※この作品はR-18です。

罪の向こう、愛の絆   作:千野 伊織

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今回(30)の登場人物は、千手扉間、千手柱間、うちはカガミ、OC:うちはドドメ、OC:千手樹、うずまきミト、その他です。

結婚することが決まり平穏で幸せな日々が過ぎる中、消せない罪と罰に苦悩する扉間。

一方、芙蓉と扉間の結婚を知ったカガミは・・・

そしてついに結婚式当日を迎え、二人は多くの人々に祝福されます。
晴れて夫婦になり幸せの最高潮にある二人。しかし・・・

次回、最終回。

※あとがきで結婚式二次会の様子を書いております。
おまけ的なお話ですが、これを読んで戴けると、次回の最終回の感想が変わってくると思います。
宜しければぜひ読んでくださいませ。



(30)芙蓉と扉間。紅葉の帳が下りる頃

梅雨時期の薄暑の昼下り。爽やかな風が吹き抜けて緑の葉と白い花びらを揺らしていった。

庭では今年もまた、可憐にハナミズキが花を咲かせている。

扉間は縁側で一人、胡坐をかいて座りその様子を静かに見つめていた。

 

『 一緒に居るのが当たり前になってはならん 』

 

・・・解ってる。芙蓉と一緒に暮らせるようになってからの一日一日、その全てが奇跡の様だった。今でも結婚は夢で、いつか覚めてしまうんじゃないかと思うんだ・・・

扉間は目を閉じると深呼吸をして、細く長く静かに息を吐いた。

結婚式と披露宴は、里の行事や火の国との外交、大きな任務の日程等を優先させ、少し先になるが十月下旬の大安に行うことが決まった。

最近の芙蓉はというと、うちは私塾の授業と家事の合間に、千手一族の婦人たちの助けを借りながら少しずつ結婚式の準備を始めている。来週末には二人で花嫁衣装のデザイン案と生地を見に行くとあり、扉間は今から楽しみだった。

ふと、芙蓉が花嫁衣裳を楽しそうに選ぶ顔が浮かび、愛おしくなる。

結婚するのだという実感が湧くと同時に、暫く忘れかけていた問い浮かんできた。

 

・・・俺は自分の罪を、きちんと償えているのだろうか・・・

 

マダラが死んだ時、自分が芙蓉を一生守っていこうと決めた。

それと同時に、芙蓉を、これまで以上に愛するようになってしまった。

しかし芙蓉を消そうとした罪への罰は、マダラと芙蓉が愛し合うようになったことに加え、芙蓉からはもう一生愛されないことが罰なのだと覚悟した。

その上で芙蓉を守るのが、償いだと思っていた。

それなのに、その覚悟はあっけなく砕けた。

芙蓉がマダラと姿を消す前に扉間の犯した罪を許してくれたこと…そして命がけでマダラの攻撃から自分を守ってくれたこと…そして、手を伸ばせば芙蓉に触れられる温かい生活…

それらが扉間の愛情を溢れさせ、扉間は罰を黙って受け入れることよりも、芙蓉を愛することを選んだ。

そして・・・芙蓉も、扉間を愛するようになった。まさに奇跡の様だった。

 

罪は消えない。

償いと愛情は違う。

しかし、愛することは償いになりえる。

 

いつからか扉間は、そう自らに言い聞かせるようになっていたのだった。

 

「夫婦か…俺はこれからも芙蓉を全力で愛し、そして守る…」

 

扉間は青空に向かってそう小さく呟いた。

 

◆

 

授業終了を知らせる鐘が鳴り、教室がザワザワと賑やかになった。

しかし芙蓉は教科書を揃えて手に持ったまま教壇から動こうとせず、少し俯いている。その様子を不思議に思ってカガミが芙蓉の元へ歩み寄ろうとした時だった。

コンコンコン。ガラッ!

「えー皆さん。今日は芙蓉先生から大切なお知らせがあります。ね?芙蓉先生!」

教室に入るなり塾長のうちはドドメは芙蓉の隣りに立ち、そう言って芙蓉の肩をポンと叩いた。

シーン・・・ 

教室は直ぐに静まり返り、皆が芙蓉の言葉を待った。

「あっ、は、はい・・・あの・・・」

「芙蓉先生、頑張って!」

俯き言い籠る芙蓉をドドメが小声で励ました。

「この度、千手扉間様と結婚させて戴くことになりました。結婚後も教師は続けますので、皆さん、どうぞこれからもよろしくお願いします!」

芙蓉はそう言って深々と頭を下げた。その顔は火を噴くほど真っ赤になっている。

『え―――っ!!!』『キャ―――!!!』パチパチパチパチ・・・!

教室がどっと沸き、女子全員が芙蓉の周りに駆け寄りおめでとうと言ったあと、結婚式はいつにするのか、求婚の言葉は何だったのかなど質問攻めを始めた。それに対しタジタジしながらも嬉しそうに微笑む芙蓉を見ながら、カガミは芙蓉に向かって踏み出すはずだった足を後ろに下げ、芙蓉に背を向けて静かに教室を出て行った。

 

サラサラサラサラ・・・

塾生が居なくなり灯りの消えた私塾の玄関にある七夕の竹飾りが、夜風に吹かれて音を立てる。

空には天の川が横たわり、大小さまざまな星が何も言わずに輝いている。

その夜空の下、竹飾りの横にカガミは腰かけていた。

「カガミ君・・・」

「芙蓉先生!・・・な、なんだ帰って無かったのかよ!扉間様が心配してるぜ?」

「ありがとう。そうやってカガミ君はいつも私のことを心配してくれて、そして守ってくれたよね。」

「たよねって・・・過去形かよ。」

「…ごめんね。」

「謝んな!虚しくなるだろ!」

芙蓉は、そう言って膝を抱えうつ伏せるカガミの隣りに座った。

「生徒に対して特別扱いは駄目なんだけど・・・私にとってカガミ君は特別よ。これからもずっとね・・・私、カガミ君が火影になること、これからもずっと応援してるよ。ね?」

