで本を持って教室を出て行ったが、廊下で大きな声で喋りだした。

「あーあ、これだからくノ一って嫌よね。下品で!」

それを聞いて、樹はアハハハと大きく笑った。そして芙蓉を見て舌を出して言った。

「エヘヘ。ごめんね。下品で。」

「…樹さんは下品なんかじゃないと思います。とっても素敵ですよ。」

芙蓉はニッコリと笑顔で返した。そうして二人で笑い合った。

「ねぇ、敬語なんて使うのやめなよ。私たち同級生なんだしさ。」

「え?ハイ…あ、う、うん…。ありがとう。」

それから芙蓉と樹は毎日話すようになり、樹は芙蓉の初めての友達になった。

樹は名門くノ一家の娘だった。背が高く、髪は金色で青い目の美人だが、どこか男性的な涼しげな顔をしている。体育の時間では同じくノ一の女子たちと活躍し、黄色い声援を受けるほど女子たちの人気者だった。

 

「ねぇ。芙蓉、今日一緒に帰ろうよ?途中まででもさ。」

「あ、ご、ごめんね…その…帰りは、家の人が迎えに来るから。」

「もちろん。知ってる。で、私も、一緒に帰ってもいい?」

芙蓉が千手仏間の家で暮らし、柱間と扉間の二人の許嫁という事を学校で知らない者は居なかった。勿論それは、入学式に仏間・柱間・扉間が揃って出席して大騒ぎになったことが原因である。樹も千手一族なのだが、芙蓉の存在はごく一部の者にしか知らされていなかった為、入学式で芙蓉のことを始めて知りずっと気になっていたのだ。

・・・あの柱間様と扉間様の許嫁って、一体どんな子だろう・・・

「どうかな…今日は柱間さまが来てくれるはずだから、大丈夫だと思うんだけど…ごめん、ちょっと分からない。でも…私も樹ちゃんと一緒に帰りたいな…」

「でしょ⁈よし!こうなったら直談判ね!!」

芙蓉はドキドキしながら樹と一緒に校門へ向かう。柱間さまなら許してくれるはず…

「おお!芙蓉、ご苦労だったな!帰るか。」

毎度のこととはいえ、校門を通る生徒や生徒を迎えに来た関係者たちは柱間を見てざわついている。そんなことはお構いなしに、いつものようにこちらに大きく手を振っている。

「…柱間さま。あの、こちらお友達の、千手樹さんです。」

「千手?おお!くノ一か!この学校で学ぶとは優秀なのだな。ていうか、芙蓉の友達⁈そうか、そうか~良かったな!いいに決まってるぞ!さぁ一緒に帰ろうぞ!」

「はじめまして。千手樹です。芙蓉さんにはいつも仲良くして頂いております。ご一緒に帰らせて頂けて、嬉しいです。」

そう言って樹は柱間のことをじっと見つめた。柱間はその視線の強さに違和感を覚えつつ、あまり気には留めずに三人で歩きだした。

柱間の斜め後ろを、芙蓉と樹が並んで歩く。道行く人が柱間に会釈をしたり、声をかけてきたりする。そのたびに柱間は明るく対応している。芙蓉はその様子を優しい眼差しで見ている。樹はそんな芙蓉の横顔と、柱間の様子を交互に見ていた。

…二人並んだ感じは、なんだか不釣り合いな感じね…

「芙蓉、こんな美人の友達ができて本当に良かったなぁ!俺は、芙蓉に友達ができるって信じてたぞ!よ~し、これで扉間との賭けには勝ったぞ!!」

…はぁ⁈賭け⁉許嫁に友達ができるかを弟と賭けるって、なにそれ!

