※この作品はR-18です。

罪の向こう、愛の絆   作:千野 伊織

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お久しぶりです!
【六花の森】の番外編です。

あらすじ:
芙蓉が六花としてマダラの下僕になって数年。一人前の忍に成長した六花はようやく一人で任務を任されるようになっていました。
今回の任務は、砂隠れの里が尾獣の一尾を利用して開発している尾獣兵器の情報収集と破壊。
六花は砂隠れの里に潜入し、二代目風影・沙門に近づきます。
しかし得られたのは尾獣兵器よりももっと危険なもので・・・!
その頃、木ノ葉の里の二代目火影・千手扉間も、軍事拡大する風影と会談するために砂隠れの里へやってきます。
沙門の開発している危険な兵器とは!?六花(芙蓉)と扉間の再会はどうなる!?

※ぜひ【六花の森】シリーズも合せてお読みくださいませ(^^)



【六花の森番外編】大海の木ノ葉(一)

扉間は酒を注いだ猪口を仏壇に供え、数珠をもって手を合わせて暫く眼を閉じた。

「まったく。最強の忍が病でぽっくり早死になんて、笑えんぞ…」

再び目を開けると、目新しい位牌に向かって苦笑いしながら、そう呟いた。

位牌を見つめていると、今にもガハハハという馬鹿笑いが聞こえてきそうだった。

その位牌の隣りには、時を経た位牌が他に四つある。

扉間はそれらすべての位牌を見ていると、まるで大海へ舞い降りた木の葉のように、為すすべ無く漂う孤独に胸の奥がきつく締め付けられ、思わず下を向いた。

・・・せめて、芙蓉が傍に居てくれたなら・・・

いつもの思考に回路が回りそうになり、扉間は急いでその思考を止め立ち上がり、縁側越しの庭を眺めた。

石の庭園の隅には黄色い鼓草(=たんぽぽ)が寄り添うように咲いており、どこからともなくやってきた初蝶がひらひらと、扉間の眼の間を横切って行った。

桜はもう、散っている。

 

「気持ちは解るが、その…あまり考え過ぎないようにな…。また来る」

扉間は居間に居るミトに向かって、ミトの顔を見ずにそう言った。

「ええ。大丈夫ですわ。次女の出産も近いですし、孫の世話もありますから、落込んでばかりいられませんもの。それより、もうお帰りですか?四十九日についてご相談したかったのですけれど」

ミトは気丈に明るく振舞い、笑顔で扉間に問うた。

「すまんが姉上に任せる。ワシは明日から任務で風の国へ行かねばならんのだ」

「…そうですか。どうぞお気をつけて」

すると、廊下から小さな足音がこちらに向かってくる音が聞こえた。その足音はあっという間に角を曲がり、一直線に扉間へと駆け寄って来て、そのまま扉間の腰に抱き着いた。

「大おじ様、もうお帰りなの?もっと綱と一緒に居てよ!」

「綱手…すまんな。ワシはこれから大切な任務があるのだ。“おじい様”から受け継いだ大切な任務だ」

扉間は申し訳無さそうな笑顔で、綱手の頭を優しく撫でながら言った。綱手はそれを聞き終わると、黙って扉間の腰に顔を埋めた。しかし、直ぐに顔を上げる。

「わたしもおじい様と一緒に、大おじ様のご無事をお祈りしてるから…早く帰って来てね」

「ああ勿論だ。綱も、おばあ様のこと、しっかり頼むぞ」

「はい!」

それから綱手とミトは玄関まで見送ってくれた。

二人の笑顔が痛々しかったが、この玄関の扉を閉めたなら、自分の悲しみと共に、二人の顔も忘れなければならないと覚悟を決めた。

 

◆

 

「六花」

「わぁっ!」

「いやビックリし過ぎだし。緊張してるの?」

「う、うん…ちょっとね」

「気楽にいこうよ。さ、マダラの所へ行こう」

「そうね…」

六花はもう一度、忘れ物が無いか荷物を確かめた。そして部屋の中をぐるりと一周見回すと、はぁーっと大きく息を吐き、両頬をパンパンと軽くたたいた後、出て行った。

 

「まぁ、どこの里も尾獣を利用しているから、尾獣兵器など今更な気もするが、いずれ九体すべての尾獣を集める為にも現状は常に把握しておかねばならん。今回は潜入捜査だ。気を抜くなよ、六花」

「はい。マダラさま」

「ゼツ、何かあれば直ぐに分身をよこせ。いいな」

「うん。分かった」

跪き、マダラの顔を見上げる六花の顔を、マダラは黙ってじっと見つめた。六花も何度か瞬きしつつも、眼を逸らすことなく、マダラの眼を見つめている。

マダラの瞳の色は真っ黒で、特に何の感情も読み取れない。平常心の様である。しかしその無色の瞳は、六花にとって無言のプレッシャーにも感じられた。

「行け」

「はい」

六花はマダラから目線を外して深く頭を下げた後、素早く立ち上がり部屋を出て行った。

 

 

「いらっしゃいませ!」

六花はその客の顔をみるなり、目尻を下げて大きな声で挨拶をした。

「あらあら“ユエ”ちゃんったら今日一番の笑顔ね」

カウンターの中で煮物を皿に盛りつけている、この店の女将が六花の反応を見て、くすくすと笑いながら言った。するとその客は、照れくさそうに頭を掻きながら笑いを堪えるような難しい顔をして俯いた。

ここは砂隠れの里の中心街の狭い路地に在る小さな小料理屋。

そして時は閉店五分前で、店内にはもう客は居ない。居るのは和服が似合う四十路過ぎの美人女将、そして同じく和服姿がぎこちない六花が二人で後片付けと、その客用の料理を準備している所だった。

