「···検査の結果は?」
「全身に多数の痣と打撲痕。慢性的な暴行が繰り返されていた痕跡があります。あと······」
「あと?」
「恐らく、精神的苦痛が酷かったのでしょう···。失語症を患っています···」
「···わかった。ありがとう。」
医療専門の職員からカルテを貰い、素早く目を通す。
痣の箇所や病状が細かく記され、最後に赤い判子で要安静と捺されていた。
それを見て思わずため息を漏らした男は、帰還装置の方に向かって歩く。
そして行き先をこの前共にブラック本丸の調査をした審神者の本丸に指定し、飛んだ。
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「あるじさま〜、おしごとおわりました〜?」
「あー、もうちょっと待って、いまつる。あとこれ仕上げれば終わりだから···」
「だめです!しょくだいきりさんにおこられますよ!」
「···みっちゃんには少し遅れるって······」
「駄目だよ、主。」
今剣の催促をのらりくらりとかわしていた審神者は、突如聞こえた低い声に振り向く。
そこには開かれた襖に仁王立ちをする、燭台切光忠が居た。
穏やかに微笑んでる筈なのに、有無を言わせない威圧感。
今剣の愛くるしい笑顔と似て非なるもの。
背中に若干の冷や汗を覚えつつも、審神者はぎこちなく燭台切に笑いかけた。
「あと少しで終わるからさ、皆で先に食べ·········」
「そう言って、先週倒れたばかりだろう?仕事を頑張るのも大切だけど、ちゃんとご飯も食べないと。」
「本当にあと少しだから···」
「あるじさま、はんぶんはあとすこしとはいいませんよ!」
「···でも、終わらせないと······」
「でももだってもないよ。ほら、行くよ。」
「え、ちょ、きゃっ!?」
横抱き······今風に言うなら、お姫様抱っこ。
伊達男にそんな事をされては、流石の審神者も赤面する。
今剣がずるいですー、と頬を膨らませたところで―――
ヒュンッ
「!」
「だれですか?」
「誰かな?」
「···政府の役人だ。そこのゆでダコ審神者をちょっと借りるぞ。」
「ゆでダコじゃないです!!」
「後でちゃんとたこ焼きにして食ってやるから安心しろ。」
「どこに安心する要素があるんですか!?」
二振りの目が〈●〉〈●〉状態なのをいいことに、男は審神者をひったくるように燭台切から取り上げ、帰還装置に飛び込む。
あっという間に二人の姿は消え、後には二振りが残された。
「······あるじさま、いっちゃいましたね······」
「······ああ······」
「······ごはん、またたべられませんね······」
「······そうだね······」
「······だいじょうぶでしょうか、あるじさま······」
「······そうだといいんだけど······」
呆然と立ち尽くす二振りの背中から響く、自分らを呼ぶ声。
二振りは思わず顔を見合わせる。
審神者の事を説明しなければならない。
しかし、それは久しぶりに審神者が顔を出すと喜んでいる皆とっては非常に残念なニュースだ。
さらに二振りは言い出しっぺである。
責任もって連れてくると約束したのだが···
「取り敢えず、行こうか···」
「そうですね···」
内心覚悟を決めつつ、二振りは期待のオーラが溢れ出ている大広間へ向かったのだった。
↓↓↓
「いい加減下ろしてくれませんか!?」
「···ん?ああ。」
人々の好奇の目に晒された審神者は、気恥ずかしさから男に向かって叫ぶ。
まるで審神者を抱えている事を忘れていたかの様に、男はそういえば···という雰囲気の醸し出しつつ、審神者を下ろした。
やや顔の赤い審神者は二、三回深呼吸をして気を落ち着かせる。
すると恥をかかされたことに対する怒りがむくむくと湧き上がってきた。
やや棘を含んだ声で審神者は男に尋ねる。
「それで、何の用なんですか?」
「···まぁ、此処で立ち話もなんだ。休憩所で話そうや。」
「···。分かりました。」
硬い声で返事をする審神者をちらりと一瞥した男は、"休憩室"と書かれたドアを開く。
中には簡易的なベッドとソファ、自動販売機が置かれていた。
ソファに審神者を誘い、コーンポタージュと缶コーヒーを買って自分と審神者の前に置く。
相変わらず仏頂面のままの審神者と向き合い、男は口を開いた。
「用ってのは、お前が引き取りたいと言った彼奴の話だ。今しがた、検査の結果が出た。」
目の色を変えた審神者を見つつ、男は診断書を取り出し、テーブルの上に広げる。
じっとそれを凝視する審神者。
自分も同じように目をやりながら、再び男は話す。
「この通りだ。失語症ってのはわかるよな?」
「言葉が話せなくなる精神病···ですよね?」
「大方それで合ってる。···まぁ、過ごしてきた環境を考えりゃあ其れで済んでるだけマシなんだが·········おいおい、そんな怖え顔すんな。せっかくの可愛い顔がもったいねぇぞ?」
「···褒めても何も出ません。というか、その言い方はどうなんですか?」
「···事実だろ。もっと酷ぇ扱い受けておかしくなっちまった
「···でも···」
「でももだってもねぇ。なんなら
「···」
「なぁ、見てぇのか?」
俯いて黙り込む審神者を見て、男はハッと我に返る。