しかもそれを芙蓉本人と私の前で言うなんで、どれだけ無神経なの⁈…

樹は早足になって柱間の前に出る。

「お言葉ですが、柱間様。芙蓉さんは学校で人気者ですよ。優しいし美人だし、友達になりたくても“私なんて相手にされない”って近づけない子もいるくらいです。友達ができないほうが不思議です!私、芙蓉さんの友達になれて誇らしいですわ。」

先ほど感じた強い視線が、更に強くなっている。瞳の奥に怒りの炎が見える。

「おお、そうなのか!そういう意味ではなかったのだが…」

…そういう意味じゃなかったら、いったいどういう意味だったのよ⁉

どんなに強くても、こんな無神経で、毎日一緒に居るのに芙蓉の価値が分からないような、馬鹿っぽい男が、芙蓉の許嫁だなんて…私は認めない!!…

樹は更に強い視線を柱間に送った。

「い、樹ちゃん、ありがとう…柱間さまも賭け事なんてやめてくださいね。」

芙蓉は樹を庇うように樹と柱間の間に入る。だが樹は背が高く、更に背の高い柱間とは芙蓉の頭越しにばっちり目が合っている。

「…ま、何はともあれ、芙蓉にこんなに優しい友達ができて、良かった良かった!」

柱間はワハハハと笑って見せ、再び樹の目を見た。

・・・この娘、俺に嫉妬しているのだな。悪いが、芙蓉は渡せないぞ・・・

そう心の中で呟き、樹にニヤリとして見せた。

樹には、その不敵な笑みがどんなことを伝えたいのか、すぐに分った。

「ご、ごめんなさい…私、つい熱くなっちゃって。」

…今日のところは様子見よ…柱間。芙蓉の為に引き下がっていてあげるわ…

「いやいや、俺の許嫁に、良い友達ができて、心から嬉しいぞ!ありがとう。」

そう言って樹の横を通って柱間は再び歩き出した。その背中を樹が思いっきり睨む。

「樹ちゃん…ありがとうね。嬉しかったよ。」

樹の様子に気づかない芙蓉が、樹の手を笑顔で握ってきた。樹はその手を見つめて、柱間には絶対に負けないと誓った。芙蓉はそのまま樹と手を繋いで柱間の後ろを歩きだした。

 

「いやぁ~扉間。ライバル現る、だぞ!」

「は?兄者にライバル?マダラ以外に?いったい誰だ。」

「俺たちに、だ。」

そう言って柱間は、忍具の手入れをしている扉間の肩をポンポンと叩いた。その表情が嬉しそうな表情だったため、どうやら敵ではなさそうだ。

・・・なら・・・ああ、そうか・・・

「…俺たち、じゃないだろ。」

そう言って立ち上がる扉間を、柱間は見上げた。

「なぁ、お前は芙蓉のこと、好きじゃないのか?」

「好きじゃない…昔から言ってるだろ。金で買ってきた物には興味ないって。」

「お前はまたそういう言い方をして…なぜもっと芙蓉に優しくできないんだよ。」

「フン。そもそも家に来た時から兄者と結婚することは決まってた様なもんだろが。」

「そんなことないぞ。選ぶのは芙蓉だ。」

「…うるさい。俺は芙蓉のことなんて、好きじゃない。」

「そっか。じゃあ、俺とそのライバルとの一騎打ちだな!」

柱間は、扉間が本当は芙蓉のことが好きだということに、ずっと前から気づいていた。

そして扉間が昔から自分の気持ちに素直になれないことを気にかけていた。芙蓉のことは愛しているが、弟とは正々堂々、恋愛の勝負をしたかった。

扉間は黙って忍具を棚に収納し始めた。その背中に向かって柱間が言う。

「俺が二十歳でお前が十九か…もう立派な大人ぞ。だが大人になると、なかなか素直でいられなくなる。後悔、しないようにな。」

「・・・・・。」

「あ、そうそう。芙蓉に友達ができたぞ!賭けは俺の勝ちだな!今日、芙蓉とその子と三人で途中まで帰ってきた。良い子だぞ。お前が迎えに行く日も一緒に帰ってやれ。」

「・・・ああ。」

柱間は、扉間が樹に刺激されて少しは素直になってくれることを期待した。

 

「ねぇ。今日も柱間様がお迎えに来るの?」

「ううん。今日は扉間さまだよ…」

「そうなんだ!今日、一緒に帰ってもいい?」

「え?扉間さまと⁉…う、うん…。お願いしてみる…。」

樹は先日柱間と一緒に帰ってから、それ以降何度か柱間の迎えの時は一緒に帰るようになった。基本的に、大半が楽しい会話なのだが、たまに樹は、やけに柱間に対抗したり反抗的な言動をとるので芙蓉はその度に冷や冷やした。