「沙門様、お酒と先附の準備は出来てますよ。どうぞお席へ。女将さん、私、暖簾外して来ますね」

「ええ、お願い」

六花は笑顔で玄関の外へ出て行った。

「今日は少しお早いですわね。フフ」

女将は、カウンターから見える小上がりの席に上がろうとしている沙門に向かってそう言うと、沙門は軽く咳払いをし、座布団の上にドシンと腰を下ろすとそれに答える。

「たまたま…早く着いただけだ」

「フフフ。そうですか」

ガラガラ、ピシャ。

「あら、お二人で何を楽しそうに話してたんですか?」

「沙門様がね、ユエちゃんの顔が見たくて急いで仕事を終わらせて来たんですって」

「おい!…そ、そんなこと言ってないだろ…」

「あら~違うんですの?ユエちゃんは一昨日沙門様が帰られてからずっと、今日を“まだか、まだか”って言ってたんですのよ。ねぇ、ユエちゃん?」

「はい。一日置きにお見えになられるって解ってはいても、やはり待ち遠しいですもの」

六花は暖簾を店の隅に仕舞いながら、照れることなくさらりと答えた。

一方、徳利を持つ沙門の手はほんの僅か震えている。それを見て六花は急いで沙門の席へ行き、沙門の隣りにしゃがむと、その手から徳利を取り上げて微笑んだ。

「待って。私がお注ぎしますから…」

「…ほぼ…毎日会っているじゃないか…昼の仕出しを持って来て貰っている時に…それに、どうせ他の客にも同じことを言っているんだろ…」

沙門はボソリボソリと呟くように言うと左手で猪口を持った。六花は頬を膨らますと、沙門の顔と猪口の中、両方を覗き込みながら黙ってゆっくりと酒を注ぐ。

「ゴ、ゴホン。そんな顔を、するな…仕方ないだろう。昼間は勤務中なんだ」

沙門はそう言うと俯き気味に猪口の酒を飲み干した。すると六花はずいっと沙門に身体を寄せると、パッと顔を明るくし、沙門の顔を覗き込んだ。

「なら、お店の外でも会って戴けませんか?」

その言葉に驚き、沙門は思わず身体をのけ反らし、眼を見開いて六花を見た。

六花はニコニコして沙門の答えを待っている。その顔は少し悪戯っぽくも見えるものの、混じり気の無い純粋な六花の性格を映している様でもあり、冗談とも本気とも取れる。

しかし実は沙門も、同じことをいつ六花に言い出そうかと迷っていた所であり、六花から先にそれを言われた事は嬉しくもあり、男として奥手な自分が恥ずかしくもあった。沙門は黙って空の猪口に眼を落とす。

「ごめんなさい。困らせてしまって…」

「会おう…外でも会おう。いつ会う?」

「え?あ、はい!ありがとうございます!えっと、じゃあ沙門様の次のお休みではどうですか?」

しかし、二代目風影である沙門は忙しく、特に今は特別な状況で休みなど取っている暇は無い。

「…逆に、お前の休みはいつなんだ?」

「私の休みは…沙門様がお店に来ない日です!」

「…。だ、だから、それはいつなんだ?」

「次のお休みは明後日です」

「では明後日の夜、六時にこの店の前で待ち合わせよう。どうだ?」

「はいっ!わぁ~とっても楽しみです!ありがとうございます!」

明らかに上機嫌になっている六花は再び沙門の猪口へと徳利を近づけ、花が咲いた様な笑顔で沙門と猪口を交互に見ながら酒を注ぎ始めた。また沙門も自然と頬が上がり微笑んでいた。そして心の中で、初めて意中の女から約束を取り付けられたことに胸を撫で下ろしていた。同時に、六花の俯いた時の長いまつ毛がこれまで以上に妖艶に想え、色々な事を想像させていた。

 

 

「はぁー疲れた」

「疲れたって、ゼツは何もしてないじゃない」

部屋の電気をつけ、鞄を畳の上に置きながら、六花は呆れた顔でその鞄の中から顔を覗かせているゼツを見た。そして鞄が床に着くと同時にゼツは鞄から飛び出し、六花の左肩に載った。

「疲れるに決まってるじゃん。長いよ外で会うことになるまでさ。一ヶ月もかかってんじゃん。もうこれ以上は仲良くなれないかもって僕諦めかけてたし」

「ああいうタイプは強引に誘っても怪しまれるだけなの。焦りは禁物よ」

「面倒くさいよね。自分のルックスに自信が無くて女経験たぶんゼロな上にこじらせて女不審になちゃってるタイプ。しかもオッサン」

「いいじゃない。自信過剰で慢心しているひとよりは…」

「それマダラのこと?あーあマダラなら速攻ベッドインなのにな」

「何言ってるの⁉…そ、そんな事無いわよ!」

「まぁその分マダラは口は堅いだろうけどね。あはは」

「沙門も風影よ、口は堅いわ。でも、ああいう堅物で真面目で奥手で、仕事一筋みたいなタイプは堕としてしまえば全てこっちのモノになる。それまでは慎重に行かなきゃ」

「モテない男って一言で言えば?」

「兎に角!まだ気は抜けないわ」

六花はそう言うと上着を脱ぎ、左肩のゼツは振り落とされた。六花はそれを無視して着物の帯を解き始める。肌襦袢の紐を解こうとした時、畳に転がるゼツが六花を見上げて問う。

「ねぇホントにするの?」

六花の手が止まった。しかしゼツの方は見ず黙っている。

「マダラも酷いよね。ってまぁ下僕って本来そういうものだけど」

それでも六花は何も言わず、再び紐を解き始めた。そして裸になると浴室へ向かった。

「ちょっと。まだ風呂入れてないじゃん」

「ジャワ―で済ます」

「えー僕風呂に漬かりたいよ」

ゼツが遅れて浴室に飛び込むと、六花は勢いよく扉を閉めた。

 

