柱間と扉間が戦いの日々に戻ったある日。
芙蓉は扉間から千手領地の外に出かけている柱間の元へ巻物を届けるように頼まれます。
許婚としての役目を果たそうと、芙蓉は扉間の部下二人と共に領地を出ました。
しかし向かった先は柱間の居る場所ではなく、うちは一族の領地でした。
うちはの忍に襲撃された芙蓉。
そこへマダラが現れ・・・
二人の出会いは必然なのか、それとも、偶然なのか・・・?
柱間と扉間に、再び戦いの日々が戻った。
千手一族のほうが優勢とはいえ、マダラとうちはの上忍たちとの戦いは一筋縄にはいかなかった。
そんな中、新たな手を探そうと、柱間は空知一族の居る国境付近の駐屯地へ赴くことにした。
交渉術では扉間のほうが上であり、本来なら二人で行ったほうが良かったが、戦以外で二人揃って領地を空けるにはリスクがあった。
先日の一件から扉間は芙蓉を避け続けている。
柱間は二人を一緒に残して行くのは心配だったが、一刻も早く行って戻ってこうと準備を整え、幾人かの部下を連れて出発した。
「芙蓉。話がある。父上の部屋に来てくれ。」
久しぶりに扉間から話しかけられて驚く。何の話だろう…様々な想像が頭を巡り、緊張しながら仏間の使っていた部屋に行った。
扉間が畳に腰を下ろす。芙蓉も向かい合って正座をする。
「兄者のことだ。」
ドキリ…芙蓉は柱間の身に何かあったのかと、不安になる。
「いま、兄者は国境沿いに駐屯している空知一族の所へ戦の協力を仰ぎに行っている。そこで交渉のため、あるものを要求された。それを今から兄者に届けてほしい。」
そう言って巻物を取り出し、芙蓉の前に置いた。
「私に…務まるでしょうか…?」
「部下だけの小隊に持って行かせたいところなのだが、いま有能な者がいる小隊が動き、うちはの忍にそれを気づかれたら面倒なことになる。最悪、この巻物まで奪われては秘密が漏えいして一巻の終わりだ。兄者の身にも危険が及ぶ…忍とは関係無いお前にしか頼めないのだ。勿論、部下を護衛に着け、見た目上は要人の護衛任務に見せかける。」
「わ、解りました。」
不安はあったが、やっと忍の許嫁として役立つことが出来る、恩返しができる時が来たと、芙蓉はその任務を引き受けた。
翌日、芙蓉は荷物を纏め、夜明け前に扉間の部下二人、片方はくノ一を伴って出発した。
「行って参ります。」
「頼んだぞ。…気を付けてな。」
「はい。ありがとうございます。必ず柱間さまにこれをお渡しいたします。」
扉間は芙蓉の後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
野営は初めてだった。好奇心の強い芙蓉は不謹慎にもワクワクしてしまう。
「あの、お二人は何歳から忍をされていらっしゃるのですか?」
移動中は会話は禁止されていたため、やっとまともな会話が出来る。
「あははは。忍は生まれた時から、忍ですよ。柱間様も扉間様もそうでしょう。」
「そ、そうなんですね…すみません。無知な質問をしてしまって。」
「いえ。でも女の場合は忍の家に生まれたからと言って必ずしも忍になるわけでは無いので、別におかしな質問では無いですよ。」
「あの…今回は私の為に一緒に来て頂いてありがとうございます。感謝しております。」
芙蓉は深く頭を下げた。二人の忍は顔を見合わせる。
「い、いえ。頭を上げてください!僕らも任務なので。お礼なんて言わないでください。」
「それでも、護衛して頂けて本当にありがたいです。ありがとうございます。」
芙蓉は再び礼を言って優しく二人に微笑む。
「忍は基本、任務に当たっては三人一組みのチームで行動します。私たちも柱間様に巻物を届けるという同じ任務のため集まったチームですよ。」
そう言ってくノ一は芙蓉に微笑み返した。
「チームですか…なんだかそういうの嬉しいです。必ず、一緒にこの巻物を柱間さまに届けましょう!」
何も知らない芙蓉は本当に嬉しそうに笑っていた。
夜になり、最初の見張り役だったくノ一は芙蓉の寝姿を見て、先ほどの会話を思い出し、少し胸が痛んだ。
・・・こんなに良い子なのに、どうして扉間様は・・・
任務で私情は禁物である。すぐに考えるのを止めて、再び辺りを警戒した。