あんな態度を扉間にもとったら、樹はどうなってしまうだろうか。

芙蓉はやはり一緒に帰るのは無理だと言おうとしたが、理由が見つからない。

扉間は怖い人なので無理…そんなことは言えない。そうこうしているうちに、気づけは三人一緒に校門の前に立っていた。

「あ、あの…扉間さま。こちら、お友達の…」

「知っている。千手樹だな。帰るぞ。」

「「え?」」

芙蓉と樹は顔を見合わせて驚き、先に歩き出していた扉間を急いで追いかける。

「あの。はじめまして。ご存知頂いているなんて、光栄です。」

「千手一族のくノ一の数は少ないからな。なかなか才能があるそうじゃないか。」

「いいえ。とんでもない…私なんてまだまだです。」

「樹ちゃん、やっぱり忍としても凄いんだね!カッコいい。」

芙蓉が嬉しそうに言う樹言への葉遣いを聞いて、扉間は驚いた。

・・・芙蓉が椿以外にタメ口使ってるの初めて聞いた・・・

「あ、ありがと。でもホント、まだまだ大したことないんだよ。扉間様には遠く及ばないし。」

「そう簡単に及ばれても困る。」

それを聞いて、フフッ、あはははと芙蓉と樹が顔を見合わせて楽しそうに笑った。

・・・ウケるつもりで言ったんじゃない・・・

「あの、扉間様。樹ちゃんは学校でもとても優秀なんですよ。勉強も運動も成績は素晴らしいし、皆からもとっても人気があるんです。」

「そうか。それに胡坐をかかず精進しろよ。」

「はい。」

…なんか、噂通りのクールっぷりね。でも私のことも知ってるし、冗談も言えるし、柱間よりはマシかもしれない。でもルックスがワイルド過ぎなんだよね。

芙蓉との見た目全く釣り合ってない。これじゃ不良とお嬢様の組合せじゃん!…

「芙蓉さんだって凄いですよ。文武両道ですし。特に、あんなに剣術が上手いなんて…そこいらの忍なら、簡単にやっつけちゃいそうですよ。」

「芙蓉は七歳の時から仏間直伝で剣術を習っているからな。まぁ、当然だろう。」

…淡白な反応だなぁ…

「そ、それに何より学校一の美人だし!こんな人が許嫁の扉間様が羨ましいですわ!」

「芙蓉、そういえばお前、真剣で剣術は習ったのか?」

…む、無視⁉て、照れているのかもしれない…

そう思って少し前を歩く扉間の顔をうかがおうとするが、表情まで分からない。

「いいえ。仏間さまから真剣の稽古は必要ないと言われましたので。」

「当然だな。忍でもないお前に真剣は危険すぎる。」

「扉間様、芙蓉さんを気遣っていらっしゃるんですね。お優しいわ!」

「お前だって忍ではない女が真剣で剣術をしたら止めるだろう。それが友なら尚更だ。」

「あ、はい…そうです、よね…」

そんな会話をしているうちに、樹は芙蓉と別れる場所に着いてしまった。樹はなんだかモヤモヤしながら思った。

…扉間様って芙蓉の事いったいどう思ているんだろう?…

 

樹と別れ、芙蓉は扉間と二人で歩きだした。

扉間と一緒に居るとつい緊張してしまう。疎まれていると解ってはいるが、できれば扉間とも仲良くしたい。何か話さないと…何か…何か…

「あ、あの。ダメなら結構なのですが、帰ったら剣術の稽古を付けて頂けませんか?」

芙蓉から思いもよらぬ事を突然言われ、扉間は思わず立ち止まり、芙蓉の方を見た。

芙蓉はいつものように少し困ったような笑顔でこちらを見ている。

「俺で、いいのか?…兄者に付けてもらえばいいだろ。」

「扉間さまにお願いしたいのです。ダメですか?」

『扉間さまにお願いしたい』…扉間はその言葉がとても嬉しく、自分の口角が上がるのを見せまいと俯いて、先に歩き出した。

「俺は手加減しないからな。」

「はい!」

 

