それからの千歌の行動は早かった。…まぁ、以前から行動力がある人だという認識はあったのだけれど、こうして目の前で見ると彼女はなるべくしてAqoursのリーダーになったのだと、そう納得せざるを得なかった。
「善子ちゃん、ルビィちゃんとはいつ頃から今の状態になってたの?」
いつものバスの中。…けれどいつもよりちょっとだけ早い時間帯のバスの中で、千歌は私に問う。
「わからない。……けど、避けるようになったのは、多分一週間くらい前。…原因がわからないの……」
「そっか……」
「あっ……でも!ルビィのこと怒ったりしないであげてね!」
確かに、あれからルビィは私のことを避け続けているし、目の前にいても無視される。…けれど、ルビィはなんだか苦しんでいるみたいで……。
何か理由が、特に私に関して理由があるように思えた。無視したくてしてるワケじゃない、みたいな……。
……そう思いたいだけなのかもしれないけれど。
「どうして?」
「え?どうしてって……ルビィにもきっと何か事情があって、だから……」
「ごめんね、善子ちゃん。多分私怒るよ」
「そんな……」
不穏な千歌の一言と共に、バスが目的地に停車する。
「勿論ルビィちゃんだけじゃなくて、善子ちゃんも」
「私も……?」
◇
その場所―――黒澤邸はいかにもな感じの大きな屋敷で、玄関に向かうと先に着いていたダイヤが私達を出迎えた。
「いらっしゃいませ、お二人とも」
軽くお辞儀をすると、彼女の長く艷やかな黒髪が揺れ、過剰演出と言いたくなるような冷たい横風に、更にその黒髪がなびく。
流石三年生というか、ダイヤの立ち振る舞いはとても落ち着いていて、その姿はまさしく大和撫子そのものだった。
「今日は一段と冷えますわね」
「……はい。それで、その……」
「わかっています。…ルビィのところまで案内しますわ」
ダイヤの案内で屋敷の中をしばらく歩くと、やがて数人が泊まれそうな和室が目に入った。
「……ルビィ?入りますわよ」
言うより早く、ダイヤはその襖を開ける。
「おかえり、おねぇ……ちゃ」
笑顔で迎えたはずのルビィの表情が、みるみる沈んでいく。……まぁ、分かってた反応ね。
「ルビィ、言いたいことは分かりますわね?」
「……」
無言を肯定と捉えたのか、ダイヤはそのまま私達を部屋に取り残し、襖を閉め出ていく。
……え?ダイヤ残らないの?
「……」
「……んんっ」
「……ルビィちゃん、善子ちゃんと何があったの?」
「……ちょっ、千歌!?」
「ごめん、多分どうせ聞くことだし、それを聞くために私達ここに来たから」
「それは、そうだけど……」
それからは、重苦しい時間がゆっくりと流れた。…誰も口を開かず、あまりの静けさにそれぞれの息づかいや時計の秒針が動く音、それに空調の音なんかまで聞こえてきて、静かなんだけれどイヤにうるさくて。
……しかし無限に続くかに思えたその時間は、ルビィの発した一言により突然終わりを告げた。
「……ごめんなさい、話せません」
「……どうして?」
「ごめんなさい……」
私達から目を背け、ルビィは口元を押さえる。
……やっぱり、何かあるのね。
「ルビィちゃん、それって、私達には話せないって事なのかな?」
それでも千歌は彼女に近づき、その両手を握る。…私は知っている。彼女から差し伸べられた手の温もりを。
……だから、きっと今回も、以前の私の件のように、千歌が解決してくれるって、そう思っていたのだから、私の他力本願さにはほとほと呆れる。
「……なんでッ!」
ぱしん、と乾いた音を立て、差し伸べられた手を、ルビィの小さな手が撥ね退ける。それは、にわかには信じられない光景で……。
「なんでよりにもよって千歌ちゃんと善子ちゃんなんですか!」
だからもう、私の頭は現状を捉えることなんて出来なくて。
「話せるわけないじゃないですか!」
屋敷じゅうに響き渡るほどの大きな声で、ルビィは叫ぶ。よく見ると彼女の目には大粒の涙が浮かんでいて、けれど今の私にはそれを拭う権利など与えられていなかった。
「……落ち着いて、ルビィちゃん?…どうしたの、もしかして善子ちゃんのこと嫌いになってたりなんか―――」
「……帰って下さい」
氷のように冷たく、静かな声でルビィは言い放つ。
先程のルビィの声に驚いたのか、ダイヤがばたばたと音を立てて部屋に入ってきた。
「どうしましたの!?」
「んーん、なんでもないよ。おねぇちゃん」
ルビィは笑う。
……なんで、またそんな笑い方するのよ。
「でも、ルビィ……」
「千歌ちゃん、善子ちゃん。……今日はもう帰って下さい」
「……ルビィ、一つだけ聞かせてもらっても良い?」
「……」
「誰にだったらワケを話せたの……?」
「……」
ルビィは何も言わず、代わりに薄く笑う。
よく見るとその目元は赤く腫れていて、きっと私達が来るより前から泣いていた事が分かって……。
「……ごめんね、善子ちゃん。…私、まだ信じていたいんだ」
「……なんの事よ……?」
ルビィは、また答えをくれなかった。
代わりにくれたのは、絶望する先輩の姿と、それから自身の無力さを呪う自分の姿で。
……今回の事から、この問題はこれまでのように千歌一人でどうにか出来るような、そんな小さなモノではなくなっているのだと、そう実感せざるを得ないのだった。
たーのしいいいい!