ザザザザザッ。ガチン!キイイイイン。
突然の事だった。
芙蓉たちはうちは一族の忍たちに奇襲され、男の忍がそれを防いだ。
「芙蓉様、私の背中から離れないでください!」
芙蓉は恐ろしくて体が固まりそうになりながらも、くノ一に背中合わせでくっ着いた。
手裏剣が飛んでくる。同時に刀が芙蓉の頭上に振り下ろされる。
くノ一が刀で手裏剣を全て払い除ける。
「お前たち千手一族だな!こんな所まで入って来るとは許せん…消えてもらうぞ。」
「フッ!たった三人、しかも女二人の班でうちはの地に踏み入るとは愚かだな。」
芙蓉を護衛していた二人とうちはの忍二人、二対二で戦い始めた。
四人の姿が森の奥へと消える。
芙蓉は動揺しないようにと努力した。何としても、この巻物だけは渡すわけにはいかない。巻物の入った鞄をぐっと強く抱きしめ、辺りを警戒する。
ビュン!!!グサッ!!ボト…
一瞬だった。芙蓉の左肩をクナイが貫通し、地面に刺さった。
芙蓉は地面に倒れ、これまでに体験したことのない強い痛みで動くことが出来ない。
何分経っただろうか。朦朧としてきた目の前に、先ほどのうちはの二人の忍が立っていた。
「おい。お前の仲間は二人ともとっと逃げて行ったぞ。」
「覚悟しろ。」
そう言って近づいてきた。
「おい…よく見たらこの女、えらいイイ女じゃないか?」
「ああ、なかなかお目にかかれない上玉だな。」
「どうせ殺すなら…その前に楽しませて貰おうか…」
そう言って、動けない芙蓉の服を脱がせ始めた。
・・・助けて…柱間さま…扉間さま・・・
芙蓉の意識が完全に無くなりそうな時だった。
「お前たち。何をしている。」
二人の男たちよりも大柄で、黒く長い髪を靡かせた男が現れた。
「マ、マ、マダラ様!」
「い、いや…あの、こいつ千手の忍です!さっきこいつの仲間二人と戦闘していたんですが、仲間は逃げてしまって…」
「怪我をした女を裸にして、何をしていると聞いているのだ。」
そう言ってチャクラを荒立てる。
「す、すみません。見逃してください!」
「たとえ相手が千手のくノ一だったのしても、蹂躙することは許されない。それでもお前たちは誇り高いうちはの忍なのか!」
「ゆ、許してください!」
「俺たちが悪かったです…すみません!」
男たちはマダラが術を練るのを察して急いで逃げて行った。
マダラは芙蓉に近寄る。チャクラは全く感じられない。死んでるのか。
・・・いや違う。こいつは忍じゃない!・・・
マダラは急いで回復術で傷の手当てを始める。
芙蓉は既に意識を失っていた。
出来る限りの回復と手当を終えると、剥がされていた芙蓉の服を着せ、抱き上げた。
猛スピードで木から木へ飛び移りながら移動する。
芙蓉は意識を取り戻した。
・・・温かい・・・
朦朧としながら目を開けた先には、端正だが少し強面の男の顔が見え、自分を抱きかかえて移動していることが分かった。
「た…助けて…いただいて…あ…りが…とう…」
「しゃべるな。手当をしたとはいえまだ危険な状態だ。目をつぶって居ろ。」
芙蓉は再び瞳を閉じて、マダラに体を預けた。
◆
新緑の少し酸っぱい香りが風に乗り窓から入ってきた。芙蓉は懐かしい気持になる。
芙蓉は病院のベッドの上に横になっていた。
窓からは満開の桜の木の枝が見える。
本来なら、今頃は樹と一緒に女学校の卒業式を迎えているはずだった。
・・・樹ちゃん…会いたい・・・
「痛みはどうだ。少しはマシになったか。」
声のほうに顔を向けると、自分を助けてくれたあの男が立っていた。そして芙蓉と目が合うとベッドの横にある椅子にドスンと座わった。
「悪かったな…俺の部下たちが酷いことをした。許してほしい。」
「・・・・。こちらこそ、助けて頂いて、ありがとうございます。」
芙蓉はあの時の恐怖を思い出し、思わず男から目線を逸らした。
「お前忍じゃないな。何者だ。なぜうちはの領地に入ってきた。」
「・・・・・。」
「答えろ。答えによって対処が変わるぞ。」
「…届け物を、する途中だったのです。」
「誰にだ。」
「言えません。」
「お前の荷物から、唯一チャクラを感じるこの巻物が出てきた。何だこれは。」
「そ、それは!!!」
どうしよう。うちはの人間に巻物のことがバレてしまう!