芙蓉は顔の見えないカガミの顔を覗き込んで言った。

「ぜってー火影になって、先生のこと後悔させてやるからな。」

「うん。」

芙蓉はそっとカガミの頭に手を載せ、優しく撫でた。くせ毛の黒髪は柔らかかった。

カガミの真っ直ぐな気持に応える事も、どう対処して良いかも分らず心が痛んだが、芙蓉はカガミならこれを乗り越えきっと新しい恋を見つけてくれるだろうと信じた。

そしてカガミの頭から手を離すと、勢いよく立ち上がった。

「来週の授業も頑張ろうね。気を付けて帰るのよ。さようなら。」

「・・・・」

カガミの返事は無く、芙蓉は教務室の方へ歩いて行った。

カガミは芙蓉の足音が聞こえなくなると顔を上げ、夜空を見上げた。

・・・なんでだよ。やっと十六になったのに。こんなに好きなのに。

愛して、いるのに・・・

カガミの頭上には、その問いに答えることなく、尚も無数の星が静かに輝いていた。

 

 

 

◆

 

 

「兄者、少し落ち着け。座ってろ。…って、なんで俺よりお前が緊張してるんだよ!」

柱間は結婚式会場に着いてからずっとソワソワしており、扉間が羽織袴に着替えている間も控室を行ったり来たり落ち着き無く歩き回っている。

「いやぁ、まるで自分が結婚するようでな!アハハハ!」

「勝手に自分事にするな。」

「それより芙蓉の準備はまだ終わらんのかのぉ~?早く見たいぞ!!」

「俺より先に見るなよ!」

「分かっておるぞぉ~」

「ホントかよ。先に見たら殺す!」

コンコンコン。

「芙蓉様のご準備が整いました。扉間様、どうぞ見て差し上げて下さい。」

控室の外から芙蓉の介添え人の女性が声を掛けてきた。

「待ってましたぁ!よっしゃ行くぞっ!!」

「だーかーらっ!俺が先だっ!!」

扉間は真っ先に部屋を出て行こうとした柱間の首根っこを掴んだ。

こんな日までアホで世話が焼けるお騒がせな兄だが、実はとてつもなく緊張しているいまの扉間にとっては大いに励ましになっていた。

 

コンコンコン。

「どうぞ。」

芙蓉の返事に、一気に緊張が高まる。口から心臓が飛び出しそうだ。

花嫁衣裳の姿は試着の時から何度も見ているはずなのに。

ガチャッ・・・

 

「芙蓉・・・」

「扉間さま。お待たせしました。」

 

そこには、神々しいほど美しい芙蓉が、自分に向かって微笑んでいる。

一瞬、芙蓉の背中に差し込む午前中の白い光が、大きな翼に見えた。

扉間はゆっくり芙蓉に歩み寄り、向かい合って立った。

真っ白な絹の打掛に、腰の高い所で結んだ帯には銀糸と真珠で刺繍が施されキラキラと輝き、芙蓉の顔周りを明るく見せている。耳には大きな真珠の耳飾りが揺れている。髪の毛は美しく結い上げられ、銀製の簪が数本飾られており、後れ毛は芙蓉の自然なくせ毛を活かして艶やかにカールしている。

そして、手には桔梗の花の花束を握っていた。

「綺麗だ。世界一、美しい。」

「ウフフ。ありがとうございます。扉間さまもとっても素敵。男前ですわ。」

二人は見つめ合い微笑んだ。いつの間にか、扉間の鼓動は心地良い速さになっていた。

「あっ、そうだわ。ごめんなさい。ちょっとこれを持っていてくれます?」

そう言って芙蓉は手に持っていた桔梗の花束を扉間に持たせ、背後の机に置いて在った布張りの小箱を手に取り、扉間の目の前でそれをゆっくりと開いて見せた。

 

「・・・これは!」

 

「扉間さまが私にくれた指輪とお揃いですよ。指輪の内側、ほら、野バラが彫ってあるんです!どこかの国では、夫婦の証に、お揃いの指輪を左薬指に着けるのが習わしなんだとか…。時々で良いので、着けてくれませんか?」

「あ、ああ。勿論だ!なるべくいつも着けるようにする。」

「良かった!じゃあ、左手を出して下さい。」

扉間は思ってもよらない芙蓉からの指輪の贈物にまだ少し戸惑っており、ぎこちなく芙蓉の前に左手を差し出した。

芙蓉はその手を優しく取り、薬指に指輪をゆっくりと通した。

扉間はその様子を今なお現実だと信じられない気持ちでぼんやりと見ていた。

そして指輪はついに扉間の左薬指にぴたりと収まった。

「ああ良かったぁ。サイズぴったりで。ドキドキしちゃいました。エヘヘ。」

「・・・。これ!これはどうしたんだ?高かっただろう?」

「以前の宝飾品店の店主さんにお願いして作って貰ったんです。私塾のお給料を貯金していたお金で…それにご祝儀価格にして貰ったので大丈夫ですよ。サイズは日頃から扉間さまの手を見て触っていて覚えていた感じで選びました。合わなかったらまたサイズを・・・」

「芙蓉。ありがとう。」

扉間は、今度は最初から花束を潰さないよう気をつけて芙蓉を優しく抱き寄せた。

「いいえ。喜んで貰えて私も嬉しいです。・・・あ!そうだ!これも。」

芙蓉は扉間から身体を離し再び机の方を向くと、桔梗の花で作ったブローチ(ブートニア)を手に取った。そしてそれを扉間の羽織の左胸に、丁寧に着けた。

「桔梗の花言葉は、『永遠の愛』ですよね。」

「お前…知ってたのか?」

「ええ、もちろん。私も、貴方のこと・・・」

ガチャッ!

