/序『生き過ぎたりや』
トリートメントを付けた髪がさらりと流れると、プールの疲れも癒やされていくようだった。
塩素の匂いの漂う中で、ドライヤーをかけるこの時間が好きだった。
この更衣室は、どことなく鎮守府の浴場の脱衣場を思い出させ、今でもあのときのざわめきが確かに思い出せる。
あの時は毎日脱衣場のベンチで話し込んだ。仲間が帰えってこなかった日は大酒を飲み、大泣きした。戦果を上げた日は大酒を飲み、言うにはばかる状態を提督に見つかって怒られたりした。
楽しかった。
同じ目的に向かって、同じ艦娘の仲間達と戦っていられた日々。
けれどもう、艦娘鎮守府はない。
……嘘。ちょっと違う。
あるけれど……あの日々の、艦娘鎮守府がないのだ。
戦争を捨てる代わりに、艦娘は、ヒトになるための教育を与えられた。
ヒトになれば結婚できる。大学にいける。就職できる。
様々な事情で、半分以上の艦娘がもう鎮守府を離れていた。
本意、不本意にかかわらず。
提督がいた頃には確かにあったはずのなにか。
それが今は欠けてしまった。
思念を中断し、鏡で身だしなみを確かめてコートを着る。
学校の外では艦娘の服ではなく普通のヒトの洋服を着ていた。それが規則。
更衣室を出ると、待っていたようにプールの監視員もやるお兄さんに話しかけられた。
……この人はいい人なのだけれど、目線が時々わたしの胸に行く。嫌らしいというのは言い過ぎで、気が緩むとふと目が行ってしまうというなんだか可愛らしいものだ。
それでもわたしは、その度に心がきゅっとした。
こんなに気のいい人でも、わたしの胸なんかに気が向いてしまうのだと。
最近は男女の些細な下心に傷ついて、そのたびに昔のことを思い出す。よくない心のありようだと、自分でもわかっていた、
…………だからだろうか。
このまえ、柄にもなく女の子を一人助けた。
小田原まで行ったときのことだ。
大の男が三人もいて、女子高生一人を囲んでいた。女子高生は声を出そうにも出ないようで、帰宅時間、周りも声を掛けるべきか迷っていた。
だけどわたしは、気づいた時にはその間に割り込んでいた。
ちょっと言い合いをして、全員の鼻っ面を引っ張ったいて怯える女の子を連れて逃げた。振り返ったとき、男達はまだうずくまっていた。
女の子は何度もお礼を言って、帰って行った。
でも艦娘がヒトに手を出すのは御法度だった。
それまでだってかなり強引なナンパや押し込みまがいにあってきたけれど、いつもうまくやりおおせてきた。
でも囲まれてる女の子を見たとき、ふと思ってしまった。
──こんなの、深海棲艦と戦っている方がよっぽどマシだと。
殺して、殺される。仲間がいる。敵がいる。わたしの身体が欠ければ、それはみんなの痛みであり、みんなの身体が欠ければわたしの痛みだった。そして提督がいた。提督はその命を燃やして、わたしたちの提督になってくれた。敵がいればいい。提督と、仲間がいるのならば。
今は……なにもない。
勉強は大変だ。いままでなんの勉強もしてこなかったから。
けれど大変なだけだった。
大変だから、なんだというのだ。
そんなことで競いたくはない。我慢も大切なこと? いったい、艦娘がこれまでどれだけ我慢してきたと思っているのか。人間の訓示にはうんざりだった。うんざり。
……胸がぐるぐる渦巻いて、止まらない。
どうしたらいいのか誰かに教えてほしかった。
でももう、なにもかも一緒だった仲間達はそれぞれの道を歩き出し、あるいは歩き出そうとしている。
……運動施設を出た。
まだお昼を過ぎたばかりなのに、一月の太陽はもの悲しげに傾いていた。
「──こーんちわ!」「ひさしぶり!」
……最初、わたしに話しかけられているとは思わなかった。
見覚えが無かったから。
「おいおい、俺達のこと覚えてないの?」「そりゃないだろー!」
「……あ。ごめんなさい。どこかで、お会いしましたか?」
「ぎゃひゃははは!! お会いしましたかって、そりゃお会いしましたよ!!」「たまんねー!」「いやぁーいいわ! 最高っ!」
だんだん思い出してきた。小田原で女の子を囲んでいた男達だった。記憶からすっかり消してしまっていた。
「あの。何か、御用ですか」
「御用ですねえ。きみ、翔鶴ちゃんってんだろ、艦娘の。聞いたぜ。艦娘がヒトに暴力振るったら特別な裁判所に行くんだってなあ。見ろよ、この傷跡。まだ鼻が曲がってら」「おまえの鼻はもともと曲がってんだろーが!」「翔鶴ちゃんが直してくれたんだよ、てめえの豚鼻をな!」「うるせえ!」
「……別に脅そうってんじゃねえんだよ。ただ、ちょっと翔鶴ちゃんみたいなかわいい女の子とデートしてみたいわけ。デートなら裁判よりいいだろ?」
わたしは……。
「おっ、忘れてた。翔鶴ちゃん、俺らどうやってきみのこと知ったか知りたいだろ? なんとよー、きみが助けてあげた女の子が教えてくれたんだよ! 有名人だなあ、翔鶴ちゃん! なんつったかな、弓道で艦娘の学校と一緒になんとかって…………ま、どーでもいいわな!」
提督。
わたしは、なんのために艦娘鎮守府を離れたのでしょうか。
あの時あなたは泣いて喜んでくれたけれど。
わたしは────。
「──ちょっと待ったーーーー!!」
腹に響く声が、冬の空に響いた。
着物姿の女の子がいた。
「さっきから聞いていれば!! さっきから、聞いていればっ! 男三人で女性一人に寄ってたかって礼儀も知らず恥も知らず! 『たしなんでみても情けなや! 女子にはなにがなる! 殿御殿御の気が知れぬ! 悪性な悪性な気が知れぬ!』」
歩み寄ってきた女の子は垣根を壊すと、竹棒を一本取り出しました。
「お帰りなさい! 怪我をなさる前に。あなたたちのような恥知らずが、もしや警察に頼られることはないでしょう」
「なにこいつ」「イカれてんじゃねーの」
男達の冷笑に、扇子と懐中時計がそれぞれ叩きつけられました。
「であれば。どうぞいらして。あなた方の口臭、私、これ以上耐えられませんから」
額から血を出し、眉をひくつかせる男達。
わたしが動こうとした瞬間、女の子に睨まれました。余計なことをしてくれるなと、言っていました。
そしてその通り、男達が間合いに入ると同時に、女の子はわずかなすり足で竹の棒をそれぞれの鳩尾に当てていました。人目には男達が自分から刺さりに行ったようにしか見えないでしょう。
動かなくなった男達を気にせず、
「……あっ。裾が乱れた! もうっ!」
女の子は白昼堂々と着物の脇に手を入れてモゾモゾしています。
そしてようやくわたしに顔を向けると、
「お姉さん、災難でしたね。でもこんな男達にまじめに付き合ったらだめですよ。お姉さんはとっても優しいのでしょうけど、綺麗で優しい真面目なひとは損なことも多いですから、我慢しないでくださいね」
女の子が微笑むと、薄紅色の着物とあいまって、花が咲くようなたおやかさでした。
それになぜかよく通る声。
大きな声で喋っていないのに聞き取りやすい不思議な声。
そして、その子は歩き出すと、男達を起こしてすごくいやそうに活を入れています……。
「あの、ありが────」
「ちょっと、きみたち!! ……あっ、おいっ!!」
施設の職員が走ってきます。
ほっとしたのはつかの間、職員の視線の先を追いかけると、
女の子は草履をからころ鳴らして勢いよく走り去っていました。
「え──えぇっ?! な、なんで?!」
なんで逃げるの?!
「金閣寺垣壊しちゃいましたからーー!!」
「えぇーーっ?!」
本気で逃げていく彼女と今まさにやってくるプールの職員。
とっさの判断を下さなければならないそれは、昔を思い出させ、懐かしさが心を撫でました。
* * * *
「はぁ。はぁ…………参っちゃうなあ」
走り始めてから少ししてから、ぶん投げた懐中時計を置いてきてしまったことに気づいた。
提督からもらった時計だったのに……。
扇子はいいや。親父からくすねたものだから。
「参ったなあ」
これから、艦娘の学校に挨拶に行かなければならない。実際に授業に出るのは来週からだけれど、そこの施設長には今日会う予定だった。そのために山繭縮緬で縫い紋一つ背の色無地と、よさそうな袋帯をくすねてきたのだ。
けれど、せっかくだから、近場で一番大きな運動施設を覗いていこうと下心を出した。道場があるかなあと思ったのだ。ついでに大雄山線にも初めて乗ってみたかった。そっちは成功。やったね!
「はあ……」
今何時なんだろう。これが酒匂川みたいってことはわかるけど、正確にはどこかもわからない。
……時計は諦めてタクシーを拾おう。
はあ。
──その時、ずさっと何かが落ちる音が後ろでしました。
振り返ると、さっきの白いコートのお姉さんがいました。
「あなたって、着物を着てるのに脚が早いのね。びっくりしちゃった」
「お、お姉さん!」
「これ、あなたが落としていったから。それにお礼もまだ言ってなかったもの」
差し出されたのは、落としてきた懐中時計と扇子でした。
「うわ! うわーーっ! ありがとうございます!! よかった~~! 大事なものだったんです! ありがとうございます!!」
急いで巾着袋に懐中時計をしまう。扇子は適当に帯にさした。
「いいえ。こちらこそ、ありがとうございました。あなたはとても勇気があるのね」
「いえいえ! ああいうのって許せませんよね! あ、でも…………あそこ、お姉さんいつも行ってたんですか?」
塩素の匂いがお姉さんから香っていた。
「もし、プール行きにくくなったなら、ごめんなさい」
「そんなこと、どうでもいいの。あなたが助けてくれて本当に嬉しかった。そっちの方が大事」
手を握られた。
お姉さんの手は温かくて、優しい人柄まで伝わってくるようだった。
「……私も、せっかくだからお姉さんみたいなきれいな人を助けられてよかった」
思わず笑い合いました。
「わたし、翔鶴って言うの。よろしくね」
「わ、私は…………伊津美です。よろしくおねがいします」
ぺこぺこ頭を下げあうと、
「伊津美ちゃんの着物、素敵ね」
「これですか! いいですよね! 私あんまり着ないんですけど、一つ紋で大抵のことに使えますし、ちょっとお出かけするのにも堅苦しくないし! …………って、違うか。今時、着物なんて、珍しいですよね」
「わたしの仲間も着ているわ。でもなんだかあなたと感じが違うの」
「あっそれは着物は珍しいから、着てると目立つっていうか、好みが目立っちゃうっていうか…………って、あ! いけないいけない。急いでいるんでした!」
「まあ。どちらへ?」
「丹沢湖の方なんです!」
「た、丹沢湖?! 今から行くの? 何もないわよ?」
「い、い、いえ…………」
翔鶴さんはびっくりしていました。
そりゃそうさ~。僕もびっくりだもの~。
「もしかして…………あ、いえ。タクシー呼んでくるわね。前の橋のところで待っていて」
「そんな」
「いいから。少しばかりのお礼だと思って。その代わり、五秒だけ目を瞑っていてね」
「へ? は、はい……」
といっても、少し目をそらした時には翔鶴さんは忽然といなくなっていた。
「ど、どこいったの」
ここ、一本道なのに……。
けれど、正直に橋で待っていると空のタクシーがすぐにやってきました。
翔鶴さんは、もうどこからも現れませんでした。
艦娘の学校は、丹沢湖のお山の一角にあります。
西丹沢の貴重な自然をぶち抜いて山の斜面に建てる豪快さで、下から見上げるとなかなか壮観です。こんなところに建てられたのも、艦娘のお上のお上、内務省の意向なのだそうです。
学校は、艦娘にヒトらしさを学ばせるためにできたらしいです。
学業はもちろん、文化教養、ヒトとの交流、集団生活。
ヒトが子供時代に忘れがたい思い出を作るように、艦娘にも社会に出る前に思い出が必要なんだそうです。
ならもうちょっと便利なところに建てればいいじゃないって? 僕もそう思う。
「えっ?! 一クラス七人しかいないんですかっ?!」
「うふふ。たまたま、うちのクラスはね。元々十人いたのよ。でも三人卒業しちゃった。新しく入ってきた子達は子達でクラスを作るし、どうしたものかしらねえと思ってるところにあなたが来たの。うれしいわあ!」
担任の女性……と言っても大学生みたいに若い人と廊下を歩きながら話しました。
一クラス七人って!