「封印を解いて見させてもらったが、白紙だったな。」
「え!そんな!白紙だなんて…あっ、いえ、その、それは…」
芙蓉は意外な事実を知り戸惑う。だが白紙でも柱間には読める物なのかもしれない…
「正直に言え。誰に届けようとしていたんだ!」
「言えません・・・」
「お前。誰かに嵌められたな。」
そう言って男はほくそ笑む。
「…嵌められた?」
「そうだ。これを届けるように頼んできた忍か、その忍に依頼した誰かだな。お前を護衛していた二人の忍がお前を置いてさっさと逃げたのもその証拠だ。」
「嘘!そんな、だって扉間さまが柱間さまの為にそんなこと・・・あっ!!」
芙蓉は嵌められたという話に動揺し、思わず柱間と扉間の名を口にしてしまった。
「大丈夫だ。チャクラから扉間の物だとすぐに判っていた。おそらく届け先は柱間だろう?お前を誘導尋問して確認しただけだ。」
「・・・・。」
男にはもう既に全てバレている様子だった。
「あの…その巻物、本当に白紙ですか?なんの情報も、価値も無い物ですか?」
「ああ。全くの紙切れだな。価値があるとすれば新しい情報を書き込める白紙だということくらいか。」
「そ、そうですか…。それが大切な届け物だってことは、嘘だったんですね。」
「だろうな。残念ながら。」
「良かったぁ・・・」
芙蓉は心からホッとしたように笑顔になった。
「は?」
マダラは芙蓉の想定外の反応に驚いた。いったい何が嬉しいのか。
「実はこれ、柱間さまが空知一族との話合いで必要な物で、うちは一族の方に見られたら一巻の終わりだって聞いていました。だから…嘘で本当に良かったです!」
「お前…馬鹿なのか?扉間に嵌められて殺されそうになったんだぞ?」
「ええ。そうかもしれませんけど…。私が死んでいても、この巻物がうちはの方に見られても、柱間さまも千手の皆さんも困らなかったのなら良かったです。安心しました。」
「・・・・・」
マダラは呆れて言葉が出なかった。もしかして千手一族に洗脳でもされているのか?
「あの…すみません…」
「なんだ?」
「貴方様のお名前を、おうかがいしてもよろしいですか?私は橘芙蓉と申します。」
「俺は、うちはマダラだ。」
「マダラ様…ですね。改めて、助けて頂いて、ありがとうございました。」
・・・なにかおかしくないか?・・・
なぜ礼を言われているかよく分らなくなってきた。
・・・というか、俺のこと、知らないのか⁉・・・
「ハァ。お前な…自分がこれからどうなるかとか、気にならないのか?」
「あ、そうですね!すみません…マダラ様はとっても良い方だから、勝手にどうにかなるって思っていました。アハハ。あ、どうなるんでしょう私…?」
芙蓉は笑ったかと思ったら、思い出したように急に不安そうな顔をした。
「捕虜だ。と言っても、殺される予定だった奴を捕虜にしても価値は無いだろうが…まぁ、お前は千手の領地から来ているようだし、知っていることは全て吐いてもらうぞ。」
「…分かりました。でも言えない事は、言えません!」
「お前、捕虜の意味、解ってる?」
芙蓉は、自分が扉間に騙され殺されそそうになった事実を知り、本当はとても動揺した。
信じたくなかった。だが、マダラの前で動揺を見せれば、更に追及されていただろう。
芙蓉にとって言えない事、それは、自分は柱間と扉間の二人の許嫁であることだ。
うちは側にとって自分が“価値のある捕虜”になることだけは避けなければならない。
芙蓉の頬から涙が伝って、真っ白なシーツの上に落ちた。
桜の花びらが、ひらりと芙蓉の枕元に舞い降りる。
◆
柱間は空知一族との協議を終えて領地に戻る途中、部下から芙蓉が行方不明になっていると報告を受け、急いで先に一人で家に帰ってきた。
「扉間!芙蓉の事は何か判ったか!」
「いや、居なくなる前に荷物をまとめた形跡があった事だけだ。」
「お前の感知でも感知できぬとは、どういうことだ!」
「考えられるのは、感知が及ばない遠く離れたところに居る、または結界の中に居る、或いはもう、死んでいるかだな。」
「・・・・。とにかく、全力で探すぞ!」
「ああ。」
十日が過ぎても芙蓉は見つからなかった。目撃情報すら無かった。
柱間は自分の部屋で突っ伏して、声を殺して泣いていた。
「芙蓉…すまない。俺が、俺が居れば、こんなことにはならなかったのに!どうか無事でいてくれ。必ず、必ず見つけてやるからな!」
そんな柱間の様子を感知しても、扉間は何も感じなかった。
◆
桜は葉桜になりかけた時期が一番美しい。そう言ったのは誰だっただろうか。
そんなことを想いながら、芙蓉はのんびりと野原を散歩していた。
芙蓉は数日前に退院し、マダラの屋敷の一角にある離れに住むことになった。
マダラの監視が行き届くうえ、マダラの雑用使いにもなるということからだ。
ふと目線の先に、子供たちが何やら言い争っている様子が見えた。恐る恐る近づいてみる。