「まだかっ!もう待ちきれんぞ!・・・って、おぉぉ――っ!!女神だ!女神がおるぞぉ!!」

柱間がノックも無く扉を開け乱入し、芙蓉の姿を見ていきなり号泣している。

「てっめぇ・・・」

「ま、まぁまぁ扉間さま良いじゃないですか。実際お待たせしてしまっていたんですから。柱間さま、お待たせして申し訳ありませんでした。」

「なんの、なんの!こんなに美しい姿が見られて嬉しいぞ!!!ありがとう!もうホント、扉間には勿体ないぞっ!ガハハハハ!」

「フン!・・・」

扉間は腕を組んでそっぽを向いた。左手で白金の指輪がキラリと光る。

「柱間さま。私のわがままを叶えて頂いてありがとうございました。」

「いやいや!ここ色葉神社の神主も神官・巫女たちも皆喜んで受けてくれたんぞ?一日でも二日でも貸切で使ってくれとな。ワハハハ!ところで、なんでここがよかったのだ?以前訊いた時は費用を抑えたいということだったが、それなら他の神社もあっただろう?」

「それは・・・扉間さまと私の、二人だけの秘密です。」

「えぇ~っ⁉そんなぁ。お兄ちゃんも知りたいぞぉ~」

「キモいわ!」

すると、扉を叩く音がして介添え人が顔を覗かせ前撮りを行う時間だと知らせた。

 

「ハイ。もう少しお二人共体をくっつけて下さい。そうそう。では撮ります。」

色葉神社には、木ノ葉の里が出来る前の森に自生していたモミジや楓の木を活かして造った『もみじ庭園』という庭園があった。

小川を堰き止めて作った池には赤い太鼓橋が掛かっており、その池を囲むように苔むした地面には天然のモミジと楓、里創設時に移植された若いモミジが生えている。

それらの木々は今まさに紅葉を始めており、赤・橙・黄・黄緑・緑が入り混じるグラデーションを作っている。透き通った湖面は鏡のようにそれを映し込み、地上と湖面に見事な錦絵を作り上げ圧巻の美しさである。

芙蓉と扉間は太鼓橋の上に並んで立ち、その絶景を背負って撮影をしている。

「フィルムを交換しますので少々お待ちください。」

二人は肩の力を抜き、顔を合わせてふぅと息を吐いた。

扉間は数日前、最終的な下見に訪れた際の事を思い出していた。

・・・・・

「ね?ここ、小さな錦谷みたいでしょう?本当は錦谷で結婚式したかったんですけど、流石にそれは無理ですものね。ウフフフ!」

「ハハハ。ああ、錦谷に負けない美しさだ。でもよく夏の間にこんな場所を見つけたな?」

「樹ちゃんと一緒に探しました。紅葉の中で結婚披露宴が出来そうな場所を調べて、見て回りました。まだ緑のモミジだったし、他の人に聞いて回れないからちょっと苦労しました。でも想像通り。ううん。想像以上に綺麗な場所が見つかって良かった!」

・・・・・・

扉間は、周りの風景にうっとりと見惚れている芙蓉の横顔をそっと見つめた。

成人の日の晴れ姿も美しかった。

だが、今の芙蓉はそれ以上に、畏敬するほど美しい。

微笑みを讃える赤い紅を差した唇は、人の魂を吸い取ってしまいそうだ。

琥珀色の瞳は世界唯一の宝石のように思え、黒く長いまつ毛が瞬きで揺れるたび黒蝶の鱗粉が舞っているようである。

芙蓉は扉間の視線に気づいたのか、それとも感動の同意を求めているのか、不意に扉間を見上げニッコリと微笑んだ。その笑顔にはどこか無垢な少女を感じる。卵型をした輪郭のせいだろうか。

「はい。ではあと三枚で終わりです。頑張りましょう!」

二人はまたカメラの方を向き羽を交わすと、姿勢を正した。

・・・写真は白黒でも、俺は一生、この鮮やかさと美しさは絶対に忘れない・・・

扉間は二枚目の写真の時、芙蓉の肩に手を回した。

 

その後、神殿で柱間、ミト、千手一族の上役、そして樹に見守られながら挙式を終えた。それから先ほど撮影を行った庭園を会場にして披露宴を開いた。

芙蓉と扉間の登場に、会場に集まった人々は歓喜の声を上げ大きな喝采で迎えた。

披露宴の招待客は、千手一族とうちは一族の上忍、里の上役、うちは私塾の塾生とドドメ、うちは領地の元教え子たち。勿論、樹も、扉間の弟子の四人も居る。ミトも渋々の様だったが挙式に続いて披露宴にも参加してくれた。

 

主賓の挨拶や祝辞が終わり、食事が中盤に入って会場全体がワイワイと盛り上がってきた頃。芙蓉は恐る恐るミトの席へ挨拶のため赴いた。隣の席に居るはずの柱間は、他の席で扉間を引っ張り回して騒いでいる。

「あの…ミト様、今日はご臨席して頂き、本当にありがとうございました。これから色々とご指導宜しくお願い致します。あの…ミト様の外交でのご活躍は兼ねてよりお聞…」

「誤解しないで下さいね。私は夫の弟である扉間様の結婚式だから出席したのです。そのお相手がたまたま貴方だっただけですわ。あまり会う機会も無いでしょうけど、よろしくお願いしますね。それから…これからお互いに、妻の立場で木ノ葉の里の重役を支えていきましょう。」

「は、はいっ!精一杯がんばります!」

言葉を遮られたうえミトの言葉には少々棘があったが、ミトが自分のことを受け入れてくれているのかもしれないと感じ、芙蓉はホッとした。

「でも、結婚後も教師を続けると聞きましたけど、なぜですの?妻として扉間様をお支えする事に専念したほうが良いと思いますけれど。」

芙蓉はミトの問いに一瞬ドキリとしたが、姿勢を正してニコリとしてこう答える。

「扉間さまのことはこれからも全力でお支えします。でも、教師の仕事は、扉間さまが里の発展の為に毎日お仕事に尽力されているのと同様、直接里に貢献出来る仕事だと思っております。それに…何より私は教師の仕事が大好きなんです!だからこれからも続けていきます!」