先程の自分の発言は、あまりにも私情が混じりすぎて乱暴だった。
老若男女問わず、どう考えたってそんなもの見たくはない。
「悪ィ。言い過ぎた。······とにかく、彼奴はそういう障害も負っちまってる。ついでに言やァ、人間不信······特に刀剣男士達に対する不信感が滅茶滅茶強い。審神者業を続けるのにも支障をきたすかもしれねぇぞ?」
「···」
「それでも、彼奴を引き取るのか?」
「······」
審神者は黙ったまま、俯いていた顔をゆっくりと上げる。
その目は柔らかな慈愛に満ちていながらも、強い決意の光が宿っていた。
男はそこで全てを悟ったが、あえて再び問いかけた。
「···引き取ったら最後、死ぬまで面倒見るんだぞ?」
審神者は力強く頷き、そして徐に口を開いた。
「···役人さん。実は、私捨て子だったんです。」
「···」
「両親は居るには居ましたが···毎日お酒を飲んで、喧嘩して、どっちかが出ていく·········そんな感じでした。私はないものとして扱われてたんですが······ある日賭博で大負けした父が、私を売りました。それが、今の両親の家です。」
「···ああ。」
「両親は···すごく私を可愛がってくれました。捨てられたことにショックを受けて、何も話せない、感情もない······そんな状態の私を、ずっと愛情と慈しみをもって世話をしてくれました。···その時、私思ったんです。こんな素晴らしい両親みたいに、私も捨てられた子供がいたら愛してあげたいなぁ、って···大切にしてあげたいなぁ、って······」
「···」
「だから、私引き取ります。今まで幸せにしてもらった分、あの娘を幸せにしなきゃいけないって思うんです。···もちろん、大変なことも分かってます。だけど········」
「······もう良い。お前の決意はよォく分かった。だから、目ぇうるうるさせて叫ぶな。まるで俺が泣かせた風に見えんだろ···」
「え?」
男は窓を顎でしゃくった。
外には何人かの女性職員が集まり、心配そうに審神者を見つめていたのだ。
ぐいっとコーヒーを飲み干すと、男は立ち上がった。
「会いに行くぞ。···彼奴に。」
「···はい。」
↓↓↓
白が基調の、清潔感溢れる部屋の隅。
そこに、例の少女は居た。
薄い暗がりの中でも分かるくらい汚れていた服は新しく清潔なものに取り替えられ、少女自身も湯浴みを済ませて本来の姿で男を······いや、審神者を見つめていた。
刺々しい警戒心と、心に突き刺さる様な絶望がこもった瞳。
両手でしっかりと傍らの刀を掴み、胸の中心に抱え込んでいた。
「昨日話した通りだ、翠咲。これからお前はこの審神者の見習いになってもらう。」
「···」
「露骨だな。だが、拒否権どころか選ぶ権利すらお前にはない。わかるか?」
「···」
"そんな言い方···"と、審神者は思う。
だが、文句を言おうとすると足を強く踏まれるのだ。
実際、今この瞬間も右足は激痛を訴えている。
また、少女の方も微かに頷いて肯定の意を示した。
どうやら、自分は喋らない方がいいらしい。
「···少なくとも、今の軟禁状態よりはマシな筈だ。お前の自由にするがいい。」
「···」
少女は、審神者をじろりと舐め回す様な視線を向ける。
審神者はそれに優しく微笑を返しながら、少女の顔立ちと体つきを見つめた。
痩せぎすな身体で、所々露出している肌には痛々しい痣や傷痕がくっきりと残っている。
だが、肌はまるでミルクのように白く、髪は艶やかな黒髪で、両眼は紅と蜂蜜色の綺麗なオッドアイだった。
控えめに見ても美少女と称されるだろう。
審神者は少女にこちらに来るよう手招きをする。
しかし、少女は動かない。
男も何も言わない。
仕方なく、審神者は少女に声をかける。
「翠咲ちゃん···よね?行きましょ!」
「···」
差し出された手をじっと見つめ、ぷいっとそっぽを向く翠咲。
審神者は尚も辛抱強く呼び続けるが、翠咲が反応する様子はない。
押してダメなら引いてみろ。
物は試しと審神者は距離をとって先に歩いてみる。
すると、1m弱離れて漸く翠咲があとに続いた。
翠咲が近づくのを待とうと審神者が立ち止まる。
翠咲は距離を保ったまま立ち止まった。
審神者は困ったように笑って、役人さん、と男に呼びかけた。
「なんだ?」
「ありがとうございます」
「···」
審神者は帰還装置へと消えていく。
後に続く翠咲はちらりと一瞥だけして、同じように帰還装置へ消えていった。
後には、役人の男だけが残される。
彼は胸ポケットをまさぐり、八つ折にされた紙を取り出して深々とため息をつく。
そこには赤い字で、こう書かれていた。
【神気度測定不可】
これが何を意味するのか。
それが、彼には痛い程わかっていたからだ。
審神者達が去った帰還装置に目を戻す。
あとはもう、託すしかないのだ。
彼奴がどこまで変えるか。
彼奴がどこまで変わるか。
ただ、それだけだった。
皆様お久しぶりです。
約三ヶ月ぶりの投稿となりました。
この話を書いていて一番驚いたのは、特殊効果が増えていたことですね。
文字色、変えられるんだ···(感動)
あと、最近暑いですね。
関東ではもう梅雨明けとか(苦笑)
暑いと体調を崩しやすいので、皆様も気をつけて下さい(リアルに作者は夏風邪です笑)
それでは、どうぞ気長に次の話をお待ちくださいませ。