突然あるものが生えた善子のおはなし。
はじまり
「えっ、ちょっ、え??うっ………そでしょおおぉっ!?」
時刻は午前八時手前。平日の、ごくありふれた日常の一コマ……のはずだった布団の中で、私は何度も"ソレ"を確認する。
「なんで、なんで………ッ!」
内心泣きそうになりながらも、私は遂にそれの存在を認めざるを得なくなってしまう。それは、昨日までは確かになかったはずのモノだった。
―――そう。元々私は悪魔的に不運だし、ヨハネ的というか、そう、ヨハネだ。……なの、だけれど。
流石にこういうタイプの不幸は、生まれて初めてだ。
「善子ー、そろそろ起きなさいよー?」
「わ、わかってるわよ!」
お母さんの呼ぶ声にドキッとしつつも、私はどうにか平静を装いつつ返事をする。……仕方ない。今日は、このえげつないモノと共に過ごすことにしよう。
「フフフ……このヨハネ様を苗床に選ぶなんて、あなたは余程命知らずなリトルデーモンなようね………」
………なんて、言ってる場合じゃないのだけれど。私は自らの下半身に何故か生えている男性器を見つめ、一人虚しく笑うのだった。
◇
「おはよう、善子ちゃん」
「ヨハネ」
「おはようルビィちゃん、善子ちゃん」
「おはようー、花丸ちゃん!」
「……ヨハネよ」
教室へ向かうと、いつもの二人の笑顔が私を出迎えた。今となっては私が名前を訂正するまでの流れが通例となっている。……というか、二人ともいい加減わかってくれてるわよね?私はヨハネ!
「はいはいヨハネヨハネ」
「素っ気なっ!?……ねぇルビィ、最近ずら丸私に冷たくない?」
「そぉかなぁ?別にルビィは普通だと思うけど」
「ずら」
「二文字で誤魔化そうとするんじゃないわよ」
「そうずらなぁ」
「長くすれば良いってもんじゃ……って、また何か食べてる!?」
「美味しいずらぁ」
「アンタ絶対将来太るわよ……」
「マル昔からいくら食べても太らなかったから大丈夫ずら」
「はぁ……」
などと、私が幼馴染と下らない話をしているのも束の間、朝のホームルームの予鈴が鳴り始めた。
それから放課後までの間、特にハプニングらしいものもなく、気がつけば練習の時間になってしまっていた。
「善子ちゃん、行こう?」
「あっ……えーと………」
練習。
そう、私たちは今、ある部に所属している。…それが普通の運動部ならまだしも、私たちが入っているのは浦の星女学院スクールアイドル部。その活動に激しい運動はつきもので、ダンスの練習ともなれば私の…その、リトルデーモンによくない負担がかかるのは間違いなかった。
「ごめんなさい、今日は用事があって……」
「そうなの?でも今朝はそんなこと……」
「千歌さん達にごめんなさいって伝えておいて!」
花丸の声から逃げるように、私はその場を後にする。とにかく今は、一人になりたかった。
◇
「はぁ…どうしてこんなことに……」
ため息混じりに、私はバスの時間を確認する。次の時間は五分後で、ぼぅっ、と過ごしていてもすぐに迎えが来る時間だ。狙ったわけではないけれど、学校を出た時間は丁度良かったかもしれない。
「この時間って、久しぶりかも」
今くらいの時間にバスに乗るのは、千歌さんに勧誘を受けていた頃が最後だったかもしれない。普通だったら部に入るまではこれくらいの時間に帰宅するものなのかもしれないけど……まぁ、私、不登校だったし。
「何かお悩みですか?」
「えー……いや、あなたに話すほどのことじゃ―――って、曜さん!?」
「こんにちヨーソロー!善子ちゃん!」
「流石にその挨拶は無理が……」
「えー、そうかなー?」
太陽みたいな眩しい笑顔と共に、特徴的な癖っ毛のあるベージュ色の髪を揺らす活発な印象の女の子。
彼女の名前は渡辺曜。私と同じスクールアイドル部に所属する部員で、学年は一つ上の二年生。家が同じ沼津ということで度々バスで一緒になる先輩だ。
「曜さん、もう帰るの?練習は?」
「それを善子ちゃんが言う?」
「あっ、その……ごめんなさい」
「あぁっ、怒ってるんじゃないって!……えーと、私は今日衣装関係の話をルビィちゃんとする約束をしてたから」
「えっ、そうだったんだ……」
「ルビィちゃんからは何も?」
「私がちゃんと聞いてなかっただけかも……」
「??どういうこと?」
「それは―――バス、来ちゃいましたね」
「乗ろっか」
◇
「理由」
「……はい?」
「善子ちゃんが部活休んだ理由は?」
バスに乗り込んで早々、曜さんはそんなことを聞いてきた。
「それは……」
「ごめんなさーい、乗ります!」
って誰よこんな時に!
「あっ、こんにちヨーソロー!」
「こんにちは、曜さん。ごめんなさい、ぎりぎりで……あっ、善子ちゃん」
「ルビィ……」
そこに突然現れた赤髪の少女は、見間違えるはずもない、私と同じアイドル部員の一年生、黒澤ルビィその人だった。
思いの外長くなりそうなので、分けます。