そう言って芙蓉は満面の笑みをミトに向ける。

その笑顔から、ミトは芙蓉が心から教師という仕事が好きで、そして誇りに思っているのだということが伝わってきた。

「そう。それは頼もしいですわね。でも扉間様をお支えすることは貴方の責務。貴方にしか出来ないということを忘れてはなりませんよ。…無理せず、頑張って下さいね。」

「ありがとうございます!ミト様!また今度、ぜひゆっくりお話しさせて下さい。」

芙蓉は大きくお辞儀をしてからミトの席を離れて歩いて行った。

ミトはまだ胸の高鳴りが収まらない。

芙蓉の余りの美しさに緊張してしまい、芙蓉の顔を直視し続けられず、会話の途中何度も目を逸らしてしまっていた。

嬉しそうにニコニコしながら歩いてゆく芙蓉の後ろ姿を見てミトは思う。

・・・同じ女から見ても見惚れてしまうほど綺麗な人…それなのに男と対等に里の為に働こうなんて…相当芯が強いのね。

結婚したら女は内助の功が役目だと思っていたけれど、確かに、女だって男と同じく活躍する権利はあるわよね。なんだかこんな気持ち久しぶりだわ。もっと彼女のこと知りたくなってきたかも・・・

ミトは芙蓉に声援を送るつもりで、優しくも強い眼差しで芙蓉を見つめた。

 

「芙っ蓉ぉー!もう…本当に綺麗!美しい!絶世の美女って芙蓉のことなんだねぇ。」

「樹ちゃん、もう酔ってるの?大丈夫?」

ふらついている樹の脇を芙蓉が支えた。

・・・これが飲まずにやってられるかっつーの!芙蓉は一生私の親友。でも夫婦にはなれないんだ。これまでも、そして今日からもまた、永久に・・・

「あっちで少し休もう?」

「だ、ダメだよ…主役が居なくなっちゃダメ!大丈夫だって、もう飲まないからさ…」

芙蓉は苦笑しながら樹を近くの椅子に座らせた。そしてしゃがんで樹を見上げる。

「樹ちゃんの千手一族の正装姿、初めて見たかも!振袖、良く似合ってるね!樹ちゃんとっても美人さんだよ。素敵!」

樹は自分を見上げる芙蓉の顔を見下ろしていると、思わずその唇に吸い付きたい衝動に駆られ、焦って首を横に振り、そしてもう一度芙蓉の顔を見つめ直した。

芙蓉はもう、扉間のもの、いや扉間の妻である。

「樹ちゃん。色々手伝ってくれてありがとうね。私、最初結婚式はしたくなかったけど、樹ちゃんと準備している時とっても楽しかったよ。で、いざ本番を迎えてみたら、本当に結婚式をして良かったって思った!ありがとうね・・・」

「芙蓉・・・」

樹の目からは大粒の涙が流れた。芙蓉は焦って立ち上がり、ハンカチを取り出して樹の涙を拭い、そして樹を胸に抱き寄せて樹の頭の上で小さな声で言う。

「扉間さまへの愛情とは違うけど、樹ちゃんとの間にも、私たちだけの愛があると思ってる。前も言ったけど、私は樹ちゃんが居てくれたから生きてこられたの。これらも樹ちゃんが居ないと私、生きていけないんだよ…樹ちゃん、大好き。」

樹はついに芙蓉の胸に顔を埋め、大きな声で泣き始めた。

その鳴き声に周囲は驚き、一斉に視線が二人に集まる。

「ったく。樹さん、飲み過ぎだぜ。」「ほーんと。親友の結婚がそんなにまで嬉しいのかな?」

ふふふふふ・・・・クスクスクス・・・あははははは・・・・

周囲の人々は誰も、樹が悲しみで泣き叫んでいるとは思っていない。

樹が泣き上戸で芙蓉に絡んでいるのだと少し呆れた顔で見つつも、樹が芙蓉の結婚に心から感動しているのだと微笑ましく思い、再び各々の会話に戻っていった。

だが、騒いでいた柱間と、その柱間に引っ張り回されていた扉間だけは、樹の涙の訳に気が付いていた。

「樹には辛い日だろうのう…扉間、樹と俺の分まで、しっかり芙蓉を幸せにするんだぞ!」

「解っている…。だが樹も解っているはずだ。これからも芙蓉を支えてくれるだろう。」

 

披露宴の最後に集合写真を撮ることになった。

池の前の広い場所で八十名近くの招待客が扉間と芙蓉を囲み、笑顔で写真に写った。しかし、そこにはカガミの姿だけ、無かった。

全ての予定が終わり、扉間と芙蓉は神社の入り口に立ち、帰ってゆく招待客たち一人一人に礼を言い、見送った。

気づけば陽も傾き、空は赤と紫に染まっている。

「んじゃ、二次会行くぞぉー!!扉間、芙蓉、俺たちは先に行っておるから早く来いよ!」

見送ったはずの幾人かと柱間が参道からこちらに向かって手を振っている。

「二次会?聞いてねぇぞ。まだ飲む気かあいつは…ったく。芙蓉、お前は無理に来なくてもいいからな。」

「大丈夫です。せっかくの機会ですもの。私も行きたいです!」

そして二人は招待客全員が参道から見えなくなるのを確認し、顔を見合わせた。

「…カガミ君、先に帰っちゃったのかな…居ませんでしたよね?」

「言うのを忘れていたが、カガミは夜から任務があるんだ。それで先に帰った。」

「そうでしたか。カガミ君は真面目だから、準備をする為に早めに帰ったのね。偉いわ…」

芙蓉は言葉に反して少し寂しそうな顔をしている。

扉間の言葉が嘘だと気づいているのだろうか。

 