◆

 

気が付くと一昨日の夜と同じく、汁物の椀に口をつけ目を伏せているユエ(=六花)の長いまつ毛を見つめていた。しかしその光景は一昨日とは違う。日頃店で見るユエの振る舞いや所作も美しいのだが、食事をしている姿は惚れ惚れするほど美しかった。そして沙門の中では、今のユエは仲居ではなく、たったひとりの女だった。

すると沙門の視線に気づいたのか、六花が顔を上げた。

「女将さんの料理も美味しいけれど、このお店のお料理も本当にとても美味しかったです。ありがとうございました」

「…まだ、水菓子も出て来る」

「あら。そうなんですか?どれどれ…わぁメロンだわ。大好きです!」

品書きを握り締め、六花は嬉しそうに首をかしげて見せた。

「そうだ…その…この前、お前が作ってくれた卵焼きも、美味かった。その…料理は得意なのか?」

沙門は六花から視線を逸らすと、唐突に言い忘れていた事を言った。

「そうですね。得意な、ほうかなぁ。ふふ。沙門様に褒めて頂けてとっても嬉しい!」

「その…他の客にも作ってやるのか?」

コンコンコン。

「失礼致します。風影様、そろそろ水菓子をお持ちしても宜しいでしょうか」

「ああ。頼む」

扉の向こうからこの店の女将の声が聞こえ、沙門は返事をした。そしてすまなそうに六花の顔を見て言う。

「すまないな。急がせて」

「いいえ。わざわざお仕事を中断して会って戴けたんですもの。本当に嬉しかったです。ありがとうございました。でも、こんな事を言っては怒られてしまいそうですけど、そう言えば沙門様は二代目風影様なんですよね。いつも沙門様ってお名前で呼ばせて頂いているし、お昼にお役所にお伺いしても殆ど風影室にはいらっしゃらないから忘れておりました。申し訳ありません」

六花は少し眉を寄せて申し訳なさそうに微笑んで見せた。

「いや、謝る必要は無い。そのほうが…助かる。いや、う、嬉しい…」

「あの…近々またお会いして戴けますか?今度は私が沙門様をおもてなししたいし」

“おもてなし”その言葉に、六花の煌びやかな料亭の背景が、見た事の無い六花の家の壁に変わった気がした。思わず言葉に詰まる。

「ゆ、ユエ…」

コンコンコン。ガラッ。

「水菓子とお茶をお持ちしました」

「・・・。」

沙門は言いかけた言葉をいったん飲み込み、龍の刺青の入ったスキンヘッドをぽりぽりと掻いていた。六花は大きく目を見開き、口元だけで笑顔を作り、目の前に並べられる水菓子と茶と茶菓子を見つめる振りをしながら沙門の顔をチラチラと窺っていた。

「お料理は以上です。風影様、お忙しくていらっしゃるご様子ですが、お身体にはくれぐれもお気を付け下さいませ。またのお越しをお待ちしております」

女将は正座をして深々と頭を下げると、静かに部屋を出て行った。六花と沙門、ふたりは何も言わずに水菓子を見つめる。六花は沙門の言葉を待ち、沙門は言葉を探している。

「ユエ…」

「はい」

「…た、食べようか」

「はい」

六花は沙門が水菓子に手をつけるのを確認すると自分も食べ始めた。

沙門は堅い表情で黙々と食べている。六花から口火を切っても良いのだが、ここは沙門からの言葉を待つべきだと思っていた。

遂に六花が全て水菓子を平らげ、フォークをそっと皿に置いた瞬間だった。

「ユエ」

「はい」

「その…」

「はい?」

沙門は胡坐を組んでいた足を急いで正座に変えると、六花をジッと強い眼で見つめた。

「俺と…結婚前提に交際してほしい」

「…でも…私は家族もいないし、家柄も悪いし…その…やっぱり…」

「そんなことは関係無い。お前が…ユエがいいんだ。好き…なんだ」

「沙門…さま…本当に?本当に私でいいの?」

「ああ」

「ありがとうございます…嬉しい!」

「お、おい!泣くことはないだろ…」

背の高い沙門は急いで手を伸ばし、向かい合って座って居る六花の頭を撫でた。

 

「お忙しいのに送って頂きありがとうございました。今日も午前様なのですか?」

六花の住む(借りている)築六十年ほどの風化が見える石造・三階建ての長屋を見上げている沙門の顔を見上げて、六花が言った。

「あ、ああ。もう直ぐ木ノ葉の火影との会談があるからな。それに早く進めたい案件もある」

「あの…一つお願いがあるですが、聞いて頂けますか?」

「なんだ?」

「今日は二十三時五十九分までにお役所を出て下さい。お願いします」

「…。そう、だな。分かった。今日くらいは早く帰るとしようか」

「ふふっ。絶対よ?」

六花は沙門の大きな右手を取って両手で握り締めると、悪戯っぽく上目遣いで睨んで見せた。

「ああ。ユエも、ゆっくり休むんだぞ」

「はい」

六花は沙門の手をゆっくり離すと、長屋の玄関へと向かって行った。そして玄関の前で振り返ると、沙門に向かって手を振る。沙門も軽く手を挙げ、六花が階段を上って行くのを確認するとその場を後にした。

 

ガチャン。

「お疲れーやったね六花。とりあえず今夜はもうお菓子でも食べてのんびりしよう」

六花が部屋の玄関のドアを閉めると、ゼツが鞄の隙間から顔を出して声をあげた。

「まだよ」

「は?求婚引き出したんだしもういいじゃん」

「木ノ葉の火影が来る前になんとか情報を聞き出したいわ」

「焦りは禁物だって自分で言ってたじゃん」

「会談で沙門の考えや砂隠れの里の方針が変わる前に全体像を掴んでおきたいの。会談で何か変化があってからでは情報が錯綜する」

「情報は僕が潜入して結構な量集めたし六花は沙門から核心を聞き出して一尾兵器を阻止すればそれでいいんだしさ。ねぇお菓子食べようよ。自分はメロン食べたんだろうけど僕まだ何も食べて無いんだからね」