家に着くと、二人は術着に着替え、木刀を持って庭に出た。少し風が出てきた。

「お願いします。」

「来い。」

芙蓉は真剣な表情で自分の剣先と扉間の剣先、そして扉間の顔を見る。

・・・こいつ、こんな顔もするのか・・・

思わず目の前の芙蓉の顔に、家に来たばかりの頃の幼い芙蓉の顔が重なる。来た時より、ずっと、美しくなっている。

芙蓉が無駄な音も立てずに木刀を振り降ろした。

カン!カン!キシィ・・・

打ち合いが始まり、乾いた木の音が鳴り響く。

芙蓉が立ちまわった瞬間、後ろに束ねた亜麻色の長い髪が一緒に揺れる。白いうなじが見えた。視線が行く。それをごまかすように、扉間は芙蓉に叫ぶ。

「そんなに逃げ回っているだけでは稽古にもならんし、俺には勝てんぞ。」

「・・・・。」

扉間が芙蓉の頭上に木刀を振り下ろそうとした瞬間、芙蓉はすっと腰を落とし、扉間の腹めがけて木刀を突きだした。

剣先が僅かに扉間の術着をかすめそうになった所で、扉間の木刀が芙蓉の木刀に追いつく。

カアアアン!・・・・・ドシャッ!

扉間は芙蓉を木刀もろとも弾き飛ばし、芙蓉はかなりの距離を飛ばされて地面に倒れた。

ハア…ハア…ハァ…ハァ…

扉間の息が上がっている。体を動かしたからではない。

 

・・・俺は、芙蓉が好きだ。

 

扉間はこれまで頑なに閉じていた心の蓋を、芙蓉と一緒に無理やり弾き飛ばしてしまった。誤魔化すことのできなくなった気持をどうしてよいか分らず、ひどく戸惑っていた。

「・・・・・。」

芙蓉は静かなまま、動かない。

扉間は我に返ってすぐさま芙蓉に駆け寄り抱き起した。

「大丈夫か!…おい!」

芙蓉はうっすら目を開けているが返事をしない。

「おい…おい…しっかりしろ!!」

扉間はこれまでになく動揺していた。目の前がぼんやりと滲んでくる。

「…あ、扉間さま…。大丈夫です…ごめんなさい。」

芙蓉は徐々に目を大きく見開き瞬きをした。

それを見ると、扉間は思わず芙蓉を抱きしめた。

「と、扉間さま…?」

「ほ、本気になりすぎた。すまん。…お前、強いな。」

「だって…手加減なしという…お約束でしょ?」

扉間は芙蓉を抱きしめる腕を緩めて、芙蓉の顔を再び見た。

「怪我!怪我はしてないのか!」

芙蓉は初めて動揺している扉間の様子を初めて見て驚いたが、急いで怪我は無いと答え、ニコッと微笑んで見せた。

ポタッ・・・。

芙蓉の頬に温かいものが落ちた。

扉間の涙だった。

「…扉間さま、本当に大丈夫です…ありがとうございます。そんなに、心配してくれて…」

そう言って、扉間の目に残った涙をそっと指で拭った。

扉間はその瞬間、自分が泣いていることに気がづいた。慌てて袖でゴシゴシと顔を拭く。

「目に、ゴミが入った、だけだ。」

「ふふ。そうでしたか…良かった。」

「良くない。」

「あ、ごめんなさい…良くないですね。いま目薬を…」

「だ、大丈夫だ!動くな!」

夕方の涼しいそよ風が、庭の芙蓉の木の蕾をそっと揺らしていた。

 