二人は着替えるために控室に向った。

社殿の回廊に差し掛かり、回廊越しに先ほどまで居た庭園が見えた。

「ねぇ扉間さま!着替える前に少しだけ、もう一度庭園を見ておきませんか?」

「いいな!行こう。」

二人は手を繋ぐと小走りで庭園に向かった。

庭園の風景の下半分は影って暗くなっているが、上半分は夕陽を受けてモミジが鮮やか輝き、まるで燃えているようである。

二人は黙ってその景色を見つめた。

秋の冷えた夕風が二人の頬を撫でてゆく。

そしてサワワワ…とモミジと楓が擦れる音に耳を澄ます。

まるで先ほどまでの人々の楽しそうな話し声、笑い声がこだましているように感じる。

 

「良い結婚式だったな…。」

「ええ。本当に…。」

 

静かに、二人は自然と唇を重ねた。

 

◆

 

十二月中旬。

木ノ葉の里は年末年始に向けて人々の賑わいが増す一方、山々の木々はすっかり葉を落とし物悲しい風景である。寒さも厳しくなり、昨日は強風に風花が舞っていた。

今日もまだどんよりと空が鈍色の雲に覆われている昼下り。

芙蓉は庭で寒牡丹に被せていた藁苞(わらづと)を修理し掛け直している。三つある藁苞の中では、愛らしい紅色や濃い桃色の寒牡丹が咲いている。

 

「大丈夫か。もう一枚羽織った方が良い。」

芙蓉の背中に扉間がストールを被せ、後ろから肩を抱く。

「ありがとう…温かい。この子たちも早く暖かくしてあげなきゃ。」

「この寒さの中こんなにも美しく咲き誇れているのは、芙蓉のお陰だな。」

「いいえ。この子たちがもつ生命力と生きる知恵のお陰ですよ。見て?初夏の牡丹と比べて茎も細いし、葉っぱも凄く小さいし少ないでしょ?蕾も少ないし…これは花を咲かせる為に体中の養分を花に集中させているからなんです。そんな賢くて健気な寒牡丹を見ていると、私も守ってあげたくなるんです…」

扉間は、そう話す芙蓉の横顔から寒牡丹へと視線を移し、じっと見つめた。

・・・俺が思うのも難だが、まるで芙蓉の生き様のようだな・・・

「その知恵と強さがあるからこそ、この花は鮮やかで美しいのだろうな…」

「人間と同じかもしれませんね。辛く厳しい状況や、悲しく辛い状況の中でも頑張っている人は素敵に見えるし、周りに感動を与えますものね…」

・・・そうだ。お前のことだ。更にお前は自分がどんなに辛い状況でも、他人への優しさと思いやりを忘れなかった。お前を傷つけた、俺にさえも・・・

扉間は胸が痛み眉を寄せ、寒牡丹の細い根元に視線を落とした。

 

・・・俺は…俺の罪は…俺への罰は・・・・

 

「扉間さま?どうかしました?そんな険しい顔をして…」

「い、いや。何でもない。ちょっと仕事のことをな…。寒牡丹。好い花だな。植えてくれてありがとう。芙蓉。」

「はい!…三~四月は桜。五~六月は扉間さまが植えてくれたハナミズキでしょ?そして十二~一月にはこの寒牡丹。ほかの時期にも咲く花を植えて、一年中花が絶えないお庭を造りましょう?ね?」

「ああ。それはいいな…楽しみだ。」

すると先ほどまで雲に隠れていた太陽が顔を出し、二人に降り注いだ。

芙蓉は作業する手を止め、少し眩しそうな顔で扉間に微笑みかけた。

扉間は少しぎこちなく、それに笑顔で返した。そして自分の左手に視線を落とすと、指輪がキラリと光っていた。

その光は不意に、敵を殺す時に刃(やいば)を翻して突き刺す瞬間を思い起こさせた。

扉間の胸に鋭い痛みが走る。

 

・・・俺は、本当に自分の罪を償えているのだろうか。

…待て。なぜまたそんな事を考える。これ以上考えるのは無意味だ。

生涯、芙蓉を愛し守ることが償いのはずだろ。

なら、俺への罰はどうなった?どうなるんだ?・・・

 

「扉間さま?扉間さま!…本当に大丈夫ですか?」

気付けば芙蓉が扉間の左腕を揺すって、心配そうに顔を歪ませている。

「あ、ああ・・・大丈夫だ。」

「私で良かったら何でも話して…お願い。一人で悩まないで?もう忍について知ることも解禁されたんだし…ね?」

「芙蓉・・・俺は・・・幸せ過ぎて、怖いんだ。」

「…もしかして、昔の事でまだ何か気になる事が…あるんですか?」

「・・・・」

芙蓉はどうしてこうも、時々ズバリと人の気持ちを読み当てるのだろうか。昔からだ。

「もし、いつか過去の行いに辻褄を合わせなくてはならない時が来るとしても、過去に現在(いま)と未来を支配させては駄目です。

私だって償いきれない罪がある。それでも貴方は私と結婚してくれた。その瞬間から私たち二人の新しい未来は始まってるの。来年はきっと、二人で違う花を見て笑っているわ。それで良いじゃないですか。私はもう扉間さまに昔の事で苦しんで欲しくない。…心から愛しているから。」

そう言うと芙蓉は氷のように冷たい手で、扉間の左手をそっと握った。

「芙蓉…そうだな。すまん…」

芙蓉はサッと立ち上がって扉間へ右手を差し出した。

「作業終了。さっ、お家の中に入って温かいお茶を淹れて、蝶屋の最中を食べましょ!」

「…ああ!」

扉間は立ち上がると同時に芙蓉の腰と膝を持ち、抱き上げた。

「きゃっ!もーっ、びっくりしたぁ!アハハハ。」

太陽は再び雲に隠れ、辺りの空気は更に冷たくなっていた。

 

 

 




【 結婚式二次会という名の歌合戦 】
※注:現代要素が入っています。


『あなたと私が夢の国~ 森の小さな教会で 結婚式を挙げました~♪』

結婚式二次会。

といっても、二人が主催したものでは無く、柱間と扉間の部下・弟子たちが企画したものである。
貸し宴会場のある料亭の一室。約三十人ほどで料理を認(したた)み、酌み交わし、先ほどの改まった披露宴とは違った盛り上がりを見せていた。
柱間とミトの歌が始まると、いなせな若い忍たちが肩を組んで踊ったり手に持ったタンバリンを鳴らして盛り上げる。それを若いくノ一が指さしながらどの男が良いだのこそこそと話したり、火影の妻・”才色賢母”のミトを憧れの目で見ている。