「その核心を今日聞き出せそうな気がしてるの。今日の沙門の様子なら、いけそうなきがする…。ゼツはここで待って居てもいいわよ」

「うーん…あーもう仕方ないな!分かったよ。確かに僕も一日でも早くアジトに帰りたいしね」

「早く帰らないと和菓子屋の草餅の販売が終わっちゃうからでしょ?ふふっ。私も早く帰りたい。でも焦っているわけでは無いわ。深追いはしないから安心して」

そう言うと六花はスカートのポケットから先ほどの店で出された茶菓子の最中を取り出してゼツに見せた。

 

 

「沙門さま!」

役所の玄関で部下と別れ、隣接する高層住宅の頂上に在る風影宅へと向かおうと歩き始めた沙門へと六花が駆け寄って行った。

「ユエ!どうしたんだ⁉こんな時間に…女ひとりで危ないだろ!」

「約束…守って下さったんですね。嬉しい…」

「あ、ああ…。いや、だが、どうしてここに?何かあったのか」

「不安で…怖くて…居てもたっても居られなかったの…。今夜、沙門様が言ってくれた言葉は幻だったんじゃないかって…」

「幻なんかじゃない。俺は本気だ。兎に角、もう遅い。家まで送ろう」

「私、小さい頃に両親を亡くして天涯孤独になって以来、怖いんです。大切な人が出来ても、また私の前から居なくなってしまうんじゃないかって…お願い。今夜だけで良いの。お傍に居させてくれませんか?」

沙門は六花の思いもよらない言葉に驚き、固まった。一晩共に過ごす…いや、だが流石にそれは…。

「心配は要らない。俺はお前の前から居なくなったりしない。だから、今日は家に帰るんだ」

俯いていた六花はゆっくりと顔を上げた。そして、沙門の顔を見つめる。その顔は街灯に照らされ、潤んだ琥珀色の瞳は光を吸い込み黄金に輝いて揺れており、そのまつ毛の先は濡れている。

「…お願い…」

「・・・・・・。わ、分かった。分かったら泣くな!…少し、だけだぞ。落ち着いたら送って行くからな」

「はい…」

沙門は押しつぶした様な溜息を吐くと、少し俯き気味に風影邸に向かって歩き出した。六花は嘘泣きの涙をサッと拭うと、その後ろを着いて行く。

 

「随分片付いていらっしゃるんですね」

六花は台所に立ち、水を入れたやかんを火にかけると、沙門の方へ振り返って言った。

「二日にいっぺんは家政婦が家事をしに来てくれている。それにここは、寝に帰っているだけのようなものだしな…」

六花は改めて部屋の中を見回した。二十畳はあろうかという広々とした居間には大きなソファがふたつ向かい合って置いてあり、その間には大きなローテーブルが在る。カーテンが半分開いている大きなガラス窓からは砂隠れの里の夜景が見えている。壁際には仕事机と革張りの椅子が在り、沙門はそこに座って書類をめくっている。六花が立っている居間と繋がった台所も広々として最新の器具が揃えられており、照明も明るい。

「もしかして、このソファで寝られているんですか?」

「まさか。流石にベッドで寝ている。ここは六部屋もあるんだが使っているのは居間と寝室くらいだし、正直こんな広い家である必要は無いけどな…」

沙門はそう言いながら、先ほど見たユエ(六花)の住む家を思い出していた。あんなところに一人で住むくらいなら、ここに住んではどうだ…そう思ったが、それを口に出す勇気は無かった。それでも、不安な想いをしている今のユエにはそれを提言してやる事が一番の安心材料だと解っていた為、なんとか口に出そうと表現方法を考えていた。

「お茶も一通り揃っていて素晴らしいですね。これも家政婦さんが?」

気が付くと六花が隣に立っており、沙門は必要以上に驚いてしまった。六花はその様子を不思議そうに見ながら机の上にほうじ茶を置いた。

「私にも何かお手伝いできることがあれば、何でも言って下さいね」

そう言うと、六花は椅子に座る沙門の後ろに回って肩を揉み始めた。固く大きな筋肉で覆われた肩を揉むことなどほぼ無理であるのだが、六花はなんとか力を入れて揉んでいる。

「…ユエ」

「はい?」

「・・・」

バッ。

「沙門…さま」

「愛している」

「私も、愛しています」

沙門の胸に抱き締められても目を閉じず、六花は真顔だった。そして数十秒ほどの抱擁と沈黙の後、沙門は六花から身体を離した。かと思うと、黙って六花を抱きかかえて立ち上がった。

「…その…嫌なら別に…」

「私を、沙門様のものにしてください」

 

抱きかかえられたまま長い廊下を通って、その部屋の前に着いた。その間、そして今も尚、沙門の手は震えている。だが六花の胸の鼓動もまた急速に高鳴っており、その鼓動は体中に響いている為、沙門の手の震えには気づけないでいた。

灯りを点けぬまま暗い部屋に入り、数歩歩いた所で六花の身体はふわりとその上に沈み込んだ。

パチ。

沙門が枕元の小さな灯りを点けると、闇から互いの顔が黄色く照らし出された。

「ユエ…き、綺麗だ」

六花は何も言わずにニッコリとして見せた。沙門もぎこちない笑顔を返すと唾を飲み下し、上着を脱ぎ始めた。それを見ながら、六花の頭には一カ月前、マダラから言われた命令が蘇っていた。