「トメが二つで、俺が一つっておかしいじゃん。」「私にもちょうだい!」「俺、そっちの味が欲しい。一つ分けてよ。」
どうやら飴を人数分どうやって分けるか揉めている様だった。
「こんにちは。なに?皆で同じ数で飴を分けたいの?」
「ねぇちゃん誰?そうだけど、関係ないだろ。あんたにはやらないよ。」
「どれどれ、ミカン味が五つにリンゴ味が六つ、それに葡萄味が四つかぁ。人数は?いち、にい、さん…五人ね。これは難しいね。」
「おねえちゃん、分けれる?」
「うん。教えてあげるから、見てて。…まず、5+6+⒋=15個。人数が5人だから、15個÷5人=3個。一人3個づつだよ。味の組合せはこうして、こうして、あとはじゃんけんで勝った人から好きな組み合わせを取って行ってね。」
「ねえちゃん、すげーな!」
「すっごーい!」
「そんなことないよ。皆もすぐ覚えられるよ。」
「…おい!芙蓉、そこで何している。」
気付けば芙蓉の後方にマダラが立っていた。
「ま、マダラ様だ…こ、こんにちは…」
子供たちは急に緊張して整列し、マダラに挨拶をした。
「うむ。礼儀正しくてよろしい。芙蓉、帰るぞ。」
「あ、はい…じゃあね。皆、仲良くしてね。」
芙蓉が立ち去ろうとした時、一番小さな女の子が駆け寄ってきて、芙蓉に小声で何か言ってきた。
「おねえちゃん、さっきのアレ、計算?こんど私にも教えて。」
「う、うん…いいよ。また会えた時にね。」
「絶対だよ。」
芙蓉は少し困ったように頷き、マダラの所へ走って行った。
麻紐で無造作に一つに束ねられた長い髪が頭の高い所で揺れる。これまで髪を一つに束ねてうなじを出す髪型は、剣術の時以外許されていなかった。
服装はふくらはぎ丈のズボンに、上着はうちは一族の装束を着ている。すべて男物だった。袖が長すぎるのか、手の甲が隠れている。
「おい。何をしていたんだ。」
マダラがとても不審そうな、疑う顔で芙蓉を見る。
「あの子たちが飴を人数分で分けようとしていたので、手伝ってあげていました。」
「そうか…余計なことは話すなよ。特に、千手のことはな。」
「はい…。あの、あの子たちも忍ですか?」
「ああ。だが皆、戦で親兄弟を亡くした子たちだ。」
「・・・!」
芙蓉の脳裏に、板間の顔が浮かんだ。
「兄弟も、ですか…」
「そうだ。皆、千手一族の忍たちによってな。」
「・・・・・・。」
板間は、うちは一族に殺された。
自分は今、戦争相手の領地に居るのだと、改めて実感する。
ふと、斜め前を歩くマダラの表情を伺った。厳しい表情をしているように見える。
しかし芙蓉には、ただマダラの背中を見つめることしか出来なかった。
「は⁈教師がしたいだと⁉」
マダラは茶を吹き出しそうになった。
「はい!ここで働いて、助けて頂いた御恩を返したいんです。私に出来る事と言ったら、家事と勉強くらいですので、家事は今しているとして、勉強を活かして働けたらなって。」
「ハイ、お前の立場は?」
「『捕虜』です」
二人の声がうまい具合に重なる。
「解っているなら、大人しくしていろ。いくら一般人だと言っても、また襲われる可能性もあるんだぞ。」
「心配して下さってるんですか!」
「ち、違う!だいたい千手側で育ったお前が、うちはの地で教鞭を取るなど、許可できるわけないだろーが。」
「算数・国語だけでもダメですか?忍の子も、そうではない子も、基礎的な教養が無いと、その先大人になって自身が困ることになります。申し訳ないですが、ここには基礎力の無い子が多いように見えます…。」
マダラは少しムッとしたが、戦に力を注力しているせいで、子供たちの教育には気を配れていない状況なのは確かだった。
「親の居る子ならまだしも、親兄弟が居ない子は誰かに教えてもらう必要があります。せめて孤児院の子たち限定でも教えさせては戴けませんか?」
マダラは不覚にも、芙蓉の長期的で堅実なものの考え方に感心した。
だが、なぜか芙蓉は、忍に関してだけはまるで知識が無いのだ。商人の一人娘とは、そういうものなのだろうか。
「お前、あっちで教師だったのか。」
「いいえ。もうすぐ女学校を卒業するところでした。」
「教えた経験も無いのに、よく言うな」
「でも最近、毎日近所の子供たちに算数と国語を教えて練習していますので!あ‥‥」
「あれだけ止めろと言ったのに…お前は…。ていうかお前、実はけっこー馬鹿だろ!」
「あははは…すみません。どうしてもって子供たちにせがまれちゃいまして…」
「…いちおう、一族の会議で議題に挙げてみてやる。たぶんダメだろうがな。まず長の俺が反対だ。」
「え⁈マダラさまって、うちは一族の長でいらっしゃったんですか!」
「まずお前には、一からココのことを叩きこんでやろうかぁ…ああン⁉」
「それはありがたいです。お願いします。」
芙蓉は真面目に答え、マダラの怒りを見事にスルーした。
マダラは気が抜ける。
・・・本当にこの、うちはマダラを知らないとは、こいついったい何者だ?・・・