が、扉間はただ一人、未だそのノリについてゆけず、尚且つ突然目の前で始まった兄夫婦のデュエットを見て更に顔を引きつらせた。
確か挙式・披露宴では不機嫌だった筈のミトだが、今は柱間と手を繋いでニコニコと楽しそうに歌っている。
一方、隣に座って居る芙蓉はとういと、目を輝かせ手を叩きながら音楽にあわせて体を左右に揺らしている。その肩が扉間にトン・トンと当たり、扉間の体も左右に揺られる。
柱間とミトは何度も見つめ合いながら、さながら自分たちの結婚式の様にラブラブっぷりを見せつけてくる。見ているこっちが恥ずかしい…扉間の耳には歌詞など入ってこない。

「ミト!愛しておるぞっ!チュッ!」
歌い終わると柱間がミトの頬に口づけをした。
「あらやだぁ恥ずかしい…でも私も愛してますわっ!」

ヒューヒュー!パチパチパチ!「よっオシドリ夫婦!」「お二人共素敵~!」「ミト様可愛い~!」

・・・えっと、これ、だれが主役なんだ?・・・
目を細め遠くを見ている扉間以外全員が立ち上がり、柱間とミトに大きな喝采を送っている。
「お二人共、本当に仲が良くて素敵でしたね~!」
隣で立ち上がり拍手をしている芙蓉がうっとりとした笑顔で、座ってブスっとしている扉間に同意を求めた。
「俺にはただのバカップルに見えたがな!」


「さて、次は樹の番ぞ!」

柱間はそう言って、芙蓉の隣りに座って居る樹を手招きすると、樹はハイ!と大きな声で返事をして勢いよく立ち上がった。芙蓉と扉間は驚き、樹を見上げる。
「樹ちゃんも、歌ってくれるの⁉」
「うん!」
樹の顔はいつになく真剣で、ズンズンと真っ直ぐ舞台(と言ってもお立ち台程度)に向かって歩いてゆく。そして舞台に立つと深呼吸をし、真っ直ぐ芙蓉を見つめた。
「芙蓉…ついでに扉間様、結婚おめでとう。芙蓉にこの歌を捧げます!」
そう言って両手でしっかりとマイクを握り締め目を閉じるとイントロが流れ始める。
芙蓉はそのワンフレーズを聞いてすぐに目を潤ませ両手を顔の前で握りしめた。そして更に樹の心が込められた歌詞と樹の美しい歌声に耳を澄ます。
『・・・“大きな掌で包んであげる”そんな慰めより ただ傍に居られる奇跡をあげたい・・・
・・・悲しんでるのならば今すぐ会いに行くよ たとえ近くに居なくてもいつも想っているよ それを 忘れないで・・・』
歌詞に込められた樹の想いが痛いほど伝わって来た。同時にこれまでの二人の想い出が蘇り感極まる。芙蓉はハンカチを取り出して目頭を押さえていた。
パチパチパチ・・・会場全員が友を想う樹の気持ちに想いを馳せ、感動の拍手を送った。

「樹ちゃん!ありがとう!!すごく、すごく嬉しかったよ!樹ちゃん大好きっ!!」
恥ずかしそうに席に戻ってくる樹に芙蓉が駆け寄り、抱き着いてそう言った。
「結婚しても、これからもずっとずっと私は芙蓉の傍に居るからね…」
流石の扉間もその様子には表情を緩め、感慨深げに二人を見つめた。

それから何人・何組か歌い、笑ったり踊ったり、走り回ったり、完全にお祭り騒ぎだった。
扉間もいつの間にかその雰囲気に飲まれ、芙蓉と顔を見合わせながら笑ったり苦笑してその時間を楽しんでいた。


「んでは、ここで、芙蓉にも歌って貰うかのう!」

「えっ⁉わ、私もですかっ⁉でも…何を歌ったら良いのかしら…」
「二人の結婚式を一番見たかったであろう、父上に向けた歌を歌ってみてはどうだ?」
「そうですね!・・・えっと、じゃあ・・・・・分りました。」
芙蓉は立ち上がって舞台に向かって歩いてゆく。扉間が少し心配そうにその後ろ姿を見つめるが、反面、芙蓉がどんな歌を歌うのかとても楽しみでもある。
芙蓉は舞台側の音響担当者に曲を指定すると、舞台に上がり、一礼した。
「まずは皆さま、本日は私共の結婚式にご参加頂きありがとうございました。それでは、一曲歌わせて頂きます。仏間様に捧げます…」
芙蓉はいったい何を歌うのか‥会場が静まり返って待っている。
イントロが流れ始めた。

『薄紅色の秋桜が 秋の日の何気ない陽だまりに 揺れている・・・』

キタ━━━━━━━━!!
中年の男たちが口を押え、目をつむって俯く。
先輩花嫁のミトも両手を握り締め、切ない顔をして芙蓉を見つめる。
もう、これは、泣くやつである。

『あれこれと思い出を辿ったら いつの日もひとりではなかったと 今更ながらわがままな私に 唇噛んでます・・・』

曲の後半、参加者の殆どが目を潤ませたり、涙を拭ったり、鼻をすすっていた。
なかでも、柱間と樹は声を上げて号泣している…。
・・・兄者、うっせぇ!!・・・
扉間が柱間を睨みつけた。