 

「相手は風影だ。写輪眼を使わない軽度の幻術は効かんだろう。だが写輪眼を使おうにも相手を操るだけの大掛かりな幻術をかけるには、その僅かな時間に返り討ちに遭うリスクもある」

「ではどうしたら…?」

「お前が使えるのは忍術だけではないだろう?」

「?」

「相手の心を掌握しろ。そして必要があれば、抱かれろ」

 

「…ユエ?ユエ?本当に大丈夫か?」

「は、はい。見惚れていて…つい」

六花は僅かに震える指先で裸の沙門の分厚い胸板を撫でた。沙門はその手をぎゅっと握り締めると、六花に口づけをした。

そして唇が離れると、沙門は六花の上着のボタンを外し始めた。すると、六花の身体の全身の血が冷たくなり、激しく昂っていた鼓動もスッと静まった。逃げだしてしまいたいほど恐ろしく、そして悲しいのに…。

やがて下着まで外され、六花の白い胸が露になった。沙門はそれを見て眼を泳がせていたが、いったん眼を閉じると六花の首に顔を埋め、震える唇を首筋に這わせた。

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「んっ」

沙門はその声に顔を上げ、再び正面から六花の顔を見つめた。

静まっていた筈の鼓動が再び高鳴り、六花の胸は大きく上下している。しかし、六花の頭の中は冷静だった。

六花は沙門の両頬を掌で包むと、遠くを見つめる眼で沙門の瞳の中を見た。そしてそのまま沙門の顔を引き寄せ、ゆっくり、口づけをした。

 

・・・全ての情報を私に渡して!お願い…お願い…お願い誰か…助けて!!・・・

 

六花は目を開けた。

天井が見える。

しかしその色は黄色ではなく、白んでいた。

すると左半身の感触に気が付き、ゆっくりとそちらに顔を向けた。

「・・・?」

そこには、沙門がベッドにうつ伏せ、寝息を立てて眠っていた。

「終わった…の?…」

「眼が覚めた?」

「!」

「何ぼうっとしてんのさ。凄いじゃん六花!」

床から六花の右肩に登って来たゼツが小さな声で言った。

「…ゼツ…す…凄いって?」

「幻術。成功したんでしょ?でも同時に六花まで気を失っちゃったから焦ったよ。六花の上にコイツの身体が載ったまんまだったし。僕が居なかったら圧死してたよ」

「幻術?私、幻術なんて使ってない!写輪眼だって使ってないし」

「確かに正確には幻術とは違うけど。まぁ六花にしか使えない特別な能力だよ。これでコイツは目が覚めれば六花としたと思って上機嫌で情報ベラベラ喋るんじゃない?今回喋んなくても毎回この力を使えばそのうち喋るさ」

「私しか使えない能力?なに、それ…」

「あ、コイツもう直ぐ目を覚ますよ。頑張ってね」

「えっ・・・」

「・・・・。んん…ん。すまない。すっかり寝てしまっていた」

「大丈夫です。私もさっきまで眠っていましたし…」

・・・でも、私とした記憶なんてあるわけないのに、喋るわけが無い。一体どうすればいいの⁉・・・

「その…えっと…痛みは、大丈夫か?最初かなり痛がっていたが」

「えっ?え、ええ。問題ありません。大丈夫です…」

「ああユエ…もうお前を離したくない」

沙門は胸に六花を抱き寄せた。

・・・どういう事なんだろう?でもこの状況なら情報を何か聴き出せるかもしれない・・・

「明日からここに引越して来い。そして直ぐにでも籍を入れよう」

「で、でも、沙門様は今とてもお忙しいのでは?明後日には木ノ葉との会談もあるんでしょう?それが終わってからでも…」

「なに、会談なんて大した事じゃない。あれはただの茶番だ。奴らが心配しているのは我々の尾獣兵器開発による軍事拡大。あくまでそれは防衛策だと言い、これ以上の拡大はしないと約束だけしてやる」

「お言葉ですけと、これまで軍師だった切れ者の初代火影の弟が二代目火影になってから、木ノ葉もかなり強硬な政策や軍事策を打ち出しているようです。表面的な譲歩で本当に納得するでしょうか?」

「俺のことが信用できないか?…」

「い、いえ!そんな事はありません。出過ぎたことを申しました…」

「フフ。構わん。俺の妻になるんだ。それくらい口が立たなければな。あちらが納得しようがすまいが、それは問題じゃない。確かに、譲歩するように見せかけてこの先も尾獣兵器開発を進めるのは事実だ。だが、我々の本当の目的はそれじゃない」

「なんなのですか?…」

すると、沙門はこれまで見せなことのない不敵な笑顔を見せた。そして六花に顔を近づけると小声で言う。

「傀儡兵器だ」

「くぐつ…へいき?」

「そうだ。人と同じように動き、戦う傀儡を戦の主戦力として使うんだ。これからの戦は生身の人間が先頭に立って戦うのではなく、兵器を利用した少数精鋭て戦う時代だ。ただ尾獣兵器は大きな戦には良いが、目立ちすぎるし保持するリスクも大きい。迅速かつ隠密に敵を殺すには傀儡のほうが勝っているだろう」