マダラは一族の会議で芙蓉が孤児に対して勉強を教えても良いかを議題にした。
予想に反し、賛成意見のほうが多かった。
うちはでは最近亡命者の数が増え、教師を出来る者がほぼ皆無な状態だった。子供たちの教育をおろそかにすれば一族の未来も危うい。みな合理的な理由で賛成した。
そうして、芙蓉が教師になることがあっさりと認められた。
「‥‥教えていいぞ。」
「何をですか?」
「いやだから、勉強!お前が自分で言ったんだろが。」
「本当ですか?嬉しいです!私、頑張ります!」
弟・イズナの服を着て、無邪気に喜ぶ芙蓉の様子に、マダラは思わず心が和んだ。
入院中の会話といい、この天然さ。かと思ったらいきなり教師がしたいなどどと言い出す。
決して馬鹿ではないのだが、芙蓉の変わり者ぶりに、いつの間にかマダラの警戒心は薄まり、心を開いてしまっていた。
◆
芙蓉が孤児院の教壇に立つ初日。
マダラは、芙蓉が本当にきちんと教えられるかどうか確かめに来た。
芙蓉はそれほど緊張していない様子だ。どうやら人前に立つことに慣れているようだ。
「…では、今日は算数の授業から始めます。教科書の一ページ目を開いて下さい。」
教室には六~十二歳までの幅広い年齢の孤児たちが二十人ほど並んでいる。全員が一斉に、芙蓉が手製した教科書を広げる。
「皆さんは計算が出来たら便利だなって思う時は、どんな時ですか?」
教えるのが初めてとは思えない慣れた様子で、余談や雑談を挟みながら授業を進める。
生徒の席を回って、器用に年齢に合わせた教え方をする。
マダラはその様子に感心していた。
芙蓉ほど聡明な女をこれまでに見たことが無い。やはりただの商人の娘とは思えない。
・・・本当にいったい何者なのだ・・・
「マダラ様、この女、本当に何者ですか。初めて教えるには上手過ぎやしませんか?」
心の声が代弁されて驚き、そう言った部下のほうを見る。
「まさか、スパイってことないですよね。」
もう一人の部下が言った。
「そうだな…確かにこれはスパイの可能性もゼロでは無いレベルだ。だが、スパイが堂々と教師がしたいなどと言い出すかは、疑問だ。」
「しかし、警戒するに越したことはありません。なにしろ千手の側から来た女です。」
「そうだな。」
マダラは芙蓉と出会ってからこれまで、つい芙蓉に対して警戒心を解いていた。
芙蓉からはチャクラの気配は微塵も感じられず、忍という可能性は極めて低いが、もしそのような能力だった場合は…
急速に芙蓉への警戒心が復活してくる。
・・・なによりこいつは、あの千手側から来た人間だ・・・
マダラはそう自分の中で呟き、芙蓉を強い視線で睨んだ。
芙蓉がその視線に気づいてマダラを見た。
ニッコリ。
今度はチャクラを込めて更にきつく睨んで見る。
…ニ、ニッコリ・・・・・・・・タタタタタッ!
生徒たちの間を小走りで抜けて芙蓉がマダラに駆け寄ってきた。
「あ、あの。何か間違っていた箇所、ありました?」
マダラも部下二人も、思わず身構える。
「な、無い。続けろ!」
芙蓉は教壇へ戻ろうとしたが、急に振り向いてニッコリとしてマダラを見る。
「あ、今度何か気になる事があった時は、睨まずに、手を挙げてから発言してくださいね。」
教室が大爆笑した。これには流石にマダラもその部下も頭を抱えた。
マダラは机に片肘をつき目を閉じて部下の話を聞いている。
「あの女、天然なのか演技なのか、チャクラが全く無いので解りませんね…」
「いや逆にそれを利用し、一般人のあの女をスパイとして使っている可能性も。」
マダラは目を見開き、真っ直ぐ前を見た。
「仕方ない。写輪眼で見てみるか…」
「忍でない女に写輪眼で幻術をかければ、命の危険もありますが…」
「そんなことは承知の上だ。単なる疑惑でもうちはの危険になりうるものは全て消す。」
「私もマダラ様に賛成です。千手側の人間など皆信用はできません。」
マダラは芙蓉の笑顔を一瞬思い出し、また目をつぶった。
◆
芙蓉は自分の部屋で今日の授業の振り返りをしていた。
淡いだけの、叶うことのないと思っていた夢が、実現したようで少し浮かれていた。
子供たちの笑顔や、問題を解くときの真剣な顔、ハイと手を挙げる姿…
そして、身が凍り付きそうな恐ろしい、マダラの顔…
・・・何がいけなかったのかなぁ。計算は間違っていなかったし。何かまずい事、言っちゃったのかなぁ・・・
そんな事を考えながら、気づけば立ち上がり窓から月を見上げていた。すると…
「あ、マダラさま!お帰りなさい。あの、今日の授業、どこが悪かっ…」
目の前で見覚えがある幼い少女が泣いている。
そこへ自分にそっくりな女性が近寄り、しゃがんで少女に何か言っている。
『大丈夫。大丈夫。芙蓉なら絶対に』
…あれは、私?じゃあ、あのひとは、お母さま…?
二人に近寄ろうとした瞬間、目の前に大きな柵が落下してきて芙蓉の行く手を阻んだ。
よく見ると、檻だ。閉じ込められた⁉
違う!私が檻の中を見てるんだ!!
