※この作品はR-18です。

ヨハネのリトルデーモン   作:果樹 椿姫丸

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希望

 千歌をバス停へ送るまでの時間は、それはそれは重苦しい空気が流れた。

「あはは、結局私、怒るどころじゃなかったや……」

 千歌は空を仰ぐ。つられて見上げた私の瞳には、星空ひとつ見えない、今の状況にはお誂(あつら)え向きな曇り空が映った。

「私、ルビィがあんなに大きな声出すと思わなかったわ」

「うん、私もびっくりしたよ。……私達には、話してくれないんだね」

「千歌……」

 千歌は私に目を合わさず、視界に迫ってきているバス停へ向かって走り出す。その背中はどこか寂しそうで、私は自然と彼女に合わせて駆けていた。

「……ほんとはね、『ルビィちゃんと何かがあった』って善子ちゃんが言ってた例の日くらいから、私二人の変化に気付いてたんだ」

 千歌は私の言葉を待たずに、続ける。

「最初は、小さな違和感だった。『あれ?なんか二人の距離が遠い……?』みたいな」

 小さく息を吸い、千歌は続ける。

「でも、小さな問題にまで私が手を出したら、かえってグループの空気が悪くなるだろうって、そう思って…だから私、見ないふりしてたんだ」

「千歌…」

「それが……気がついたらこんな事になって……。やっぱり私ってバカなんだね」

『そんな事ないわよ』と、そう言うのは簡単だ。…けれど、ここで彼女をテキトーな言葉で慰めるのには、きっと意味がない。

 考えろ、考えるのよ、津島善子。

 考えてみれば、いつもいつも大事なところで心のどこかで千歌頼りになっていたのがおかしかったんだ。

 千歌の言うとおり、これは本来なら当事者だけで解決すべき問題のはずで…だから、なんというか、今一番頑張らなきゃいけないのは、多分私だ。

 でも、この問題に関しては、私一人じゃ分からないことが多い。…だから、"私が知らないことを知っている人"を頼らなきゃいけなくて……。

「あっ」

「善子ちゃん……?」

 ずっと逸していた千歌の視線が、ようやく私の視線と交差する。…けれどしばらくぶりに見た彼女の目は少し潤んでいて、その瞳からは光が消えかけていた。

 ルビィだけじゃない。

 私に"らしい"在り方をくれた貴女の光を、今度は私が取り戻す。いつまでも不幸を演じてるワケにはいかないんだ。

 ……だってそうでしょう?私は不幸には慣れているのだから。

 この程度のことで絶望する事は、たとえ津島善子(わたし)が許してもこのヨハネが許さない。

「……千歌。変化が起きていたのは私とルビィだけだったの?」

 …さぁ、堕天の時は来たわ。

 

 

 ◇

 

「……ごめんねずら丸、無理言って残ってもらって」 

「いいよ別に。…それに今日は、部活まで時間が空くずら」

「……ま、それもそうね」

 放課後、通い慣れたいつもの教室。…しかし、夕日が差し込む今の時間ともなると室内に残っているのは私達二人だけで、その空間には独特の静けさが漂っていた。

「……それで?用ってなんずら?」

 読んでいた一冊の本を閉じると、ずら丸は机越しに佇む私を見上げる。

「……本当はわかってるわよね?ルビィのことよ」

 私の言葉に、途端にずら丸の表情が暗くなる。

「ルビィちゃんの……」

「……そ。ただ、その、これから進展がありそうなんだけど、でも……」

「え、それは本当ずら!?」

 口を大きく開け、ずら丸は立ち上がる。その動きにあわせて、彼女の大きな膨らみが…いや、そんな事はどうでもよくて。

「落ち着きなさいよ。……ただ、詳しくはまだ話せないけど、私……少し怖いの」

「怖いって……?」

「多分、私が今からしようとしてる事は、今まで信じてきた仲間を疑うって事なのよ。だから少し怖くて。……ルビィの事を考えると、こんな事で悩むのは贅沢かもしれないけどね」

「そっか……善子ちゃんは優しいね」

 私の瞳を見据え、ずら丸は笑う。その姿は夕日に照らされ、景色の色に溶け込まんばかりの彼女の茶髪も合わさり、とても美しく思えた。

「……私は別に。ただ……少し前にルビィから言われた言葉があって」

「うん」

「『まだ信じていたい』って、そう言われて。…あの時は言葉の意味が分からなかったけど、今ならルビィの気持ち、分かる気がする。……同じような事で悩んでたのかは、本人に聞かないと分からないけどね」

「そっか……」

「……って、これじゃあ相談とかじゃなくて私が一方的に喋ってるだけよね。…ごめんねずらま、る……ッ!?」

「大丈夫だよ、善子ちゃんなら大丈夫ずら」

 ずら丸は、いつの間にやら私を抱き締めていた。

 それは、以前ルビィの話をしていた時と似た状況で。

 けれど、以前とは違い、今回はずら丸が優しい言葉をかけてくれて、そして私は無様に泣くような事はなかった。

「……余計に関係が拗れたりしないかしら」

「大丈夫だよ、善子ちゃんは善い子だって皆知ってるから」

「……喧嘩になるかも」

「言いたいこと全部言おうよ。……それでも駄目な時は、オラがまた話を聞いてあげるずら」

「また居場所がなくなったら……?」

「オラが善子ちゃんの居場所になってあげるから大丈夫ずら」

「あはは、何よそれ……」

 私は、無様に泣くような事は……あれ?

「はは―――」

 温かい親友の言葉に、私は笑う。…けれど、私の体は正反対の反応を示していて、瞳から溢れる涙を止める事が出来なかった。

「―――ありがとう、ずら丸……もう少しだけこのままでいさせて?」




花丸まじえんじぇ〜。
少し話に希望が見えてきましたね。
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