···嫌な、気配がする。
石切丸と談笑していたにっかりは、不意にその顔から笑顔を消した。脇差ゆえか、はたまた霊刀がゆえか物怪への気配には聡く、逆に御神刀と呼ばれる石切丸は急に顔を険しくしたにっかりに怪訝そうに尋ねた。
「どうかしたかい?」
「僕は敏感なんだ······気配のことだよ?」
「···!また何か祈祷道具に鶴丸殿が悪戯を!?」
「君、鶴丸の事を思い過ぎだろう······悪戯のことだよ?」
「こうしてはいられない···早く確認しないと!」
にっかりの言葉に耳を貸さず、立ち上がった石切丸は祈祷部屋の障子の方へ早足で歩き出す。その様子をやれやれ···敏感なのは良いけど悪戯じゃあねぇ、とやや呆れながら見るにっかり。しかし次の瞬間、彼の目線は畳に移っていた。
「ねえ、石切丸。僕が君なら······」
「っ!?」
「もう少し足元に注意して早歩きをするかな?」
ズルッ
バキッグシャッ!!
足袋がほんの少しズレた畳に引っかかり、傾いた石切丸の上体が障子にぶつかり派手な音を立てて粉砕する。そしてその瞬間、上から何か白いものが落下した。
「うわっ!?」
一瞬で石切丸の髪が真っ白に染まり、さらにするすると割れたくす玉がにっかりの真ん前に降下し、そこには『驚いたか?』と書かれていた。それにくすくすと笑いつつにっかりは視線を天井に移し、「鶴丸」と呼びかけた。
「···」
「そこにいるのは分かってるよ。···石切丸が天井まで壊しかねないから出てきた方がいいと思うけど。」
「おっと、そいつァ勘弁だな。」
天井の板がずれ、やや埃でくすんだ鶴丸国永が畳の上に降り立つ。片手には割れたくす玉、もう片方の手には小麦粉の袋を抱えており、彼が犯人なのは明確だった。
「···鶴丸国永······今度という今度は···っ!」
「はいはいストップストップ。これ以上部屋を壊すとまた主に叱られるよ。」
「!···いや、それは······」
「そうだぞ、石切丸。お前が暴れると本丸が半壊しかねない。」
「鶴丸、君も他人事じゃないよ。···また歌仙にお説教くらいたいのかい?」
「···それは要らない驚きだぜ···」
互いに苦手なところをつかれ、しゅんとなる石切丸と鶴丸。君達、本当に問題を起こしすぎじゃないかい?と苦笑いのにっかり。大人しく部屋の片付けを始めた二人を見つつ、にっかりは祈祷部屋の入口に声をかけた。
「太郎太刀、もう入ってきて大丈夫だよ。入口の罠はもう解除されたから。」
「罠···?ええ、まあ、入らせていただきます。」
入口からぬっと太郎太刀が姿を現し、片付けに追われる二振りを見て不思議そうな顔をする。鶴丸はともかく、石切丸が共に片付けをしているのが珍しかったのだろう。にっかりはそれを見越し、笑いつつ事の顛末を太郎太刀に語る。それを聞き、成程、と納得した様子で太郎太刀はにっかりの隣に正座した。
「で、太郎太刀は何の用なんだい?」
「···少し、嫌な気配を感じまして。にっかり殿か石切丸殿なら何か知ってそうだなと。」
「うーん···僕はともかく、石切丸、何か感じた?」
「恥ずかしながら何も感じてないよ。···強いて言うなら、いつもと空気が違うような気はしないでもないけど。」
「成程なぁ。···青江の旦那は、見りゃわかるくらいだし結構ヤバそうな感じだな。」
サッと鶴丸以外の全員の視線がにっかりに向く。表情こそ涼し気なものの、顔色はかなり悪く時折苦しそうに深い息を吐くにっかり。慌てて石切丸らが横になるよう勧めるものの、頭を振ってそれを拒否した。
「気持ちだけ有難く受け取っておくよ。···寝てしまっては、付け入る隙を与えるだけだからね。」
「それもそうですね。···では、なるべく早く原因を突き止めなければなりません。」
「ああ。···青江の旦那、具合が悪いとこ申し訳ないがどの辺から気配がする?」
「そうだね·········離れの方、かな?かなり濃いのが···ああ瘴気の事だよ?」
「わかった。···とりあえず、俺と」
石切丸が。
そう鶴丸が言おうとした瞬間だった。
バキッ···
『え』
バキッ、バキバキッ···バリッ!···バリバリッ······バキベリバキッ···
『···!まずい、皆私から―――』
グシャッ!!
『なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね············』
一際大きな破壊音が聞こえた途端、怒涛の勢いで仲間の怨嗟の声が四振りの頭へ流れ混んでいく。中には自身の声や兄弟刀の声があり、気が狂いそうな程の耳鳴りが四振りを襲った。そしてそのあまりにもどす黒く、穢れた神気にみるみるうちに刀身は黒ずみ、顕現された体も黒く染っていく。これでも石切丸、太郎太刀がいる分だけ軽減されているのだが、雀の涙程の効力しかなさなかった。
とうとう体のほとんどが穢れた神気で満たされ、顕現すら危うくなった四振りは死を覚悟する。荒御魂となり、主や仲間を傷つける前に自刃しようとしたのだ。しかし自分の本体に手をかけたその瞬間、脳裏にか細い声の囁きが響いた。
《···私···············ち·········たす··················》
声の主が、鈴のように澄んだ美しい声が四振りに祝詞を捧げる。その瞬間、全員の身体を支配する穢れた神気がまるで嘘のように霧散した。唐突に解放されて暫く呆然となっていると、襖がスパーンっと開いた。全員の目が一気に開いた方へ向く。停止していた思考が再び働き始め、穢れによって煤け、澱んだ空気になっている廊下が目に入る。そして同じくややくすんだいろをした仲間が······
『大量の歴史朔行者達の襲来です!!』
そう、彼らに向かって叫んだ。