すると、檻と、その檻の中に居たはずの幼い芙蓉と母親の姿が煙のように消え、真っ白な世界だけが残った。
「芙蓉。」
後ろから声がして振り返ると、マダラが居た。
「マダラさま!ここは…?」
「お前の心の中だ。幻術でお前の意識の中に、俺の意識を侵入させた。」
「す、すみません。私、忍術の事は分らなくて…」
マダラは芙蓉と目を合わせて、写輪眼を発動させた。
・・・・シン・・・
「あの…マダラさま?すみません、幻術ってこの白い世界の事ですか?」
その白い世界にも、芙蓉自身にも、何の変化は起きなかった。
「・・・・。」
何も答えずマダラは上下、左右、前後、全てを見回す。
本当に真っ白なだけで、何も見当たらない。
それを見て、芙蓉も同じように辺りを見回してみた。やはり何も見当たらない。
「何も無いな。」
「はい…」
「掌を見せろ。」
そう言って芙蓉の両手を取り、掌を開く。細く長い白い指がマダラに向く。
両手の薬指には、左に金、右に銀の指輪がそれぞれ着いている。
「この指輪はなんだ?」
「これは…」
説明しようとしたが声が出ない。
暫く指輪を見つめて、これが何なのか、自分にも分からないことに気づく。
「これは、何か私にも分かりません。」
この世界、つまり芙蓉の心の中の世界で芙蓉は嘘をつくことは決してできない。
「お前は、千手のスパイなのか?」
「違います。」
芙蓉はマダラの顔を見て真顔で即答した。
「扉間とお前はどういう関係だ。」
「私は扉間さまのお家の女中です。」
マダラは合点がいった。
なるほど、女中の芙蓉と扉間の恋愛のもつれといったところか?
そのとたん、芙蓉がふらっとして倒れそうになった。
それをマダラが即座に支える。もうこれ以上は無理か…
夜風がふわりと芙蓉の頬をかすめていった。春の風はまだ冷たい。
しかし芙蓉の体は優しい温さに包まれていた。
そっと目を開けると、目の前にマダラの顔があった。
芙蓉はマダラに抱きかかえられた体勢で、自分の部屋の畳の上に横たわっていた。
「ま、マダラ…さま…って、わーっ!すみません、私、あれ??」
急いで起き上がろうとしたが、頭が痛く、目の前が回るような感覚に、再びマダラの腕の中に戻り身を任せた。
「いいから。大人しくしていろ。」
マダラはそのまま芙蓉を抱きかかえると、布団の上に芙蓉をゆっくり横たえ、隣に座った。
「なにも覚えていないか?」
「は、はい…うたた寝でもしちゃってたかな…すみません、ご迷惑かけて。あの…私に何か御用でしたか?」
芙蓉は自分が幻術にかけられていたことも、幻術中のことも覚えていない様子だった。
「お前、扉間の女なのか?」
「はい⁈…ち、違います!前もお話しした通り、ただの女中です。」
「一方的に好意を持たれていたとか、お前もあいつのことが好きだったとかは?」
「・・・・。」
・・・『俺の女になれ』・・・
芙蓉はあの時のことを思い出した。
「扉間さまは・・・もしかしたら私のこと、好いてくれていたのかもしれません。全く気が付きませんでしたけど。」
そう言って芙蓉は目を伏せた。
芙蓉はこれだけの美人だ。しかもかなりの聡明さ。
扉間が芙蓉に一方的に好意を抱き、だがそれに応じなかった芙蓉を、あの冷酷な男なら始末しよう考えるのは全く不思議ではない。むしろ、らしい、とすら感じる。
そう考えると、たかが色恋が原因で殺されかけた芙蓉は、かなり哀れだ。
マダラはそう思い、悲しそうな顔をして横たわる芙蓉の姿を見た。
寝る前だったのか寝間着を着ている芙蓉の胸元は少しはだけており、真っ白いふっくらとした胸の谷間が見えていた。出会ったあの時、芙蓉を介抱した時のことを思い出した。
・・・俺、こいつのほぼ全裸、見てるんだった・・・
マダラは急に恥ずかしくなって急いで立ちあがり、そそくさと出口へ歩いて行った。
「…なかなか良かったぞ、今日の授業!ゆっくり休め!」
「はい!ありがとうございます!!」
さっさと出てゆくマダラの姿を見ながら、芙蓉は嬉しくて堪らなくなった。
◆
芙蓉が孤児院で勉強を教え始めると、その存在がたちまち知られることとなった。
芙蓉は一応、ここでは“うちはと千手のいざこざに巻き込まれ負傷しているところをマダラに助けられた、辺境の国の商人の娘”という設定だ。
扉間に嵌められて殺されそうになった経緯は、マダラしか知らない。
「芙蓉ちゃん、いつ見てもメチャメチャ可愛いよなぁ…」
「いや~彼女こそ絶世の美女だろ!」
「でもさ、なんでいつもうちはの男服着てるだろうなぁ?そこも萌えるけど。」
芙蓉が休み時間や放課後に庭で子供たちと遊んでいると、男たちが芙蓉を一目見ようと集まってくるようになっていた。ただでさえ少ない女の数が、最近ますます減っており、美しい芙蓉は男たちの目の保養と心の潤いとなっていた。