「素晴らしいですね…傀儡兵器が完成すれば、この里で、私の様に大切な人を亡くして悲しむ人も少なくなるかもしれませんね」

「ああ、そうだ。ただ今は傀儡兵器についてはごく一部の上忍しか知らない極秘情報だ。くれぐれも口外しないように気を付けるんだぞ」

「はい。私、木ノ葉の忍に捕まって拷問されても決して喋りませんわ!」

「ははは。そんな事、俺がさせるものか。…ユエ…」

「だ、だめです。もう日が昇っていますしっ…」

「時間はまだある」

カラン、カラン、カラン。カラン、カラン、カラン。

突然、玄関の鐘が鳴った。

「何事だ!」

沙門は飛び起き、急いでズボンを履くと玄関へと走って行った。それを見て、六花も急いでベッドから出ると服を着始めた。すると、足元からゼツが現れた。

「鐘を鳴らしたの僕だよ。続けて二回も力を使うのは止めときな」

「う、うん。ありがと」

六花は全ての服を着終わると、急いで台所へ向かった。そして食器棚からコップを二つ取り出し、水を注いでいると沙門が台所に飛び込んできた。

「大丈夫ですか?取敢えずお水を…」

「いや、それが誰も居ないんだ。チャクラを感知してみたが感じない。誰かの悪戯か…」

「こんな早朝に?けしからん人もいるものですね!」

「ただの悪戯ならいいんだが…木ノ葉との会談も近い。警戒するとしよう。お前も今日はここに居ろ。後で家政婦を連れて来るから何かあれば頼むといい」

「あ、は、はい…」

「心配要らない。出勤までは俺もここに一緒に居る。それまで…」

「じゃあ私、朝食を作りますわ!冷蔵庫に色々あったので、それで」

「…。あ、ああ。じゃあ、頼む」

 

 

「あー眠い。疲れた」

「ねぇ、睡眠なんて必要ない身体のくせに眠たいとか疲れたとか言わないでくれる?」

「六花の気持ちを代弁してあげただけだよ」

「そんな事はいいから、ちゃんと説明して」

午前九時。

六花は沙門の言葉を無視し、家政婦には仕事があると言って借家に帰ってきた。

部屋に入ると畳の上に座り、左肩に載るゼツを下ろして卓袱台の上に載せた。

「怖い顔しないでよ。なんか僕が悪い事してるみたいじゃん」

「どうして私自身が知らない私の能力についてゼツが知っているの?それに、知っているならどうして教えてくれなかったの?」

「マダラから口止めされていたのさ。口止めしていた理由は僕も知らない」

 

ゼツは嘘をついている。

“芙蓉”の時に一度死にかけた六花は、カグヤから力を託されていたゼツによって助けられ、失っていたチャクラを取り戻し、マダラの手によって忍に成長した。

しかしマダラ本人はゼツの本当の意思も目的も、六花が本当は何者なのかも知らない。

そして、六花自身も今は未だ芙蓉の時の記憶を失ったままであり、己が橘一族であり、人と性的に接触して操ることが出来る能力を有していることを知らない。

 

「さっき説明したように君の“写輪眼の能力”は性的に接触しながら相手に心で命令すれば相手を操れるってものなんだよ」

「・・・。マダラさまはもしかして、私がこの能力に気付かないように隠していたのかな…」

「そうかもね。君がこの力をマダラに使わないとも限らないし」

「つ、使わないわ・・・使う、理由が無いもん・・・」

「本当に?“私の下僕になれ”とか“私を自由にしろ”とか色々あるんじゃない?ま、あんまり無理な命令したら失明しちゃうけど」

「私はマダラさまに命を助けられた…マダラさまは命の恩人…そして、私の絶対的な主(あるじ)よ」

「あっそ。でもマダラには能力に気付いたことは黙ってた方がいいよ」

「え?でも・・・それにあなたはマダラさまの分身でしょ?どうして私に味方するような事を言うの?」

「六花が大好きだから」

「えっ」

「冗談。この借りは草餅五十個で許してあげる。さあ早くお風呂に入ってから寝よう。起きたら明後日の木ノ葉との会談中にする傀儡兵器の調査について打ち合わせしよう」

「う、うん…分かった」

 

◆

 

「二代目様。今回の護衛はヒルゼン、ダンゾウ、ホムラ、私の四名だけということですが、本当によろしいのですか?中忍を何人か連れて行ったほうがよろしいのでは?今からでも間に合います」

出発前のミーティングが始まり、コハルが真っ先に扉間に向かって質問した。

「会談とはいえ、他里には通しておらん非公式の話し合いだ。護衛を余り多く連れて行けば他里に不信を抱かれ、砂隠れ側にも憶測を与えかねん。それに向こうとて、軍事を拡大しているとはいえ、火影に危害を加えて五里間の均衡を一気に崩すことはせぬだろうしな」

「しかし…」

「コハル、お前の気持ちも解るが二代目様のご意見を優先させよう。それに、オレたち自身の力をもっと信じようぜ」

渋い顔をしているコハルの左隣りに座って居たヒルゼンがコハルの肩に手を置いてそう言うと、二人の両端に座るホムラとダンゾウも頷いた。だがコハルはまだ納得がいかない様である。

「せめてカガミを連れて行けませんでしょうか。カガミの写輪眼は役に立ちますし、二代目様に鍛えられた感知能力もずば抜けています。今は警務部門の長とはいえ実務派は下の者に任せられるでしょうし」

懸命な様子のコハルを見て、扉間は少しだけ微笑んだ。

 

コハルの言っていることは正しい。

しかし扉間にカガミを連れて行く気は皆無だった。

芙蓉がカガミの手によってこの世を去ってから十年後、扉間は二代目火影に就任した。

それと同時に、扉間がかねてより考えていた、うちは一族への締め出しとも言える政策が始まった。それは里の罪人を取締る警部部門の設立と、その任をうちは一族に一任し、同時に里の外れへと集団で移住させるというものだった。そして、芙蓉を殺した罪に苛まれている“罪人”のカガミには、自身が他の罪人を取締るという役を与えたのだった。

だが、カガミを今回の護衛に入れないのはそれが理由ではない。

長らく続いた平和の中、市民が平和を享受して経済や文化が盛り上がっている一方、大戦が無い事により忍の収入源は減り、忍を辞めて一般市民になる者が続出し、火の国の戦力を担う木ノ葉の存続も危ぶまれるようになっていた。

