この作品は、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム にも投稿している。 




 般若のような恐ろしい顔をした大家さん夫婦は、先を争って緋鯉(ひごい)を手づかみで、生きたままのまだピチピチと暴れるボリームある緋鯉(ひごい)を、ムシャ、ムシャ、ムシャ、ムシャ……と厭らしい音を立てて、頭から丸かじりしている。
 夫婦の両目から血と膿(うみ)のような液体を噴出させ、敷いている座布団が、紅く染まっている。まるで、でた液体を補充するかのように、緋鯉(ひごい)の生き血をすすっているのだ。

 老人は、悪魔のような凄絶な笑みを顔に貼りつかせて、キンキンと脳髄(のうずい)に響く声で言った。
「イヒヒヒヒ……あんたも、こちらにきてかじってみなはれ。美味しくて、病みつきになりまっせ!」
 私は、恐怖と悪寒に襲われた。 
 全身震えながらも、何とか言葉を紡(つむ)ぎだせた。
「け、け、結構です。……お、お、お二人で召し上がって……ください!」
 部屋の奥には、水色の照明に照らされている大きな水槽がある。そこから水面上で泳いでいる黒ヒキガエルを、網ですくいながら、二人は手づかみで頭から口に運んでいる。
 もう緋鯉(ひごい)を食べ終わったようだ。
 この季節、田んぼ等にはまだ泳いでいない、グロテスクで大きなオタマジャクシを、数匹まとめて口に押し込んでいる。多分、電気で温めてカエルを越冬させて、オタマジャクシを育てていたのだろう。
 濁った大きな水槽には、ウジャ、ウジャいる無数の黒ヒキガエルと、オタマジャクシが泳いでいる。何とも奇怪で気味の悪い光景だ。体内の全ての血液が、逆流してしまったような感覚に陥り、私は、その場で何度も繰り返し嘔吐してしまった。
 二人は、口からでようとして、バタバタと足を動かしているカエルを、何度も何度も咀嚼(そしゃく)しながら、無理やり食道へと押し込んでいる。
 オタマジャクシは、体のほとんどが腸で、それがぐるぐると何重にも渦巻いている。オタマジャクシの腸の中には、小魚の死骸とか昆虫の溺死体なんかもある。つまり、胴体に腸が入っているというよりも、薄皮で包まれた腸の塊に、尻尾が生えて泳いでいるといった方が、正鵠(せいこく)を得ているのではないだろうか?
 夫婦は、そんなことなぞ一向に構わず、小魚の死骸や昆虫の死体をさも美味しそうに、ヨダレをだしながら、むさぼり喰っている。



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下宿の大家さん夫妻は、コイやオタマジャクシを喜々として食べるだけでなく…。


大家さん夫婦のおぞましい食生活

 これは、私が実際に体験した身の毛もよだつ恐ろしい話である。

 その怪異に満ちた出来事は、こうだ。

 

 私は、国立K大経済学部に現役でパスしたので京都に下宿し、そこで、奇妙でおぞましい体験をしたのだ。下宿した古い民家で目撃した、信じられないような奇怪な話だ。氷の池に落ちてしまったような冷たい悪寒が、背筋を走る恐怖に満ち満ちた「怪異」そのものと言えるだろう。

 まだ高校生気分が抜け切れない時に遭遇した、ショッキングで忌いまわしく、寒気を感じさせる心臓も凍てつくような出来事だ。どんなに豪胆な人でも、味わった刹那、意識が凍りつく恐怖談だ。

 神や仏が乗り移った超自然的な感覚である霊感が、多少なりとも私に備わっている証左だ、と自負できる怪奇現象を肌で体験した。こんな出来事なんて味わいたくない、と誰でもが思う筈だ。

 この古い民家の間取りは、一階に八畳、八畳、六畳、四.五畳の和室と、トイレ、風呂場があって、二階には私が生活している六畳の和室一間と、同じ間取りの和室が残り三部屋あるが、その三部屋には誰も下宿していない。更に、二階には、かなり腐食していそうな木製の物干し場がある。

 キャンパスには、徒歩数分で行けるほどに近くて、しかも下宿代は近隣の下宿の半額以下である。

「こんなにも安いのに、どうして私以外誰も下宿していないのだろう?」

 最初の頃は不思議に思った。この疑問は、じょじょに判明するのだが……。

 私と母は、入学式の前から、大学近くの不動産さん巡りをして、格安な物件を探していた。

 ここに決めた時、応対してくれた周旋屋さんの顔が、一瞬だったものの微かに曇った。この時、まるで「死神」に首筋を触られたようだ。ゾゾッと南極にいるような寒気に全身見舞われたのは、私の単なる気のせいだろうか?   