◆

今年も芙蓉の木が美しく花を咲かせた。白く大きな八重咲の花びらは中央に向かって薄い桃色になっており、夏の庭を見事に華やかにしてくれる。

木の背丈も大きくなり、二メートル以上になっていた。

先日、芙蓉は十六歳の誕生日を迎えた。

芙蓉は、その木の手が届きそうで届かない所についているまだ蕾の花を摘もうと、一生懸命に花鋏を持って手を伸ばしている。

ヒョイッ。

後ろから軽々と芙蓉を持ち上げたのは、柱間だった。

「ほれ。これで届くぞ。」

芙蓉は持ち上げられたまま、恥ずかしそうに柱間の方を振り返った。

「あ、ありがとうございます…助かります。」

急いで蕾の枝を一本切り取った。それを確認すると、柱間はゆっくりと地面に降ろした。

「ありがとうございました…重かったですよね。」

芙蓉が柱間に向かい合い、上目遣いで恥ずかしそうに柱間を見上げた。

「むしろ軽すぎてビックリしたぞ!…ん?なんで蕾の枝なんか欲しかったんだ?こんなに沢山咲いてるのがあるのに。」

「この花は、開花したら一日、二日でしぼんでしまうんです。だからお部屋に飾るにはまだ蕾のほうが良いと思って。」

そう言って、芙蓉は愛おしそうに、そっと蕾を撫でた。

伏目がちになった芙蓉の目は長いまつ毛が一層長く見え、艶々と光っている。鎖骨が見える薄着の肌が、夏の朝の光に照らされ、色白さが際立っている。唇は紅をさしたように赤く、柔らかそうなことが伝わってくる。

「でも、実はまだどこに飾ろうか、決めていないんです。良かったら柱…」

そう言いかけて柱間を見上げた瞬間、柱間の顔が近づいてきた。芙蓉は思わず固まる。

「…芙蓉。愛しているぞ。」

そのまま口づけをした。

芙蓉は突然のことでどうしていいか分からず、柱間の後ろの風景を見ていた。

そして目をつぶらなければならない事を思い出し、きゅっと目を閉じた。

 

扉間は自分の目を疑った。

柱間と芙蓉の光景に。

昔、柱間と芙蓉が手を握り合っていた同じ場所で、いま、二人が口づけをしている。

胸が苦しくなる感覚と同時に、頭はとても冷静だった。

許せない。

芙蓉が。

お前さえ、この家に来なければ、こんな苦しい想いをし続ける必要なんて、なかった。

扉間は背を向け、二人に気づかれないようその場を離れた。

 

◆

 

芙蓉が女学校に入学してから一年が過ぎた。短いようでもあり、もう何年も前からここに居る気もする。

「どうしたの?最近浮かない顔すること、多いね。」

昼休みの教室の机に座ってぼーっと外を眺める芙蓉の顔を、樹が覗き込んだ。

「私ね…最近…お母さまのことが、顔が、もう思い出せないの…」

芙蓉の目には涙が溢れる。樹は焦ってハンカチを取り出し、芙蓉の涙をそっと拭った。

「そうなんだね…それは、辛いね。仏間様は芙蓉のお母様のこと、知らないのかな?」

「話して、くれないの…。私ね、七歳の時に引き取られてくる前は、伯母様の所に居たんだけど、でももうそこがどこだったのか、伯母様の顔すら思いだせない。…忘れないように、毎日思い出すようにしていたはずなのに…」

樹は芙蓉の境遇を思うと、それは仕方がない事だと思った。

幼い子供が女中として働かされ、その上勉強や稽古までさせられて、そんな忙しい毎日で遠い記憶を忘れてしまうのは無理もない。

「でも全部忘れてはないでしょ?何か思い出せない?なんでもいいから。」

「確か伯母様も私と同じ橘の姓のはず…父の姉のはずだから。そこは想像なんだけど。あと、伯母様の所から家へは歩いて来たんだけど、今思うとそんなに遠い距離じゃなかった気がするの。」

