傷女
パチッ、パチッ······
音を立てて、火の粉が爆ぜる。
炎は夜闇を明るく照らし、燃え盛る本丸をよりくっきりと形作っていた。
不意に、冷たい地面からのっそりと何かが起き上がった。
赤い光に照らされる小さな影。
ボサボサに乱れた髪を払う事もせず、少女はじっと目の前の本丸を見つめた。
ホロリ
少女の瞳から、一筋の涙が伝う。
それを皮切りに、声もなく少女は泣き始めた。
すると、不思議なことに雨雲が空を覆い、たちまちのうちに雨を降らせ始めた。
まるで、少女の感情に呼応するかのように。
激しい雨に、あっという間にかき消される炎。
焼け落ちた木々は黒くぬらぬらと光り、少女が座り込んだ地面はドロドロに崩れていく。
ぐらり
少女の体が傾いた。
ばちゃん
泥水が飛沫を上げて、少女の体が横たわる。
それでも尚体は震えていたが、次第に弱々しくなり。
数分後には、動かなくなっていた。
↓↓↓
「······本丸が、焼け落ちてる······!?」
女――いや、審神者は驚きのあまり隣にいる政府の役人に目をやった。
役人の男は表情こそ動かなかったものの、目は確かに狼狽えていた。
男は大きく息を吸い、そして穏やかな、しかしやや焦りの含まれた声で、傍らの審神者に声をかけた。
「···とりあえず、連絡の途絶えた審神者を探そう。念の為、連れてきた刀剣男士を顕現してくれ。」
「···わかりました。」
審神者は背中に背負っていた太刀を下ろし、一期一振、と低い声で囁いた。
途端、ぶわっと辺り一面に花吹雪が舞い、すらりとした長身の美男が現れた。
美男は穏やかに微笑むと、審神者に向かって一礼した。
「一期、早速だけど行方不明の審神者の捜索を手伝ってほしいの。お願いできる?」
「わかりました。···では、参りましょう。」
焼け跡を見て僅かに身を強ばらせた一期一振だが、しっかりと審神者の前に立ち、今にも崩れそうな本丸の中を先導した。
30分程中を捜索したものの審神者は見つからず、役人の男は少し困惑していた。
何せ、今回の捜索人は数多いる審神者の中でも上位に位置するほどの実力者で、刀剣男士からの信頼も厚かった。
つまり、巷で噂の"ブラック本丸"とは程遠い、言うなれば"ホワイト本丸"とでも呼べる本丸だったのだ。
なのに、本丸内に折れた刀剣は一本も見つからない。
全て燃えきってしまったわけでもなさそうである。
となると、審神者自身が火を放ったか、刀剣男士の誰かが火を放った事になる。
が、彼の経験上、刀剣男士の誰かが火を放った案件は極小数だった。
刀剣男士の中には、火にトラウマを抱える者達もいるからだ。
例を挙げるとするならば、共にいる審神者の顕現した一期一振、三名槍の御手杵らが代表的だろう。
しかも、その二振りは比較的折られにくい。
闇堕ちでもすれば話は別だろうが······とかくその二振りが残っていれば放火は起こらないはずなのだ。
しかし、二振りがいた痕跡すら見つからない今、審神者自身による放火と考えるのが自然ではあるが、何処と無く彼には腑に落ちなかった。
そんな物思いに耽りつつ歩いていた彼は、急に足を止めた。
急に止まった男に不思議そうな顔を向けた審神者と一期一振も足を止め、その場で足踏みを繰り返す様をじっと見つめる。
やっぱりだ、と男は呟く。
近づいてきた審神者と一期一振の前で、男が地面を蹴り上げると、ガタン、と石畳が外れた。
「···地下室、でしょうか?」
「だろうな。······随分昔に作られたみたいだが······」
「酷い匂い、ですね···」
目の前の入口から漂う匂いは、お世辞にも良い匂いとは言えなかった。
肉が腐ったようなすえた匂いと、精液と血の入り交じった不快な匂い。
一期一振はあからさまに顔を顰め、審神者はハンカチで口を押さえていた。
男はというと、まだまだ若い彼女には辛いだろうな、と思いつつこの匂いに慣れている自分に苦笑を漏らした。
ブラック本丸摘発に何度も関わってきた為、正直もうお約束みたいなものだった。
「···審神者殿。審神者殿には、あちらの蔵を頼む。俺と一期一振でこの地下を調べる。」
「···!?いえ、私もこの地下に······!!」
「···やめておけ。そう言って、刀剣男士すら信じられなくなった女審神者を俺はいくらでも見てきた。」
「···主様。私もここは私と役人様に任せてほしいと思います。蔵の中に、何か重要な手がかりがあるかもしれませんから。」
「······わかりました。一期、役人さんをしっかり守ってね。」
「勿論です。主様もお気をつけて。」
「うん」
審神者が去った所で、男と一期一振は異様な気配のする地下室へと足を踏み入れた。
ムワッと濃くなる不快臭。
男の掲げたカンテラに照らされた地下牢は、見るも無残な有様だった。
見渡す限り、折れた刀剣達の山、山、山。
地面の得体の知れないシミと、錆びた鉄格子に遮られているのが、余計に彼らが苦しんで折られたことを連想させた。
同胞、弟達、そして自分。
今にも倒れそうな程真っ青な顔をした一期の思いに共感しつつ、男はゆっくりと歩みを奥へ進めた。
最奥へと到達した時、男と一期ははたと足を止めた。