マダラは芙蓉を見物に来てざわつく男たちを見て、芙蓉と出会ったあの時のことが頭をよぎり、少しばかり心配になった。
・・・同じ敷地に住まわせているとはいえ、俺もなるべくあいつに付いてやったほうがいいかもしれんな・・・
「ねぇ芙蓉さん。さすがに子供たちの前で男物の服をずっと着ているのも難だから、良かったらこれ、着て。死んだ娘ので良かったらなんだけど。」
孤児院で働く年配の女性が芙蓉に包みを渡した。
「…まぁこんな素敵なお洋服を、しかもこんなに沢山。ありがとうございます!…でも、私なんかが着て、娘さん怒りませんかね?」
「ううん。喜ぶわ。娘もね、あんたと同じくらいの歳だったのよ。くノ一だった…」
「そうですか…。それではありがたく、使わせて頂きますね。」
芙蓉が少し複雑そうな顔で包みの中を覗いていると女性が続けた。
「そうそう、今あんたが着てる服も、マダラ様の弟さんの物だよ、きっと。」
「え?そうなんですか?マダラさま、弟さんがいらっしゃったのですね。全然話して下さらないから、知らなかったです…」
「でもね、マダラ様はね…『弟殺し』って陰口言われてるよ。」
「・・・!」
「昨年、最後の一人の弟さんが亡くなってね。その死の原因が…」
女性がそう続けようとした時、芙蓉の見張りの上忍が間に入ってきた。
「芙蓉さん。帰る時間です。用意して下さい。」
そう言って女性のほうをキッと睨む。女性は慌ててじゃあねと言って姿を消した。
芙蓉がマダラの屋敷の居間に入ると、マダラが両目を抑えて苦しそうにしていた。
「だ、大丈夫ですか!マダラさま!」
芙蓉は慌ててマダラの背中に手を当て、顔を覗き込んだ。
「な、なんでもない。少し、痛んだだけだ…」
そう言って手を除けると、目の前に芙蓉の顔があって目が合う。
心配そうにマダラの顔を見つめている。琥珀色の大きな目に吸い込まれそうだ。
マダラは恥ずかしくなって顔を大きく逸らした。
「目が痛むなら、冷たいおしぼり、作りましょうか…?」
まだこちらを見ている。思わず芙蓉を見返すと、見慣れない服を着ていた。
「なんだ、その格好は。」
「孤児院の職員の方が下さったんです。亡くなった娘さんのとかで…」
袖が広がった長袖で胸元に花の刺繍が入った紺色の合襟の上着に、丈の短い女物の黒いズボンを履いており、腰は絹の紐でぎゅっと縛っている。とても女らしい服装の芙蓉に、マダラは思わず見惚れる。
「ダメですかね?あ、お借りしていた服はお洗濯してからお返ししますね。」
「あ、ああ。」
弟のことを思い出すと辛くなるが、思い出さないのも辛かった。
芙蓉が弟の服を着ている姿を見ていると、少年の頃の弟を思い出した。
たった一人残った弟を絶対に守ると誓った頃の気持ちを思い出すことで、自分を戒めていたのかもしれない。
マダラの寂しそうな表情を芙蓉は見逃さなかった。
「でも時々、またお借りしてもいいですか?」
芙蓉はニコッと笑って見せた。
「…勝手にしろ」
マダラは芙蓉に背を向けて座り、書類の整理を始めた。任務に関する書類、うちは領地市民の暮らしに関わる書類、戦に関する書類…様々な書類を自宅に持ち帰り一人で処理をしているようだ。
芙蓉はその背中を優しい瞳で見つめる。
いつの間にか、芙蓉は心からマダラの力になりたいと思うようにっていた。
「お味はいかがでしたか?」
「悪く無かった。」
それを聞いてほっとしながら、芙蓉はマダラの食器を片づけ始めた。
芙蓉がマダラに幻術をかけられたあと、芙蓉はマダラの食事の用意も任されるようになっていた。どうやらようやく無害な人間だと信用してもらえたようである。
「そういえば、マダラさまの好きな食べ物って、なんですか?」
「…いなり寿司…」
「なんだか可愛いですね!もっとこう、生肉!とかかと思っていました。あははは。」
「か、可愛いって…お前殴るぞ!」
「えっと、私が好きなものは…清酒かな。ってあ、それ食べ物じゃありませんね。あは。」
「訊いてねぇ!!」
芙蓉は一人で憤慨するマダラを気にせずニコニコし、食器を重ね盆に載せ、自分の住む離れへ持って行こうとした。
「…お前も、俺と一緒にここで食えばいいだろ。」
「え、でも、失礼じゃありませんか?」
「俺がそうしろっつってんだから、何も問題ないだろが。」
「では、明日からそうさせて戴きますね。あの、料理と片付けも、こちらでさせて貰えるとありがたいのですが。」
「好きにしろ。…そのかわり…明日は、いなりにしろ。」
「あはは。ハイハイ、分りました!」
「ハイは一回でいいっ!」
・・・やっぱこいつ俺のことナメてる気がする・・・
トントントントン…クツクツクツ…