また、それだけにとどまらず、犯罪行為に手を出す忍も現れ、抜け忍になる者も増加していた。その様な状況の中、里の罪人、とりわけ忍を取締る警務部門の重要性は増している。先日も忍による豪商襲撃事件が起こったばかりであり、指名手配犯の捜索が懸命に行われている所だ。そのため、カガミには里で警備・警務の指揮を執り、里の安全と秩序を守ってもらう必要があった。

 

「全ての事に万全の準備と全力で当たる姿勢は貴様の最大の長所だな、コハル。だが今回はお前達四人で行く。では、ミーティングを始める」

扉間はコハルの話をそこで止め、ミーティングを開始した。

会談での議題の確認や対応のまとめ、そして砂隠れの里までの道の確認、扉間が不在の木ノ葉の里の管理などを話し合い、四十分ほどのミーティングを終えた。

そして、部下の四人が出て行った部屋で扉間はひとり、窓の外を眺めていた。

窓の外には、桜の花のガクがこびり付いた葉桜が見える。

「今年も、散ってしまったか…」

扉間は服の中から首にかけている鎖を取り出した。そして、その鎖に通されている白金の指輪を見つめた。すると、指輪に上半分映っている自分の顔が、芙蓉の顔に見えた気がして思わず眩暈がした。

 

◆

 

砂隠れの里に入り、繁華街と通り抜け、残り一キロほどで風影が待つ砂隠れ本部だという所の住宅街を歩いている時だった。

「…⁉」

「二代目様、どうかされましたか!」

先頭にヒルゼンとホムラ、そして背後にコハルとダンゾウに挟まれて歩いていた扉間が突然足を止めた。

「・・・・。いや、何でもない。見覚えのある人間を見かけたような気がしたが、気のせいだったようだ」

「砂隠れに知り合いがいるんですか?」

ヒルゼンが驚いて扉間に訊ねた。他の三人は警戒し、辺りを見回している。

「問題無い。先に進むぞ」

扉間が再び歩き出すと、四人も急いで隊列を組み直して歩き出した。

 

六花は、先ほどすれ違った五人の隊列に振り返った。

額当てはしていなかったものの、あれは忍だった。わざわざ額当てを外し普段着で一般人を装っているという事は、もしや…。

「六花どうしたの?」

「見て。あの五人組。あれって木ノ葉の忍?もしかして火影じゃないかな」

「どれ?鞄の中からじゃ人が邪魔でよく分かんないよ」

「縦一列になっていて、真ん中に背の高い銀髪の男が居るでしょ?あのひとたちは砂の忍じゃないわ」

「そうだね。でも火影じゃないと思うよ。火影はもっと年取ってるはずだもん。あんな若くないよ。第一もし火影だとしても六花には関係無いでしょ」

「そう…ね。他の里の忍かもしれないしね」

「ほら早く沙門の家に行こう。アイツが帰って来る前に家を捜索しなきゃ」

「うん…」

六花は不思議とその銀髪の男が無性に気になった。初めて会った気がしないとは、こういう感覚なのだと思っていた。しかし、六花はその理由を考え込むことは無く、直ぐに気持ちを切り替えて前を向いて歩き出した。今は尾獣兵器阻止任務と、新たに明らかになった傀儡兵器についての調査という任務に集中せねばならない。

 

ほどなくして六花は沙門が留守の風影邸に着いた。

時刻は午後四時半。

火影との会談が明日に迫り、沙門は今晩は早めに帰って来ると言っていたので出来ればもっと早く来たかったのだが、今日は家政婦が来る日で、彼女が家事を終えて帰るのは午後四時だった為、来られなかった。沙門が帰って来る前に、何とか傀儡兵器の開発研究所の場所が分かる物を探し当てなければならない。

ちなみに火影邸の鍵は一昨日、沙門から渡されている。沙門と一晩を共にしたあの日、六花は無断で自宅へ戻り、夕方には勤務先の割烹料理店に出勤した。すると沙門は仕事を途中で切り上げ、血相を変えて店にやって来た。その時、会談が終わるまでに必ず引越してくるようにと言われ、火影邸の合鍵を無理やり渡されたのだった。

六花は玄関の中に入ると床に目を遣り、家政婦が帰っていることを確認した。そして玄関扉の内鍵を閉めると、真っ直ぐ居間に入って行った。

そして広い居間を見回しながら、居間の壁に向かって置いてある仕事机まで歩いてゆく。部屋の中は特に昨日と変わっていない(昨日も沙門の命令で家に来たが捜索する隙は無かった)。そして机の前に立つと引出しに手を遣る。