「わたしも人間の生徒は初めてだから実は楽しみなの!」
その人は本当に嬉しそうに笑った。
人間の生徒っていう言い方がおかしくて、僕も笑った。
教室の戸を開けると、やはり机の数が少なくがらんとして──。
「あっ翔鶴さん!」
「伊津美ちゃん」
唖然とした顔の翔鶴さんがいた。
「なに、知り合いなの?」「転校生が知り合いってドラマ?」「でもまあ、考えれば当然のことですね」「普通のヒトは入ってこないもんね~」
目の前の艦娘達は好き勝手に雑談をしていた。
「あら。知り合いなの、翔鶴?」
「あ、いえ、先生。土曜に伊津美さんと偶然お会いして」
「そういうこと。じゃあ翔鶴に任せちゃおうかな! っていうかわたし職員会議あるから! ちょっといろいろやばいんでわたし行くわ! みんな、仲良くしてね! もしなにかあったらわたしの考課表に響くから!! じゃっ!」
担任のひとは、さっさと教室を出て行った。
えっ。や、やだなあ。なんか段取り違わない? 勝手にかえないでほしいなあ。こっちにも心の準備があるんだよなあ。
あ、泣きたくなってきた。
だいたいどうして僕は女装して女ばかりの学校に転校させられてるんだろう。ひどくない? 人権蹂躙だよね?
「伊津美ちゃん」
いつの間にか隣にいた翔鶴さんが、笑っていた。
「緊張しないでね」
「ぁい……」
無理な相談ですぅ……。
……それから、横に立ってくれた翔鶴さんがみんなを紹介してくれた。窓側の席から、金剛(卒業しても席はあるらしい)、比叡、榛名、霧島、北上、大井、そして鈴谷と熊野の二人がいなくて(実は熊野さんは知っている)、あとは翔鶴さんと……。
「最後が、わたしの妹の瑞鶴」
「うーっす。なめんなよー転校生」
翔鶴さん、妹さんが頬杖ついてガンをつけてきてます……。
「よかったわ。自慢の妹って、言わなくて……」
翔鶴さんがため息をついた。
「だってー翔鶴ねえがいきなり現れた転校生にべたべたして嫉妬してまーす。わたしにもいつもそれぐらい優しくしてくれればいいと思いまーす」
「もう…………あれは放っておきましょう。伊津美ちゃんは、わたしの席の隣に座ればいいわ。といっても、このクラスで集まるのは、ホームルームとイベントの時ぐらいなものなの。でも艦娘同士ですぐに話が伝わるから、別のクラスでも、みんなに挨拶したものと思って仲良くしてあげてね」
「あ、はい! えっと、寺沢伊津美です。みなさん、よろしくお願いします!」
「よろしくー」「どうも」「ねえ誰も聞かないけどなんで着物なの?」「よろしくお願いしますね」
初日はさすがに緊張しっぱなしでした。
艦娘の授業は、やっぱり聞くのと見るのでは全く違うし。
例えば体育の授業ではヒトの小学生や中学生ぐらいに見える子達が、G.I.ジョーみたいな軍隊の障害物競走をやっていた。「おそい」「へた」「のろま」とか言い合ってる。先生も人を殺してそうなすごい人相だった。
授業も面白かった。まず黒板じゃなくてホワイトボードで、先生は大きな用紙をつなぎ合わせて地図なんかをボードに貼ると、書き込みを入れながらとにかく話し続ける。みんなは配られたレジュメとノートに先生が話していることを書き込んでいた。テストがどういう形式なのか、あとで翔鶴さんに聞いてみよう。
それと、心配していた道場はちゃんとあった。手前が板間で奥が畳の普通の道場だった。やったね!
……初日が怒濤のように過ぎた。
ほかの子達に遊びに誘われたけど断ってしまった。なにせまったく荷ほどきをしていないので寝る場所もない。何度も謝って、夕陽が差し込む部屋で整理した。
窓から見える景色は、自宅や下宿している提督の家とは違って、どこまでも自然に緑に覆われている。いままで気にもしていなかった、鳥たちの声や葉っぱのざわめきが耳に入った。
……これから僕は、二十四時間女装をして、本当にここで生活していかなければならない。
いい材料は、生徒には艦娘しかいないのでちょっと変わってても目立たないことぐらい。でも先生達は人間で、外に出ればみんな人間だ。あはは、これは……やばい! なかなかやばい!!
外見には自信がある。子供の頃から「伊津美子ちゃん」「ほっぺ赤い、唇赤い」「女っぽい」ってからかわれて泣いてきたんだから。お化粧だって四歳からやってきた。女物の着物だって素人より着こなせる。
でも女の子になるって、そういうことじゃない。
難しいぞ、これはーー!! なんか燃えてきたなー! だって失敗しても恥かくのは話持ち込んできた提督と内務官僚だからなー!(←プレッシャーに負けそうなときは、最初からひとのせいにしておく)
「よーし、がんばるぞー!」
「ふふ。がんばってね」
げっとして、扉の方を向くと翔鶴さんが立っていた。
「ごめんなさい。開けっ放しだったから」
「あ、いえ。引っ越し中ですから!」
お構いも出来ず、整えたばかりのベッドに二人で座った。
翔鶴さんは、土曜見たおしゃれな私服ではなく、朝から紅白の道着のようなものを来ている。洋服より凜々しく見えた。
「伊津美ちゃん。この前はありがとう。あと妹が変でごめんね。でもまさか、あなたが転校生だとは思わなかったわ。だって」
人だもんね。
「私も、まさか翔鶴さんとここで会うとは思いませんでした」
どっちもそうよね、と二人で笑った。
でも本当は、翔鶴さんの名前からして、艦娘かもしれないとは思っていた。提督は何百人もいる艦娘の名前を家でいちいち挙げることはしない。酒を飲ませれば艦娘論みたいな抽象的な話をしてくれる。下宿組、しっぽ巻いて逃げる。
「でも翔鶴さんが艦娘なら、私、余計なことしちゃいました。いくらでも穏便に済ませられましたよね。それに、あのプールに、行きづらくなったかもしれないし……」
「ううん。それは違うのよ。わたしも、ああいうことは初めてじゃないから。ほら、わたしは特に……大人しそうに見えるらしいから」
「はい……」
「だからね、ちょっと苛々して、嫌になっていたの。そんなヒトばかりじゃないって思っても、どうしようもなかった。でもなんだかあなたのおかげで気持ちが楽になったわ。それに伊津美ちゃんの『女には何がなる、殿御殿御の気が知れぬ』っていう台詞もかっこよかったわ! そうよね。女にはなにがなるだし、殿御の気はしれないし。あれは、なにかの台詞なの?」
「…………そういうのはあとから聞かないでくださーい」
「あれ、恥ずかしいことなんだ」
「……私、翔鶴さんにいじめられたら泣きますから」
「うふふ。ごめんなさい」
それからずっと暗くなるまで話していた。
翔鶴さんは、話しやすくあわせてくれて、優しい。素敵なひとだった。
でもそういうひとが嫌気がさしたりする事情もある。
僕も、ひとのこと心配してる場合じゃないけど──
「──オラー!! なに暗がりでイチャついてんじゃオラー!!」
瑞鶴が、扉を蹴り飛ばして入ってきた。
「なんてことするの瑞鶴」
「とっくに歓迎会の準備できてんのよー! 呼びに行っていつまで帰ってこないってぇ、はやくきなさいよコラー!!」
「まったく、この子、いつまで経っても姉離れできないのよ」
「は・や・く・し・て!!」
「はい! 今いきますー!」
艦娘はみんな大らかでした。
あまり細かいことを気にしないので、こちらがはらはらします。
戦争をしていたから強い、なんて言われても僕にはわかりません。でも翔鶴さんのことはわかるような気がします。だからお酒を注がれるままにがぶがぶしました。提督に注がれるお酒よりうめーです。男はだめですわ!
わたくし、今日から女になります!
『京鹿子娘道成寺』。
その短縮版を道場の板張りで踊っています。
江戸時代のころに初演された、歴史ある演目です。なぜ僕がこれを踊っているのか。それは、なんとな~く掴んできたテープがこれだったからです。
学校に来て、一度目の土曜になりました。
艦娘のみんなは毎日僕によくしてくれて、丹沢湖の上流が真っ白な川なんだーって遊びに行ったり、丹沢が伊豆や小笠原諸島がぶつかってできた証拠を教えてくれたり、沢登りについていけない僕が斜面を転げ落ちてくのをゲラゲラ笑ってお姫様だっこしてくれたり、山中湖に対抗意識を燃やして丹沢湖を広げようとして怒られたりしてました。
みんなばかで、女の園に入るぞーって気張ってた僕もばかでした。
でも瑞鶴だけは、なんだか僕にすっきりしません。
今もなぜか道場の土間で僕の舞をぼうっと見ています。見てます……たぶん。
何度目かのテープが終わって、気になったところを何度も繰り返して、それが終わると僕は道場の雑巾がけをしてブリキのバケツに水を絞りました。さっきから、汗が妙にでます。汗がいつもより出るのは、僕の神経が疲れてる証拠。女装してるからしかたないね。
でもどうしてこう汚れるのかいつも不思議です。あんまり使われてないのに。奥の柔道場もやってあげたいな。一人じゃ無理だけど……。
「────ねえ、太鼓とか笛が大合唱してる最後の場面、いったいなんなの。演奏がすごい盛り上がってるのはわかるんだけど、歌詞もないし」
瑞鶴が、唐突に僕をまっすぐ見て言いました。
やっぱりちゃんと見てくれてました! やったね!!
「あ、あのねっ、そこは再び作られた道成寺の鐘に、清姫がとりついて鐘を落として見得をきる場面!」
娘道成寺は、安珍清姫伝説の数百年後、再び道成寺に鐘が作られたところで始まります。
安珍清姫伝説は、安珍っていうお坊さんが清姫に惚れられたけどいやなので逃げまくって、とうとう追い詰められて道成寺の鐘の中に逃げたら大蛇になった清姫に焼き殺された伝説。
娘道成寺では、新しい鐘の供養の日に奇しくもやってきた白拍子が、鐘の前で様々な踊りを見せるのです。そして最後はお坊さん達をなぎ倒して大蛇になって、恨めしい鐘の綱を切って落として見得を切るのです。
「白拍子花子は清姫にとりつかれた亡霊、それか白拍子そのものが清姫の亡霊なのよね」
「そうそうそう!」
「わかんないのは、なんで今更亡霊が新しい鐘を落とすわけ?」
「へっ」
「だって、安珍に受け入れられなかった清姫は、鐘の中に逃げた安珍を焼き殺して自分も死んだわけでしょ。ならもうそれで話は終わりじゃない。新しい鐘には安珍が入ってるわけでもないし。いくら同じ寺の鐘とはいえ、どうでもいいんじゃないの」
え、えっと……。花子は清姫は……恋する娘で、だから想いを伝えたのに…………実は全然伝わってなかった安珍が、うらめしくてうらめしくて…………。鐘のある道成寺の風景が、まるで以前のようで恨めしくて……。
……でも、鐘や景色がうらめしくて、その鐘の上で大見得を切ってみせるのかしら。
なかには、誰もいないのに。
うらめしいのは、安珍だけのはず。
……。
「ごめん。わかんない」
「そう。っていうか! わたしもそもそも唄の人が何言ってんのかわかんないから、なんかわかるようにしてよ」
「今度書いてあげる。でも歌詞がストーリーになってるかっていうと、微妙かも」
「なにそれ」
「最初と最後は確かに、道成寺にやってきて、白拍子を口実に寺に入って舞をして鐘を落とすってストーリーになってるんだけど。その間の踊りは……そのストーリーにすごく関係してるかっていうと、そんなに」
「踊りは意味ないってこと」
「ううん。でも、最初と最後のストーリーと、その間の恋する娘が舞う踊りの解釈は偉い人の間でもバラバラで、『私はこう解釈して踊る』んだって踊るんだ。だから、前知識なしでいきなり普通の人が見ても混乱するかも。西洋の人が見ても、よくわかんないみたいだし」
「へえ~! でもさあ、ならなおさらあんた、あんたが『わかんない』じゃまずいでしょ!」
「まずい」
瑞鶴が、声を上げて笑った。
初めて笑ってくれた。
「ねえねえ! 興味持ってくれた?」
「うーん、ぜんぜん」
ェ、エー。
さっきまでの前振りはなんだったの……。
「でも、あんたが踊りに真剣になんだな~ってことはわかった」
「ありがとうございます……」
ウレシイデス。
「……じゃあさ。あんた、なんでここに来たの」
また、唐突な質問だった。
「それこそ、なんなの」
「ここは艦娘の学校で、だから人間が入っちゃだめとは思わないけど。でも、ヒトはヒトの学校に行くでしょう普通。一クラス四十人もいるってのはちょっと想像できないけど、みんな将来のことを考えて、部活に入って、バイトをして、恋愛して、大学行ったり就職したりするんでしょうね。あんたのことはわからないけど、少なくとも、ここが踊りをやるのにいい環境だとは思えないし」
「……」
「でしょ。ならあんた、こんなところ来ている場合じゃないじゃない。わたしたち、見ての通り馬鹿やってるだけよ。だって、みんなわからないんだもの。将来のことなんて、わからない。わかったやつはさっさと卒業して人間の資格もらったわ。それで就職して、大学入って、結婚した。でも今残ってるわたしたちは、もし明日、急に何かが変わって鎮守府に戻って戦いなさいって言われたら、そうすると思う」
たんたんと言う。