芙蓉の手際の良い包丁の音と、空腹を刺激する美味そうな香りに、マダラは思わず少し微笑んでいた。台所に目をやると、芙蓉がいなりの皮に酢飯を詰めている。
「あっそうだった…マダラさまは、いなり寿司の中って、混ぜ寿司が良かったですか?」
「いや、混ぜ寿司は邪道だな。まぁ不味くはねーけどな。」
「ああー良かった!普通の酢飯で作ってました。焦りました。」
そんな他愛もない会話が続き、夕食が整った。
いなり寿司の他にも、ほうれん草のお浸し、豆腐と山菜の吸い物、岩名の煮付け、牛の時雨煮、カボチャの煮物…色鮮やかな品が並んでいる。
「お口に合うといいのですが…」
マダラはさっそく、いなり寿司を口に入れる。
・・・やっばっ。うっまっ!なんだこれっ!!!・・・
「…わ、悪く無いな。」
・・・毎日いなりでも良いな・・・
「良かったです。どれどれ…うん、美味しい。お店で出せそうです。」
「自分で言うか。」
「うふふ。学校でよく親友にお弁当を作って行ってあげていたんです。その子がいつも、『お店で出せるよ』って褒めていてくれいたものですから。つい。」
芙蓉は樹の笑顔を思い出して、少し寂しい表情で微笑んでいた。
「親友か…どんな奴だったんだ?」
芙蓉は樹が千手一族のくノ一ということを思い出し、少し緊張する。
「背が高くて、手足も長くて、金色の長い髪に、青い目、凄く美人なんです。ちょっと男の子っぽいというか、とても頼もしい性格で、どんな時も私の味方をしてくれて、でもダメなことはダメって叱ってくれるし、本当に優しい子です。」
「大好きなんだな…」
「はい!」
マダラは少しその少女のことを羨ましく思った。
芙蓉は再びその少女に会えるのだろうか。
◆
扉間はあの日、芙蓉に自分を拒否され、柱間とも自分とも結婚したくないと言われてから、芙蓉への愛情が憎しみへと変化していった。
いっそのこと、柱間を愛しているから結婚すると断言してくれたほうが良かった。
これから先、またどれだけの月日を、芙蓉を見て苦しみ続けなければならないのか…いや、誰か、ほかの男に芙蓉が取られたら…
そんなことを何度も何度も考えているうちに、いつの間にか扉間は、芙蓉の存在を消すことを考え始めていた。
「手に入らないのならばいっそ、死んでくれ。」
簡単に殺して、死体を柱間に発見させるのもいい。兄の嘆き悲しむ顔も見てみたい。
しかし、今や千手のナンバー2として長の柱間を支え、うちは打倒の為、千手と共に生きる者たちの為、扉間は責任を果たしていかなくてはいけない立場である。そんな短絡的な殺人で、この大切な時期に失権するわけにはいかない。
そこで、芙蓉には“不確かだが、実質的な死”を与えることを思いついた。
空知一族との協議は、扉間が取り付けたものだった。
実際にその協議は千手にとって必要なものであり、行うべき協議であったのだが、それを長同士レベルで設定し、自分ではなく、柱間が一人で行くように仕向けた。
柱間の留守、それが実行の時だった。
芙蓉は柱間のためだと言えば必ず従うので簡単に騙せる確信があった。
それに反することなく、芙蓉は素直に応じ自分の足で領地を出た。
領地の外で付添いの部下に殺させても良かった。だが、それではすぐに柱間に見つかってしまうし、柱間ならすぐにその犯人も突き止めるだろう。
不確かだが、実質的な死に必要なものとは何か。
それは、置き去り。
それも、敵地内への置き去りである。
うちはの領地内に置き去りにすれば、千手を恨む忍たちに殺されるだろう。
すぐに殺されなくても、捕虜になり拷問の末死ぬか、それとも一生奴隷にされるか…
そして芙蓉はあれだけの美貌だ。戦況が不利な中で女に飢えたうちはの忍が、芙蓉に指一本触れないわけが無い。
・・・あの時、俺に抱かれなかったことを後悔すればいい・・・
いずれにせよ、芙蓉は二度と千手領地に帰ってくることは無いだろう。
柱間は今も扉間が芙蓉のことを愛していると全く疑っていない。お人好しで真っ直ぐな性格の柱間ならば、まさかその扉間が芙蓉を消すことを企てたと疑うことも無いだろう。
それはもう、疑いも無く“殺人計画”だった。
今年も庭の芙蓉の花が、何事も無かった様に美しく咲いている。また夏が来た。
だがそこに芙蓉の姿は無い。
柱間は忍術書を広げた前で、うな垂れていた。
「兄者!落ち込んでいる場合ではないぞ。次こそ、うちはと決着をつける。」
「・・・ああ。解っておるぞ・・・でもお前は、芙蓉の事が心配ではないのか?」
「心配をしたからと言って帰ってくるわけでは無い。俺も感知や部下を使って探している。それに今は戦争中だ。戦に私情を持ち込むな。たとえ兄者だとしても死ぬぞ。」
柱間は庭の芙蓉を見つめた。
・・・もう愛する大切な人を失いたくはない・・・