「鍵がかかってる。当然ね…」

「そんな機密情報を家政婦や客も入る居間の机の中になんて入れてるかな」

「兎に角開けてみないと。でも何かトラップが仕掛けてあるかもしれない。写輪眼で見てみるわ」

六花は写輪眼を発動すると机を凝視した。

「どう?」

「・・・・。チャクラの類は感じ無いわ。単なる鍵による施錠みたいね。きっと鍵は沙門本人が持ってるだろうね」

「だろうね。でも開錠術で開けたらチャクラの痕跡が残っちゃうし僕が鍵穴に入って開けてあげるよ」

「ありがとう。お願い」

ゼツは六花の左肩から机の前の椅子に飛び降りると、身体を糸状に伸ばし、鍵穴の中へと入って行った。六花は腰を屈めてその様子を窺っていた。

カチャ、カチャカチャ、カチャ・・・

「大丈夫?開きそう?」

「結構複雑だねこれ。身体ちぎれそうだよ。ま、ちぎれても問題無いんだけど」

「いいから早く!」

・・・カチャン。

遂に施錠された鍵が開いた。そしてゼツはスルリと鍵穴から抜け出し、元の球体に戻って再び六花の左肩に載った。

「ふぅ…。ありがとうゼツ」

六花は胸を撫で下ろすと、ゆっくり引出しを引いてみた。

スススゥゥ・・・

「⁉」

「空っぽだね」

「・・・。でもこの中に傀儡に関する何かあったのは間違いないわね。出勤する時に持って行ってるんだわ」

「じゃあ沙門が帰宅するまで待つしかないね」

「うん…。でも他の部屋に何かあるかもしれない。探してみよう」

それから六花は、この邸宅の六部屋全てを探してみた。しかし、やはり傀儡兵器に関するものは何も見つからなかった。

六花は再び居間に戻って来るとソファの上に腰かけ、大きなため息を吐いて頭を抱えた。すると六花が探せない部屋の隅々を捜索していたゼツも戻って来て六花の左肩に載る。

「絨毯の下とか天井の裏も探してみたけど特に何も無かったよ。もう時間が無いし今日は取敢えず沙門が帰って来るのを待つしかないね」

「そうね。今日も机の中のものを持って帰って来るだろうし。私が沙門の気を引いている間に、ゼツは沙門の鞄の中に入って確認してみて。文章ならそれを記憶してくれる?」

「分かった。でも沙門の鞄の中に何も無かったら厄介だよね。砂の役所の中に潜入しなきゃならないね。でもあの場所は五里の中でも一番セキュリティが高くて危険な場所だし、六花ひとりじゃ無理かもね」

ガチャガチャ。ガチャン。

すると玄関の鍵と扉が開く音が聞こえ、六花は立ち上がると急いで玄関へ向かい、ゼツはソファの下に潜った。

「おかえりなさいませ」

「た、ただいま…何時ごろに来たんだ?」

「ついさっきです。お買物をしていたら遅くなってしまって…直ぐに夕飯の用意をしますね」

六花はそう言って沙門の左手に握られた鞄を持とうと手を伸ばした。

「…ああこれは自分で持って行くから大丈夫だ。相当重いからな…ありがとう」

「いいえ…」

六花も先に居間に向かって歩き出した沙門の後ろを着いて行った。

そして居間に入ると、沙門は一直線に机に向かい、首にかけて服の中に入れていた鍵を取り出し引出しを開けた。六花はそれを台所から横目で見ていた。

・・・書類?…あの中に傀儡兵器の情報も?・・・

沙門は全ての書類を引き出しに入れ終わると再び施錠し、鍵を首にかけて服の中にしまった。

「今日の晩飯は何を作ってくれるんだ?」

「ひよこ豆のコロッケとバター焼き飯です。明日は木ノ葉との会談後には会食でしょう?なので普通の家庭料理が一番かなって」

「ひよこ豆のコロッケか。昔ガキの頃、よく母親が作ってくれたもんだ。先に着替えてくる」

「はい」

沙門が居間を出て行くと、ゼツが六花の足元に這い寄って来た。

「あの書類の中に何かありそうじゃない?あとで六花がまたアイツに力を使って眠らせたら見てみよう」

「…うん」

そう返事をするものの、一昨日、そして昨夜も使った能力を三度使わなければならなのかと思うと、いや、正確にはその能力を使うまでの過程を考えると六花の胸はズシリと重くなる。

すると早くも着替え終わった沙門の足音が聞こえてきた。ゼツは急いで姿を消し、六花は再び料理を始めた。

沙門は居間を通り抜け台所に入ると、静かに六花の真後ろに立った。

「…ええっと…その、今日は…一緒に風呂に入らないか?」

「えっ…は、はい」

六花ははにかんで答えたが、心の中で大きくうな垂れた。

 

夕食が終わると、沙門は机に向かって仕事を始めた。しかし机の上に広げているのは、先ほど引出しに仕舞った資料ではなく、どうやら明日の木ノ葉の里との会談についての資料の様である。六花は夕食中も沙門の話は上の空で聞きながら、時折、横目で机の引き出しを見ていた。そして今も洗った皿を拭きながら沙門が引出しを開けないかと動きを窺っている。

「六花」

「は、はい!」

突然、沙門が六花へ振り返った。

「風呂を沸かしてくれ。もう仕事は終わりだ」

「分かりました…」

六花は手に持っていた皿を食器棚にしまうと、台所を出て風呂場へ向かった。

風呂場に着くと、六花のエプロンのポケットに入っていたゼツが僅かに顔を出した。

「お風呂は流石に力を使ってごまかせないね。どうすんの?入るの?」

「仕方ないけど…。なるべく時間を稼ぐから、その間にゼツがまたあの引き出しの中に入って中身を見ておいて。沙門を眠らせたら私も見るつもりだけど、念のために」

「ダブルチェック了解~」

 

サァァ…パチパチパチパチ…

今夜は風が強く、その風に乗って来た砂漠の砂が窓を打った。

「ハァ…やっと終わった」

六花は起き上がり、ベッドに腰かけるとガウンを羽織って小さく溜息を吐いた。そして直ぐに立ち上がると寝室の出口へ向かった。静かに部屋を出ると、小走りで居間へ向かう。

「ゼツ…ゼツ…」

「居るよ」

真っ暗な居間に立つと、足元からゼツが左肩に這い上がって来た。

「どうだった⁉」

「うん。やっぱり傀儡に関する資料だったね。沙門はぐっすりでしょ?今なら六花も直接見れるんじゃない?」

「そうね…」

六花は机に走り寄り、ゆっくりと引出しを開けた。そして写輪眼を発動し、中に入っている数枚の紙の束を手に取り、表紙を捲ると目を凝らして読み始めた。

「こ、これは・・・⁉」

 

 

つづく

 

 

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