瑞鶴は……まっすぐだった。
そしてようやくわかった。
瑞鶴は、僕が無理矢理連れてこられてると思ってるんだ。少なくとも、本意ではないと思ってる。まあ、そんなに間違ってないんだけど。
だから早くヒトの社会に戻って、自分の将来のためになるようになさいよ、と言ってくれている。
ふふ、やっぱり翔鶴さんの姉妹なんだから。
でも、ごめんね。僕はその「無理矢理」を言い訳にしているだけだ。
……ねえ。瑞鶴。
どんな事情があれば、女装して艦娘の学校に入るの? 無理矢理入れられたって? あはは。そんなの、普通、入らないよね。入らないよ……。
だから僕は、逃げてきたんだ、瑞鶴。
「瑞鶴って、優しいね」
「はぁ?」
「ちょっと見損なってた」
「見損なってた? あはは! じゃあどんな風に見直してくれたのよ、あんた?」
「瑞鶴。私もみんなと同じだよ。将来のことなんて何もわかんない。ただ、私には一応夢があった。踊りと芝居で大勢のひとの前に立つ夢」
鳳凰紋が、鈴の音と共に開いて、自分だけの花道を歩く未来。
「それはもうほとんどかなってたんだけど……何故か、急に嫌になっちゃった。だからみんな放り出して逃げ出してきたの。四歳の頃からそのためにやってきたのにね。いまさら嫌になって。みんなに馬鹿にされて、嗤われて、迷惑をかけて。でもそんなことすらどうでもよくて……」
『──そうかあ。あの成羽屋の御曹司がなあ』
重役の声に滲む、嘲り、失望、親父への同情。
恥。怒り。惨めさ。
「それで、逃げてきたの、ここに。それで、未練がましく踊ってる。なんで嫌になったか知りたくて踊ってるの」
踊っていてもわからない。
なにも、わからなかった。
「でも、今日は瑞鶴に見てもらっていてよかった気がする。ありがとう」
「……嫌な話きいちゃったわね」
「そんなことないよ。でも瑞鶴、普段からもっとにこーってして」
「は?」
「瑞鶴は優しいんだから、そういう優しい顔してほしいな」
嫌われてるかもって勘違いしててごめんね。
「あんた、変なやつね」
四歳の頃から、自分でお化粧をして顔を作っていたんだもの。
女の着物を着て、女の仕草をして、女らしい演技を学んできたんだもの。
変なやつだよ。ごめんね。
「ねえその、踊りやってるから、あんたいつも着物着てるわけ?」
「うん。洋服持ってないし」
「…………マジで?」
「マジ」
「……あんた、やばいわね」
「やばい」
瑞鶴が吹き出した。
でも、男が女の着物着てる時点でやばいよ。
「わかった! それはちょっとやばすぎるから、今度一緒に服買いに行きましょうよ!」
「あ、それはやだ」
「…………は?」
「洋服やだ」
……瑞鶴との関係は一歩進んで、二歩下がったような気もします。
でもそれから、瑞鶴は翔鶴さんを連れて見に来てくれるようになりました。
「──んきゃぁああ!! 伊津美ちゃん!! 素敵だったわ!!」
今日はちょっと気合いを入れたので、ビンヅケ・白粉に紅と墨で顔を作りました。お引きずりも練習用の腰巻きじゃないのです。
「なんかその、舞台用の化粧? が、普通の化粧より堂に入ってるのがやばいわよあんた」
「日本人形みたいだわー!!」
翔鶴さんがベタベタしてくる。
あ、ついてる。紅付いちゃってるから。ねえ翔鶴さん聞いて。こすらないで。
「前から思ってたんだけど、この手ぬぐい素敵よね。模様がかっこいいし、手触りすべすべだし」
道成寺の恋の手習いの場面で使う手ぬぐい。
「それは……もらいもの。模様は紋って言って、踊ったひとのが入ってるんだ。それをくれるの。すべすべなのは縮緬、シルクだからね」
実は、僕の家の成羽屋の定紋と、僕の襲名した名跡の紋だった。
比喩ではなく血と汗がにじんでいる。
…………ちょっと。翔鶴さん、裾まくるのやめて。おねがい。
「あ! そうそう! この前、伊津美ちゃんが助けてくれた時に言ってた『女子には何がなる、殿御殿御の気が知れぬ』って、この踊りの歌詞だったのね! 恋の踊りの歌詞だったなんて! それを別の意味でとっさに使えるなんて伊津美ちゃん素敵だわ!! もうかわいい!!」
「翔鶴さん、顔すごいことになってる……」
「……ねえ、助けた? なんのこと?」
瑞鶴の声が低くなっていたのに僕はせいせいと、
「うん、最初の土曜にね、プールで翔鶴さんが男に絡まれてて──」
あ。しまった、みたいな顔を翔鶴さんがしている。
言っちゃいけなかったの? というか、瑞鶴に言ってなかったの?
「ふんっ、そういうことね。翔鶴ねえがずっとあんたにベタベタしてるのは! やっとわかった」
「ワタシハキョウハコレデシツレイスルワネ」
「ちょっと!! 翔鶴ねえ、男に絡まれたら我慢しないで絶対わたしに言ってって、言ったわよね!」
「だって瑞鶴飛んでいってボコボコするでしょう! 妹を犯罪者にするわけにはいかないわ!」
「で!! こいつなんかに助けてもらってベタベタしてるなんてばっかじゃないの!! ばぁぁか!!」
「なんてこと言うの瑞鶴! それに伊津美ちゃんはこんな日本人形みたいな女の子なのにわたしを助けてくれたんですー! かわいくて当たり前よ! ね、伊津美ちゃん!」
振られても困ります、お客様……。
「ぎぃっ!!」
あちらのお客様がコゲラみたいな声で発狂されておりますので……。
「ごめんね、瑞鶴。お姉ちゃんとっちゃって」
「あっ、あんたぁ!! ずっと思ってたんだけど、どうしてわたしにだけ! わたしにだけ!! 呼び捨てなのよ!!」
「伊津美ちゃん、着物ちゃんとめくってみてもいい?!」
という訳で、なんだかんだと、瑞鶴とのわだかりがとけてよかったです。
それから三人で雑巾がけして、ついでに柔道場もきれいにできました!
やったね!
帰りは安定の自虐ネタ! 前の高校の頃も、おめー歌舞伎のなんちゃらだろって言われるので、そういうときは歌舞○界はこんなにひどいんだよって自虐して仲良くなります。
「──でね、一番大変なのは、お師匠さんに見てもらう時! 気むずかしい顔とジェスチャーで全然ダメってやってくれるうちはよくて、段々罵声が飛んできて、次には扇子が飛んでくるの。ぐさ、ぎゃーって」
「あははは! なにそれ!」
「あとはね、道成寺は殆ど喋らないけど、他では普通に台詞があるから毎日練習で大声出してると喉が潰れちゃうんだよね。でも、『喉はつぶした先で声が出る』って言うんで、血を吐きながら練習するの。後輩が、がはって血を吐いたのをさっと拭いてあげたり、拭いてもらったり」
「あはははは!! やばすぎ!!」
「伊津美ちゃん、嘘よね……?」
「本当なんですよ~~。血と扇子と罵声が飛び交う職場なんです」
「艦娘と同類じゃないあんたたち! あはははっ!」
瑞鶴が笑ってくれると嬉しい。
それから三人でお茶をした。
丹沢の雄大な自然を眺めてのお茶。この国は東銀座からちょっと出るだけでこんなにすごい自然があるんだ! 山菜とかとれるかも!
僕はこういうのんびりしたのが好き!
ずっとこうしてお茶してたい。
三人で夕食を食べて、またくっちゃべって、その日は部屋に戻りました。
「──伊津美!」
そして月明かりだけの廊下を歩いていると瑞鶴が後ろから走って来ました。
「どうしたの?」
「……あの…………あの、さ。…………翔鶴ねえ、助けてくれて……ありがと」
照れて顔を真っ赤にしてる。
わざわざそれを言うために追いかけてくるのが、なんだか瑞鶴らしくて……。
「瑞鶴ってけっこうかわいいね」
って正直に言ったら叩かれました。
いけないんだ。女の子に手を上げたら、いけないんだよ……。
/破・出端『たおやめぶり』
僕たちは、今、箱根の強羅に来ています。
突然なんだと思われるかもしれませんが、丹沢ではなく箱根です。
そして翔鶴さんと瑞鶴と一緒に朝食後の紅茶を優雅に楽しんでます。
イギリス風洋館の応接間から見える、雪景色。
杉の木に雪がのっています。すてきだなあ。
でもすぐ下からの坂道は雪で通行止めなんだって。大変なところです。
『だからぁ~~!! 交換してくださいよお! なんで仙石原組はこんな質素なんですかあ!!』
「御殿場線一本でバスで近いって喜んでたじゃーん、あぶぅ」
『不公平ですう!! 絶対強羅の方がいいですう!!』
「ほーん」
『あっ、まって! みんなちょっとまって!! おいてかないで!! バスの時間?! そんなあ!!』
「じゃ、切るよ~~。遅れたら先に逆さ杉いくからね~~~~」
『ちょ、まッ』
……阿武隈さんの声はでかい。電話口なのに、そこで話してる北上さんの声と全然かわらない。
「大井っち、いい~~?」
「はーい。もう行きますからー」
「ねー翔鶴たちも行こうよー湖にひっくり返った樹があるんだって。間抜けだよねー」
北上さんが応接間の扉を開けて言う。
「わたしたち、実は湯本まで呉服屋さんを探しに行こうと話していたところなの」
「えーそれって着付けの準備? わたしも行きたいなあ」
僕たちの洋館には和室があって、そこの桐箪笥には高価な反物がこれでもかと入っていました。せっかくだから、こっちにいる間は箱根をこれで楽しもうとなりました。まず和服用の肌着や小物を買わなくっちゃ!
「なにっ!? 北上さん!! 芦ノ湖やめて一緒に行きましょうよ! 着物着られるチャンスなんてそうそうないんですから!」
「まー約束しちゃったしぃ、しょうがないね」
「くーっ!!」
この学校には季節の休みというものがないです。一応、冬休みなどと名前のついた休みが三連休ぐらいあるけれど。その代わり、特権があります。内務省懇意の財閥の保養地を、季節外れに長期間使わせてもらえるのです。
この保養地も、強羅駅を少し登ったところの大きな敷地にあって、柵で囲まれた中にぽんぽんと洋館が石畳の上に建ち並び、バラ園や噴水、ヒマラヤスギ、お茶室もあります!
すごい贅沢です!!
あぶれた子達がむきーってなるのも仕方ないよ。ごめんね!
「じゃねー! 帰ってきたら着物見せてねー」
「北上さん、考え直しましょう?」
ちなみに金剛型三姉妹は遊びにやってくる金剛さんを迎えに小田原まで行きました。
どれだけ好きなの?
「さて、わたしたちもそろそろ行きましょうか」
「ねえねえ宮ノ下でも降りましょ。通行止めってどうなってるか見てみたいし! あ、湯本で呉服屋なくても最悪、小田原まで行けばあるわよね?」
「うん。じゃ行こっか」
二人はお出かけ用の洋服でした!
瑞鶴は緑のジャケットとカシミアのマフラーが活動的で似合ってます!
翔鶴さんも相変わらずイメージぴったり!
そんな二人と箱根登山鉄道のレトロな電車に乗りながら、冬の箱根の雪山景色を楽しみました。
二人とも見ればわかるように、スタイルがいいから着物が合うか、それだけが心配です……。
湯本では二人の体型に合った襦袢、塩瀬や小物などを買って……。
小田原で、翔鶴さんの体型に合わせた和装ブラを買いました。
和装ブラは大きな胸を小さくする。着物は寸胴茶筒体型が理想なんです。
「あー悪かったわね!! 補正のいらない寸胴茶筒体型で!! わたしって着物美人ね!!」
って、瑞鶴がひとりで怒ってます。放っておきました。冗談でも内輪以外で言ったらだめだよ。結構な嫌みになっちゃう。
あ、腰パッド買ってこう。ついでに中に詰め込む用のタオルも買い増そう。二人とも腰が細いもの。折れちゃいそう。
「伊津美ちゃん、和装ブラってスポーツブラみたいなものかしら」
「うーん、似たようなものでしょうか……」
実は、よく知らない……。
「着物は、普通の下着で着ると、帯の上にのって太って見えてしまったり、衿合わせが乱れたり、着付けがしづらかったり、色々問題があるんです。若いひとの着物はやっぱりきっちりして清潔感がある方がすてきですから」
「そうなの。着物は着物でみんな同じだと思ってたわ」
「あーはいはい! 着物の話題終わり!! 本日の楽しい楽しいメーンイベント行きまーす!」
瑞鶴がなんか余計なことを言い始めました。
「え? もう全部買ったよ」
「馬鹿ね!! あんたの洋服買うに決まってるじゃないの!」
「そうね、せっかく強羅から小田原まで降りて来たんですもの」
「翔鶴さんまで! そんなぁ!」
呉服屋さんでは僕がああだのこうだの店員さんと折衝してたからか二人は強気でした。一応お礼ということで買ってくれるみたい。でもごめんなさい、やめてください、お願いします。
でも文句を言うまもなくアパレルの試着室に押し込まれた。
外ではきゃあきゃあとどれにしようか二人が騒いでます。
はああ…………。
なんだって僕は、男なのに女のふりをして女の服を着なければいけないんだろう。女形で女の服着てるだろって? 違うよ、全然違うよ。女形と女装はぜんぜん違うのに、僕を押し込んだ提督も官僚もわかってない! あの人ら、立場偉いくせに日本の伝統芸能に対する理解が足りないんじゃないかと思う! 今度会ったら絶対説教してやるん──
「──ねえいつまでなにしてんの?」
「っきゃああああうぎゃああああ!!!!」
見られ、見られた!!