「どんな家だったとかも、思い出ない?」

「外観は覚えてない。でもとにかく部屋が沢山ある家だったような気がする…」

「部屋が多いってことは、かなり大きな家のはずだよ。そしてこの千手領地で橘の姓で、かつ大きな家に住んでる人なんてそんなに多く無いだろうし、探したら見つかるかも!」

「でも、私は勝手に家以外の場所に行ってはいけないし…それに仏間さまに内緒で伯母様に会うなんて…そんなこと出来ないよ。」

「じゃあ芙蓉は、このままお母様のこと忘れちゃってもいいの?」

「それは・・・・」

もう殆ど母の顔も声も思い出せないが、このまま忘れ去ってしまいたくは無かった。

だが、自分は千手に貰われてきた身であり、勝手に自分の過去を探ることには罪悪感がある。

「大丈夫!私も協力するから!まずは伯母様の家を探してみよう。行くかどうかはそれから決めればいいじゃん。」

それから樹は芙蓉の代わりにこの集落にある橘姓の、大きな家を探してくれた。忍である樹には、それくらいの情報収集はたやすいことだった。

それらしい家は数軒見つかった。どこも商業と交易を行う一家ばかりだった。その中の一つで集落の一番端にあるその屋敷にはそれらしい年頃の女主人がおり、確かに芙蓉の住む今の場所まで歩けない距離ではない。

次の日、樹は芙蓉にそのことを報告した。

「芙蓉!それらしい家、見つけたよ!」

「ほ、ほんと⁉」

「昔から他国と交易や商売をしている一家みたいで、十年弱前にその家で小さい女の子を良く見かけていたっていう話も聞けたよ。それってたぶん芙蓉のことじゃないかな。」

芙蓉は徐々に伯母の家の様子を思い出してきた。確かに色んな人たちが絶えず出入りする家で、自分もよくお茶出しをさせられていた気がする…

「樹ちゃん、ありがとう。でもやっぱり黙って勝手に行くことは出来ないよ。仏間さまに正直に話してみて、許しを得られたら行ってみる。」

「で、でもさ…たぶん、仏間様は許してくれないと思うよ。今まで芙蓉のお母様のことやお父様のこと、全く教えてくれようとしなかったんでしょ?…いいじゃん!二人で黙って行こう。そのほうがいい。」

「で、でも!」

「もし芙蓉が仏間様にすっごく怒られて家を追い出されたら、私が一生芙蓉のこと面倒見てあげる!…芙蓉は、あの家の許嫁でいるより、私と一緒に暮らした方が幸せになれると思う…ううん。絶対に幸せにするから!」

樹の真剣な眼差しの訴えには友達以上の感情がこもっていることに、芙蓉は気づけない。

・・・樹ちゃんが私のことを真剣に考えてここまで言ってくれている。私も勇気を出さなきゃ・・・

「樹ちゃん…ありがとう。私のことそんなに考えてくれて…嬉しいよ。…私、たとえ叱られても追い出されることになったとしても、やっぱり自分の過去を捨てたくない。」

芙蓉の目に強い意志が宿っていた。

もし本当に家を追い出されることになれば正直辛いし、困る。でも、今まで大人の言うことにただ黙って従ってきて、これからもそれに従って生きていくだけの人生はもう嫌だった。

芙蓉はこの一年間、樹やその他の友と過ごし、色んな価値観に触れ、変わった。

生徒たちは皆、自分と同じく自由は無いけれど、それなりに一人一人が夢や信念をもっている。何より、親友の樹の、強い信念と意思をもつ生き方に、自分もそうありたいと思うようになっていた。

 

次の日。この日の迎えは柱間だった。

お人好しの柱間になら、短い時間でも嘘が通じる可能性があると二人は踏んでいた。

その日最後の授業中、芙蓉は腹痛を理由に保健室へ行きたいと訴えた。樹はそれに付き添うと一緒に教室を出て保健室に向かうフリをし、校舎の裏の物陰で制服を脱ぎ、動きやすく目立たない普段着に着替えた。樹は芙蓉をおぶって、チャクラを使って走り出す。

 