『こんな小春日和の穏やかな日は もう少しあなたの子供でいさせて ください・・・』

歌っている芙蓉本人も最後は声を震わせ、ハンカチで目頭を押さえていた。歌い終り一礼すると、会場から温かい拍手が沸き起こる。
「ふっ、芙蓉っ!ううっ…いつでも俺のことを父上だと思って…ううっ…頼ってくれていいんだぞ?うわぁ―――ん!」
「お前は絶対父上の代わりにはならねぇから!!てか泣き過ぎだから!!」
扉間は立ち上がり号泣する柱間に向かって指さしながら凄い剣幕でツッコんだ。
「そっ、そうですけどっ、ズズッ、芙蓉の、この歌を聴いて、ズズッ、よくもまぁそんな剣幕でツッコめますよねぇ‥流石卑劣!!…うう…最低!」
嗚咽まじりに樹が扉間を見上げて言うと、扉間もうっっと気まずい顔をした。そして気づけば芙蓉が扉間の隣りに戻って来てストンと座った。扉間も急いで座る。
「よ、良かったぞ・・・凄く!父上もきっと喜んでいる。うん!」
「そうですかね…だと、いいなぁ…」
芙蓉はそう言って、赤く朧気な瞳で扉間を見て微笑んだ。扉間は芙蓉を抱き締めたくなるが、グッと堪え、黙って芙蓉の右手を握った。


「さぁ次はいよいよオオトリ! 扉間ぞ~!!」

「はあぁ!??」
「はぁ⁉じゃないですよ。芙蓉も歌ったんだから当然っしょ?さっさと歌って下さいよ!」
「そうだ!断る権利は無いぞ!さっ!」
歌いたくない。しかし会場中が扉間に期待の目を向けている。確かにこの状況で断るのは場の空気をブチ壊しかねない。いちおう、本日の主役の一人で在る自分が歌えば参加者をもてなすことにもなるだろうし…
「扉間さま!頑張って!私も扉間さまの歌、聴きたい!」
「うっ・・・・・・し、仕方が無いな・・・」
扉間は忖度して、いや、芙蓉の期待に応える為に歌うことにした。

よっ待ってました!と囃し立てる参加者たちの間を、扉間は苦い顔をしながら舞台に向かって歩いてゆく。そして曲を指定して舞台に上がった。
「わぁ扉間さま何歌ってくれるのかな⁉ていうか扉間さまの歌って初めて聞くかも!」
「芙蓉、あんま期待しない方がいいよ~。音痴かもしんないしぃ~笑」
扉間は左手でマイクを持ち、仁王立ちに突っ立っている。音響担当がその様子を伺いながら曲を流すタイミングを読み取れずに戸惑っている。
「ゴ、ゴホンっ!では、歌う!」
いつまでも曲が流れてこない事に気まずくなり、扉間が言った。
ようやくイントロが流れ始める。

『お前を嫁に 貰う前に 言っておきたい 事がある かなり厳しい話もするが 俺の本音を 聴いておけ・・・』

う、うわぁぁぁぁぁ・・・・・
会場が“やっちまったな”的な雰囲気になる。
「何あの曲。私知らない。いきなり上から目線で腹立つわ~」
樹がそっと芙蓉の耳を借りて呟いた。しかし芙蓉は気にしていないようでニコニコして次の歌詞を待っている。

『俺より先に寝はいけない 俺より後に起きてもいけない・・・』

樹の顔が引きつる。芙蓉はニコニコしながら頷いている。

『飯は美味く作れ いつもきれいで居ろ・・・』
樹が拳を握り締め片方の口角をひくひくさせる。芙蓉は変わらずニコニコしている。

『忘れてくれるな 仕事も出来ない男に 家庭を守れる筈は無いってことを・・・』
「なんか良い事言ってるように聞こえるけど、すっごくムカつくんだけどぉ⁉」
「まっ、まぁまぁ、最後まで聴こうよ…ね?」

『・・・俺は浮気はしないしない しないと思う たぶんしないんじゃないかな…ま、ちょっとは覚悟はしておけ』
「ちょっ!殴らせて!!一発でいいから、アイツを殴らせろーっ!!!」
立ち上がり扉間の方へ向かおうとする樹を芙蓉と、ヒルゼン、コハル、ホムラ、ダンゾウが皆で必死に止める。
扉間もその様子を見ているが、表情一つ変えず歌い続ける。
「樹ちゃん!落ち着いて!あれは曲の歌詞なんだから!ね?」
「いーや、あれ選曲する時点でこれがアイツの本音だぁ!!許さん!!」
扉間の弟子たちもこんな歌詞の歌を選曲した扉間に最初少々眉をひそめていたが、本心は扉間らしいとも感心していた。
皆でなんとか樹を取り押さえている間に、歌はいよいよ終わりに差し掛かった。