見られた!!
「あ、ごめんごめん」
やろう!!
何事もなくしめやがった!!
「こっこっこっ声ぐらいっ、かけてよ!!」
「何度もかけたわよ。返事もしないんだもの」
「うぅぅぅ…………」
「でもあんた、そういうところは意外とかわいいのね」
うぅぅぅ……………………。
茫然自失のまま、いろんな洋服を押しつけられました。ふりふりしたりしちゃったりして……。
「ねえ、翔鶴ねえ。次この短めのいきましょうよ!」
それはいろいろ見えちゃうからぁ……。
「あらいいわね。日本人形みたいな伊津美ちゃんもいいけど、攻めてる伊津美ちゃんもいいわ! せっかくだから美容院にも行きましょうか」
「それいい考えね翔鶴ねえ!!」
ぜんぜんよくない! 絶対いかない!
今日はこれから着付けなの、絶対絶対着付けなの!!
「はい! では、本日のメーンイベント! 楽しい楽しい着付けの時間です!!」
「あんたって根に持つわよね」
「隣の部屋にすでに着物を用意しました! 説明はおいおい! これから着るのはおしゃれ着で、ちょっとした外出なんかに着るものですね! よく知られる振袖なんかは礼装なのでちょっと違います」
「ふうん」
開けると、畳紙から紐解かれた着物の柄がずらり!
縮緬の香り! 落ち着くなー!
友禅、型友禅、小紋! 吉祥、幾何文様に飛び柄! 江戸小紋から小紋、御召し! 名古屋帯に、ついでに袋帯もいくつか風に当ててあげました! どれもありがちな黄色のシミ一つないのです!
「わあ、とってもきれい!」
「す、すごいわね……」
「お好きなのをどうぞ!」
「そんなこと言われても、困るわよ! 着物っていろいろあるんでしょ!」
「あるけど、着るのは瑞鶴だもの。瑞鶴がいいって思ったものを着てほしいな。まずければ直せばいいし」
「うーん……」
「わたし、これにするわ!」
「はやっ!!」
翔鶴さんは、黒地に白の四季の花尽くしの小紋を手に取っていた。
「あーっ、それ翔鶴さんにどうかなーって出しながら思ってて!」
「うふふ、気が合うわね」
「イチャイチャすんな!」
瑞鶴は迷いに迷って結局決められなかった。
だから一緒になって選んで、淡いピンク地に小さな兎の小紋にした。
ちょっと合わせてもらったけれど、どちらの裄も身丈もイケた。
「お、帯は、あんたが選んでよね!」
「翔鶴さんはどうしましょう」
「うーん、組み合わせが難しそうで……瑞鶴みたいに一日中悩むことになりそう。伊津美ちゃんにお願いするわ」
「一日も悩んだりしないわよ!」
帯は、無難に色数を抑え主張しないものを選んだ。
小紋七分に帯三分っていうからね。
抑えめの色調の翔鶴さんの着物には、花色に合わせた色の幾何文様の帯に、紅い帯締めでアクセント。瑞鶴は迷ったけれど、やっぱり着物の中の色から選んだ色で蝶柄の帯。かわいい。
頭の中で二人に着せてみたけれど、どっちも似合っている。ぇへへへ。
「何笑ってるのよ気持ち悪い」
「二人とも似合ってるなあって」
「伊津美ちゃん、これから着るのよ」
「はぁい、ぅえへへ」
……頭お花畑の僕は、着るものさえ決めてしまえば自分が着ているようにするだけだと思っていた。いました。
自分の着物人生がいかに最適化されたものかを忘れて……。
「ちょっと!! なんまいタオル詰め込むのよ!! 腰パッド紐切れるわよ、っていうか痛い!!」
「伊津美ちゃん、な、なにも、こんなに衿元あわせなくても…………く、くるしい……」
何回も肌襦袢一丁にひんむいて、てんやわんやの大騒ぎです。整ってきたかと思ったら、やっぱりおなかがくるしい、帯紐がなくなった、芸者さんみたいにしたい(衣紋抜きたい→ダメ)、髪型はどうするの、歩きづらい、裾が乱れる、階段を上り下りできないと七転八倒し、ようやく綺麗に帯のお太鼓の顔を作れたときには、へとへとへとへとでした……。
「見て、翔鶴ねえ! 素敵!」
「本当……。それに着物のにおいって不思議だわ。懐かしい気がする」
なんで二人は元気なの。
「ねえ伊津美、どうよ!!」
「うん。瑞鶴はかわいい。似合ってるよ」
「わたしは!! わたしは伊津美ちゃん!」
「翔鶴さんは綺麗。二人で選んだ花尽くし、正解だったね」
実際似合っていた。二人とも鎌倉に行けば川端康成。
でも、ちょっとばかり……疲れました。きついね、ひとの着付けなんて、したことなかったから……。
「…………あんたの、かわいい・綺麗のイントネーション、なんか男が言うみたいな──」
「伊津美ちゃんにそう言ってもらえるとうれしいわ~~! はやくみんなに見せびらかしましょう!」
「ぉー!」
「……ま、いいけど。ありがと」
周りを柵で囲まれた保養地の真ん中には、噴水があります。
敷地に敷きつめられた石畳には雪解け水が流れており、冷たい水にぬれた石の香りがしました。そこを、エナメルの草履をからころと、あでやかな着物をきれいに着こなした二人がしとしとと歩くのです。どこかのご令嬢がちょっと茶室に行くようです。とても華やかでした。
そして二人の着物姿を喜んだ鳳翔さんがお茶をもってきてくれ。
パラソルの下で紅茶を嗜みました。
「うわーなにその着物、すげーじゃん!」「瑞鶴澄ましてるぅー」
行き交う艦娘達に冷やかされます。
翔鶴さんは喜んでくれて、瑞鶴も照れてるけど嬉しそうで、私はそれが楽しいです!
きらきらした二人の様子。
そして箱根の山々の間をぬって、澄んだ空気の先には相模湾が見えます。浜辺も、小田原の街も見えました。
絶景です! 色々ありがとう神様!
「くしゅんっ」
「大丈夫? 伊津美ちゃん」
「ええ、大丈夫です……」
「ねえ伊津美、あんたなんか着物地味じゃない?」
「一人ぐらい地味なのがいたほうが見栄えがいいの」
「えっそういうことだったの? そんな! 伊津美ちゃんあんなに喜んでいたのに」
「いいじゃない。こっちにいる間は選び放題だもの。いろんなの着ましょうよ!」
──瑞鶴の言葉通り、僕たちは毎日違う着物を着てあちらへこちらへと行きました。
「鼻緒が痛い」「半襟ってしょっちゅうちくちく付けて外すの?!」と文句を言っていた瑞鶴も、着物で人目を引くのは悪い気分ではないらしく、大涌谷にケーブルカーで行ったり湯本まで降りてカフェに入ったりけっこう楽しんでくれました。あ、そういえば僕がカフェで食べきれなかったお菓子を懐紙に包んで巾着袋に入れていると、「かわいー!!」とか言って懐紙を懐紙入れごと奪っていきました。かえして。
それから強羅は、留袖から街着まで着ているご夫人が結構いまして、着物率が高かったです。
坂は急勾配で難ですが、道行コートや道中着、羽織、ショールとみんな着られることもできて、二人には満足してもらえるし、着物さんたちも天日干しできるし、一石三鳥! いいことずくめでした!
そして今日もまた、
「──あっぎゃああああ!! 三人の、その格好!!」
「ちっ。うるさいのがきたわ……」
「わたしも!! わたしも着物きたい!!」
阿武隈さんが駆逐艦ズを連れてやってきました。
「翔鶴さん、きれい!! 瑞鶴さんはうさぎさん? ぷぷ、かわいい! いいなあ、ねえねえ伊津美ちゃんわたしも着たいなー!!」
「あ、暁にも着せてくれてもいいのよ? ちゃんと和装ぶら? っていうのも用意してね!」
「なのですっ! なのですよっ!」「鎌と槌で赤地の着物があるだろう? それにしてくれ」
「わかったわ!! いいのよ、全部わたしに頼りなさい!! 伊津美ちゃんは遊び行ってて! わたしが全部やってあげるから!!」
やめて。ここの着物さんが一着何十万すると思ってるの。
「ねーついでにわたしたちもやってよー」「はっ?! 北上さんの着物姿?! ああああカメラが、誰かーー!!」
「ねーねー伊達衿ってつけないの? 神風たちがつけてるようなの。三人ともいつもつけてないけど」
「あれはフォーマルの着物につけるんです、無地とか振袖ですね。わたしたちのはおしゃれ着だから。どうやってつけるかは実物を見ながらの方がわかりやすいのですので……。…………ということで、あの、二人とも、ごめんなさい。私は今日はみんなと……」
箱根には美術館がたくさんある。今日は三人で美術館巡りをする予定だったけれど、仕方ない。
それになんだか疲れている気がする。
二人はぴんぴんしているけれど。
「ちょっと阿武隈、割り込まないでよ!」
「いーじゃないですかー! わたしたちだって着物着たいんですう!」
「ほらほら瑞鶴。じゃあ、悪いけれど行ってくるわね、伊津美ちゃん」
一緒にいても邪魔になるだけと翔鶴さんは思ってくれたのだろう。
「はい! いってらっしゃい!」
──おまえは、挨拶だけは元気がいい。以前そう言われたことを、二人の背中を見ながら何故か思い出していた。
/破・口説『科なき鐘に罪はあらねども』
「けほっ、げほっ……」
しようもなく咳が出た。こんなの、久しぶりだった。二人は夕方になる前に帰ってきた。
「ごめんなさい。やっぱり、伊津美ちゃん一人で残していったら、いけなかったわ……」
「ううん違うんです! お昼は、駆逐艦の子達には合うサイズがなくて。阿武隈さん達に着付けの仕方を教えて着せ替えごっこをして、みんなで『似合ってないー着物に着られてるー』って遊んでただけですから! 楽しかったです!」
「でもあんた、熱っぽそうよ。テンション無駄に高いし」
心配そうな瑞鶴が、額に手を当ててきた。ひんやりと気持ちがよかった。
「……ああこれはもう寝た方がいいわ。わたし、氷枕と水タオル用意してくる」
「大丈夫だよ。少し寝れば治るよ」
「お粥作ってくるわね。あとみんなに静かにするよう伝えてくるわ」
僕の言うことは無視され、二人はさっさと動き始めた。
でもぼうっとしていて、それも心地よかった。
「ほら立って。まず着替えなくちゃ」
「……ねえ瑞鶴。私はみんな好きだよ。楽しいことばかりやってるけど、言いたいことはちゃんと言うし。……舞台じゃ、だめなんだよ。妬まれて小道具隠されたり、衣装を隠されたり。裏方の人に嫌われると未必の事故になったりする。ヅカの学校じゃないんだからさ……。でね、だからね、ぼくはここが好き」
「はあ。これは重症ね……。先生に伝えなくちゃ。一人で着替えられる?」
「うん……」
僕が着替えベッドに入ったのを確認すると、
「先生のところ行ってくる。すぐ戻ってくるわね」
瑞鶴はいつになく優しい声で…………何故か涙腺が緩んだ。
思えば子供の頃に病気をしても、こんな風に思いやってもらったことは、なかった。
女中さんが看病してくれて、父も母も顔を見ることがなかった気がする。でも、それが当たり前で、普通だった。なんとも、思わなかった。なんとも……。
そう思いながら眠りに落ちて。
次に目が覚めると窓の外は真っ暗だった。
今は何時なんだろう。身体がだるい。寝る前よりもひどくなっている気がする。
「……あ。伊津美ちゃん、起きてたのね」
翔鶴さんがそっと入ってきた。
「今、何時でしょう」
「ちょうど夕飯の時間よ。山の夜は早いから。まず体温を測りましょう。食べられたらお粥もね。着替えは、ここ」
体温計を脇に締めて、じっとしていた。体温計の冷たさに寒気がする。
「見せて」
言われるまま渡すと、翔鶴さんは黙っていた。
「……お粥。食べさせてあげるね」
「……はい」
舌が馬鹿になっていたけれど、翔鶴さんが作ってくれただけでうれしかった。
翔鶴さんは僕が食べやすいように啄むだけの料理をすくって、何度も口に運んでくれた。
「よかった、全部食べてくれて。おいしかった?」
「はい、とっても。味はわかりませんでしたけれど」
「まあ! 伊津美ちゃんは!」
翔鶴さんがうれしそうに笑った。そういう翔鶴さんを見ると心が温かくなる。
そしてまた涙腺が緩みそうになった。
だって、これが人らしさだ。
人と人が生きるってこういうことなんじゃないか。
自分の中に閉じこもって誰も思いやることをせず、どうして生きてるっていえるんだ。
でも、僕の踊りはそういう踊りだった。
道成寺はずっと練習してきた演目のなかの一つだ。なのに白拍子花子と清姫の気持ちに一度も触れようとしない人間。
ただただ技術だけを磨き……。
家族とも心が通わず。
辛い稽古の先にだけ、なにかがあると思っていた。
「……大丈夫?」
涙が出ていた。
ひどい人生だった気がする。
言い訳がきかない、自分でそうしてきた人生。
「ちょっと、弱気になってるみたいです」
「うん……。最近はずっと伊津美ちゃんに頼って振り回していた気がするわ。止めなくちゃいけない方なのに、楽しくて、一緒になってはしゃいでた。ごめんね」