教室を出て着替えてから四十分ほどで、その屋敷の前に着いた。

「ここだよ…」

「…あ、ここ…見覚えがある!」

二人が暫く屋敷を見上げていると、仏間よりも少し年上に見える派手な格好をした女性が出てきた。芙蓉は思い出した。伯母だ。

「すみません…こんにちは…私…橘芙蓉です。覚えていらっしゃいますか?」

女は目を丸くして驚き、芙蓉の姿を上から下まで見た。

「あんた…芙蓉かい?…なんでここに居るのさ!もうあんたと私は赤の他人なんだ。二度と来ないでおくれ!さっさと帰りな!」

芙蓉は女の剣幕に怯みそうになったが、なんとか言葉を続けた。

「すみません!母と父について教えてくれませんか?それだけ聞いたら帰ります。もう二度と来ませんから。どうかお願いします!」

「仏間様とあんたには二度と会わない、何も教えないっていう契約になってんだよ!」

樹が一歩前に出て女に言う。

「あなたの事情も解ります。でも、この子にも知る権利があるんじゃないですか?」

女が一瞬怒りの顔を緩めて、芙蓉を見た。

「…お前たち、いい加減にしろ!」

その声に芙蓉と樹は驚いて振り返った。

そこには扉間が仁王立ちになって、こちらを睨んでいた。

樹には扉間のチャクラが怒りで荒だっている様子が分り、恐怖で息が止まりそうになる。

「あら。扉間様…さっさとこの小娘どもを連れて帰って下さいな。」

そう言って女は早足で去って行ってしまった。

「芙蓉…お前、自分が何をしているのか解っているのか。」

「・・・・。」

「扉間様!私が悪いんです。私が勝手に芙蓉さんの伯母様の家を見つけて、連れてきたんです。芙蓉さんは何も悪くありません!」

樹が芙蓉の前に出て、両手を開き守るようにして言った。

「確かに芙蓉ひとりでこんなことは出来ないだろうから、お前も共犯だろう。だが、着いて来た芙蓉、お前に責任がある。…来い!」

扉間は一瞬で芙蓉の前に立ち、抱きかかえたと思った瞬間、二人はその場から姿を消した。

「ふ、芙蓉…ごめんね…私のせいで…」

樹は自分の軽率な行動をひどく後悔し、地面にしゃがみこんで泣いた。

 

忍術なのだろう。気が付くと、家の玄関の前に居た。

扉間は芙蓉を抱えたまましゃがみ、敢えて地べたに乱暴に降ろした。

キャッと小さな悲鳴をあげて芙蓉が尻から落ちる。

「お前には心底幻滅させられる…千手一族を裏切るのか。」

「う、裏切るだなんて…ただ、私は自分の母と父の事を伯母に訊きたかっただけで…」

「この家の決まりを破ることは、我ら一族を裏切ることと同じだ。」

玄関の扉が開き、仏間が中から出てきた。

「学校からお前が居なくなったと連絡があってな。大切な制服を脱ぎ捨てて…どこへ行っていたのだ。」

仏間は芙蓉に制服を差し出し、静かに、しかし怒りのこもった声で芙蓉の目を見て問う。

「・・・伯母の所です・・・」

「あれほど、ここに来る前の事は忘れろと言ったはずだ!」

仏間が芙蓉の上着を掴み、無理やり立たせる。

「忘れることなど、できません。私は母のこと、父のことを知りたいのです。」

芙蓉は恐れることなく気丈に、まっすぐ仏間の目を見て言った。

「知る必要はない。」

「いいえ。あります。自分の出生、両親のことを知ることは、私自身が何者なのかを知り、これからどう生きるかを考えることになるからです。」

仏間は芙蓉の上着の両襟を更に強く掴んで芙蓉を睨みつける。上着がズボンから飛び出し、下着まで捲れ、白い腹が露になる。

それでも芙蓉は怯むことなく仏間を睨み返した。

「…父上、落ち着いて。やり過ぎだ。」

さっきまで同じく怒っていた扉間が見兼ねて止めに入る。

仏間は掴んでいた襟から乱暴に手を離した。芙蓉の上着が全開になり釦が取れて地面に転がる。胸元が広く開いて下着が見え、肌はわずかに赤くなっている。

芙蓉は乱れた髪をかき上げ、肩で息をしながら、尚も怒りの表情で仏間を睨みつけている。

・・・こんな芙蓉は初めて見る・・・

仏間と扉間は表情には出さないが、内心でとても驚いていた。

「お前の罰は考える。それまで部屋に居なさい。」

その後、芙蓉は一週間の休学を命じられた。

勿論、外出も禁止。一方、樹にはお咎めは無かった。

「あの時、俺が家に居てやれば、こんなことにはならなかったのにな…」

柱間はあの日、急用で芙蓉の迎えを扉間に代わり、出かけていた。

芙蓉の部屋の方を見たが部屋からは物音一つ、聞こえない。

 

 

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