 家に住んでいるのは、愛想の良い七十歳代のご夫婦二人だけだ。

 子供さんは、長男、長女の二人おられるが、ともに東京に住んでいて、ゴールデンウイークや盆、年末年始に可愛いお孫さんを連れて帰省するそうだ。

 大学一回生になったばかりの四月上旬、強烈な恐怖でぞっとするような衝撃を受けた、おぞましいできごとがある。

 人というのは、自分が信じたいものを信じる傾向にあるから、このことは恐怖好きな私の脳が、現実ではない架空話を創りだした結果かも知れないが……。

 でも、繰り返し、繰り返し、悪夢のように私の脳裏に甦よみがえるのだ。

 この家には、苔こけむした灯とう篭ろうのある広くて、手入れが良く行き届いている立派な庭があり様々な種類の木々が、葉を茂らせている。石の太鼓橋の下には、人工的でない砂を固めて造った池があって、珍しい種類の緋鯉ひごいや真鯉まごいが悠々と泳いでいる。

 家は東向だったから、木々の葉が朝日を遮断したため良く眠れたので、授業に遅れそうになった時が、たびたびあった。

 大学で心の通い合う友人を探しているのだが、入学して日が浅いせいか、二言三言、軽く挨拶する人がいるだけだ。友達と講義について、いや何よりもくだらない世間話をしたいのに……。

 それが叶わない代償として、頭の中を空っぽにして、緋鯉ひごいや真鯉まごいが泳いでいるのを、二階からぼんやりと眺めていた。

 そのことが、日頃から鬱積うっせきしていたストレスの重い塊を分解してくれた、と言えるだろう。つまり、緋鯉ひごいや真鯉まごいが泳いでいるのを見ることで、私のストレスは解消されていた。

 だが、そんな単純極まりない喜びも、ほんの束の間で消えてしまったのだ。

 京都の季節が、まだ新緑の一歩手前でウロウロしている夕方、様々な鯉こいを何気なく見ていた。すると、大家さん夫婦が、釣り用のタモを使って色鮮やかな緋鯉ひごいを数匹すくい、大きな白の容れ物用バットに入れ、そそくさと家の中に入った。その間も、生命力の強い緋鯉ひごいは、バットの中で暴れ回っていたらしい。バタバタと音のするのが、二~三分間、二階まで聞こえていたからだ。

(鯉こいの体は、長い筒形で背から腹へかけての幅が広く、長短二対の口ひげがあり、食用、観賞用に広く飼養され、ドイツゴイ・錦鯉にしきごい・緋鯉ひごいなど多くの品種がある。

 鯉こいは昔から、「精がつく」「肺病に効く」「産後の滋養強壮に良い」と言われている。

 今では研究が進み、次のような効能が発見されている。

 一.アトピー肌の改善に……リノレン酸を多く含む。

 二.滋養強壮に……タンパク質、脂 質、無機質、ビタミンが多い。

 三.腎炎によるむくみとりの特効薬……利尿作用が高い。

 四.血液循環や肝機能の改善……鯉こいをまるごと煮たエキスに漢方薬的な作用がある。

 五.動脈硬化の原因となる中性脂肪を抑制する。

 六.頭痛・冷え性・肩こりの原因となるノルアドレナリンを抑制する。

 薬品とは違い、副作用の心配がない薬膳料理として大いに注目されている。

 だが、残念ながら、鯉こいは、国際自然保護連合では、世界の侵略的外来種ワースト百の一種に指定されている)

 この家では風呂は使えなかったが、トイレを自由に使用しても良かった。

 大家さん夫婦が、家に入って十分ほどして階下に降りて行くと、般若のような恐ろしい顔をした大家さん夫婦は、先を争って緋鯉ひごいを手づかみで、生きたままのまだピチピチと暴れるボリームある緋鯉ひごいを、ムシャ、ムシャ、ムシャ、ムシャ……と厭らしい音を立てて、頭から丸かじりしている。

 見てはいけないシーンを見たような気がして、できるだけ音を立てないようトイレに行き用を足し、二階へ上ろうとして夫婦を見ると、先ほどのようにまだムシャムシャと、さも美味しそうに、緋鯉ひごいをむしゃぶり喰らっている。