「違います! あの、翔鶴さん。私、翔鶴さんが男に絡まれているのをみた時、翔鶴さんは怒ってて、悲しんでて、でもそんなのをみんな眼のなかに閉じ込めてて、このひと素敵だなって思ったんです。私の好きだった、立女形……スターの俳優の眼に似てて。けど私は直情で、単純で、どうしようもなくて……。だから翔鶴さんみたいになれたらいいなって、ずっと思ってます」
「伊津美ちゃん……」
薄暗がりの中。驚いた顔をしたのがわかった。
ほんのわずかな間そうしていた翔鶴さんが。
ふっと消えた。
翔鶴さんの頬がそこにあった。
「ありがとう。そんな風に言ってくれて」
「はい……」
「でも、辛いこともあるわ」
「はい……」
「だから、ありがとう」
そうして、少しの間一緒にいた。
何かが溶けていく。
心の一番奥のそこで、何かが小さくなっていく。
「伊津美ちゃん、あったかいわ」
温かいのは翔鶴さんのほう。でも、僕もあったかければいいな。
「……ふふっ。でもね、伊津美ちゃんは瑞鶴の方がタイプだと思っていたわ」
「えっ、たっ、タイプって! 女同士で」
「うふふ。いいじゃない? 女の子同士でも。それに伊津美ちゃんは中性的だ・し!」
「翔鶴さぁん!」
ひとしきり笑ってから、翔鶴さんは立ち上がった。
「ちゃんと着替えてね、また様子見に来るから」
「はい」
「おやすみなさい」
翔鶴さんのあたたかさがまだ身体に残っていた。
だから少しのつもりで枕に頭を預けると、すぐに眠ってしまった。
* * * *
伊津美は線が細いように見えて、ずっと体力がある。着物で着やせしている気配があった。
それなのに伊津美が風邪をひいたのはわたしたちが悪い。
艦娘の体力で女の子を冬の箱根に連れ回せば風邪をひく。当然だ。でも、なんだろう。浮かれていた。伊津美が喋ると華やぐというか、声の張りが違うというか、喋らなくても気配があるというか……。言い表しがたい。今まで会ってきたヒトとは別の人種なのは確かだった。
だから結局伊津美が辛くても顔にまったく出さないことに甘えていた。
……わたしには何故かタメ口な伊津美も、外では完全な大和撫子。歩き方や腕と足の仕草にお淑やかさがあふれていて、地味な着物でもふと動きを目で追ってしまう魅力がある。
湯本で行き交った裕福そうな老夫婦が、すれ違うと振り返って「あれはもしかして、成羽屋の御曹司じゃないか」と言っていたのを耳が捉えた。意味がよくわからなかったので、伊津美には言わなかった。
なにより、そんな世間のことはどうでもいいことだ。
今は仲間なんだから、それだけでいいんだ。
丹沢湖を山中湖より大きくするため掘って広げる馬鹿な遊びに、本気で一緒に付き合ってくれる日本人形のような女の子がどれだけいるというの。
「伊津美……入るわよ」
小さな声でドアを開けた。
案の定眠っていた。
……あっ、着替えてない。
もう。汗びっしょりで、よく寝られるわね。
氷嚢をかえて、額のタオルを外した。
熱さに歪む綺麗な寝顔。
……伊津美が熱に苦しむ姿が、胸に詰まる。これは、いけない気持ちのような気がする。こういう風に、一緒にいられることが嬉しい。もっといろんな形でそばにいて一緒にいたい。わたしも風邪を引いて、伊津美に看てもらいたい。
そういう気持ちが…………。
(……だめ。不謹慎ね)
一瞬目を閉じて、感情を閉ざした。艦娘は、いつでもそうすることができる。海の上では、いつもひとりだ。
そして伊津美を着替えさせるため、その素肌と骨に触れた瞬間、
────鳥肌が立つほど違和感が走った。
そういえば、これまで伊津美の身体に触れた覚えがない。
伊津美の指が着付けの時に触れたぐらい。あとはせいぜい着物の上から触れるぐらいで。
そう思って思い出せば、いつも絶妙に身体が触れそうな間を外されてきた気がする。
……ボタンを外した。
上半身の汗を拭う。
一度だけ、伊津美を起こそうとした。でもうなされて起きなかった。
──伊津美なんだから、それだけでいい。
そう思い定めようとした。
業者が剪定している梅の枝できれいなのをもらってきて、生けて咲かせてみんなが喜ぶのを喜ぶのが伊津美なのよ。着物が……わたしたちの着た着物が、着てもらって喜んでるって言って嬉しそうに綺麗に整えるのがこいつで…………っ。
そうよ! この、瑞鶴が! 何小さいことでびびってんのよ!
意を決してパジャマのズボンを、降ろした。
…………やはり、男だった。伊津美が。
無心で脚の汗を拭った。
そして新しいパジャマを着せ…………。
なんとか、脇の椅子に座った。
立ち上がる気になれなかった。
ただ、伊津美の顔を眺めていた。
「瑞鶴……?」
あれだけ揺すっても起きなかった伊津美が起きていた。
焦点の定まらない瞳がわたしを見ている。
「どうしたの?」
「ううん……ちょっと、休んでるだけ」
普通に言えた。
けれど、伊津美はわずかに頭を起こして辺りを見た。
脱がしたパジャマが落ちている。
それを見て、伊津美がわたしを見た。
「瑞鶴が、着替えさせてくれたんだ。ありがとう」
「うん…………」
沈黙が、わたしの膝にしんしんと降りた。
伊津美はまだ、わたしを見ていた。
その顔はいつもと同じ顔だったように思う。
「ごめん」
言葉がぽつりが闇に響いた。
「ずっと、だましてて、ごめん」
「うん……」
「………ごめんね」
熱っぽい伊津美の顔から、涙が流れた。
わたしは、何も、いえなかった。
「瑞鶴と翔鶴さんに会えて、よかった。騙してたけど、会えてよかった」
「あ、あんた……」
「瑞鶴が優しくしてくれて、うれしかった。瑞鶴って不器用だから好きだよ。だって本当って気がするし。そつないのはもう嫌。……………………だから、いままでありがと、ね」
閉ざした心がもがいていた。
どんな時も冷静でいられた心が初めての衝動にきしんでいた。
なにもかも理不尽な気がする。
どいつもこいつもぶん殴って、この女装野郎を認めさせてやりたい!
この女装変態野郎が、どれだけ優しいのか伊津美が逃げてきた場所の連中に教えてやりたい!!
「ねえ、伊津美」
「うん」
「んっ」
口づけをした。あごを優しく掴んで上に向けて。
生温かいひとの唇の感触。
啄むようにして離すと、伊津美がぴくんとした。
「女装男くん。また逃げ出すなんて、許さないから」
伊津美はぼうっとして動かなかった。
言葉のない時間が別の生き物のように胸で蠢いていた。
「…………ぼく、初キス、だったのに」
間抜けな言葉が、らしい。
「それは残念でした」
わたしもよ。
「男だって、言ったのに」
「前も言ったかもしれないけど、ここ女子校じゃないから。人間の男がいたことはないけどね」
「ずっと騙してた」
「そうね。でもどうせ伊澤さんか提督の悪巧みでしょ。そうそうここに入れるわけないもの」
伊澤はこの学校の親玉の内務省の官僚だった。提督と仲がいい、いい年こいた糞ガキコンビ。東京府と県の学務課長、県の地方委に舎弟がいると嘯いている。そんなだから独身なのも当然だ。
「ね、だから」
あなたが気に病む必要はないの。
「ここにいなさい」
ここにいて。
「でも……」
伊津美が、初めて目をそらした。
「みんなの下着、見たりしたし……」
──閉ざしていた心が、怒り分泌軍団に出動の命令を出した。
「あ。待って待って!! そういえばあんた、平気な顔でわたしたちの着替え見るどころか裸のわたしたちに触ったりしたわよね!!」
「う、うん。それは、長襦袢の着付けが最後の出来映えを決めるから──」
「ちょ、ちょっと待ってよッッ!! そ、そういえばあんた!! 阿武隈や北上や大井にも同じことしてたわよね!! それに着付けじゃなくて、湖で遊んで駆逐艦ズの着替え手伝ったりしたわよね!!」
「で、でもっ、変な気持ちとか、そんな暇ないよ。ひとの着付けするのってすごい大変なんだよ」
下心がなかったなんてわかってるわよ! でもっ!
「着物以外にも!! たくさんあるじゃない!!」
「はい…………」
ごめんなさい、と布団に隠れた伊津美が言った。
「ったくもう! まったくっ、これだから!! 油断も隙も」
と言いながら、布団をひっぺがしてキスをした。
今度は舌をいれて、伊津美の息が苦しくなるぐらいしてやった。
「──ぷはっ、反省っしなさいよ!」
もうそっちの方は見ず、部屋を出た。
扉が閉まって。
心が溶ける。
…………壁にそって、とろけた背中がずり落ちた。
(はあぁぁぁぁ……………)
わたしは。
わたしは……っ。
閉ざしていた分の心臓が、痛いぐらい脈打ち始めた。
胸が切なく痛かった。
きゅうきゅうしめつけられて、いてもたってもいられなくて、叫びたかった。
あいつの残り香が……
唇に、あいつの味が残っている。
いますぐ戻って、抱きしめて、キスしたい。好きだって、言いたい。
伊津美……っ。
あいつはっ、あいつは、馬鹿っ! 変態っ! 男女!! 女装男!!
「──瑞鶴?」
翔鶴ねえが、廊下にいた。
替えの氷嚢と水さしを持っていた。
「なに、どうしたの?」
止まっていた心が翔鶴ねえの顔を見て動き出し。
なにを一番に言おうか、心が決まった。
* * * *
寝込んでから二日目。
熱がどうにかおさまって、施設長に呼ばれた。
瑞鶴と話して、バレたことを話した方がいいと決まった。瑞鶴にバレたのだからみんなにバレる。
それにもう、騙すのはいやだ。
ついでにキスのことも言おうとして、「キ」とまで言って叩かれた。ちょっとひどいと思う。
……施設長は僕が男なのを知っているので、経緯を説明すると頷いただけだった。好きにしろという感じ。あとは自分で考えろということだろう。
それよりも紙を渡してきた。そちらが本題のようだった。
「近くに、竹本連中と長唄の方々が来ています。寺沢さん、率直にお願いします。この敷地で踊っていただけませんか。踊っていただけるなら、演目は演奏の方々と話し合って好きにしてもらって構いません。他条件すべてはそちらに。ただ、伝統芸能のプロを、艦娘の手に触れさせたいのです」と。
しかし、たとえば、娘道成寺を素人が踊ろうとしても四、五百万掛かる。
ましてもらったリストには知っている名前がいくつもあった。舞台も急ごしらえである。
正直そういうことを考える頭に今の僕はとてもなかった。時間だけはもらった。
そうして施設長との会談をさっさとハネると、まずみんなに騙していたことを謝った。
瑞鶴が何も言わずそばにいてくれた。
そして北上さん以下に「顔はやめな。ボディにしな」と言われつつ、クッション投げの制裁を喰らった。艦娘の投げるクッションは、痛い。安物じゃないから余計痛い。……でも「伊津美は性別伊津美でしょ」と、どうでもよさそうに誰かが言った。クッション投げが終わった。それから「ねー伊津美ちゃんねー男の子が女の子の格好するのってどんな気持ち?」「おいちょん切ってやろうぜ」と笑い始めて、ついには男がどれだけスケベでアホで馬鹿で救いがたいかという話をしはじめた。もう僕のことはどうでもよさそうだった。それでも、僕は仲間達に頭を下げた。
駆逐艦の子達は「全然気づかなかったー」って感じだった。全然気にしてなさそう。よくわかってないのかな、と思ってたらクッションの上からめちゃくちゃ痛いパンチされた。ごめん。
そして肝心の翔鶴さんは…………笑っていた。
いつも通り、なんの嘘偽りなく笑っていた。
だから頭お花畑の僕は、夜に呼ばれてふわふわ会いに行った。いつも通り接するつもりの、とんでもない阿呆だった。
「──え。怒ってないですよ」
やっぱり怒ってました。すごい怒ってます……。
「あの、ごめんなさい」
「暢気な顔で来られると、怒ります」
「はい。おっしゃるとおりで……」
「本当…………おっしゃる通りよ。ふふ。よくも騙してくれたわね、伊津美ちゃん」
ちょっとだけ、笑ってくれた。
僕はここぞと精一杯の誠意でたたみ掛ける。
「どうぞ、ご容赦のほどお願い申し上げ奉りまする~」
「…………なにそれ。ふざけてるの?」
「すいません……」
女装して女の子に紛れこんで発覚してなんて言い訳すればいいのかな(←逆ギレ)。
でも、これ、あの……本当に、ごめんなさい。
翔鶴さんには特に、謝らなければならない気がする。
「……まあいいでしょう。事情は聞いてます」
「本当に、ごめんなさい」
「その代わり、ちょっとわたしに付き合ってね」
「はい!」
と返事ばかりはいい、考えなしのお坊ちゃんに翔鶴さんは容赦がないわいなあ(←女形風)。
なんと着いた先は露天風呂。
翔鶴さんは平然と同じ脱衣場で全裸になり、僕は呆然とした。
叱咤されて僕も裸になった。
…………後ろをついて歩くと、翔鶴さんのざっくりまとめた髪とまんまるの白いおしりが、ふりふり揺れる。かくして。
湯船にはなんだかなぜか瑞鶴がいる。ツインテもいいけどざっくりまとめた髪もイイネ!