『・・・俺より先に逝ってはいけない 何もいらない 俺の手を握り涙のしずく二つ以上こぼせ お前のお陰で良い人生だったと俺が言うから 必ず言うから・・・』

その歌詞を聞いて、樹は暴れるのをやめ立ちすくむ。芙蓉も樹の右腕を握り締め、目を潤ませ、とても悲しい顔をして扉間をじっと見つめた。

『・・・忘れてくれるな 俺の愛する女は…愛する女は 生涯お前ただ一人』

「と、扉間さまっ・・・うっうう・・・」
芙蓉は大粒の涙を両目から流しながら、歌い終わった扉間と目を合わせた。
大きな拍手の中、扉間は暫く芙蓉と見つめ合った後、舞台からサッとお降りてズカズカと自分の席に戻って座り、腕を組んで恥ずかしそうに俯いている。
「扉間さ…」「扉間!さすが!卑劣な亭主関白と見せかけて最後は直球で愛を伝えるとは、流石だのう!!ワハハハハ!!最高ぞっ!!!」
芙蓉が扉間に話しかけようしたが柱間が扉間に大きな声で話しかけてそれを邪魔した。
「てかお前、マイク持ったままぞ?もしや、アンコール待ちか?ガハハハハ!」
会場中が大笑いする。
「ち、違う!!」
扉間は緊張と恥ずかしさでマイクを置いて来るのを忘れてしまい、冷やかされ、そのマイクをどうしようかおたおたしていると、柱間の隣りに座るミトが口を開いた。
「今の歌は芙蓉さんに捧げるメッセージでしょう?だったらそれに答える歌を芙蓉さんに歌って貰ったらいかがかしら?私はぜひ聴きたいですわ。」
「アンサーソングってやつですね!」
ミーハーなコハルが目を輝かせてミトに言う。会場もそれはいい!と笑顔になり、芙蓉の方を見る。
「ど、どうする?う、歌う、のか?」
扉間が戸惑いながら芙蓉の顔をうかがった。芙蓉は恥ずかしそうに俯いていたが、意を決して顔を上げ、扉間に向かって笑顔を見せる。
「はい。私も、扉間さまに歌で想いをお答えしたいです!」
おおおおお~!!!!会場がその言葉を聞いて拍手をする。
「う、うん・・・じゃあ、ほら。」
扉間は芙蓉にマイクを渡し、芙蓉はそれを受け取るとゆっくりと立ち上がり、拍手してくれている一人一人へ笑顔を返しながら舞台へ歩いて行った。再び音響担当に曲を指定し、舞台に上がると拍手が鳴りやんだ。
『関白宣言』をした扉間に、芙蓉はどんな歌で答えるのだろうか…会場中がドキドキわくわくしている。
軽やかで美しいピアノの音のイントロが始まった。
男性陣も息をのむが、とりわけ女性たちはその音色に目を輝かせて切ない表情で芙蓉を見つめる。

『・・・生きてる意味も その喜びも 貴方が教えてくれたことで “大丈夫かも”って言える気がするよ・・・』

扉間はただ、そうただ真っ直ぐ、芙蓉を見つめている。
樹は不意にその横顔を見た。どこか寂しげにも見えるその顔は、これまで樹が見た事の無い表情だった。扉間でもこんな顔をするのかと思いつつ、再び芙蓉に視線を戻した。
会場中が静かに芙蓉の歌に耳を澄ませている。サビの部分で全ての人の胸がきゅっと切なく締め付けられた。
芙蓉の歌声はまるで川の流れの様に自然で、滑らかで、キラキラと輝いている。
そして最後のフレーズに差し掛かる。

『貴方を包むすべてが ややさしさで溢れるように 私は強く迷わず 貴方を愛し続けるよ どんな時も 傍に居るよ 離れていても 傍に居るよ』

歌い終わるまで、芙蓉はずっと扉間の顔を見つめ続けていた。そして歌い終わると輝く大きな笑顔をして見せた。そして一礼する。
大きな拍手が鳴り響き、会場中が今度は扉間の反応を見ようと振り返る。

扉間は、大量の涙を流していた。

・・・嘘ぉぉぉ!??めっちゃ泣いてるしぃぃっ!!・・・

当然感動はするだろうがクールな扉間はスマートに対応するのかと思いきや、頬全体を濡らすほど泣いていることに会場中が戸惑った。というか、引いた…。

「わっはっはっはっはっは!!卑劣の目にも涙か!ウケるぅ~!!」
「ちょっと柱間様!せっかく芙蓉さんの歌に感動されていらっしゃるのに余計な事を言わないの!」
泣いている扉間を指さして柱間一人が大笑いしている。それをミトが厳しい顔で窘めた。
樹はというと、先ほどの扉間の悲しげにも見える顔からのこの涙に、自分が知っている以上に、二人が結ばれるまでの道程が辛く険しいものだったのだろうと確信した。扉間は芙蓉と結ばれて本当に、本当に、涙が出るほど嬉しいのだろう…。樹は優しい顔でスッと扉間にハンカチを差し出しぶっきらぼうに言う。
「はいこれ。良かったですね…。私、扉間様のこと、信じてますから。」
「…フン!ハンカチくらい持っておるわ・・・・・・ありがとう。樹。」
扉間はポケットから自分のハンカチを取り出し顔を覆って拭いた。
そして芙蓉が席に戻って来て、扉間と樹の間に座る。
「あらあら、扉間さま大丈夫ですか?そんなに感動してくれるなんて…嬉しいけど…なんだかごめんなさい…」
「芙蓉!すっごく良かったよ~!芙蓉は相変わらず歌が上手いけど、この歌はこれまでで一番最高だった!」
「樹ちゃん、ありがとう!…歌って、言葉で伝えるのとはまた違う想いの伝え方が出来ていいよね…。ね?扉間様!」
「ああ・・・そうだな。」

◆

星月夜に爽籟(そうらい)が聞こえる。
扉間と芙蓉は新調した寝具の寝台の布団の中で手を握り合い、その音に耳を澄ましていた。

芙蓉は手を握ったまま、扉間の胸にそっと頭を添えると目を細めた。
「扉間さまの歌、とっても良かった・・・」
「樹がキレまくっていたのが面白かったな。フフッ…」
「ええ・・・」
「芙蓉。俺より先に死ぬんじゃないぞ。絶対にだ。」
「・・・。でも、私は貴方に私より先に死んでほしくないわ・・・」
「いいや。お前は必ず俺より長く生きなければならないんだ。これだけは絶対に守れ。なに、お前なら俺が先に居なくなっても楽しくやれるだろ。ほら、夫を先に亡くした老婆たちは皆元気じゃないか。アハハハ。」
「・・・・。でも、こればかりは約束は出来ないわ。もしも、私が先に逝ってしまっても、私たちの物語は終わらない…。私は貴方をずっと愛し続けます。」
「フゥ…そんな事を言うな。つべこべ言わずに俺より長生きしろ!絶対だ!!」
扉間は芙蓉をぎゅっときつく抱き締めた。
「はい。」
芙蓉は微笑みながら小さく返事をし、扉間の胸に耳を当てると愛おしく心地よい音に安心して目を閉じた。

結婚という新章の始まり。
その始まりに二人はこれからの物語の明るい未来を想い、胸を膨らませながら眠りについた。



◆曲紹介◆

※柱間&ミト:チェリッシュ『てんとう虫のサンバ』
※千手樹:RYTHEM 『Song for you』
※扉間:さだまさし『関白宣言』
※芙蓉:山口百恵『秋桜』、JUJU『やさしさで溢れるように』



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