 夫婦の両目から血と膿うみのような液体を噴出させ、敷いている座布団が、紅く染まっている。まるで、でた液体を補充するかのように、緋鯉ひごいの生き血をすすっているのだ。

 夫婦が顔の位置を変え、邪悪な赤い光を放っている目を、大きく見開きギョロリと私を睨にらんだ。私は、まるで背中に凍った氷柱を入れられたように、ガタ、ガタ、ガタ、ガタ……と震えて、味わった忌いまわしい恐怖のために、その場に棒立ちになってしまった。いくら、この場から逃げだそうと足掻あがいても、まるで金縛りにあわされたかのように、身動き一つできない。

 老人は、悪魔のような凄絶な笑みを顔に貼りつかせて、キンキンと脳髄のうずいに響く声で言った。

「イヒヒヒヒ……あんたも、こちらにきてかじってみなはれ。美味しくて、病みつきになりまっせ!」

 私は、恐怖と悪寒に襲われた。 

 全身震えながらも、何とか言葉を紡つむぎだせた。

「け、け、結構です。……お、お、お二人で召し上がって……ください!」

 部屋の奥には、水色の照明に照らされている大きな水槽がある。そこから水面上で泳いでいる黒ヒキガエルを、網ですくいながら、二人は手づかみで頭から口に運んでいる。

 もう緋鯉ひごいを食べ終わったようだ。

 この季節、田んぼ等にはまだ泳いでいない、グロテスクで大きなオタマジャクシを、数匹まとめて口に押し込んでいる。多分、電気で温めてカエルを越冬させて、オタマジャクシを育てていたのだろう。

 濁った大きな水槽には、ウジャ、ウジャいる無数の黒ヒキガエルと、オタマジャクシが泳いでいる。何とも奇怪で気味の悪い光景だ。体内の全ての血液が、逆流してしまったような感覚に陥り、私は、その場で何度も繰り返し嘔吐してしまった。

 二人は、口からでようとして、バタバタと足を動かしているカエルを、何度も何度も咀嚼そしゃくしながら、無理やり食道へと押し込んでいる。

 オタマジャクシは、体のほとんどが腸で、それがぐるぐると何重にも渦巻いている。オタマジャクシの腸の中には、小魚の死骸とか昆虫の溺死体なんかもある。つまり、胴体に腸が入っているというよりも、薄皮で包まれた腸の塊に、尻尾が生えて泳いでいるといった方が、正鵠せいこくを得ているのではないだろうか?

 夫婦は、そんなことなぞ一向に構わず、小魚の死骸や昆虫の死体をさも美味しそうに、ヨダレをだしながら、むさぼり喰っている。

 老人にしては、とても信じられないほどの凄い食欲だ。

 そんな光景を見ていた私は、胃がひっくり返ったようになってむかつき、その場で、ゲロ、ゲロ、ゲロ、ゲロ……とカエルの鳴き声に似た音を立てて、またしても、何度も何度も嘔吐した。遂には、胃液もなくなり、少量のツバやヨダレしか吐けない乾嘔からえずきをした。

 黒い斑紋はんもんがあるカエルを飲み込んで、お爺さんが、血走った眼をして言った。

「なあに、心配しなくてもよいぞ! 初めは食べにくいが、すぐに慣れるもんじゃ。なあー、ばあさん。この味は最高じゃよ! あんたも、わしらと一緒にどうだい。この世で最高の味じゃよ。わしらも最初は吐いたが、慣れるとだんだんと美味を舌が感じだしたのじゃ。さあ、さあ遠慮せずに、こちらにきて、あんたも気楽に食べなはれ!」

「け、け、け、結構です! さ、さ、さ、さようなら!」

 そう言うが早いか二階に上がり、わずかな荷物をまとめてバッグに押し込んで、下宿から逃げだそうと慌てて一階に降りた。すると、とても老人とは思えない強い力と素早さで、お爺さんに両足をつかまれてしまった。必死に両手を振りほどこうとしたが、どうしても離れない。お婆さんも、私が着ている服を剥がし、吸血鬼のような鋭く尖った歯で、胸の肉をかみ千切ろうとして、私に抱きついてくる。