現実逃避を始めつつある僕のことが見えないみたいに、最初の頃みたいにつーんとして浸かっていた。
湯浴みを終えた僕は促されて翔鶴さんの隣に湯船する。
「……ご、ごめんなさいまし」
翔鶴さんと肩が触れそうなほど近い。だって寄ってくるんだもの。
なによりおっぱいが、二人とも丸見──
「──あんたっ!! 何普通に入ってきてるのよ!!」
「ひっっ、すませっすみませ」
「伊津美ちゃん、お静かに」
…………あっ! 今日は、月が、きれいだ────。その下にみえるあの垣根はなんて言ったろう。建仁寺垣だったかしら。うふふ。丹沢も空が綺麗だけど箱根もきれいだなあ。そうそう。まだこっちの星空をちゃんと眺めていなかったわ。お空にはこちらの方が近い? お月様に一番近い山なんて──
「……伊津美ちゃん。瑞鶴とキスしたそうね」
「へ、へいッッ」
「それも二度も」
「にょっ」
「避けようと思えば、避けられたわよね」
「ふっ、ふぇ、ふぇい……」
翔鶴さん、僕のこといじめる? いじめたら泣くって言ったよね。
そりゃ僕が悪いよ。一対九ぐらい。でもいじめたら泣くよ。
「じゃあ、条件は同じね……」
翔鶴さんは聞いていなかった。
背中を優しく抱かれて翔鶴さんに向き合わされ、おっぱいが胸にあたるぐらい距離が詰まった。
翔鶴さんの顔がゆっくり……近づいてきて…………唇が、あわさった。
僕の唇を、翔鶴さんの舌が、なめている。
上唇も下唇も愛しそうに舐められた。
どれだけそうしていたかわからず、翔鶴さんが顔を離した。
糸が、あとを引いていた。
「いっかいめ」
嬉しそうに、翔鶴さんが言った。
「ちょっと、翔鶴ねえぇぇぇぇ」
「あら、だめよ、瑞鶴」
また、こちらを見た翔鶴さんはやさしく笑っていたけれど、怖かった。
思わず後ずさってヒノキに当たる。
「しょ、しょうかくさ」
「にかいめよ」
その、ささやくような声だけが聞こえた。
もうキスではなく。身体ごと食べられるように壁に押しつけられた。
目を開けていられず、いつの間にか翔鶴さんのおっぱいを掴まされている。心臓がなっていた。あ、乳首が……おっきくなってる。無意識に手のひらをおっぱいに押しつけて回していた。翔鶴さんがわざと唾液の音を響かせると僕はおっぱいをいっそう掴んでしまって、それを嬉しそうに笑う翔鶴さんの息が唇と唇の間から漏れた。頭をつかまれ髪の毛をもじゃもじゃにされ、翔鶴さんに膝に乗られて口内を蹂躙された。なんだか、幸せな時間だった……気がする。
……でも、気づくと、翔鶴さんは離れていた。
すぐには自分を取り戻せなかった。
「大丈夫?」
「…………翔鶴さんの、えっち」
「あひゃひゃひゃ!! 翔鶴ねえのえっち!!」
「あら瑞鶴、伊津美ちゃんはちゃんと男の子だったわよ」
「えっ?!」
二人の視線が股間に集まった。
「なッ──なんであんた勃起してるのよ?!」
え、なにそれ。ちょっとひどすぎない?
「伊津美ちゃんから全然下心を感じられなかったから。二人で伊津美ちゃんってどうなんだろうって話してたの」
「それは、女形のときは女形ですから……」
「わっっ、わたしのときもっ、おんなじ風だったんでしょうね!」
瑞鶴がなんか焦っている。
そんななんか張り合うことじゃないよって言おうと思ったけど、かわいいから言わなかった。
「あ~、あのときは、ぼーっとしてたから」
「あんた初キスとか言ってたじゃない!!」
「さー裏返しのさんかいめ~」
「こらああああ!! ちょっとタイム! タイムよ翔鶴ねえ!」
さぶさぶじゃばじゃばと湯船が騒がしくなった。
これが僕の一番大切な時間。
それを、真如の月が照らしている。
──大事なひとに、この切ない気持ちを受け止めてほしい。
大事なひとは、わたしだけの大事な人。
大事なひとが、誰かのものになるのが、許せない。
『────だから、だいじなひとはわたしだけのものになったのだから、ふたたびならせてなるものか、わたしの鐘、紀州道成寺』
/破・踊り地『京鹿子娘道成寺』
敷地の一番高くなった奥に、大きなヒマラヤスギがある。その杉と噴水の間に、西洋式の柱で筒抜けの小さなロタンダ(ドーム)があった。
施設長には、踊らせてくださいと頼んだ。どうして都合よく浄瑠璃や長唄がいるのか、どうでもよかった。
打ち合わせでは娘道成寺を頼んだ。快諾していただいた。当然リハーサルはない。
それを二人に伝えた。
僕の娘道成寺。踊ることでしか僕は二人への気持ちを伝えられない。
だから、「どうか見ていてください」と頼んだ。
二人は黙って頷いてくれた。
……そして踊る当日に。
提督がやってきた。新婚旅行にヨーロッパに行っていたけれど戻ってきたらしい。これからは向こうで仕事をするようだ。
囲んでいた艦娘達が追い払われてから、僕も挨拶に行った。
「提督っ」
「よう、来たぞ」
「言いたいことがたくさんあります」
「そうか、やめろ。それより八代目が来るぞ」
八代目は、僕の父だった。
だが父というより八代目だった。
子供の頃からずっと。
芸道に精進する以外のコミュニケーションはない。
これからも。
「おまえの芸、俺も見させてもらうよ」
「ありがとうございます。どうぞ、よろしくお願い致します」
頭を下げた。
奥さんにも頭を下げた。
優しい人達だった。人の縁には、感謝するほかない。
──そしてすぐに夜になった。
花道が下手に、鐘に見立てたロタンダが上手にあり、すべてに板張りが敷かれ、浄瑠璃と長唄が奥にいく。
まるで昔見た鎌倉の薪能の舞台のようで。
そこが、僕の最後の舞台になるかもしれない場所だった。
* * * *
三味線の音。
道行の浄瑠璃が始まった。
“急ぐとすれど振袖のびらり帽子のふわふわと──”
道成寺はすぐそこに。
まいりましょうか。
立ち上がると同時に、しゃんと鈴の音がなり視界が開く。
「成羽屋っ!」
屋号。足早に足早に花道を往く。
“縁を結ぶの神ならで、花の御山へ物好き参り、味な娘と人ごとに、わらわばわらえ浜千鳥”
“君と寝る夜のきぬぎぬを。思えば憎や、暁の鐘も砕けよ、撞木も折れよ。さりとては、さりとては……”
黒地に瑞雲の振袖で、道行の踊り。
“田の面に落つる雁の声、ただわれのみをおいくるを”
日高川を渡る。
道成寺。
鐘が、そこにある。
あの人とともになくなったはずの鐘が、あった。
“科なき鐘を恨みしも──”
どれだけの間そうしていたのか。
自分が七三で鐘をにらみあげる見得を切っていることに、「成羽屋っ」の屋号が響いたことで気づいた。
“ああ道成寺にこそ着きにけれ、道成寺にこそ、着きにけれ……”
“都育ちは蓮葉なものじゃえ”
──みんなが、わっと沸いた。
赤から浅葱の着物へ一瞬で着替える、引き抜きがあったのだ。
皷の音のなか、しだれな格好の見得を切る。
一人が叫んだ屋号を皮切りに、屋号が呼ばれ始めている。よく意味がわかっておらず、場面も発声も外しているのが愛しらし。
浅葱は瑞鶴の方が似合いそう。翔鶴さんは赤の振袖。朱鷺色は瑞鶴。道行の黒は翔鶴さん。
娘の踊りをしている花子の上を、そんな気持ちで舞った。
“それがほんにいろじゃえ──思い初めたが縁じゃえ”
拍手の中、そそくさと上手に消えて。すぐに着替える。
その間、三味線の連弾きが強羅の夜に響いていた。
また拍手が沸いている。
けれど藤色に着替えた花子はもう、それを微笑ましく思うこともない。
コいの手習い。
“恋の手習い、つい身習いて……誰に見しょうとて、紅鉄漿つきょぞ、みんな主への心中立て”
──あなたはわかってくれているの。
あなたがほめてくれてうれしいことに。あなたをほめるわたしのきもちに。
わたしはあなたのものなのよ。あなたはわたしのものなのよ。
どうしてあなたはロくでなし。
“末はこうじゃに。そうなるまでは、とんと言わずに済まそぞえ”
瑞鶴の不器用でまっすぐな優しさ。好きな人を目で追いかける気持ち。褒めてくれた手拭い。
翔鶴さんには会ったときから蛇がいた。あなたならきっと蛇も飼い慣らせてみせるでしょう。
“嘘か誠か……ふっつり悋気せまいぞと、たしなんでみても情けなや”
女子には何がなる。殿御殿御の気が知れぬ。悪性な悪性な気が知れぬ。
そんなあなたに会うために、私は女になったのです。
“縁を結びし妹背山、二人がなかの黄金山……月の顔ばせ三笠山”
出会いの神と縁あれば、つい新枕。
おお嬉しや、嬉しや、うらめシや。
“──ああ、姿やさしやしおらしや。さっさ、そうじゃいな。さっさ、そうじゃいな。皐月五月雨。早乙女早乙女田植歌、早乙女早乙女田植歌。裾や袂をぬらした、さっさ──”
ああ、いとしいひと。いとしいひと。
このおどろおどろしい音があなたにきこえますか。
この衆生のいきを飲む音がきこえますか。
いいえ、きこえないでしょうね。
だっテあなたはわたしのものだから。
“花の姿の乱れ髪──思えば思えば恨めしやとて。竜頭に手をかけ飛ぶよと見えしが引きかづいてぞ失せにける”
思えば思えばうらめしヤとて。
聞こえて、なルものか。
──ドームの幕が下り、鐘が落ちた。
その鐘に登り、蛇のように尖塔に巻き付く。
そして赤い羽織を脱ぎ捨てて、銀の鱗の大蛇になった。
締太鼓、太鼓、笛、大・小皷の大合唱の中、
大蛇はツケの連打にあわせて鐘の綱を登っていき……大見得を切る。
鐘は、再び彼女のものになった。
* * * *
終わって、僕は関係者全員に頭を下げて回った。「これからもっと頭を下げることになるよ」とお褒めをいただいた。
艦娘のみんなも喜んでくれた。駆逐艦ズが僕の背中をよじ登って見得を真似ている。それから、「伊津美ちゃんって捨てられたん?」って本気で心配してくれる子もいた。笑われた。嬉しかった。
提督にも会った。
「伊澤とそこで飲んでいるから、あとで顔出せ。野郎、東京に帰りたがって苦労したぞ」
「そうおしゃらず。向こうでいい人が待っているんですよ」
「……ふん。見ない間に女形が板についたな、おまえ」
僕を一瞥して、提督が言った。
「ありがとうございます。これも提督と伊澤さんのおかげです。お恨み申しておりますから」
「おう、礼は立女形になったらでいいぞ。ほら行ってよし、まったく」
「はい。失礼致します」
踵を返しかけて、
「ああそうだ──八代目は、最後まで見ていたぞ」
振り向いた時には、提督は歩き出していた。
僕もそそくさと二人のところに行く。
胸が高鳴った。
二人はみんなから隠れるようにして、いつものテラスにいた。
そして……照れていた。
めちゃくちゃ照れていた。
それが、うれしかった。それだけで、何も聞く必要がない気がすらした。
テラスに吹き込む凍える風。
この箱根の深山の冬の匂いを、僕は忘れることはないだろう。
「あの、どうでしたでしたでしょう、お二人共」
「ま、まあっ! よかったんじゃない!」
「あのね。さっき、鈴谷が来て……あ、鈴谷は歌舞伎ファンなんだけど」「ニワカのね!」「難しいことを色々言っていったわ。あの、踊っている女形のモデルがわたしたち二人だとか、色々……」
二人は、不安そうな面持ちを隠そうとはしなかった。
「あの、伊津美。わたしたち……歌舞伎や能のことは、わからないの。でも、あの踊りはわたしたちのために、伊津美が踊ってくれたんだって、そう言われて。たしかに見てる間ずっと恥ずかしくて、二人で勝手に照れてた理由がわかった気がした。だから…………なんていうか」
好きだと、言葉にしてほしい。
はっきりと教えてほしい。
もしあなたが伝えてくれるのなら……。
僕は、空を見た。月は今日もでていた。
「……一度だけ、教えてください。僕の踊りを見て、二人はどう感じましたか。感じたことを、それだけをおしえてほしいんです」
翔鶴さんが、すぐに応えた。
「伊津美ちゃんは、恋をしてるんだなって。それに、あの白拍子なのか清姫なのかわからないけど、伊津美ちゃんが演じてる女性も、同じようにすごく恋をしてるんだなって思ったわ。それに、ふふっ。恥ずかしかったわ」
「みんな平気なのにわたしたちだけ顔赤くなってるんだもの! 最初は公開処刑かなんかかと思ったわ! でもみんな、ぜんぜんそんなこと思ってなくて……。だから、だから、伊津美はわたしたちだけのことを、思ってくれてたのね」
「そうですか……。よかった」
伝えたい人に伝わる芸で、よかった。
「鈴谷は、あんたが恋の踊りでわたしたちに告白してるっていうの。でも、わたしたち、そう言われなきゃ、恥ずかしがってるだけで──」
「──いいえ。二人は、僕が伝えたかったことを、みんな受け止めてくれました」
でも二人はまだ困っている。
こういうときは、ただ『好きだ』と抱き寄せて言えばいいのだろう。
だがそれなら踊りはいらない。始めから言葉でそう言えばよかった。
けれど、『愛しています』? ……二人を? 一緒に?