そこには古ぼけた小さな祭壇があり、黄ばんだ御幣と御札が置かれていたのだ。
二人が恐る恐る札を見てみると、掠れてはいるがうっすらと蛇が描かれていた。
持って帰るべきだろうか、と男が思っていると、一期が突然大声をあげた。
「それを元に戻してくだされ!早く!!」
「!?あ、ああ···」
滅多な事では聞かない一期の叱責の言葉に、素直に従う男。
男が札を納めると、一期は引っ張るようにして素早く男を地上に連れ出した。
「おい、どうしたんだ······っ!痛っ···!?」
右手に鋭い痛みを感じ、驚いた男は袖を捲り上げて痛みを感じる部分を見る。
すると、何故か腕には締め付けられたような痣ができ、手には二つの小さな穴············そう、まるで何かに噛みつかれた様な痕が出来ていた。
まじまじと痣を見つめていた男はあっと声を上げた。
蛇だ。
締め付けられた痣は、蛇に締められたような縄模様だった。
これは、あの御札が関係していると睨んでいいだろう。
全くと言っていい程霊感のない自分を呪いつつも、男は傍らの一期に何が見えたのかと尋ねた。
一期は僅かに顔を強ばらせながら、蛇が見えました、と男に返した。
「札を持ってこちらを振り向かれた時···腕に一匹の白蛇がいました。それがあまりにも強く締め付けていたので、ついあの様な荒い言葉を······申し訳ありません。」
「いや、いい。むしろよく連れ出してくれた。あのままにしていたら、蛇だけにお陀仏だったかもしれないからな。」
「···。ええ。では、主様の所へ······」
「···一期ー!!役人さーん!!!」
一人と一振が、息を切らした審神者の方に振り向く。
ぜぇ、ぜぇ、と息も絶え絶えに、審神者は女の子が···と呟いた。
「女の子が······一人······蔵の中に······いました······」
「!本当か!?」
「はい······長い髪の、子が···」
「わかった。···お前は一期とゆっくり来い。俺は先にその子を保護してくる。」
言うが早いか、男は地面を蹴った。
霊的なものに関してはプーだが、体力や力仕事は彼の得意分野なのだ。
全力で走り、蔵の扉をやや乱暴に開くと、中には一人の少女がいた。
薄い暗がりにいた少女は、審神者に引き続き現れた男に強い警戒心を露にして睨めつける。
男はそんな視線にも毅然とした態度で見つめ返し、静かな声で尋ねた。
「···君が、翠咲ちゃんだよな?」
少女は微かに首を縦に振る。
どうやら話は聞いてくれそうだな、と男は思い、二つ三つと質問を重ねていく。
一方的な聴取が終わる頃には、少女は疲れきったような、でも警戒心を保った表情をして男を見つめた。
男は相変わらず無表情ながらも、内心は酷く複雑だった。
元担当としては、白でいて欲しかったのだ。
とはいえここまで証拠が揃い、目の前の少女――いや、実の娘からも裏が取れてしまった今、そんな考えは一蹴しなければならない。
半ば失望にも近い気持ちで、彼は目の前の少女を手招きする。
案の定応じない少女。
梃子でも動きそうに無い。
仕方なく彼は振り返り、審神者と一期一振と位置を交代する。
すると、急にガタッという音が響いた。
続いて、金属同士のぶつかり合う音。
彼は慌てて振り向き、原因を探る。
「!どうした!?」
「それが···あの子が一期を見た途端······!!」
興奮した審神者の話を要約すると、こういう事だった。
一期一振が少女に話しかると、少女がどこからともなく太刀を取り出した。
それを恐らく警戒のつもりで振るおうとしたが、弱っていて手元が狂い、鞘にぶつかった。
その時運悪く少女の頭に柄が当たり、気絶したとの事。
男が思わず呆れ混じりのため息を漏らすと、審神者は大丈夫かな···と心配そうに一期一振に抱えられた少女を見つめていた。
男はその間をぬって蔵の奧へ行き、少女の落とした太刀を拾い上げる。
本体はとても軽く、刃はうっすらと光を放っているように思えた。
霊感が皆無の男ではあるが、そこは腐っても政府の役人。
この刀が普通のものでは無い事、そして大量の神気が込められている事を素早く見抜いた男は、一先ず審神者と共に帰還することにした。
一期一振とて、近くに何処の誰ともわからない神気があればあまりいい顔をしないだろう。
ましてや敬愛する主の傍に、だ。
もちろん彼女にとっても、あまり神気に侵食されるのは好ましくない。
何せ、付喪神を従えるのが審神者の性分であり仕事。
沢山の神を従え、愛されている中、他の神の干渉があったと知れば、たとえ審神者自身が気にしなくとも彼らは怒るだろう。
神同士の争いの末神隠し···なんて事が起きてしまったら正直笑えない。
男は一応神気を封じる札を貼ってから、帰還装置の目の前に立った。
そして、徐に振り返り――――――
「···―――······」
本丸を無くす、言霊を放った。
おはこんばんちは。
お久しぶりの投稿ですみません。
そして急に消してごめんなさい。
だいぶ刀剣乱舞の知識もしっかりしてきたのであげ直しました。
今作には色々な自己設定が含まれているので、次の話で解説コーナーしたいと思います。