 お爺さんに足を引っ張られて、その場に倒れてしまった私に、お婆さんが馬乗りになり、鬼のような形相をして、かぶりついてくるのだ。

 夫婦の存在そのものが悪霊だ。

 私は恐怖のあまり、まるで体の筋肉や神経が麻痺まひしたような感覚に陥った。が、何度も何度も繰り返し暴れ、やっと自由の身になれたので、その家から飛びだして、一切後ろを振り返らずに、大学近くにある最初に訪れた不動産さんへ、息せき切って飛び込んだ。

 応対してくれた得体の知れぬ寒気を感じさせた老人に、憤懣ふんまんやるせない苦情を、洗いざらいぶちまけようとしたのだ。

 ところが、大きなタオルで顔を拭き拭き現れたのは……。

 残り少ない髪の毛をきれいに整えた、五十歳代ぐらいの中年太りして、日焼けしたオジサンだった。その太って貫禄のあるオジサンは、不審な目をして、私の頭の天辺からつま先まで、ギロリと睨にらんだ。

 きっと、私の頭からは、大量の湯気がでていたに違いない。

「あぁ、……以前、ここで周旋屋をしてはりました、お爺さんでっしゃろか?」

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……え、え、えぇ、そうです。そ、そのお爺さんは、ここにおられますか? おられたら、……も、も、も、文句を言ってやりたいのですが!」

 苦しくて苦しくて、今にも息が止まりそうだったので、そう言うのが精一杯だった。まだ、恐怖心、胸の動悸と怒りが、鎮静していなかったからだ。

「えろー、汗かいて、ハァ、ハァ言っとりますなー。まあ、その椅子に座りはって、ひやっこい麦茶でも飲みなはれ。ちょっと待ってておくんなはれや」

 私が、奇怪なできごとを話している途中なのにもかかわらず、オジサンは奥に行き、冷たい麦茶の入った大きなグラスを、私の前にあるガラステーブルの前に置いて、私の話を最後まで真剣に聞いてくださった。

 私は、麦茶を一気飲みしたので喉の渇きは潤せ、長々と言いたいことは全て言えたから、フウーと一つ安堵の溜息を大きく洩らした。

 人の良さそうなオジサンは、沈鬱ちんうつな表情をして、のーんびりした口調で語りだした。

「あの爺さんでしゃろかな? 気の毒に四月四日の晩に亡くなりはったわ。寂しい一人住まいの古い家で、鴨居かもいにロープを使って首吊り自殺したらしい!」

「ま、ま、ま、待ってください。そ、そ、そ、そ、その話は本当ですか?」

「どうしはりました? えろー青白い顔しはって!」

「私がここにきたのは、えーと、……確か四月五日です。その時、応対してくださったのは……。そ、そ、そのお爺さんです。と言うことは、ゆ、ゆ、ゆ、幽霊と、は、は、は、話をしたのですか?」

「ほぅー。……真面目一筋の爺さんだったから、わしが店番にくるまで、多分、お客さんに応対してくれたんでっしゃろ。あり得ることでんなー。ええーと、まだ話は途中でんねん。……なぜか分かりまへんが、お医者さんの話だと、口からたくさんのオタマジャクシが、でてきたらしいですわ。わしも救急病院の地下にある、線香の匂いが充満している死体安置所で、冥福を祈って拝みましてん。と言うのも、わしは爺さんの親戚でおますからなー。それに、若い頃は、えろー迷惑をかけましてのう。まあ、そんなこんなで、この物件を相場よりもずーと安い値で、爺さんに貸しておったんですわ。爺さんが亡くなったんで、わしは仕方なくここの店番をしとりますんや。わしは、北山、今出川、烏丸からすま、五条……などに周旋屋を九店舗経営しとりますが、急には人の手配がつかんから、店番をせにゃならんのですわ。朝日、読売、産経、京都等の全紙に折込む求人情報誌に、募集をだしておりますが……。このご時世、宅建免許を持つ人材が、一人でも応募してくれはったら、そりゃ御の字でっせ!」

 ていねいに応対してくださったお爺さんが、自殺をなさったのを聞き、しばらくの間、オジサンとともに両手を合わせて、心からのご冥福をお祈りした。

 オジサンは信用できそうなので、別の下宿先を探してもらい、新しいところに引っ越した。以前下宿していた場所より、キャンパスから少し離れていたが、オジサンのご好意で家賃は相場よりずいぶん安くしてもらった。

 そこはまともな下宿であったので、四年間、お世話になり平穏無事な大学生活を過ごせた。

 

 

 

 ―完―




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