ご冗談でしょうと僕の清姫が嗤っている。
“誓詞さえも偽りか”と娘も言う。
僕には腕が二本しかない。
「二人が……二人に、同じように感じてもらって、うれしい。感じてもらったことが、本当に僕のすべてです。教えてくれて、ありがとうございました」
「ちょっ、ちょっと! 勝手に終わらせにかからないで!! わたしたちはっ、ただっ………!」
瑞鶴が焦っている。
そんな爛漫な姿を見せられて胸が疼くあたり、僕も結構清姫なのだろう。
「…………ねえ瑞鶴。わたしたち、十分愛してもらっているわ。あなたも、本当はそう思っているでしょう」
月を見ていた翔鶴さんが、言った。
「それに、『僕は二人が好き』なんて伊津美ちゃんが男の子みたいに言ったらわたし卒倒するわ」
翔鶴さんなら本当に卒倒しそうで、思わず笑ってしまった。
「だから、とっても伊津美ちゃんらしかったと思う」
それはきっと、踊った『私』への賛辞だった。
「…………はあ。まっ。それもそうね。もともと、こいつ自体わかったようなわからないような男女だし! まったく! 感謝しなさいよ! こう、感受性豊かな、わたしたちにね!!」
瑞鶴がようやくいつもの感じで言ってくれた。それが嬉しかった。
「……あ! 僕にも今わかった! 瑞鶴には僕の伝えたいことが全然伝わってない! だめだめ。翔鶴さんだけに伝わってます!」
「はあっ?! なんでよ!! あんたがそこ選ぶんならなんだったのよいったい!!」
弾けて笑った。
ああ、やっぱり、三人がいいな。
たとえ、この先、この先────。
「──でも、伊津美ちゃん。ひとつだけ言わせて」
翔鶴さんは、初めて会った時の眼をしていた。
僕は本当にこの眼が好きだった。
「わたしたちのこと、舐めたらだめよ」
「はい。決して」
「あ! とはいえ、わたしたち、何事も順番は気にしないから! ねっ翔鶴ねえ!」
瑞鶴が妙なフォローを入れてくれた。
「ふふ、そうね」
「……でも、あれ? これずいぶん伊津美に都合がいいわよね? 亭主関白ってやつじゃない?! …………いいけどぉ! いいぃわよそれでもぉ!!」
そして瑞鶴らしくころころと気分が変わった。
瑞鶴は、そういうところがかわいい。
だから好きなんだよ。
「瑞鶴、“ふっつり悋気せまいぞと”よ」
「あー! もうやめてよ、それ系!」
『女子には何がなる』とは、翔鶴さんは言わなかった。
にっこりと笑っていた。
僕は、二人に近づいて。
みんなに見つからないようこっそりと、二人にキスをした。
箱根の山の間を、海のそばまで、空の星々のような、家々の煌めきが輝いていた。
/急『夜這い』
あ、そもそもこの「夜這い」って言い方からして間違いだから!!
わたしたちは夜這い「させられました」! だって、伊津美、みんなの前で告白するような舞を舞っておいて、将来のこととかちょっといい雰囲気で喋っていて、この後どうするのかしらーって二人でアイコンタクトしてたら、提督に会いに行ったとおもったら「じゃ」ってそのまま寝ちゃうんだもの!!
ありえな…………ありえないわよね!!
というワケで、夜這いさせられています。したくてしてんじゃないのよ!
で、そっと侵入すると。
あーっ、伊津美のやつカーテンあけっぱなし! レースのカーテンから月明かりが燦々と透き通ってる。これじゃ女の子だめだめね伊津美! しっかく!
で、翔鶴ねえが頭で、わたしが下で分かれる。じゃんけんで決めた。
「あれ…………しょうかく、さん?」
「おはよう。伊津美ちゃん。ごめんね、疲れてるのに起こしちゃって」
「ううん。起きてすぐ翔鶴さんの顔が目の前にあって幸せ」
お姉が伊津美に膝枕してイチャイチャしてる。いいけどね!
それよりちんこよちんこ。都合のいいことに明るいので初めてでもよく観察できそう。
はいこんばんわ、おちんちんさ────げぇっ!!
「……なっ、なっ、なんでっ! なんでもうこんな大きくなってるのよ!」
「え……瑞鶴?」
「またあんたおちんちんおっきいんだけど!!」
「しょうがないよ……。その人、疲れてると大きくなるから……」
「そぉなの……」
鈴谷が一時間近く踊るのは見た目よりすごく大変なんだって、だから短い道成寺があるんだって言ってた。
あ、翔鶴ねえと伊津美がキスをしている。
翔鶴ねえのおっぱいに埋もれて、すっかり気持ちが良さそうだった。
……わたしも気持ちよくしてあげたいけど、できなかったら、ごめん。
そう思った瞬間、伊津美の手が頭に触れた。
好きな人に触ってもらえると、気持ちいい。
そうだよね。
「あむっ」
おちんちんを口に含んだ。
習ったやり方で、口に唾液をためながらまぶしていく。くちゅぷくちゅぷとはしたない音がする。
ずっと優しく撫でてくれていた掌が、髪をくしゅりと掴んだ。
うれしい。
竿をのどの奥までずるんと飲み込んだ。舌と頬を絡ませながら、引き抜く。二度そうすると竿の部分がむくっと膨らんだ。すごい……。
伊津美のお腹、震えてる。おしりも。ふとももも……。
わたしの、お腹と腰をつなぐ血管がじわりと熱くなっていく。股関節も鼠径部も……。
「瑞鶴……っ」
翔鶴ねえのおっぱいをすっていた伊津美が初めて声を出した。
わたしは応えず、少しだけ上下をゆっくりにしてあげた。それでもこいつのおしりが浮き始める。ぞわぞわしているお腹を、翔鶴ねえがさわさわと撫でてなだめていた。わたしも、愛しい気持ちがわいてきて、優しく内ももを撫でた。
いつでも出して。ちゃんと受け止めるから。
おちんちんは二倍ぐらいになったんじゃないかと思うほど大きくなっていた。それでも一番のどの奥まで飲み込んで、舌を絡ませた。引き抜くときが一番気持ちよさそうで、ぶるぶるとはっきりわかるぐらい下半身が震える。舌を絡ませておく場所が大事みたい。このおちんちんさんを舐めてると、伊津美の心に直接触れているみたいで、うれしい。
「で、出ちゃうから、瑞鶴」
たくさん出したいって、この子も言ってるわ。根元まで、ぱんぱんだもん。
そのまま、いいのよ……。
快感に痙攣する骨盤を押さえつけるようにしてじゅるじゅる飲み込み続けた。
そして、亀頭がいっそうぷくってなったかと思うと、
「──きゃっ」
すごい。
すごい勢いで、すごい量の…………白い精液が、飛び出てきた。一瞬我を忘れたけれど、急いでおちんちんをしごいた。そうしなきゃ、いけないって……。
精液が、顔に、顎に、首をつたって胸元まで、どろりどろりとかかっていた。伊津美のお腹のあたりも川のようになっている。
「すごい……ね。おちんちんって、こんなに…………たくさん……」
まだ出したりなさそうなおちんちんをしごきながら、思わず言っていた。
横で翔鶴ねえがお腹にたれた精液に触れていたかと思うと、ぺろりと指で舐めた。
「…………うーん、なにかしら、この味」
「あははっ、やめてよ、翔鶴ねえ」
といいつつ、わたしは精液まみれのおちんちんをまた飲み込んだ。綺麗にしてあげなくちゃいけないって、思った。……確かに変な味だった。甘かったら女の子もみんな喜んでやるのにね。こういうこと絶対したくないって人もたくさんいるみたいだし、わたしは別に関係ないけど。と、わたしはよくわからない上から目線で思った。
きれいにしているうちに、また硬くなってくる。でもあまり刺激するのはやめた。翔鶴ねえも待っているんだから。
わたしと伊津美の身体を舐めてきれいにすると、
突然、手を引っ張られ────キスをされた。
寝転んでいる伊津美に抱き寄せられている。
伊津美から伝わってくる、わたしへの愛しさ。ありがとうって言ってくれている。
それだけで、よかった。
「あの…………翔鶴さん」
「……伊津美ちゃん。確かに順番は気にしないけれど、あんまりひどくされると泣いちゃうわ」
「ごめん」
「嘘。瑞鶴、がんばったものね。逆だったら、わたしも、ね」
また、キスをされる。仰向けの伊津美にぎゅううって強く抱きしめられて、髪をさわってもらって……。胸がいっぱいになって、なかなか言葉がでなかった。
「……いつみぃ」
足を絡めて、肩に抱きついて、ふとももをおちんちんに押しつけて、キスしてほしい。
もっともっと、伊津美にされたい。
わたしを好きになってほしい。
服が、脱がされていく。肌と肌が吸い付くようにぺたりとくっつく。そこからお互いの気持ちを交換しているようで、もっともっとくっつきたい。袴も、するりとベッドを落ちていく。下着が抜けていく。
そして伊津美に抱えられて、仰向けにさせられた。月の明かりで身体が照らされていた。小さいばかりの胸が、乳首だけ膨らんでる。
さすがに、恥ずかしい……。
「カーテン、しめて……」
「あとで、閉めるよ」
伊津美の手が太ももに伸びると、ぞわっとした。
その指が着物の絹を扱うときのように繊細で、いつも着物をすごく大事していて…………だから、着物に触れられるように優しくなぞられるだけで快感だった。伊津美の大切なものなんだから。
太ももの丘陵を指がなぞりあげていく。鳥肌がたって、感じてることがばればれで、恥ずかしかった。でも止められない。そして腰骨に指が当たると、伊津美は鼠径部とうちももを優しく交互にゆっくり指を動かした。
知らず知らず息が荒くなっていく。
秘部に近いうちももを指のお腹がなぞいってく度に、快感の波がじんわりと高まっていく。
そして指が秘部の外側にまでやってきて、くるくると回る。その指が、どこにいくのか、どうやってわたしに触れるのか、それしか考えられない。
大陰唇に、少しだけ、触れた。
はしたない水音が漏れた。
「ま、まって、伊津美……」
「だめだよ」
「わたし、そこはっ」
なにかが内ももから、足の付け根から腰にかけて……快感が走っていく。
「あッ」
伊津美が、鼠径部にキスをしていた。わたしが、いちばんぞくぞくした場所。それも、みんな気づかれていた。
「あぁぁ……ぁぁぁああぁッ♥」
まだ、あそこも触られてないのに。
もう、わたしは…………わたしは、だめっ。
「イッッ♥」
伊津美に見られているのに誤魔化せず、イッてしまった……。
でも、それは、気持ちよくて、伊津美が、わたしを愛してくれてるってすごくよくわかって、我慢することなんてできない。
「瑞鶴……」
横向けにされて、月の明かりが眼に入るベッドで、キスをして、身体を押しつけ合って、お互いに睦み合った。
でも、まだ足りない。伊津美のだってギンギンに腫れていた。
それでもわたしは伊津美のをこすこすと擦りあげるだけで我慢していた。もう、これ以上、わたしから伊津美に求めることはしちゃいけない。だって、わたしたちは、三人なんだもの……。
だけど、伊津美のおちんちんが膣の入り口をずっとくちゅくちゅとしている。
わたしに入れたいって、ずっと言っていた。
ちょっとずつ、腰をつかまれ奥に入ってくる。ぐちょぐちょのわたしのなかに、ちょっとずつ深く深く入ってくる。だんだんおちんちんの形が増えていくのを、ただ目をつむってこらえた。
「……入ったよ。苦しくない?」
「大丈夫。それより……」
伊津美は、我慢している。
自分が気持ちよくなるのを我慢して、わたしを気遣ってくれている。それは嬉しい。
でも。全部受け止めてあげたかった。
伊津美がわたしを愛してくれる気持ちを、みんな受け止めさせてほしい。
わたしのこと気持ちよくしてくれるのと同じぐらい、あなたにも気持ちよくなってほしい。
「あっ……」
何度かの抽挿を繰り返して、一番奥まで入った時。
膣がきゅうきゅうと締まって伊津美のを根元まで受け入れて離さなかった。
「瑞鶴、くるしい……」
「伊津美。もっと、激しくして、ほしい。伊津美が、イけるぐらい……」
「……うん」
膣を少し緩めた。
伊津美がわたしを大股開きにして両脚を掴む。
それから一番彼がストロークをしやすい角度を探しながら、だんだん早くなっていくおちんちんを感じている。
わたしと彼の愛液が、秘部と秘部でまじって一緒になってストロークのたびに溢れて身体をぬらした。彼のは、また根元までぷっくり太くなっていて、わたしのひだをごりごりぷちぷち舐めていって……。
必死にイクのを我慢した。
彼と一緒に、イキたい。
「はぁッ、……はッ、はぁぁッ♥」
「もうちょっと、だからっ」
「うんっ、うんっ♥」
部屋に響く淫らな音に意識を向ける。
でも、おちんちんが子宮までいって、ずるりと入り口まで舐めて戻ってきて……
どうしてもおちんちんのことに意識がいってしまう。
おちんちんの硬さと、太さと、熱さと、たくましさが……ぁっ。
「だ……だめ。伊津美、もっ、また、イッちゃうっ♥」
「がん……ばって」
「むりぃっ、はやく、はやくぅ♥」
伊津美が指を絡めてくる。
一生懸命、一緒に愛し合おうとしてくれている。
だから……もうほんのすこしだけ…………がまん、がまんしなきゃっ。
「あっ、ぁぁぁ…………はっ、だめ、だめっ、まって、まだ、イきたくないのにっ♥」
「もう、ぼくも、イくから」
「きてよっ、はやく、おねがいっ♥」
真っ白になりそうな頭で彼のおちんちんだけを見ていた。
それが精液をくれるまで、まだ、なの。
だからっ、だからぁ……はやく、ぴゅって、してよぉ…………。
──そして時間の感覚がなくなりかけた時、なにかがお腹ではじけた。
「あっっ、瑞鶴っ」
びゅくん、びゅくんと脈動を感じた。
全身にエクスタシーを感じて、どこも動かせない。
なにもわからない、真っ白な世界だった。
これが、幸せなのかもしれない。
* * * *
「いつみ…………好き、大好きっ……♥」
「瑞鶴っ、瑞鶴っ」
月明かりが汗に濡れた二人の身体を照らしている。
二人が言葉以上に通じ合っているように見えた。
……そんな、好きな男の子と妹がしているのを見て、影で自分をなぐさめるわたしは。
半裸で伊津美ちゃんにつかまれているつもりで胸を強く揉んで、あそこをいじった。
どれだけ激しくしても寂しい。
伊津美ちゃんを膝枕して、おっぱいを吸ってもらって、瑞鶴のフェラチオに感じている顔がかわいくて、抱きしめてあげて……その方が、よほど満たされていた。
わたしも、抱いてほしい。
愛してほしい。
瑞鶴が悦んでいる。ここからだと、二人の結合部がよく見えて、瑞鶴の愛液が溢れているのがよくわかった。
ずるいわ、伊津美ちゃん、瑞鶴……。
目を閉じる。いじっていじって、すべてを忘れようと思った。
(伊津美ちゃん、伊津美ちゃん……っ)
言ったことはないけれど……わたしにとって伊津美ちゃんは、提督とは違う意味で無条件に信頼できる人だった。どうすればいいのかわからない、瑞鶴とすら分かち合えないと思っていた真っ暗闇で、わたしを助けてくれた人。
……だから、まだ生きていていいんだと思えた。艦娘でなくなった自分は、消えていなくなるかもしれない。そんな不安が、ずっとあった。
艦娘の時はみんながいるから一人でも生きていけた。でもひとになったら、もう一人ではいられない。
「…………翔鶴さん?」
「えっ」
隣に、伊津美ちゃんがいる。
どれだけ時間が経ったのか。
月光は闇を濃くする。
なのにわたしの裸体も、痴態も月に照らされていた。
瑞鶴は毛布をかぶってすやすや寝ている。
「……そんなに自分でするの、よかったの?」
伊津美ちゃんがいたずらっぽく言って。
顔が、きゅうっと真っ赤になった。
「ち、ちがうのっ!! わたし、寂しかったから、ほかに…………っ」
そこまで言って、なぜか、急に涙がこぼれた。
自分でも驚いた。意味がわからない。こんなことで……その涙の量に。止まらないことに。拭いても拭いても……
涙は、とめどなく流れた。
「ごめんね。今度までに、三人で一緒にできるようにしようね」
「ん……」
一つの椅子に二人で座った。
伊津美ちゃんはわたしを抱きしめて慰めてくれた。
「翔鶴さん、好きだよ」
「……瑞鶴にしたみたいにしてくれなきゃ、やだ」
「うん。そうしよ」
伊津美ちゃんは笑いながら、瑞鶴にしたのと違って強く胸を揉んだ。それも、わたしの感じる風に。
もしかして、わたしが一人でしていたのを、見られたのかもしれない。
すごく恥ずかしい…………。
でも、温かい。伊津美ちゃんからじんわりと伝わってくる。肌と肌が触れあうことが嬉しい。伊津美ちゃんの気持ちがほんの僅かな指先の動きで、はっきりとわかる。胸を触るのとは反対の手が、下半身に降りた。それはあまり遠慮なく秘所にすべって、小陰唇と大陰唇でゆっくりとハの字を描いてわたしの反応を探っている。出てくる愛液を指に絡めながら、足の付け根からクリトリスに触れそうになるまで、じっとわたしは伊津美ちゃんに観察されて、どこが気持ちいいのか心の奥底までのぞき込まれた。
「ごめん。寂しくして」
「うんっ……いい、のっ♥ もう、大丈夫、だからぁ♥」
お互いに舌を出し合って、絡めて、唾液の音のえっちなキスをした。伊津美ちゃんのもまだ逞しくて、形を確かめるように何度も触った。
「伊津美ちゃん、もっと強く……」
首筋にかみつかれるようなキスをされる。おっぱいはぴんと勃った乳首に愛液が塗られて強く強くしごかれた。そしてこんな風にお互いにしていても、驚くことに伊津美ちゃんの下心を感じられなかった。彼はとてもリラックスしていて、わたしを愛することだけを考えて、わたしを見ていてくれる。このひとは、本当に…………。
「僕だって、男だよ」
わたしがその横顔を見つめていると、伊津美ちゃんは笑った。
「でもあんまり『自分が、自分が』って、ならないんだ。二人が好きだからって言ったら、怒られそう。でももちろんそういう気持ちもあるけど、翔鶴さんとこうしていられたら、それでいいな」
そう言いながら陰唇をいじる伊津美ちゃんの手は止まらない。それが、一番愛液が出てきて、時間はかかるけれど身体が火照って汗ばみリラックスし、大きな波がやってきて続けざまにイッてしまうことがバレていた。呼吸がどんどん荒くなる。意識すればするほど波が近くなる。……これは、だめ。やめさないと。
「い、伊津美ちゃんっ♥ 実は、わたし、ずっと思ってたことがあるのっ」
「なに」
「伊津美ちゃんのこと、前から一度……襲ってみたいなって思ってたのよ」
「え、なにそれ?!」
「だから……」
押し倒した。
そしてかまわず一気に挿入した。
「あッ────♥」
「だ、大丈夫?」
「はっ、はっ、ぁっ…………だからっわたしが、襲ってるのっ、伊津美ちゃん」
伊津美ちゃんの胸板に抱きついて、おしりだけを上下させる。難しかったけれど、あそこがぐちょぐちょになっていたおかげでできないことはなくて、ちょっとずつうまくやれるようになっていく。伊津美ちゃんは、わたしの首筋にキスしていた。
伊津美ちゃん、すぐには出ないわよね。もっと、もっと、いっぱいするんだから……。
上半身をあげて腰を前後させた。伊津美ちゃんの手がおっぱいに伸びてくる。お乳をしぼるようにくにゅくにゅ乳首をいじってとおっぱいを絞っていた。
なんだか余裕そうでちょっと傷ついたので、わたしは腰をあげておちんちんのさきっぽまで、ずりゅっと引き抜き、にゅるんと腰を落とした。これが弱いみたいで、伊津美ちゃんの手が怪しくなってきた。うふふふ♥
最初はゆっくり。伊津美ちゃんにわたしのひだのひとつひとつを覚えてもらうために、何度も上下を繰り返した。我慢している伊津美ちゃんは綺麗だった。だから、もっと、むちゃくちゃに我慢させたい。
「あっ」
伊津美ちゃんの肛門に浅く中指を入れた。親指は陰嚢の裏側。
今までとは違った反応だった。
「しょ、しょうかくっ、さん……そこはっ」
「だめ?」
といつつ、親指は陰茎の裏と精嚢を愛撫して、入れた中指は傷つけないようゆっくりと浅く前立腺のあたりを探った。
「きたない、ですから」
「あなたのならいいの」
伊津美ちゃんの呼吸にあわせて腰をわずかに上下させて。
敏感な反応を示した前立腺のあたりをやさしく押して、射精のためにうねうねし始めた陰嚢を追いかけて苛めた。
「翔鶴さんっ、これじゃあっ♥」
「よかった。わたしも、あなたに気持ちよくなってもらえて……」
少し無理な体勢だったけれど腰の上下の速度を速めた。
伊津美ちゃんが我慢している。わたしを止めようと腰に手を回したはずなのに、もう今は一緒になって突き上げている。……我慢できなくなったんだ。それだけでわたしは、なにもかもが満たされたような気がする。
「もっ、だめ、だめ、ですっ♥」
「うん、ねっ」
「ほんとにっ、僕、まだ、翔鶴さんにぃ♥」
「いいの。いいから、出して、大丈夫、出して……」
そういった直後、おちんちんから精液がびゅっと破裂して飛び出ていく。
そしてお腹からじんわりとした快感が、頭までじんじんと広がっていった。
その快感に身を任せながら伊津美ちゃんが物足りなさを感じることのないよう、ゆっくりと彼と合わせて腰を動かした。
精液はじわじわとおちんちんから出ていて。
それがわたしの子宮に届いていて……。
全身に万能感に近い幸福感があった。
……赤ちゃんがほしい。
このひとと、わたしたちの赤ちゃんが、ほしい。
人間と艦娘。
遺伝子からして違うっていわれる。
……だから、もっと勉強をしよう。
勉強して、勉強して、自分たちのことぐらい、自分たちでわかるようにしよう。
そうすればきっと。
* * * *
二人はセミダブルの小さなベッドに抱き合うようにして寝ていた。
規則正しい寝息が聞こえてくる。
日の出前の薄明の森の中で、鳥たちが騒がしくさえずっていた。ちょうどいい。たとえ今つがいを見つけても、静かにしたらだめだよ。お願いね。
そして言った。
「僕、三人でご飯を食べられて楽しくのびのび生きていけるような役者になるよ。必ずなる。三人で幸せになれるようにする。二人のこと、必ず大切にするから」
これから死ぬほど頭を下げて恥をかかされるだろう。
でもそれでいい。
やるんだ。やれるんだ。
「愛してるよ、二人とも」
言葉が、誰でもなく自分の胸に染み渡っていく。
やっぱり、言葉にしなきゃ、だめだね……。
でもそれは、これから行動で二人に示す。言葉は後からついてくればいい。
僕は、寝る場所もなかったけれど、そこの椅子で寝ることにした。だって、ここまでされて「寝る場所がないから」って別の部屋に行くなんて、本当のばかだよね(←既に馬鹿)。
立ち上がって、椅子に行こうとして────手を、引っ張られ、ベッドに引きずり込まれた。
「買うならキングサイズよっ。……あれ、クイーンとどっちが大きいんだっけ」
二人の間に挟まれた僕に瑞鶴が寝ぼけていた。
「瑞鶴、もっとそっちにいって」
翔鶴さんがぼくの身体をぐいぐい押しながら言う。
「…………ねえ二人とも。起きてるなら、そう言ってよ」
「いやよ。踊り一筋の男女にはこのぐらいしないと」
「そうね。このぐらいはいいと思わない、伊津美ちゃん」
僕は。
私は。
……んまあ、このぐらいは、いっか。
だから二人を抱きしめた。ベッドから落とさないように。
いつの日か、三人で誰にも気兼ねなく手足を広げて寝られる日のために。